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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第166話 ゲルマニア、ロマリアの現状

 
前書き
 第166話を更新します。

 次回更新は、
 5月3日。 『蒼き夢の果てに』第167話。
 タイトルは、『ヴァレンタインの夜』です。

 

 
 重厚な作りの扉を閉じると、其処は夜と冬の大気に支配された空間。
 遠くより微かに聞こえて来るのは軽やかな円舞曲。その中に、多くの人々の笑いさざめく気配……生命を感じる事が出来た。

 そして……。
 そして、ゆっくりと。しかし、着実に近付いて来るよく知っている人物の気配。

 大理石の床、精緻な天井画。一定間隔に置かれた金銀の装飾品に反射するのは人工の光輝。圧倒的な存在感を持つ豪華絢爛な場所と、それに少し相応しくない無機質な蒼白い光。
 生活感のない……まるで美術館か何かのような回廊。その突き当たりに佇みながら、静かに溜め息にも似た吐息をひとつ吐き出す俺。

 この時、俺に抱き上げられた彼女から疑問符が発せられた。
 同年代の少女と比べるとかなり幼い雰囲気。その整った容貌を隠す為なのか、赤い伊達メガネを装備する彼女。
 その彼女の発した気配の中に、僅かな陰の気を感じた事に対して思わず苦笑を浮かべて仕舞う俺。普段なら……。いや、先ほど彼女の発した微かな気配では、地球世界に追放される以前の俺ならば、間違いなく気付かないレベルの本当に微かな気配だと感じたから。
 流石に彼女……タバサが今何を考えて陰気を発したのかまでは分からない。おそらく彼女の事だから、自分の体調不良を理由に会議を中座させて仕舞った事に対して少し蟠りがあるのか、それとも、こうやって抱き上げられた状態で小トリアノ宮殿にある部屋にまで運ばれる事に対しての不満……と言うか、引け目に似た感情を抱いているぐらいなのでしょう。
 もっとも、部屋まで自らの足で歩いて行く訳ではなく、この場での用事が終われば速やかに転移魔法を使用する心算なので、別にそれほど気にする必要もないのですが。

 妙に俺の前に出ようとする彼女。まるで何としてでも俺を守ろうとするかのような、その強い決意を今まで感じていたのだが……。どうも、その辺りも前世に関係があるようなので……。
 何にしても、彼女をただ抱き上げて運ぶぐらい大した負担に成る訳ではない。まして、結婚式の披露宴で衆人環視の中、新郎が新婦を抱き上げてお色直しに下がる……と言う、悪趣味なイベントと言う訳でもないので、少々の事は気にしなくとも良い、と思うのですが。
 未だ俺や、その他の養子たちの姉の気分で居るのか。俺もかなり前世に引き摺られているのだが、この腕の中に居る少女も前世から完全に脱し切れて居る訳ではないようだな。

 再びの苦笑。ただ、これは心の中でそう考えただけ。
 そうして、

「いや、何な。流石に、これは急ごしらえ過ぎたかな……そう考えただけなんや」

 立ち止まった事も、それに溜め息を吐いた理由も、別に大した理由ではない。……気にする必要はないで。俺の腕の中から僅かな上目使いに見つめる蒼い瞳に対して答える俺。
 そう、元々巨大なシャンデリアが設置されていた室内や回廊なら、そのシャンデリアを蛍光灯に変えるだけで事が足りたのですが、そう言う照明設備を始めから設置する予定のなかった個所へと蛍光灯を設置した際に、実はあまり細かな事を考えて居なかった為に……。

「折角、豪華な調度品や有名な画家による天井画。それに、柱に施された精緻な彫刻なんかが、蛍光灯の所為で妙に安っぽく見えるのがどうにもなぁ」

 矢張り建物やその他の風格に相応しい照明の使い方がある。そう言う事なのかな。
 再びの溜め息混じりの呟き。もっとも、これは明らかに自分自身の能力を超えた所で引っ掛かっているのは間違いない。何と言うか、こう陰影の使い方にもう少し工夫が必要だったのではないか。言葉には出来ないけど、何かが足りないんじゃないか。そう言う焦りにも似た感覚。

