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その日はいつかやって来る

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17


「何のつもりだっ! わしの病を治すなどっ! 一族を根絶やしにするつもりかっ!」

 口上では汚い言葉を使っていても、族長にはこいつの力が分かっているらしい。 「たった一人でも、全員殺せる」と。

「心配するな、すぐに殺してやる。 だけどあんたは運がいい、この左手の持ち主が戦いたがってるからな」

 そう言うと、あいつは左手から文珠を一個出した。 持ち主? また雪之丞と言う男か? その文珠にはこう書かれていた。

『壮』

 それを叩き込まれると、急速に若返って行く族長。 広場を包んでいた殺気も、族長が若返る程に膨れ上がる闘気に押されて消えて行った。

「クックックッ、そうか… それほど戦いたかったか… 若い頃の、全力のわしと戦いたかったのかっ!!」

 その雄叫びを聞き、殺気に包まれていたはずの広場がどっと沸いた。 若く逞しい頃の族長を見て、その子供を産んだ女達も、子孫達も喜んでいた。 たった一本の斧で戦場で名を上げ、家を起こして来た強い男を見て。

「ああ… 最期にたっぷり楽しませてやろう」

 また魔族らしい笑顔で笑っているあいつ。 神通棍は出したが魔装はしない。 この程度の相手には必要無いのだろう、あの左手さえ付いていれば。

「そんな細い枝で、この戦斧を止められるものかっ! 行くぞっ、小僧っ!!」
 キイイイイインッ!!

 か細い神通棍と巨大な斧がぶつかり、火花を散らして行く。 一合、二合、神通棍が斧を削りながら止めているが、あの質量比はどう計算すればいい?
 あれも人間の作った物では無いのだな。 隊長やあいつが持っている物は、魔神の造った魔剣。 しかし、斧の方もただの金属の塊ではない、その差を霊力だけで賄っているとすれば、大人と赤ん坊以上の差だ。

『おおっ!』
『やはり、この方で良かったのだ!』

 部族の者達も喜んでいる。 この光景は… とても美しい。 族長の命の火花が散って行く… この千年、あまた戦場で戦い、ライフルや兵器に頼らず、自らの魔力障壁と魔力の篭った斧だけで、敵の障壁を砕いて来た姿が見えるようだ。

「はははははっ! このわしの全力の打ち込みを、生身で受け止めたのは、これで3人目だっ!」
「後は親か兄弟か? 古いな」
「そうだ、わしの父親は老いる前に、腰の剣であの世に送ってやった。 この戦斧は父から奪った物だ、さあ、この戦斧が欲しければ、わしを倒して奪って行けっ!」
「遺品の相談は後にしろ」

 神通棍を鞭にして、族長を吹き飛ばしたあいつ。 霊力が格段に上がったから、何かするつもりだろうが、お前の一撃でこの広場は消える、気を付けろよ。

「やっぱりあんたは運がいい、この左手の奴に気に入られた。 あの世に行って死に別れた戦友に語ってやるといい、「俺は魔神を本気にさせて、魔装甲までさせた」ってなっ!」

 そう言って、また雪之丞と同じように魔装して行くあいつ。 広場を包み込む程の巨大な力で、子供は泣き、年寄りは命を削られて行く。 これでは殉死せずとも、族長と運命を共にする者も多いだろう。

「それが… それが魔神の力か… 一度戦ってみたかったぞ…… 死ぬまでに一度なっ!」

 体を震わせ、夢遊病者のように向かって行く族長。 こいつもこうする事が望みだったのか、ならば雪之丞と同じだ。 勝てはしまいが、死の床で朽ち果てて行くより余程良い。

「うおおおおっ!! 受けて見ろっ! これがわしの力だっ!!」
「来い」

 両手を下げたまま、微動だにしないあいつ。 そこに何度も激しく斧を打ち込む族長。 受け流した霊力の刃は観客に向かって行くが、障壁で止められている。 あいつは… 自分の張った障壁の中で戦っている。

「ダアアッ! ガアアアッ! ウオオオッ!!」
「そうか、楽しいか、楽しいのかっ、ははははっ!」

 そろそろ族長の命の火が消えて行く。 周りの者もそれが分かったのだろう、立ち上がって何かを祈るように見守っている。

「これで最後だああっ!!」
 ギイイイイインッ!!

