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暁ラブライブ!アンソロジー~ご注文は愛の重たい女の子ですか?~

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黒澤流二段蹴り 【透】

 
前書き
”透”さんの作品になります!!!何やらタイトルだけ見るとバトルモノに見えそうなお話ですが...? 

 
 分厚い鉄製のドアを開ける。きぃ、と甲高い音を発してドアが開かれ、薄暗い部屋が俺の視界に入ってくる。それほど広くない畳のこの部屋は、地下室ということもあってひんやりと冷え切っていた。まるで、このドアの向こう側だけがこっちの世界とは隔絶された別世界のようだった。

「あ、お兄ちゃんっ!」

 部屋に踏み入った俺の顔を見るなり、まるで地上に舞い降りた天使様にでも遭遇したかのように顔を綻ばせて走る寄ってくる少女。その頭の動きに連動して、真っ赤なツーサイドアップの髪が揺れる。

 俺は彼女を抱き留めるために両手を広げた。瞬間、俺の胸にぼすっと飛び込んできて、温かな体温を両腕に感じる。ひんやりとしていた部屋がそれだけのことで太陽に照らされたかのように温度を上昇させていく錯覚を覚える。俺は、彼女を抱きしめた瞬間に必ず訪れるこの感覚がたまらなく好きだ。

 彼女の、暖かさが好きだ。

 しばらく俺の胸に顔をうずめていた彼女がすっと面を上げた。

 翡翠色の瞳が、俺を捉える。濁りのない、桃源郷に存在する泉の如く穢れのない瞳が、俺を捉える。

「お帰りなさいっ、お兄ちゃんっ」

「......ただいま。ルビィ」

 俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ、少女。

 ルビィが、優しく微笑んだ。



 遊び疲れて寝てしまったルビィを起こさぬよう、注意しながらドアを開けて部屋を出る。ポケットから取り出した携帯電話を開くと、画面に映し出された時計は七時だと告げていた。

 あの部屋に、時計はない。窓だって存在しない。

 軋む木製の廊下を、外を目指して歩き出そうとした時だった。等間隔で設置された灯りの届かない端の方の暗がりに、誰かがいる。

 一体誰が......と誰何する間も無く、その人物がこちらに向かってくる。灯りに照らされた白い肌と、長い黒髪。

「……ダイヤか」

 彼女の名を呼ぶ。

 黒澤ダイヤ。ルビィの姉だ。

「......ルビィは今日も元気そうですわね」

 鋭く吊りあがった、ルビィと同じ色の瞳が俺を映す。俺も冷ややかな視線で見返した。

 質問には、何も答えなかった。

「……ルビィは何か、わたくしのことを言っていませんでしたか?」

 今にも泣き出しそうな声色の一言が、闇に紛れて消えていく。俺は今度も何も答えることなく、踵を返した。ダイヤを置いて一人、本館から離れへと続く廊下に置かれた靴を履き、黒澤家を後にする。

 敷地を出たところで振り返る。夏だから昼が長いとはいえもうすぐ夜の帳が降りてくる頃。夕陽に照らされた紅い空が、次第に黒に侵食されていく。何処からか鈴虫の鳴き声が聞えてきて、皆母親が迎えが来て帰っていくのに、自分一人だけ親がやって来ずに暗くなっていく公園に取り残されているような、胸糞の悪い寂しさを感じさせた。

 夕闇に浮かび上がる黒澤家のシルエット。夜の闇に溶けかかっているそれが、まるでゲームでよくあるような呪いの屋敷か何かのように見えた。 

 呪いの屋敷......か。

 あながち、間違っていないな。
 


 数日が経った。相も変わらずに俺は毎日あの部屋に通い続けている。

 雨の日だろうがなんだろうが、ルビィはずっとあの部屋で俺のことを待ち続けているのだ。そして、俺の顔を見た途端に俺にしか見せない笑顔を浮べて、抱きついてきてくれる。だから、今日もあの部屋に行く。

 授業が終わった瞬間に荷物を素早くまとめて教室を出る。特に仲良くもない同級生たちとの挨拶もほどほどに駐輪場まで来て、自転車を走らせる。

「あ!おーいっ!」

「え……小原か」

 校門を出て信号待ちをしていた俺は、遠くからこちらに手を振っている金髪の少女に目を遣った。小中と一緒だった友人、小原だった。そしてその傍には同じく小中と一緒だった松浦、そしてダイヤがいた。この三人はいつも一緒なのだ。

