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ロザリオとバンパイア〜Another story〜

作者:じーくw
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第63話 二妻多夫? 三妻多夫?



「…………」

 ゆかりは、俯かせて ひたすら走っていた。
 後ろには誰も追いかけてきてはいないが、それでもただただ走り続けていた。


 そして、周囲には誰もいないと言うのに、声が聞こえてきた。それは、頭の中 心の中の罵声だった。


『11歳だってあのコ………』


 それは 今まで積み重なっていた周囲の声。


『生意気だよねー 何であんな子供と一緒なクラスなわけ??』


 何度も何度も耳を塞ごうとしても聞こえてくる声。


『汚らわしい魔女の格好して』


 それは、数えきれない差別の声。
 ただ、魔女として生まれただけで 自分には一切の非が無いというのに 何度も聞こえてくる。


『魔女って妖怪じゃないだろ? っつーことは 人間に近いよな? この学園にいる資格ないよ。 お前……、やめてくれよ』


 頭の中をいつまでも巡っている。

 それでも、弱い所は見せたくなかった。
 まだまだ子供だから、と言う事もあるだろう。

 つい……強がってしまうのだ。


「1人ぼっち…… 平気だもん」


 と、心にもない事を、自分の心の悲鳴に反して強がりを続けてしまう。そして 亡霊の様に付きまとう声を振り払おうとする。

 そのせいもあってか、目の前に立ちはだかっている男に気付かず勢いよくぶつかってゆかりは倒れてしまった。
 

「きゃっ! いったぁ~~バカっ 何処見て歩いてるんですか~~っ!!」


 ゆかりは、涙を拭いながら叫んでいた。そう、この涙は痛みのせい。そのせいで涙が出ていると誤魔化しながら。


 だが、今回はぶつかった相手が悪かった。


「ぶつかってきたのはそっちでしょ。ゆかりさん…… この礼儀も知らん学園の恥さらしめ」


 それは、ゆかりの事を目の仇にし続ける委員長だった。

 今回ばかりは、いつものいやがらせのレベルを遥かに超えている。ゆかりを見るのは強い悪意のの籠った眼。そしてその周囲には数名の仲間。


「っ!! ………委員長!」

 思わず表情が強張ってしまうゆかり。
 委員長はそのままゆっくりとゆかりに近づいた。

「……この前 君に公衆の面前で恥をかかされましたよねぇ? 私はゆるしていませんよ」

 そう言うと委員長は、人間の姿をゆっくりと変えた。

 顔の半分ほど解いた所で、長い舌をベロりと剥き出し卑しく笑う。

「きみが1人(・・)になるのを待ってたんですよォ……」

 そう言うと、嫌がるゆかりの腕を掴み強引に学園の外へと連れ去っていくのだった。









 そんな時、部室ではまだ言い争いが続いていた。
 いや、言い争いと言うよりは、つくねがまだ納得できない様子だ。

「だからもうゆかりちゃんの事は放っときなって!!」

 特に納得が出来ていないのは、カイトやモカがゆかりを庇う事にだった。

「で、でも…………」

 モカは必死につくねを説得しようとする。

「つくね。確かに相手はオレ達と同じ同学年だ。でも、まだ11歳なんだぞ? それに魔女って言うのは「だーかーらー!!」っ……」

 最後まで言う前に、つくねが割り込んで話を遮る。

「幾ら11歳だったとしても、ダメな事はダメだって、しっかりと教えないといけないじゃないか!  こっちは本当に痛い目に合わされてるんだよ!  カイトも! モカさんも! なんでゆかりちゃんの肩ばっかり持つんだよ!」

 つくねが2人に訴え続ける。その声は怒気で満ちていてそれを聞いたモカも我慢が出来なかった様だ。

「そんなんじゃないよっ!! つくねこそ何でわかってあげないの? ゆかりちゃんのこと! かわいそうじゃない!!」

 ついに大きな声をあげ、モカは飛び出していった。

「あ……っ、モカさん!! もう、何で!? 俺が悪いって言うの?? 怪我までさせられたのはオレの方なのに!?」

 つくね自身は正論を言い続けていたつもりだった。間違いなく自分の方が正しいと。悪戯が度を過ぎて、怪我もしたし、くるむにも迷惑をかけてしまった。そして、自分自身はゆかりに対して何もしていなかったから。

