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エターナルユースの妖精王

作者:緋色の空
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火竜と猿と牛


酷い吹雪だった。まともに周囲も見れやしない。はあ、と吐いた息が白く、ふわりと消える。
こういう時、飛べてよかったとニアは思う。靴が濡れる事も、ズボンの裾を濡らす事もなく、雪を踏みしめなくても雪山を歩けるのはとても楽だった。
とはいえ、ニアは飛べるだけだ。吹き荒れる吹雪を回避する手段は、はっきり言ってニア個人にはない。足先に意識を回せても、結局全身ずぶ濡れになってしまう。
が、それはニアが一人だった場合の話。彼はいつ何時も、一人きりになる事はまずないのである。

《どうだい、ニア。寒くないかな?》
「ああ、快適だ。悪いなマーリン」
《私と君の仲だろう、気にする事じゃないよ》

くすくすと口元に手を当て笑うのは、真珠のような光沢のローブを纏う青年だった。あちこち跳ねたり緩くうねった髪は毛先に近づくにつれ色を濃くし、頭頂部の淡い髪色が、徐々に深い紫に染まっている。右手には身の丈より少し背の高い、先端に魔水晶(ラクリマ)を飾った杖。ニアと同じように地面から少し浮いた、マーリンと呼ばれた青年は《ふむ》と一つ頷く。

《寒さにも暑さにも滅法弱い君が、こんな軽装でこんな雪山に行くと言うから、気に食わないけどベディを呼ぶべきかとも思ったけど……》
「何でだよ」
《いや、君の世話係はアイツだろう?納得いかないけど。……ともかく、何故そこで私なのかと思った訳だよ。まあ今は理解出来てるけどね、君は防寒壁がほしかった訳だ》

そう。今ニアが呼び出しているマーリンは魔導士である。専門は攻撃系魔法よりも防御や補助系魔法。戦いの場であれば後方で支援を行い、別に呼び出した誰かを強化し守るのが彼の役目だ。余談だが、ニアをサポートする機会はあまりない。彼は、自分の手は汚さない主義なのである。
とにかく、そのマーリンが扱える魔法の中には、暑さや寒さをいくらか遮るものもある。その魔法を持ち前の魔力でブーストし、足りないようなら数度重ねて、このおかげで防寒具の一つも用意していないニアでも雪山で平然と立っていられる訳だった。

「…寒いの嫌だし。それにお前、そういうエンチャント系得意だっただろ。そんな用で呼ぶのもどうかと思ったけど、寒いのは本当に嫌だし……」
《だった、ではないよ。現在進行形で大得意さ。あと私は、君からならどんな用で呼ばれても構わないから気にしなくていい。何ならいっそ、呼んで呼んで呼びまくってくれたまえ。そうすればベディに自慢出来るぞっ、いやあ楽しいね!》
「そうだった、お前ってそういう奴だった……ベディに喧嘩売りたがるよな、マーリンって…」
《えー、だってアイツずるいしー?私だって君の世話係に立候補していたのに先越されて、何でもかんでも独り占めだし?》
「前々から思ってたが、何でそんなにオレの世話係って人気なんだよ……別にオレ、由緒正しきナントカでもないただの一般人だぞ?」
《解ってないなあニアは!私も含め、世話焼きの自覚がある奴は大体君の面倒が見たいんだよ。何てったって君は、放っておいたらロクに食事も摂らないくらい生活面での不安の塊みたいな奴だからね。放っていく訳にはいかないだろう?》
「別に空腹は気にならないし…限界が来たら食べるくらいで十分だろ?」
《ほらそういうところ!そういうところが可愛いんだって。何かこう……弟見てる感?》
「お前の可愛いの基準が解らん…」

呆れた声色で呟いて、マーリンに向けていた目を雪山に移す。
飛べば山頂まで然程時間はかからない。ロメオの話ではバルカン退治の仕事だったらしいから、適当にバルカンが生息していそうな穴でも探せば何とかなるだろう。ある程度高所、穴、と探すべきポイントをいくつか絞り、マーリンを見やる。

「そっちの準備は」
《いつでも行けるよ。いやあ、体があるのに寒さを感じないっていいね。雪山だろうが砂漠だろうが、体への影響が一切ない!》

屈託なく笑う彼に頷いて、更にふわりと飛び上がる。自分の周囲を流れるように避けていく吹雪にちらりと目をやって、真っ先に目に留まった穴目がけて軽く宙を蹴った。

《そういえばさあ》
「ん?」
《さっき、何か言ってなかったかい?助ける必要のある奴が出来たとか何とか》

横を飛ぶマーリンの問いに、ニアは涼やかな表情で返す。

「多分オレの勘違いだろう。気にしなくていい」






――――ちっとも気のせいなんかじゃないのだった。

「『何でこんな事に…なってる訳ー!!!?』……と、申されましても」
「ウッホウホホ、ウホホホ~」
「何かあの猿、テンション高いし!!!」

ハコベ山のどこかにある洞穴の中。困ったように顔を覆うホロロギウムの中で、ルーシィは叫んでいた。その周囲では、手を振り上げたり足を上げたりと忙しなく踊るバルカンが鳴き声を上げながらぐるぐる回っている。
訳も解らず連れ攫われた、と思ったらこれだ。一緒にいたナツは「喋れんのか」なんて呑気に言っていたし、これまで何かあると真っ先に駆けつけてくれていたニアはそもそも一緒に来ていない。そして凶悪モンスターなんて言われているバルカンを倒せる自信は、ルーシィにはない。

「ここってあの猿の住処かしら。てか、ナツはどうしちゃったのよー……」
「女♪」
「!!」

ガラス戸にぴとりと頬をくっつけ周囲を探る。が、見えるのは白っぽい岩の壁と鋭い氷柱、それから―――気づけばガラス戸にぐっと顔を寄せている、バルカンの顔。気持ち悪いくらい緩んだ顔がにゅっと視界に入り、思わず顔を引いた。
かなりの至近距離で見つめ合う。じっと目を逸らさずに見つめられるのは(距離が近いという事も含め)ニアにも時々やられる事だが、それとこれを一緒には出来る訳もない。彼は何か気に留めたり何かをよく見たい時は、そのものではなく自分が距離を詰めるタイプなのである。―――と、軽く現実逃避していたのが、よくなかったのだろうか。