 文珠の効果が消え、族長が死ぬ寸前、全ての力を込めた斧が振り下ろされた…

「良い攻撃だった」

 あいつはそれを、左腕一本で受け止め、右手の指で急所を貫いていた。

「グホッ!」
「動くな、動けば死ぬ。 最後に話したい者がいれば呼べ」
「分かった…」

 障壁が消え、戦いの気が引いて行く広場、そこに側近や遺族が呼ばれ、族長の遺言が語られた。

「今後… 部族はこの方に従う、反対の者は?」

 当然いない。 これだけの戦いを見せられて、心を動かされなかった者がいるだろうか? これは一方的な屠殺では無く、立派な戦いだった。 族長は最後の戦いで魔神と渡り合い、見事その命を奪われたのだ。

「では魔神よ… この部族の全てと、わしの武具を受け取ってくれ。 その年では知るまいが、どんな戦場でも、必ず霊力が尽きる時が来る。 その時、わしの魂は貴方を守ってみせよう」
「ああ」

 あいつには必要無い贈り物で、サイズも違い過ぎるが、作り直す事もできるだろう。 これからの戦場に連れて行ってやると良い。

「魔界に来て、俺を傷付けたのはあんたが初めてだ。 魔神と戦って左腕に傷を付けて来た、戦友への土産話には丁度いいだろう」
「そうか、最期に素晴らしい戦いが出来た。 それに貴方のような方に部族を任せ、思い残す事無く消える事が出来る… 感謝… す……」

 族長の命が尽きると、突き刺していた魔装の指を消し、ゆっくりと横たえてやるあいつ。 そうだ、それも作法の通りだ。 やがて族長は、思い残す事が何も無かった事を示すように、一片の肉塊も残さず、大地に消えて行った。

「良い戦いだった。 今度逢う時も敵となって、思う存分戦いたい」

 それは倒された戦士にとって、最高の誉め言葉。 ウィンドウに現れた雪之丞が言っていた言葉にも似ているが、これらの作法とは、過去に現れたこいつが決めた… いや、こいつが与えて来た死を、真似た儀式なのかも知れない。

 平和なこの時代、病死する者も多い中、このような戦いに恵まれ、その相手が魔神である事など通常有りえない。 私も死ぬ時はかく有りたいものだ。 今となっては叶わぬ願いだが。

「有難う御座いました、父も本懐を遂げ、さぞや満足している事でしょう。 これより一族郎党、全て魔神様の手足となり、最後の一兵となろうとも戦い抜きましょう」

 また案内役が膝を着いて語りかけて来た、こいつも族長の息子か。

「あんたが後継者か? じゃあ、これを持っててくれ、俺には大きすぎるけど、あんたなら使えるだろ?」

 族長の巨大な斧を軽々と持ち上げて、何度か振って見るあいつ。 その振りなら使えないはずは無いだろうが、パピリオの時と同じだ。 金では決して買えない宝斧を、簡単に手放して部下に与えてしまった。 物欲が無いと言うか、何と言うか。

「ははーーっ」

 その姿勢のまま頭を下げ、恭しく折れた両手を出して斧を受け取る男。 この男も部族も、これで裏切りはしないだろう、そして文字通り、命じられれば、最後の一兵まで戦うに違いない。 人心掌握の方法としては満点をつけても良い。

「鎧も大きすぎるな、これも預っててくれ。 でも、年寄りの遺言は聞いておこうか。 霊力が尽きたら今は丸腰だから、この剣と胸当てを借りておこう、別の「戦利品」が入ったら返す」
「はっ」

 これも作法の通りだ、何か一つは戦利品として取って行かないと、相手の持ち物の価値も認めなかった事になり、非礼に当たる。 あの左手のように、相手の体の一部と交換し、身に付けるのが最高の賛辞だが。

