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FAIRY TAIL ―Memory Jewel―

作者:紺碧の海
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第1章 薔薇の女帝編
  S t o r y 1 1 ルギアル・シークティウス

 
前書き
皆さんこんにちは〜!……覚えていらっしゃいますか?…いえ、覚えていなくても結構です!なので一応名乗っておきます!更新速度が亀並の作者、紺碧の海でございます!

大変長らくお待たせいたしました!今回はいよいよ薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)編最終回でごさいます!グレイとエメラ、エルザとバンリは勝つことができるのか!?そして彼等はウェンディとシャルルとイブキの3人を助けることができるのか!?そして新キャラ登場です!そのキャラはなんと、評議員!?

※久しぶりすぎる更新ですので、誤字駄文が多発していると思います。

それでは、S t o r y 11・・・スタート! 

 
―闇ギルド 薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の地下牢屋―

「オラァ!」

破壊の鬼―――フラジールの拳をイブキは容赦なくモカに向けて振るう。モカは軽い身のこなしでそれを避ける。

「天竜の砕牙ッ!」

避けた先で待ち構えていたウェンディが風を纏った拳を振るう。が、これもモカは軽い身のこなしで避けた。

「チッ!ちょこまかちょこまかと避けやがって……!」
「へっへーん!鬼さーんこっちら!手ーの鳴ーる方ーへ!キャハハ!」

悔しそうに舌打ちをするイブキを見て、モカは小さな手を叩いて鳴らす。それを見てイブキは「チッッ!」とさっきよりも苛立ちを込めた舌打ちをした。

「ウェンディ!援護頼む!」
「はい!」

ウェンディに援護を頼むと同時にイブキは床を小さく蹴り駆け出し、鋭く尖った黒い爪と鋼色の皮膚で覆われた右手に紫色の光をを纏う。
ウェンディは両手を頭上に掲げると、

「天を駆ける瞬足なる風を、天を切り裂く剛腕なる力を……バーニア!アームズ!」

速度(スピード)強化の魔法と攻撃力強化の魔法をイブキにかけた。
ウェンディの援護のお陰で、イブキは風の速さでモカに向かって駆けていく。

「吹っ飛べエェッ!」

そして攻撃力が強化された拳を力一杯振りかざした。
ドゴオオオオオン!と爆音が轟いた。部屋中の埃が舞い上がり、視界を覆う。

「ケホッ…イ、イブキ…さん……?」
「ケホッ、ケホッ……や、やったの、かしら?」

咳き込みながらウェンディとシャルルは埃の中に目を凝らす。埃の中、徐々に浮かび上がっていく影が2つ―――――。

「なっ…!?」

一つはイブキ。拳を振りかざした時の体勢のまま、オッドアイの目を見開いて硬直している。そしてもう一つは―――――

「ざ~んね~んで~した~♪」

小さな両手を重ねるように胸の前で広げて、そこからたった今蕾が開いたかのように黄色い薔薇が咲き誇っており、イブキの拳を受け止めていた。

「お花に悪いことする人は、モカが許さないからね!えいっ!」
「お、うわっ!」

掌に咲いた黄色い薔薇をイブキの拳ごと放り投げると、モカの足下に黄色い薔薇のような魔法陣が浮かび上がる。

「さぁお花さんたち!モカと一緒にここにいるあなた達のことを傷つける悪い妖精さんをやっけよう!」

高らかに叫んだモカの言葉に反応するかのように、展開した魔法陣から棘のある鮮やかな緑色の茎がウェンディ達に向かって伸び始めた。

「キャアアアア!」
「うわっ!キモッ!なんだコレ!?」
「ウェンディ避けて!」

しつこく伸び続け、しつこく追いかけてくる茎から2人と1匹は必死に逃げる。が、ここで地下牢屋であるため逃げる範囲が限られている為部屋中に伸びた茎が逃げる道をどんどん塞いでいく。

「あ、キャッ!」
「ウェンディ!」

あろうことか、ウェンディが茎につまづいてその場に転んでしまった。起き上がる暇もなく、すぐ後ろに棘の生えた茎がウェンディの細い右足首を絡めとり、すぐさま左足首も絡めとると、ウェンディを持ち上げるように茎がどんどん天井に向かって伸び始めた。そしてあっという間に両腕と胴体も絡めとられてしまった。

「まずひっとり~♪」
「ウェンディ!」

モカが嬉しそうに体を揺すり、シャルルが腕を伸ばして叫ぶ。

「くそッ!あのバカッ!」
「え?ちょ、イブキ!そんなに近づいたらアンタまで……!」
「イブキさん!来ちゃダメです!」

悔しそうに顔を歪め、唇を噛み締めながらイブキはウェンディに向かって駆け出した。シャルルとウェンディが止めようとしたが、その声も一切耳に入っていないようだ。
そしてウェンディを絡めとっている茎の真下にまで来ると、イブキはその場を小さく蹴り、高く跳躍した。それと同時に、イブキの姿は、黄土色の角も鋼色をした皮膚もボロボロの黒衣も無く、代わりに鋭く尖った紅い角とゴツゴツした紅色の皮膚をした鬼の姿に変わっていた。

「な…何、アレ……」

突如現した謎の紅色の鬼の姿にモカは困惑する。それに見向きもせずに紅色の鬼―――イブキは片手でウェンディの右手首を絡めとっている茎を掴むと、その茎をウェンディの細い右手首ごと燃やした。

「ヒッ!」
「安心しろ。炎の鬼―――イグニスの炎は俺が“敵”や“危険物”だって認識したものしか燃やさねェよ。だから、お前の身体は燃えるどころか熱さも感じねェよ。」
「え……?あ、ホントだ。」

熱さに目をギュッ!とつぶったウェンディはイブキの言葉に恐る恐る目を開けると、確かに燃えているのは自身の身体を絡めとっていた太い茎だけで、自分は熱さも感じず服も燃えていない。「ギイイイギャアアアアア……」と悲鳴のような音を出しながら茎は全て燃え尽き灰と化した。そしてモカの足下に展開された魔法陣が消えるのと同時にそれ等も全て消えた。
身体を支えるものが無くなったことで、重力に倣い落下しようとするウェンディの身体をイブキがゴツゴツした紅色の皮膚で覆われたたくましい腕で抱きとめ、床にそっと下ろす。

「ウェンディ!」
「シャルル!」

解放されたウェンディの胸にシャルルが飛び込み、ウェンディがしっかりとその小さな白い体を抱き締める。

「ウェンディ無事?怪我は?」
「大丈夫。なんともないよ。」
「ホント?よかったぁ……」

心配そうに見つめるシャルルにウェンディは優しく笑いかけると、ホッとしたのかシャルルは安堵のため息を吐いた。

「さーて……おいチビっ()。大人しく白旗振って、そろそろ終わりにしようぜ。」
「ぅ…ぁ、う……」

まだ困惑しているモカに向かって、イブキは指や首の関節をバキッと鳴らしながら言う。暗い地下牢屋に咲く、1本の小さく儚い黄色い薔薇を見つめる紫と赤のオッドアイは、今すぐにでもその薔薇を刈り取ってしまうほど鋭い光を帯びていた。イブキの眼光の鋭さにビクッと肩を震わせながらも、モカはギュッと固く目をつぶり叫んだ。

「モ、モカはまだ、負けてないもん!悪い妖精を倒して、皆に褒めてもらうんだもん!」

そう叫ぶと、モカは右腕をなぎ払うように振るって魔法陣を展開させ、先の尖った葉や枝、さっきよりも太い茎を出現させ攻撃を仕かける。が、モカの攻撃は虚しく、イブキが両腕を広げたのと同時に炎が噴き出し、あっという間に植物は燃え尽きてしまった。そして炎は地下牢屋全体に広がりはじめる。

「あ……熱い……」

イブキが“敵”や“危険物”と認識したものだけを焼き尽くす炎の熱さはモカしか感じないため、ウェンディとシャルルは平然としている。

「往生際の悪いガキだな。植物は炎の前では成す術もない。それどころか、風を魔法を使うウェンディがいればこの炎は更に威力を増す。炎と風の相性はバツグンだからな。しかも、この炎は特殊だから、俺が認識したものだけを焼き尽くす。つまり……お前等薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)はこの屋敷ごと全員焼け死ぬぞ。」
「う、ひっく……ぅ、うぅ………」

イブキは正論を次々と述べていく。モカは遂に泣き出した。

「あ、あのイブキさん……さすがにちょっと言いすぎじゃ」
「ア?お前、いくらコイツが自分より年下でチビっ()だからって優しすぎだろ。俺達はコイツに石にされて変なところに売り飛ばされるトコだったんだぞ。」
「た、確かにそうですけど……ほ、ほら!結局は私達の勝ちですし!ね?」
「それに、アンタ小さい子相手にムキになりすぎよ。」
「うっせーーーーー!チビっ()だろうがなんだろうが俺達の敵なんだよコイツは!」