 ただ……。

 ただ、こう言うのは多分、芸術的な感性の問題なので、そう言う部分に於いては所詮一般人の俺では限界があるのだが……。

 確かに、中世ヨーロッパに等しいハルケギニアの人々に取って、魔法を使用するよりも明るい蛍光灯の明かりと言うのは珍しく、不思議な物と感じるでしょう。
 最初の内は。
 しかし、これが当たり前と感じるように成った時、この妙に安っぽく見える照明器具では結果、ガリアの王家の威信と言うヤツを損なう恐れがある。

「流石に俺が其処まで考えなくちゃならない謂れはないけど、それでも一応これは俺が最初に手を掛けた仕事やから」

 所謂アフターケアのようなモンかな。
 普段通りの無駄話。但し、俺の言葉の中には未来……この聖戦が終わった後の、平和な世界に成ってからの内容を意図的に織り交ぜている。
 俺は地球世界の歴史を知っているだけで、政治や経済。もしくは軍略に通じている訳でもない、ごく普通……とは言い難いけど、それでも二十一世紀の日本に暮らして居た男子高校生。おそらく、この聖戦が終われば……その時、俺が望むのなら御役御免となる公算が大きい。
 その後は、やり残した仕事を終わらせ――

「お待たせしました」

 ――しばらくは本当に晴耕雨読のような生活を続けるのも悪くはない。
 未来の事。未だ聖戦を無事に生きて切り抜けられる目論みさえ立っていない状態で考えるには……何と言うか、鬼に笑われるような事を考えて居た俺。その俺に対して話し掛けて来る男声。
 その時、一瞬、腕の中の少女から居心地の悪そうな気配が発せられたが、それでもそれは一瞬の事。俺の方が泰然自若とした雰囲気のままであったので、彼女の方からは何のアクションも起こす事はなかった。

「別に待たせされた、と感じるほど待たされた訳ではないけどな」

 妙に明るすぎる蛍光灯の下に佇む貴公子。実力に裏打ちされた静かな自信と言う雰囲気を感じさせる美丈夫。柔らかそうな落ち葉色の髪と、意外に優しげに見えるブラウンの瞳を持つ美青年。
 身長は俺と同じぐらいだと思うから百八十を超えていると思う。但し、完全に成人に達した西洋人らしいマッチョな体型と言う訳ではなく、未だ微かに思春期の繊細さを残した雰囲気。いわゆる長身痩躯と言う感じか。
 西洋人らしい彫の深い顔立ち。ややもすると神経質そうに見られかねないその容貌も、しかし、優しげな瞳が彼の印象を非常に柔らかい物に変えていた。
 正直に言うと、イケメンはこっちに寄って来るな。アッチに行け、シッシ! ……と言いたくなること百パーセントと言う相手。

「もう会議が終わった……と言う雰囲気ではなさそうですね」

 それならば、シャルロット姫の体調不良が理由で会議を中座した、それぐらいの事情でしょうか。
 俺と、そして俺の腕の中に居るタバサを順番に見つめた後、そう問い掛けて来るジョルジュ・ド・モーリエンヌ。一応、サヴォア伯長子と言う表向きの肩書の方で社交界に出入りしているが、しかし、現実には裏の顔。ガリアの諜報組織所属の騎士としての顔の方が俺やタバサに取っては馴染みの深い人物。

「そう言えば今宵は二月(ハガルの月)第二週(ヘイムダルの週)、オセルの曜日でしたね」

 平和ならルペルカリアの祭りが明日、開始されるはずでしたか。
 意味あり気にそう続けたジョルジュ。……と言うか、此方から聞きもしない事をぺらぺらと喋りやがって、こんにゃろうが。そう考える俺。それに、こう言うのを語るに落ちると言うと思うのだが。
 この似非ハルケギニア人。……おそらく転生者め。

