| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十話 思惑

宇宙暦 794年 2月 4日  ハイネセン 後方勤務本部 ミハマ・サアヤ


ヴァンフリート4=2への輸送計画が完成しました。周囲の人に聞きながらようやく完成した輸送計画です。ヴァレンシュタイン少佐に見せると一読した後、キャゼルヌ大佐に見せるようにと言われました。大佐は席に居ません、私室に居ます。はっきり言います、あの部屋には行きたくない……。

でも私の隣には絶対零度の大魔王が居ます。言う事をきかないと瞬時にしてブリザードが……。ブリザードが発生すれば私だけでなく周囲も凍りつくでしょう。周りに迷惑をかける前に大佐の私室に向かいました。

「大佐、ヴァンフリート4=2への輸送計画が完成しました。確認を御願いします」
私の御願いに大佐は黙って手を差し出し計画書を受け取りました。そして輸送計画書を見て少しだけ考え込みます。

「中尉、ヴァレンシュタイン少佐はこの計画書を見ているのか?」
「はい、大佐にお見せするようにと」
「……」
なんか嫌な感じ……。

「あの、何かおかしいのでしょうか?」
「いや、そうじゃない……。もっと輸送計画を複雑に、分かり難くするかと思ったのでね」
すみません、どうせ私は単純です。口には出せないので心の中で毒づきました。

「少佐は急いでいるようだな、戦争が始まるのは間近だと見ているようだ」
「……」
「厳しい戦いになるかもしれん……。中尉、必ず戻って来いよ」
「……はい」

思わず身が引き締まりました。私が経験した戦争はアルレスハイムの会戦のみ……、あれは戦いと言えるようなものじゃありません。一方的にサイオキシン麻薬で混乱する敵を叩きのめしただけ。ヴァンフリートではそうはならない事は少佐の様子を見れば想像はつきます……。生きて戻れるかどうか……。

私達が出立するのは二月十五日です。後残り十一日……。



宇宙暦 794年 2月 6日  ハイネセン 統合作戦本部 アレックス・キャゼルヌ



「随分参っているようだな、キャゼルヌ」
「色んな所から責められています。あんなに物資を使ってどうするつもりだ、どうして貴官が部隊移動に口を出すのだと。実際閉店間際の在庫処分みたいなものですよ」

俺の言葉にシトレ本部長は軽く苦笑した。この狸親父、誰の所為で俺が苦労していると思っている……。

今回、ヴァレンシュタインの要求は最優先で叶えられている。一少佐の要求が最優先で叶えられる事など本来ありえない。その有り得ない事が起きている理由は全てを本部長命令として行なっているからだ。俺はその命令の伝達者だと周囲からは思われている。

「本部長には文句が言えませんからね、皆私に言うんです」
「そうか、御苦労だな、大佐」
今度は声を上げてシトレ本部長が笑った。全く気楽なもんだ。よく見ると本部長につられて笑っている人間が二人居る。

「楽しそうだな、ヤン、バグダッシュ少佐」
俺の言葉に二人がバツが悪そうに笑いを収めた。
「まあ、出来る部下を持つと色々と大変ですな、大佐」
バグダッシュ少佐が堪えられないというように笑い声を上げた。ヤンは笑いを噛み殺している。

こっちは笑い事じゃない、ヴァレンシュタインはヴァンフリートのセレブレッゼ中将に飛行場を造るように要請した。基地から離れた場所で数箇所造れと……。要請とは言っても俺はシトレ本部長の名を使っているのだ、事実上命令と言って良い。今頃セレブレッゼ中将は必死で飛行場を造っているだろう。

「バグダッシュ少佐、そっちはどうなんだ。遠征軍の艦隊編制、将官以上の地位にある人間のリストを要求されたのだろう?」
「うちは防諜課ですからね。その件については調査課に頼んであります」