「久しぶりだね、今帰り?」

「ああ」

「なら私たちと遊ばない!?明日は土曜なんだしいいじゃない」

「いや、今日はやめとくよ」

「えー?あ、わかった!ダイヤがいるからでしょ?元カノだからって遠慮す––––」

「鞠莉さんっ!」

 ダイヤが小原の言葉を遮った。周囲の人たちが何事かとざわつく。

「......昔の話ですわ」

「そう......ごめんなさいね、無神経なこと言って」

 小原はきっと、俺とダイヤの寄りを戻そうとして言ってくれたのだろう。この人は人の感情の機微に敏感なタイプだから、誰かの癪に触るような言葉を言うことはないのだ。それをわかっているのか、松浦も申し訳なさそうな視線を向けてくる。

 すまない、と二人に心の中で謝り、次の言葉を紡ぐ。

「いや、いいよ。それよりもう行っていいかな、これから行くところがあるんだ」

「......ルビィのところですか?」

 俯いていたダイヤが顔を上げた。眉間に皺が寄ったその表情が、彼女の言いたいことを代弁している。

「もちろん」

「もう……あの子は……」

「……わかってるよ、けどさ、それをお前が言うのは……酷じゃねえか」

 ダイヤは、何も言い返してこなかった。

 ダイヤが悪いわけじゃないのはわかっている。ルビィがこんな扱いを受けているのは黒澤家の意向であって、決してダイヤのせいじゃない。むしろこいつはルビィの姉として、味方になろうとしてくれていた。けれど、どうにもならなかったのだ。

 ダイヤは黒澤家の正統な後継者として育てられ、ルビィは忌み子として世間の目に晒されることなく生きていくことを余儀なくされた。

 あの子は、妾の子。望まれない子として、幼い頃から虐げられて暮らしてきた。

 今まで何度もルビィとダイヤの両親に直談判をしようとしてきた。しかしそのたびに使用人たちに殴られ、揉み消された。それほどまでに黒澤家の力は強い。この内浦の中の事件なら、軽く揉み消せるくらいに。

 結果的に、全部無駄だった。

 俺の力では、どうすることもできなかった。

 幼い頃に、まだダイヤと一緒に外で遊んでいたルビィに出会い、やがて忌み子であることを知らされ、それでも俺はルビィと一緒にいることをやめなかった。

 あの子に罪はないんだ。

 忌み子だから何だ。髪が赤いから何だ。俺たちと何も変わらない……変わらないんだ……

「俺がルビィのそばにいてやらねえと……」

 小原たちから離れて、自らに言い聞かせるように呟く。

 もう少しで黒澤家に着くと言うところで、ポケットの携帯電話が震えているのに気づいた。電話だ。

 相手は、ダイヤだった。

 数秒考えてから通話ボタンを押し、耳元に携帯電話を当てる。

「何の用だ?」

「ルビィのことです」

「まあそうだろうなと思ったよ。で?手短に済ませてくれよ」

「ルビィはもう……あなた以外の人間とまともに話すことができません。このままあなたがルビィと会い続けていると、あの子は完全にあなたに依存したままになってしまうのです」

「だから俺に会うなって言いたいのか?」

「そうは言ってません。わたくしもルビィの願いなら可能な限り叶えてあげたいのです。しかし……いつかわたくしが当主になってルビィをあそこから出してあげられた時に、きっとあの子はまともな状態ではありません…だから––––」

「うるせえっ!!そんなことありえねえだろうがっ!」

 俺は続ける。

「無理だ……!黒澤家がどんだけやばいのか……俺だって知ってるつもりだよ……!おまえの親は死ぬまであの子に陽の光を見せるつもりなんてない……さらにおまえがルビィのことを想っているのも知ってるだろうから、おまえが当主になってもその方針だけは親戚たちに手を回させたりしてなんとしても阻止するはずだ」

