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ことりちゃん、付き合ってください(血涙)

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No.2:夢の中でもフラれております。

 特別誰かを招いているわけでもない、我が騒がしき性格とは正反対のこじんまりとした自室にて、

「うっはぁぁぁぁぁっ、マジすかあっ!」

 快活に弾むスーパーボールでも引いてしまうような勢いで激しく歓喜する男がいた。

 ええ、オレでございます。ちなみに『うっはぁぁぁぁっ、マジすかあっ!』と言ったのも今ので4回目。

 気が狂ったのではない、至って正常だ。なのにオレが異常なまでに狂喜乱舞しているのは、単にそうなるほど素晴らしい幸運が舞い込んできたから他ならない。




 これ以上ない喜びと感動に浸るまま、オレはタンスの引き出しを引っ張った。


 ――ことりちゃんに玉砕し続けてきた昨日までのオレよ、喜ぶがいい。奇跡が到来した。願望のうちのひとつが叶ったんだ。

 
 今日、あのことりちゃんとデートすることになった! ダメ元で誘ってみたら受諾してくれた! しかも嫌そうな顔ひとつせずに……だッッ!


「うわあああやったぜえええええっ!!」

 オレはまだまだ喜び足りず、室内で雄叫びをあげまくった。

「こらーっ!! いい加減にしなさい、このバカ息子がっ!」
「うげあぁーっ!?」

 オレの騒ぎに堪忍袋の緒を切らしたマザーに、後ろから鉄拳(げんこつ)を喰らうまでは。







 そこからのスピードは雷の如しだったとも。全力のコーディネートをし、洗面所で歯を丹念に磨いた後に髪を最高のクオリティでキメて、待ち合わせ場所である秋葉原の駅前に集合3時間前に辿り着いた。

「ふふふふふっ……抜かりなしよおっ!」

 おてんと様はちょっと雲があるけれどもほぼ快晴、肌に照り付ける日光はやけに暖かいがかえって気持ちいい。

 ことりちゃんへのラブパワーがあればオレに不可能はない。ましてやことりちゃんとの関係に進展のチャンスがある、その時点でオレのエネルギーは満タン以上にたぎる――。


 気合いをまんま形にしてなぞるようなつもりで、固めた握り拳を天に力いっぱいに掲げてみる。と、同時に周囲を行き交う人々が吹き出すのが聞こえたが、正直言って全く気にならない。オレはさしずめ絶好調っぽい。

 いける、かもしれない。これまでは殆どの告白で脈もへったくれもなかったが……今日はひょっとしたら、可能性があるんじゃないか?

 胸が既にドクン、ドクンと早鐘を打っている。やりすぎて燃え尽きないように、そこをちょびっとだけ自制しながら――オレは来るべき時に備え、姿勢を崩さずに立ち続けるのだった。








「やべ……きっつい」

 2時間半経過、午前10時。ことりちゃんと待ち合わせまで残り30分。オレは付近にあったベンチにへたれこんだ。

 ちくしょう、甘かった。いくらことりちゃんへのラブパワーがあれど、まるごと3時間キリッとしたまま待つのには無理があった。筋力や精神力が足りない。突き詰めると頑張ればいけなくもないが、それでデートに差し支えるのは嫌だ。

 体も汗ばんできた。上空の太陽は容赦がない、段々と熱線の威力を上げてきている。30℃は軽く超えていそうだ。

 ――あれ、奇妙だな。

 ここでオレはふっと、どうにもおかしいと気付いて首を捻る。確か今日は4月3日だ。ならば何故、こんなに暑いのか。地球温暖化だから――なんて程度では流石に説明がつかない。考えるより行動する派のオレだが、こればかりは考えざるを得なかった。

