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エターナルユースの妖精王

作者:緋色の空
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魔導士の弱点


「どうやら妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士は、自分達こそが最強か何かと勘違いしているらしい」
「まあ、確かに噂はいろいろ聞く。魔導士ギルドとしての地位は認めよう」
「……が、所詮は魔導士」
「戦いのプロ、傭兵には敵わない」

エバルー屋敷、その一室。壁中を背の高い本棚で埋め尽くしたその部屋で、四人の男達が対峙していた。
巨大な平鍋を片手で構えた長い三つ編みの男と、バンダナを付けた大柄な男――――傭兵ギルド“南の狼”に属する二人と睨み合う二人、左側に立つナツが右手を伸ばす。

「だったら早くかかって来い。二人一緒でいいぞ」

向けた右手、親指以外の四本の指の爪先が炎を纏う。伸びた炎はゆるりと揺れて、“CОМEОN”の文字を作り出す。その挑発に顔色を変えた二人を見てニアが肩を竦めた。この程度の挑発に乗るとは、と心の中で呟いて、意識を切り替えるように息を吐く。

「兄ちゃん……マジでコイツ等ナメてるよ…」
「片方は(ミー)の得意な火の魔導士、もう片方はギルドに属さぬ半人前…簡単(イージー)仕事(ビジネス)になりそうだな」

苛立ちを隠さない弟の呟きに、兄の方が変わらない調子で答えた、瞬間。

「―――――とう!!!」
「っ、ナツ!!」
「問題ねえ…っと!!」

開戦の合図はない。左手に平鍋を構えた兄が地を蹴った。駆けた先にいるのはナツ。身を翻したニアが反射的に声を上げる。
一気に距離を詰め、両手で握り直した平鍋を振り下ろす。重量のある武器の側面はナツを叩き潰そうとして、けれどその軌道から外れるように上に跳んだナツを捕えられずに床を派手に砕く。床だった破片が宙を舞い、それから身を守るべくニアは大きく一歩後ろに跳んだ。
だが兄の方はそれ以上動かない。着地して体勢を立て直そうとしたナツの上着を、兄の後ろから駆けた弟ががしりと掴む。そのまま腕を振り回し、力任せに放り投げ飛ばした。

「うおおおおおおおお!!!!」

投げられた勢いを殺す事も出来ず、そのまま壁を突き破る。咄嗟に近くの手すりを掴んで飛んでいく勢いを抑え体勢を立て直しにかかると、たった今開けた穴から平鍋を構えた兄が飛び込んできた。即座に手すりを離して、空中で一回転しながら一階の床に着地する。ナツの足が床に着くと同時に、振り下ろされた平鍋が先ほどまでナツが掴んでいた手すりを床ごと叩き割る。






飛んで行ったナツを目で追って、ニアは舌打ちを一つ。部屋にはたった今ナツを投げ飛ばした大柄の傭兵と自分の二人、平鍋を持った方はナツを追撃に行ったから今は放っておいてもいいだろう。
……何度だって言うが、今ここで無駄に戦うつもりはない。傭兵二人と戦うのだってこの依頼の一部なのだから、部外者たる自分が出しゃばるなんて以ての外だ。けれど居合わせてしまって、相手が自分の事も敵だと認識してくるのだから、攻撃されたらやり返すくらいは仕方ないかというだけで。

「…半人前、とは言うが」

左足を半歩引く。構える傭兵には見向きもせずに、見つめるのはただ一点。

「そんなのはただの世の風潮だろう、ド阿保」
「…なっ……!!?」

呟き、床を蹴る。拳を作る傭兵の横を、文字通りの一瞬で駆け抜け――――いや、飛び抜ける。その勢いでフードが外れたが知った事ではない。少し遅れて聞こえた驚くような声に唇を吊り上げて、狙い通りに開いた穴に飛び込んだ。先ほど自分が蹴破った、本当ならドアがあったはずの穴に。
床から離していた足でもう一度床を蹴る。天井に頭をぶつけない程度に跳んで手すりを飛び越え、ナツの隣にふわりと降り立った。当然、フードを被り直す事は忘れない。