「!!!」

視界が広くなった。先ほどまで閉塞的だった空間が広がって、遮断されていた冷気が一気に肌を刺す。透明な壁を一枚挟んでいたはずのバルカンの顔との間には何もない。
最後の砦だったホロロギウムがいなくなってしまったのだと、否が応にも気づいてしまう。

「ちょ……ちょっとォ!!ホロロギウム!!!消えないでよ!!!」
『時間です。ごきげんよう』
「延長よ!!!延長!!!ねえっ!!!」

慌てて呼びかけるが、返って来たのはそんな言葉。それ以降は返事もない。
寒さと恐怖に震えながら真正面を見る。ついに邪魔するものがなくなったと気づいたらしいバルカンが荒く鼻息を吐いていた。んふ、と音がする度に薄く白い息が見え、消えていく。
星霊を呼ぶ、という行動すら取れない。毛布を強く掴み、目を逸らす事も出来ずに、そんなルーシィにバルカンは、じわじわ距離を縮めて来る――――

「うおおおっ!!!やっと追いついたーっ!!!」
「ナツ!!!」

大きな足音が響く。音を辿って左を向けば、大きく腕を振ってこちらに走ってくるナツの姿が見えた。
どうやらあの後追いかけて来てくれたらしい。ナツの目的はルーシィではなくバルカンの方かもしれないが、今はそんな事はどうだっていい。これでこの状況から脱する事が出来るのだから。

「マカオはどこだああ―――――っ!!!」

走るナツ。
……だが、今更ではあるが、ここは雪山である。足元は、少しとはいえ凍っているのである。

「あがっ!!ぐおおふあっぶへっ!!!」

つるん、と。
駆けて来るナツの足が滑った、と思った時には、勢いを殺す事も出来ず、ぐるぐると体を縦に回転させたまま思い切り壁に激突していた。ぶつかったと同時に派手な音を立て、逆さまになりながらどうにか止まる。
これには助けられた身のルーシィも「ふ…普通に登場とか出来ないのかしら…」と額に手をやって呟いた。

「オイ!!!サル!!!マカオはどこだ!?」
「ウホ?」

逆さまのままナツが言う。ここでようやくナツに目を向けたバルカンは緩めていた顔を引き戻し、何を言っているんだと言わんばかりに声を上げた。相手の目が自分に向いていないその隙に、ルーシィはさささっと座ったままバルカンから離れる。
乱れたマフラーを直しながら立ち上がったナツは、今度は走らずバルカンと距離を詰める。

「言葉解るんだろ?マカオだよ!!人間の男だ」
「男?」
「そーだ!!どこに隠した!!?」
「うわー!!「隠した」って決めつけてるし!!!」

びしっと指を突き付けるナツに思わずツッコみ―――ふと、ルーシィの脳裏を一つ思考が過ぎった。
それはきっと、本来考えてはいけない事だった。けれど、一度考え出したら止まらない。

(ま……待って…!!冷静に考えたら…マカオさんってまだ生きてるのかしら……)

ロメオの話では、マカオがこの依頼を受けて既に一週間。三日で帰ると言っていた辺り、一週間分の荷物はまず持っていない。更にこの雪山の猛吹雪、相手は凶悪モンスター。マカオというのがどれほどの魔導士なのかは知らないが、無傷ではないだろう。
食料、寒さ、怪我……考えれば考える程、嫌な方に向かっていく。

(もしかして…マカオさんはもう……)

だからマカロフは、救援を出さなかったのではないか―――?

「ウホホ」
「おおっ!!通じたっ!!」

視界の隅で、にやりと笑ったバルカンがナツを手招くのが見えた。

「どこだ!!?」

招かれた先は穴だった。猛吹雪が激しい勢いで流れていくのが見える。四つん這いになり穴から外を見るナツの背後、こっちだと示すように指を向けたバルカンの手が―――動く。
指を揃え、掌をナツの背中に向け、曲げた肘を一気に前へ。

「あ」

どかっ、と音がする。やっちまった、と顔を歪めたナツの声が、叫びとなって徐々に遠くなっていく。
無防備な彼を、後ろからバルカンが突き落とした。その様子を、ナツが落ちていく様を、ルーシィは見ていた。





「……ん?」

巣になりそうな穴を覗いては外れ、を繰り返していたニアが、何かに引っ張られたかのように目線を右に向けた。
目に映るのは相変わらず白一色。寒さという意味ではともかく、視界を遮ってきて鬱陶しい猛吹雪。それ以外にはうっすら木のようなものが見えるなあ、くらいの景色で、けれど何かが見えた気がして首を傾げる。

《どうかしたのかい?》
「いや…今、何か……」

見えたような、聞こえたような。そんな曖昧なもの。
問うたマーリンにそんな風に答えると、彼もこてりと首を傾げた。

《雪の塊でも落ちたのかな?》
「だとしたら何かがいる可能性があるな。…上か?」
《多分ね。まあ、行くだけの価値はあると思うよ。大丈夫、何かあったら私が守ってあげよう!ただし守るだけだから、バルカンでも出たら自力で退治しておくれよ!》
「了解。行くぞ」

そのまま二人は飛び上がる。
徐々に遠くなる叫びは吹き荒れる風の音に隠れて、どちらの耳にも届かなかった。






「ナツ――――!!!」
「男……いらん。オデ……女好き♪」

ナツが落ちた穴は、バルカンの巨体が邪魔で覗けない。気づくと同時にその右にある穴に駆け寄る。その間にも、ナツの絶叫が吹雪に呑まれて聞こえなくなっていく。

「やだっ!!!ちょっと…死んでないわよね!!!アイツ、あー見えて凄い魔導士だもんね…!!!きっと大丈…」

自分を安心させるように言いながら下を覗き込んで―――ルーシィは、そこから先の言葉を失った。
底が見えない。吹き荒れる吹雪の影響もあるだろうが、それにしたって見えない。仮に落ちたのがニアであれば自力で飛んで戻って来られるだろうが、ナツは炎の魔導士だ。飛ぶ手段なんて、きっと持っていない。