「つくねっ! とりあえず、一回落ち着け! そんでもって、オレの話を最後まで聞け!」

 戸惑いを見せるつくねに、少し怒気を込めていうのはカイトだ。

「え………?」

 つくねは、カイトのほうを向きなおした。
 漸くカイトの言う言葉に耳を傾ける余裕が出来た様だ。

「いいか、ゆかりちゃんは。……魔女って言う種族は、オレ達が生まれる遥か昔から差別の対象になっている種族なんだ。 人間側からも 妖からも。全てに疎まれているとも言える。……つまり、嫌われている種族が魔女だ」

 カイト自身の声も次第に低くなっていく。
 話していて気分が良いとは言えない内容だったから。

「え……っ 魔女が、嫌われてる?」

 つくねはカイトが何を言っているのか暫く理解出来なかった様だった。
 それに気づいたくるむが説明に入る。

「あれ? つくね知らないの? ほら『魔女』って、『妖怪』なのか『人間』なのか、どっちかよくわからない存在でしょ? だから、大昔は『境界の者』……つまり、妖と人を結ぶって考えられていて今じゃ半端者! っとか言われてて差別される種族なんだよ。おまけに妖だけじゃなくって、人間達にも嫌われてて、人間の世界じゃ、昔は魔女狩りとか魔女裁判! っとかあってさ」

 くるむの説明は全て正しい。魔女狩りの話、魔女裁判は中世の時代では有名だったから。

「 くるむ。ありがとな。説明追加してくれて。人間の世界で言えばそっちの方が判りやすい」
「ふふ、別にいーよ! それくらいさ? でもほんとにつくねって知らないんだね……? 妖の事さ」

 くるむの言葉に、つくねは思わず体を振るわせる。 
 知らないのも当然だ。……つくねは 『人間』であり、更に魔女裁判云々に関しては、実際に魔女と恐れられた人間の話だと解釈していたのだから。

「……知らない方が良いってこともあるだろう? どんな過去があろうが、個人の話には一切関係ないんだ。なのに先入観でその者を判断して……、歪ませて、思考を狂わせて、真に内面を見なくなる。 そんなの悲しいじゃないか。オレ達は皆同じだ。同じ世界に「生きている」んだから」

 つくねはその言葉を聞き、この学校を去ろうとした時のカイトが言ってくれた言葉を思い出した。


《人間であろうと妖怪であろうと同じ命だ。流れる血は違ってもな。大切なのは中身なんじゃないか?》


「(オレ……、知らなかったとはいえ……ゆかりちゃんに酷い事を…………)」

 ゆかりとの話をつくねは思い出していた。
 幾ら手酷い仕打ちを受けたとは言っても、これまでの件に比べたら大したことではない。そして、幾ら自分自身には関係の無い事だったとしても。

 それでも……たった11歳の女の子が受け続けてきた仕打ちに比べたら……。


「そうだね……。 あのコ、本当に今までずっと一人ぼっちだったのかもしれないね……」

 くるむも少し表情を崩していた。

 先程のゆかりの表情は。強がりを続けていたゆかりの表情は、もう霧散してしまっていた。


 一人ぼっち。

  
 この言葉がつくねの頭の中に渦巻き続けていた。

 そして、真の意味で理解をする事が出来た。

 そう、モカがなぜ、あんなにゆかりを庇い続けたのかを。










~陽海学園 外部~



 そして、場面は再び代わる。
 乱暴に連れてこられたゆかりは、そのまま乱暴に木に押し当てられた。

「きゃあ!!」
「汚らわしい 汚らわしい……! 魔女とは何て汚らわしい存在でしょう!」

 陽海学園のタブーである人間への変化を解くと言う行為を委員長とその仲間達は完全に破っていた。そう、ここは学園の外だから関係ない、と言わんばかりに。


「いいですか……? 君みたいなコはウチのクラスには要らないんです。 もう、この学園から消えてもらいましょうか!」


 委員長の妖としての姿は 爬虫類の様な顔、そして その顔の皮膚には強靭な鱗が浮かび上がっている。

 その正体はリザードマン。

 取り巻きの男達も全員が同じ種族だった様だ。群をなしてゆかりに襲い掛かっていた。


「きゃああ!! こっ このぉ!!」

 ゆかりも黙ってやられる訳にはいかない、と魔具であるステッキを振りかざす。魔法を発動させて攻撃をしようとしたが、大きな鰐の様な口でそのステッキ事噛み砕かれてしまった。