「大丈夫か?」
「おう。そっちは?」
「問題ない」

着地した体勢から立ち上がるナツにちらりと目をやる。派手に投げられた割には大したダメージはなさそうだ。まだ避ける事にだけ専念していても問題ないだろう、と判断する。

「で、雇い主ん家、そんなにブッ壊していいのか?」

ナツが睨み上げる先、二階の廊下から傭兵二人がこちらを見下ろしている。左に立つ兄の方が、ナツの問いには答えずに口を開いた。

貴様(ユー)等は魔導士の弱点を知っているかね?」
「の…乗り物に弱い事か!!?」
「よ…よく解らんが、それは個人的な事では?」

何で知ってんだ!!?と言わんばかりに目を見開くナツに、向こうも答えに困ったのか言葉が詰まる。隣に立つニアも呆れるあまり溜め息を隠せない。まあナツからすれば乗り物は弱点中の弱点なので、その反応も解らなくはないのだが。

「肉体だ」
「肉、体!!?」

ばっ、と兄の方が砕けた廊下から飛び降りる。呟かれた一言に反応したナツの背後に筋肉ムキムキの男が二人見えた気がして、堪えきれずに「おい、何だ今の」とニアがツッコミを入れたが答えはない。

「魔法とは、知力と精神力を鍛練せねば身に付かぬもの。結果…魔法を得るには肉体の鍛錬は不足する」

飛び降りた兄の方が、地に足が着くよりも早く平鍋を振るう。一直線に振り下ろされたそれはまたしても床を砕き、狙いの二人はそれぞれ左右に跳んで回避した。
そこから間を置かずに降りて来た弟の方がナツ目がけて拳を振り下ろす。それを紙一重で避け、避けると同時に足を振り上げる。やや崩れた体勢からの蹴りは当たらず、相手の髪を掠った。

「すなわち……日々体を鍛えている我々には、“力”も“スピード”も遠く及ばない」

横薙ぎに振るわれた平鍋を跳んでかわし、二階への階段の手すりを掴む。攻撃の軌道上にいたニアに目を向けると、彼は彼で焦りのない涼やかな顔のままひらりひらりと回避を続けていた。力強く振り下ろされる傭兵の拳の隙を縫うようにするりと掻い潜り、距離を置いた後方で、右足を軸に急ブレーキをかけたようにきゅっと止まる。ズボンのポケットに手を突っ込んでいる辺りが余裕そうな態度に拍車をかけていて、弟の方が苛立たしそうに顔を歪めた。

「昔……こんな魔導士がいた。相手の骨を砕く“呪いの魔法”を、何年もかけて習得した魔導士だ。オレ達はその魔導士と向かい合った、そして奴が呪いをかけるより早く……」

その弟の方が、今度は口角を吊り上げる。

「一撃だ。逆に骨を砕いてやった。奴の何年もの努力は、たったの一撃で崩れ落ちた」

ぴくり、とニアの眉が小さく動く。
得意気に語る、その話が気に食わない。誰かが何かを努力した、それを他人が笑う様を見るのは不愉快だ。誰かの努力を笑うななんて綺麗な事を言うつもりはないが、それでも気に入らない。

「それが魔導士というものだ」
「魔法がなければ、普通の人間並みの力も持ってねえ」

風を切る音を立てて、平鍋と拳が同時に振るわれる。
当たれば大ダメージだろう。――――当たれば、だが。

「つーかさあ」

両者の視界にいたナツが狙われるが、それを彼は軽く身を反る事で回避する。そのまま後方に跳び、着地からのバック転を一つして、いつの間にか無音で移動していたニアの横にすたっと着地した。