「男いらん、男いらん。女~女~!!!ウッホホホー」
「女!女!!ってこのエロザル、ナツが無事じゃなかったらどーしてくれるのよ!!!」

戦える自信はない。けれど、ここでもたもたしていてはナツの身がどうなるか解ったものではない。
どたどたと足音を立てて踊るバルカンを睨みつけ、腰に束ねた鍵の束を掴む。手に伝わる感触だけで目的の鍵を見つけると、鍵を握った右手を突き付ける。

「開け……金牛宮の扉…タウロス!!!!」
「МО―――――!!!!」

鐘の音と魔法陣。
高らかに声を上げるのは、二足で立つ牛だった。巨大な斧を背負った巨体はバルカンに勝るとも劣らず、引き締まった腹筋が露わになっている。

「牛!!?」
「あたしが契約してる星霊の中で一番パワーのあるタウロスが相手よ!!!エロザル!!」

何もないところからタウロスが現れた事にか、それとも牛が二足で立っている事にか。だらしなく緩んでた目を吊り上げて、バルカンが反応する。
バルカンの見た目からして、それ相応の力のある星霊でないと歯が立たないだろう。ならばと呼び出したタウロスは、どういう訳かすっとルーシィの前からその隣に立ち位置を変えた。

「ルーシィさん!!!相変わらずいい乳してますなあ、МОーステキです」
「そうだ……コイツもエロかった…」

んふー、と荒い鼻息といい、緩んだ顔といい、見た目が猿から牛になっただけである。寒さで判断力が鈍ったかと思えてしまうセレクトだった。思わず額に手をやり深く溜息を吐いてしまう。

「ウホッ、オデの女取るなっ!!」
「オレの女?」

緩んでいた顔が一気に引き締まる。バルカンの言葉に、タウロスがぴくりと眉間を動かす。

「それはМО聞き捨てなりませんなあ」
「そうよタウロス!!アイツをやっちゃって!!」
「『オレの女』ではなく『オレの乳』と言ってもらいたい」
「もらいたくないわよっ!!!」

真剣な顔で妙な事を言い出したタウロスに、胸を隠すように腕を回しながらツッコミを一つ。
どうやらやる気になったらしく斧の柄に手をやったタウロスの後ろ姿を見つめながら、それでも不安は拭えない。
それはタウロスが負けてしまうかも、といった事ではない。タウロスなら負けないと信じている。問題はそこではなく、そのタウロスを呼び出しているルーシィ自身にあった。

(さっきホロロギウムを時間いっぱい使っちゃったし、タウロスの分のあたしの魔力が持つかが心配だけど……)

ぐっと拳を握りしめる。
ルーシィの魔力は大して多くない。一般的に見れば少ないとさえいえる量だった。それに加えて、タウロスやアクエリアスといった金の鍵の星霊は魔力を他より多く消費する。
いくらタウロスの方がまだ戦える状態にあっても、その彼を維持出来なければ意味がない。魔力が切れてしまえば、他の星霊も呼べない。誰の力も借りずにバルカンの相手を出来る程、ルーシィ個人は強くない。体術を嗜んでいる訳でもなく、鞭一つで倒せる相手でないのは解っている。

「タウロス!!!」
「МО準備OK!!!!」
「ウホォ!!!」

ならば速攻。魔力が切れ、タウロスが消えてしまう前にバルカンを倒す。悠長にやっている暇なんてない。ルーシィの魔力云々もだが、この高さから突き落とされたナツを助けに行かなければいけないのだから。
名前を叫ぶ。両手でしっかりと斧を構え声に応えたタウロスが力強く地面を蹴って駆け出し、迎え撃つべくバルカンが飛びかからんと構え、そして。

「よ~く~も落としてくれたなァ…」

両者が激突する直前だった。
聞き覚えのある声がして目を向ける。タウロスとバルカンもそれぞれ声のする方に目をやると、下からゆっくりと何かが―――否、誰かが引っ張り上げられている。

「あ~ぶ~な~かった~…」

細い何かに引っ張られる、その誰か。
風に靡くマフラーと腰巻き、そして声。何事かと向けられたルーシィの顔が、気づくと同時にぱっと輝いた。

「ナツ!!!よかった!!!」
「ん?」

名前を呼ばれたナツが目を上げる。
そのまま状況を把握するべく視線を左右に動かし、そして。

「何か怪物増えてるじゃねーか!!!!」
「きゃああああああっ!!!」

ゴス、と嫌な音がした。地面に降りたと同時にナツが飛び蹴りをかました音だった。
その蹴りを顎に喰らった相手―――タウロスは、そのまま綺麗に放物線を描いて落下する。これには思わずルーシィが叫び、バルカンが不思議そうに「ウホ」と鳴いた。

「МО…ダメっぽいですな……」
「弱―――!!!人がせっかく心配してあげたのに何すんのよー!!!てゆーかどうやって助かったの!!?」

そして想像以上にタウロスが脆かった。
驚きだったり苛立ちだったりを混ぜ込んで問うと、こちらを向いたナツがにっと笑う。

「ハッピーのおかげさー、ありがとな」
「どーいたしまして」
「そっか……ハッピー、羽があったわね。そーいえば」
「あい。能力系魔法の一つ、(エーラ)です」

ナツの目線を追って見上げると、ぱたぱたと羽を動かすハッピーがいる。先程ナツを引っ張り上げていたのはハッピーの尻尾だったのだろう。そういえばハルジオンでも、船から逃げる際に尻尾が腰に巻き付いて引っ張られたのを思い出した。

