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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十二話 ヴァンフリート星域の会戦

宇宙暦 794年 3月26日  ヴァンフリート4=2 ミハマ・サアヤ



「どうやら酷い戦いになりそうね」
隣に居る女性が話しかけてきました。長身で赤みを帯びた褐色の髪の美人です。彼女の表情は決して明るくありません。本当にそう思っているのでしょう。私も彼女に同感です、本当に酷い戦いになりそうです……。

彼女の名前はヴァレリー・リン・フィッツシモンズ中尉、対空迎撃システムのオペレータです。もう一つ言うとローゼンリッターのシェーンコップ中佐の恋人です。あの人結構女たらしみたい。ポプラン少尉といい勝負のようです。出来るだけ傍に寄らないようにしないと。

この基地に来てから私はフィッツシモンズ中尉と親しくなりました。どうやらシェーンコップ中佐はヴァレンシュタイン少佐の事を彼女に話したようです。“見かけによらず怖い坊やだ”それがきっかけでフィッツシモンズ中尉が私に近付いてきました。

彼女は一度離婚歴が有ります。年上ですし人生経験も豊富なので色々と教わる事も多いです。俗に言う“良い女”って彼女のような女性を言うのでしょう。羨ましい限りです。

ヴァレンシュタイン少佐の事も話しました。この基地に来る事になってから人が変わってしまったと……。フィッツシモンズ中尉は黙って聞いていましたが最後に“貴女も苦労するわね”と言われました。

三月二十一日二時四十分、ヴァンフリート星域の会戦が始まりました。同盟軍の動員した艦隊は三個艦隊、第五、第六、第十二艦隊です。そして第五艦隊にはヴァレンシュタイン少佐の依頼で配属されたヤン中佐がいます。帝国軍の戦力も同盟軍とほぼ同規模のようです。

戦況ははっきりしませんが酷い混戦になっている事は事実です。この基地の司令室でも時々味方の通信を傍受することができましたが滅茶苦茶です。
“第六艦隊、応答せよ、第六艦隊、応答せよ”
“こちら総司令部、第十二艦隊、現在位置を報告せよ”
“こちら第五艦隊、現在位置、不明”

同盟軍の艦隊は皆バラバラです。総司令部は艦隊を統率出来ていません。総司令官ロボス元帥も頭を抱えていると思います。それでも同盟軍が帝国軍に負けずにいるのは帝国軍も似たような状況にあるからだと思います。

基地の司令室の中でも皆が戦闘の状況に呆れてます。
「これは駄目だね」
「このまま勝負無しかな」
「ダラダラやっていると消耗戦になるぞ」

基地が安全だという事、軍の戦い方が拙劣だという事、その所為でしょう、司令室の雰囲気は決してよく有りません。士気は弛緩しています。そんな中、バグダッシュ少佐が私達に話しかけてきました。
「もう少しましな戦いをして欲しいもんだ。これではヴァレンシュタイン少佐もやりきれんだろう」

バグダッシュ少佐の言葉にヴァレンシュタイン少佐を見ました。少佐は周囲の弛緩した雰囲気に混じることなく私達から少し離れた場所で戦闘の状況を追いかけています。総司令部も混乱しているのです、簡単な事ではありません。それでも傍受する事が出来た通信内容から大体の事は分かったようです。私達にも教えてくれました。

開戦後、同盟軍も帝国軍も互いの戦力から大きな部分を割いて繞回進撃を試みたそうです。つまり敵陣の周縁部を迂回してその背後を撃つ。成功すれば前後から攻撃出来、大勝利を得られます。それを狙ったのでしょう。

ですが繞回運動には危険があります。繞回運動を行なう部隊と主力部隊の間によほどの堅密な連携が維持できないと敵によって各個撃破されてしまうのです。しかしヴァンフリート星域の会戦はそれより酷い事になりました。両軍が繞回運動を行なったためただひたすら混乱し騒いでいるだけです。

“繞回運動による敵の挟撃、成功すれば華麗な勝利を得られますからね。それを狙ったのでしょうが、この星域の戦い辛さを両軍とも過小評価したようです。勝つ事よりも生き残る事が大事なのに……”

そう言った少佐に表情には暗い笑みが有りました。多分憎悪だったと思います。自分を最前線の基地に放り込んでおきながら役に立たない作戦で混乱している同盟軍を心底憎んだのでしょう。

ヴァレンシュタイン少佐はセレブレッゼ中将に状況を報告しています。
「帝国軍は同盟との艦隊決戦を望みました。どうやら帝国軍は基地の存在には気付いていないようです」
セレブレッゼ中将がほっとしたような表情を見せました。基地は安全だと思ったのでしょう。

「それで」
「艦隊決戦で同盟軍が勝てば問題は無かったのですが、現在両軍は混戦による混乱状態にあります。帝国軍の艦隊は敵を求めてヴァンフリート星域を彷徨っている状態です。場合によっては此処に気付くかもしれません」

セレブレッゼ中将の顔が歪みました。ヴァレンシュタイン少佐、やっぱり少佐はサディストです。私にはわざとセレブレッゼ中将を苛めているようにしか見えません。

少佐が戻ってきました。
「少佐、酷い戦ですがこれからどうなるでしょう」
私が問いかけると少佐は微かに微笑みました。もっとも眼は笑っていません。冷たく光っています。

「これからですか……。これからはもっと酷くなりますよ」
私は少佐の言う事を信じません。酷くなるんじゃありません、少佐が酷くするんです。そうでしょう、ヴァレンシュタイン少佐?