 出来るだけ冷たい瞳で目の前のイケメンを見つめる俺。そもそも、俺はそんな無駄な話を聞く為にここで待っていた訳ではない。
 確かに、ここの社交界……かどうかは分からないが、前世で俺が関わったガリアの社交界には、夜会の最中に眠たげな振りをする……と言う男女間の合図があったのも事実なのだが。

「それでは報告は短い目にするとしましょうか」

 殿下がお戻りになられたのは今日の午後。流石に今日はお疲れの事でしょう。
 最初からそう言え。喉元まで出かかった台詞を無理に呑み込む俺。取り敢えず、そちらの方向に自らの思考を誘導し、突如、眠気を訴えたタバサに対する疑念はカット。それに、少なくともある程度、彼女が消耗して居るのは間違いではない。
 ……と思う。

「予定通り、ロマリアのナポリ艦隊とゲルマニアの黒海艦隊で反乱が起きました」

 両国とも、後二、三の火種は燻ぶっていますよ。大きな物で言うのなら、ゲルマニアの北海艦隊やボヘミア地方とかね。
 無言で先を促したのが理解出来たのか、聞きたかった内容を話し始めるジョルジュ。
 成るほど、ボヘミア地方ね。プラハの春か、それとも三十年戦争の始まりか。時期的に言うと遅い三十年戦争の始まりと判断する方が正解かな。そう考える俺。
 しかし、そう告げて来た後、何か意味あり気に俺を見つめて来るジョルジュ。

「何や、何か言いたい事があるのか?」

 悪意……は感じない。むしろ陽の気に分類される雰囲気を発して居るジョルジュを訝しげに見つめ返す俺。確かに、本当にソッチ系の人間ならば同性を意味あり気に見つめる時に陰の気を発する事もないと思うのですが……。
 ただ、コイツはそう言う業界の人間ではないはず。

 俺の視線を受け、しかし、別に大した内容ではないのですが……と言いながらゆっくりと首を横に振るジョルジュ。
 そして、

「ですが、そうやってガリアの為に策を練っている様を見ていると――」

 次代の王に成る覚悟が出来上がったと言う事ですか。
 何か、勝手な思い込みのような内容を口にするジョルジュ。いや、どちらかと言うと、奴自身の願望なのかも知れない。
 その瞬間、俺の腕の中の次代の正妃候補から陰陽入り混じった複雑な気が発せられる。

 これは――

 これは多分、完全な否定と言う訳ではない。ただ、彼女自身が喜んでいる訳でもない。
 そもそも彼女の夢……田舎に引きこもり、晴耕雨読のような生活を続けると言うのは前世で俺が彼女に対して語った夢。おそらく彼女はその時の事を覚えて居て、あの時……今生の俺に対して自らの将来の夢だと語ったのだと思う。
 もっとも、彼女。今、俺の腕の中に居る少女にしたトコロで、人付き合いが得意で、何時でも多くの友達に囲まれてワイワイやっている……と言うタイプの人間ではない。前世では敢えてそう言う人間を演じていたが、それはそう言う人間を単に演じて居ただけ。
 おそらく、前世で彼女に求められていた役割や、俺の両親の教育が貴夫人に相応しいサロンの形成方法や、付き合い方を中心に為されて居た為に、自然とそう言う社交的な人間を演じるように成っていたのだと思う。
 彼女の本質は今回の人生のタバサと大きな違いはない……と思う。他者と積極的に交わるよりも静かに読書をする事を好む少女。

 故に、半ば本心から、あの時はそう言った可能性はある。
 あの時の。この世界に召喚されてから間もない……湖の乙女や、その他の前世から関わりの深い人物たちと再会し、世界に強い影響を与えて仕舞うほどの能力を復活させる前の俺に対して……ならば。