「さて、こいつ……どうしてやりましょうか?」
「食べちゃおう! 霧も深いし誰にもバレないって……。それに魔女なんて消えた方が暮らすの為になりますよ」


 仲間達もどんどん近付いてきた。
 多勢に無勢になってしまった上に、ゆかりの唯一の武器を失ってしまったのだ。

「ああ…… ステッキが… (わたし…… ステッキがないと魔法使えないのに……)」

 そう、魔法を発動させるのには媒体が必要であり、それが無ければ、攻撃手段が無くなってしまうという事だ。魔女は人間にも近いと言われている理由の1つに、その身体自体の強さが一般妖に比べて華奢であるという事にもあるのだ。
 ただの一撃でも致命傷になりゆる為、ゆかりにとって今は最悪だと言える。
 

 そして、その次の瞬間 しびれを切らした委員長が大きな口を開け迫ってきた。


「そうですねーー!! 食べてしまうのも良いですねぇ!!!!」
「きゃあああああ!」

 抗う術が無いゆかりは、悲鳴を上げるしか出来なかった。


――泣き喚いても、止めてくれる訳ない。
――悲鳴を上げても……無駄。
――助けを請うても……誰もしてくれない。


 それなのに……、ずっとそう思い続けていたのに。


「やめて!!!」


 後ろから誰かの声が聞えた。
『やめて』と確かにそう聞こえてきた。

 それは、今までに一度たりとも無かった自分を助けてくれる声だった。

 この声の主が誰なのか、直ぐに判った。

「(………も、モカさん!?)」

 先程、厳密には違うが、迷惑をかけているんだと思わされたモカだった。
 モカはそのまま委員長に向かっていく。

「やめて……! ゆかりちゃんから手を放して!!」

 鋭い目で睨んでくるモカを見て、委員長は忌々しそうに舌打ちをした。

「またあなたですか、赤夜萌香さん、これは少々面倒な所を見られましたね」

 そして指を鳴らすと、それが合図だった様で、取り巻きの仲間達がモカの方へと向かっていった。
 モカに迫る連中を見たゆかりは慌てて、叫んだ。

「逃げてっ! モカさん逃げてくださいっ!! 食べられちゃうっ! わたしなんて放って逃げてェ!!!」

 必死にそう叫ぶ。自分の為に立ちはだかってくれるモカに、驚きを隠せられなかったが、それでも自分のせいで モカまで死んでしまう事だけは我慢が出来なかった。

 しかしモカは、決して止まらなかった。そして ゆかりを優しい目で見つめていた。

「大丈夫だよ………。わたしが身代わりになるから。 ……ゆかりちゃん 強がっちゃダメだよ。 1人でダメな時は助けを求めて良いんだよ。 だから、もっと素直になってよ。わたしの事好きって言うけど本当は甘える相手が欲しかったんだよね? イタズラも……誰かにかまって欲しいから……でしょう?」

 モカは、ゆかりの気持ちが判る。人間の世界の学校に通っていた頃の記憶。孤独だった頃の記憶がゆかりを見て、思い返してしまったのだ。
 だから、少し泣き笑いのような表情だった。

「えっ……!? も、モカさん 何を言ってるですか! そんなの知らないです! 早くどっか行ってくださいです!」

 モカの言葉は図星だと自身でわかってはいる。 だけど どうしても、今までの経緯があり、他人の事を信じる事が出来ない。そして それ以上に意地を張ってしまう。

 それをも見越していたかの様に、ゆかりにモカが続けて言った。

「わたし……、わかってえたんだ。 ゆかりちゃんずっと淋しかったんでしょ 一人ぼっち……辛かったんだよね? わたしもそうなんだ。……ずっと、辛かったの。 だから力になりたい。わたし絶対ゆかりちゃんの事、放っておかないからね? 絶対に……」