宇宙暦 794年 3月26日  ヴァンフリート4=2 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


サアヤが俺を胡散臭そうな眼で見ている。心外だな、俺は嘘を言っていない。ヴァンフリート星域の会戦はこれからが本番だ。これまではただ混乱していただけだが此処からは悲惨な結果になる。

此処までは特に原作との乖離は無い。両軍が繞回運動を行なった事、混乱した事、原作どおりだ。酷い戦だよ、ヴァンフリートのような戦い辛い場所で繞回運動だなんて帝国軍も同盟軍も何考えてるんだか……。

特にロボス、同盟軍の総司令官なのに基地の事なんて何も考えていないだろう。目先の勝利に夢中になってるとしか思えん。こいつが元帥で宇宙艦隊司令長官なんだからな、同盟の未来は暗いよ。

もう直ぐ此処へグリンメルスハウゼンがやってくる。ミュッケンベルガーから疎まれ、役に立たぬと判断されて此処へ追放されるのだが、問題は此処に同盟の基地があった事だ。

ヴァンフリート星域の会戦はここからが第二部の始まりだ。グリンメルスハウゼン艦隊、一万二千隻は二十七日、つまり明日にはヴァンフリート4=2の北半球を占拠する。この基地は南半球にあるから帝国と同盟でヴァンフリート4=2を半分ずつ占領したような形になる。

此処に基地がある事はラインハルトが気付く、それが二十九日。そして四月の六日には帝国軍がこの基地を攻撃、セレブレッゼ中将は捕虜になり基地は破壊される。原作どおりなら俺も死ぬ事になるだろう……。



宇宙暦 794年 4月 3日  ヴァンフリート4=2 ミハマ・サアヤ


大変な事になりました。帝国軍が此処へ攻めてきます。三月二十七日、帝国軍がヴァンフリート4=2の北半球に艦隊を降下させたのです。艦隊の規模は一個艦隊、一万隻を超えます。しかも私達がそれを知ったのは帝国軍が艦隊を降下させた後でした。

帝国軍の艦隊がヴァンフリート4=2に接近している事を同盟軍の艦隊は知っていたようです。私達に帝国軍の接近を知らせなかったのは通信をすることで自軍の所在地が帝国軍に知られるのを恐れたからだとか……。酷い話です、艦隊は逃げられますけど、基地は逃げられません。その辺りをどう考えているのか。まるで見殺しです。

帝国軍、一個艦隊がヴァンフリート4=2の北半球を占拠したと聞いた時のセレブレッゼ中将の混乱は大変なものでした。帝国軍が此処に来たのは基地の存在を知ってのことではないかと何度もヴァレンシュタイン少佐に問いかけたのです。一個艦隊を派遣し基地を占拠、或いは破壊し帝国軍の恒久的な基地を建設するのではないか……。

中将の不安も無理もありません、帝国軍と基地の間は直線にして約二千四百キロ、単座戦闘艇スパルタニアンを使えば三十分以内でたどり着くのです。地上装甲車を使って大規模侵攻を行なっても三十時間もあれば十分に着きます。攻撃は直ぐにでも始まるかもしれない、そう思ったのでしょう。

それに同盟軍が基地を軽視しているのではないかと思えるような行動をとっている事も中将の不安を大きくしたと思います。全く味方の不安を煽るようなことをするなんて宇宙艦隊は何を考えているのか!

説明を求められたヴァレンシュタイン少佐は落ち着いたものでした。少佐は帝国軍がこの基地の事を知っていたのであれば上空から攻撃をかけてきたはずだと中将に説明したのです。

確かにその通りです、上空から攻撃したほうが効果的です。もっともこの基地の周囲には少佐が運び込んだ対空システム四千基が設置されています。不用意に近付けば大損害を受けます。

さらにヴァレンシュタイン少佐は帝国軍は現時点では基地の存在を知らないがいずれ気付き、攻撃をかけてくると言いました。そして直ちに迎撃態勢を取り味方に救援要請をするべきだと進言したのです。

中将は少佐の意見を受け入れました。今現在、基地は少佐の指示に従って迎撃態勢を取っています。少佐の予想では帝国軍が準備を整え攻め寄せてくるのは四月の五日から七日ごろだそうです。

ヴァレンシュタイン少佐は今、味方に救援要請を出そうとしています。これには反対する人も多いです。なんと言っても基地の存在を敵に知られる可能性が有ります。場合によっては他の敵艦隊も来るかもしれません。

