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Society Unusual talent

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6 酔狂

 
前書き
少女は今まで何を思っていたのか、少女は何を隠していたのか、何に耐えきれなくなったのか、今の少女に聞いてもわからないだろう。
今の少女に意思はない。 

 
「私のですよ、私の者です。血液も全て返しなさいな」

蛇を司り、須佐之男を愛す彼女のその言葉を耳にし、中身の無い外見だけの笑顔を見せた少女はたちまち彼女を目掛けて走った。
大蛇をものともせず、むしろ大蛇(それ)を足場に、大蛇の急所でもあり彼女を殺すための行動を起こす。

ほぼ一瞬のうちに櫛名へたどり着いた少女は、力強く、逆手に握り締めたバタフライナイフを櫛名の腹部へ——刹那、ナイフの切っ先は櫛名まで辿り着かず、少女は大蛇の尾で地面に叩きつけられる。

「ええ、ええ。伊達に須佐之男様を見ていません。貴女の無機質な攻撃など、目を瞑ってでも止められます。愛のパワーと言って差し上げましょうか」

大蛇の上でクスりと笑みを浮かべている櫛名を見て、口元の血を舐めとった少女は、さきほど彼女が言ったままの、無機質な中身の無い笑顔を再び見せた。
地面を身体で叩くように立ち上がった少女は、キンキンと金属の音を鳴らしてバタフライナイフを持ち替え、また同じように櫛名を目掛け走った。

「また同じことを繰り返そうというのですか?」

先のように櫛名へとたどり着くこともさせぬよう、途中で大蛇の尾で振り払われた少女は先と同じように地面に叩きつけられる。
それまた同じよう血を吐き、血を舐め、手から落ちかけたナイフを握り直し、同じように笑みを浮かべる。

「気味の悪い......」

大蛇に強く叩かれ地面に叩きつけられて血を吐いてもなお笑顔を見せて立ち上がる少女の異常な気力を見て悪寒を感じた櫛名は少女の行動など待たず、トドメを刺そうと、少女を中心に大蛇が(とぐろ)を巻き始めた。
猟奇的な程に殺すことに一方的なはずの少女は逃げることもせず大蛇に縛られる。
徐々に力が増していく大蛇に、ミシミシと身体の骨が軋む音を感じさせる少女に対し、櫛名は言う。

「一番辛い状態で縛り付けます。これは須佐之男様を傷つけたお返し、須佐之男様への愛はもっと強く縛られていますが、それでは貴方が持たないでしょう」

あと少しでも力を入れたら身体中の骨が全て砕ける、そんなギリギリの状態で少女を縛り付け、須佐之男への愛と対象を見せつける。

少女はまたあの虚ろな瞳で笑みを見せる、と誰もが思った。しかし、少女は首をかくんと曲げて片目の見えない前髪を揺らし、今にも泣きそうな、悲しそうな顔で櫛名を見たのだ。
その表情は櫛名に毒だったらしい。櫛名は何かを思い出したように巡瑠から目を逸らし、同時に大蛇の力が緩んだ。
少女はその隙を突いて大蛇から抜け出し、櫛名目掛けて走り出す。

傷心を突かれていた櫛名だったが、気を取り直し、目標を少女へロックオンする。同じ手は聞かないと言わんばかりに蛇の尾で少女を叩き払おうとするも、そのセリフはどうやら少女も同じく、払おうとする尾に寧ろ掴み掛かり、タイミングを計って飛び降り、一瞬にして櫛名へとたどり着く。
想像を遥かに超えた行動で呆気に取られ思考が追いつかなくなった櫛名を一直線に切っ先を向けた。

少女の無機質な笑みと紅い瞳は櫛名の心臓を加速させ、息が荒くなる。そんな活発な心臓を停止させるように左胸にナイフを当て——キンッ! と甲高い金属と金属の衝突する音が鳴り響き、少女のバタフライナイフが宙を舞う。
そして、

「——櫛名ァ! そいつの、弱点、はっ......その、得物(ナイフ)だっ......!」

櫛名に安置へ運ばれた須佐之男がその場から刀を投げ、少女のナイフを飛ばしたのだ。推測の弱点を櫛名に伝え、ゴフッと大量の血を口から吐き出すと、もう一度その場に横になった。一瞬、須佐之男が死んだのではないかと焦った櫛名は、自慢の視力を使って須佐之男が息をしていることを確認し、ホッとする。
しかし、ナイフを飛ばされた少女は櫛名から離れ、既にナイフを手にしていたのだった。

不意に櫛名は思い出した、須佐之男にこの心配症を直せと言われたことを。
そして心配症(これ)のせいでチャンスを逃してしまったことを悔やみ、心の中で須佐之男に謝ると、須佐之男が投げた刀を拾い上げ、大蛇の上から構える。
(私の愛のパワーはこんな足で纏いじゃ終わりません!)