 その言葉を訊いて、心の中に積み上げられた壁が、拒絶を繰り返してきた心の壁に亀裂が入った気がした。

 そして、忘れてはならないのが、委員長の事。
 完全に忘れかけていた様だが、まだまだ健在だ。

「何言ってんです!? 私達をシカトするとはナメてるんですか!!!」

 完全に忘れられかけていた事に委員長は激怒し仲間にモカを襲わせた。

「やめてェ!!!」

 ゆかりは委員長の腕を思いっきり噛み付いた。

「いてぇ!! 何するんです!! このクソガキャあァ!!!」
「きゃああ!」

 委員長は、鋭い爪でゆかりを襲った。
 ゆかりの小さな身体に迫る凶悪な爪。それがゆかりに当たる事は無かった。 

「あ、危ないっ!!!」

 その間に入ってくる者がいたからだ。

 ゆかりに迫る攻撃を庇ったのは つくね。

 攻撃の刹那、殆ど当たる直前に庇った為、ゆかりへの攻撃は阻止する事が出来た。……だが、自分自身を護る事は出来なかった様だ。

「つ、つくねーーーっ!!」

 モカの悲鳴が木霊する。

 そして、ゆかりは絶句していた。
 つくねの背中を見て。……そして、自分を守ったが為傷ついた背中を見てゆかりは驚いた。

 なぜ、自分なんかを助けるのか、と。 ずっと酷い事してきた自分なんかを助けてくれるのか、と。

「つくねさんっ!? なっ……なんで? どうして わたしなんかを………」

 ゆかりは確かに見た。
 つくねのその表情は、さっきまでの怒っていたものじゃなかった。

 とても優しい。傷ついている筈なのに、……笑顔だった。

「さっきは……、ごめんね。 ……でも、オレにも少しわかったから。ゆかりちゃんの事……。 オレにも力にならせてよ。 だから、もう自分を一人ぼっちだなんて思わないで。オレ達が、皆がいるから。ゆかりちゃんは、1人じゃないから」

 ゆかりはまた驚いた。
 今日で一体何度目だろうか。今まで11年生きてきて、こんなに驚いた事など、あっただろうか。


 今まで、他人で自分に構ってくれて、更に守ってくれる友達みたいなひといなかったから。
 

「おいおいおいおいおい! どいつもコイツもッ! 私をコケにするなカスどもがァ!! ミンチにしてやるッ!!」

 
 また無視された事に完全にキレた委員長は、もう間髪を入れずに大口を開けながら迫ってきた。忘れられない様に。

 つくねに迫ろうとしていたその時だ。

 何か、硬い壁のような物にぶつかった様な音がした。一体なんの音だ? と委員長は疑問に思ったのと同時に、顔面に鈍い痛みが走った。

 本人自体は何が起きたか判らないだろう。
 外から見ていたらよく理解できる。


 突然、つくねの前に現れた半透明の物体。その壁に頭から正面衝突したのだ。

「ぎゃああぁぁぁぁ!! か、顔がっっ!! がぁぁぁぁ!!」

 牙を剥き出しに、壁に強打してしまったのだ。
 自分の攻撃の勢いもあったからか、壁の固さと勢いも合わさって更にダメージを受けた様だ。

 その後、呆れた声が響く。

「だから、いってんだろうが。 そもそも、女相手にお前らいったい何人がかりだよ。情けねぇ……」

 いつの間にか、つくねの前に立っていたのはカイトだった。
 半透明の壁を前に押し出して、委員長を押し出していたのだ。

「カ……カイトさん…… カイトさん、まで……」

 ゆかりは、もう我慢出来なかった。

 我慢しても、我慢しても、あふれ出てくる様に涙が目頭に集まってきていた。


「(とりあえず無事でよかったよ)後でゆっくり話そうな。新聞部の皆なら……。 皆なら、絶対大丈夫だ。……絶対に」

 カイトも、ゆかりに笑いかけた。
 つくねも一緒に。

 だが、カイトはつくねには苦言を呈する。

「ちょっとは考えて走れよ? つくね。……オレがちょっとでも遅れてたら、怪我じゃすまなかったぞ?」
「あ、あははは……、ごめんカイト。いや ありがとう」
「いいや。……お前の勇気には感服だよ。いつもいつも、ひやひやするがな」

 カイトもつくねも、互いに笑いあう。信頼し合ってるのが判る。

 あの中に……自分も入れるのか?


『新聞部の皆なら大丈夫……』
「っ!!」


 ゆかりは、カイトの言葉が頭に過り、再び涙が出そうになるのを必死に堪えていた。


 そんなゆかりを見て、カイトは『泣いたって良いんだ』とゆかりに言ってあげたいと思っていたが。まず とりあえずは目の前の件を処理するのが先だ。

 何より……カイトは許せない。
 

 友達を傷つけるヤツは、なにがあっても――!


