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エターナルユースの妖精王

作者:緋色の空
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ルーシィVSエバルー公爵


エバルー屋敷地下の下水道。その壁際で、ルーシィは腕を掴まれていた。腰の位置、壁から顔と腕を出すエバルーが意地悪く卑しい笑みを浮かべながら、掴んだ腕を折ろうと更に力を込めてくる。
掴みかけた鍵の束は掴み損ねて足元に落としてしまった。この状態では腰に束ねて下げた鞭を掴む事も出来ない。今のルーシィに、打てる手がない。

「文学の敵だと!!?我輩のような偉――――くて教養のある人間に対して」
「変なメイド連れて喜んでる奴が教養ねえ……」
「我が金髪美女メイドを愚弄するでないわっ!!」
「痛っ!!いろんな意味で…」

共に仕事に来たナツも、よく解らないがいたニアも、ここにはいない。この状況を、ルーシィ一人で打破しなければならない。

「宝の地図か!?財産の隠し場所か!?その本の中にどんな秘密がある?」

痛みに耐えるルーシィの顔を覗き込むようにして、エバルーが下卑た笑みを深める。その視線を感じながら、歯を食いしばって顔を逸らした。
唯一自由な足をじりじりと動かす。右足から少し離れた位置に広がって落ちた鍵の束を目で捉えながら、少しずつ足を近づける。

「言え!!!言わんと腕をへし折るぞ!!!」

苛立ったような声色で、エバルーが脅す。その脅し通りに、掴まれた腕が更なる痛みを訴える。
だが、言わない。一言だって喋らない。この本に書かれていた秘密を知るべきなのは、エバルーなんかじゃない。腕は痛むけれど、だからどうした。それから逃げる為だろうが、絶対に。
逸らしていた顔をエバルーに向ける。痛みを耐えながら、ベー、と舌を出して見せた。お前に言う事なんて何もないと、突き付けるように。

「っ、調子に乗るでないぞ!!!小娘がああ!!!」
「あぐっ!!」
「その本は我輩の物だ!!!我輩がケム・ザレオンに書かせたんじゃからな!!本の秘密だって、我輩の物なのじゃあっ!!!!」

そんなルーシィの態度は、当然エバルーを苛立たせた。無理矢理横に広げていた腕を更に広げて、手首を掴む手に更に力を込めていく。あまりの痛みに、堪えていた呻きが漏れた。
―――いい加減、駄目かもしれない。エバルーに対する策はなく、鍵は足元で、鞭は掴めない。秘密を離す気はもちろんないけれど、腕もそろそろ限界だ。このままだと、ルーシィの両腕は折れるだろう。本の秘密を話そうだなんて、この状況でも微塵も思っていないのだから。

「おおぅ!!?」

エバルーの凄む声。それに続く、ぼき、と何かが折れる音。思わず音がした方向、自分の左腕に目を向けて、違和感に気がついた。
折れた音がした割に、その痛みは全くないのだ。けれど確かに音は聞こえて、それは間違いなくルーシィの左腕の辺りからで。

「おおぉ!!!」
「ハッピー!!!」

ルーシィの左腕、を掴んでいたエバルーの腕が、変な方向に曲がっていた。
翼を広げたハッピーが、両足を揃えてエバルーの左腕に狙いを定め、勢いよく飛び込む。スピードで威力をブーストして、一撃を叩き込む。走った痛みにエバルーの手が緩み、その隙に両腕の拘束を振り解いた。

「ぎゃあああああっ!!!!」
「ナイス、かっこいー!!」

響くエバルーの悲鳴。落とした鍵の束を拾いながら目線を上げれば、にっと得意気に笑うハッピーの顔が見えた。
……と、飛んでいたハッピーの背中から翼が消える。魔力切れだ。そんな時にタイミング悪くハッピーは下水の上を飛んでいて、飛ぶ為に必要な翼が消えるという事は、つまり。

《よっ》

落ちていくハッピーの足が下水に触れかけた、瞬間。
ルーシィの横を、何かが―――否、誰かが走り抜けた。そこを通り過ぎていった際の空気の流れだけを残して、走り抜けた姿は誰の目にも留まらずに。

《と―――――!!!間に合った―――――!!!…よな?》

突風のように現れたその人は、下水を挟んだ向こう側で、ハッピーを抱えて小首を傾げていた。





《え、間に合ったよな?大丈夫だよな?大丈夫大丈夫、だって青猫落ちてなかったし、嬢ちゃんの腕折れてないし、あのくるくる髭野郎は()()()()()()()()……》
「青猫じゃないです、ハッピーです」
《ん?ああ、そっか。悪い悪い、名前知らなかったからさあ》

