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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  ~Epilogue~


 その後、ダヴィッドへと王の意志が伝えられ、彼はそれを了承した。
 それから間も無く、幽閉を解かれたダヴィッドは王の意志と自身の言葉を伝えるべく、ファルの街長…いや、ロヴス・ファン・シューテリング伯爵とマルティナの元へと出発したため、入れ違いでルーファスらと会うことはなかった。
「ってかよぅ…何で王はダヴィッドに爵位を継がせたがってんだ?」
 ルーファスは椅子に腰掛け、足を組ながら誰とも無しに呟いた。
 ここは再びコアイギスの部屋である。皆はあれから此方へと戻り、本当であればダヴィッドに会う筈であったが、それを伝える前にダヴィッドが出発したと言う訳である。
「そうだったな。お前はあのロマンスは知らんのだったな。」
 何とはなしに発したルーファスの言葉に返したのは、暢気にお茶を啜るコアイギスであった。
「ロマンス…?」
 師であるコアイギスの口から出た言葉に、ルーファスは些かたじろいだ。
「アダルベルト、その様な変顔をするでない!全く…ま、こうなった以上、話しても構うまい。」
 そう言うや、コアイギスは昔話を語り始めた。それにはヴィルベルトもウイツも目を輝かせていたが、女公爵だけは少し寂しげな遠い目をした。

 時は三十年程前、現王は未だ王子の身であり、時折隙を見付けては街の様子を見に、こっそりと城を抜け出していた。
 先の戦が終わって随分経っていたが、やはりあちらこちらにその爪痕は生々しく残っており、それをどう癒したら良いかと自ら見に出ていたのである。
 その折、王子は一人の街娘と出会い、そして王子はこの娘に恋をした。無論、身分は偽っていたが、彼女と過ごす一時は王子の心を安らいだものとした。
 ところが、そんな小さな至福は長く続きはしなかった。彼女に縁談の話が持ち上がり、それを聞き付けた王子は動揺のあまり彼女へと求婚してしまったのである。
 彼女は笑って返答を回避したが、それを縁談を持ち掛けた人物が知ってしまったために大騒動になったのである。縁談を持ち掛けた人物と言うのが公爵家の者だったのだ。
 騒動が混沌とし始め時、その中にシューテリング伯が仲裁に入り、王子がその身を引く形で何とか事を収めたのである。王子は身分を隠して争っていたのをシューテリング伯が知り、伯爵が王子を説得して得た結果であった。
 その渦中にあった娘とは…無論、ダヴィッドの母イグナシアである。その彼女も今は世になく、話も遠い過去の幻影となった。
 当時は醜聞として貴族間で騒がれたが、即位する以前に現王妃と婚姻を結んで、この騒動は一応の決着をみた。
 王妃はこの騒動を良く知った上で婚姻を結んでおり、王は今でも王妃に頭が上がらない。
 そして、この王妃はイグナシアを良く知っており、彼女を傷付けまいと奔走した人物の一人でもあった。そのため、王がイグナシアの息子ダヴィッドに執着することを黙認したのである。
 ダヴィッドには三人の弟がいるが、それは再婚したエリザベートの子供であり、イグナシアの子供はダヴィッドただ一人なのである。
「しかし…ダヴィッド殿は何故に家を出られたのです?」
 ウイツはコアイギスに問い掛けた。ウイツはダヴィッドとは親しい訳でなく、さして会話もしていなかったからである。
 すると、コアイギスはそれを察して直ぐに返した。
「マルティナのためだ。元は大商人の娘だったが、家が没落しだけでなく両親さえ亡くなってしまってな。そのマルティナの実家とヴァートコルン家は取引をしておったため、ダヴィッドは彼女と幼少の頃より知り合いだったのだよ。まぁ、女のために家を捨てた…と言うべきか。」
 そこまで言うと、コアイギスはやれやれと言った風に肩を竦めた。
 そんなコアイギスに、ルーファスはニッと笑って言った。
「そんじゃ、放蕩息子のご帰還といくか。」
 ルーファスらはヴァートコルン家へと赴いていた。あれから二週間程後のことで、そこにはダヴィッドだけでなくマルティナの姿もあった。
 ファルの街では商売上際どい服を纏っていたマルティナであるが、今は清楚な服に身を包み、知らぬ人から見ればどこぞの令嬢に見えよう。元は大商人の娘なのだから、これと言って不思議ではないのであるが。
 その隣には、彼女を養女にしたファルの街長、シューテリング伯爵も顔を揃えていた。目の前にはダヴィッドの両親が座っている。
「全く…お前は放蕩し尽くした挙げ句、勝手に婚姻の相手まで連れて来るとは…。」
「父上…申し訳御座いません。ですが、私は全てを捨ててでも彼女と一生を共にしたいのです。ですから…」
「もう良い。なんとも世話の焼ける放蕩息子。お前の母イグナシアも、一本筋の通った女であった。今のお前を見たら…さぞ喜ぶことであろう。」
 父であるフランツは、そう言って息子に笑みを見せた。
「では…父上…」
「許す。王もそれを認めたのだから、今更私が口出しすることではない。口を出せば、亡きイグナシアにどやされる。のぅ、エリザベート。」
 そう隣に座る妻に言うと、彼女は笑いながら夫に返した。
「そうですわね。イグナシアだったらきっと、ダヴィッドを心から応援する筈。これで良いのですわ。」
 エリザベートはフランツが再婚した相手である。ダヴィッドからすれば継母であるが、エリザベートはイグナシアとは幼馴染みであり、ダヴィッドのことも実の子と思っている。
「それでは、あなた。婚姻の儀はいつにされますか?」
「そうだのぅ…支度を整えねばならぬ故、二月程かかるか…。余裕を持って三月後に、大聖堂にて儀を執り行うことにしようではないか。シューテリング伯もそれで宜しいかな?」
「わしは良いが…マルティナ、お前はそれで良いかの?」
「はい。」
 マルティナは顔を赤らめて返答した。
 それを見た皆は笑みを溢し、嬉しそうにしている二人…ダヴィッドとマルティナを祝福したのであった。