 ただ……。
 ただ、今の彼女が、これから先の事をどう考えているのか。その部分を推測すると……。
 ……彼女は前世の俺の両親に因り、高貴なる者の義務。能力を持つ者の果たさなければならない務め、と言う物を教え込まれているはず。
 母親はガリア王家のスペア。徳川家に於ける一橋、田安、清水家と同じような役割を与えられた家の姫。そして父親の方はガリアの侯爵。その高貴な血筋に加えて、母親の方はガリア王家が継いでいる夜の一族の血を。父親の方は東方の龍の血を継いでいる家。
 この家に産まれた俺は……かなり問題のある子供だったので、その辺りの教育は少しお座成りにされたが、養女として引き取られた彼女の方はそちらの教育がきっちりと行われたはず。
 そう、最初の彼女に与えられた役割。常に俺の傍に居て……。蒼髪の男子であったが故に、何故か子供が産まれ難く成っていたガリア王家に王太子として入らなければ成らない運命であった俺の傍らで、抜群に高貴な家の血を継ぎながらも父親に捨てられると言う不幸な生い立ちから、実家や親類、縁者と言う(くびき)から完全に解き放たれ、常に俺を支え続ける片翼としての役割を与えられた女性に相応しい教育を。

 そうやって考えると、自ら世間との関わりを断ち、田舎に引きこもって晴耕雨読のような生活を続ける、……と言う事は、自らが持つ能力に対して負っているはずの責務から逃げている。
 そう今のタバサが感じて居る可能性はある。

 今までは敢えて考えないようにしていた部分。俺が聖戦を無事に生き延びる事が出来るかどうか分からない。その事を最大の理由にして。
 その微妙な個所を敢えて抉るような真似をした、と言う事。
 ……先ほどのジョルジュの台詞は。

「何を自分に都合の良い解釈をしとるんや、オマエは」

 そもそも俺は、聖スリーズの予言に因ると聖戦の終わりに死んで仕舞う可能性があるんやから、俺以外の王位継承権一位を準備する方が先と違うのか?
 聖戦後の未来の事など後回し。暗にそう言って、この話題を打ち切る俺。
 多分、今の彼女は俺がどの道を選んだとしても、其処に僅かな(わだかま)りを残すから。前世の俺ならそれなりの家柄に産まれ、その結果、ガリアの王太子に祭り上げられたのは自身の運命だったと確実に言える。しかし、今回の人生に関して言うのなら、最初の段階で彼女に召喚されなければ、俺はこの世界に関わる事がなかった可能性もある。
 このハルケギニア世界に本来なら関係なかったはずの俺を、彼女の方の事情で巻き込んで仕舞った。そう彼女が感じているのなら、俺がどのような道。――それがこのままガリアの王位を継ごうが、田舎に引き籠もって晴耕雨読のような生活を営もうが、其処に何らかの蟠りを感じる事となる……と思う。

 しかし……。そう思考を無理矢理誘導する。何故ならばこれは今、考えても無意味な内容だと思うから。それに、この世界に俺が留まる事に彼女が何らかの負い目を感じるのなら、タバサを俺の産まれた世界に連れて行くと言う選択肢もある。
 本当にそんな真似が出来るのならば……なのだが。

 まぁ、何にしてもまた我が事なれり、……と言う状況だな。そう考え、性悪軍師の如き雰囲気を発し、少し無理矢理の感を滲ませながらも片側の頬のみで笑みを浮かべて見せる俺。

 そう、そもそも、ロマリアにしても、ゲルマニアにしてもガリア(他国)の内側に手を突っ込んで来て引っ掻き回す心算なら、コチラ側からも反撃で内部の不満分子に火を付けられる事は覚悟して置くべきでしょう。
 大体、コチラで諜報の中心に存在するのは真なる貴族たち。こいつ等は夜の闇に紛れて活動する事を得意とする上に、中には蝙蝠(こうもり)や狼、はたまた霧に姿を変えたり、身体の一部分だけを変化させたりする事も出来る連中。こんな奴らの侵入を防ぐ為の結界術が表向きに存在していないハルケギニア世界の系統魔法では、この手の策謀はやり放題となるのは間違いない。