ぶつぶつと何かを呟いていたその人は、ハッピーの指摘にきょとんとしてから笑ってみせた。抱えていたハッピーを降ろし、人懐っこそうな笑みを浮かべてルーシィを見やる。

《よぉ嬢ちゃん、無事ー?》
「え?は、はい!!」
《うん、いい返事だな。たいへんよろしい》

問われ、戸惑いながらも返事をすれば、満足そうに頷かれる。
結わえて尚毛先が腰の辺りまで届く灰色の長髪に、黒い瞳。纏うのは、動くのに支障が出ないようにかあれこれと手を加えられたカーディナルブルーの騎士服。動きやすさを重視したと思われる服装とは真逆に、足元は、今ルーシィが履いているサンダルと然程変わらない高さのヒールのあるロングブーツ。両手には飾り気のない、かといって武骨でもない藍色の籠手。
頭のてっぺんから爪先まで見てみたはいいが、やはり見覚えのない姿だ。聞かれたから答えたはいいものの、彼は誰なのだろう。ニアと共にいたのは見たし、多分味方なのだろうが、何者であるかは全く解らない。ニアの知り合いなのか、ルーシィが知らない彼の魔法―――“誰ガ為ノ理想郷”のうちの一人なのか、その区別さえつかない。あと、その微妙なネーミングセンスが気になる。確かにエバルーの髭はくるっと上向きに巻かれているが。
じろじろと見ていたせいだろう。青年は少し不思議そうな顔をして、それから何かに気づいたのか、柔らかく微笑んだ。

《ああ、そういや俺とは初対面だっけ?大体の事はランスで片付くし、そもそもア…イツ、嬢ちゃんの前で俺達を喚びたがらないからなあ》
「…?」
《ま、細かい事はどうでもいいか。―――俺はパーシヴァル。ランスの同僚って覚えてくれてれば、とりあえずは十分。もうちょいいけそうなら、円卓騎士団団長の護衛にして忠義の騎士、とでも付け足してもらおっかなー》
「え、えっと?」
《あ、ランスってのはアイツな。ほら、あの超絶美形。ザ・騎士、みたいな奴。会った事あるだろ?》

ランスロット、の事だろうか。確かに彼は不思議な魅力を放つ美形で、その出で立ちはお伽話に出てくる騎士のイメージ像そのもののようではあるが。奴隷船で静かに猛威を振るっていた姿を思い出す。
と、背後から何かが崩れるような音がした。はっとして振り返ると、左腕を押さえたエバルーが、忌々しそうに対岸を見据えている。

「おのれ……何だ、貴様等は!!」
《えー…自己紹介はさっき済ませたんだけどぉ?この短時間に同じこと繰り返させるなよ丸ボタン野郎。つーかお前みたいな骨折未遂野郎にわざわざもう一回とか面倒だし端折っていいかな?いいよな?うん、いいって事で!!》
「き…貴様あ!!!」

ルーシィに向けていたのと同じにっこり笑顔でパーシヴァルが言う。悪意があっての発言なのか、それとも本心をただ並べているだけなのか、判断に困る声色で。そしてエバルーへの呼称のレパートリーが多すぎやしないだろうか。そりゃあ確かにエバルーのスーツには大きな丸ボタンが一つついているし、ルーシィの腕を折ろうともしていたが。
《いいかな?》と首を傾げ、《いいよな?》とまた反対側に傾げ、最後に輝くばかりの笑みを浮かべた彼の言葉に、エバルーが唾を飛ばしつつ叫ぶ。それに顔を顰めたパーシヴァルは、顔の前で手をひらひらと振ってから口を開いた。

《距離あるからって唾飛ばすなよ傲慢ダルマ。アイツ結構綺麗好きなんだからさあ、近づいて嫌がられたらどうしてくれんの?静かに半歩分引かれたら、お前どう責任とってくれる訳?それじゃあ俺、アイツの役に立てないじゃん》

今度は敵意剥き出しだった。冷め切った、見下すような目をしていた。
これ以上やるならぶん殴るぞこの野郎。ついでにその髭と少ない髪の毛、ガムテープで毟ってやろうかああん?なんて副音声が聞こえてきそうなレベルだった。何かどう彼の怒りに触れたのかはいまいちよく解らないが、ご立腹である。ぴんと空気が張りつめて、ほんの一瞬、呼吸を忘れかける。
……が、それも長くは続かなかった。彼が短く鋭く息を吐いたのを合図に、正体不明の圧を持っていた空気が和らぐ。数度瞬きを繰り返した彼の顔に温度が戻り、何の感情も浮かべていなかった唇に笑みが浮かぶ。