「アンタ乗り物ダメなのに、ハッピー平気なのね」
「何言ってんだオマエ。ハッピーは乗り物じゃねえよ、“仲間”だろ?ひくわー」
「そ…そうね、ごめんなさい」

すす、と距離を空けて引くナツに戸惑いつつも謝罪しながら、ルーシィは密かに「ひかれた!!」とショックを受けていた。







《……魔力反応あり。数は三…いや、四か?一つ、明らかに弱ってるね》
「当たりって訳か」
《多分。この弱ってるのがそのマカオって人だとしたら、ちょっとマズいかな》

ぽつりと呟かれた言葉に、少し考える。
反応は三か四。それが人間なのかバルカンなのかまではマーリンにも判別は出来ない。三つ、と聞いて頭に三人―――具体的には二人と一匹の顔が浮かぶ。残り一つの弱った反応がマカオであれば既に発見されており、バルカンであれば既に討伐されているかもうすぐ倒せるか。
それなら急ぐ必要もない。ほっと安堵の息を吐いて、少し速度を緩める。そんなニアの耳に、《あ》と何かに気づいたようなマーリンの声が飛び込んだ。

「どうした?」
《……魔力反応のうち一つ。これ、ヒト……ヒト、なのか?》

訝しげにマーリンが言う。
はて、とニアはマーリンの顔を見る。反応の強弱は解ってもその種族までは判別出来ない彼が、種族に関して首を捻るとはどういう事か。珍しいどころか初めて見る光景に胸騒ぎがした。
魔力からして何かが違う何者かがいるのか、それとも、バルカンの魔力が異質なのか。目指す先にいるであろう三人は彼がここまで首を傾げるような魔力の持ち主ではないだろうし、多分どちらかだ。
前者であれ後者であれ、いい状況ではない。そもそも、その弱っている一つがマカオであると断定も出来ないのだ。まだマカオを見つけられず、誰か―――例えば、ルーシィが弱り切っていたとしたら。ナツとハッピーと、全力のバルカンという構図だったら。それならまだいい。ナツなら何とかなるかもしれない。だが仮にナツが弱ってしまっていたとして、ルーシィ一人でバルカンを相手になど出来るのか……?
それは無理だ、と唇を噛む。魔力残量と呼んだ星霊にもよるが、多分倒せない。更に相手がバルカンですらなく、何なのかも解らない新種の生物だったら……。

「ウホホォッ!!!」
「!!!」

不覚まで潜り込みかけた予感が、吹雪の中でもはっきり聞こえた声に破られた。
バルカンだ、と即座に気づく。苛立ったような声、それから間を置かずに足音と思われる何か。目を向ければマーリンは頷いて、彼の言う魔力反応が示す先にいるのだと判断する。
声からして、バルカンは弱っていない。だとすれば、感知した弱っている反応は―――――。

《どうする、ニア?》
「急ぐぞマーリン。あと魔法の用意頼んだ!!」

嫌な予感がする。あと少しで出遅れになってしまうような気がする。
それはあの時と同じ予感だった。あの時感じた、今動かなければ二度目はないと誰かに囁かれたような感覚。すぐ傍にあるのに掴めるのかが曖昧な何か。
そう言うやすぐに速度を上げたニアの後ろ姿を見上げたマーリンは、何か眩しいものを見るように目を細め、くすりと笑う。

《合点承知。私が行くからには、傷一つ付けさせないとと約束しよう》

唇にそっと人差し指を当て、静かに片目を閉じて。
吹雪に隠れそうな彼を追うべく、マーリンはふわりと体を浮かせた。







「いいか?妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーは全員仲間だ」

痺れを切らしたような声を発し肩を震わせたバルカンが、四足で向かってくる。低く重い足音が絶え間なく響き、地面を揺らす。
明らかに苛立った顔でバルカンが睨む先にはルーシィ――――ではなく、ナツ。だというのにナツはバルカンに背中を向け、戦うどころか話し始める。向かい合うルーシィが目を見開いても、拳すら握らない。

「じっちゃんもミラも」
「来たわよ!!!」

後ろを指す。けれどナツは振り返らず、腕を緩く開いたまま。

「うぜェ奴だがグレイやエルフマンも」
「解ったわよ!!!解ったから!!!後ろ!!!ナツ!!!」

もう距離はない。今から振り返ったとしても戦えず一方的に殴られるであろう事は、ルーシィにだって想像出来た。そうなってしまってはもう打てる手はないし、それ以前にそんな光景なんて見たくない。
慌てて叫ぶルーシィに対し、ナツは少し声のトーンを変えた。慌ても驚きもしない真剣な顔と声で、大事な事を大事そうに呟く。

「ハッピーもルーシィも、みんな仲間だ」

―――――ほんの一瞬、ルーシィは言葉を失った。
入りたての新人をはっきりと仲間と呼んでくれたのが嬉しかったのか、この状況でそう言い切ったナツの真剣さに見入ってしまったのか、それ以外の理由があるのか。それは定かではなかったけれど。

「だから…」

ナツが振り返る。バルカンが、今にも飛びかかろうと両腕を伸ばす。

「オレはマカオを連れて帰るんだ!!!」

足が地を蹴った。その勢いで体を回転させ、飛びかかるバルカンがナツの頭上を飛び抜けていく一瞬、炎を纏った左足でバルカンの顎を蹴り上げる。
適格に顎を狙った一撃が、バルカンの巨体を容赦なく吹き飛ばす。慌てて体を縮こめたルーシィの左上をバルカンが吹っ飛び、顔から地面に落下した。

「早くマカオの居場所言わねえと黒コゲになるぞ」

着地しながら余裕そうに向けられたナツの言葉に、バルカンが鼻息を荒くする。
怒った表情のまま起き上がったバルカンが頭上に手を伸ばした。パキ、と小さな音がして、垂れ下がった氷柱が折れる。

「ウホホッ!!!」
「火にはそんなモン効かーん!!!」

氷柱を折っては投げてまた折ってを目にも止まらぬ速さで繰り返すバルカンだが、ナツには全く効いていない。腕を大きく広げるナツから発せられる熱で、ナツに近づくだけで全て解けていってしまう。
これでは勝てないと気づいたのだろう。氷柱を折るのを止めたバルカンは、ふと近くにあったそれを手に取った。

「ウホ」
「それは痛そうだ」
「タウロスの斧!!!」

ルーシィが叫ぶ。バルカンが両手で握ったそれは、先程ナツの蹴りで呆気なく伸びてしまったタウロスの武器だった。
慌てて目を向けると、まだタウロスは伸びている。彼が倒れたと同時に星霊界に帰っていれば斧もここから消えるのだが、タウロスがここにいるのなら彼の持ち物である斧もここにある。更に、ルーシィではタウロスを強制的に星霊界に帰す事が出来ない。今すぐにタウロスが意識を取り戻し、自分から帰らなければ、あの斧は消えないのだ。