ウェンディが宥め、シャルルの言葉にイブキは声を荒げる。空を見てウェンディは面白可笑しそうに小さく吹いた。

「……ったく、しゃーねェな。ウェンディとシャルルに感謝しろよ。」
「……モカはまだ負けてないのに」
「メンドくさいガキだな。ささっと行くぞ。」

頭を掻きながらイブキは部屋中を覆い尽くしていた炎を消した。そしてモカの首根っこを掴んで持ち上げると背中に背負う。

「わっ!ちょ、何するのー!下ろしてーーー!」
「喚くな。エルザ達と合流したら、お前の仲間と一緒に評議員の堅物達に突き出してやる。それまでに抵抗したりすると、今度こそお前のこと燃やしてやるからな。」
「ヒッ……!」

駄々をこねるモカに向かって、イブキは鋭く尖った牙を覗かせながら舌舐めずりして言う。すっかり怖気付いてしまったモカは再び目に涙を浮かべた。

「アンタ、どっちかって言うと鬼より悪魔ね。」
「うっせーーーーー!」
「まぁまぁイブキさん.落ち着いてください。シャルルもダメだよそんなこと言ったら。」
「ふん。」

シャルルの言葉にイブキは再び声を荒げ、それをまたウェンディが宥める。

「ナツさん達、大丈夫かな?」
「そんなに心配する必要もないと思うわよ。でも、助けに来てくれているならちょっと来るのが遅いかもしれないわね。」

地下牢屋を出て、上へと繋がる道を探しながらウェンディとシャルルは言葉を交わす。

「ウェンディ、万が一の時のために魔力は温存しとけよ。」
「え?でも、イブキさん一人じゃ……」

治癒魔法が使えるウェンディを気遣うイブキだが、相手は闇ギルド総員だ。さすがのイブキ1人では危ないと思ったウェンディの言葉を遮るように、イブキは口を開いた。



「“敵”だけを屋敷ごと焼き尽くすだけだ。―――――俺は絶対、仲間を守る。」



ドガガアアアアアアアアアアン!とどこかで爆発音が轟いた。振動が地下牢屋にまで届く。

「キャアア!」
「な、何!?今の音!?」
「うわああ!怖いよーーー!皆助けてーーー!」

ウェンディとモカが悲鳴を上げ、シャルルが驚嘆の声を上げる。

「とにかく、急いで出るぞ!地下にいたら崩れた時に俺達ぺっしゃんこだ!」

ウェンディはしっかりとシャルルを抱き直し、イブキはモカを背負い直すと、二人は走り出した。





―2番通路―

「さぁ!かわいいかわいい私のクロンちゃん!たーんと召し上がれ!」
魔物(モンスター)達、手加減無用でお願いします!」
「ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ォ゛……!」
「ガー!ガー!ガー!」

マリーナとエミリアの指示で、巨大化したクロンと幻影の魔物(モンスター)達が一斉にグレイとエメラに向かって突進してきた。
グレイは両手のに冷気を溜め構え、エメラは両手に水を纏うと、

「アイスメイク、槍騎兵(ランス)ッ!」
青玉の銃弾(サファイア・ブレード)ッ!」

一斉に放たれた無数の氷の槍と水の銃弾がエミリアの魔物(モンスター)達に攻撃する。が、槍と銃弾は魔物(モンスター)達の体をすり抜けてしまった。

「くそっ。やっぱり幻影に物理攻撃は効かねェか。」
「だったら……グレイ、目つぶってて」
「え?」

苦虫を潰したように言うグレイの横で、エメラが青玉(サファイア)を外し、代わりに取り出した黄玉(トパーズ)を腕輪にはめ両手を魔物(モンスター)達に向けて前に突き出すと、

黄玉の輝き(ブリリアント・トパーズ)ッ!」

エメラが叫んだのと同時に、エメラの掌から眩しすぎるほどの光が溢れ出した。

「うおっ!」
「な、何ですか…この光は……!?」
「ま、眩しい……」
「ロ゛ロ゛ロ゛ォ゛……」

エメラの傍にいたグレイはもちろん、マリーナもエミリアも思わず目を覆った。クロンでさえ、若干苦しそうに呻き声を上げる。

「ガー…ガー…ガー…」

そして幻影の魔物(モンスター)達は機械音のような声を上げながら、あまりの眩しさにシュバッと次々と消えていった。

「あぁ!私の幻影曲馬団(イリュージョンサーカス)が……!」

エミリアは形のいい眉を八の字にし、両手を頬に当て嘆きの声を上げた。

「あとは……コイツ、だな。」
「グレイ、どうする?」

グレイとエメラは遥か頭上にあるクロンの大きな口を睨みつけた。よっぽどお腹が空いているのか、時々クロンのお腹辺りから「グオオオォォォ……」という腹の虫がなく音が聞こえ、鋭い歯が生え揃ったクロンの大きな口の間から半透明の涎が垂れていた。

「あらあら。クロンったら相当お腹が空いているのね。あなた達さえ宜しければ、この子の餌にーーー」
「なる訳ねーだろっ!氷雪砲(アイスキャノン)ッ!」
黄玉の光線(トパーズ・ビーム)ッ!」

マリーナの冗談で言っているのか本気で言っているのか分からない言葉を断りながら、グレイが造形した氷の大砲から氷の砲弾を撃ち、エメラが掌に展開した魔法陣から一筋の光線を放つ。2人の攻撃はクロンのお腹をに直撃したが、傷一つつかず、それどころか全然効いていないようだ。

「クッソ!これじゃあ埒があかねェじゃねーか。」
「どうしたら……」

グレイは苛立ちで床を蹴り、エメラは困惑の表情を浮かべる。そんな二人の様子をマリーナはさぞ愉快愉快という風に、微笑んでいた。

「マスター、そろそろ王手(チェックメイト)にしてはどうでしょう?このまま彼等を野放しにしておくと、いつ小さな羽で森の奥に飛び去っていってしまうか分かりませんから。一刻も早く、あなた様の可憐な黒薔薇の棘で刺し殺した方がよろしいかと。」
「そうねぇ。クロンもお腹を空かしているし、次の商売の準備もあるし……」

エミリアの言葉に頷いたマリーナは不敵に口元を吊り上げた。

「クロン!お遊びは終わりにしましょう!思う存分食べてしまいなさい!」
「ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ォ゛!」

主人であるマリーナに忠実なクロンは、マリーナの言葉に嬉しそう叫び、そしてその巨体に似合った今までのゆっくりとした動きはなんだったのかと疑うくらいのとても速い動きで、牙を剥き出しにしながらグレイとエメラに突進してきた。

「え、う、うわぁ!」
「あっ……ぶねー……」

意表を突かれたグレイとエメラは慌ててかわす。そしてクロンは突進してくるだけでなく、太くて大きい鋭く尖った爪の生えた腕も2人に向かって振り下ろす。

「は、速い……!」
「さっきまでのコイツはなんだったんだよ!?」

右に、左に、上から、下から、斜めから振り下ろされるクロンの腕を2人はかわし続ける。
激しく腕を振り続けていたクロンの口から涎が1滴床にこぼれ落ちた。すると、涎がこぼれた床がジュウウウウウ……と音を立てて固まる前のセメントのようにドロドロに溶けてしまった。

「ヒィ……ッ!」
「な、何だよ、コレ……」
「あら?言ってませんでしたか?」

溶けた床を見て小さく悲鳴を上げるエメラと、目を見開いたグレイを見て、マリーナはわざとらしく首を傾げて説明をする。

「クロンは生物を食することで命を行き繋いでいく魔物(モンスター)―――ライバーの中で特殊な性質を持っているんです。その性質が、ありとあらゆるものを溶かすことができる涎を持っていること。クロンは生物を食する時、いつもその涎で溶かしてから食べるんです。」
「つまり、俺達のこともドロドロに溶かしてから食べる、ってか?とんだ魔物(モンスター)に出会っちまったな。」

マリーナの言葉を聞いて、グレイの額を冷や汗が伝った。

「あの涎に当たってしまえば、妖精なんて原型を止める事なくドロドロになってしまいますね、マスター。」
「そうね。でも、それを残さず綺麗に且つ美味しそうに食べるクロンちゃん……本当にかわいいわね〜。」
「あなたドコに美点を感じてるの!?」

エミリアの残酷な言葉にマリーナは大きく頷き、餌を食べている時のクロンを想像したのか頬を紅潮させているマリーナにエメラがツッコミを入れた。

(とにかく、早くなんとかしないと……!)