《とはいえ、俺これでも機嫌よくてさあ。多少のあれそれは「うわあコイツ、人間としてなってねえなあ」って思うだけに留めてやるとして……けど、いや、そうだな。唾飛ばされそうになった事とか、嬢ちゃんの腕折ろうとした事とか、まるっとひっくるめてこの本一冊くれれば許しましょう!!わー俺ってば太っ腹!!!普段ならギャラハッドにある事ない事告げ口してけしかけるところだけどー、今なら本一冊で聞いて驚け無傷で生還無事帰還って訳だよ、さあどうだ?》

この本、と指すのは、ルーシィが抱える日の出(デイ・ブレイク)。にやりと笑って問うように首を傾げてみせるパーシヴァルに、けれどエバルーは納得などしない。

「な、何を……その本は我輩の物だ!!!貴様等にくれてやる訳がなかろう!!貴様等こそ、我輩のような偉――――い男の所有物に手を付けて、ただで済むとでも思っているのか!!!?」
《え、うん。大体さあ、自分で自分の事を偉い偉い言う奴って、実際のところ大した事なかったりするんだよなあ。本当に偉い奴はそんな事言わないし、言葉にせずともその在り方で語るってもんだよ。まあつまりうちの団長って訳だ、アイツに関してはもうちょい偉そうにしたっていいくらいなんだけどな?――――で?つまりこれって交渉決裂?争わない平和的エンドはもうない感じ?言葉でダメなら拳で語るしかない感じだったりする?えー、やだなあ俺そういうの》

げんなりとしながら、彼は言う。
さも当然の事を言うような軽さで、吐き捨てる。

《弱い者いじめとか、俺の主義に反するんだけど》
「……っ!!!!」

エバルーの顔が、変わった。がらっと表情が崩れ、その足が地を強く蹴る。
速度といいシルエットといい弾丸のように飛び出したエバルーが、下水の上を飛び越え対岸に立つパーシヴァル目がけて突撃する。一度飛び出したらどこかにぶつかるまで止まれない一撃にパーシヴァルはほんの少し目を見開いて、けれど慌てる事なく横に移動する事でそれを回避した。壁に激突したエバルーはそのまま壁を突き破り、すぐ横に新たな穴を開けて現れる。

「い…言わせておけば図々しくも!!この偉――――い我輩に……!!!」
《さっきからそればっかり。他に言う事ねえの?自分の言動で自分の地位を穢していってるって、どうして気付かないかなー》

はあ、とこれ見よがしに大きく溜息を吐いて、とんと一つ跳び上がる。助走もなしのその動作だけで対岸に降り立ったパーシヴァルが、置いてけぼりを喰らっていたルーシィの肩を軽く叩いた。はっとして彼の方を見たルーシィに、彼はにっと口角を吊り上げる。

《さて、準備はいいか?嬢ちゃん。必要とあらば俺も働くけど、まあ大体は自力で頑張ってくれ!!》
「え、ここまで煽っといてそれ!!?」
《煽っておいてこれだ!!まあ悪気は七割くらいしかなかったし、何も考えずに思った事をそのまま言っただけだから大丈…夫ではないかもしれないけど、危なそうだったら手ぇ貸すから!!》
「ちょっ……」

ぐっと親指を立てるパーシヴァルに文句を言おうとして、止まる。視界の隅に映った飛び出すエバルーの姿に慌てて後方に跳ぶと、つい数秒前まで立っていた位置をエバルーが通り抜けた。
向かいのパーシヴァルが更に後方に跳び、さっとその場にしゃがみ込む。と同時に壁から腕が伸び、空を掴んだ。それからすぐに現れたエバルーの顔は顰められている。どうやら彼の足を掴もうとしていたらしく、気づいたパーシヴァルが眉を寄せた。

土潜(ダイバー)か。こういうのはモルガン辺りの方が得意分野なんだけどなあ……》
土潜(ダイバー)?」
《読んで字の如く、だよ。とりあえずコイツ魔導士、おっけー?》

右親指と人差し指で丸を作る彼に頷く。

「解ったから何だ?貴様等程度に、我輩の土潜(ダイバー)は破れんぞ!!」

得意気に笑うエバルーが両手を上げて地面に潜る。立ち上がったパーシヴァルが地を蹴って、対岸へと跳んだ。
その彼が着地するのとほぼ同時に、ルーシィの足元からエバルーが突き出る。床を割り、拳を突き上げたその一撃を後ろに跳んで避け、右手に本をしっかり持ったまま、口を開く。