「キェエエエエッ!!!!」
「わっ」

奇声と共に大きく振るわれた一撃をしゃがんで避ける。
大振りな攻撃を、打てば当たると言わんばかりに振り回す。隙が多く避けやすいが、当たれば一溜まりもない。時に逆立ちのように腕の力で体を支え、時にギリギリで身を横にずらしたりして何とか避けるが、ここでもナツは一つ、大事な事を忘れていた。

「うおっ、危……なっ」

軽やかに跳んで避け着地……しようとして、足が滑る。軸にした右足がつるんと凍った地面の上を滑り、派手な音を立ててその場に倒れ込む。

「ウホォ―――――!!!」

その大きな隙を見逃すはずもなく、バルカンが大きく斧を振りかぶる。まず外れる事のない距離に不利な体勢が重なり、更にタウロスはまだ気絶していて、防御の術もないナツの体が真っ二つ――――


《あらよっと!!》


―――には、ならなかった。
気の抜けた声がしたとほぼ同時に、ナツと斧の間に煌めきが走る。淡い紫の光はそのまま広がって障壁を作り出し、振り下ろされた斧を難なく受け止めた。

「ウホッ!!?」
「気を緩めるなよ、ナツ。ついでに屈め」

突如生まれた紫の壁に目を見開いたバルカンの正面、ナツ達からは振り返らなければ見えない位置から声がした。ルーシィがはっとしたように顔を上げて振り返る。
一言飛ばしたその人は凍った足元を気にも留めず駆け強く地面を蹴り、言われた通りさっと身を低くしたナツの上を跳んでいく。空中で右足を構え、張られた障壁を当たり前のようにすり抜ける。

(それ)、返してもらうぞ」
「ウホォッ!!」

そのまま、斧を持ったまま混乱しているバルカンの額目がけて鋭い一撃。全体重をかけてバルカンの体を後ろによろめかせる。それに合わせて斧が持ち上がるのを確認して、迫る刃を避けるべく額を再度蹴って横に飛んだ。くるりと体を一回転させてひらりと着地したその人――――見知らぬ青年を連れたニアは、蹴り飛ばした間に体勢を整えたナツに一つ頷く。

「いくぞぉ…」

それに頷き返したナツが、右の拳を後ろに引く。拳に炎が纏われ、ニアの蹴りで後方に倒れかけているバルカンに叩き込む。

「火竜の鉄拳!!!!」

がら空きの腹筋に、飛び上がったナツの拳が炸裂する。
倒れかけていたバルカンはそのまま大きく吹っ飛び、一回転して壁に開いた穴の一つに巨体が引っ掛かって止まり、そのままぴくりとも動かなくなった。

「挟まったよ!!」
「あーあ……この猿にマカオさんの居場所聞くんじゃなかったの?」
「あ!!そうだった」
「そうなのか?」
「完全に気絶しちゃってるわよ。…てか、何でニアがいるの?」

寒さに滅法弱く、雪山なんて一生縁がないであろう彼を見て首を傾げる。ナツとハッピーにも不思議そうに見つめられながら、一センチほど宙に浮いたままのニアが一つ息を吐いた。

「ロメオって子供に頼まれてな。仕事から帰って来ない父親を探してほしい、と」
「ロメオに?」
「断る理由もないし、事情を知ってて放っておく訳にもいかないし…強いて言うなら寒いのがネックだったが、こっちには優秀な付加魔導士がいるから何とかなったしな」
《い…いいよっしゃああああ!!!!褒められた!!やったね私!!!ニアに優秀って褒められたーってベディに自慢してやるぞ!!いやあ役得、付加魔導士でよかった!!!》
「……この人?」
「……一応魔導士としては一流なんだ、あれでも」

満面の笑みでガッツポーズするマーリンに呆れたような目を向けるニア。その隣で同じように呆れながら「前にランスロットさんとも言ってたけど、ベディって一体…」と疑問が残るルーシィだった。






「…で、肝心のマカオはどこにいるんだ?てっきりお前等が見つけてると思ってたんだが」
「まだ見つかってないの。ニアの方も見つけられてない?」
「巣穴らしいものは片っ端から漁ったが……マーリン、オレ達以外で魔力反応は?」

呼びかけると、歓喜のあまり杖を振り回してくるくる回っていたマーリンがぴたりと止まった。そのまま考え込むように顎に手を添え、目線をふっと上に向ける。深い紫の瞳が虚空を見つめ、先程までの喧しさが一気に鳴りを潜めた。
この場の全員の視線を集めた彼は三秒と経たずに息を吐き、首を数度横に振る。

《私が感知出来る範囲内には君達だけだ。ニアを含めて四、弱っている反応が一つ。……というか、この弱ってるの誰?バルカンだとしたら、それまで感知していた一つと合わせて二つになるはずなんだけど?》

顔を見合わせる。マーリンと初対面のナツ達だけでなく、長い付き合いであるはずのニアですら、彼の言いたい事に理解が追い付かない。
どういう事だと全員の頭に事情が入って来るよりも早く、そう誰かが問うよりも早く、その事態は起きた。

「!?」

小さく音がした。その音に真っ先に気づいたナツが音の発生源に目を向け、つられるようにそちらを向く。
視線の先にいるのは、穴にすっぽりと嵌っているバルカン。腕を交差し頭を下にして気絶しているその姿が、どういう訳か淡く光を放っている。

「な…何だ何だ!!?」

光り、全身にヒビのような線が走る。咄嗟にナツが身構え、ニアが右手に力を込め、マーリンが《おや》と気の抜けた声を漏らす。

《そうか…そういう事、だったのか》

その呟きに、何がと返すよりも早く。
一際強い光がバルカンから溢れ――――その巨躯が、一気に縮んでいく。光が止んだ時そこにいたのは、バルカンとは比べ物にならないほど細い、白いコートを着た中年男性だった。体勢は気絶していたバルカンと同じそれで、服はボロボロ、全身に傷を負っている。
人間だ。あの巨大な猿は消え、どう見ても人間がそこにいる。誰だ、とニアが声に出す前に、ナツが叫んだ。