「では葬儀を始めようっ、お客人をお迎えし、料理と酒をっ!」

 そこからは祭りになった。 湿っぽい葬儀では無く、本懐を遂げた族長を祝い、歌い、踊る宴となった。
 美しい戦いを見た後だったので、私も年甲斐も無く請われるままに歌ってしまった。 族長の奮戦を称え、あいつの強さにも勝るとも劣らない戦功と雄姿、そして幸運が永遠に部族と共にあるようにと、戦士の魂をヴァルハラへと迎える、戦乙女の名を持つ者として歌った。

「わ~、凄い上手~いっ! ねえ、神無も歌ったら? 下手すぎて受けるかもよ?」
「うるさいっ、私は剣を振るえるからそれでいいのだ。 何なら、お前を相手に剣舞でも披露してやろうか?」

 剣の柄に手を掛けて、いつものように睨み合っている二人。 神無をからかうのが朧の趣味らしい。 命懸けだな…

「遠慮しとく、誰も見えないしね」

 朧も同じか、それではこの二人が戦ったとしても、見えるのはあいつかシルクだけだろう。

「じゃあ、私の笛なんかどうですか? こう見えても結構うまいんですよ」

「それは、ネクロマンサーの笛じゃないのか?」
「はい、そうです、よくご存知ですね、では軽く一曲」
「だめだっ! 吹けば死人が出るっ、ここは魔界なんだぞっ!」

 笛を吹こうとしたシルクから、何とか奪い取ったが、あいつはニヤニヤしながら見ていた。 私が間に合わなかったら止めるつもりでいたな? そうだな、折角自分の配下になった部族が、転げ回って苦しんだり、浄化されるのは嫌だろうからなっ!

「そうだったんですか? 知りませんでした、すみません…」

 悪意が無いだけに余計たちが悪い。 こいつの力は分からないが、神無のように常識外れなのは間違いないだろう。 城塞には防御用のスケルトンやゾンビもいるから、それも成仏していたかも知れない、この中の弱い者も同じだ。

「今後、戦闘時以外、笛の使用は禁止するっ! しかし、昔より大きくないか? それにこの形は何だ?」

 先の方に、こぶと刺の付いた長く重い笛、てっきり護身用のメイス(棍棒)だと思っていたが、こんな危ない装備を… こいつは高級装備の塊だから、他の持ち物も調べておかないと、大変な事になる。

「それはカオスのおっさんと作った「霊体撃滅用」の笛だ、神族でも倒せるから、もし吹いてたら大惨事だったな」
「ええっ! これって幽霊さんを成仏させるための笛だとばっかり思ってました」
「私も持ってるわよ、吹いてい「やめろと言っているだろうがっ!」い?」

 背中の袋から、シルクの物と似たような笛を出そうとした朧。 速攻で神無に奪われたが、この二人はこれが普通なのだろう。 生真面目で怒りっぽい神無をからかい、追い掛けられても、刀で切り付けられても、鉄扇や笛だけで、互角に渡り合えるのかも知れない。

「魔神様、これは一族の若い娘達でございます。 皆、先程の戦いを見て感激し、是非お種を頂戴したいと申しております。 お情けを賜りますよう、伏してお願い申し上げます」

 宴の途中、女の長と思われる老婆が近くに寄って来て、顔を赤らめて遠巻きに見ている娘達を紹介した。

「ここの女達は全てお前の物だ、その… 抱きたい者がいれば呼び出して、孕ませてやればいい事になっている。 見てみろ、さっきの戦いと血を見て、発情した娘達がお前を狙っている。 ここでも「種付け」をして行かないと、「部族の中に美しい女は誰もいなかった」と侮辱した事になる。 これから何日か逗留して、希望者は皆、子供を産ませてやれ」

 不本意だが仕方あるまい、この部族を手なづけるためもあるが、いざと言う時、見捨てられないための保険でもある。 悪く言えば子供は人質だが、もし娘の誰かが気に入られ、妾か妻となれば、この一族の発展は約束されたような物だ。