「この本に書いてあったわ。内容はエバルーが主人公の、ひっどい冒険小説だったの」
「何だそれ!!?」
「我輩が主人公なのは素晴らしい。しかし内容はクソだ。ケム・ザレオンのくせにこんな駄作を書きおって!!けしからんわあっ!!!」

本を掴むように両手をぱんと合わせる。両拳を握り突き上げる。頭を下に蹴りを繰り出す。地面に潜っては飛び出すのを繰り返しながら、エバルーはルーシィを追い詰めていく。穴だらけになった床から下水が通る道に出て、後方に跳ぶ事で回避してきたルーシィの背中が、がしゃんと音を立ててフェンスにぶつかった。

「無理矢理書かせたくせに、なんて偉そうなの!!?」

空いた左手でフェンスを掴む。こちらに跳ぼうかと足元に力を込めるパーシヴァルを目で制すると、伝わったのか彼が半歩後ろに引いた。

「偉そう?」

弾丸のようにエバルーが飛び出した。フェンスを掴んだ左手を軸に、ルーシィが地を蹴る。飛び出した勢いのままエバルーはフェンスを突き破り、ぎりぎりで手を離したルーシィの体が高く宙を舞う。

「我輩は偉いのじゃ!!!その我輩の本を書けるなど、ものすごく光栄な事なのじゃぞ!!」
「脅迫して書かせたんじゃないっ!!!」
「脅迫?」

壊れたフェンスが投げ捨てられる。振り返ったエバルーは、髭を軽く引っ張りながら口角を吊り上げた。

「それが何か?書かぬと言う方が悪いに決まっておる!!!」
「何それ…」

一切の悪気もなく言ってのけたエバルーを睨みつける。
確かに、エバルーは偉いのかもしれない。人間性に難あれど金持ちなのは事実で、けれど、だからといって何でもしていいのかと問われればそれは否だ。偉いから無理が何でも通る訳ではなく、脅迫なんて以ての外。そんなものは、偉い偉くない問わず間違った行為なのだ。
だが、エバルーは悪びれない。自分の要求は全て通って当然なのだと、さも常識を教えるかのように語っていく。

「偉――――いこの我輩の本を書かせてやると言ったのに、あのバカ断りおった。だから言ってやったんだ。書かぬと言うなら、奴の親族全員の市民権を剥奪する、とな」
「市民権剥奪って…そんな事されたら、商人ギルドや職人ギルドに加入出来ないじゃないか。コイツにそんな権限あるの!?」
「封建主義の土地はまだ残ってるのよ」
《だからこんな奴でも、この辺りじゃ身の丈に合わない権力振り回してるって訳か……っと、そこっ!!!》

頭から潜っていったエバルーを探し周囲を見回していたルーシィの体が、突然横から掻っ攫われた。驚いて目を見開くと、一瞬で距離を詰めていたパーシヴァルが肩の辺りと膝裏に手を回し、ルーシィを抱えている。あの一瞬で突き飛ばすのではなくしっかりと抱え込んだ彼の動きの素早さに驚く一方で、何があったのか理解が追い付かない。
と、風のような速さでルーシィを抱えて跳んだパーシヴァルの目が床に向く。開いた穴で気づけばほぼ水が抜けていた下水道から、エバルーの手が伸びていた。

「チィッ!!」
《触んなスケベ、セクハラで訴えんぞ!!!ギャラハッドに!!》

地面から顔を出したエバルーの舌打ちに、ルーシィを降ろしたパーシヴァルが睨みを返す。
先ほど彼に仕掛けたように、今度はルーシィの足を掴もうとしていたらしい。もしそうされたらヒールでその手を踏みまくってやる、と決意しながら「ありがとね」と囁くと、パーシヴァルはちょっと目を丸くして、それから笑って一つウインクをした。茶目っ気たっぷりの仕草をしたその顔が、エバルーに向いた途端、ふっと冷えた笑みに変わる。

《で?人間がやる事とは到底思えない非道な脅迫したアンタのご希望通り、その作家先生は書いてくれた訳だ。家族盾にされりゃあそりゃ従う他ないよなあ、うわあ最低》
「最低なのは断る方であろう?―――ああ、結局奴は書いた!!!しかし一度断った事はムカついたから、独房で書かせてやったよ!!!ボヨヨヨヨヨヨ!!!やれ作家だ文豪だ……と踏ん反り返っている奴の自尊心を砕いてやった!!!」