「そーゆーワリには全く攻撃当たってねえぞ」

べー、と舌を出して揶揄うように片足を上げてみせる。そんなナツを見やってから、ニアは正面に立つ傭兵二人をじっと見据えた。
確かに一撃一撃に力は込められていて、決して弱くはないのだろう。これだけの動きをしていながら息が切れていないのも日々の鍛錬とやらの成果だろうか。戦う上での基礎は、あるにはある。だが、それだけだ。
どの攻撃も一直線。縦なら縦、横なら横にしか振るわれない。だからその軌道から逸れてしまえば避けるのは容易だし、一つ一つの振りも大きいから隙を狙いやすい。どうやっても生まれてしまう隙に何を差し込めるかが重要だろうに、と思ったが、口には出さなかった。

「なるほど、スピードは大したものだ。少しは鍛えてるな」
「兄ちゃん……アレなら避けられねえ。―――合体技だ!!!」
「OK!!!」

弟の方が叫んだ。と、それに返事をすると同時に兄の方が平鍋を真っ直ぐに伸ばし、その柄の部分を足場に、腕を横に伸ばした弟の方が跳ぶ。

「余裕こいてられるのも今のうちだぜ!!小僧共!!オレ達が何故“バニッシュブラザーズ”と呼ばれているか教えてやる!!」
「“消える”、そして“消す”からだ」

跳んだ弟が、平鍋の広い面に降り立つ。

「ゆくぞ!!天地消滅殺法!!!!」
「HA!!!!」

瞬間、兄の方が平鍋を大きく振り上げた。その面に立っていた弟は高く打ち上げられ、反射的にナツはそれを目で追う。

(うえ)を向いたら」

それが、向こうの狙いだった。

(した)にいる!!!」
「ごあっ!!!」

ナツが上を向いたその瞬間、地上にいた兄の方が駆けた。距離を詰め、ナツの視界外から一撃を叩き込む。
意識を上に向けていたナツは避け切れず、顔面にその一撃を喰らってしまう。大きく体を吹き飛ばされながらも体勢を立て直して、今度は兄の方を見据え―――けれど、天地消滅殺法は終わらない。

(した)を向いたら、(うえ)にいる!!!」
「ふぼっ!!!」

打ち上げられ、重力に逆らう事なく落ちて来た弟。頭を下に落下しながら、伸ばした手でナツを掴んで力強く床に叩き付ける。全体重をかけた一撃に床が割れ、ナツの顔がその中にめり込む。

「相手の視界から味方を消し……敵は必ず消し去る」
「これぞバニッシュブラザーズ合体技、天地消滅殺法!!!!」

相手に速度があろうが、避けられなければ関係ない。その場に縫い止めるようなこの合体技で倒れなかった相手など、今まで誰一人としていないのだ。
一つ問題があるとすれば、一人しか相手に出来なかった事だろうか。とはいえ、地上にいる兄はまだしも、空中から攻撃する弟に二人纏めて捕捉しろとは難しい話。残った一人は態度だけは大きそうな半人前なのだから、ニ対一にさえしてしまえばこちらのものだ、と。

「これを喰らって生きてた奴は……いな……」
「ああ、だからバニッシュブラザーズなのか。道理で」

一切の崩れのないポーカーフェイスを見るまでは、思っていた。






「な…」
「いつの時代、どこの国発祥だったかな…すぐ隣の縦か横に別の玉があり、その一つ先に空きがある場合に玉は移動出来る。飛び越された玉は消えて、最後に一つだけ玉を残す。そういうパズルだろ?バニッシュって。ペグ・ソリティアのアレンジで、そのペグ・ソリティアは玉じゃなくて穴の開いた盤に杭を挿して遊ぶものなんだが」

因みにペグは杭の意だな、なんて締め括るニアは、平然としていた。天地消滅殺法の軌道から外れた位置で、目の前で仲間がやられているというのに、顔色一つ変えないままで。味方がやられた、だからどうしたと言わんばかりに。あまりにも様子が変わらないものだから、いっそ不気味さすら感じてしまうほどに、平然と。