クロンの攻撃をかわしながら、エメラは腕輪から黄玉(トパーズ)を取り外し、代わりに紅玉(ルビー)を窪みにはめ、クロンの背後に周り込むと、

紅玉の大噴火(ルビー・デフェール)ッ!」

クロンの足下から紅玉(ルビー)の輝きの如く鮮やかに燃える炎が噴き出した。クロンの巨体を焼き尽くす。

「……ッ!」

だが、どんなに炎の威力を強めてもクロンの体が焼き尽くことはなかった。それどころか、クロンは炎の中でも平然としている。これだと、クロンが焼き尽くされるより前に、エメラの魔力が限界になるのが先だ。

「避けろエメラァ!」
「キャアアアアアッ!」

グレイが叫んだが、エメラはかわす暇も無く振り下ろされたクロンの腕が直撃し、身体が部屋の反対側の壁に叩きつけられた。ガラッと音を立てて壁が崩れ、ボロボロのエメラの身体が床に落下する。

「…うっ……くっ……!」

エメラは激痛に顔を歪める。その間にも、クロンはこっちに向かって突進してきた。エメラは起き上がろうとするが、身体が言うことを聞いてくれない。
クロンがエメラの顔を覗き込むのと同時に、口の間から半透明の涎がこぼれ落ちた。エメラがギュッ!と固く目を閉じたその時だった。

「アイスメイク、大鎌(デスサイズ)ッ!」

エメラに涎が降りかかる間一髪のところで、グレイがエメラとクロンの間に割って入り、氷の大鎌で涎を切り裂いた。涎は壁に飛び散り、氷の大鎌と壁がドロドロに溶けた。

「アイスメイク、大槌兵(ハンマー)ッ!」
「ロ゛ォ゛!」

透かさずグレイはクロンの頭上に氷の大槌兵(ハンマー)を振り下ろして一時的にだがクロンの動きを止めると、エメラを抱き抱え、クロンから距離をとった。

「おいエメラ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……。ちょっと、痛めた、だけ…だから……いッ!」
「それのどこが“ちょっと”なんだよ、ったく……。」

少し腕を動かしただけで痛みで顔を歪めるエメラを見て、グレイが呆れたように息を吐いた。そしてエメラの身体を負担がかからないように再び抱き上げ、壁に寄りかからせた。

「あとは俺に任せて、お前は休んでろ。」
「で、でも……」
「無理して動かしたら、余計に悪化するだけだろ?ちゃんとあの魔物(モンスター)とアイツ等を倒してやっから。な?」

エメラの頭にポンっと手を置いて、小さい子に言い聞かせるようにグレイは言葉を紡いだ。

「……無理は、しないで。」
「お前に言われたかねーよ。」

恥ずかしさか何かで頬を若干赤らめながらエメラは頷き、エメラの言葉に鼻で笑いながらグレイは両手に冷気を纏った。

氷欠泉(アイスゲイザー)ッ!」
「ロ゛ロ゛ォ゛!」

冷気を纏った両手を床に叩きつけ、クロンの足下から氷を噴出させる。

「ロ゛ォ゛!」
「!……っぶねぇ。」

勢い任せに口から吐き出して涎をグレイは屈んで避ける。

「アイスメイク、戦斧(バトルアックス)ッ!」

氷の斧を造形し、勢いよく振るうが全然効果無し。

「くそっ!何で効かねェんだよ!?」
「ロ゛ロ゛ロ゛ォ゛!」
「おわっ!」

グレイの攻撃が全然効かない中、クロンはどんなものでも溶かしてしまう涎と自身の巨体を利用して戦ってくる。圧倒的にこちらの方が不利なのは目に見えている事実だ。

(このままじゃマズい……けど何か、コイツにも何か弱点があるはずた……!)

振り下ろされる腕と降りかかる涎をかわしながらグレイは頭をフル回転させる。そして、モミジ山での討伐依頼に皆で行った時に、とある男の言葉を思い出した。

『アイツの体は危害から身を守るために攻撃やものを跳ね返す、特殊な液体で覆われているんだ。だが、その液体は頭にだけ覆われていない。攻撃するなら頭だけを狙え。』

モミジ山で遭遇したアシッドロンという魔物(モンスター)を倒すために、コイツが生物図鑑を読んでいたことで難を逃れたことがあった。

(もし、コイツもあん時の魔物(モンスター)と似た種類ならば、やってみる価値は―――ある!)

グレイは口角を吊り上げて、両手に冷気を溜める。

「目つきが変わりましたね。」
「何かに気づいたのかしら?クロン、急いで食べてしまいなさい。」
「ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ォ゛!」

エミリアの小さな忠告を聞いたマリーナはすぐさまクロンに指示をする。主人に忠実なクロンはその巨体でグレイに向かって突進していく。グレイはそれを待っていたかのように、同時に冷気を溜めた両手を床に叩きつけた。

「アイスメイク、(フロア)ッ!」

グレイの両手から広がっていくようにどんどん床が凍りついていく。そんなことも知らずにグレイに向かって突進してくるクロンはグレイの望んだ通りに凍った床で足を滑らせ、スドドオオォン……という凄まじい音を立てながらその場に転倒した。
そしてグレイは凍った床の上を華麗に滑り、クロンの腕を踏み台にしてクロンの頭上まで跳ぶと、氷の剣を造形しクロンの頭に振りかざした。

氷聖剣(コールドエクスカリバー)ッ!」
「ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ッ!」

グレイの予想は的中した通り、クロンも弱点が頭だったらしく、攻撃を食らったのと同時に体が掌ぐらいの大きさになり、その場で目を回してしまった。グレイはそれを拾い上げ、青い顔をして突っ立っている黒薔薇とピンク色の薔薇の女の方を向き口角を吊り上げた。

「もう逃げ場はねーぜ。さっさと俺達の仲間の居場所を教えろよ。」
騎士の幻影(ナイト・オブ・ザ・イリュージョン)ッ!」
「!?」

グレイを取り囲むように、銀色の甲冑を身につけた無数の騎士が銀色の剣切っ先をグレイに向けていた。

「まだ私もマスターも戦闘不能になっていません。このであなた達を殺せば全て無かったことになります。騎士(ナイト)達よ、目の前にいる敵を駆逐してください!」

エミリアの指示をにより、騎士(ナイト)達が一斉に剣を振りかざした。幻影である彼等に攻撃が効かないことは既に検証済みだ。なので、

黄玉の輝き(ブリリアント・トパーズ)ッ!」

いつの間にかグレイの背後でエメラが黄玉(トパーズ)をはめた腕輪をした両手を前に突き出して、幻影の彼等を一掃した。

「エメラ、休んでろって」
「これくらいなら全然平気だよ。」
「……助かった。サンキューな。」
「私こそ。ありがとう、グレイ。」

ニコッと嬉しそうに微笑むエメラを見て再び頰が熱くなるのを感じながらも、グレイは極寒の冷気を両手に纏った。そして目の前で哀れに咲く黒薔薇とピンク色の薔薇を睨みつけた。

「ッ!」
「クロン!起き上がりなさい!」

エミリアがグレイの眼光の鋭さにビクッと肩を震わせ、マリーナが上ずった声でクロンに指示を出すが、クロンは気絶しているのか起き上がる気配も見せない。

「そんな……!」

エミリアとマリーナに向かってグレイは一歩一歩ゆっくりと近づいていく。

「俺達の仲間に手を出したこと、傷つけたことを後悔しやがれ!」

冷気を纏った両手を床に思いっきり叩きつけた。

「アイスメイク、戦神槍(グングニル)ッ!」
「キャアアアアアアッ!」
「あああああああああああああッ!」

先端が槍のように鋭く尖った氷がマリーナとエミリアの足下の床を突き破ってせり上がり、マリーナとエミリアの身体を巻き込みながら上に上昇していく。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

パキイィィィン!と音を立てながら氷が砕け、マリーナとエミリアの身体が床に叩きつけられた。

「…ぅ……くぅっ……」

マリーナは苦しそうに呻きながら立ち上がろうとするが、気を失ったエミリアの身体が自分の身体の上に乗っかっており起き上がることができない。エミリアの身体をよければいいのだが、それができるほどの力を今のマリーナは持っていなかった。