自慢げに、得意気に語るエバルーの言葉に、パーシヴァルの顔から笑みが消えた。どこか楽しむように浮かべられていた薄い笑みさえも消えて、その目が冷たく光る。

《踏ん反り返ってんのはお前の方だろうが。それともアレか?同じように独房で鎖に繋いで、同じだけの月日を過ごさせて、それ以上の責め苦に合わせれば少しはマシになるか?》
「な…」
《なあ嬢ちゃん、アンタは知ってるんだろ?作家先生がどれだけの間独房にいたか。どれだけの間、コイツの阿保らしい欲望に付き合わされてきたか》
「……三年よ」

吐き出すように呟く。ハッピーが言葉を失ったように両手を口元に当てた。

「自分の欲望の為にそこまでするのってどうなのよ!!!独房に監禁されてた三年間、彼がどんな想いでいたか解る!!?」
「我輩の偉大さに気づいたのだ!!!」
「違う!!!自分のプライドとの戦いだった!!!書かなければ家族の身が危ない!!!だけど、アンタみたいな大バカを主人公にした本なんて……作家としての誇りが許さない!!!」

自分のプライドを取れば、家族は市民権を奪われる。けれど家族を取って作品を書けば、自分は最低最悪の本を世に残す事になる。どちらも大事な二つに挟まれ、暗く狭い独房の中で、三年間も拘束されて。
書きたくなんてなくて、けれど書かざるを得なかった物語。その一文字一文字を綴る度に葛藤して、苦悩して、投げ捨ててしまいたくなって、それでも書き進めて。その辛さを嗤ったエバルーが、地面から身を起こしてルーシィを睨みつける。

「貴様……何故それほど詳しく知っておる?」
「全部この本に書いてあるわ」
「はあ?それなら我輩も読んだ。ケム・ザレオンなど登場せんぞ」
「もちろん普通に読めば、ファンもがっかりの駄作よ。―――でも、アンタだって知ってるでしょ?ケム・ザレオンは元々魔導士」
《つーかお前、気づいてねえの?読んでない上に魔導士っていうには微妙なラインの俺ですら、この本見ただけで魔力くらいは感じたけど?》
「…、…な……!!!まさか!!!」
「彼は最後の力を振り絞って…この本に、()()()()()()

怪訝そうだったエバルーの顔が、その一言で崩れた。何かに気づいたように目を見開いて、眉を吊り上げて、声を怒りで震わせる。

「魔法を解けば、我輩への怨みを綴った文章が現れる仕組みだったのか!!?け…けしからんっ!!!」
《へえ?怨まれるような事してるって自覚はあったんだ、意外や意外》

けらけらと声を上げて、わざとらしく口元を手で隠したパーシヴァルが嗤う。形だけ笑むように作られた、ゆるりと細める目は視線の先を見下すように冷え冷えとしていて、エバルーが歯をぐっと食いしばった。

「発想が貧困ね…確かに、この本が完成するまでの経緯は書かれてたわ。だけど、ケム・ザレオンが残したかった言葉はそんな事じゃない。本当の秘密は、別にあるんだから」
「な…っ!!!何だと!!!?」
「だからアンタにこの本は渡さない!!!てゆーか、アンタに持つ資格なし!!!!」

左手に持ったままだった鍵の束。その中から一つを選び、魔力を込める。鍵の先端から生まれた鍵穴が広がり、光を放つ。

「開け!!!巨蟹宮の扉……キャンサー!!!!」

名を呼び、鍵を向けた先。ルーシィを守るように前方に立つのは、背を丸めた細身の男だった。
水色のストライプシャツとスキニーパンツを纏い、腰のベルトには鋏や櫛を取り出しやすく仕舞ったポーチ。蟹のハサミのようなシルエットのヘアスタイルに、背中から生えているのか飾りなのか、蟹の足が左右それぞれ三本ずつ。両手に鋏を構え、サングラスをかけたその星霊を見たエバルーが目を見開き、

「蟹キタ―――――!!!絶対語尾に「~カニ」つけるよ!!!間違いないよね!!!カニだもんね!!!オイラ知ってるよ、“お約束”って言うんだ!!」
「集中したいの…黙んないと肉球つねるわよ」
《…蟹……》
「…あの、パーシヴァルさん?何そんな「美味しそう…」みたいな顔でキャンサー見てるんですか!!?美味しくないですから!!!そもそも食べられませんから!!!」
《い、いやっ、俺が食べるんじゃないから!!!アイツ食細い割に、蟹が出ると結構食べてたなあって思っただけだし!!!いつも隣でベディが身をほぐしてやってたなあって思っただけだから!!!べ、別にあの足もいで持ってこうかなーなんてこれっぽっちも……うん…》
「ちょっとお!!?」