志しを強く持ち、顔付きの変わった櫛名を見た少女はまたあの笑みに戻り、櫛名を一直線に走り出す。
大蛇の尾っぽ払いを一度、二度と避け、ナイフで切れるところは切込みを入れ、二度と蛇を使えないようにしてやると言わんばかりに攻撃し、櫛名に近づく。

逆手にナイフを握り締め、櫛名に切りかかろうとするも、刀で弾かれる。バランスを崩し、蛇を足場に蹴って回転し、もう一度。
櫛名も少女も、須佐之男の様に剣術は何一つない、櫛名はただ我武者羅にナイフを弾くために振っているだけ、少女は人間の急所を狙って振っているだけ。
互いに互いの刃に傷をつける。

遠目で櫛名の戦闘を見る須佐之男は思う。
刀とナイフ、どちらも同じ刃物ではあるが、刃物としての強さは断然刀の方が上回っている。このまま変な行動もせず、ただぶつけ合っていれば、ナイフは折れ、刀は残る。
即ち櫛名の勝ちであろう。

弾かれ、大蛇を足場に回転し、切りかかる、弾かれた方向によって身体の捻り方を変えては切りかかる。
櫛名から見ての幸い、少女の一発一発は軽い。しかし身体に当たれば即死、一瞬の油断が命取りと言ったところである。

須佐之男と同じことを考えていた櫛名は少女のナイフの状況を確認し、あと少し、あと少しと少女の攻撃を弾いていく。
少女が大蛇の腹を壁にして蹴り、空中で回転しながら大蛇を避け、櫛名の心臓目掛け、切れ込みを入れるよう切りかかる、櫛名はそれを刀で弾き——パキン...... ただでさえ刃渡りの短いバタフライナイフが更に小さく、そして切っ先を汚く崩壊させている。

少女は虚ろな暗く紅い目を見開いて驚愕し、櫛名から離れる。
破壊された己の得物を見るや、これで人を殺すのは——急所を狙うのはとても難しいことだと気付いたのか、少女はその場で震えだした。

櫛名は大蛇から降り、そんな少女にゆっくりと近づいた。今度は私の番だと言わんばかりに。
少女までたどり着いた櫛名は異変に気付いた。

震える少女の地面に、ポタリポタリと、大きな雫が落ちて跡をつくっているのだ。
この子はなんで泣いているのか、そう考えているうちに、少女はもっと子供が泣きじゃくるように大きな声をあげて泣き出した。

そんな少女を目の前にした櫛名はまた、何かを思い出し、震える手から刀が落ち、次に櫛名は少女の前に膝をつき、少女を抱き締めた。
私は何をやっているんだろう、何度もそう考えるなか、小さく、一度も発さなかった少女の声が聞こえた。

「おかあさん」
——「櫛名ァ!早くそいつから離れろっ!」

——刹那、サクでもグサでもない、それこそまるで、切っ先を破壊され刃渡りを短くされた汚い刃物で無理やり刺された音が櫛名の耳を疑った。

「え......」

一度じゃない、二度、三度、四度、五度六度七度八度——自分の得物を壊されたことがそんなに腹が立ったのか、少女は笑みも見せず、無言で不愉快そうに櫛名の左胸に力強く壊れたナイフを刺し込む。

驚きと大量の出血で動けない櫛名は何も言わずそのまま死を迎えた。

ボロボロの身体を起こし、今までにないスピードで櫛名と少女に近づき、少女に蹴りを入れた須佐之男は、何度も櫛名の名前を呼ぶも、疾うに喋ることも返事をすることもできない櫛名は何も言わない。
須佐之男は静かに涙を流し、櫛名の目を閉じ、抱き抱えて横になった。今までの思い出を楽しそうに、悲しそうに、辛そうに櫛名に問いかける。しかし、至って返事はない。

「自分、の昔のこと、を、思い出して、しまったんだな......?」

「......」

「虚ろな目を、見て、泣きじゃくる、のを、見て、耐えられなく、なって、しまったんだな......?」

意思を持たない少女はその話を聞いて皮肉にも悲しそうな表情をし、櫛名を抱き締め涙を流す須佐之男の首を汚いナイフで掻っ切った。
須佐之男は櫛名のことを思い、断末魔を叫ばず、静かに息を引き取った。

心臓の抉られた女と、首を切られた男を見て、少女は悲しそうに、死んじゃった、と呟いた気がした。

少女は壊れたナイフを投げ捨て、ぼんやりとした記憶の中、それも、今までの戦闘は私がやったのではないと、もはやこんなの知らないと言わんばかりの意識で、前髪で片目の隠れた制服の少女は自分の帰るべき場所へゆっくり、ゆっくりと歩いて行った。 
 

 
後書き
霧がかかったあの場所とは違い、ただ雨の降っている街の中、ポツンとひとり歩く少女が、その場で倒れた。
前髪で片目の隠れた少女は血だらけで、でもその血の半分以上は自分の血じゃなくて——そんな少女に一人の女性が近寄った。

「巡瑠ちゃん!? 大丈夫っ!? 巡瑠ちゃん!?」

と。 
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