「き、貴様…」
「ん?…ああ、何を平然としてるんだ、とでも聞きたいのか?」

声が震える。それに対しても、彼は一切顔色を変えなかった。こちらの思考を読んだように問いかけて、腕を組んで首を傾げ、「そりゃあ」と呟く。

「オレが動く必要は、まだないからな」

その時、その言葉を待っていたかのようなタイミングで。
床に顔をめり込ませていたはずのナツが、何でもなかったかのようにひょいと起き上がった。

「生きてた奴は……何?」

大したダメージもなく、けろりとして。

「バ…バカな!!!」
「コイツ……本当に魔導士なのか!!?」
「魔導士だよ。頑丈に出来てるがな」

数え切れないほどの魔導士を屠ってきた。そのはずの合体技が、敵を消し去るどころか掠り傷の一つを作って終わる。目を見開いて叫ぶ二人に、口角を吊り上げたニアが言う。

「もういいや、これで吹っ飛べ!!!」
「!!!」
「火竜の咆哮!!!!」

ぷくりと、ナツが大きく頬を膨らませる。両手を筒のようにして口元に当て、そこから吹き荒れ広がるのは竜殺しの炎。相手を容赦なく焼く赤が、屋敷の床すれすれを走る。

「来た!!!!火の魔法!!!!」
「終わった」

―――だが、傭兵二人は怯まなかった。一度目を見開いて、けれど怯むどころか笑みを浮かべて、兄の方が前に出る。

「対火の魔導士専用……兼必殺技!!!火の玉料理(フレイムクッキング)!!!!」

呟き、平鍋の底を炎を受け止めるかのように向ける。向けられた底に、放たれた炎が吸い込まれていく。

(ミー)の平鍋は全ての炎を吸収し…」
「!!」
「威力を倍加させ、噴き出す!!!!」

くるりと兄が回る。炎を吸収しながら、放たれたそれよりも荒れ狂う炎を噴き返す。炎が届く寸前でニアが上に飛ぶのが見えたが、ナツの方は避ける暇もなく自らが放った炎に全身を包まれた。
飛び、二階の手すりに立ったニアは眉を寄せる。火の魔導士は得意な相手だとは言っていたが、まさかこういう事だったとは。危うく自分まで巻き込まれるところだった。暑いのは寒さ以上に苦手なのだ。頼みの綱のマーリンもいないというのに、勘弁してほしい。

「妖精の丸焼きだ!!!飢えた狼には丁度いい!!!」
「炎の魔力が高ければ高いほど、自分の身を滅ぼす。グッバイ」

弟が笑い、兄が回り切った体勢のまま背を向ける。既に勝利を確信したような二人がこちらを見上げているのに気が付いて、手すりに腰かけたニアは大きく肩を竦めてみせた。加えて溜め息を一つ。
次はお前だと、飢えた狼の目が告げている。その目の中にこちらに対する慢心が透けて見えた気がして、水色の瞳をすっと細めた。

「何だ…?」
「いや、これで傭兵とは笑わせるな、と。攻撃は馬鹿正直にも程がある一直線、その上相手が倒れたのかを確認もせずに背を向けるなんて……自ら背後を敵に渡してどうするんだ?」

口元には緩やかな笑み。内緒話でもするように唇に人差し指を添えてみせれば、怪訝そうな中に馬鹿にされた事に対する苛立ちを混ぜた顔をする二人。
ああ、駄目だ。ここまで言ったというのに行動が伴わない。先ほどまでの戦いはもう既に終わったのだと、その思い込みが思い込みであると、両者共に気づいていない。その油断が命取りだというのに。実力はあるはずなのに詰めが甘い傭兵達だと、内心で嘆息する。騎士団の下、あの王国にいた一介の兵士達の方が何倍もマシだ。
唇に添えていた指を離し、その指で示す。答え合わせをするように、そっと呟く。