やけにテンションの高いハッピーが目を輝かせ、パーシヴァルがキャンサー(の背中の蟹の足)をじ――っと見つめていた。咄嗟に彼の視界を遮るように立つと、両手をわたわたと振りながら必死に弁明を始める。が、最後には気まずそうに目を逸らした。というかニアは自分で身をほぐしたりはしないのか。いや、どこか箱入り感の漂うあの男の事だから、大して意外だとは思わないのだが。
…にしても、あのニアに好物と言える食べ物があるとは思わなかった。かつて昼食にしようと入ったレストランで「動力として必要最低限の栄養が取れるなら何でもいい」と表情一つ変えず淡々と言い放ち、注文を取りに来たウエイトレス(とルーシィ)を絶句させた事もあるというのに。

「ルーシィ…」

と、密かに驚いていたルーシィの意識を引っ張り戻すように、ぼそりとキャンサーが声を発した。低い声が静かに名を呼んで、顔の半分だけをこちらに向ける。

「今日はどんな髪型にするエビ?」
「空気読んでくれるかしら!!?」
「エビ―――――!!!?」
《海老…》
「いやだからちょっと!!?」

鋏を持ち上げながらの問いかけに思わず叫ぶ。予想外の語尾にハッピーも叫び、パーシヴァルがごくりと唾を呑み込んだ。一度は外した視線を蟹の足に再度集中させる彼の手が怪しく動くのを慌てて止めつつ、いやまあ確かに彼を呼ぶのはヘアスタイルを整えてもらう時である事が多いよなあと思いながら、びし、とエバルーを指す。

「戦闘よ!!!あのヒゲオヤジやっつけちゃって!!!」
「OKエビ」
「まさにストレートかと思ったらフックを喰らった感じだね。うん!!もう帰らせていいよ」
「あんたが帰れば。…で、そっちはそっちでキャンサーを食べ物認定しない!!」
《し、してないしてない!!!海老はアイツの好物って訳じゃないし!!海老好きなのはモルガンだから!!!》

……そういう事ではないような。






彼等がまるでコントのような言い合いを繰り広げている頃。
彼等と対峙するエバルーは、金髪の女に突き付けられた言葉を反芻していた。

(ひ……秘密じゃと!!?まだ何か……)

日の出(デイ・ブレイク)が完成するまでの経緯と、もう一つ。ケム・ザレオンが残した言葉。エバルーへの怨みを綴ったのではない、エバルーの想像の範囲外にあるそれ。
考える。考える。考える。あの作家が本に秘めたものは何だ?エバルーが持つべきではないというそれは何だ?あの男は、ケム・ザレオンは、何を……。

(ま…まさか)

考えて、一つだけ。
まさか、もしかしたら、と思いつく事があった。

(我輩の事業の、数々の裏側でも書きおったか!!?―――まずいぞ!!!評議院の検証魔導士にそれが渡ったら……)

渡ったら。
渡ってしまったら、どうなる。今の地位は?巨万の富は?今の今まで積み上げてきた、公爵というプライドは、どうなる?

(我輩は終わりじゃないかっ!!!)

そう気づいて。そう察して。
そんな事など到底許せるはずもなく、故にエバルーの行動は早かった。






「ぬぅおおおおっ!!!!」

突如として、雄叫びが響いた。
言い合いを続けていた二人が、同時にお互いから目線を外す。ルーシィは本を強く抱え、パーシヴァルは左足を小さく引く。地面に潜ろうが弾丸のように跳んでこようが対処出来るように、だろう。
だが、エバルーの取った行動は、そのどちらでもなかった。

「―――開け!!!処女宮の扉!!!!」
「え!!?」
「ルーシィと同じ魔法!!?」

どこに隠し持っていたのか、持ち手を摘まむように構えているのは金色の鍵。ルーシィがキャンサーを呼んだのと同じ、持ち手の模様と形状は違えど、それは確かに星霊を呼ぶ為の鍵で。
ルーシィとハッピーが目を見開いた。キャンサーの表情が少し崩れて、パーシヴァルがちょっと眉を動かす。

「バルゴ!!!!」
「うそぉ!!!?」

空気が震える。吹き上がる煙の奥、瞳が二つ、強く輝く。
現れたそれは、壁のようだった。エバルーを隠し、それどころかルーシィ達の視界の半分ほどを埋めてしまうような巨体。ボタンが留められないのか胸元が大きく開いたシャツに、左右に引っ張りすぎて今にも破れそうなフリル付きのエプロン。ピンク色のツインテールに、見上げてもちらりとしか見えない頭にはヘッドドレス。
その姿に、ルーシィは見覚えがあった。

