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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十三話 帝国領侵攻

宇宙暦 795年 1月 3日  ハイネセン   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「なるほど、お二人が親しくなったのでロボス元帥が弾き出された……。そういう事ですか、トリューニヒト委員長?」
「酷い言い方をするね、君は」
俺の言葉にトリューニヒト苦笑を漏らした。どんな言い方をしても事実は変わらないだろうが。

「これでも分かりやすく力学的な言い方をしたつもりですが、御気に召しませんでしたか」
俺はにっこり笑ってサンドイッチをつまんだ。卵サンドだ、なかなかいける。腹が減っていると人間、攻撃的になるな。

トリューニヒトもサンドイッチをつまんだ。そしてワインを一口飲む。シトレは無言だ。ただ黙って食べているが口元には笑みが有る。食えない親父だ。だんだんこいつが嫌いになってきた。いや、元から嫌いだったか……。

「彼には正直失望した。あの情報漏洩事件を個人的な野心のために利用しようとしたのだ。あの事件の危険性を全く分かっていなかった」
トリューニヒトが首を振っている。ワインの不味さを嘆いている感じだな。シトレが顔を顰めた。つまりシトレにも関わりが有る……。

ロボスはあの事件をシトレの追い落としのために利用しようとしたという事か。何をした? まさかとは思うが警察と通じたか? 俺が疑問に思っているとトリューニヒトが言葉を続けた。

「自分の野心を果たそうとするのは結構だが、せめて国家の利益を優先するぐらいの節度は持って欲しいよ。そうじゃないかね、准将」
節度なんて持ってんのか、お前が。持っているのは変節度だろう。

しかし国家の利益という事は単純にトリューニヒトの所に駆け込んでこの件でシトレに責任を取らせ自分を統合作戦本部長にと言ったわけではないな。警察と裏で通じた……、一つ間違えば軍を叩きだされるだろう。となると捜査妨害、そんなところか……。

「節度がどうかは分かりませんが、国家の利益を図りつつ自分の野心も果たす。上に立とうとするならその程度の器量は欲しいですね」
「全くだ。その点君は違う。あの時私達を助けてくれたからね。国家の危機を放置しなかった。大したものだと思ったよ」

突き落としたのも俺だけどね。大笑いだったな、全員あの件で地獄を見ただろう。訳もなく人を疑うからだ、少しは反省しろ。まあ俺も痛い目を見たけどな。俺はもう一度笑みを浮かべてサンドイッチをつまんだ。今度はハムサンドだ。マスタードが結構効いてる。

「ロボス元帥に呆れている時にシトレ元帥と親しくなれたのだ。君ならどうするかね」
俺を試してどうするつもりだ、トリューニヒト。弟子にでもするつもりか。
「ロボス元帥は道具として使いますね、手を組むならシトレ元帥でしょう」

ウシガエルは使い勝手が悪くなればいつでも切り捨てる。道具とは本来そういうものだからな。俺の答えにトリューニヒトはシトレと顔を見合わせ楽しそうに笑った。

「見事だ、君は軍人より政治家に向いているよ。私もそうしたのだがね、困った事にロボス元帥が私と彼の仲に気付いたのだ」
三角関係か、モテる男は辛いな、羨ましい限りだよ、トリューニヒト君。但し、三角関係を上手くさばけないようではちょっと不安だな。色男としては二流だ。もっとも政治家としては三流だからな、まだましか。

ロボスの耳元で“頼りにしているよ”とか囁いてやれば良かったんだ。豚もおだてりゃ木に登るじゃないがウシガエルは有能な道具になってくれただろう。

「それでロボス元帥は焦ったのですね」
「道具であることに満足していれば良かったのだがね」
「全く同感です」

おかげでこっちがえらい迷惑をした。そしてトリューニヒトはシトレを使って馬鹿な道具を切り捨てたと言う訳か。俺はそのお手伝いをしたわけだな、腐臭が漂ってきた、うんざりだ。

しばらくの間無言が続いた。皆食べる事に専念している。どうやらこの二人も食べていなかったらしい。まさかとは思うが俺を待っていたのか? そう思っているとドアが開いた。

「遅いぞ、レベロ」
「すまんな、シトレ、トリューニヒト。パーティが長引いた」
驚きはしなかった。やはり来たかという感じだ。ジョアン・レベロ、財政委員長だ。まあ戦争には金がかかる、軍と財政は仲が悪いものだが原作では戦争反対派だった、生真面目でその所為で最後は貧乏くじを引いた。