「オレと戦うのはまだお預けだ。――――なあ?」

指したのは、燃える赤の中。
そして、その中から、ナツが飛び出した。





――――噴き返された炎を、全身に纏って。

「何!!!?」
「火が効かねえ!!!?いや…いくら火の魔導士でもそれは……!!!」

傭兵二人の絶叫が響く。完全に予想外の事態に、二人とも対応が追い付かない。奴隷船での一戦を覚え知っているニアだけが、それを平然と見下ろしている。だから言っただろうと、冷めた目が告げている。

「聞こえなかったか?」

炎の中で、ナツがにやりと笑っていた。

「おぼっ」
「ふぐっ」

右手で兄の、左手で弟の顔を掴む。

「吹っ飛べ!!!」

そのまま、力強く一歩、前に踏み込んだ。



「――――火竜の翼撃!!!!」



ドゴオオオオッ!!!!と。
翼のように広げた両腕、傭兵二人の顔を掴む両手から炎が噴き出す。噴射の勢いで二人纏めて投げ飛ばし、一瞬にして焼き焦がしていく。距離を置いてもちりちりと伝わる熱量に、ニアがほんの少し眉を動かした。

「な…何なんだ…この魔導士は…」
「ママぁ……妖精さんが見えるよ」
「しっかりしろ!!!てゆーかもう無理か!?」

全身を焼かれ、頭を下に落ちていく。既に弟の方は戦えないようで、うわ言を呟く姿に兄は唇を噛んだ。
見誤った。ただの魔導士だろうと、これまで相手にしてきた奴等と変わらないだろうと慢心した。その結果が現状、たった一人相手に兄弟揃って敗北する様。もう一人に拳を握らせる事すらなく倒れる、文句の言いようのない完璧な負け。

「くっ……」

呻いて、見上げる。見上げた先、かち合った水色の目は相も変わらず揺れのない、凪いだ水面のようで。
――――それが、無性に腹立たしかった。まるでお前達など最初から眼中になかったとでも言わんばかりに、どこか別のところを見ているような目が、今になって気に食わない。表面上はこちらに向けられていても、中身が伴っていないような瞳。籠の中の鳥を眺めるような、その中で何が起きていようが知った事ではないし関係ないと言い切るような、その眼差し。
必死に手を伸ばす。指先で何度も空をかいて、ようやく手から離れていた平鍋の柄を掴んだ。力を振り絞って、落下しながら体を捻る。

「…?」

凪いだ水色に、不思議そうな色が乗る。
それを睨むように見据えて、手にした平鍋を、彼目がけて――――

「ああ…そういう事か」

何かに納得したように、ニアが呟いた。
その声が耳に届いたのと、ほぼ同時に。



「魔術式構築、展開。簡易使用を認証。―――封・光明束ねる王の剣(エクスカリバー)



左腕、二の腕の位置。
そこを起点に、全身を激痛が駆け抜けた。








「がっ……!!?」

――――痛い。
痛い。痛い痛い痛い痛い!!!!
ただそれだけに脳が埋め尽くされる。あまりの痛みに悲鳴も上げられない。
手から柄が滑り落ちる。音を立てて、平鍋が床に落ちる。左腕から血が飛び散り、飛んだそれが頬を濡らす。先に落ちていた弟の上に、おぼろげな意識を薄く保ったまま落下する。
閉じかけた目に、彼が映る。変わらず手すりに腰かけて、右親指と人差し指をそれぞれぴんと立てて拳銃に見立てて、伸ばした人差し指を真っ直ぐこちらに向けて。

「三度目のなんとやら、だ。一撃くらい、相手してやらんでもない」

そんな事を、変わらない瞳のまま言った。









「……こんなところか」

天を見上げる。ばさりとフードが外れて、体がぐらりと傾く。落ちないように腕に力を込めて体を支え、ぶらぶらと足を揺らした。
何もしないはずだったのに三度も戦いを挑まれたものだから、思わずそれに応えてしまった。まあこれの対応にナツは間に合わないし正当防衛という事で、なんて誰に対してかも解らない言い訳をして、誰かを喚ぶのも億劫で、思わず。
見たところ周囲への被害はない。コントロールは上手くいったらしい。久しぶりに使うものだから少しの不安はあったが、腕は衰えていなさそうだ。