「お呼びでしょうか?御主人様」
「バルゴ!!!その本を奪えっ!!!!」

重量のある音を響かせて着地したその星霊は、巨大なメイド。
屋敷を訪れたルーシィを最初に出迎え、屋敷に潜入した彼等に奇襲を仕掛けてナツに蹴り飛ばされていた、あのメイドだった。

「コイツ……星霊だったの!!?」
「エビ」
《おいおい、嘘だろ……》

目を見開いたルーシィの隣、パーシヴァルが呟く。ちらりと見えたその顔は困惑しつつも薄く笑っていて、更に視線はバルゴと呼ばれたメイドを見るにはやや上。何もないはずの位置、バルゴの頭上に、縫い付けられたように視線を固定させていて。

「あっ!!!」
「あ!!!!」
「あ!!!!?」

妙だと思いながらつられるように目線を上げて、気づく。同じように気づいたらしいハッピーとエバルーが声を上げて、ただ一人、パーシヴァルだけが愉快そうに笑みを深めていた。
バルゴの上。煙が晴れてはっきりと見えるそこに、見知った姿が二つ。

「――――ナツ!!ニア!!」
「お!!?」
「何だここ、臭っ…無理……」

白いマフラーが靡く。紺色のフードがふわりと外れる。
書斎で別れたはずのナツとニアが、宙を舞っていた。

「何故貴様がバルゴと!!!」
「あんた達……どうやって……!!?」

どういう訳か、何が起きたのか。訳が解らないまま問えば、困惑しきったナツの声が返って来る。

「どう…って、コイツが動き出したから後つけてきたらいきなり…訳解んね―――!!!」
「“つけて”っていうか……“掴んで”でしょ!!!」
「……」
《…え、アーサー生きてる!!?臭いでやられて死んだりしてないよな!!?アーサー返事っ、何でもいいからちょっと喋ってくれないかなあ!!?》

本人も現状をよく解っていないようで、それでもその右手はバルゴの服の首裏辺りをしっかり掴んでいて、見る限りどうやらバルゴと一緒にここに召喚されたらしい。こういった時に持ち前の冷静さで役に立ちそうなニアは下水道に充満する臭いで早くもやられたのか無言で、パーシヴァルが焦り声を上げた。
…らしい、が、解らない。現状を見て出せる結論はこれ以外ないのに、理解が追い付かない。

「まさか……人間が星霊界を通過してきたっていうの!!?ありえないって!!!!」

普通であれば、生身の人間は星霊界を通過出来ないはずなのだ。呼吸が出来ず、通り抜けるよりも早く死んでしまうはず。いくらナツが頑丈であろうが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であろうが、それは変わらないはずなのに。ニアに至っては彼のような特殊な何かを持っているなんて事もなく、尚更訳が解らない。
というかニアは無事なのだろうか。そろそろ涙目のパーシヴァルが、バルゴを殴ってでも彼の安否を確認しようと拳を握っているのだが。一言でもいいから返事がないと、ルーシィが何かする前に決着がついてしまいそうである。
それはそれでいいような、あくまで部外者というスタンスを貫いてきた彼等からすればよくないような、とルーシィの思考が更に混乱し始めた、その時。

「ルーシィ!!!オレは何すりゃいい!?」
「バルゴ!!!早く邪魔者を一掃しろ!!!」

バルゴの服を掴んだままのナツが叫んだ。ごちゃごちゃしていた思考が、その声で破られる。エバルーの声がバルゴの巨体越しに響いて、咄嗟に腰の左側に手をやった。

「そいつをどかして!!!」
「おう!!!!ニア、手離すぞ!!」
「……ああ」

束ねた鞭をしゅるりと引き抜く。応えたナツがちらりと目をやって叫び、顔色の窺えないニアが絞り出すように呟いた。弱弱しい小さな声、けれどナツの耳には届いたようで、ぱっと手が離される。重力に逆らう事なく落ちていきかけたニアの体がふわりと浮いて、やや距離を置いた位置にとんと降り立った。駆け寄って来たパーシヴァルに軽く手を振って、フードを被り直しながらナツを見やる。

「どりゃあっ!!!!」

二人の目がかち合った、瞬間、ナツが動いていた。
服を掴む手を引き、その巨体のバランスを無理矢理崩させる。ぐらりと揺れたバルゴの頬に、炎を纏う拳を叩き込む。床を割る勢いで叩き付けられたバルゴが大きく呻き、そのまま意識を失った。