暢気な声だ。表情にも緊張感は欠片もない、思わず皮肉が出た。
「大丈夫か? 信用できるのか、調査課は。連中、ヴァレンシュタインに良い感情は持っていないだろう」
「確かに良い感情は持っていません。しかし彼の実力は分かっている」
「……」

「情報と言うのはそれを扱う人間によってダイヤモンドにもなれば石ころにもなる。彼は帝国人です。我々などより遥かに帝国軍人に関しては詳しい。彼がその情報を今回の戦いの中でどう使うのか、皆それを知りたがっているんです。問題は有りません」

自信有りげなバグダッシュ少佐の声だった。シトレ本部長が満足そうに頷く。視線をヤンのほうに向けた。
「ヤン中佐、ヴァレンシュタインは今回の戦いがどうなると考えているか、分かるかね?」

シトレ本部長の問いかけにヤンは頭を掻きながら答えた。
「ヴァンフリート4=2へ送られた物資を見ると彼はヴァンフリート4=2で地上戦が発生すると見ているように思えます。しかし私と話した時、彼は帝国軍が基地の存在を知らない可能性が有る、その可能性が高いと見ていました」
「……矛盾するな、それは」

シトレ本部長の言葉に皆が頷いた。確かにそうだ、基地を知らなければヴァンフリート4=2で地上戦など発生しない……。皆の視線がヤンに集中した。それを受けてヤンが口を開いた。

「基地の存在を知らなければ帝国軍は同盟軍の撃破を目的とします。当然艦隊決戦が生じますが、少佐は混戦になり決着は着かないだろうと見ています。そしてその混戦の中で基地が帝国軍に発見されるのではないかと考えている……」

「なるほど……、基地が発見されれば当然だが攻略しようとするか……」
「問題はその時です、同盟軍は基地を守れるか、守ろうとするか、少佐はそれを危ぶんでいるように見えました」
シトレ本部長が考え込んでいる。それなりに思うところが有るのだろう。しかし、どうも俺にはよく分からない。

「総司令部が基地を守れと言えば済む話じゃないのか?」
俺の問いかけにヤンが首を振った。
「そう簡単には行かないと少佐は見ています。おそらく敵味方の艦隊が混じり合い統制など取れなくなると見ている、そうなれば基地は孤立する可能性が高い……」

部屋に沈黙が落ちた。
「……それで中佐を第五艦隊にという事ですか」
「そういうことだね、バグダッシュ少佐。基地を守る事を優先するようにということだ。だがそれだけではないかもしれない……」
「?」

皆が疑問の視線をヤンに向けた。
「もしかすると彼は別な事を考えているかもしれません」
「別な事とは」
シトレ本部長の問いかけに一瞬、ヤンは躊躇いを見せた。

「……例えばですが、基地を囮にしてヴァンフリート4=2で艦隊決戦を演出する……」
「!」
「混戦になり敵味方共が混乱している時、そんな時にヴァンフリート4=2に基地が有ると分かれば帝国軍は必ずヴァンフリート4=2に来ます。それを積極的に利用して同盟軍をヴァンフリート4=2に誘引する……」

「馬鹿な、基地を危険に晒すというのか?」
思わず声が震えた、だがヤンは動じていない、冷静な口調で話を続けた。
「危険ではありますが、宇宙艦隊の支援を受けられます。孤立するよりは良い……。彼が恐れているのは孤立して基地単独で帝国軍と戦う事でしょう」
「……」

部屋に沈黙が落ちた。皆が考え込んでいる。ヤンの考えが正しいとすればヴァレンシュタインは基地防衛だけではなく、ヴァンフリートの会戦そのものを自らコントロールしようとしている。

クスクスと笑い声が聞こえた。シトレ本部長が楽しそうに笑っている。
「楽しくなってきたな。ヴァレンシュタイン少佐がヴァンフリートの会戦を演出するか……。もしそうなら我々は益々彼を手放す事は出来ない、帝国に返すなどもっての外だ。そうだろう、バグダッシュ少佐」
「その通りです、本部長」

