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その日はいつかやって来る

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18


 出る杭は打たれる。 近隣の12部族を恭順させた我々は、この周辺の最大派閥から挟撃を受けた。 すでに3方から包囲され、境界に兵が集結しようとしている。 一つを打ち破ったとしても、同時になだれ込まれれば、我々の小さな陣営は終わりだ。

「すぐに召集をかけて可能な限りの兵を集めろっ! 女子供でも構わんっ、どうせ占領されれば略奪と殺戮だっ」 
「兵糧を集めるのも面倒だ、それに魔界で使える金は持って無い」
「そんな物はこちらで用意するっ、兵員は貸せないが、軍資金や兵糧なら貸し出せるっ、一刻を争う事態なんだぞっ!」

 そこまで言っても、のんびり寝ているこいつ。 どうするつもりだ? 一人で戦うのか? 神無とパピリオを連れて行けば、本陣まで辿り着いて、敵将は討てるだろう。 しかし、その間に他の2軍団に進入されれば終わりだ。 自分の領民も守れない領主に、今後誰も付いて来はしない。

「相手の兵隊は? どうせゾンビとか、スケルトンのガラクタだろ?」
「消耗品の先陣はそうだろう、だが魔法生物や兵鬼も来る。 あれだけの集団だ、パピリオのような一騎当千の兵もいる」
「じゃあ、こっちも魔法生物は使っていいんだな(ニヤリ)」
「うっ…」

 とうとう使うつもりか? しかし、あれは条約違反だ。 あのアンドロイド達や、逆天号を使えば相手の大半は死ぬだろう。 その後は、相手の部族や傭兵、一族全てを殺さなければ永く遺恨が残る。

「隊長、何人か兵隊連れて、国境の防御だけして貰えませんか? 越境して来たザコだけ潰してくれればいいですから」
「ええ、私だけでいいの?」

 いつの間に現れたのだ? 相変わらず心臓に悪い出現の仕方をする奴らだ。

「おふくろなんか出すと、熱くなって逆に攻めて行きますからね。 神無、向こうの防御を頼む、10体も連れて行ったら大丈夫だろう」
「分かった」
「本隊には俺が行く、付いて行きたい奴はいるか?」

 ベスパとパピリオが手を上げて、部族の族長や、その息子達も剣を掲げている。 それを見て薄ら笑いを浮かべるあいつ、ようやくやる気になったか。

「先に行って待っていろ、早く行かないと追い越して全滅させちまうぞ」
「「分かった(でちゅ)」」
「小鳩ちゃん、先に言って、ちょっと「見て」来てくれるか?」
「はい、横島さんっ」

 また突然現れたコバト、転移とか瞬間移動と言ったレベルではない。 こいつが願いさえすれば、湧いて出て来るんじゃないだろうな?
 雲に乗って飛び立つパピリオと、便乗して行くベスパ。 他の者もカオスフライヤーに分乗して移動して行く。 コバトの姿は既に見えない、ここの防衛隊は? 必要無いんだろうな。

「朧、シルク、高台に上って笛を吹いてくれ、それとカオスのおっさんの弓を貸してくれるか?」
「うん」
「どうぞ叔父様」

 笛… シルクと朧はネクロマンサーの笛を持っていたな。 しかし、ここから国境まで笛の音が届くはずが無い、もちろん弓矢も。

「逆天号、俺の目になれ」
『了解』

 どこから答えているのか、既に逆天号も起動している、いざとなれば断末魔砲がものを言うだろう。 これで負けはしないが、相手が納得するだろうか?