シトレとは幼馴染のはずだ。となるとトリューニヒトとレベロを結びつけたのはシトレか。しかし生真面目な財政家と良識派の軍人が裏で主戦論を煽る扇動政治家と組んでいる? 魑魅魍魎の世界だな。

レベロがトリューニヒトの横に座った、俺の正面だ。トリューニヒトとレベロの間には緊張感は感じられない、ごく自然な感じだ。この二人もかなり以前から親密な関係に有るのは間違いない。となると此処にはいないがホアン・ルイも関係している可能性が有るだろう。

何がどうなっているのか今一つ分からない。レベロとシトレなら分かる、そこにホアンが加わっても分かる、良識派の集まりだ。だがトリューニヒトが絡んでいる、単純な話ではないだろう。

こいつらは何かを目的として組んでいるはずだ。単純に権力の維持が目的というわけではなさそうだ。となると俺を呼んだ理由も司令長官の人事だけではなさそうだな。他に何か有るに違いない。

「君がヴァレンシュタイン准将か。噂は色々と聞いている」
「恐れ入ります、レベロ委員長」
どんな噂だか知らないが碌なもんじゃないのは間違いない。首切りヴァレンシュタインか、血塗れヴァレンシュタインか……。同盟でも帝国でも血腥い噂だろうな。食欲が無くなってきた。

レベロがグラスに水を注いで一口飲んだ。フーッと息を吐いている。
「はじめてもいいか、レベロ」
「ああ、構わんよ」
レベロとトリューニヒトの会話でも分かる、この二人は対等の関係だ、どちらかが主導権を握っているわけではない。この三人の共通の目的……、さて……。

「ヴァレンシュタイン准将、自由惑星同盟は帝国に勝てるかね?」
「……」
これまた、ど真ん中に直球を放り込んできたな、トリューニヒト。さて、どう答える?

「勝つという事の定義にもよりますね。オーディンに攻め込んで城下の誓いをさせると言うなら、まず無理です。同盟を帝国に認めさせる、対等の国家関係を築く事を勝利とするなら、まだ可能性は有ります、少ないですけどね」

俺の答えに三人は顔を見合わせた。
「軍事的な勝利が得られないと言うのはイゼルローン要塞が原因かね」
「違いますよ、レベロ委員長。同盟は帝国に勝てないようにできてるんです」

俺の言葉にトリューニヒトとレベロの顔が歪んだ。それにしてもどうして対帝国戦って言うとイゼルローン要塞攻略戦になるのかね。条件反射みたいなもんだな、パブロフの犬か。

「仮にですがイゼルローン要塞を攻略したとします。この後同盟が帝国に軍事行動をかけるとすると方法は二つです。一気に敵の中心部、オーディンを攻めるか、または周辺地域から少しずつ攻略するかです」

喉が渇いたな、水を一口飲んだ。レベロとトリューニヒトは先を聞きたくてもどかしそうな顔をしているがシトレは面白そうな顔をしている。やっぱりこいつは性格が悪いに違いない、嫌いだ。サンドイッチを一つつまんでまた水を飲んだ。

「准将、話を続けたまえ」
せっかちな男だな、レベロ。そうイラついた顔をするんじゃない。余裕が無い男は嫌われるぞ。
「一気に敵の中心部を突く、話としては面白いんですが問題は帝国軍の方が兵力が多い事です。正規艦隊の戦力は同盟軍は帝国軍の三分の二しかありません。攻め込めば補給線も伸びますし、軍事上の観点から見た星域情報もない。補給線を切られ大軍に囲まれて袋叩きに遭うのが関の山ですね。少ない兵力はさらに少なくなる。国防そのものが危険な状態になるでしょう」

レベロが面白くなさそうに息を吐いた。そんな様子を見てシトレが含み笑いを漏らした。
「まあ、大軍を用いることで敵を占領できるのならとうの昔に同盟は帝国に占領されているだろう」

分かってるんなら自分で説明しろよ。何で俺にさせるんだ、今度はハムチーズサンドだ。怒ると腹減るな、自棄食いってのはこれか。
「もし万一、同盟が帝国を下したとして、その後の占領計画のような物は有るのですか? 政府は打倒帝国と声を張り上げていますが?」