「……色々と話はしたいが、まずはこのクズどもを片付ける。それが先だ」


 カイトは、そう言い睨み付けた。
 その言葉と目に激昂する委員長。

「クズだとぉ!! クズはお前らだァ!! 何度もコケにしやがッ・・・ッッ!!」

 怒りのままに迫ろうとしたのだが、出来ない。言葉も言えなかった。

 何故なら、カイトは 一瞬の内に距離を詰めて、懐に入っていたのだ。
 それだけじゃない。大口開けている顔面を掴みつつ持ち上げた。

「ぐっ!! がぁ!!」
「……どうした? オレの事を、ミンチにすんだろう? ほら、その自慢のデカい口でやってみろよ」

 カイトは、そう言い 至近距離で睨みつけていた。


 委員長はたじろぎながらも必死に抗おうとした、その口を開けようとしたのだが、全く動かす事が出来なかった。

 ただの、ただの握力だけ。それだけで、リザードマンにとっての最大の武器とも言える牙。それを支える顎の力が働かない。全く開かないのだ。

 まるで万力で締め付けられているようだった。

「グッ ガァ!!(ば、バカな……な、なんだ? この力っ……!? あ……赤いひと、み…… こ、このちから……、まさかコイツ…… バン………イア……)がぁぁぁ……!?」

 軈て、開こうとする力は、カイトの握力に抗う事が出来ず、顔面の骨が悲鳴を上げていた。

「お前ェ!!」
「死ねェ!!」

 仲間の内の2人が飛び掛る。委員長を助けようと飛び掛かる。クズにもそれなりの関係を築けている様だったが、それでも相手が悪すぎる。

 迫ったのだが、近づけない。いや 近付けないどころの騒ぎではなかった。
 

「う………うああああああ!!」
「なんだ!? なああああっっ!!」


 突然現れたのだ。それは、まるで竜巻のような風に吹き飛ばされ上空高くに舞い上がった。


「「ぎゃあああ!」」


 そして、地面に叩きつけられた。
 如何に妖とはいえ、高い所から落とされたら、叩きつけられたらただでは済まないだろう。完全に気を失い、重なる様に倒れて動かなかった。



「……貴様らは二度目だ。オレの友達(・・)に手を出そうとしたのはな。 一度……。多少のいざこざなら、目は瞑ってやる。……よほどの事でなければな。だが……二度目は無い!」


 手に込める力を一段階上げた。
 それは顔面崩壊とも言えるだろう。完全に顔はひしゃげてしまい、元の顔が判らない程に変えられてしまった。


「―――――――――ァァァァァアアアア!!」


 口を開けられずとも、あまりの痛みに叫ぶ事は出来た様だったが、あまりの痛みに最後は泡を吹きながら気絶したのだった。


「……カイトさんすごい。……とも、だち……」

 ゆかりはカイトの戦う姿は見た事無い。勉強も運動も出来ると言う事は耳にしていたが、それでも実際に見るのは初めてだった。だから、そのあまりの強さと不思議な力に驚いていた。
 カイトの正体も判らない。だが、人間に擬態したままで、明らかに全開ではない力で、本性を現したリザードマンを歯牙にもかけない事に。

 
 そして、何よりカイトが言っていた友達、と言う言葉にも。


「ゆかりちゃん…… 大丈夫?」

 怪我したつくねを支えていたモカが、ゆかりに近付いた。

「も、モカさん………」

 モカ達が来てくれたが、それでもゆかりは2人の顔を見る事が出来ず、俯かせてしまっていた。

「モカさん…… オレは、大丈夫。 ……でも、まだあいつらはまだ何人か……いる……。今はカイトの手助けに行かないと……!」

 そう言うと、つくねは背中の痛みを堪えてモカのロザリオに手を伸ばした。



「だ、ダメだ……なんて出鱈目な力を……っ」
「こ、こんなヤツに敵う訳が……・つ、強すぎる……!」


 残ったのは2人。

 最初に突っ込んでいっていた連中よりも少し離れた位置にいたため、カイトの放った竜巻? の余波を受けずにすんでいたのだ。
 それでも、目の前でまとめて吹き飛ばされてしまった衝撃シーンと、ただの握力で顔面崩壊させた異常な力を目の当たりにして、これ以上攻める気概を根こそぎ奪われてしまったのだ。