「ワルキューレ、この辺りの奴は防空壕に避難させろ、耳を塞いで誰も外に出させるな、出たら死ぬからな」
「わ、分かった…」

 届くのか? 笛の音が届いて、相手の術者より強力なら、死霊の部隊は全滅だ。 私も指揮車両であるカオスフライヤーの中に入り、状況を見ていると、高台に上った3人が準備を始め、天女の羽衣を着た二人が笛を構えた。

 ピリリリリッ! ピーーーーーー!!
 フオオオオッ! フォーーーン!!
「ぐわああっ!」

 装甲と障壁のあるカオスフライヤーの中にいてさえ、苦痛でしかない音の2重奏。 断末魔砲のような嫌な音では無かったが、私は激しい痛みを感じて耳を塞いだ。 弱い者なら、これだけで浄化されてしまう。
 やがて羽衣がアンテナのように開いて、音に指向性を持たせて行く。 シルクが第3軍、朧が第2軍に向かっている。 こいつらにも相手が見えているのか?

「逆天号、視覚同調、バードアイモード。 向こうの大将はどこにいる?」
『霊力判定、最大級の物はこの位置に集中しています。 ここが第3軍の本陣です、意識はこの人物に集中、これは以前、後継者争いに負けた者達です』
「そうか、今度こそ死なせてやろう。 弾着の瞬間だけ敵陣の魔力障壁にアクセス、自分で張った障壁の中で、どうやって死んだのも分からないうちに綺麗に消してやる」
『了解、射撃誘導は必要でしょうか?』
「いらん」

 音波で視界が歪む中で、あいつがカオスの魔弓を引き絞り、恐ろしい力でマジックミサイルを作り上げて行く。 以前シルクが放った矢とは桁違いだ、これなら確かに敵の本陣ごと消せる。

「ぐううっ! はあっ!」
 ドムッ!!

 すぐに雲の向こうに消えて行くマジックミサイル。 これがあるなら、断末魔砲も必要無い。

『3,2,1、アクセス! 敵第3軍本陣、消滅しました』
「よし。 神無、そっちはどうだ、笛の音は届いたか?」
『来た、雑兵は粉々になっている。 混乱して越境しようとした魔法生物は、私の矢で仕留めているが、生身の兵と指揮官はどうする? 切り込むか』
「放っておけ、もうすぐ逃げる」

 指揮車両の中で、あいつらの会話が聞こえ、神無と隊長、コバトの視点で敵軍が見える。 この力の差、この戦いは無意味だ。こいつらの宣伝になるだけだ。

『さあっ、国境を越える覚悟がある子はいらっしゃい。 この鞭が怖くないならねっ!』

 別の国境にいる隊長が鞭を振るうと、射程内に溝が掘られて行った。 即席の塹壕、と言うより、このサイズは堀だ。 生き残った魔法生物が中に落ちてもがいているが、こいつらの意思や、コントロールしている術者まで、笛の音でおかしくなっているのだろう。

「隊長、そっちはどうですか?」
『そうね、神通棍で溝を掘ってやったら、みんな逃げて行ったわ。 最近の子は意気地が無いわね』

 あれに立ち向かって行く勇気がある者がいれば、是非紹介して欲しい。 蛮勇と言えど、戦士には必要な物だ、我々の陣営に加えたい。

「じゃあ、逃亡者に射殺の指示が出る前に本陣も潰します。 帰って来ていいですよ」

 2弾目の準備が終わり、弓を引き絞るあいつ… それは敵に情けを掛けているのか、それとも、いずれ自陣に引き入れる兵を消耗したく無いだけなのか、どちらだ?

『誰も死なせたく無いなら、私が捕まえて来てもいいわよ』
「いえ、死人は少ない方が良いらしいですけど、「歯向かう者は殺せ」がルールだそうですから」

 私の忠告を守っているようだが、ルール? 隊長やグレートマザーとの戦いに比べれば、この程度はお遊びだったな、心配するまでも無かった。

『霊力判定、第2軍で最大の物は、この位置に集中しています。 こちらも後継者争いで敗北し、兵を借りて来た者達です』
「さっきと同じだ、何も無かったみたいに消してやる」
『了解』