「おーい、ニアー!!」
「んー?…ああ」

下からナツに呼ばれ、右手を軽く振る。ひょいと手すりから降りて危なげなく着地すると、笑みを浮かべたナツが駆け寄って来た。

「凄えな、今の!!光がばーっと!!!あんな魔法見た事ねえよ!!」
「……まあ、珍しい魔法だからな」
「へー…」

眩い光の束、逸れる事なく一点を狙う剣。かつて彼ではないマーリンと彼女ではないモルガンが編み出したとされる、円卓騎士団に語り受け継がれる魔法。その中の、騎士団長にのみ継がれる、伝説上の聖剣の名を持つ術。ナツが珍しがるのも当然だ。今ではもう、使えるのはニア一人だけだろう。ニアにこれを教えた前任も、その前もそのまた前も、もうこの世にはいないのだから。
興奮冷めやらぬといった様子のナツに適当に返しながら、「それで」と話を切り替える。あまりこの話題を長引かせたくはない。

「アイツを追わなくていいのか?」
「あ、そうだった!!ニアはどうすんだ?」
「…とりあえず、パーシヴァルと合流しておきたい。結果的にアイツを追う事になる訳だし、ついて行くさ」
「解った、じゃあ行こうぜ。…つーか、何だったんだコイツ等」
「傭兵だろ」

倒れる傭兵二人に背を向けて、ルーシィを探すべく歩き出す。
一歩踏み出すその前にニアは小さく振り返り、与えた痛みの割に出血は少ない兄の方を少し見つめた。それから首を横に数度振って、少し先を行くナツを早足で追う。



ニアがナツを追うべく顔を前に向けた、その時に。
すぐ傍で仰向けに倒れる巨体メイドの目が鈍く光った事には、二人とも気付かなかった。









“南の狼”との戦闘が終わった、丁度その頃。
エバルー屋敷の下水道。鼠一匹以外は誰もいないその場所で、ルーシィは“DAY BREAK”の最後のページを閉じた。かけていた風詠みの眼鏡(品質にもよるが二倍から三十二倍の速度で本が読める魔法アイテム)を外し、一つ息を吐く。

「ま…まさかこんな秘密があった……なんて……」

声が震える。読み進めていくうちに気づいたそれは、こんなところで捨てていいものではなかった。この屋敷で、あんな男に所有されているなんて以ての外。この本は破棄すべきではない、届けるべきものだ。

「この本は……燃やせないわ……カービィさんに届けなきゃ……」

スカートのポケットに眼鏡を仕舞い、立ち上がる。
まずはナツと合流しなければ。そしてこの本の話をして、それから――――

「ボヨヨヨ……風詠みの眼鏡を持ち歩いているとは……主もなかなかの読書家よのう」
「!!やばっ!!!」

背後から、声がした。下水道の壁の向こう、姿の見えないその男の声。
気付いた時には遅い。両手首を壁から伸びた手に掴まれ、無理矢理横に広げられる。咄嗟に鍵に手を伸ばすが間に合わず、鍵の束が手から滑り落ちて、チャリンと高い音を立てた。広げられた左腕と腰の間の位置に、意地汚く笑うエバルーの顔が現れる。

「さあ言え、何を見つけた?その本の秘密とは何だ?ん?」
「痛っ…!!!」

掴まれた腕が痛い。歯を食いしばって耐えるものの、更に力を込められる。
けれど、屈するつもりなんてなかった。この本には秘密がある。だがそれはエバルーが知るべきものじゃない。コイツにそれを教える必要なんて、どこにもない。