 特にゲルマニアは地域間の兵士の扱いに差が有り、俺の感覚で言うと、地球世界のドイツやオーストリア辺りの出身者の待遇は良いのだが、北部になれば成るほどその扱いは粗雑な物となる。
 更に言うと陸軍と空、海軍の兵や士官の扱いにも差が有る。基本的に陸軍が上。それ以外は圧倒的に下と見られる為に、内側には常に不満が蓄積されているような状態となっていた。
 そう言う、現状に大いなる不満を持つ方々の枕元に、告げる者聖スリーズが立ち……。

 対してロマリアは宗教的に統べられた国故に、表面、外側から見ると一枚岩のように感じるのかも知れないのだが……。
 但し、この世界の宗教は日本の道を極められた方々と同義語のような雰囲気がある。
 まぁ、贖宥状(しょくゆうじょう)を売りまくって、その儲けたお金を使ってゲルマニアの皇帝位を手に入れられる世界ですから、その辺りは推して知るべしでしょう。
 そして、何処の世界にもそう言う事(業界用語ではしのぎ)には長けていない、どちらかと言うと清貧と評すべき方々も居るもの。そう言う方々の枕元に聖スリーズが立ち……。

 ついでに言うと、ガリアの王太子としてロマリアやゲルマニアが送り込んで来た使節たちに謁見した俺が行った事も、ある程度、この流れを加速させた可能性もありますか。
 ゲルマニアやロマリアが送り込んで来た使節の連中との、非常に心温まる謁見の場を思い出し、少しの陰気を発して仕舞う俺。

 それは……。六韜(りくとう)に因ると、
 交渉の為に隣国より使者が来て、もし、その者が優秀ならば何ひとつ与えず返せ。
 もし、その者が無能ならば大いに与え歓待せよ。
 ……この内容をかなり正確に履行しましたから。
 もっともコレは、表向きに。あからさまに差を付けた、と言う訳ではなく、裏側に差を付けた……と言う事。
 それぞれが国に帰った後、妙に羽振りが良くなったり、上からの覚えが目出度くなったりした人間は、実はガリアから見ると無能で、比較的操り易い人間だったと言う事。

 ゲルマニア、ロマリア共に地獄の沙汰も金次第。これが大手を振ってまかり通っている国。まして、ガリアのように絶対的な権力を持つ王に因る親政が行われている訳ではなく、議会や枢機卿団、その他にも多くの宗教家たちが政治に力を持っている以上、その中に汚れた奴が一人や二人は存在する。
 其処を上手く突けば、内部に不協和音が発生するのは間違いない。

 まるで優秀で清廉潔白な人物が行う独裁制と、無能な、……合議制だけど明らかな衆愚政治。どちらの方が選りマシか、そう言う問い掛けに対する明確な答えのような状況。
 目の前のイケメン貴族を瞳の中心に抑えながら、思考は別の場所を彷徨する俺。
 確かにコレ……両国の暴動騒ぎで少しの時間稼ぎは出来たと思う。

 ただ――

「ロマリアやゲルマニアはこれから先にどう動くと思う?」

 自らの国内に争いがあるような状態で他国に対して攻め込むとは思えない。
 普通に考えるのなら、先ず起きて仕舞った騒動の鎮静化を図る。元々、不公平に対する不満が発端の暴動を収めるのはそれほど難しいとも思えない。
 例えば、ゲルマニアの場合は地域間の格差。民族や人種に対する差別の問題なのだから、それをある程度一律にする……同じ帝国の臣民として以後すべてを同列に扱う。これだけの事を譲歩するだけで次なる反乱が起きる可能性は格段に減る。
 ロマリアの方は、俺が行った贖宥状に対する質問や、大隆起に関する疑問に対して誰もが納得する形の答えを発表すれば事が足りる。少なくとも、聖地を奪還しない事が神の怒りを呼び、全ての大地がアルビオンの如き浮遊大陸と化すと言うのなら、既に神に見放されたはずのアルビオンの地で問題なく人々が暮らせて行けて居る理由の説明ぐらい行うべき。
 もし、その内容に俺自身が完全に納得出来たのなら、明日にでもその奴らが言う聖地。俺から見ると非常に危険な不浄の地をエルフから得る為の策を考える。
 ……その程度の覚悟なら常に持っている心算。