「サルがマカオになった―――っ!!!」
「え!!?」
「誰…え、マカオってコイツか!!?」

驚きつつマーリンを見やる。一足早く事態に気づいた彼は、説明を求めるニアの目を見つめ返してから口を開いた。

《感知していた反応は四つ…そして、最初から解っていた弱い反応は、バルカンの中にいたマカオだった。私が感じていたのはバルカンの魔力反応ではなく、その中で弱っていたマカオのものだった…という訳さ》
「…紛らわしいな」
《私が判断出来るのは魔力反応の有無だけだからね、それが何かまでは解らない。見たところ接収(テイクオーバー)されていたんだろう。バルカンとマカオの反応が別に感知出来ればよかったんだけどねえ》
接収(テイクオーバー)!!?」
「体を乗っ取る魔法だよ!!!」

ともかく、これで探していたマカオも見つかった。思わず安堵の息を吐き―――まだ気は抜けないのだと、気づく。先ほどまでは危機でも何でもなく、気に留めさえしなかった事が目に飛び込んでくる。
額から血を流したマカオの背後。今も止まずに吹き荒れ続ける吹雪が見える、大きな穴。バルカンの巨体であればその体が栓になっていたそれは、一気に縮んだマカオでは栓など出来ない。

「あ――――――っ!!!」

叫んだナツが駆け出した。それと同時にマカオの体が穴の外に流れるように落ちていく。
そのまま無抵抗に落下していくマカオの足を、自分が落ちる危険すら頭から消えたナツが必死に掴む。マカオ共々落ちていきかけたナツの足を、翼を生やしたハッピーがどうにか掴むが、状況は悪い。

「二人は無理だよっ!!!羽も消えそう!!!」
「くっそぉおおっ!!!」

そもそも、ハッピーに男性二人を引っ張り上げる力はない。魔力が尽きて羽が消えれば揃って落下する以外ないのだ。
ナツ一人であれば引き上げられる。けれど、ナツにマカオを離す気はない。かといってマカオ一人を助けてナツを見捨てる事も出来ない。打つ手なしだ。じりじりと、徐々に三人が落ちていく。

「んっ!!!」
「ルーシィ!!!」
「重い…」

どうにか届く距離にあったハッピーの尻尾をルーシィが掴む。が、それでも状況は変わらない。身を乗り出したルーシィが踏ん張るが、少しずつ体が前に引っ張られて行く。

「…ああもう!!緊急事態だ、触れるが悪く思うなよ!!!マーリン!!!」
《肉体労働は、苦手なんだけどね!!!》

更にニアがルーシィの背後から手を回し力を込め、そのニアをマーリンが引っ張ろうとする。
男性が二人加わった事で幾分かマシになったが、これでニアが頼れそうな誰かを召喚する、という手は使えなくなった。本はルーシィを掴んだ時に消したし、肝心の詠唱もままならない。

「くっ…」

顔を顰めたニアが呻く。いかんせん引っ張り上げる人数が多い。せめてランスロットやガウェイン辺りを呼べれば、と二人の顔が脳裏を掠めた、瞬間。

《うおっ!!?》
「МО大丈夫ですぞ」

驚いたようなマーリンの声と、太くしっかりとした声。視界の隅に映る、がっしりとした白と黒の腕。

「タウロス!!!」
「牛―――――!!!いい奴だったのかあー!!」

思わぬ助っ人にルーシィが笑みを浮かべ、遠くでナツが涙を流しながら歓喜の声を上げた。







接収(テイクオーバー)される前に、相当激しく戦ったみたいだね」
「酷い傷だわ」
「マカオ!!しっかりしろよ!!!」

力自慢のタウロスと「何かその手の魔法かけろ!!」と命令されたマーリンの活躍で、マカオを引っ張り上げたところまではよかった。その後、体力も魔力も消費したマーリンが疲れ切ってしまって倒れ込んでいたが何とかなった。
が、傷の手当てをするべく苦戦しながらマカオの上半身の服を脱がせたところで目に飛び込んできたのは、右脇腹からどくどくと流れ続ける血。かなり深い傷だった。
それだけじゃない。細かい傷が体中にいくつもある。ルーシィが持ってきていた応急セットで何とか手当てをするものの、明らかに足りない。

「バルカンは人間を接収(テイクオーバー)する事で生き繋ぐ魔物(モンスター)だったのか……」
「脇腹の傷が深すぎる……持ってきた応急セットじゃどうにもならないわ。ニアの魔法に誰か、治癒魔法使える人とかっていないの?そこのマーリンさんとか!!」
《申し訳ないけど、治癒は私の専門外でね。知り合いに傷薬を作る奴がいるにはいるけど、ここじゃあ材料がない。私もモルガンもどうにも出来ないよ》
「そんな…」

困ったように眉を下げたマーリンの言葉の真偽を確かめるようにニアを見ると、彼は少し間を置いてから頷いた。

「……コイツとモルガン以上の魔導士は、オレの傍にいない。コイツ等で無理なら、オレの方に治療手段はない。……残念だが」

それ以上は言わなかった。けれど、その先に続く言葉が想像出来てしまう。
いくら細かい傷を全て処置出来ても、一番深く出血量も多い脇腹をどうにか出来なければ危機的状態なのは変わらない。だが応急セットでは足りず、この場にいる全員が治癒系の魔法を使えず、ルーシィの星霊にもニアの呼ぶ彼等にも治癒能力を持つ者がいない。
――――これはもう、助からない。ルーシィが唇を噛んだ、その時だった。

「っ、おい!!」

ニアの声に顔を上げる。声を上げた彼の姿が視界に入るよりも先に向かいに座るナツが見えて、掲げられたナツの手を見て目を見開いた。

「ちょ…何してんのよっ!!!」
「ぐああああっ!!!!」

止めようと慌てて手を伸ばしたルーシィの言葉が終わるより早く、マカオの絶叫が響く。
掲げた右手に炎を纏ったナツはその手を、炎が包む右手をマカオの脇腹に押し当てる。脇腹から全身に走る痛みに叫ぶマカオが暴れナツの手を離そうと彼の右手首を掴むが、ナツは手を離さない。