「俺達の仲間はドコだ。」

今にも気を失いそうなマリーナにグレイが問いかける。
絶対に答えないと思っていたのに、マリーナは微かに不敵に微笑みながらその場所を口にした。

「地下、牢屋よ。…そこに、捕らえているわ。」
「地下牢屋?へぇ、予想以上にでけェんだな、お前等の屋敷。」

場所を聞き出したグレイはなんとか立っている、という状態のエメラのところまで歩き出す。そのグレイの背中に向かって、マリーナは呟いた。

「私の忠実な部下が、あなた達を倒す……妖精は、地に…堕ちる、運命(さだめ)……」

そう言い残してマリーナは気を失った。
マリーナの呟きに気づかないまま、エメラを背中に背負ったグレイは地下牢屋に続く道を探すために歩き出す。

「あ、あのグレイ?私、歩けるんだけど……」
「ンな状態で歩いたら怪我が余計に悪化しちまうだろ。早くウェンディを見つけて治してもらわねェとな。」
「シャルルとイブキもね。」

そんな会話を会話をかわしていたその時だった。
ドガガアアアアアアアアアアン!とどこがで爆音が響いた。振動で床が揺れる。

「爆発だと!?」
「まさか、ウェンディ達がいる地下牢屋じゃないよね……?」
「!……しっかりつかまってろ。走るぞ!」
「うん!」

エメラがグレイの肩をつかむ自分の掌のちからを強め、グレイがエメラを背負い直すと、爆音がした方へ向かって走り出した。





―4番通路―

バンリとアイム、2人の間に沈黙が駆け抜ける。エルザはバンリを後ろで見守ることしかできないことがとても歯痒く感じているが、頭脳戦ではバンリに任せるしかほかなかった。今回ばかりは仕方がない。

「それでは、(わたくし)からの第6問目でございます。」

アイムが相変わらず仕込まれた所作(しょさ)で一礼をしながら言葉を紡いだ。エルザはゴクリと唾を飲み込んだ。

「お恥ずかしい限りですが、あなた様の助言(アドバイス)に基づきまして、少し趣向を変えた(問題)を出させていただきます。」

先程のバンリの第5問目で、自信を取り戻された?アイムが今まで以上にバンリに向かって深々と頭を下げた。

(計算問題じゃなくなる、ということか……。だとしたら、いったいどんな問題を出してくるんだ……?バンリ、お前はどうするんだ……?)

エルザが再びゴクリと唾を飲み込んだの対し、当の本人のバンリはというと、

「別に構わない。」

涼しい顔で了承したのであった。

(全く。……お前という奴は。)

何事にも冷静を保ち続けるバンリを見て、エルザはどこか安心したように肩を竦めた。
バンリの答え聞いたアイムは、感謝の意義を示す一礼を再びバンリに向かってすると、言葉を紡いだ。

(問題) 人間の眼球と同じくらいの大きさの眼球を持つ動物は何か?」

アイムが今まで出してきた計算問題より簡単なのか難しいのかさえもよく分からない。ただ、今アイムが出した問題の特徴はエルザは理解していた。それは、この問題は“いくらかの知識が必要”ということだ。頭をフル回転させるだけでは、きっと正しい答えを導き出すことはできないだろう。そして、自分にはその“いくらかの知識”を持ち合わせていないということもエルザは理解していた。だが、目の前に平静と佇んでいるバンリはそれを持ち合わせているのだから、ホントにバンリがいてくれて助かったと心から思った。
そして案の定、バンリはゆっくりと一度だけ瞬きをすると、再び10秒も経たぬうちに、

「豚。」
「……ぶ、豚…だと?」

答えを告げた。
だか、予想を遥かに上回ったその答えにエルザは首を傾げた。

「……正答でございます。」

仕込まれた所作(しょさ)でバンリに向かって一礼しながらアイムが言った。

「な、なぜ豚なんだ?」
「昔読んだ本に、人間は身体の構造を調べる時に豚を使用することが多い、って書いてあった。豚の臓器や器官のほとんどは人間と同じくらいの大きさだから、解剖実験とかには打ってつけらしい。近年だと、フィオーレにある魔法学校でも豚を用いた解剖実験はやってるみたいだからな。」
「そ、そう…なのか。……お、お前は、やったこと、あるのか……?その、解剖、実験…を……?」
「……無いな」
「今の間はなんだ!?今の間は!?」

エルザの問いにバンリは予想以上に説明してくれた。そしてバンリが解剖実験をやったことのない(はず?)ことに少し安堵した。

「次は俺からの6問目だ。」

淡々とした口調でバンリが言葉を紡いだ。

「……俺も少しだけ趣向を変える。なぞなぞは飽きたからな。」
「なんだその理由は……」

問題の趣向を変える理由にエルザはツッコミを入れた。アイムは了承したのか何も言わない。が、アイムの額に冷や汗が再び浮かび始めていることにエルザは気づいていた。

(問題) 世界最大の動物は?」
「お前も知識問題か!」

先程アイムが出した問題と似たような問題を出したバンリにエルザは再びツッコミを入れた。
アイムは顎に手を当ててしばらく考えていたが、きちんと答えを導き出した。

「……シロナガスクジラ、でございますね?」
「……正解だ。」

バンリの言葉を聞いたのと同時にアイムが肩の力を緩めたのが見てわかった。

「それでは(わたくし)からの第7問目でございます。」

仕込まれたような所作(しょさ)で一礼をしながらアイムが言った。

(問題) 円周率の数字を30桁答えろ。」
「さ…30桁、だと……?」

驚きの桁数にエルザは驚嘆の声を上げた。そもそもエルザは円周率、というものさえ知らない。そんなエルザに対してバンリはというと、ゆっくりと一度だけ瞬きをすると、

「3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820974944………」
「なっ……!?」
「………」

問題の答えらしい数字を延々と言い始めた。あまりの数字の多さにエルザは驚嘆の声を微かに上げ、アイムは青い瞳をこれまでにないくらい大きく見開いたまま言葉を失った。そしてすでに、30桁は超えている。だが、

「5923078164062862089986280348253421170679………」
「バ、バンリ!恐らくもう30桁まで言い終えてるぞ!」
「……あぁ、悪い。思い出したらつい止まらなくなった。」
「お前……その、円周率というやつをいったい何桁まで言えるんだ?」
「……エルザが止めに入ったのが、恐らく100桁ぐらいだったから……覚えてるのだと、あと400桁は言える。」
「よ、400桁ァ!?」
「………」

つまりバンリは、円周率という数字の行列なるものを約500桁ほど覚えていて、それを正しく言うことができるということだ。
再びエルザは驚嘆の声を上げ、アイムは桁外れの返答で再び声を失ったいた。

「次は俺からの7問目だ。」

未だに驚いているエルザと声を失ったままのアイムを一切気にすることなくバンリは淡々とした口調で言葉を紡いだ。

(問題) 2+9=1,8+6=3,6+9=2 では、100+869の答えは?理由も述べてくれ。」
「……は?」

バンリが出した問題にエルザは素っ頓狂な声を上げた。アイムの頭の上にも?が浮かび上がっている。

「お、おいバンリ、なんだその(問題)は?私でも、恐らくナツでも普通に解けるぞ。」

本来、例題の問題の答えはそれぞれ11,14,15になるはずだ。そして100+869の答えは969になるはずだ。

「これは、普通に解いたら、一生解けない(問題)だ。頭を柔らかくすればいいだけだ。」

普通に解いてはいけない問題なんて、あるのか……?バンリの言葉にエルザは首をかしげるばかりだ。
アイムは顎に手を当てて、頭を柔らかくして考え込んでいたが、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。

「……6、でございますね?」
「理由は?」
「数字の“丸”の数に注目すればよいのです。1には“丸”はないので0。6と9は“丸”が1つあるので1。8は“丸”が2つあるので2。これらの値を足すと、答えが6になります。……で、あっていらっしゃいますか?」
「……正解だ。」

バンリの言葉を聞いて再びアイムが肩の力を緩めたのが見てわかった。

「随分と凝った(問題)だな。」
「遊び心が入り混じった(問題)だ。俺は結構気に入っている。」

エルザの言葉に対するバンリの返答が少し面白くて、エルザは小さく吹き出した。

(やはりお前は、こうでなくてはな。)

口を一文字に固く結んだまま表情を変えないバンリの端整な横顔を盗み見てエルザは小さく微笑んだ。

「それでは、(わたくし)からの第8問目でございます。」

仕込まれたような所作(しょさ)で一礼をしながらアイムが言った。

(問題) 生命が誕生したのはいつ?」
「35億年前。」
「!?……せ、正答で…ございます。」
(は、速い……!)