「ヴァレンシュタイン少佐、通信はしないほうが良いのではないか? ヴァンフリート4=2の敵がこちらに気付いたとは限らない、余計な事はしないほうが良いだろう、救援要請は彼らが攻めてきてからのほうが良いのではないかな」

ヴァーンシャッフェ大佐がヴァレンシュタイン少佐に話しています。ヴァーンシャッフェ大佐はローゼンリッターの連隊長です。地上戦となれば最前線で戦う事になるでしょう。戦えば犠牲が出ます、無理はしたくないのかもしれません。

「敵は攻めてきますよ、大佐。彼らがこのヴァンフリート4=2に降下する直前ですが、この基地から同盟軍総司令部に向けて通信を送りました。彼らがそれに気付かなかったとも思えません。此処に同盟の活動拠点があると気付いたはずです。偵察も済ませたかもしれませんね」
「……」

大佐は憮然としています。ヴァレンシュタイン少佐はそんな大佐の様子を気にする事も無く話を続けました。
「大佐、敵艦隊の司令官が誰か、分かりますか?」
「いや、分からん。貴官は分かるのか?」

ヴァーンシャッフェ大佐の問いかけにヴァレンシュタイン少佐は頷きました。
「帝国軍中将、グリンメルスハウゼン子爵です」
「……」
何故そんな事が分かるのか……。私だけじゃありません、傍にいるフィッツシモンズ中尉、バグダッシュ少佐も訝しげな表情をしています。

「彼は以前皇帝の侍従武官をしていました。その所為で皇帝の信頼は厚い。彼は軍人としては無能と言って良いのですがそれでも周囲は彼をお払い箱に出来ずにいる」
「……」

「おそらく今回の戦いでも何の役にも立たなかったのでしょう。ミュッケンベルガー元帥は彼を足手まといにしかならないと判断した。下手にうろうろされて同盟軍に撃破されては叶わない、そう思ってこのヴァンフリート4=2に送った。詰まる所は厄介払いです」
「……」

「彼の配下にはリューネブルク准将がいるのですよ、ヴァーンシャッフェ大佐」
「リューネブルク……」
ヴァーンシャッフェ大佐が呻き声を上げました。私もバグダッシュ少佐も驚いています。フィッツシモンズ中尉も蒼白になっています。シェーンコップ中佐から聞いているのでしょう。

この基地に着任した時、少佐はシェーンコップ中佐と話していました。リューネブルク准将がこの基地を攻めに来るかどうか、賭けようと。そして少佐はリューネブルク准将がこのヴァンフリート4=2に来ると言っていた……。

「彼は亡命してから三年、一度も戦場に出ていません。言ってみれば飼い殺しです。しかしこのヴァンフリート4=2でようやく武勲をあげる機会を得た。必ず陸戦隊を率いて攻めてきます」
「……」

「そこを叩くのです。地上部隊を叩き、艦隊を叩く。そのためには味方の増援が必要です」
誰も口を開こうとしません。少佐の声だけが聞こえます。ヴァレンシュタイン少佐が薄っすらと頬に笑みを浮かべました。例の怖いと思わせる笑みです。

「ミュッケンベルガー元帥は致命的な過ちを犯しました」
「……過ちですか?」
バグダッシュ少佐が問いかけるとヴァレンシュタイン少佐は無言で頷きました。

「グリンメルスハウゼン子爵は確かに無能で役に立たない、しかし何の価値も無いというわけではない。ある意味、グリンメルスハウゼン子爵ほど重要人物はいません。私なら彼を身近に置きます。間違っても単独にはしない」
「……」
少佐の言う意味が私には分かりません、皆も訝しげな表情をしています。

「彼は皇帝の信頼が厚いのですよ。その人物を見殺しにすればミュッケンベルガー元帥は周囲になんと言われるか……。そしてあの艦隊にはラインハルト・フォン・ミューゼル准将もいます。彼の姉は皇帝の寵姫、グリューネワルト伯爵夫人です」
「……」

「彼らを死なせればミュッケンベルガー元帥は皇帝に対し二重に失態を犯した事になる。ミュッケンベルガー元帥は必ず此処へ来ます。必ず彼らを助けようとする、そこを撃つ!」
「……」

ようやく分かりました。少佐が帝国軍の艦隊編制と将官以上のリストを要求したわけが。少佐は誰が帝国軍の弱点になるのかを知ろうとしていたのです。そしてその弱点が少佐の下に飛び込んできた……。

偶然なのでしょうか、それとも少佐は最初から分かっていたのでしょうか。アルレスハイムのときも同じ疑問を持ちました。少佐は他の人とは何処か違います、天賦の才とかではなく、何かが違う。何か違和感を感じさせるのです。バグダッシュ少佐の顔は青褪めています。おそらく私も似たようなものでしょう。

「このヴァンフリート4=2が帝国と同盟の決戦の場になるでしょう。どちらが勝つかでこの基地の運命も決まります」
ヴァレンシュタイン少佐が暗い瞳で微笑んでいます。私の予想は当たりそうです。この戦いはこれから酷くなります。目の前で微笑む少佐が酷いものにするはずです……。

 
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