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エターナルユースの妖精王

作者:緋色の空
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小犬座の星霊


目が覚めた。ゆるゆると瞼を上げ、寝たまま窓の外を見る。いい天気だ。
ふかふかのベッドの上、左側を向いていた体を仰向けに戻し、上半身を起こす。ぱさ、と体から落ちた掛け布団を退かして、ひんやりとした床に足を降ろした。寝ぼけ眼を軽くこすり、ちらりと壁掛け時計に目をやる。
まだ午前中。おはようと言うには少し遅く、こんにちはでは少し早いような時間だった。

「……寝すぎた…」

いつもはあと二時間は早く起きているのに、と溜め息を一つ。夜更かしをした訳でもないのに、今日はやけにぐっすり寝ていたようだ。ハコベ山に行った疲れがまだ取れていないのだろうか。

「…誰かいるか?」

日頃の癖で声をかける。時々呼ぶ側であるニアが呼んでもいないのに現れては、寝ている彼を叩き起こしたり周辺を警護していてくれたり、布団に入ってきたり、どこから調達してきたのかカメラで寝顔をばしゃばしゃ撮っていたりするのだが、今日は誰もいないらしい(撮られた写真は追及するのも面倒なのでそのままにさせておいた)。
前に聞いたところによると当番制らしいそれは、今日はお休みらしい。もしくは当番がベディなのだろう、と目星を付ける。彼が当番の時は代理(大体マーリン)が来るか、誰も来ない。ニアとしては別にベディが来ても(ちょっと苦手意識はあるけれど)大丈夫なのだが。

「ふむ…」

いつもならここで《まずは朝食を》だとか《とっとと着替えてこい》だとか《おはようございます我が君!!今日も素敵です!!!》とか何かしら言われるのだが、今日はそれがない。
一先ず着替えて、朝食を抜くと世話焼きな面々がうるさいのでしっかり食べ、それからの予定は後回しでいいだろう。まだ見ていない観光名所もいくつかあるし、そういえばマカオが「ロメオと遊んでやってくれ」と言っていたし―――――。

「……」

無邪気な笑顔を思い出した。ベッドに座り、俯く。
早く結論を出さなければ、と思う。明日明日と先延ばしにしてずるずる引き摺り続けるのは気分が悪い。かといって深く考えずに答えを出したくもない。
引っかかるあれこれを外して、何も考えずに正直に言ってもいいのなら、ニアはあのギルドに興味がある。雰囲気が懐かしくて、誰も彼もが明るくて、大勢でいるのも昔を思い出してなかなかに楽しい。一か所に落ち着く事に特に躊躇いもない。ただ、あちこち漂っている方が許されているような気がしているだけで。
あの場所にいた頃のように、きっとニアは言い訳を作るだろう。ロメオの無邪気さを、彼等の優しさを、きっと歓迎してくれるであろうルーシィの気持ちを、ただ自分がそこにいたいというだけの為に利用する。そうすると、断言出来てしまう。
唇を噛みしめ、右手で左腕を掴む。優しい彼等の事だから、こんな話をすれば頷くだろう。それでもいいと、言うのだろう。
けれど、ダメだ。本当に大切なら、本当にあの中にいたいと思うなら、言い訳にしてはいけない。そんな事も解らずに彼女を言い訳にしていた自分を思い出せ。それで、そのせいで、何が起きたのか。

――――忘れるなんて、許していない。
――――お前のせいで、オレのせいで、アイツは。




「…カタリナ……」

――――オレがいたから、甘えていたから。
――――彼女を言い訳になんて、していたから!!!