 と、オレが熟考しかかっていたところに突然――

「おはよう、ゆーくん」

 ――(とろ)けるような甘いボイスが頭の中を突き抜けてきた。

「ん――ふわあっ!?」

 驚いてその方を見上げると、眼前にはことりちゃんの姿が。

「ごめんね、待った?」

 刹那ではあるが、ぞくっと戦慄が走った。全くこっちにやって来る気配がなかったのに、ことりちゃんがオレからすぐ正面の位置に陣取っていたからだ。

 ことりちゃんといえばもっとこう、パタパタと駆けて向かってきそうなイメージがあったのだが……とんでもなかった。現れ方が下手をすれば暗殺者さながらだ。

「ぜ、全然。つい……35秒ほど前にっ、来たところだよ。へへっ……こ、ことりちゃん、30分も前に来てれるなんて感激だぜ」

 動揺したせいか、喉を通って出たオレの返答は噛み噛みでかつ掠れていた。

「ふふっ、よかったぁ……でも、ゆーくんこそ早いね。ことりも嬉しいっ」

 ことりちゃんは安心したというふうに胸を撫で下ろし、照れくさそうに微笑んだ。

 やっぱりそれは、いつもと変わらないことりちゃんだった。彼女が着てきた私服も相変わらずセンスが高く、よく似合っている。


 ――そうだ、落ち着けよオレ。待ち合わせの仕方が少々ばかり予想の範疇外だっただけだろうが。何かがおかしいなんて思うのは、きっと気のせいなんだ。

「あは、あはは……」

 だが、余裕を取り繕って立ち上がった時だった。

「じゃあことりちゃん、行こうか」

 近くで男の声がしたのだ。それは当然オレが発したものではない。

「え?」

 困惑して辺りを確認するも、そいつは単純に目の前にいた。他でもない、ことりちゃんの隣にである。横から射し込む太陽光のせいで顔はハッキリとは認識できないが、彼女より頭1つ分程高い――ちょうどオレぐらいの身長(タッパ)を持つ男。結婚式で着るようなタキシードを身に纏っている。

 驚くことはもう1つあった。なんと、ことりちゃんの服装が変化していたのだ。私服だったのがウェディングドレスになっていた。しかも表情も妙、いつの間にか色のない虚ろなものに染まっている。

 おかしな状況を呑み込めずにいると、ことりちゃんが突如口を開いた。

「さようなら」
「あ……」

 全くわけがわからないが、今彼女を止めないといけない気がした。

「い、行かないでくれ」

 オレは混乱を辛うじて振り切って手を伸ばす。しかしそれは男によって掴まれ、遮られた。

「オレのことりちゃんに触るな」

 ここで男の顔が見えた。そしてオレは息を呑む。

 真っ直ぐオレに敵対し、ことりちゃんをどこかに連れていこうしている男――――そいつはオレそのものだった。

「な、なんで」
「お前じゃ、ことりを幸せにはできない。お前は偽者なのさ」

 おそらく青ざめているであろうオレを無視し、(オレ)は冷ややかな口調で一方的に告げる。さらにことりちゃんが奴の腕に抱き付き、

「そう、あなたは偽者。本当のゆーくんは(こっち)

 聞いて、熱湯を浴びせられたかのような頭痛が襲ってきた。ここにいちゃいけない、そういう直感もした。

「う、うわあああああっ!」

 それは言うまでもなく恐怖、オレは脇目もふらず走り出した。このままじゃ何かが壊れてしまいそうで。

 ――嘘だ、オレが偽者だなんて嘘だ。

 人混みを掻き分け、様々な店が並ぶ街中を駆けていく。しだいに呼吸が荒くなっていく。

「はぁ……っ」

 暫くしてから足を動かし続けながらも後ろを振り向いてみると、二人は追いかけてきていなかった。オレは安堵し、汗を拭う。

 が、まだだった。

 今度は穂乃果や海未、親とか知り合いなどが一斉にオレの周囲に出現したのだ。さっきのことりちゃんみたく、何の前触れもなく。

 皆は間髪入れず、こう言った。


「お前はことりを幸せにはできない」



――――――――

――――

――




「はぁっ……はぁっ……」

 気が付くとオレはベッドの中にいた。視界には茜色に侵された天井、なるほど今は夕方らしい。とはいえ、どうしてオレはこんな時間から眠っているのだろうか。

 ちょっと思案して、すぐに経緯を理解した。そういえば昨日の夜から風邪で寝込んでいたのだった。

「ひでぇ悪夢だった……」

 溜め息をつき、風邪特有の倦怠感に逆ってゆっくりと体を起こす。あんなものを見てしまったんだ、とても二度寝する気分にはなれない。あと、我ながららしくないけれども思ってしまった。夢でさえもあのザマなのだから――ことりちゃんのことはこの際すっぱり諦めた方がいいかもしれない、と。

 暫くぼうっとしていたら、ドアがノックする音が聞こえてきた。誰だ、マザーか?空元気さえ湧いてこないが、とりあえず応答する。

「どうぞー」
「お邪魔しまーす……」
「うおっ!?」

 オレは衝撃でひっくり返りかけた。というのも、自室に顔を出したのは――たくさんの果物が入ったかごを持った、ことりちゃんだったのだ。

「風邪、引いちゃったんだってね」

 心配そうにこっちへ歩み寄ってくることりちゃん。なんということだろう、これこそ夢なのではないだろうか。

「お見舞いに来てくれたの……!?」
「うん、調子はどう?」
「快調だよ! ことりちゃんが来てくれたおかげで!!」

 ――イイ、すごくイイ。前々からそうだけどことりちゃん最高だぜ!

 その日、ことりちゃんはいつも以上に優しかった。りんごを剥いてくれた。おまけに食べさせてくれた、俗にいう「あーん」だ。告白はなおも失敗したが。


 結局、オレの萎みそうだった恋心はあっさりと元の活気を取り戻したのだった。

 
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