「何ィ!!―――んぶっ」
「もう地面には逃げられないわよ!!!」

バルゴは倒れた。もう遮るものも脅威もない。引き抜いた鞭をエバルーの首に巻き付け、力一杯引き寄せる。

「アンタなんか…」

引っ張られるエバルーが、倒れるバルゴの上を飛ぶ。キャンサーが地を蹴って、成す術なく手足をばたつかせるエバルーを空中で迎え撃つ。

「脇役で十分なのよっ!!!!」

ほんの一瞬、エバルーとキャンサーが空中ですれ違った数秒。
ルーシィの鞭から解き放たれたエバルーを、キャンサーの鋏が襲撃した。





「お客様……こんな感じでいかがでしょう?エビ」
《んー?どれどれ?》

着地したままの体勢で、エバルーに目を向ける事なくキャンサーが呟く。その声に、すっかり調子を取り戻したパーシヴァルが首を傾げつつ答え、軽い足取りで近づいてひょいと覗く。

《ありゃ。これじゃあもうくるくる髭野郎とは呼べないかあ。ちょっと残念》
「ははっ」
「……ふ」

口では残念と言いながらも声色はむしろ楽しそうで、わざとらしく肩を竦めてみせる。同じようにエバルーに視線を向けたナツが笑い、ニアもつられて口元を緩めた。
バルゴの巨体の上に落下したエバルーに、傷らしい傷はない。落ちた時に何かでどこか切れたのか顎を血が二筋伝っているが、それくらいだ。付け加えるなら、服についた大きなボタンにヒビが入っている。
そう、傷らしい傷()ない。キャンサーの鋏は、あの一瞬で器用にもエバルーの髪と髭だけを刈り取っていた。靡いたまま固まったようなスタイルだった髪も、くるりと巻かれていた髭も、一本残らず切り尽くされている。

「派手にやったなあ、ルーシィ。さっすが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ」
「あい」
《なあなあ、俺役に立てた?アンタの望む通りになってる?》
「ああ。よくやってくれたよ、パーシヴァル」

ナツの褒める声、ハッピーの嬉しそうな顔。ニアが薄い笑みを浮かべて、それを見たパーシヴァルが照れくさそうに笑って頬を掻く。
押し寄せる安堵に息を吐いて、ルーシィは本をぎゅっと抱きしめた。 
 

 
後書き
Q,最後に更新したのはいつですか?
A,この作品に関してなら去年の十月、緋色の空としてなら去年の十二月(EМT)

Q,今の今まで何してました?
A,スランプで死んでました。あとゲームしてました。




という訳でお久しぶりです。何ならあけましておめでとうございます(大遅刻)。
自分でも「え、どうした…?いや今まで書いてたじゃんお前。え、え…?」と思うくらいの史上最強のスランプをちょっとばかし乗り越えて、どうにか最新話をお送りしております。何かね…思いつくのに書けないのです……書きたいものはあるのに言葉にならないのです…。
なので実は今回も最後のバルゴを倒してからのシーンが「何かもう少しこう…ううん…」という感じなのですが、これ以上のものは書けそうにないのでこれで。戦闘シーン書ける人…羨ましいな…。

今回の話は、今までで一番原作から離れたのでは?と思われる話です。具体的にはパーシヴァル。彼にはエバルーを煽ってもらいました。煽りに煽りました。私的には煽りです、あれ。《いいかな?いいよな?》のくだりが個人的に好き。あと「ただで済むと思っているのか!!!?」に対して間を置かず《え、うん》って即答する辺り。どんな状況でも奴はブレないのだ。
彼の台詞はテンポよくというか、声に出した時にぽんぽん言いやすいように注意して言葉を選んだりして見た訳ですが、いかがでしょう。

前回の後書きで「ニア君と彼等の過去編書くよー」と言った事を覚えている方は多分もういない(原因:更新速度)と思うのですが、やっぱり彼等がどんな人か、彼等に何があったのかを書いておきたいなあという事で、ララバイ編に入る前にちょこっと書こうと思います。
なのでこれからのエターナルユースの妖精王の流れとしましてはこんな感じ↓

エバルー編ラスト

オリジナル一話(ニア君達は一切関係ない)

ニア君の話ちょこっと(一話)と、彼等の話ちょこっと(一話)

ニア君プロフィール

ララバイ編

となります。頑張る。
次回更新はなるべく早めを心がけますが、もし遅かったら「あ、またスランプと戦ってるな」とでも思ってください……!


ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。




え、今回パーシヴァルが何かと「ギャラハッドに~」って言ってたけど、そこはベディじゃないのかって?
……ギャラハッドはベディと別ベクトルでやばい奴ですゆえ…。 
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