「今はこれしかしてやれねえ!!!ガマンしろよ!!!マカオ!!!ルーシィ!!!ニア!!!マカオを押さえろ!!!」
《火傷させて傷口を塞ぐのか。雑だが止血にはなる…ニア、左足を!!!》

冷静に事を分析したマーリンの声でニアが動く。痛みに暴れる左足をニアが、右足をマーリンが押さえ、体重をかけてどうにか落ち着かせる。それを見たルーシィは唯一空いている左腕を両手で押さえ込む。

「死ぬんじゃねえぞ!!!ロメオが待ってんだ!!!」

ナツが叫ぶ。
痛みのせいか、それとも息子の名前に反応したのか―――マカオが大きく跳ね、痛みに悶え、荒い呼吸の中で細く声を出していく。

「ふがっ、あっ、ぐっ……!!……くそ……な…情けねえ…十九匹は……倒し…たん…だ」
「え?」
「うぐぐ…二十匹目に……接収(テイクオーバー)…され……ぐはっ」
「解ったからもう喋んなっ!!!傷口が開くだろ!!!」

――――あのバルカンが、一匹ではなかった。その仕事を、たった一人で受けていた。

「ムカツクぜ…ちくしょオ…これ…じゃ……ロメオに…合わす顔が…ね……くそっ」
「黙れっての!!!殴るぞ!!!」

ナツの腕を掴んでいた右手で顔の半分を覆う。己の不甲斐なさをマカオは嘆くが、ルーシィは目を伏せて妖精の尻尾(フェアリーテイル)の凄さを実感していた。
ルーシィ一人では一匹とすら戦えるか怪しかったバルカンを、十九匹も一人で倒す。そのマカオを、誰が不甲斐ないと言うだろう。誰が情けないと嘲るだろう。
敵わないな、と思った。ルーシィではまだまだ届かない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士にはなれたけれど、実力ではまだ遠いのだ。

「……ロメオが会いたいのは、父親だろ」

不意に、ニアが呟く。

「アンタがバルカン何匹倒したとか、そういう事じゃなくてさ。……アンタがすべきなのは、そうやってぐじぐじ言う事じゃなくて…今すぐ帰ってロメオを抱きしめてやるとか、父親にしか出来ない事なんじゃないのか?」

口元を緩めてそう言った彼に、マカオは顔半分を隠したまま強く頷いた。







マグノリアの街を夕陽が染める。その一角に、本を読むロメオは座っていた。
小さなその姿に、ナツの肩を借りたマカオが歩み寄る。足音で気づいたのか足元の影が視界に入ったのか、マカオが名前を呼ぶよりも先にふっと顔が上がった。ぽかんとしていた顔が、見る見るうちに笑顔になっていく。
笑って手を上げるナツ、少し後ろで笑顔のルーシィ、跳ねるハッピーと、どこか照れくさそうに頭を掻くマカオ。ニアの姿が見えないのが少し気になったが、広場の入り口の陰からフードが少し覗いているのがちらりと見えた。
――――無事だった。怪我はしているけれど、生きて帰って来てくれた。その嬉しさが溢れるロメオの脳裏を、ある一幕が過ぎる。

―――なーにが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だよ!!!
―――あんなの、酒ばっか飲んでる奴等じゃんか。

違う、と言った。
自分の父親を悪く言われるのが嫌で、許せなくて、悔しくて。

―――魔導士は腰抜けだーい。
―――オレは大きくなったら騎士になろーっと。
―――魔導士は酒臭いもんねー。

そんな風に言われるのが、悔しくて悔しくてたまらなくて。

―――父ちゃん!!!すっごい仕事行って来てよ!!!オレ……このままじゃ悔しいよっ!!!

不思議そうな顔をしながらも、父は頷いた。涙目で訴えた息子の気持ちに応えようと凄い仕事に行って――――それから一週間、帰って来なかった。
あの時ロメオがあんな事を言っていなかったら、父は危険な目に遭わなかった。あちこちに包帯を巻いて、湿布を張って、ボロボロになる事だってなかったのに。

「父ちゃん、ゴメン…オレ…」

自分のせいだと涙を滲ませる息子の前に、ナツから離れ自力で近づく。そのまま片膝をついて目線を合わせたマカオは、小さく震える体をぎゅっと抱きしめた。

「心配かけたな、スマネェ」
「いいんだ…オレは、魔導士の息子だから……」
「今度クソガキ共に絡まれたら言ってやれ」

真正面からロメオの顔を見て、口角を上げる。

「テメェの親父は怪物十九匹倒せんのか!?ってよ」

父の言葉に、涙を浮かべながらもロメオは笑っていた。





親子水入らずの時間を邪魔する訳にもいかない。そっと広場から出ていこうとした彼等の背中に、ロメオの声がかかる。

「ナツ兄ー!!ハッピー!!ありがとぉ―――!!」
「おー」
「あい」

入口の陰から引っ張り出された後ろ姿と、その彼を引っ張り出した金髪の後ろ姿。何やら言い合っている二人にも、大きな声で、手を振って。

「それと…ルーシィ姉とニア兄も、ありがとぉっ!!!」

ぴたり、と言い合いが止まる。二人が振り返る。
手を振るロメオにルーシィは笑って手を振り返し、ニアは口元を緩めて軽く手を上げた。







その数日後の話だ。

「ねえニア兄。ギルドに入らないって本当?」

次の行き先も見つからず適当に観光を楽しんでいたニアを見つけるなり駆け寄って来たロメオは、ひょいとベンチに腰掛けるなりそう聞いた。
ぱちり、と瞬きを一つして、とりあえず頷く。それを見たロメオが残念そうな顔をするものだから、思わず「どうした?」と問うていた。

「…ルーシィ姉に聞いたんだ。ニア兄は旅をしてて、次に行くところが決まったらマグノリアからいなくなっちゃうって。そしたらニア兄に会えなくなっちゃうって思ったら、寂しいなって……」