「こうなったら……」
「……ああ! そうするしかできねぇ……!」

 2人は頷きあい、カイトと反対方向へ走り出した。即ち、 他の新聞部のみんなの方へと。

「っ!?」

 目の前の奴(委員長)を徹底的にやっていたせいで、他の連中を見ていなかったカイト。

「っ! こ、こっちに来る!!」

 形勢逆転を狙って、突撃する。

「貴様らを人質にすりゃー 形勢逆転だ!!!」
「ぶっ殺してやる!!!」

 殺してしまえば、人質にならないと思えるが、それでも それ以外に連中には道が無かった。だから、勢いのままに突撃をするしかなかった

「ちっ! お前はもういい、邪魔だ!」

 掴み上げていた委員長を無造作に放り投げるカイト。
 無尽蔵の力とでも言うのか、人形でも放る様に吹き飛んでいき、墓場やら、木やらに突っ込んでいった。

「ギャワアアアアアアア!!!!」

 それは二度目の絶叫だった。
 完全に気を失っていたかと思えたのだが、あまりの痛みに意識を取り戻して、悲鳴を上げていた。

 それは、2回に手を出した事。
 その報いと言う事だと言える。

 
 右手にいた委員長を放り投げた後、カイトは駆けつけようとしたのだが、直ぐに身体から力を抜いた。

 何故なら、モカが覚醒していたから。

「……とりあえずは一安心だな。良かった」


 モカが覚醒をした以上、何ら問題はない。寧ろ割って入る方が危ない。(モカに蹴られる)



「な……なんだ?」
「この・・・強大な妖気は……?」


 モカが静かに目を開き 鋭く睨みつける。
 襲い掛かろうとしていた連中はまさに蛇に睨まれた蛙状態になっていた。


「弱い者にしか手を出せぬ。群れないと何も出来ない。 ……そんなクズどもが何のつもりだ?」


 爪を構えて固まっている連中にモカは睨みながら言っていた。


「こっ……このやろおぉぉぉぉぉ!!」
「しっ……死ねェェェェ!!!」


 あまりの妖気の強さに放心しかけていたのだが、それでも後ろにはカイトがいる。あの衝撃的な光景を目の当たりにしてしまった為、退路は断たれてしまったも同然だ。
 そして、前方には同じく強力な、凶悪な妖気を携えた者がいる。
 

 まさに前門の虎、後門の狼とはこの事だろう。

 
 それでも、まだ相手が女である、と言う事もあった事でモカを選んだ。
 前門の虎……どころではなく、そこは鬼門だと言っていい場所に。 
 

 勢いに任せてモカに襲い掛かるのだが、一瞬の内にモカは視界から姿を消した。


「なっ!! どこにいt“ドガァァ!”ギャアアアアアアア!!」

 モカの蹴りが、ガラ空きの腹部に突き刺さる。

「はぁっ!? い、いったいなに……っっ!!」

 あまりの速度の違いに、目の前で何が起きているのか判らない。
 だから、遮二無二に爪を振るうしか出来なかったのだが、それは当然かすりさえもしない。

 “メキョッッ!”と言う鈍い音を響かせたかと思えば。

「グガアアアアア!!!」

 最後の1人も盛大に蹴り飛ばされた。

 多少時間差はあったものの、殆ど一瞬の出来事だ。
 2人とも後ろに広がる大きい湖の中へと吹き飛ばされ、浮かんでこなかった。


「弱い者にしか力をふるえんそんなクズが。 その程度で この私に向かってくるとはな。 身の程を知れ」

 モカは服に付いた埃を払いながら、踵を返すのだった。



「みんなっ!! 大丈夫!? って あれ?」


 くるむも少し送れて現場に駆けつけるが、もう既に全て片付いていた後だった。
 当然ながら戦いのシーンなど見られてる筈もなく。

「(あ~ん……カイトが戦うシーン見れなかったぁ……)」
「ん?」

 くるむは、何やらカイトの方を見て、少し落ち込んでるように、肩をがくっ、と落とすのだった。
 その意味がいまいち判らないカイトは、ただただ困惑するだけだった。



「どうして……」

 全てが終わった後の事。
 静かに口を開いた。

「わたし……、皆にひどい事したのに……? どうして……どうして わたしの事なんか……」

 ただただ身体を震わせながら、声を絞り出す様に呟く。
 あの委員長達相手にも、震える事が無かった。だけど、今は止まる事は無かった。

 つくねの返答。それは ゆかりの言葉に対するものとは少しばかり違った。

「……これから仲良くしようね。ゆかりちゃんもう一人じゃないんだからさ!」

 助けた理由など、助けに来た理由など言わない。
 ただ、友達を助けるのに理由は要らない。そういうことなのだろう。ゆかりには、言葉にしなくともはっきりと判ってしまった。