「では……どうすれば……」

「無理だよ……あの子はもう……」

 とっくに、限界は来ていたんだ。

「だから少しでも俺がそばにいてやるんだよ!俺が……あの子のそばに……!」

「なら、約束してくださいますか?」

「何をだ?」

「あなたは……変わらないでください。どうか……そのままで……」

「当然だよ。誓ってもいい」

「なら……もし約束を破った時は、わたくしの言うことを一つ、聞いてください」

「言うこと?」

「たった一度だけ……一度だけでいいのです。わたくしと……抱擁してくださいますか……?」

 ……ごめん、ダイヤ。

「悪いけど、それはできない。今の俺は……ルビィのことが好きなんだ」

「……わかってましたわ。それでは」

 通話が切れた。

 学生服のポケットにスマホをしまい、門のところで使用人が待ってくれているであろう黒澤家を目指した。



「あ、やっと来てくれた!待ってたよお兄ちゃん!」

 ドアを開けると、さっきまで机で本を読んでいたらしいルビィが本を閉じてこちらに向かってきた。いつものように両手を広げ、抱きついてくるルビィを受け止めた。

「良い子にしてたか?」

 頭を撫でながら俺は言った。

「うんっ!良い子にしてないとお兄ちゃんが会いに来てくれないもん!」

「ははは、そうだな。でも、ルビィが悪い子になんてなるわけねえけどな」

「それより今日は学校どうだった?ルビィは高校がどんなところかわからないからお話を聞きたいな」

「うん?あーそうだな、やたらと男子と女子の壁がうっすいかなぁ」

「へえー」

「あ、そーいやうちのクラスにおもしれえやつ女子がいてな?この前の調理実習で一緒の班になったん……だけど……」

 今日あったことを思い出すために視線を上の方で彷徨わせていた俺は、ルビィの様子がおかしいことに気づかなかった。

 しまった。

 地雷を踏んだのだと、そう思った途端、ルビィの顔から笑顔が消た。スイッチがオンからオフになるように、さっきまでの楽しげだった雰囲気が一瞬にして鋭いものに変わっている。

「あ……あのな」

「お兄ちゃん、なんでルビィ以外の女の人と仲良くしてるの?」

「ああいや、授業とかで」

「なんでなんでなんでなんでなんでっ!?お兄ちゃんにはルビィがいるんだよっ?」

「どうせお兄ちゃんもお姉ちゃんのことが好きなんでしょ!?今までみんなそうだったもん!どうしてルビィのことを見てくれないのっ!?ねえ!」

 ルビィは俺を突き飛ばした。頭を抱えて金切り声を上げる。

「違うんだ、聞いてくれ」

「嫌っ!いやぁあああああ!!うわぁぁああああっ!!」

 蹲り、ただ、幼い子供のように叫び続けた。俺はどうすることもできず、ルビィの背中をさすりながらそれが止むのを待った。

「死んじゃえばいい……みんな……死ねば……」

「もういい……ごめんな……ルビィ」

 壊れたラジオのように呪詛の言葉を吐き続けるルビィを、俺は抱きしめた。



 気づいたら寝てしまっていたようだ。そうだ、ルビィはどうしたのだろう。

 まずは時刻を確認しようとして、気づいた。

「手錠……?」

 俺の両手は錆びた鉄の手錠によって牢の柱に繋がれていたのだ。一体誰が––––

「あ、やっと起きたんだ!」

 聞きなれた鈴の鳴るような声。声のした方を向くと、ルビィがご機嫌な表情で座っている。

「これはどういうことだ……?なんで手錠なんか持って……」

 質問している途中、ルビィが座っているところの畳が外れているのが見えた。隠してあったのか、そこに。

「ルビィのお母さんはね......こういうのを使って遊ぶのが好きだったんだよ、きっと。だからルビィが産まれたんだろうねぇ」

 狂気を孕んだ瞳が俺を捉える。

 いや、違う。

 本能的に狂気だなどと思った自らの思考を戒める。

 ......狂気?何を言っているんだ。狂ってなんかいない。これこそ真実の愛の形じゃないか。俺はルビィのことを大事に想っている。ルビィも俺のことをこんなにも好きでいてくれている。この手錠なんてその最たる証じゃないか。

 きっとルビィは俺とずっと一緒にいたいから手錠をつけたのだ。それはもはや告白に等しい行為だ。ルビィが俺のことをずっと好きだったのは気づいていた。相思相愛。これの何が悪い?