「ニア、いる!!?」

どんどん、とノックにしては荒っぽい音が意識を引き戻した。
はっとして部屋のドアに目を向ける。今の声は間違いなくアイツで、こんな早くから何の用かと首を傾げた。というかこっちはまだ朝食どころか部屋着なのだが。パーカーすら着ていないのだが。

「仕方ねえだろ、諦めろよルーシィ。約束は守るんだろ?」
「それはきちんとした約束の場合よ!!あんな、騙すみたいな手は約束にならないでしょ普通!!!」
「屁理屈だ」
「うっさい!!!」

部屋の前に大集合していた。もう訳が解らない。
ただとりあえず一つ、ニアにはやるべき事があった。騙すってどういう事だオラア、とナツを蹴り飛ばす事、ではない。
その場から一歩も動かず、目はドアに向けて、すっと息を吸う。

「何の用か知らないが部屋の前で騒ぐな迷惑だ!!!あと今から着替えるから五分待て!!!」






時は少しだけ遡る。まだニアが熟睡していた頃だ。

「いいトコ見つかったなあ」

商業都市マグノリアの一角、商店街の近く。密集する建物の一つの一室が、ルーシィが住む事になった場所だった。家賃は七万Jと少々高い。
その部屋のバスルームで、湯船に浸かるルーシィはぐっと腕を上に伸ばしていた。

「七万にしては間取りも広いし、収納スペース広いし。真っ白な壁、木の香り、ちょっとレトロな暖炉に、竈までついてる!そして何より一番素敵なのは……」

風呂を上がり、念入りに髪を拭く。バスタオルを巻いただけの格好で部屋へ出ていき、一人暮らしには十分すぎるくらい広いリビングへと―――

「よっ」
「あたしの部屋―――――!!!」

呼んだ覚えのない奴等がいた。思わず叫ぶ。
我が物顔でソファに腰かけ、スナック菓子をあちこちに零しながら手を上げるナツと、テーブルの上で魚を頬張るハッピー。もう一度言うが、部屋に招いた覚えは一切ない。
テーブルの上でグラスが倒れて中身を撒き散らしているわ、魚の骨が綺麗に魚の形を維持したまま置かれているわ、ぐしゃぐしゃに丸めた紙が二つと勝手に持ち出したのか本が一冊、更にナツが零したお菓子と大惨事である。

「何でアンタ達がいるのよー!!!!」
「まわっ」

容赦なんてない。バスタオル一枚だとか関係ない。
怒りの形相でルーシィは飛び上がり、ナツとハッピーに回し蹴りを叩き込む。振るった右足はナツの頬を直撃し、そのままハッピーを巻き込んで壁に叩き付ける。

「だってミラから家決まったって聞いたから…」
「聞いたから何!!?勝手に入ってきていい訳!!?親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないの!!?アンタ達のした事は不法侵入!!!犯罪よ!!!モラルの欠如もいいトコだわ!!!」
「オイ……そりゃあ傷つくぞ…」
「傷ついてんのはあたしの方よ――――!!!」

詰め寄るが、蹴られた頬を押さえるナツに反省の色はない。

「いい部屋だね」
「爪とぐなっ!!!ネコ科動物!!!」

その隙にハッピーはがりがりと音を立てて爪をとぎ出す。あっちで何か起こったと思えば今度はこっちと、休む暇がまるでない。

「ん?何だコレ」
「!!!」

ばさ、と音がした。慌てて目を向けると、机の上に出しっぱなしにしていた紙の束をナツが手にしている。びっしりと書かれた文字をナツの目が追いかけ始めた、と同時に。

「ダメェ―――――!!!!」

目にも止まらぬ速さで紙の束を奪い返す。取り返した拍子にくしゃりと皺が寄ってしまったが、そんな事に構っていられない。両腕でしっかりと抱きしめて、唇を噛みしめながら睨みつける。

「何か気になるな。何だソレ」
「何でもいいでしょ!!!てかもう帰ってよ―――っ!!!」
「やだよ、遊びに来たんだし」
「超勝手!!!」







これ以上何を言っても意味はなさそうなので、とりあえず紅茶は出してみる。

「まだ引っ越してきたばっかりで家具も揃ってないのよ。遊ぶモンなんか何もないんだから、紅茶飲んだら帰ってよね」
「残忍な奴だな」
「あい」
「紅茶飲んで帰れって言っただけで残忍…って…」