アイムが問題を言い終えたのと同時にバンリはその問題の正しい答えを告げた。あまりの速さにエルザもアイムも言葉を失いかけ、アイムは余裕を失ったのか胸ポケットから取り出した青いハンカチでしきりに汗を拭き始めた。

「よ、よくわかったな。」
「あれはかなりの常識。」
「………」

平静と佇むバンリは相変わらずだ。
アイムがハンカチを胸ポケットにしまうのを見てバンリは口を開いた。

「落ち着いたか?俺からの8問目だ。」

アイムの頬を、ハンカチで拭ったはずの汗が伝い流れ落ちた。

(問題) 海王星が太陽を一周する年数は?」

もう容赦無くバンリは難問を突きつける。アイムは再び顎に手を当てて考え込む。

(……焦っているな。)

アイムは誰もが見てわかるほど焦っていた。無理もない。自分が出した問題を即答で答えられ、難問を出されたのだから。アイムの光が射していない、黒みがかった青い瞳がひっきりなしに右往左往しており、汗が止まる気配がない。バンリはゆっくりと瞬きをし、紅玉(ルビー)のような赤い瞳でアイムを黙って見つめる。口は一文字に固く結ばれたまま、表情もいつものことながら変化しない。
やがて、アイムがゆっくりと顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。

「……165年、で…ございますか?」

語尾が「ね」から「か」に変わった。どうやら導き出した答えに自信がないみたいだ。

(正解か……?不正解か……?)

エルザは拳を握り締めた。バンリが口を開く。

「……正解だ。」

その言葉と同時に、アイムは深く息を吸い込み、それを一気に吐き出した。

(互いに、よく粘るものだ。勝負はまだわからんな。)

鎧をガシャッと音を立てながらエルザは思った。だが、圧倒的にバンリが有利だという現状は変わらないままだ。

「それでは、(わたくし)からの第9問目でございます。」

ついにアイムは汗を拭うこともしなかった。汗できちんと整えられていた髪が乱れている。

(問題) 人の遺伝子は何本?」
「46本。」
「!!?……せ…正答、で………ござい、ます。」
(速い……!)

先程と同じくらいの速さで、バンリはアイムが問題を言い終えたのと同時に答えを告げた。アイムは一気に顔が青ざめ、その場に立っているのもやっとという感じだ。

「バンリ、もしかして今の問題も……」
「常識だ。」

バンリの言葉が先の鋭い槍となって、グサリとアイムの心臓辺りに突き刺さる。

「……降参か?」
「いえ!まだです!まだ……!」

アイムはハッキリとそう言うと息を大きく吸い込んだ。

「9問目だ。」

バンリが口を開いた。

(問題) 地球と太陽の距離は?」

顎に手を当てて、瞳を右往左往させ、頭をフル回転させながらアイムは答えを導き出す。時間ばかりが刻々と過ぎていく―――――。

「バンリ、お前はこの難題をどうやって考えているんだ?」

エルザはアイムと勝負している間、一度も自分の方を見向きもしないバンリに問いかけた。

「全部、以前に読んだ本に書いてあったことを引用しているだけだ。なぞなぞも、本に書いてあったものだ。」
「そ、そうなのか?」

聞き返したエルザの言葉にバンリは黙って頷いた。

(いったい、どんな本を読んでいるんだ……?それに、いったいどれだけの本を読んでいるんだ……?しかもお前は、読んだ本の内容を問題として口にできるほど覚えているのか……?)

6年、という長い付き合いだが、エルザはいつもバンリ自身に驚かされてばかりだ。

(私は、まだまだお前について知らないことばかりだな。……なぁバンリ、私は、お前について、いつかわかる時が来るのか?その時が来る前にお前は、私の前から、いなくなったりしない、よな……?)

“近くて遠い”
それがエルザから見たバンリの人柄だった。それは初めて会った時も今も変わらない。

(バンリ、お前はいったい―――――)
「………1億4960万km、でございます、か?)

エルザの思考を掻き消すかのように、アイムの口から弱々しい声で答えが出た。

「……正解だ。」

心底安心したのか、アイムはさっきよりも深く息を吸い込み、それを思いっきり吐き出した。

(ここまでで9対9の互角。次でいよいよ最後の(問題)だ。)

バンリはどんな問題がきても常に冷静を保ち続け、己の知識と記憶を頼りにここまで全問正解。対するアイムも、バンリが出す難問に苦しみながらも根気よく粘りここまで全問正解。

(次のアイムからの第10問目で勝負が決まる!)

エルザは拳を固く握り締めた。

「この(問題)で、勝負をつけさせていただきます。」

乱れた髪を垂らしながら、仕込まれたような所作(しょさ)で一礼をしながらアイムが言った。

(問題)を出す前に、バンリ様。」
「?」

白い手袋をした右手を胸に当てながら、アイムは黒みがかった青い瞳をバンリに向けた。バンリは応える代わりにゆっくりと一度だけ瞬きをした。

「バンリ様は“聖剣(エクスカリバー)”というものをご存知でございますか?」
「知ってる。」
「流石でございます。」

アイムの問いにバンリは頷きながら答えた。
アイムが言った“聖剣(エクスカリバー)”という言葉で最初にエルザが思いついたのは、7本中6本の“聖剣(エクスカリバー)”を所持している、緑色の着物に黒い袴姿の、同じギルドに所属する聖十大魔道の一人である、聖剣士(ホーリーフェンサー)の異名を持つ男だった。その男は今、大切なものを守るための強さを手に入れるために修行の旅に出ている。

(アイツは、元気にしてるだろうか……?)

もう何年も見ていない、ニカッと白い歯を見せながら笑う、アイツの笑顔を思い浮かべた。

「その聖剣(エクスカリバー)に関する(問題)をださせていただきます。」

さっきの動揺したアイムはどこへやら。口元に不敵な笑みを浮かべたアイムは仕込まれたような所作(しょさ)で一礼して、すでに勝利を確信してるかのように、自信満々に、おちつきのはらった言葉を紡いだ。

(問題) 7本の聖剣(エクスカリバー)の名前を全て答えよ。また、7本の聖剣(エクスカリバー)を強い順に答えよ。」

アイムの声が響いた。
6本の聖剣(エクスカリバー)を1本1本丁寧に磨いていたアイツの姿が脳裏に浮かんだ。

『“()()()()”は皆強いんだけどよ、やっぱし一本一本それぞれ差があるんだ。その差をうめるために、“()()()()”を上手く組み合わせて力一杯振るうのが、俺の役目だ。』

聖剣(エクスカリバー)の事を“()()()()”と親しみを持って呼んでいたアイツが旅に出る前にそんなことを言っていたのを思い出した。一本一本それぞれ名前があることも思い出した。だが、肝心の順番と名前を思い出すことがエルザにはできなかった。そもそもアイツが所持している聖剣(エクスカリバー)は6本で、残りの1本は名前はもちろん、見たこともない。7本全て正しく答えることはどうやっても不可能だ。
ちらっと隣にいるバンリを見ると、相変わらず表情に変化は無いが、紅玉(ルビー)のような赤い瞳が僅かに震えていた。エルザはギョッとして目を大きく見開いた。

「バ、バンリ……?」

恐る恐るバンリの右肩に手を置いた。手を置かないとわからないくらい、バンリの肩がほんの僅かに震えていた。

(さすがのバンリでも、ここまでか……)

エルザは唇を噛み締めると、バンリの右肩からそっと手を離した。それと同時に、

「強い順に……光皇剣、竜風剣、嵐真剣、天力剣、花錦剣、妖魔剣、銀覇剣。」

7本の聖剣(エクスカリバー)の名前と強さの順番を述べた。

「!…………せ、正答で、ございますっ……!」

アイムは膝から崩れ落ちるように、床に手をつきその場で四つん這い体勢で項垂れた。

「お前、なんで答えがわかったんだ?」
「前に、アイツから聞いたことがあった。それを思い出しただけだ。アイツが所持していない光皇剣は自信が無かったが。」

「自信が無かった」と答えるバンリは一件落着とでもいう風に凝った首をボキッとならした。
この勝負のルールは「先に10問正解した方が勝ち」だ。つまり、先程の問題ですでにエルザ達の勝利は決まっている。エルザは別空間から銀色に輝く剣を取り出し、切っ先を未だに項垂れているアイムに向けた。

「約束通り、ウェンディ達の居場所を教えろ。ウェンディ達はどこにいる。」
「……屋敷の、地下牢屋に捕らえております。」
「その地下牢屋はどこだ。」
「……4つの通路の入り口である広間の床に、地下へと続く隠し階段があります。そこから地下に行くことができます。」
「そうか。」

アイムの口からウェンディ達の居場所を聞き出したエルザは剣を下ろすと、緋色の髪を翻しながら広間にむかって歩き出した。その後ろをバンリが黙ってついていく。
エルザとバンリの背後でゆらりとアイムが立ち上がった。口元には薄く冷酷な笑みが浮かんでいる。