俺の質問にレベロとトリューニヒトが顔を顰めた。
「残念だが、そんなものは無い」
「嘘はいけませんね、無いのではなくて作れないのでは有りませんか、レベロ委員長」
「……」
今度は無言でレベロがサンドイッチを食べた。お前も自棄食いか、レベロ。

元々同盟は帝国より弱小だった。何とか追いつこうと必死だったはずだ。その時点で占領計画など作れるわけがない。ようやく国家体制が整ってきた頃にはイゼルローン要塞が同盟の前に塞がった。占領計画はイゼルローン要塞を落としてからと考えたのだろう。

と言うより、そうするしかできなかったのだと思う。同盟の人口は百三十億、帝国は二百四十億、倍近い人口を持つ帝国を占領して治めるなど、どう考えれば良いのか……、どれだけの費用が発生するのか……。おまけに政治体制も文化もまるで違う上に情報も不十分だ。占領計画など作りたくても作れなかった。イゼルローン要塞を落としてからという先送りで誤魔化すしかなかった、そんなところだろう。

「准将、では周辺地域から少しずつ攻略した場合はどうかね」
レベロ君、もう一つハムチーズサンドを食べて水を飲んだら答えよう。少し待ちなさい。ついでに卵サンドだ、水も一口。

「その場合はもっと酷くなりますね。おそらく財政破綻と国内分裂で同盟は滅茶苦茶になるでしょう。それはレベロ委員長が一番分かっている事のはずです」
「……」

レベロが不機嫌そうに顔を顰めた。やはり図星か、感情がもろに顔に出るんだな、レベロ君。それでも政治家かね、君は。しかし分かっていて問いかけてくるとは根性悪にも程が有るな。それともまさか本当に分からない? 一応説明しておくか……。

辺境星域を少しずつ浸食する、堅実に見えるが結果は碌でもないものだろう。帝国政府は領土の侵食など名誉にかけて受け入れられない。だがそれ以上に民主共和政が領内に蔓延ることを許さない。一つ間違えば辺境星域で平民による革命騒ぎが発生するだろう、危険なのだ。

イゼルローン要塞の建造は同盟領への侵攻の拠点の確立、そして帝国領の防衛拠点の確立でもあるが、もう一つ、イゼルローン要塞を置くことで回廊を軍事回廊に限定するという考えが有ったのではないかと俺は考えている。要塞を置くことで民間船の航行を阻止し民主共和政という思想が帝国領内に入るのを防ぐ。

帝国にとっては民主共和政という思想は感染力が高く、致死率も高い厄介な病原菌のような物だっただろう。帝国を病原菌から隔離するためにイゼルローン要塞というマスクを用意した。

帝国にとってはこちらの方が切実だったはずだ。帝国の統治者達が恐れたのは何よりも革命が起きる事で政治体制がひっくり返ることだったろう。そうなれば失脚するだけではない、財産も命もすべて失う事になりかねない。

もう一度言う、帝国が帝国領内に民主共和政主義者の拠点など許すはずがない。帝国軍は同盟が得た辺境領に対して激しい攻撃をかけてくる。軍だけじゃない、貴族も軍を率いて攻めてくる。多分こちらの方が激しく攻めてくるだろう。

同盟軍は防衛に追われまくることになる。レベロが原作で言っていた財政事情が許す範囲での制限戦争なんてもんは無くなる。後先考えない全面戦争だ、そいつが何をもたらすか……。

辺境を守るためにどの程度の戦力が必要か……。辺境には少なくとも三個艦隊は必要になるだろう。さらに治安維持、防衛のための陸戦隊の配備。そしてイゼルローン要塞と辺境を往復する輸送船、護衛艦の配備。さらにイゼルローン要塞にも駐留艦隊以外に最低でも一個艦隊、いや二個艦隊は置かなければならないはずだ。

戦闘が激化するとなればイゼルローン要塞の傍に補給基地の建設、まあこれはヴァンフリートが有るとしても他に損害を受けた艦船の修理をするドックや負傷した兵を収容する病院もいるだろう。戦争する以上損害は生じる。問題はどれだけ早く損害を回復できるかだ。そうでなければ効率的に戦争できない。