 但し、どちらも難しいと思うが。……かなり皮肉に染まった思考でそう考える俺。
 何故ならば――

 ゲルマニアの方の問題は住む地域や民族によって国民の中に階級差を付ける事に因り、より搾取し易い環境を作り出している事。其処に、帝国の臣民はすべからく平等である、などと言う思想を導入すれば国家自体が崩壊に向かいかねない。
 ロマリアの方はもっと難しい。
 そもそも、その贖宥状を売りさばいて居る理由は、ロマリアの枢機卿団に対して行う工作費用を捻出する為に売りさばいている連中がほとんど。これを止めさせると、自分たちの懐に入って来るお金がかなり減る。
 大体、贖宥状を売りさばく事を禁止すれば、ゲルマニアとロマリアの同盟関係が崩壊して仕舞う。
 更に、アルビオンが高度三千メートル以上の場所で浮いている理由や、其処に人が問題なく……通常の大地の上と同じレベルで暮らせている理由など分かるはずはない。普通に考えると此処には何らかの特殊な魔法が作用しているのでしょうが、それをロマリアが行って居るとは考えられないので、彼らに取っては神の深遠なる意図としか答えられないはず。
 いや、そもそも俺の考えでは、そのアルビオンが蒼穹に浮かんだのはそれほど前の話だとは思ってはいない。おそらくここ十年以内の事。もしかすると、俺が最初に召喚された時間の一分前にそう言う状況が創り出された可能性すら存在している、……と思っているぐらいなのだから。
 ……当然、その考えに対する強力な根拠と言う物も持っている心算。

「不明です」

 ただ、これで大量の兵をガリア侵略に回す事が出来なくなった。
 少なくとも一時的には。そう答えるジョルジュ。そしてその答えは、俺の考えとも一致する内容。
 但し、故にこれから先の展開が予想し難い状況なのもまた真実。
 最悪、ロマリアにしても、ゲルマニアにしても、内部の混乱など気にせず、侵略戦争を続ける可能性がある……と言う事。
 何故ならば、彼らが表向きに掲げた大義は聖地をエルフの手から取り返す事。そうしなければ神より懲罰が下される。……と言う内容であったから。
 もし……。
 もし、その大義を彼らの……ゲルマニアの主要な貴族や司祭たち、それにロマリアの司祭たちの多くが本当に信じているのなら。単に他国に対して侵略を行う為の御題目などではなく、本当に神の怒りが頂点に達して居て、聖地をエルフの手より奪い返さなければ人類に――()()たちに神からの懲罰が下されると信じて居たのなら、少々の国内の混乱などに目もくれず、最初にその大義に対して小賢しくも異を唱えたガリアを。そして、次に自分たちに取っての本当の敵であるエルフに対して打擲(ちょうちゃく)を加える可能性もある。

 それに、もしそれが本当に、彼らが信じている神の意に沿う行動ならば、その国内で発生した混乱など、目的の聖地奪還が果たせられれば直ぐに収拾がつく……と考える可能性は高い。
 何事にも神の御心に従う願いならば、神はその願いを必ず叶えてくれる。彼らはそう信じているはずだから。

 国民や一般的な信者など幾らでも変えの効く消耗品に過ぎない。もし、ロマリアの教皇やゲルマニアの皇帝がこう考えていたのなら。そして、彼らを取り巻く枢機卿たちが神の怒りを和らげる方を優先したのなら。……この両国の内乱騒ぎは何の時間稼ぎにもならない。
 その場合は流石にこれから先に行う予定の色々な小細工が間に合わなくなる可能性が高く成り、結果、予想以上の被害を受ける事となる。
 確かに戦争なのだから少々の被害は仕方がない。そう割り切れたら楽なのだが……。