帝国に返す? どういうことだ? シトレ本部長とバグダッシュ少佐は笑みを浮かべている、ヤンは訝しげな表情だ。
「それはどういう意味です、本部長?」
俺の問いかけに本部長はニヤニヤと笑みを浮かべるだけで答えない。答えたのはバグダッシュ少佐だった。

「その通りの言葉ですよ、大佐。ヴァレンシュタイン少佐は帝国に帰りたがっている。そして帝国では彼を帰還させようと動いている人間が居るんです」
「……始めて聞く話だな、バグダッシュ少佐」
俺の皮肉にもバグダッシュ少佐は肩を竦めただけだった。可愛げのない奴だ。

「昨年のフェザーン出張、あの時ヴァレンシュタイン少佐は帝国高等弁務官主催のパーティに出ていますが、それで分かりました」
「ヴァレンシュタイン少佐は帝国と接触したのですか? バグダッシュ少佐」
訝しげに問いかけたのはヤンだ。スパイではないと思っていたのだろう。俺も同感だ、奴は本当はスパイなのか?

「いえ、接触したのはミハマ中尉です。彼女にナイトハルト・ミュラー中尉という帝国軍人が接触してきました。彼はヴァレンシュタイン少佐とは士官学校の同期生で親友だと説明し、ミハマ中尉にこう言ったそうです」
「……」

「“私は彼を守れなかった。だからあいつは亡命した、私に迷惑はかけられないといって”……そしてこうも言ったそうです。“アントンとギュンターが例の件を調べている。必ずお前を帝国に戻してやる”」

ヴァレンシュタインは亡命者だった。だが帝国に戻るという希望を持った亡命者だったということだろうか。ヤンが深刻な表情をしている。ヤンはヴァレンシュタインを危ぶんでいた。

亡命者らしくない、用兵家としての能力があるにもかかわらず、それを隠そうとする。そのくせ全てを見通しているかのような動きをする……。余りにもちぐはぐで何を考えているのかが分からない……。もしそれが帝国に戻るという希望を持った所為だとしたら……。

「我々はミュラー中尉を調べ、彼の言葉に有ったアントンとギュンターという人物に注目しました」
「分かったのか、彼らが何者か」
俺の問いかけにバグダッシュ少佐が頷いた。

「ミュラー中尉はヴァレンシュタイン少佐と士官学校で同期生です。となるとアントンとギュンターの二人も同期生の可能性が強い。浮かび上がったのは、アントン・フェルナー、ギュンター・キスリングの二人です」

「ギュンター・キスリングは憲兵隊に居ます。問題はアントン・フェルナーです。彼はブラウンシュバイク公に仕え、その側近として周囲から認められつつある」
「ブラウンシュバイク公……」
俺とヤンが同時に呟き、バグダッシュ少佐が“そう、ブラウンシュバイク公です”と言って頷いた。

ブラウンシュバイク公、オットー・フォン・ブラウンシュバイク、現皇帝フリードリヒ四世の娘と結婚し女婿として大きな影響力を持っている。フリードリヒ四世は後継者を決めていない、ブラウンシュバイク公の娘、エリザベートは皇帝の孫、次期皇帝の有力候補だ。

「ブラウンシュバイク公の影響力を持ってすれば、ヴァレンシュタイン少佐を呼び戻す事など簡単な筈です。ところが未だ少佐は同盟に居る……」
「おかしな話だな、他の誰かと間違っているんじゃないか?」

俺の言葉にバグダッシュ少佐は頷かなかった。首を横に振って話を続けた。
「此処で気になるのはミュラー中尉が言った“例の件を調べている”です」
「例の件……」

「調べがつかないのか、或いはブラウンシュバイク公も手出しできない程の大きな問題なのか……。少佐が戻れない事、そして亡命した真の原因は遺産相続などではない、その“例の件”が抱える秘密が原因なのではないか、情報部ではそう考えています……」