「ア……アンタなんてサイテ―よ…文学の敵だわ……!!」

ぎしぎしと骨が軋む音がする。
変わらず笑うエバルーの顔を、ルーシィは痛みに耐えながら睨みつけた。









走る。駆ける。馳せる。
床を蹴って、飛ぶように。風のように。結わえた長い髪の先を、宙に置き去りにするように。

――――間に合わせなければ。
遅れる訳にはいかない。一秒だって、遅れる訳にはいかないのだ。



暗い廊下を走る。いくつめかの角を曲がって、息が切れないのをいい事に、滑るように駆けていく。
この体はいい。疲れる事も、呼吸が苦しくなる事もない。仮に彼の盾になって負傷してもすぐに回復するし、あの時のように手足がなくなったとしてもすぐに失った分を取り戻せる。またすぐに、彼の為に戦える。
あの時のように、目の前で敵を奥に進ませてしまったあの時のように、そのせいで彼を傷つけたあの時のように。その過ちを繰り返さないように、今度こそ彼の役に立つ為に、遅れる訳にはいかないのだ。


魔力を辿る。うっすらと見える細い糸を追って、階段を全段飛んで省略して、下へ下へ降りていく。



「ア……アンタなんてサイテ―よ…文学の敵だわ……!!」



その声、苦しそうに吐き出された声色。
それが耳に入った瞬間、パーシヴァルの名を冠する青年は笑っていた。
心底安心したように。ああよかったと、噛みしめるように。嬉しそうに、嬉しそうに、口元を緩めて。


―――ああ、そうだ。
この瞬間を待っていた。この時を望んでいた。

こうして彼の役に立つ、今この時を。



《大丈夫だよ、アーサー》

今は別行動を取る、敬愛なる長へと呟く。



《俺、失敗しないように上手くやるからさ。―――今度こそ》 
 

 
後書き
戦闘シーン難しい!地の文書けない!無理!
けど必須だよね知ってるよ!頑張る!


という訳でこんにちは、緋色の空です。
改名しようといろいろ考えたりもしましたが、読みが気に入っても字面が何かいまいちだったりして結局このままです。いや…作中で「綺麗な緋色の空…」って台詞があるからさあ……それ書くまでには変えたいんですよとても。だって何か、ねえ…うん。

今回は戦闘シーン、まあ地の文に手こずりました。量書けない。躍動感書けない。何かこう格好よくない。どうすんだこれと頭を悩ませつつ書き上げてはみましたが、いかがでしょうか…!
そして宣言通り、ニア君にはひたすら回避に徹してもらいました。最後除く。本当は最後に、前回の煽りの締めとして「貴、様っ…!!」「何だその顔。―――オレは魔導士じゃないなんて、一言も言ってないぞ?」とか入れようかなあと思ったのですが、それやるにはその前にニア君に肉弾戦してもらった上で傭兵二人に「コイツは魔導士じゃなさそうだぞ」って刷り込みする必要があるので諦めました。
今回初登場の光明束ねる王の剣(エクスカリバー)、やっぱりアーサー系やるならエクスカリバーは必須かな、という事で持って来てみました。ただし知っての通りニア君は「自分の手は一切汚さない主義」なので、多分そんなに使わないですね。多分。

そして最後のパーシヴァルさん。足すか迷って入れました。
書き始めた当初の彼は常識人枠だったのですが、そこは流石の私。見事に常識人キャラを打ち壊しております!それでいいのか、いやよくない。当初とキャラが変わりすぎてて驚き…誰だよこんな風にしたの。私だよ。
生粋の常識人ランスロット、何だかんだでまとも(多分)なマーリンに続き、今のところ一番歪みのある子かもしれません。ぜひとも彼とニア君の過去話書きたい。けどいつ書くべきなのか。タイミングが掴めないのが最大の壁ですな……!

という訳で次回、エバルー編も終盤に近づいております!そしたらララバイ編、ついに主人公が満を持して登場です!やったぜ!
……まあ主人公がメイン張り出すのって七年後からなんだけどね!←

ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。




ここで質問。
ランスロットとパーシヴァルだったら、どちらとの過去話が先に読みたいですか?ベディ分もあるけど、あの子まだ出て来てないから…。
え、マーリン?まだ書いてない← 
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