(わたくし)は、薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の魔導士……勝負に負けた償いは、きちんと果たします。」
「!」
「ッ!?おいバンリ!何をす―――――!?」

アイムが立ち上がったことにいち早く気づいたバンリは、エルザの背中を突き飛ばした。無防備だったエルザはそのまま床に倒れ込んだ。そしてようやくアイムが立ち上がっていることに気づき、再び別空間から剣を取り出そうとしたが、胸ポケットから取り出した黒い端末を操作したアイムのほうが一足早かった。

「エルザ・スカーレット様、バンリ・オルフェイド様……地獄でお会いいたしましょう。」

アイムが端末の赤いボタンを押した。
ドガガアアアアアアアアアアン!と爆音が轟いた。





―広間―

ドガガアアアアアアアアアアン!と爆音が轟いた。

「うおわっ!」
「キャッ!」

ミルバとジュナ、チェルシーとグラミーを倒したナツとアオイとハッピー、ルーシィとコテツは広間で合流し、突然轟いた爆音にナツとルーシィが驚嘆の声を上げた。

「今の…爆発か!?」
「4番通路の方からしたよ。」

アオイとコテツが視線を4番通路の方に向けた。

「4番通路って確か、エルうわああ!」
「ハ、ハッピー!?」
「おしっ!開いたー!……って、アレ?」
「イブキさん、どうしたんですか?」
「早く上に上がりなさいよ。」
「イブキ!」
「ウェンディ!シャルル!」

何かを言いかけたハッピーの足下が突然バガン!と音を立てて開き、中から薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の一人、モカを背負ったイブキが顔を出した。すぐ近くでウェンディとシャルルの声もする。

「よかった!三人とも無事だったんだね!」
「なんとか、な。」
「ウェンディ、捕まって。」
「ありがとうございます、ルーシィさん。」
「シャルルー!」
「はいはい、こんくらい平気よ。」

コテツが嬉しそうに顔をほころばせ、イブキが足をかけて自力で上に上がり、ルーシィが伸ばした手をウェンディが掴んで上に上がる。飛んで上に上がったシャルルにハッピーが飛びついた。

「お前等ーーー!無事かーーー!」
「遅ェぞグレイ!」
「エメラ!よかっ……って、どうしたんだァ!?」
「ちょっと、やらかしちゃって……」

3番通路から出てきたグレイとエメラも合流する。登場の遅かったグレイにナツが文句を言い、アオイがグレイに背負われているエメラを見て驚嘆の声を上げ、エメラは恥ずかしそうにはにかんだ。

「つーかおい、さっき爆音が……」
「地下まで聞こえましたよ。」

モカを床に下ろしながらイブキとウェンディが顔を見合わせながら言った。

「オイラ、さっき言いかけたんだけど、4番通路ってエルザとバンリがいるよね?」

ハッピーの言葉に皆が沈黙した。そして、

「エルザ!バンリ!」
「ちょっと、二人とも無事なんでしょうね!?」
「あの2人なら、大丈夫だって信じたいけど……」
「とにかく急げー!」

4番通路に向かって一斉に駆け出した。





―4番通路―

数千個の爆弾が仕掛けられた4番通路は壁が崩れ、床に穴が開き、辺りは砂煙が立ち込めていた。焼け焦げたにおいが充満している。

「…うっ……」

爆発直前にバンリに突き飛ばされたエルザは風圧で少し遠くに飛ばされた程度で済んだ。顔に付いた黒いすすを払いながら起き上がる。すると、

「これは……!」

エルザを爆発から守るように、三つの巨大な(シールド)が宙に浮いていた。もともと銀色だったらしい(シールド)は三つとも表面が焼け焦げて黒くなっており、所々溶けていた。爆発の凄まじさにエルザは息を呑んだ。

「……バンリ?」

変換武器(チェインアームズ)(シールド)を出し、自分を爆発から守ってくれたバンリを探すが、その姿は見あたらない。嫌な汗が、エルザの頬を伝った。

「バンリ!返事をしろ!」

エルザは砂煙に向かって叫んだ。だが、いつもの淡々とした声が返事をすることも、背筋を真っ直ぐ伸ばした姿を見せることも無かった。

「バンリ………」

エルザのか細い声だけが焼け焦げた通路に虚しく響く。
砂煙が晴れてきて、通路全体が見渡せるようになってきた。すると、通路の中央に黒い半球があるのが見えた。エルザは恐る恐るそれに近寄り、恐る恐るそれに触れると、ガチャンと鈍い音を立ててそれが崩れ、エルザが崩れたところから中を覗くと、気を失ったアイムを肩で支えるバンリがいた。

「バンリ!……無事、なんだな。」

安堵するエルザの言葉にバンリは黙って頷いた。

「エルザ、悪いがそれを壊してくれ。間一髪で(シールド)で四方を守れたのはいいが、溶けて固まってしまって……お陰で出れない。」
「……全く、お前という奴は。」

こんな状態でも冷静を保っているバンリを見て微かに微笑むと、エルザは別空間から剣を取り出し、もともと(シールド)だったそれを壊していく。アイムを支えたバンリが通れるくらいにまで壊すと、エルザは手を伸ばしてバンリの手を掴み引っ張り出した。

「助かった。ありがとう。」
「お礼を言うのは私の方だ。お前のお陰で助かった、ありがとう。」

相変わらず表情は一切変わらないが、エルザの気持ちはバンリにはしっかりと伝わっていた。

「おーい!エルザーーー!」
「バンリーーーーー!」

声がした方に振り向くと、ナツ達がこっちに向かって走ってくるのが見えた。ウェンディとシャルル、イブキもいる。

「お前達……。」
「よかった、二人とも無事で。」
「爆音が聞こえた時はすごく焦ったよ~。」
「大きな怪我もなさそう……だな。よかったよかった。」

エルザに駆け寄ったルーシィ、コテツ、アオイがそれぞれ安堵の表情を浮かべた。

「ウェンディ達も無事で何よりだ。」
「心配かけてすみません。皆さんも無事でよかったです。」
「助けに来たならもっと早く来いよな。」
「ンだとイブキ!」
「ちょっと喧嘩しないでちょうだい!」

エルザがウェンディ達に視線を移すと、ウェンディが頭を下げながら言い、文句を言うイブキにナツが声を荒げシャルルが止めに入った。

「おいバンリ、ソイツは?」
「アイム・シャキーラ。俺とエルザを巻き込んで、爆発で死のうとした。」
「えぇ!?」
「し、死んでるのか……?」
「安心しろ、気を失っているだけだ。そうだろ?」

バンリが支えているアイムを見て驚嘆の声上げたエメラとグレイにエルザが安心させるように言い、バンリに聞き返すとバンリは黙って頷いた。

「とりあえず、ここから出ましょ。」
「評議院に連絡して、コイツ等を引き取ってもらわねェとな。」
「げっ!アイツ等来るのかっ!?」
「大丈夫だよナツ、今回はオイラ達悪さしてないから。」

ルーシィとアオイの言葉に全員頷き、ナツが評議院と言う言葉を聞いて嫌そうに顔を歪め、ハッピーが宥める。

「お前もコイツ等と一緒に捕まりに行ってくればいいんじゃねーか?」
「ぜってェに嫌だっ!お前こそ捕まりに行きやがれっ!」
「俺はお前みたいに建物とか壊してねェから、捕まる理由がねェんだよ。」
「服着てない人がそれ言う……?」
「うおっ!いつのまにィ!?」
「エメラさん、屋敷を出たら治癒魔法をかけますね。」
「うん、ありがとうウェンディ。」

グレイとナツが喧嘩をする中、ルーシィが服を着ていないグレイにツッコミを入れ、ようやく下ろしてもらえたエメラにウェンディが声をかける。

「おいバンリ、ソイツよこせ。」

気を失っているアイムを指差しながら言うイブキに、バンリは訳がわからないという意味を込めて瞬きをした。

「俺はここでチビっ()しか相手にしてねェから力が有り余ってんだ。だから広間までソイツを運ばせろ。まっ、広間についたらてきとうに転がしておくけどな。」

ぐるぐると肩を回しながら言うイブキに、バンリは黙ってアイムを渡す。気を失っているアイムの腕を自分の肩に回すと、アイムの長い足を引きずりながらイブキも皆の後ろについて行った。

