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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十九話 帰還

宇宙暦 794年 5月 23日  ハイネセン 統合作戦本部 本部長室  アレックス・キャゼルヌ



「状況は理解している。ミハマ中尉からの報告書を読んだ。酷い事になったようだな」
シトレ本部長が低い声で問いかけて来た。本部長室には本部長と俺の他にヤンとバグダッシュ少佐がいる。

ヴァンフリート星域の会戦後、バグダッシュ少佐はミハマ中尉に報告書を書かせた。ハイネセンで戦争準備をするところを起点とした報告書だ。戦闘詳報ではない、ヴァレンシュタインの行動記録と言って良い。その報告書は今、本部長の机の上に有る。

「申し訳ありません、どうやら酷い勘違いをしたようです。ヴァレンシュタイン少佐はブラウンシュバイク公とは無関係でした……」
バグダッシュ少佐が頭を下げた。

「気にしなくて良い、勘違いかもしれんが今となっては彼を帝国に帰せないのは事実なのだ。それよりヤン中佐、例の一時間だが本当に故意ではないんだね」
シトレ本部長の言葉にヤンが顔を顰めた。

「故意では有りません。本当に第五艦隊司令部の幕僚に反対されたんです。ただ……」
「ただ?」

「私は強く勧めなかった。ヴァレンシュタイン少佐が膨大な兵器を基地に持ち込んだのを知っていました。だから簡単に基地が落ちる事は無いと思ったんです。何処かで甘く見ていたんでしょう。彼が怒ったのもおそらくその辺りを察したんだと思います」

シトレ本部長はヤンの言葉にゆっくりと頷いた。
「分かった。故意ではないのなら問題は無い。後は中佐がヴァレンシュタイン少佐の信頼をどうやって勝ち取るかだ。彼とはこのままの関係で良いというなら別だが」

ヤンが顔を顰めた。対人関係を築くのはヤンがもっとも苦手とする分野だ。本部長もそれを知っている。なかなか意地の悪い事だ。

「ところで今回の戦いだが、ヴァレンシュタイン少佐をどう思った」
シトレ元帥の言葉に皆が顔を見合わせた。そしてバグダッシュ少佐が咳払いをして話し始めた。

「情報部は大騒ぎですよ。余りにも帝国軍の内情に詳しすぎる。もう一度彼を調べ、帝国の内情を調べるべきだ、そんな声も出ています」
バグダッシュ少佐の声にシトレ元帥が含み笑いを漏らした。

「話にならんな、ヴァンフリートの英雄を取り調べる? 気が狂ったかと言われるだろう」
シトレ本部長の言葉にバグダッシュが肩を竦めた。周囲から苦笑が漏れる。

「正直言って神がかっていますよ。何故あそこまで予測できるのか……、味方でさえ恐ろしく思うんです、敵にしてみれば恐怖以外の何物でもないでしょう。情報部が彼を取り調べろというのも無理はありません」

「その気持は良く分かる。後方勤務本部にいた時も似たような思いをした。何故そこまで分かるのか? どうしてそれを知っているのか? そうだろうバグダッシュ少佐」
俺の言葉にバグダッシュが頷いた。

「ヤン中佐、貴官はどう思う?」
シトレ本部長の言葉にヤンは躊躇いがちに口を開いた。
「私は、ヴァレンシュタイン少佐は帝国に協力者がいるんじゃないかと考えています」

協力者、その言葉に皆が顔を見合わせた。
「一時間遅れた……。おかしいんです、あの言葉は第五艦隊の動きだけじゃない、帝国軍の行動も知っていなければ出ない言葉です。協力者から情報を得た、そう考えれば彼の神がかり的な予測も説明できます」

バグダッシュが首を振っている。有り得ないということなのか、それとも別に意味があるのか……。
「私が気になるのは少佐が門閥貴族を打倒しようと考えていた事です。少佐は反帝国活動グループの一員なのかもしれない……」

ヤンが俺を見ている。なるほど、そういう事か……。かつてヤンはブルース・アッシュビー元帥の事を調べた。その時アッシュビー元帥が帝国の共和主義者から情報を得ていたと推測した。元帥の華麗な勝利はその情報があったからだと……。元帥の死後、その情報網がどうなったかは誰も分からない。つまりヴァレンシュタインはその情報網の、或いは似たような組織のメンバーという事か……。

「有り得ませんね、ヤン中佐。私もミハマ中尉もずっとヴァレンシュタイン少佐と一緒に居ました。彼が外部と連絡を取り合った形跡は無いんです」
「……」
ヤンが不満そうに顔を顰めた。納得がいかないのかもしれない。確かにヤンの推理には問題点が有る。ヴァレンシュタインの神がかり的な予測は帝国だけに対してではない、同盟に対しても行なっている。