しょんぼりとした様子でそう言ったロメオを見やる。昔からの事ではあるが、どうやら自分は年下から好かれやすいようだった。《この間凄く頑張ったし、一緒に出掛けるくらいのご褒美が欲しいなー、欲しいなあー!!》と言い出し、まあそれくらいならと呼び出したマーリンが隣で《好かれるねえ》と笑う。

「いや…まあ、まだしばらくはマグノリアにいるから、何かあったら話し相手にはなるぞ?」

どうにか絞り出すように言うが、その顔色は暗いまま。
とはいえ、ギルドに入るつもりは毛頭―――いや、九割…八…七…六、いや五、四……三割?いやいやそんな訳がないだろうと頭を振る。別にどこかに属する事に抵抗がある訳でもなく、特に入る意味を感じられないから―――だが既に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に知り合いはそこそこいるし、気の合いそうな奴もまあちらほら。雰囲気はかつて属したあの場所に似ていて気楽だし、一か所に身を置くのもまあ気が休まるし、あとついでに、本当についでにアイツに悪い虫が近づかないように――――あれ、これって十分入る意味に値する……?

「……なあ、ロメオ」

無意識に抱えていた頭を上げる。こちらを向いたロメオに、物は試しと問いかけた。

「もしオレが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったとして、嬉しいか?」
「うん!!……あ、でも…オレが今こう言ったせいでニア兄のしたい事が出来なくなっちゃうのは嫌だな…けど、ニア兄が入りたいって思って入ってくれたら、凄く嬉しいよ!!!」

即答したロメオの笑顔に、ニアはどうにか笑って見せた。









《変わらないねえ、ニアは》

ロメオと別れ宿に戻ったニアに、静かに笑ったマーリンが言う。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。思えば私達との時もそうだったね。彼女が君を必要として、いてほしいと君に言ったからこそ、君は私達の仲間になった》
「……仕方ないだろ。本当なら、オレは忌み嫌われる立場なんだ。そのオレがどこかに属するなんて、本当は間違ってる……」

ベッドに腰かけ俯いたニアが、力なく言う。

「だけど、一人は寂しい……それを、嫌ってほど味わった。だからお前達を手放せない。だからどこかにいたい、いても許される理由が欲しい。何でお前がって聞かれた時に、だってコイツがいろって言ったって…そんな言い訳がないと、オレはどこにもいられない」

ぽふり、横に倒れる。

「……怖いよ、マーリン」

漏れたのは、誰にも聞かせない弱音だった。

「怖い…そう、怖いんだ。あんなに真っ直ぐ笑ってくれるロメオを言い訳にするのが、怖い。メンバーでもないのに優しくしてくれるアイツ等を言い訳にするかもしれない、オレ自身の事が怖くて仕方ない」

無音で近づいたマーリンが、そっとフードを外す。

「けど、一人にもなりたくない。……オレは、どうしたらいいんだろうな」

はっきりと見えた顔。水色の目は、苦しそうに伏せられていた。

《……彼女なら、こう言うだろうね。それなら私を言い訳にしなさい、と。それで貴方がここにいてくれるなら、私は貴方にとっての何にだってなる、と》

その頭を優しく撫でて、在りし日を思い出したマーリンは言った。

《ねえ、ニア。君は、君の望む事を望むままにすべきだ。私はそう思う》

いつも誰かの為にしか動けず、けれどそれは決して優しい訳ではなかった彼へ。
ただそうする事でしか、自分はここにいてもいいのだと肯定出来ない青年へ、マーリンは言葉を紡ぐ。

《もう少し、考えるといい。悩んで、考えて、迷って……これがいいと思える結論が出たら、次はその時に私を呼んでおくれ。……君の決定を、君の苦悩を知る唯一である私に、聞かせておくれよ》

ね、と微笑むと、ニアは小さく、けれど確かに頷いた。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
珍しく更新早くないですか私!?いや別にこの作品のキャラが誕生日、とかでもないんですよ今回。一日一時間は書くのに当てるって大事だなあ、と思う今日この頃。どうでもいいけど、FTとは全く関係ない作品の子が本日誕生日だったりします。

さて、今回はマカオ救出回。そして終盤は「今回ニア君の影薄いな…」と思った事によりロメオ君との会話、あと書いてたら何かすらすら付け加えていた彼の苦悩をお送りしました。
一先ず彼の苦しさに関して。あんまり話すとネタ大流出なので抑えますが、彼が「あんなド変態とナンパ野郎がいるならオレも入る。で、守ってやる」と言わないのはこの為です。誰かを言い訳にしないとどこにもいられない、けど誰の事も言い訳にしたくない。その矛盾を抱えています。彼は一人が好きですが、その「一人」は「誰かと繋がりがある上での一人」であり「孤独」ではないのです。彼がどんな結論を出すのか、エバルー云々の後ララバイの前を予定してるけど…ちょっと早いか……?ガルナ島前くらいまでなら伸ばせるか…?ううむ。

そして新キャラマーリンさん。Fate/GOプレイヤーだからかどうしてもマーリン=軽い感じのお兄さん、のイメージが拭えず、最終的に「親戚の子を凄く可愛がり、時に大人らしく頼れるオーラ全開の、時たま会う親戚のお兄さん」くらいのポジションに置いてみました。解りにくい。…おかしいな…ディバゲのマーリンは落ち着きのある大人の男性なのに……しかもディバゲの方は持ってるのに…。
本当はこんなに出てくる予定はなく、ぶっちゃけニア君の寒さ対策として終わる予定だったのですが、書き進めたらこんな感じに。今考えると、彼くらいしかこの役は出来なかったかな、とも思います。

いつかニア君は「自分がここにいたいからいる」と言えるようになるのか。
その台詞を彼の中に引っ張り出せるのは誰なのか。それも頭の片隅で楽しみにして頂けたら嬉しいです。
そして主人公はララバイ編まで待ってね!ララバイ編では出るから!絶対出るから!

ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。




マカオ引っ張り上げる時、ニア君はルーシィのどこを掴んでたんだろう……。
腕辺りかなあ、くらいで書いてたけど、場所によっては所謂ラッキースケベ……? 
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