ブランドロゴがプリントされたTシャツと膝丈のパンツに着替え、髪をツインテールに結わえたルーシィが頬杖を付いてそう言えば、返って来たのはそんな言葉だった。怒りで怒鳴りたくなる衝動をどうにか抑える。
そんなルーシィの向かいに座るナツが、何かを閃いたように顔を輝かせた。

「あ!そうだ。ルーシィの持ってる鍵の奴等、全部見せてくれよ」
「嫌よ!!凄く魔力を消耗するじゃない。それに、鍵の奴等じゃなくて星霊よ」
「ルーシィは何人の星霊の契約してるの?」
「六体。星霊は、一体二体って数えるの」

言いながら、鍵の束を一つ一つ外しながら並べていく。鍵を見せるだけなら魔力を消費する事もないし、星霊達に興味を持ってもらえるのはいい事だ。
なんとなく色で分ける。銀色の鍵が三本と、金色の鍵が三本。そのどれもが違う形、違う紋章が描かれている。

「こっちの銀色の鍵がお店で売ってるやつ。時計座のホロロギウム、南十字座のクルックス、琴座のリラ」

持ち手に時計の針が描かれたもの、上が長い十字架のもの、ハープが描かれているもの。その三本を指していた指が、今度は金色の三本を指す。

「こっちの金色の鍵は黄道十二門っていう(ゲート)を開ける超レアな鍵。金牛宮のタウロス、宝瓶宮のアクエリアス、巨蟹宮のキャンサー」
「巨蟹宮!!!カニかっ!!?」
「カニー!!!」
「うわー…また訳解んないトコに食い付いて来たし」

がたっと椅子から立ち上がるナツとテーブルの上で飛び上がるハッピーの食い付きっぷりに、思わず額に手をやる。確かに蟹は美味しいが。いまいち二人のツボが解らない。
やれやれ、と顔を上げると、一つの鍵が目に留まる。束の中にいながらテーブルの上に並べられなかったそれは、何だかんだで買ったままだったような…。

「そーいえば、ハルジオンで買った小犬座のニコラ、契約するのまだだったわ。丁度よかった!星霊魔導士が星霊と契約するまでの流れを見せてあげる」
「おおっ!!!」

港町の魔法屋で買った銀色の鍵。思ったように色仕掛けが効果を発揮せず、ニアに「オレだったら値切らない」と言われた時のあれである。思い出したらイラッとしたがそれはさておき。
そう言って立ち上がると、目を輝かせたナツとハッピーもテーブルを離れ見やすい位置に移動する。それを背後に感じながら、テーブルを背に立った。

「血判とか押すのかな?」
「痛そうだな、ケツ」
「何故お尻……」

血判、という字を勘違いしていそうなナツの言葉に呆れつつ、小犬座の鍵を持つ。

「血判とかはいらないのよ、見てて」

目を閉じる。左手は胸に、鍵を持つ右手は真っ直ぐ前に伸ばす。
肩幅ほどに足を開き、意識を研ぎ澄ませる。魔力を集中させ、そっと口を開いた。

「我…星霊界との道を繋ぐ者。汝……その呼びかけに応え、(ゲート)をくぐれ」

髪が揺れる。ルーシィの言葉の一つ一つで、魔力が解放されていく。
初めて見る光景に驚いた様子のナツとハッピーの視線の先、真っ直ぐ向けられた鍵の先端から光の鍵穴が生まれた。澄んだ音を立てながら、鍵穴は徐々に広がり、大きくなっていく。