 時は瞬く間に過ぎ、ルーファスらには婚姻の儀へ招く書簡が届けられていた。しかし、そこに書かれた場所は、当初予定していた大聖堂ではなかった。
「おい…ここって…。」
「師匠…こんなとこで式挙げても良いんですか…?」
 ヴィルベルトは半眼で師に問うと、それにウイツが溜め息混じりに返した。
「そうだねぇ…。あそこは確か妖魔を封じていた筈…。」
「ってかウイツ…?お前、王都の仕事どうしたんだ?しょっちゅうここ来てっけど…。」
 ここはルーファスらが仮の住まいとしているヴィッチェの街の安宿である。ルーファスとヴィルベルトはあの事件以来、ダヴィッドらのこともあってこの町に留まっていた。
 だが、ただ何もせずにいる筈もなく、二人は女公爵の依頼で仕事をしたり、町の人々のためにあちこち飛び回ったりと忙しい毎日を送っていたのだが、そこへ何故かウイツまでも加わっていたのであった。
「いや、これと言って仕事が無くてな。二体の妖魔の力が消えた今、王都にこれだけの魔術師は必要ないので暇なんだよ。」
「暇潰しに来んな!」
 ヴィルベルトは二人が愚痴を溢しながらも愉しげ様を見て、本当は妖魔なんてものはおらず、あの旅も夢だったのではなかったかと思えた。
 妖魔が生まれた理由…それは人の愚かさで、その欲のために犠牲になった人々が存在した。それが夢であったならと、ヴィルベルトは思わずにはいられなかった。
 こうして様々な人に出会えたことは良かったと心から思っている反面、もし妖魔が…魔術師がいなかったら自分はどういった人生を歩んでいたのかと想像する。そして…諦めた。
「師匠、明後日がもう式当日ですよ?どうするんですか?」
「そうだなぁ…書簡が十日も遅れちまったってのは仕方無ぇよな。そんじゃ、叔母上んとこ行って移転魔術で行くしか無ぇな。」
「…えっ…?」
 ヴィルベルトはあからさまに嫌な顔をした。もうあの感覚は懲り懲りと言った風である。
 しかし、ルーファスはそんな弟子にニッと笑を溢すと、ガッシリとヴィルベルトの肩を掴んで言った。
「平気だって。慣れだ慣れ。」
 これにはウイツもヴィルベルトを憐れに思ったのであった。