 今まで、判ろうとも判るとも思えなかった事なのに……。

「う…… えぐ……」

 止めどなく湧き出てくる涙。
 拭っても、拭っても、何度も何度も溢れてくる。辛うじて塞き止める事が出来ていたのだが、その心の壁も次の言葉で崩壊する。

「泣いたっていいさ。我慢なんかしなくていい。……ここの皆、全員がゆかりちゃんの事を受け止めてくれる。もちろんオレもな? これからもよろしく」

 側までカイトが来て、ゆかりに笑いかけた。


 ゆかりはもう限界だった。

 『泣いても良い。受け止める』

 誰もが言わなかった言葉だ。とても暖かい言葉だった。


「うわあああん!」


 崩落した心の壁は、押し寄せる涙を止める事は出来ず、ただただ流し続けた。
 その涙と一緒に、心に出来た大きな傷も洗い流してくれるかの様だった。


「わぁああああん!!わあああああ~~~」


 ゆかりは、泣き続けた。
 その泣き声は、悲しいものではなく、とても心地よく感じたのは全員同じだった。


「………もう、友達だ。……また、良い友達が出てきた。 ……また、学園(ここ)で」

 
 泣いているゆかりの頭を軽く撫でながらカイトは呟いた。
 そのカイトの横顔をモカ(裏)は見つめていた。

「………… (カイトも・・・ ひょっとして、表のモカのような経験があるのか・・・?)」

 決して口には出さなかった。カイトの言葉は凄く小さく、儚い。
 ゆかりの泣き声の方が遥かに大きいため、小さな波は大きな波にかき消されて殆ど聞こえない。だが、モカの耳には届いた。

 その横顔は、穏やかだったのだが 何処か悲しみの様なものも見えていたのだ。

 そして、暫くカイトの方を見ていた為、その視線を気付いたくるむは、2人の間に割って入る。

「ああ! ちょっとモカ!? 何カイトに見惚れてんのよ! 言っとくけど、カイトとつくねはわたしのだからね!!」

 見つめてるモカを見てくるむはモカがカイトを狙っているんだと思ったのだ。

「なっ!! ち、違うわ馬鹿め!! 身の程を知れ!!」

 突然不意打ち気味にそんな事を言われてしまった為、モカは顔を赤らめながら、くるむに蹴りを打ち込む。


「うきゃあああ!!」


 モカの蹴りを受けたくるむは飛んでいった。 それは、もちろん比喩ではなく、本当に飛ばされていったのだ。
 暫くとんだ後、地面に「んきゃあ!」っと小さな悲鳴を上げて落ちた

 モカの蹴りは非常に強力なのだが……くるむは大丈夫だろう。目を回している様だけど、ギャグの様な感じだから。

「……んで、なんだったんだ? オレに何かあるのか? モカ」

 くるむの言葉をうのみにする訳じゃないが、用でもあるのか、とモカに話しかけてみると。
 思いがけない返事が返ってくる。

「なっ…… 何でもない! た……ただ そうだ! 今回、私の獲物があまりにも手ごたえ無くてな、カイトを一発ぶっ飛ばそうとだな……! 違う! 一度やり合うという約束を果たそうか、と思ってただけだ!」

 非常に苦しい言い訳に聞こえなくも無いのだが、等のカイトには十分すぎる弁解。

「あー……、前に言ってた事ね。 今は、そういうのは無理、だろ? ゆかりちゃんだっているし。……ちょい拒否するけど、よろしいかな? モカお嬢様」

 苦笑いをしながらそう言うカイト。戦いに慣れだしてきたが、それでも別に戦闘狂と言う訳じゃない。モカの頼みであれば、ある程度は尊重してあげたい気もするが、『血を寄越せ(ちょうだい♪)』と『勝負しろ!』は まだまだお預けしたかった。

 それに、何よりもモカの一撃は防御しても身体の芯にまで響く。
 敵じゃない為、勿論それなりに手加減はしてくれてると思うけれど、そこは流石の『力』の大妖と呼ばれているだけの破壊力は持ち合わせているのだ。

 ちょっと気を抜いたら、くるむの様に吹き飛ばされてしまうから。


「ちっ……! 手ごたえのある奴がいないから、お・・・お前とやろうと思ったんだがなッ!」

 モカは、そう言って暫く動揺しっぱなしだった。

 いつものクールなモカは息を潜めている。その理由が自分にあるのだとすれば、カイトは純粋に嬉しい。モカだって、女の子で女子高生。……戦う為だけの存在なんかじゃない。心があるのだから。