「私達も行くぞ。」

エルザはバンリにそう言うと、緋色の長い髪を翻しながら歩き出した。バンリは黙って頷き歩き出そうとしたその時、

「ッ―――――!」

左目に痛みを感じ、声にならない呻き声を上げながら両手で両目を押さえ、その場にうずくまった。

「バンリ!?」

エルザだけがそれに気づき、慌てて駆け寄る。

「バンリ!?ど、どうした!?目が痛むのか!?」

肩をを揺すりながらそう聞くと、バンリはゆっくりと両目を覆っていた両手をはずした。

「!!?」

痛みで細められたバンリの目を見てエルザは自身の目を疑った。
紅玉(ルビー)のように赤いはずのバンリの瞳が、左目だけが“黒色”に変わっていたのだ。吸い込まれてしまいそうなほど澄んだその色はまるで、縞瑪瑙(オニキス)のようだった。

「バ、バンリ…お前、左目が……」
「ッ―――――!」
「バンリ!」

再び両手で両目を覆い、声にならない呻き声を上げる。エルザにはどうすることもできなかった。

「なーにしてんだよエル……おいバンリ!どうした!?」
「バンリさん!?」

先に行っていたナツ達が戻って来て、うずくまっているバンリを見てナツとウェンディが驚嘆の声を上げた。

「……悪い。大丈夫。」

バンリが小さく言いながらゆっくりと立ち上がった。そしてゆっくりと両目を覆っていた両手をはずす。

「なっ……!?」

再びエルザは自身の目を疑い言葉を失った。さっきまで縞瑪瑙(オニキス)のような黒色をしていたバンリの左目が、いつもどおりの紅玉(ルビー)のような赤色に戻っていたのだ。バンリは平静としている。

「ホントに大丈夫かよ?」
「やっぱり、爆発した時、頭とか強く打ったんじゃ……」
「おいバンリ、俺の肩貸すから掴まれ。」

グレイとコテツがバンリの顔を覗き込みながら言い、イブキがバンリの隣に立って肩を貸そうとするが、

「大丈夫。」

バンリは断言するようにもう一度言った。

「バンリ、無理しないでね。」
「辛くなったらちゃんと言うのよ?」
「エルザ、バンリ、行こう。」
「そろそろ評議院の連中も来る頃だしな。」

ハッピーとシャルルが気遣うように言い、エメラとアオイが歩き出しながら言った。それに続いて皆も歩き出す。

「バンリ、おま」
「行くぞ。」
「………あぁ。」

エルザはバンリにさっきの目のこと聞こうとしたが、まるで遮るようにバンリが歩き出したのでエルザは仕方なくバンリの後ろに続いて歩き出した。

(アイムと勝負してる時から、体や目元が震えてきているとは思ったが、まさかこのタイミングで“効果”が切れるとは思わなかった。)

瞬きを繰り返すが、左目の違和感は消えない。

(なんとか持ち越したが、まさかエルザに見られるとは……早く“さし直す”べきだな。)

バンリは誰にも気づかれないように唇を噛み締めた。





ナツ達が薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の屋敷から出ると、

「誰か出て来たぞ!」
「構えろ!」

すでに屋敷の外には評議院の強行検束部隊が待ち構えていた。部隊の者達は一斉に武器を構えた。

「えっ?ちょっ……!」
「なんで俺達が武器を向けられなきゃなんねーんだよ!?」

条件反射でルーシィが両手を上げ、イブキが評議院の連中達を睨みつけた。

「待ってくれ!私達は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者だっ!」
「お前等が引っ捕らえる薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の奴等はこの屋敷ン中でのびてるっての!」
「だ、だだだからお願い!撃たないで~!」

エルザとグレイとコテツが声を荒げる。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)だと?」
「確かに、あの紋章は……」
「それに、あの女は妖精女王(ティターニア)の……」
「いや、でも、薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の奴等の変装かもしれない。」

部隊の者達は半信半疑で武器を構えたり下ろしたりを繰り返す。

「な、なんで信じてくれないのォ!?」
「問題ばこり引き起こすギルドだから、じゃないかしら?」
「そ、そんなぁ……」

エメラの困惑した声にシャルルが眉間にシワを浮かべながら答え、ハッピーが頭を抱えた。その時、

「その方達は正真正銘の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士達だ。だからお前等、武器を下ろせ。」

敵か?味方か?部隊の中でざわつく中、一人の男の声が響き渡った。

「ルギアル隊長!」

一人がそう叫んだのと同時に、部隊の人間が一斉に横に並んで道を開けた。道の中心には、深い青緑色の髪に同色の澄んだ目、評議院の制服を身に纏い白い羽織を翻す中性的な顔立ちの青年が立っていた。部下達が一斉に道を開けるのを見て、ルギアルと呼ばれた青年は苦笑すると、

「こーらっ!いちいち道とか開けなくていいから!早く薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の魔導士を引っ捕らえて来い!」
「りょ、了解しましたっ!突撃ーーーーーッ!」
「オオオオオッ!」

ルギアルの指示により、評議員達は一斉に屋敷に突入していった。

「うわっ!」
「ひゃいっ!」
「ちょっと!危ないじゃない!」

コテツ、ウェンディ、シャルルは評議員達の波に飲み込まれないよう慌てて避けた。

「俺の部下達が大変失礼致しました。疑ってすみません。お願いします!どうか許して下さい!」
「え、あ、いや……」

自分の部下達が突入していったのを見届けると、ルギアルはエルザに向かって深々と頭を下げて謝罪した。その様子にエルザはもちろん戸惑い、ナツ達も目を丸くした。

「なんなら俺を気が済むまで思う存分殴って下さい!その代わり部下達には手を出さないで下さい!」
「おっしゃァ!ンじゃ遠慮なく……!」
「ちょっとナツ!ホントに殴ろうとしないの!」
「だってコイツが「殴っていい」って言ったんだぞ?」
「いいからその拳を下ろせバカ!」

ルギアルの頭を炎を纏った拳で殴ろうとするナツをルーシィとアオイが抑えつける。

「あ、あの、私達そこまで気にしてませんから!全然大丈夫です!」

ウェンディが胸の前で両手をあわあわと動かしながら言う。

「そう言ってくれると助かります。ありがとう。」
「え?あ、わぁ……!」
「ちょっとォ!」
「おい!てめェ…!」

ウェンディの頭を大きな掌で撫でるルギアルを見て、シャルルが毛を逆立てて怒り、イブキが声を荒げた。

「……アンタ、「隊長」って呼ばれてた、よな?」
「はい。あ、これは大変失礼致しました。まだ名乗っていませんでしたね。」

首を傾げながら問うグレイに、ルギアルは制服の襟を整えナツ達を見回すと自身の名を名乗る。

「俺は評議院第3強行検束部隊隊長、ルギアル・シークティウスと言います。この度は闇ギルド、薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の捕縛に協力して下さり、ありがとうございます。」

そう言うと、ルギアルは再び深々と頭を下げた。

「お前、ホントに“隊長”なのか?」
「はい。」

今度はイブキが首を傾げながら問い、ルギアルは爽やかな笑みを浮かべながら頷く。

「……見えねェな。」
「イ、イブキさん!失礼ですよ!」
「構いませんよ。よく言われることですから。」
「あ、やっぱ言われてるのね。」

肩を竦めながら毒吐くイブキをウェンディが宥め、全然気にしていない風のルギアルはニコリと笑み浮かべ、その言葉にルーシィがツッコんだ。

「皆さんのことはラハールとドランバルトから常々聞いています。とても強くて、逞しくて……誰にも負けない仲間を想う気持ちがすごいだとか。」
「な、なんか面と向かって言われると……。」
「照れくさいわね。」

ルギアルの言葉にコテツが恥ずかしそうに目を右往左往させ、ハッピーが頬を掻きながら照れる。

「ただ、問題しか起こさない人達ばかりで困ってしまうとも言ってましたね。」
「うわー……上げてから突き落としたぞコイツ。」
「ホントのことだから、反論できないのが難点だな……」
「あはははは……」

ルギアルの言葉にイブキが顔を顰め、アオイが腕を組みながら唸り、エメラが苦笑いをする。すると、ルギアルがエメラに顔を近づけた。

「ふむ………。」
「えっと、あ、あの……?」
「おい!何してやがる!」

グレイが二人の間に割って入り、二人の肩を掴んで引き離した。

「あぁ、すみません。ラハールやドランバルトから聞いた話の中では、聞いたことのない少女だと思いましてつい。」
「エメラは最近ギルドに入ったばかりだもんね。」
「エメラ……?」

ハッピーの言葉にルギアルは首を傾げると、グレイがエメラを指さして説明をする。

「コイツは記憶を無くしてて、その記憶を探すために、というか思い出すために、というか……まぁ、とにかく!今はエメラルド・スズランっていう仮の名前でギルドで過ごしてるんだ。」
「へぇ……記憶を……」
「?」

エメラのことを聞いたルギアルの妙な反応にグレイは違和感を覚えたが、それを掻き消すようにエメラがルギアルの方に身を乗り出した。

「あ、あの!些細なことでもいいんです!私のことについて何かわかったら、教えてくれませんか!」

翠玉(エメラルド)のような大きな瞳で、エメラはルギアルを見つめた。ルギアルはぱちくりと瞬きをしてからニコリと微笑んだ。

「わかりました。何かわかれば、すぐに伝えることを約束します。」
「あ、ありがとうございます!」

ルギアルの言葉に、エメラは満面の笑みを浮かべて頭を下げた。

「………。」

その様子をバンリは離れたところで黙って見つめていた。すると、ふいにルギアルがバンリの方に視線を向けた。いきなりのことでバンリはほんの僅かに紅玉(ルビー)のような瞳を見開いた。
ルギアルはバンリと目が合うと会釈をしただけですぐに顔を逸らした。だが、バンリは嫌な予感を覚えた。

(評議員……勘付かれたか……?)