「開け、小犬座の扉―――ニコラ!!!」

目を開けたルーシィの強い呼びかけに、一際強い光が放たれる。ばふっと煙が辺りを包み、どこからか鐘の音が響き、消えた。

「プーン!!!」
「ニコラー!!!!」

そして、そこに現れたのは―――何とも言えない、何とも断言出来ない生き物だった。
二頭身の体は白く、目はくりっと丸く黒い。下がった眉、嗤った口、犬っぽい(と思う)手足。尻尾はない。鼻がある位置には何故かオレンジ色の、角、だろうか。角なのか角っぽい鼻なのか、初見ではちょっと判断出来なかった。
すたっと着地したその謎生物―――子犬座のニコラを、ルーシィは満面の笑みで、ナツとハッピーは凄く微妙そうな顔で見つめる。

「ど……どんまい!!」
「失敗じゃないわよー!!!」

拳を振り上げるルーシィの言う通り、どう見たって失敗だがこれは成功しているのだ。
どこからどう見てもニコラに犬要素はないが、彼(?)は立派な小犬座の星霊なのである。

「ああん、かわい~♪」
「プ~ン」
「そ……そうか?」
「ニコラの(ゲート)はあまり魔力を使わないし、愛玩星霊として人気なのよ」
「ナツ~、人間のエゴが見えるよ~」
「ウム」

ニコラを抱きしめ頬擦りするルーシィの顔は緩み切っている。が、どうにもナツには彼女の言う可愛さが解らない。ハッピーにも解らない。

「じゃ……契約に移るわよ」
「ププーン」

ニコラを離し近くに置いてあったメモ帳を手に取る。表紙をめくってペンを片手に目を向けると、何故か小刻みに震えるニコラがさっと手を上げた。

「月曜は?」
「プゥ~ゥ~ン」

首を横に振る。

「火曜」
「プン」

今度は首を縦に振る。

「水曜」
「ププーン!!」
「木曜も呼んでいいのね♪」
「地味だな」
「あい」

もっと派手な何かがあると思っていたらしい二人が呟く。確かに呼べる曜日を確認してメモしていくだけの作業は地味ではあるが。

「はいっ!!!契約完了!!!」
「ププーン!!!」

と、そうこう言っているうちに契約作業は終わっていたらしい。メモ帳を閉じたルーシィの前でニコラがぴょんと跳ねる。

「随分簡単なんだね」
「確かに見た目はそうだけど、大事な事なのよ。星霊魔導士は契約…すなわち約束ごとを重要視するの。だからあたしは絶対約束だけは破らない…ってね」
「へェー」

―――まさかこの時の、人間として立派な言葉を利用されるとは。
この時のルーシィは、まだ知らなかったのである。






「…で?」

フードを被ったパーカー姿のニアが、ベッドに腰かけ首を傾げる。部屋にある椅子は全て客人である三人に貸してしまっている為、床以外で座れる場所はここだけだった。
あの後自分でもちょっと驚くくらいのスピードで着替えを済ませ、顔を洗って歯を磨き、起き抜けのベッドを軽く整え、ここまでに五分きっかり。で、大人しく待っていた三人を何とか招き入れた。少し寝癖が付いているのに気が付いたが、フードで隠れているので問題ないとする。

「それでね、ここまではよかったの。なのにこの後……!!」
「だから諦めろって。この仕事、ルーシィ抜きじゃ出来ねえしさ」
「う…」

こういう一言にルーシィが弱いのは知っている。今も言葉に詰まった彼女を見て頬を掻き、とりあえず先ほどから気になっている事について聞いてみた。

「その、お前が抱いてるのがニコラか?」
「え?…うん、そうだけど」

小刻みに震える白い謎生物。つぶらな瞳にじっと見つめられ、こちらもじっと見つめ返す。鼻なのか何なのか解らない角もどき、下がった眉、笑ったように開いた口。一つ一つのパーツをじっくりと眺める。
数秒見つめ合った後、ニアは珍しく困ったように眉を寄せた。