 またマジックミサイルが飛んで行く、これで敵の司令部は消滅するのだろう。 何人かは巻き添えになって消える者もいるだろうが、最初のブリーフィングの通り、遺恨を残さないよう、最低限の殺傷しかしていない。 特に領地の後継者争いに敗れた者は、自陣にいない限り殺すしかない。

『3,2,1、アクセス! 敵第3軍本陣、消滅しました』
「見たかっ、これがドクターカオスの力だっ!」

 違う、それはお前の力だ。 他の者なら弓を使っても、そこまでの力を発揮出来ない。 笛にしても、生身の者が吹いた所で、近接戦闘以外で使えるかどうか。 

「じゃあ、ちょっと遊んで来る。 晩飯までには帰って来るから」
「うん、怪我しないでね」
「叔父様、私も一緒に?」
「いや、今回はパピリオだけでいい。 俺は何もしない、小鳩ちゃんも見てるだけ、まあ、危なくなったら加勢するけどな」

 シルクと朧の頬に、ご褒美のキスをして、本当に遊びに出掛けるように、式神の一体を呼び、のんびりと出発するあいつ。 ちょっと羨ましいぞ。

「小鳩ちゃん、そっちの様子はどう?」
『ええ、他と連絡が取れなくなって混乱してるみたい。 あ、パピリオちゃんが来たわ』
『聞けっ! 我こそは斉天大聖パピリオッ! かつて天界を荒らした孫悟空の一番弟子なりっ! ハヌマンより授かった、このパオペイと術を恐れぬのならかかって来るでちゅ!!』

 あいつにしては、まともな名乗りだ。 しかし、斉天大聖とは大きく出たな、挨拶代わりの砲撃やマジックミサイルが飛んで来て、それを上空からベスパ達で潰して行く。 こちらは真っ当な戦いをしているな、もうすぐ常識外れな奴らが行くが。
 相手側の空を飛べる者は、パピリオに挑もうと出て来たが、あの雲と棒に適うはずも無く、簡単に倒されて行く。 やがて、パピリオとカオスフライヤーで制空権を取り戻した頃、あいつが到着した。

『よう、やるじゃないかパピリオ。 向こうにはお前みたいな奴、一人もいなかったのか?』
『飛べない奴が、まだ地上で唸ってまちゅよ』
『そうか、今日はお前一人でやってみろ、殺すなよ、お前の手下にしてやれ』
『うんっ!』

 今日は「斉天大聖パピリオ」の名を売るための戦いか。 アシュタロスの三姉妹と言えば、こちらでも多少は知られているが、当時から生きている下級魔族は余りいない。 ここでもし、ただ一人で敵を打ち破ったとなれば、「厄介払いされたまま、神族や人間と千年も乳繰り合っていた」などと言う悪評からも開放されるだろう。

『さあっ! 空も飛べないウジ虫どもっ! かかって来なちゃいっ!』

 こちらは全てコバトが見ているようだ。 群がってくる敵を物ともせず、パピリオと同じ速さで飛び、走っている。 従軍記者としては申し分無い、私やジーク、残った者達が見ている、名前だけの「司令部」にとっては勿体無い。

『ウォオオオオン!』
『ガアアアッ!』

 向かって来る大きな兵達に合わせ、またパピリオが巨大化して行く。 標的としての命中率は上がったが、天界の軍が、先代の斉天大聖を仕留められなかった理由がよく分かった。
 パピリオの大きさは、魔力障壁の大きさだ、通常兵器は何も通じない。 止められるとすれば、あいつの時と同じように、障壁同士をぶつけ合い、中心に衝撃を伝えるか、観世音菩薩のように、巨大な力で握り潰すしか無い。

『カアアアッ!!』

 無人の野を行くように、敵陣を突っ切り、逃げ惑う兵を蹴散らして行くパピリオ。 すでに勝敗は決した。 相手が無様に降伏する決断をする前に、死なせてやると良い、捕虜に取っても、そいつらに使い道は無い。
 
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