「だ・め・だっ! 朧やシルクどころか、他の女とも浮気して、見ず知らずの行きずりの女も抱こうと言うのか? それなら最初に、この私を倒してから行けっ!」

 女達の前に立ち塞がって、ついに剣を抜いた神無。 暫くこの辺りから消えていた方が身のためだな。 部族の者にも退避勧告を出さないと危ない。

「もちろん倒してからだな。 但し、服も着ないで生身で戦ってからな」
「だっ、だめぇ」

 後ろから抱かれて胸を揉まれ、耳を舐められて腰が抜ける神無… また「おんなのこ」の声と表情になっている。

「一番大事なのは、お前に決まってるだろ? 分かってるくせに今更何言ってるんだ?」
「だって、だってぇ」

 刀を奪われて鞘に収められながら、駄々っ子モードで泣いている神無。 人前でも恥ずかしく無いようだ。

「俺の収まる鞘はお前だけだ、ほら、こんな風に」

 何度も刀を出し入れされ、鞘鳴りの音と振動を腰に感じながら、本当に自分が出し入れされているかのように、いい表情になってクネクネしている神無。

「あっ、ああっ」
「お前は太さも奥行きも、俺にピッタリ合うように、産まれて来る前から決まってたんだ、そうだろ?」
 カチンッ
「あっ……」

 堕ちた。 気位の高い屈強な剣士が、子犬のように従順になり、人前で簡単に達してしまった。 あいつも私やベスパのお仲間だ。

「あの、このような事情なので、今日はご期待に答えられないかも知れません、ご容赦下さい。 しかし、明日以降は必ず」

 老婆や娘達には言い訳してみたが、あいつは神無や朧を「倒した」後、平然と女達全員を満足させて行った。 もちろん私やベスパもその中に含まれるのだが。
 しかし、ベスパが受け止める時、「アシュ様っ、来てっ!」と言うのは、注意しておかなければならない。 ベスパからすれば、自分の子宮の中にアシュタロスが来て欲しい、と言う意味なのだろうが、あれでは昂ぶった後、相手がアシュタロスだと勘違いしていると思われても仕方ない。
 まあ「寝技」ではあいつの方が上で、「ベスパお姉様」になってしまったが、階級や下僕としては私の方が上なのだからな。

 それから、あいつの戦いは、歌になって近隣に広がって行った。

「彼の者、老いた戦士の病を癒し、文珠なる力により、最も強い頃の姿での戦いを望んだ。 戦士、若き力を持って魔神に挑み、戦斧を振るう事、二十合まで斧を合わせる。 魔神、その意気を称え、その身に魔装甲を纏いて戦えり」

「戦士の命尽きる時、魔神、友と替えた左腕に傷を刻む事を許し、代償に戦士の命を申し受けた。 横たえられた戦士は大地に還り、一片の遺恨を残す事無く消え果てたり。 老いた戦士よ、魔神を呼び、最期の戦いを挑むが良い。 その魂は永劫に魔と共に有り、数多の戦場を駆け巡るであろう」

 これは私が即興で歌った詩を、あいつの側に読み替えた物だ。 少し気恥ずかしいが、良い宣伝になった。 それから間もなく、大量の挑戦状が我々の元に舞い込んで来るようになった。

「何々? 近くで野たれ死んだ塵を埋めただけで、魔神を名乗るとは不遜なり」 
「そうやって、汚い言葉で罵倒してあるのは、「もうすぐ死ぬから、早く来てくれ」と言う意味だ、早めに始末してやると良い。 丁寧な言葉で招待しているのは、「罠を仕掛けて待っているから、部族の名を上げるために協力してくれ」と言う意味だ」
「そうか、神族も根性が曲がってたけど、お前らも一緒なのか? 死にたいならそう書けばいい物を」

 今、この中で最も魔族らしいのはお前だ。 ジークもパピリオも変わり者で、アシュタロスラブラブなベスパが一番おかしい。 まあ、戦い一筋だった私も神無も、人の事は言えんが。
 それからは毎日のように、どこかの戦士を葬って行った私達。 やがて、多くの部族が恭順し、我々の勢力は次第に大きくなって行った。
 
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