「……どれだけ見ても犬に見えない…だと……?」
「そんな真剣に言う事じゃないよ…」

戸惑った声色で呟いたニアに、テーブルに座ったハッピーがツッコんだ。








話は戻って、ニコラと契約した頃。

「そうだ!!名前決めてあげないとな」
「ニコラじゃないの?」
「それは総称でしょ」

それはナツやルーシィを見て人間と呼ぶようなものである。真正面からニコラと向き合うハッピーにそう返してから、ルーシィは顎に手を当て考え込む。
何か特徴から、とニコラを見る。二頭身の姿を見つめて、思いついたのかポンと手を打った。

「おいで!プルー」
「プーン!!」

しゃがみこんで腕を広げると、プルーは四足でこちらに駆けて来た。そのまま胸に飛び込んできた星霊を抱きしめる。

「プルぅ?」
「何か語感が可愛いでしょ。ね、プルー」
「プーン」
「プルーは()()座なのにワンワン鳴かないんだ、変なのー」
「アンタもにゃーにゃー言わないじゃない」
「プーン」

首を傾げるナツを、座ったまま見上げて笑う。呼びかければちゃんと答えてくれる辺り、プルーも気に入ってくれているのだろう。
……これは余談ではあるが、犬か猫かなら断然猫派、白黒三毛それ以外も平等に好きな無類の愛猫家であるニアからすると、猫の姿なのに普通に喋るハッピーは衝撃的だったりする。ルーシィしか知らず口止めもされている事ではあるが、「猫なのに鳴き声が違う…にゃあと鳴かない猫なんて猫じゃない……!!!」と愕然とした様子で両手両膝をついていたりもする。
鳴き声云々でそんな事を思い出していると、急にプルーがルーシィの腕の中から飛び出した。

「!?」

驚くルーシィの前で、突然プルーが踊り出す。まずは両手を右に持っていき右に移動。

「な……何かしら…」

止まったと思ったら両腕をしゃかしゃかと上下に振り。

「プーン」
「えーと……」

腕の振りを止め、両腕で丸を作ってダンスは終わった。
一連の動きをしっかり見てはいた、何か伝えたいのだろうなというところまでは解った。だが、その伝えたい内容が全く解らない。一緒に踊ろう、だろうか。多分違う。

「プルー!!!お前いいコト言うなあっ!!!!」
「何か伝わってるし!!!」

頭を悩ませるルーシィの横で、ナツが勢いよく座り込んだ。どうやら彼には伝わっていたらしい。

「星霊かあ……確かに雪山じゃ牛に助けてもらったなあ」
「そうよっ!!アンタはもっと、星霊に対して敬意を払いなさい」
「あん時はルーシィがついて来るとは思わなかった。けど…結果ルーシィがいなかったらヤバかったって事だよなあ。よーく考えたらオマエ、変な奴だけど頼れるしいい奴だ」
(コイツに変な奴って言われた!!軽くヘコむわね)

ルーシィからすればナツの方が変な奴なのだが。

「そっか…」
「な……何よ?」
「ナツ、どうしたの?」

目線を上げ考え込むナツに、つい訝しげな視線を送ってしまう。彼の考えが読めないのはハッピーも同じのようで、不思議そうな顔を向けていた。

「よし!!決めた!!!プルーの提案に賛成だ!!!」

暫し何やら考えて居たナツが、座り込んだのと同じ勢いで立ち上がる。

「オレ達でチームを組もう!!!」
「チーム?」
「なるほど―――っ!!!」

ナツの提案にハッピーは飛び跳ねているが、ルーシィにはいまいちピンとこない。団体行動なのだろう、とはなんとなく解るのだが。
そんな様子に気づいたらしいハッピーが、片手を上げて説明してくれる。