「馬鹿な、ブラウンシュバイク公も手出しできないだと? 亡命した時、彼は兵站統括部の一中尉だった。その“例の件”にどんな秘密が有るというのだ」
俺の言葉にバグダッシュ少佐は落ち着けと言う様に手を前に出した。

「キャゼルヌ大佐、ヴァレンシュタイン少佐は僅か一週間で同盟の極秘事項であるヴァンフリート4=2に気付いているんです。帝国でも何かに気付いた、そしてそれを快く思わない人物が居た……。有り得ない話ではありません」
「……」

重苦しい沈黙が部屋に落ちた。確かに有り得ない話ではない。兵站統括部で何かに気付いた、汚職か、あるいは横領か……。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、お前は一体何に気付いた? どんな秘密を抱えている?

「……まあそのくらいにしておけ」
シトレ本部長の低い声が沈黙を破った。ヤンは何処かでほっとしたような表情をしている。おそらくは俺も同様だろう。バグダッシュ少佐が首を一つ振って話し始めた。

「問題は彼が五年後、十年後に帝国に戻った時です、何が起きるか……」
「……同盟の事情に詳しい人間が帝国に戻るか」
「それだけではありません、彼は自分の帰還に尽力したブラウンシュバイク公の傍に戻る事になる。公の娘、エリザベートが女帝になれば彼は帝国の軍事活動に大きな影響力を持つ事になるでしょう。恐ろしくはありませんか? 大佐」
「……」

「彼は帝国には戻せない。彼が戻ろうとするなら殺さざるをえん……」
シトレ本部長が重い口調で呟いた。バグダッシュ少佐も無表情に頷く。
「だが殺すには惜しい人物だ。味方にしてこそ意味があるだろう。彼には帝国と戦ってもらう、補給担当将校ではなく用兵家としてだ。本当の意味で同盟人になってもらわなければならん……」

なるほど、そういうわけか……。シトレ本部長、そしてバグダッシュ少佐が何を考えているのかが分かった。彼を帝国と戦わせる、大きな功績を挙げれば帝国も彼を敵だと認識するだろう。彼は帝国に帰り辛くなる、そして帝国は彼を戻し辛くなる……。

そしてヴァレンシュタインはそれを理解している。だからあんなにも変わってしまった。彼の心を占めているのは絶望だろう……。

「ヴァレンシュタインが変わったのは、それが原因ですか……。帝国と戦う、帝国に帰れなくなる、だから……」
「……」
皆沈黙している。シトレ本部長、バグダッシュ少佐、そしてヤン……。皆無表情に沈黙している。

「哀れな……」
ヤンが首を振って呟いた。
「惨い事をしているとは理解している。しかし、彼がこの国で生きていくにはその道しかないのだ。彼はそれを理解しなければならん……。彼は我々を憎むだろう、嫌悪するかもしれん。だが、この先私は常に彼をバックアップしていくつもりだ、彼を孤立させるような事はしない。貴官らも覚えておいてくれ」

シトレ本部長の言葉に皆が頷いた。ヴァレンシュタイン、辛いだろうな、苦しいだろう。だが少なくとも此処に居る四人は貴官の味方だ。貴官はそう思わんかもしれん、しかし俺はそう思っている。

話を変えたほうが良いな……。
「しかし、フェザーンでそんな事が有ったとは……。ミハマ中尉が諜報活動を行うとは驚いたよ」
「彼女は報告しませんでしたよ、大佐」

バグダッシュ少佐の答えに俺は思わず少佐の顔を見た。ヤンも驚いて少佐を見ている。そしてバグダッシュ少佐はおかしそうに笑みを浮かべている。バグダッシュ少佐、今なんと言った? 報告しなかった? 彼女は監視役だぞ、何を言っているのか分かっているのか?


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