膨大な費用が発生する。軍事費は増加する一方だろう。さらに辺境への開発投資費用も考えなければならない。帝国と同盟は違う、同盟は平民を搾取するようなことはしない、それを証明するために辺境に資金を投入し続けなければならない。後々帝国中心部への侵攻時に後方基地として使うためにも開発は必要だ。打倒帝国を叫ぶ以上どうしてもそうなる。

金が出ていく一方で戦争は激化し終焉は見えない。同盟市民は重税と戦争に喘ぐだろう。そしてどこかで辺境領の放棄と言う意見が出る。その中で帝国との和平を唱える者も出るだろう。そして国内は分裂するに違いない、撤退を支持するものと拒否するものに……。

撤退を選択すればイゼルローン要塞を拠点としての防衛戦が同盟の国防方針になる。戦争は多少沈静化するだろうがそれは帝国の辺境を見捨てた代償だ、後ろめたい代償で喜べるものではない。なにより同盟市民は打倒帝国という国是を捨てたのだ、国家の存在意義を問い直すことになるだろう。

長い混乱が発生するに違いない。その中で再度の帝国領侵攻も実行されるかもしれない。国家方針が定まらず混乱する国家ほど国力をロスするものは無い。戦争で弱体化した国力が回復するには時間がかかるだろう。回復できればだが……。

それに戦争は沈静化はしてもなくなるわけではない。なにより帝国は同盟の危険性を再認識したはずだ。イゼルローン要塞の奪回を執拗に繰り返すだろう。戦争は続くのだ。

そして帝国の辺境星域では住民達が同盟に対して、民主共和政に対して強い不信、不満を持つだろう。同盟が再度辺境星域に侵攻しても今度は以前ほど住民の協力は得られないはずだ。撤退を受け入れれば戦争の沈静化と混乱が、拒否すれば果てしない戦争の激化と重税……。退くも地獄なら進むも地獄だ。

俺が話し終わっても誰も口を利かなかった。トリューニヒトは無表情に黙ってグラスを口にしている。レベロは沈鬱な表情だ、そしてシトレは目を閉じて腕を組んでいる。俺は卵サンドを口に入れて水を飲んだ。喋ると腹が減る。

この三人は俺が話している間一言も喋らなかった。似た様な事を考えたことが有るからだろう。シトレとレベロは分かる。この二人が軍事、財政の面から帝国領侵攻について話し合ったとしてもおかしくない。その中で似たような結論を出したとみて良い。

だが問題はトリューニヒトだ。イケイケドンドンの主戦論者が黙って聞いている。怒るそぶりもない。どう考える? 所詮主戦論などトリューニヒトにとっては票集めの一手段という事か……。

「帝国人の君から見ても同盟の勝ち目は低いか……。となるとイゼルローン要塞を奪取して防衛体制を整えるしかないな」
「そんな簡単に落ちる要塞ではないぞ、トリューニヒト」
「しかしやらなければ効率が悪い。軍事費を抑えたいのだろう、レベロ」
「……」

レベロが顔を顰めた。しかし問題はトリューニヒトだ、今何と言った? 軍事費を抑えたい? 主戦論者が軍事費の削減を考える?
「失礼ですが、小官はイゼルローン要塞攻略には反対です」
「何故だね」
分からないのかね、トリューニヒト君。仕方がない、君のために謎解きをしてあげよう。俺が原作知識を持っている事に感謝したまえ。

「イゼルローンを取れば同盟市民は必ず帝国領侵攻を大声で叫びますよ。それを抑えられますか?」
「……」
そんな怖い顔で俺を睨むなよ、レベロ。トリューニヒトとシトレを見習え、奴らにはまだ余裕が有るぞ。根性が悪いだけかもしれんが。

「まず無理ですね。これまで百五十年間、一方的に攻め込まれていたんです。攻め込むことが出来るようになった時、同盟市民が最初に考えるのはようやくこれで仕返しができる、今度はこっちの番だ、そんなところです。間違ってもイゼルローン要塞で敵を待ち受けようなどとは考えません」
「……」

「トリューニヒト委員長、主戦論者の貴方に彼らを抑える事が出来ますか? 裏切り者と呼ばれるでしょうね。もっともどうやら既に裏切っているようですが……」

俺の目の前で苦笑するトリューニヒトが見えた。どうやら図星らしい。どんな言い訳をするのやらだな。俺はにっこり笑うとハムサンドを一つ口に運んだ。もう十一時だ、早く結論を出して話を終わらせよう。


 
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