「あい!!!ギルドのメンバーはみんな仲間だけど、特に仲のいい人同士が集まってチームを結成するんだよ。一人じゃ難しい仕事も、チームでやれば楽になるしね」

少し考える。
ルーシィはまだまだ新人の魔導士だ、一人で出来る仕事は多くない。一度ギルドに入る依頼をじっくり見た事があるが、その内容の大半は魔物を倒せだの賊の退治だのと所謂討伐系で、かといってまだそんなに話した事のない魔導士達に声をかけるのは少し気が引けていた。
だが、チームを組むのなら話は変わってくるだろう。仕事の際も声をかけやすくなるし、無理だと避けていた依頼もいくらか受けられる。
悪い話ではない。むしろ好都合だ。それに、仕事云々抜きに心が躍る。

「いいわね!!それっ!!!面白そう!!!」
「おおし!!!決定だ―――っ!!!」
「契約成立ね!」
「あいさ―――っ!!!」
「プーン」






「……いい事だろ?別に騙しても騙されてもないんじゃ…」
「ここからよ!!ここまではまだよかったの!!!」

ニアはちょっと疲れ始めていた。まだ部屋から一歩も出ていないが、よく考えたら朝食もまだの寝起き状態なのだ。体力の消耗はないが体力の源である食事も摂っていない、その状態での長話は結構きつい。が、どうやらここからが本番らしいルーシィの話を、ここまで聞いておきながら遮ってしまうのはどうにも気が引けて、一言「まず飯が食いたいんだが」とは言えず。
……きゅるる、と小さくなった腹の虫に、全力で無視を決め込んだ。洒落ではない。







変な奴だの残忍だの言いながらも認めてくれたって事かしら、とルーシィが少し浮かれていた時だった。
……一応言っておくと、確かに、チームを組もうと誘ってくれたのは嬉しかった。それは嘘偽りなく本当の事だ。だが、だからといって納得出来る話ではない。それはそれ、これはこれなのである。

「早速仕事行くぞ!!ほら!!!もう決めてあるんだ―――!!!」
「もう、せっかちなんだからあ~」

ばん、とナツが依頼書をテーブルに叩き付けた。少し色褪せたそれを手に取って、並ぶ情報に目を落とす。

「シロツメの街かあ……聞いた事あるような、ないような…」

あちこち旅をしていたらしいニアなら知っているだろうか、と思いながら目線を下へ。自分の髭を引っ張るふくよかな男性の写真の下、強調するように一際大きく書かれた六桁の数字に、思わず目を見開いていた。

「うっそ!!!エバルー公爵って人の屋敷から一冊の本を取って来るだけで……二十万J!!!?」
「な!!オイシー仕事だろ?」

美味しいどころの話ではない。本を取って来るだけなら危険な要素もないし、それで二十万はかなり大きいはずだ。依頼に対する報酬の相場はまだよく解らないが、それにしたってちょっと怪しくなるくらいいい話である。
初仕事から良案件、これなら討伐系でもないし失敗する事もない……そう思って、依頼書の一番下に目をやって、気づく。

「……あら?あらららららら…!!!?」

大きく書かれた報酬六桁の下に、三行ほど。
上にある写真の、髭を引っ張り舌を出した男性がエバルー公爵である事。その侯爵が女好きで、スケベで、変態である事。
そして最後に、ただいま金髪(ブロンドヘア)のメイドを募集している、との事。

「ルーシィ、金髪(ブロンドヘア)だもんな」
「だね!!メイドの格好で忍び込んでもらおーよ」

鈍い動きで振り返れば、後ろで二人がそんな話をしていて。
三人で仕事で、女性はルーシィのみ。しかも募集されている条件にぴったり合う金髪で、エバルー公爵とやらは女好きでスケベで変態というロクでもなさ。