バンリはまた少し痛み始めた左目を押さえた。

「あ、もしかして……君がナツ・ドラグニル?」
「ア?」
「あい!如何にも、ナツです!」

ぶっきらぼうに答えるナツの代わりに、なぜかハッピーが自信満々に答える。

「へぇ、君が……」
「な、なんだなんだァ?」

ルギアルは今度はナツに顔を近づけると、ナツのことを上から下まで品定めをするかのようにじっくりと見る。

「……いや、君が評議院で一番問題視されている、火竜(サラマンダー)なんだな~、って思って。」
「だーーーーーッ!どいつもコイツも俺のことバカにしやがって!だいたい俺がいつそんな問題起こしたっていうんだよ!?」
「建物とか森とか港とか、いろいろ破壊しまっくてるだろ。」
「あい。ナツの自業自得だね。」

ルギアルの言葉にナツは声を荒げ、ナツの問いにエルザが眉間にしわを浮かべながら答え、ハッピーがエルザに相づちを打つ。

「ところであの、部下の皆さん、来ませんね?」
「はい。手錠をして連行するだけでそんなに手間取るはずがないんですが……。やっぱりあの二人がいないとまだまだダメみたいだな。」
「あの二人?」

ルーシィが屋敷の入り口に視線を移しながら言い、肩を竦めるルギアルの言葉にイブキが首を傾げながら問うた。

「俺の隊に所属する部下のことです。その二人は今は別件でここにはいないんですが、この隊のまとめ役として活躍していて皆からとても頼りにされてしるし、信頼されているんです。もちろん俺も、その二人のことはとても頼りにしてるし信頼もしています。」
「素敵な部下さんがいて良かったですね!」

ルギアルの言葉にコテツが相づちを打つ。すると、ルギアルが今度はコテツに顔を近づけた。

「え?あ、わ、な、何……?」
「君は、コテツ・アンジュール……。」
「あ、はい。そうですが……えーっと、何か?」

確かめるようにルギアルはコテツの名前を復唱すると、口元に不敵な笑みを浮かべ、コテツにしか聞こえない小さな声で囁いた。





「―――――君は、変わった『器』を持っているんだね。」





「!!?」

ルギアルの囁きにコテツは飛び退いて、ルギアルから距離をとった。

「コ、コテツ?」
「どうした?」

傍にいたルーシィとイブキが不思議そうに首を傾げた。ルギアルはニコリと笑みを浮かべている。が、その笑みがコテツにとってこれまでにないくらい不気味に覚えた。

「あ…あなたは、いったい」
「隊長ーーー!お待たせしましたーーーーーっ!」

コテツの声を掻き消すかのように、屋敷からルギアルの部下の一人が飛び出して来た。

「遅い!もっと手際良くやれないのかい?」
「す、すんません!いつもケイト副隊長とミヅキ先輩が大体のことをやってくれるので……。」
「全く。いつまでも二人に頼ってたらダメだからな。次からはもっと迅速に行動すること。いいね?」
「ぜ、善処致しますっ!」

ルギアルと部下がそんな会話を交わしているうちに、評議員に引っ張られて手錠をはめた薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の魔導士達が屋敷から出て来た。

「俺に触ンじゃねーよっ!」
「そんなに引っ張らなくても自分で歩けるわよぉ!」
「このーっ、手錠ーっ、すごーいーっ、邪魔ーっ、なんだけどーっ?ねーっ、外しーっ、たらーっ、ダメーっ、かなーっ?」
「グラミー、少し黙っててくれない?」
「うぅ……ひっ……ひっく……ぅ…」
「モカ、ほら泣かないで。ね?」
「マリーナ様、申し訳ございません……!」
「謝らないでアイム。あなたのせいじゃないわよ。……こういう運命(さだめ)だったのよ、きっと。」

ミルバ、ジュナ、チェルシー、グラミー、モカ、エミリア、マリーナ、アイムという順で屋敷から出て来て、檻のついた馬車に乗せられていった。

「改めて、薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の捕縛にご協力いただきありがとうございます。また、お力をお貸ししていただければ助かります。」
「あぁ。その時は是非協力させてもらう。」
「ありがとうございます!それでは、俺達はこれで。撤退するぞっ!」
「オオオオオッ!」

ルギアル隊長を先頭に、評議員達は撤退して行った。

「……ダメだ。どー見ても“隊長”に見えねェ。」
「アンタ、まだ信じてなかったの?」
「まっ、とりあえず、これで一件落着ねっ。」
「はい!」
「だな。」
「腹減ったなぁ……?」
「あい。オイラもうお腹ペコペコだよぉ〜……。」
「私も、おなか空いちゃった。」

ルギアルが去っても首を捻ってばかりのイブキにシャルルが呆れ、ルーシィの嬉しそうな言葉にウェンディとグレイが頷き、腹の虫がなき始めたお腹をさすりながらナツが言うと、同意するようにハッピーとエメラも頷いた。

「もう夕方か。日が暮れる前にギルドに帰るぞ!」

空を見上げたエルザの言葉を合図に、ナツ達はギルドに向かって歩き出した。

「コテツ~!早くしないと置いてっちゃうわよぉ~!」
「あ、うん!皆待ってよー!」
「バンリ、お前も早く来い。」

ルーシィが手招きして、慌ててコテツが皆を追って走り出す。バンリもエルザの言葉に黙って頷くとエルザの隣に並んで歩き出した。
二人は、ルギアルのことをずっと考えていた。

(あの男、俺の“正体”を知って……?)
(あの人は、僕の『器』について気づいた……と言うことは、まさかそんな―――――!)

二人の脳裏には、ルギアルのあのニコリと優しげに、だけど不敵に見える微笑みが焼き付いて離れなかった。

(評議院第3強行検束部隊隊長、ルギアル・シークティウス……。)
(いったい、何者なんだ……?)





同じ頃、部下を引き連れて薔薇の女帝(ローゼンエンプレス)の捕縛に成功した帰り道、ルギアルは自分の後ろを歩く部下達に気づかれないようニコリと不敵に微笑んだ。

(バンリ・オルフェイド……。コテツ・アンジュール……。この二人については、これからきっと面白くなるだろうな。そして―――――)

口角が上がる。

(ナツ・ドラグニル……!エメラルド・スズラン……!まさか、君達にこうして()()()()ことができるなんてね……!)

自身の青緑色をした瞳がこれまでにないくらい妖しげに爛々と輝いていることにルギアルは気づいているのであろうか?

「隊長?なんだかすごく嬉しそうですね?」
「なんか良いことでもあったんですか?」

すぐ後ろを歩いていた二人の部下が問うと、ルギアルは興奮気味に頬を紅潮させ、両手を広げて言った。

「あぁ!今日はとても良い日だよっ!なんてったって……月が素晴らしく美しいからなっ!」

暗くなり始めた空に浮かぶ青白く光る月は、口角を上げたルギアルの口のように細い三日月をしていた。 
 

 
後書き
Story11……無事?終了ーーー!
久々なので、やはり文字数(26216文字)は少なくなりますね……。
評議員のルギアルは、どこかヌケてる隊長でございます。初登場ながら、かなりの悪印象を与えたであろう彼ですが、ポジション的にナツ達の味方です。そして重要キーパーソンです!←ここ重要
さて、次回も再び新キャラが登場すると思います。しかも6人も!かなり個性的なキャラ達であり、とても覚えやすい名前なのですくに覚えてもらえると思います。
ただ、次回はいつ更新できるのやら……。

それでは、久々の更新なのに閲覧して下さいました読者の皆様!ありがとうございます!また次回、(できるだけ)早いうちにお会いしましょう〜♪ 
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