「彼が有能である事には疑問は無いんだな?」
シトレ本部長の言葉に皆が頷いた。
「ならば彼の言っていたミューゼル准将の事だが何か分かったかね?」

皆の視線がバグダッシュ少佐に向かった。
「ラインハルト・フォン・ミューゼル准将、皇帝フリードリヒ四世の寵姫、グリューネワルト伯爵夫人の弟です。現在十八歳、若すぎる年齢から彼の出世はグリューネワルト伯爵夫人が後ろ盾になっているのだろうと情報部は考えていました」

バグダッシュの言葉に皆が頷いている。
「今回、改めて調査課が彼について調べました。彼は軍幼年学校を首席で卒業しています。それ以後も常に戦場に出ている、武勲を上げて出世をしているんです。少佐の言うように天才かどうかは分かりませんが、無能ではないのは事実です。注意する必要があるでしょう……」




宇宙暦 794年 5月 24日  ハイネセン   ミハマ・サアヤ


私達が第五艦隊と共にハイネセンに戻ったのは五月二十一日の事です。首都星ハイネセンはヴァンフリート星域の会戦の勝利で歓喜の嵐の中にありました。無理もないと思います、帝国との戦争は百五十年も続いていますがその中で勝敗が明確についた戦いよりつかなかった戦いのほうが多いのです。

前回、アルレスハイム星域の会戦でも同盟軍が圧倒的な勝利を収めましたが、あれは遭遇戦でしかも会戦の規模は両軍合わせても一万五千隻程です。政府や軍は大勝利と宣伝しましたが同盟市民にとってはそれほど感銘を受けるものではなかったでしょう。むしろサイオキシン麻薬を使った帝国の陰謀を打ち破った戦い、というのが同盟市民の一般的な受け取り方です。

それに比べれば今回は両軍合わせて約六万隻の艦隊がヴァンフリート星域で対決したのです。そして帝国側は基地の存在を知らなかったようですが同盟側の目的ははっきりしていました。

基地を守り次のイゼルローン要塞攻略へ繋げる、言わば第六次イゼルローン要塞攻略戦の前哨戦と認識していたのです。この会戦の結果次第では第六次イゼルローン要塞攻略戦は延期という事もあったはずです。

しかしヴァンフリート星域の会戦は同盟軍の大勝利で終わりました。ヴァンフリート4=2の基地は守られ最終的には帝国軍は五割近い損害を出して敗北したのです。

この会戦の勝利の立役者は間違いなくヴァレンシュタイン少佐です。少佐の存在無しではヴァンフリート星域の会戦はどうなっていたか……。基地は破壊され同盟軍は敗北していたかもしれません。

ハイネセンのマスコミはヴァレンシュタイン少佐の活躍、孤立した基地を守り味方増援が来てから反撃した沈着さと用意周到さを絶賛しています。そして少佐を登用したシトレ元帥の識見をこれでもかというほどに賞賛しています。もっとも今回は少佐がマスコミに答える事はありません。体調不良ということで全て断わっています。

ヴァレンシュタイン少佐は第五艦隊旗艦リオ・グランデに居る間、貧血で倒れました。リオ・グランデの軍医の診断によれば原因は睡眠不足と栄養失調だそうです。しばらくは安静にする必要があるとの事でした。そしてハイネセン到着後は市内の軍中央病院で入院しています。

今、私の目の前にはベッドに横たわる少佐がいます。顔色はよく有りません、蒼白い顔をしています、呼吸も浅く少し苦しそうです。疲れているとは思っていました、でも倒れるほどに追い詰められているとは思っていませんでした……。

“貴官らの愚劣さによって私は地獄に落とされた。唯一掴んだ蜘蛛の糸もそこに居るヤン中佐が断ち切った。貴官らは私の死刑執行命令書にサインをしたわけです。これがヴァンフリート星域の会戦の真実ですよ。ハイネセンに戻ったらシトレ本部長に伝えて下さい、ヴァレンシュタインを地獄に叩き落したと”

あの時の少佐の言葉が胸に刺さったまま取れません。少佐の言ったことが真実なのかどうかは分かりません、或いは少佐の勘違いなのかもしれないと思います。ですが少佐が地獄に叩き落されたと信じているのは事実です。

あと一時間、一時間早く第五艦隊がヴァンフリート4=2に来ていれば……。言っても仕方ない事ですがそう思わざるを得ません。たった一時間です、その一時間が少佐を絶望させている……。

あれ以来、少佐は私達を以前にも増して避けるようになりました。いえ、一人でいる事を望みました。そしてハイネセン到着間際になって、姿が見えないこと、艦内放送での呼び出しにも答えない事から艦内を捜索した結果、部屋で倒れている少佐を発見したのです。

倒れている少佐を見たとき、私は足が竦んで動けませんでした。少佐が自殺したのではないかと思ったのです。バグダッシュ少佐に叱責され、ようやく少佐の傍に行く事が出来ました……。