「アンタ達、最初から……」

家に来たのも、チームを組もうと言い出したのも。
全部全部、この依頼にルーシィを連れていく為だったのだ。

「ハメられた―――――っ!!!!」
「星霊魔導士は契約を大切にしてるのかあ、偉いなあ」
「ひでえ―――――っ!!!」

ニヤニヤとナツが笑う。作戦成功と言わんばかりの態度に腹が立った。

「騙したな!!サイテ―――――!!!!」
「さあ行くぞ、ルーシィ」
「メイドなんてイヤよ~っ!!!」
「少しは練習しとけよ。ホレ…ハッピーに言ってみろ、「ご主人様」って」
「ネコにはイヤ!!!!」







――――そして、今に至る。

「契約不履行よね、こんなの!!」
「って言われても、それはお前等の問題だろ。ギルド云々の事に赤の他人巻き込まれてもな……まあ、流石にナツの手も汚いと思うが」
「そうか?」
「汚いわよ!!!」

けろっと言ってのけたナツにルーシィが噛み付く。何度目か解らないやり取りに隠す事なく溜息を吐いて顔を上げると、きょとんとしたようにこちらを見るハッピーと目が合った。

「どうした?」
「あい。大した事じゃないけど、ちょっと意外だなーって。ニアの事だから怒ると思ってた。嫁入り前のコイツに何させる気だーとか何とか言って」
「あ、確かに。前にそれでグレイとロキ蹴っ飛ばしてたもんな」

ぎゃんぎゃん喚くルーシィを完全にスルーしたナツも言う。あの状況で見てたのかと少し驚きながら口を開く。こう聞かれるであろう事は想定済みなのだ。

「それでもギルドの仕事にオレが口を挟む訳にはいかないだろ。相手が相手だから何かあったら、とは思わなくもないが、それで対処するのはオレじゃなくてナツだ。オレの護衛期間はルーシィがギルドに入るまで。もう切れてる」

ひらりと手を振って、一人掛けのソファに座るルーシィの頭にぽんと手をやる。そのまま髪が乱れない程度に撫でると、ちらりと目線がこちらを向いた。

「不愉快だろうが頑張ってこい、愚痴なら聞いてやる。……こうやってオレを頼るのもそろそろ止めておかないと、オレがいなくなってから苦労するぞ」

そう言って手を離すと、ルーシィが少しだけ寂しそうな顔をした、気がした。離した手が戻りかけるのを何とか抑える。それでは意味がないと、小さく唇を噛みしめる。
瞬きを一つした時には、既に吹っ切ったように笑っていた。

「…そうね。あたしだって妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だもの、ぐちぐち言ってないで頑張るしかないわよね!!!」
「その意気その意気。頑張れ」
「うん!!!…あ、でも」

途切れかけた勢いに首を傾げると、拳を握ったルーシィが少し照れたように笑う。

「ギルドに入って初めての仕事だし、帰って来たら話しに来てもいい…かな。愚痴とか、こんな事があったよ、とか」
「……それまでマグノリアを離れるな、と」
「だ、大丈夫よ!!すぐ帰って来るから、ねっ」

どちらにせよ、まだもう少しマグノリアに滞在する予定なのだが、言わないでおく。具体的な日数を口にしてしまうより、気づかれないうちにひっそりと次の街に移動しようと決めた。
――――ギルドに加入する、という可能性をゼロにした訳ではない。けれど、一にも満たない可能性を選択肢にするのは、どうにも恐ろしかった。忘れるなよ、と誰かがそっと囁く。
今すぐにでも蹲ってしまいたくなる衝動を必死に抑える。自分ではしっかり笑ったつもりだが、上手く笑えているだろうか。

「あんまり待たせるなよ」

もっと気の利いた事が言えればよかったのに、今のニアにはこれが精いっぱいだった。







同時刻の妖精の尻尾(フェアリーテイル)

「あれ?エバルー屋敷の一冊二十万Jの仕事……誰かに取られちゃった?」
「ええ……ナツがルーシィ誘って行くって」
「あーあ……迷ってたのになあ……」

依頼版(リクエストボード)の前で、青い髪の少女が首を傾げる。背の高い帽子を被った青年と何かのホルダーを両肩から下げた青年を連れた小柄な少女に通りすがったミラが言えば、がっくりと肩を落とした。