「一カ月。それだけの時間があれば何とかなる、と思う」

 結局、かなり歯切れの悪い言葉。
 腕の中の少女の吐息、それに心臓の鼓動を強く感じながら、しかし、まるで色彩や潤いと言う物に欠ける思考で眉根を寄せる俺。
 そう、未だこの辺りがかなり曖昧なのだが、前世では聖地に虚無の担い手とその使い魔の都合八人が揃う事で、其処に始祖ブリミルらしき何モノかが現われた……と思う。今回の人生では、俺のその辺りに関する記憶が復活するのが遅れたのと、地球世界に流されるタイミングの悪さが相まって、虚無の担い手や使い魔に対するアプローチが何も為されて居らず、その結果、相手方の描いたシナリオ通りに事態が推移している様に思えるのだが……。
 ただ、虚無の担い手に成る可能性の高い連中を俺の元に集めた前世でも、聖戦や始祖ブリミルらしき存在の降臨を防ぐ事が出来なかった以上、ここまでの展開が相手の思い通りだろうが、そうでなかろうが意味はない。

 要はここから先の展開が相手の意図と違った形になれば良いだけ。
 良いだけ……そう思い込もうとする俺。但し、その部分にも当然のように僅かな不安が顔を覗かせている。
 それは、その程度の事は当然、ロマリアやゲルマニアの方も理解しているはず。……と言う部分。
 まさか、ここまでの流れが順調に進んで来ているので、これから先も問題なく、自分たちの思うがままに進む……などと考えているはずはないのだが。

 確かにアルブレヒトに関しては前世でそう言う人物……調子に乗っている時には特に、自分に都合の良い事実だけしか見えない人物であったのだが、聖エイジス三十二世に関してはそれほど操り易い人物ではなかったように記憶しているのだが……。
 おそらく前世の結果から、相手の補強ポイントとしてゲルマニアにテコ入れをされたのが今回の人生と言うトコロか。
 厄介な真似をしやがって。そう、心の中でのみ悪態を吐いてみる俺、……なのだが。

 ただ何にしても。そう少し強く決断するかのように思考を展開させる。悪態を吐いて居ても意味はない上に、何も始まらない。それに這い寄る混沌に関して言うのなら、おそらく彼奴はゲーム感覚ですべての事を為していると思うので、当然、どちらかの側が一方的に強いのでは見て居て面白味に欠ける。故に、相手側。ブリミル教を強く信奉している連中に戦力の補強を行うのは道理だと思う。
 そう。()()()()()俺が直接動く次の一手はこれしかない。
 それは――

「先ずは四の四を聖地に集結させない為に、シャルロットを奴らの手から奪い返す」

 俺の口からシャルロットの名前が出た瞬間、彼女の姉から少し微妙な気配が発せられた。
 感覚としては陰陽入り混じった気配。
 ただ、タバサだって人間。表面上は気にしていない振りをしたとしても、多少の独占欲や感情の揺れ。それに血を分けた姉妹に対する後ろめたさを持っていたとしても不思議ではない。
 その辺りに付いてもすべて聖戦が終わってから考えれば間に合う事。そもそも、彼女が感じて居るのであろう後ろめたさ。……自分が自らの妹に比べて幸せな生活を続けて来られた、と言う事に関して言うのなら、それは彼女自身ではどうしようもなかった事だと思う。
 そもそも生まれ落ちた瞬間に妹の方は捨てられたのだから、これは彼女ではどうしようもなかった。
 ……と、簡単に割り切れるのなら、今のタバサと名乗っている少女が出来上がる事はなかったとも思うのだが。

 そう。他の二人に関しては前世の二人がそのまま転生を果たしているかどうか未だ不明だが、シャルロットだけは間違いなく前世と同じ魂を持つ少女が転生を果たしている。
 ならば、彼女は現実世界で俺と出逢えば、ロマリアやゲルマニアの完全な操り人形と化しているオルレアン大公息女シャルロットから、地球世界で出会った少女、神代万結と成る可能性が高い。