 噴水のように湧き出る思考。その意味を考えることなく脳内で一切合切飲み込んでいく。

 ルビィが俺を見つめている。その瞳は恋する者の瞳そのもの。何も悲しくなんかない。俺たちは愛し合っている。幸せなんだ。おれたちは……るびぃはしあわせなんだ……るびぃは……

「あれ?お兄ちゃん……どうして泣いてるの?」

「……えっ?」

 言われて、俺は、自分でも気づかないうちに頰を伝う涙が畳に滴り落ちているのに気づいた。

 なんでだ……?なんで……悲しくなんか……ないのに……

 –––––––哀れだ。

 俺は、ルビィのことを哀れに思っているんだ。

 嗚呼、畜生。

 たまらず、俺は言った。

「ルビィ……俺がいてやる……ずっとずっと……俺だけは何があっても……お前の味方だよ……」

「うれしいっ!ルビィも!お兄ちゃんとずっと一緒にいるよ……!」

 しなだれかかってくるルビィを抱きとめられるように、手錠が食い込まないようにうまく腕を動かしてやる。

 人間の体は温かい。生きている人間は、温かいのだ。

 俺はルビィのこの暖かさが好きなのだ。

 なのに。

 なのに、どうしてこの子の暖かさは……

 もう……

 もう……この子の心はとっくに……

「あ……お兄ちゃんまた泣いてる」

 光の宿らない瞳を細めて、妖艶に微笑むルビィの顔が滲んでいく。

 俺は、ルビィの胸でいつまでも、いつまでも泣き続けた。

 この子が救われることなんて……ないのだから……











「……知ってたよ、ほんとはね」

「え……?」

 さっきまでとは違う、精悍な声色が頭上から降ってきて、俺は顔を上げた。

「お兄ちゃん、ルビィのことがかわいそうだから一緒にいるなんて言ってくれてるんだよね」

「な、何を言ってるんだ?そんなわけない……そんなわけないだろうが!」

「こんな時まで気遣ったくれるんだもん。やっぱりお兄ちゃんは……優しいね」

 ルビィの手が、俺の頭を撫でる。

「でも......ルビィ、ちょっと......良い子でいるのに疲れちゃったから......」

「おいルビィ……何を言って」

「どう頑張ってもルビィたちが結ばれることはないんだよ……ルビィはここから出られないんだから。だからもう……いいよね……?」

 その手が俺の頭を離れ、ルビィは立ち上がった。手錠が入っていた穴の近くまで行き、そへ手を伸ばす。そして出てきたルビィの手に握られていたのは、短刀。それを、自らの胸に持っていく。