「レビィ……行かなくてよかったかもしれんぞい」
「あ!ギルドマスター」

と、その少女―――レビィに、カウンターに腰かけたマカロフが声をかける。

「その仕事…ちと面倒な事になってきた…たった今、依頼主から連絡があってのう」
「キャンセルですか?」

重ねた皿を抱えるミラが問う。
ギルドに入って来た依頼がキャンセルされる、という例はあまり珍しくない。早急に対処してほしいからと依頼主があちこちのギルドに依頼した結果他のギルドが片付けてしまっていたり、こちらが受ける前に依頼主の方で何とかなった場合だったり、何か都合が合わなかったり、その理由は様々だ。

「いや…」

だが、今回の場合はそうではない。
にやりと笑ったマカロフが、特に驚いた様子もなく告げる。


「報酬を二百万Jに吊り上げる……だそうじゃ」


―――瞬間、ギルドがざわついた。
元々の報酬ですら不釣り合いとも思えた依頼に、二百万。文字として書いてしまえばただゼロが一つ増えるだけだが、そのゼロ一つがとんでもない差をつけてくる。

「十倍!!?」
「本一冊で二百万だと!!?」
「な…何故急にそんな……」
「討伐系並みの報酬じゃねえか……一体……どうなってんだよ……」
「ちィ……惜しい仕事逃がしたな」



「面白そうな事に……なってきたな」

一気にざわつくギルド、その一角。
窓際の席、テーブルに背を向ける形で座っていたグレイが、煙草を咥えたままにやりと笑った。







「馬車の乗り心地はいかがですか?ご主人様」
「……冥土が見える」
「ご主人様役はオイラだよ!!!」
「うるさいネコ!!!」

そんな事情も知らない彼等は、シロツメの街に向かっていく。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
今月中にもう一話、いけるか……!?と挑戦しつつお送りしました第五話。シリアスっぽく始まり、本当は最後に彼が動くはずだったのに途中のシリアスもどきのせいでしっくり来なくて断念…どうなるエバルー編、ここにきて白紙状態になりかけております!
けどなあ…エバルー編に一切関わって来ないシリアス入れられても「何だコレ」だろうしなあ……ううむ。

兎にも角にもエバルー編開始。今回ニア君の出番危うし、このままじゃただの原作じゃないか!と大慌てで初っ端からニア君のターンです。そして徐々に明らかになる召喚される彼等の問題行動の数々。
ニア君の葛藤、暗い過去、そして謎の女性カタリナの存在。前回と今回で、少しずつではありますがニア君の抱えるものが明らかになってきてるのかなあ、と書いてる身では思います。
……もういっそ、ナツ達がエバルー編してる裏でニア君側はこの感じで行こうかなあ。明暗の落差がヤバそうですが。

と、ここで一つ宣言を。
エバルー編終了後ララバイ編開始前、一話完結のオリジナル話入れます!
……いや、こうやって皆様の前で宣言しておけば絶対やるな私、と思いまして。ここでやらないとお蔵入り決定の話だったりしますが。

エバルー編でのニア君の出番は、ギャグ寄りかシリアス寄りか。
ここにきてまさかの真っ白状態ですが、何とか次回も書き上げますので…!……こっちが見たい、とか、意見があれば是非是非。私頑張る。

ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。




ところで皆様、「両思いなのは明らかなのに片方(男の方)がヘタレで進展せず、周囲が『とっとと告白してくっついてしまえ!』とやきもきする二人」と、「晴れて付き合い始めたはいいけどTPО関係なくナチュラルにいちゃつくばかりに、周囲が『リア充爆発しろやオラア!』と八つ当たりしたくなる二人」だったらどちらを選びます?
まあどちらにせよ大差ないと思われますが。ただ男性側が消極的か積極的かくらい。 
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