 俺と万結の関係ならば、ギアス(強制)と言う、ハルケギニア特有の精神支配の術であったとしても、その影響下から救い出す事は難しくない……はず。
 ギアスの魔法について詳しく知っている訳ではないので、根拠のない自信にも等しい思考。もっとも、シャルロットの身柄さえ確保して仕舞えば、後は彼女自身の時間を封じて仕舞えば死ぬ事もなくなるので、その後、虚無に魅入られた別の人間が現われる事もなくなる。
 そもそも、俺から見ると虚無の担い手だろうが、スクエアレベルの系統魔法使いだろうが、どちらも一般人に毛が生えた程度の違いしか感じない。少なくとも世界から気を吸い上げて、それを自分の霊気として使用出来るレベルに成っていなければ、術を使う者としての程度は高が知れている。
 この程度の相手で、更に自分の意志を奪われた相手なら、シャルロットが生きている状態で、すべての行動を封じて仕舞うのはそれほど難しい事ではない。

「ましてガリアの場合は、流石に国内に争いがある状態で聖地へと兵を送り込むのも難しいからな」

 あの場所。前世で聖地と呼ばれていた場所と、今回の人生でこれから先に赴く可能性のあるハルケギニア的な聖地と呼ばれている場所が完全にイコールで繋ぐ事が出来た場合、あの場所を完全に人間の踏み込む事の出来ない禁足地にするのは流石に難しい。確かに、このハルケギニア世界的に、あの場所は聖地なのでしょうが、地球世界の伝承から言えばあの地域は非常に危険な不浄の地。
 但し、故に双方の神話や伝承で語られた力と言う物が存在している以上、その周りを八幡の藪知らず状態……つまり、特殊な陣で周囲を囲って、外部から侵入する事も出来ず、更に言うと、内部から現われた何モノかが外部に脱出する事が出来ないようにするのはかなり難しい。

 成るほど、おおよその事情は呑み込めた。小さく首肯いて見せる俺。そして、
 イザベラに報告する前に余計な時間を取らせて悪かったな。そう最初に告げた後、

「ありがとさん、やな。これで次の策を立て易くなったよ」

 ……と続けた。
 現状、戦争に関して言うのなら多少の余裕はある。但し、現在不足気味の戦力を増強する時間が与えられている、と言うほどの余裕が与えられている訳でもない。
 俺やタバサたちは流石に手一杯だが、それ以外の駒。例えば、目の前に居るイケメンの貴族になら小細工を頼む事は出来そうだ、と言う事が理解出来た。

 確かに未だアルザス侯シャルルが何故、ガリアから独立を決心出来たのか。その辺りに関しての情報は得られていないが、それは後でタバサに問えば十分。彼女は政治や軍事にあまり興味がないような振りをしているが、まったく知らない訳ではない。
 おそらく彼女が知る限りの内容を伝えてくれるでしょう。

 さて、それならどうするか。
 俺に出来る事は、この目の前のイケメン貴族にも出来る。そう考えて問題ない。……などと、かなり勝手な事を考えて居た俺。そして、俺に抱き上げられた状態のままで少し居心地の……と言うか、居心地自体は悪くはないけど、ほんの少しだけ恥ずかしい。そう言う微妙な気を発して居るタバサに対して小さく目礼を行うジョルジュ・ド・モーリエンヌ。
 そして、そのまま――

「……って、オイ。何処に行く心算なんや?」

 俺の話は未だ終わってへんで。
 そのまま回れ右をして何処かに行って仕舞おうとする慌て者を呼び止める俺。
 そもそも、コイツに逃げられると今、頭の中に浮かび掛けて居た予定と言うヤツがすべてパァになって仕舞う。

「未だ何か御用がおありですか?」

 不満は……なさそう。振り返ったジョルジュはそれまでとまるで変わりのない表情でそう問い掛けて来る。
 ……と言うか、用がなければ呼び止めない。

「何、大した用事やない。二つ三つ、頼みたい事があるだけ、なんやけどな」

 
 

 
後書き

 それでは次回タイトルは『ヴァレンタインの夜』です。 
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