どうすれば少佐を絶望から助けられるのか……。いくら信じてくれと言っても少佐の言う事が真実なら同盟は取り返しのつかない過ちを犯した事になります。簡単に許してくれるとは思えません。それを思うと溜息しか出ない……。

「何か用ですか、中尉」
いつの間にか少佐が眼を覚ましていました。ベッドに横たわったままこちらを見ています。笑顔はありません、ですが声をかけてくれるだけましです。

「少佐の昇進が決まりました。それをお知らせしようと思ったのです」
「……昇進ですか」
皮肉を帯びた口調でした。内心、気持が萎えかかりましたがこの程度で挫けていては少佐の信頼を取り戻すなど夢物語でしょう。

「少佐は大佐に昇進します。明日の九時に中佐に、そして午後一時に大佐に昇進するそうです。おめでとうございます」
「……」
少佐は少しも感情を見せませんでした、無表情なままです。喜ぶとは思いませんでしたが少しくらい驚いてくれたら……、内心で溜息を吐きました。

銀河帝国では大きな武勲を上げた軍人に対して時折二階級昇進があるそうです。ですが自由惑星同盟では二階級昇進は戦死者に対してのみ行なわれます。生者に対しては行なわれません。ですから今回のように時間をずらして昇進させます。

もっともこんな事は極めて異例です。以前、こんな形で二階級昇進したのはヤン中佐だけです。エル・ファシルで民間人三百万人を救った事に対して行なわれました……。

同盟軍が今回の少佐の働きをどれだけ高く評価しているかが分かります。もっとも昇進すればさらに戦場に出る事になるでしょう、少佐はその事を考えているのかもしれません。であれば喜べないのも無理はありません。

「私も昇進する事になりました。明日付けでミハマ大尉になります」
「……おめでとう」
「有難うございます! 少佐」

小さな声でした、何処か投げやりな感じにも聞こえましたがそれでも祝ってくれたのです。思いっきりお礼を言いました。少佐は今度は苦笑していました。馬鹿みたいだけどとっても嬉しかった。

「少佐は昇進と共に異動になります。今度の配属先は宇宙艦隊司令部の作戦参謀です。私も同じところに配属が決まりました」
「……」
「最初の任務はイゼルローン要塞攻略戦になるそうです」

少佐は無言でした。軍の上層部は少佐を前線に送ろうとしています。ある意味止むを得ない部分もあるのです。少佐を後方勤務本部に置けば何故軍はヴァンフリートの英雄を前線に出さないのかと市民の批判を受けるのは間違いありません。

前線に行くとなれば宇宙艦隊司令部というのは比較的安全な場所です。ただヴァレンシュタイン少佐にとって居心地は良くないかもしれません。私にとってもです。

今回のヴァンフリート星域の会戦で全く活躍しなかった人物が二人います。一人は第六艦隊司令官ムーア中将、そしてもう一人は宇宙艦隊司令長官ロボス元帥です。

開戦直後、繞回進撃を試みた事で同盟軍は混乱しました。その混乱の中で第五艦隊のビュコック提督、第十二艦隊のボロディン提督はヴァンフリート4=2に来援、帝国軍を撃破しました。ですがその間、第六艦隊司令官ムーア中将とロボス元帥はヴァンフリート星域を当ても無く彷徨っていたのです。

当然ですがロボス元帥に対する評価は散々なものです。
“迷子の総司令官”
“総司令官が居ないほうが同盟は勝てるんじゃないか”
戦争そのものは勝ったので進退問題にはなりませんが周囲からは笑われています。

大勝利だったのです。もしヴァレンシュタイン少佐が基地に居らず、ロボス元帥が宇宙艦隊を率いてヴァンフリート4=2に来援していれば、帝国軍を撃ち破っていれば、ロボス元帥の功績として認められたでしょう。その場合、シトレ元帥は勇退しロボス元帥の統合作戦本部長への昇進も認められたかもしれません。

しかし、現実にはヴァンフリート星域の会戦の勝利の立役者はヴァレンシュタイン少佐です。当然ですが少佐を登用したシトレ元帥の立場は強化されました。ロボス元帥にとってヴァレンシュタイン少佐は目障りなシトレ元帥の手下にしか見えないと思います。

少佐も同じような事を考えたのでしょう。呟くように声を出しました。
「ライバル争いですか、馬鹿馬鹿しい。いい迷惑だ」
「……少佐、イゼルローン要塞は攻略できますか?」
「……」

私の問いに少佐は無言でした。黙って天井を見ています。
「少佐はイゼルローン要塞は後方に一つぐらい基地が有ったからといって落ちる程ヤワな要塞じゃないと仰いました。やはり無理なのでしょうか?」
「……」

答えは有りません、やはり無理なのか、それとも答えたくないのか……。諦めて帰ろうとしたときです。
「イゼルローン要塞攻略のカギを握るのは同盟では有りません、帝国でしょう」
「……」

カギを握るのは帝国? どういう意味なのか……、聞こうと思った時には少佐は目を閉じていました……。





 
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