「このために手錠をかけたんだから。邪魔できないようにね」

 その一言で、頭が真っ白になった。

「や、やめろおおおおぉぉおおおお!!」

「来世では……普通に恋愛をしてみたいな……」

 俺の叫びに耳を貸すことなく、ルビィが、自らの胸に短刀を突き立てた。深々と刺さる短刀。瞬く間に吹き出す鮮血。

 その時だった。

 火事場の馬鹿力か、古い鉄が錆びて弱くなっていたのか、その両方か。

 つけられていた手錠の鎖が、はずれた––––––

「ルビィっ……!」

「あ……お兄ちゃん」

 俺は血に染まる畳を踏みしめ、ルビィのもとへ駆けた。

「くそっ!何やってんだよ!!死んじゃ何もかもおしまいじゃねえか!」

「でも、ルビィはお姉ちゃんみたいに頭が良くないから、こんな方法しか思いつかなかったよ……」

「だからって……!」

「なら……どうすればよかったの……?」

 俺は何も、答えなれなかった。

 部屋には、命の火が消えかかっているルビィの呼吸だけが聞こえる。俺は、どうすることもできなくて、目を閉じた。

 咄嗟に思い浮かんだ行動を、吟味することなく実行に移す。

「……ルビィ……!」

 俺はルビィの胸に刺さっていた短刀を抜き取り、俺の胸に突き刺した。

 今まで味わったことのない激痛が走る。意識が飛びそうなほどの痛みだったが、耐え、さらに短刀をねじって傷を深くしていく。そして、片方の手でルビィの体を抱き寄せた。

「愛してる……ルビィ」

「わぁ……嬉しいな……でもどうしてこんなこと……」

 既に温度が低くなって、死人のように生気を感じないルビィの口角が僅かに上がり、力のないその手が俺の背中に回される。

「ずっと一緒にいるって約束しただろ、だから死ぬ時も一緒だよ……どうか……来世では一緒に……」

「うん……」

「愛してる……ルビィ……」

「ルビィもお兄ちゃんのこと……愛してるよ……」

 俺とルビィと抱き合ったまま、血だまりに横たわった。

 意識が遠のいていく。どれだけの時間が経ったのかもうわからない。それを理解するほどの機能がもう残されてはいなかった。

 誰かの叫び声が聞こえる。ダイヤか、はたまた黒澤家の使用人か。叫び声のようにも笑い声のようにも聞こえてくる。

 ああ、死ぬのだ。もうそろそろ、俺は死ぬ。

 どうか来世でもルビィと巡り合えますように......

 それで普通の恋愛をして……そうだな、あの子は中学の頃スクールアイドルとかいうのが好きだったから……いっそスクールアイドルにしてやって……それを応援しながらどんどん親密な関係になっていて……それで……結婚とかも……しちゃったりとか……























 目が覚めた。何か......タオルのようなもので誰かに目元を拭ってもらって、ぼやけていた視界が明快になる。あたりを見回すと、ちょうどあの部屋と同じくらい薄暗い空間であることがわかった。

 そして、目の前に誰かがいる。鮮明になった視界がその人物を映し出す。

 ルビィ......いや、この人は......

「ふふ......これでようやく二人っきりになれましたわね」

 見覚えのある陶器のような白い肌に、長く黒い髪。

 一瞬、なにがなにやらわからなかった。どうしてダイヤが、それに俺は無事だったのか、それじゃルビィは......

「だ、ダイヤ、ルビィはっ!?」

 一気に疑問が湧いてくる。

「あの子なら、死にましたわ」

「......は?」

 何を言っている?なら何故俺だけが手当された跡がある?ルビィはどうしたんだ?見捨てたのか?

「今頃地獄に着いた頃ですわね、人の殿方を寝取るような輩など、地獄で責め苦を味うべきなのです」

「貴様っ!......貴様ぁああああああ!」

 俺は拳を握り締め、目の前の女を殴り飛ばそうとして気がついた。

 拳を握り締めた感覚が、ないのだ。

「え......?」

 俺に顔を近づけて、憎らしい笑みを浮べるダイヤ。

「もう、わたくしなしでは生きていけませんわ、あなたはもう、わたくしと生きていくしかないのです」

 そういえばさっきから座らされているのか、目線が低い。俺の身長はそれほど高い方ではなかったが、いくらなんでもここまで低かったわけない。

 そんな考えと同時に、さっきのダイヤの言葉がある一つの仮説を作り出す。

 でも、そんな、まさか、そんな......

 おそるおそる視線を下にずらす。

 すると―――

「う、うわぁああああっ!足が、足が......無い!......」

 俺の両足は、鋸か何かで根元から削ぎ落とされていた。

「う、腕も......」

 両腕も同じようにばっさりと斬ら取られている。

「あぁああぁぁあああ!てめえぇぇっ!」

「......ふふふ」

「殺す!殺してやるっ糞野郎がぁああっ!」

「威勢良く叫んでも、一人では何もできないではありませんか」

「殺してやる......殺す......!」

 もう、叫ぶ気力すら残っていなかった。殺してやりたいくらいに憎いこの女をどうすることもできなくて、涙が溢れ出てきた。、まだ、ここが地獄の方がマシだった。

 これから始まる日々を想像して、瞬間的に吐き気が喉元までやってきた。これから俺は死ぬまで永遠にこの女と......

 俺は、堪え切れなくてその場に吐瀉物を吐き出した。

「いくら騒ごうが誰も来ませんわ。これからはずっと......わたくしだけを見ていてください」

「いやだぁああああっ!!だれか......だれかあああぁぁあああっ......!」

 何処ともつかない空間に、俺の声が虚しく響いた。

 ただ、虚しく響いた。


 
 

 
後書き
喉元過ぎれば、もう一閃。これぞ黒澤流二段蹴り
 
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