 式当日、ルーファスらは正装して聖堂に赴くと、そこは見違える程に美しく修復されていた。以前見たあの廃墟同然の姿はなく、旧時代の彫刻さえ復元され、その美しさを誇示していた。
「あのオンボロ聖堂が…。」
 それを見たルーファスは、ヴィルベルトと共に目を丸くした。
 先の旅は、この街の街長であるテミングの依頼から始まった。街の端にある聖堂に幽霊が出ると噂になっているからどうにかしてほしい…そんな荒唐無稽な依頼、最初は断る気であったが、その対価に目が眩んで受けたのだ。まさか、それがこんな大事件になるとは微塵も思わなかったが…。
「師匠、あのお金で…」
「そっか…大神官が隠してたやつだな。けどよ、生きてるうちに遣っときゃ良かったんじゃねぇのか?」
 聖堂を見上げて言うルーファスに、ヴィルベルト苦笑しつつは言った。
「やはり神官ですし、贅を尽くすことは躊躇われたんじゃないですか?この聖堂を直すより、人々のために使うんだったら良かったと思うんですけどね。」
「ま、何はともあれ、こんだけ立派になりゃ神官達も戻って来んだろ?」
 そう言うや、ルーファスは聖堂の中へと歩みを進めた。ヴィルベルトもそんな師の後を追って中へ入ると、内部も清楚ながら美しく、あの壊れた祭壇も一新されていた。
 その場には二人の見知った人々が顔を揃えており、女公爵や街長テミングの姿も見てとれた。そしてその近くにはルーファスの父であるシュテンダー侯爵もおり、そこに母であるマリアーナの姿もあった。
「な…何で来てんだ…?」
「師匠、僕に問われても分かりませんよ。」
 そう小声で言って二人は柱の陰に移動したが、それをマリアーナが目敏く見付けた。
「アル!」
 アルとはルーファスのことである。マリアーナはルーファスのことをこの愛称で呼ぶが、他にこの愛称を使う者はいない。
 マリアーナに呼ばれたルーファスは、仕方無しにヴィルベルトを連れて母のところへとやって来た。
「母上…お久しぶりです…。なぜここへ…?」
「クリスティーナに呼ばれたのよ。」
「叔母上に?」
 ルーファスとヴィルベルトは首を傾げ、向こうで談笑する女公爵へと視線を向けた。
 女公爵はダヴィッドと面識があるようであったが、シュテンダー家がヴァートコルン家と直接関係したことはない。にも関わらず、何故にシュテンダー侯爵とその妻を招いたのか?
 ルーファスはそれを考えて辺りを見回すと、周囲には権力者や知識人が多くいた。そこで彼は気付いたのであった。

- そうか…。叔母上…二人のことを…。 -

 女公爵はダヴィッドとマルティナが外から攻められぬよう、自身と少しでも関わりのある者の地位を利用しようと集めたのだ。それは二人へのエールであり、ささやかな贈り物と言えた。
 無論、その場にはシューテリング伯爵やファルの街の人々、そしてセブスの村の人々まで来ており、その中で婚姻の儀は盛大に執り行われたのであった。
 その一角、端の柱の陰に二人の人物がいた。それはファルケルとその母であった。ファルケルは見習い神官の服を着ており、その容貌は見違えていた。そのために最初、ルーファスは全く気付かなかった。
 だが、年老いた母を支えるその姿から、元来の気質を取り戻したのだと確信したのであった。
 さて、婚儀の後、皆は祝いの宴を催した。それは聖堂の中と外とで行われ、多くの人々にダヴィッドとマルティナは祝福されていた。
 しかし、そこには二人…ルーファスとヴィルベルトの姿はもう無かった。

「アダルベルト、行くのか?」
「父上…に母上、叔母上まで…。お見通しってことか。」
 ここは街の出口である。ルーファスとヴィルベルトは宴の続く中、また旅へと出発するつもりだったのである。
「アダルベルト、これでもお前の父だ。息子を送り出すのは当たり前であろう。」
「そうよ、アル。前みたいに何にも言わないでいなくなったら、母さん悲しいわ。いってらっしゃいくらい言わせてよ。」
 そう言う両親に、ルーファスは複雑な表情をした。それを見た女公爵は、ルーファスに言った。
「ルーファス、昔のことは昔のことであろう。今はこれで良いではないか。」
「あぁ、そうだな…。そんじゃ、行ってくる。ヴィー、行くぞ!」
「は、はい!」
 そう言ってルーファスとヴィルベルトは再び旅に出た。その後ろ姿を見て、マリアーナはその目に涙を浮かべて言った。
「アル…無事に帰っておいで…。」
「大丈夫だ。血は繋がらずとも、あれは私達の子だからな。」
 そう言ってシュテンダー侯は妻をそっと抱いた。そんな二人に目を細め、女公爵は晴れ渡る青空へと視線を変えた。
「今日は良い天気だのぅ…。」
 三人はそうして後、遠くへと消え行くルーファスとヴィルベルトの影をいつまでも見つめていたのであった。



      第一章 完



 
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