 と、モカの事を言ったらまた蹴られるかもしれないから、口には出さずに心で思うカイトだった。


「ははは………。さて、そろそろ戻ろうか」


 とりあえず、今日の所は笑って終わらしたのだった。









~陽海学園~



 その次の日の部活の時。
 くるむとモカは資料を部室に運ぶため、廊下を歩きながら話をしていた。

「ゆかりちゃん おとなしくなったってねー イタズラばっかりしてたのを クラスの皆の前で謝ったんだって 皆もちょっと反省ムードになったみたいで 少しずつうちとけてるらしいよ」

 それを訊いて、モカはクスっと微笑んだ。

「よかった…… 大人になったんだね ゆかりちゃん」

 打ち解け合っている事は純粋に嬉しく、そして それにクラスの皆も答えてくれている事に対しても嬉しい。カイトがいっていた様に ちゃんと内面を見て接すれば、ぶつかっていけば判ってくれるのだと言う事だ。

 今日も一日頑張ろう、と言う事で、モカは軽く手に力を入れつつ、到着した部室の扉を開けたら、奇妙な光景が目に飛び込んできた。

「カイトさーーん! それにつくねさんもー!! ラブラブですーー♪」

 つくねとカイトの2人の腕を取って抱きついていたのだ。

「えええー!? ゆかりちゃん!!」
「おっとっと! ……オレも?? つくねだけじゃなくて??」

 モカは驚き目を見開いて、くるむは持ってた資料をずっこけながら落としてしまった。

「あっ! こんにちは~ わたし 今日から新聞部に編入させてもらったんです どうぞよろしくです~~!!」

 新入部員が新聞部に入部してくれた事は非常に嬉しいし、喜ばしい事だ。

「(……入ったと同時に抱きつかれたのはびっくりしたけど……)」

 カイトはただただ苦笑していた。

 ゆかりの心境を訊いてみると、何処かの誰かさんと同じ様になってしまったとの事。


「だって・・・ わたし・・・モカさんのことも大好きだし・・・ そのうえつくねさん・・・それにライバルだと思ってたカイトさんまで好きになっちゃったですーー!!」


 その盛大な告白を、色んな意味で問題があって、何処か既視感を感じる告白を訊いて つくねは顔を赤面。勿論ながらカイトも若干赤面。
 モカは少しフリーズしてしまっていた。
 くるむは、ゆかりの告白を訊いて、目に見える程 頭に四っ角たくさん作っていた。


「というわけでーー ラブラブするです♪♪」


 ゆかりが2人に抱きつく力を強めた。丁度2人の顔で自分の顔が挟まるよーに。

「ちょっと!! 何言ってるのよ!! 2人はわたしの物よ!!」

 そんな中で、くるむが割り込んできた。

「違いますーー わたしとモカさんのですーーー!!」

 ゆかりも決して負けていない。その小さな体のどこにそんな力があるのか、くるむにも負けてなかった。

「わぁーー! ちょっとー ゆかりちゃんくるむちゃん待ってって! タチ悪くなってるよーー!」
「オレを私物化するのはダメーー! どっちの物でもなぁーいーーー!」

 つくねとカイトが何か言っているが聞えない。
 すると・・・ さっきまでフリーズしていたモカが復活した。

「ダメよ………、ゆかりちゃん。だって、だって……」

 モカも負けてはいない。
 2人に向かって、いや4人に向かって駆け出した。

2人()はわたしのーーーーっ」

「ええええ!! モカも!! ってか2人()って、どーいう事だよ!?」




 その日の部活はこれまでにない程賑やかで、色々と入り乱れてもみくちゃにされた。


 つくねは、モカに思いっきり血を吸われたけど、カイトは何とか阻止する事が出来た様子。
 だが、次回からは判らない。そろそろ本気で吸われるかもしれないのだ。
 拒否するとモカが可哀想、と言う事もあるが、それ以上に単純な事だ。

 モカの力が強いから。その辺りは表も裏も関係なかった。


 今日の部活にギン先輩がいなくて良かった、と終わった後にカイトは強く思う。
 何故なら、あの人いたら更に場が荒れそうだと言うのは目に見えているからだ。

『何でオレ抜きやねん!!!』と言いながら乱入してくる事が手に取る様に判る。


 とりあえず、今日の感想はたったひとこと。



「「疲れた・・・・・」」


 その一言を今日の日報として保存し、1日までも締めくくったのだった。








 
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