| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

冷えたワイン

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三章

「その時に言いなさい」
「酷いなあ。甥がもてなくてもいいんだ」
「だからもててから言いなさい」
 ビールを飲みながら不機嫌な顔で言う。
「そんなことはね」
「言うなあ。じゃあ俺ナンパはいいや」
「泳ぐの?それじゃあ」
「ちょっとね。思いきり泳いでくるよ」
「準備体操はしっかりとね」
「うん、わかってるよ」
 こう応えたうえでだ。博之は服を脱いでその下の水着、青いトランクスタイプのそれになって海に向かった。準備体操も忘れずにしてから。 
 その彼を見送ってからもずっとビールを飲み続ける麻里奈だ。そしてだ。
 その日は夕方まで飲んだ。気付けば一ダース空けていた。フランクフルトだけでなく焼きそばやお好み焼きも食べていた。飲み食いして終わったのだった。
 それでホテル、とはいっても普通のありふれた部屋のホテルの中でだ。旅行に出た時のジーンズとポロシャツ姿でだ。ちゃぶ台を挟んで向かい側にいる甥にこう言うのだった。
「で、これからだけれど」
「晩飯も食ったし何処に行くんだよ」
「飲むわ」
 実に素っ気無く言うのだった。
「またね」
「って姉ちゃん昼滅茶苦茶飲んでたじゃないか」
「まだ飲めるわよ」
「だから飲むのかよ」
「そう。ニースじゃないから」
 湘南だからだとだ。風呂あがりでもまだ酒が残っている顔で言うのである。
「もう飲むしかやることないから」
「何処のアル中なんだよ」
「だってね。今頃王子様みたいな男の子と楽しいアバンチュールを楽しんでたのよ」
「彼氏いないのに一時の浮気?」
「そう。楽しんでた筈なのよ」
「それが今湘南にいるからなんだ」
「そうよ。湘南なんて学生の頃から飽きる位来てるわよ」
 それこそ何度も何度もだ。麻里奈にとっては本当に馴染みの場所だ。
 だからだ。彼女は今はこう言うのだ。
「お姉ちゃんがあんたが湘南に行きたいっていうから来たのよ」
「だから夜も何処にも行かないんだ」
「そうよ。ここで飲むわよ」
 とにかく飲むというのだ。
「あんたもさっさと寝なさい」
「夜にこそ楽しいっていうのに?」
「そう。夜の湘南は結構危ないわよ」
 こう言ってだ。博之を寝かせようとするのだった。
「それこそゲームセンターとかに碌でもないのたむろしてるとか」
「コンビニにも?」
「夜はそうよ。特にこの季節はね」
「じゃああれかよ。昔懐かしいバリバリ夜露死苦なのがいるのかよ」
「湘南にはまだいるから」 
 横須賀やそうした地域にはだ。いるというのだ。
「そういうお兄ちゃん達に優しくされたい?」
「お姉ちゃんならいいけれどさ」
「お兄ちゃんはいいわよね」
「カツアゲされるんだよな」
「下手したら男といけない遊びをする羽目になるけれど?」
「ああ、じゃあいいよ」
 所謂掘られる危険まで聞いてはだった。博之も怖気付いた。そのうえでだ。
 麻里奈にこう言ってだ。大人しくすることにしたのだった。
「じゃあいいよ。ホテルのゲームやってるよ」
「そっちするのね」
「だからお金頂戴」
 言いながらすかさずだ。博之は麻里奈に左手を出してきた。
「ゲーム代。千円位」
「凄く図々しいと思わない?今のあんたの言葉」
「いいじゃない。可愛い甥の身を守る為にさ」
「全く。どういう理屈よ」
 そうは言いながらもだ。麻里奈は千円出してだ。それを甥に渡してだ。そのうえで甥が部屋に出て行くのを見届けてからだ。ホテルの冷蔵庫を開けてまたビールを飲むのだった。
 その次の日だ。麻里奈は。
 思いきりどんよりとした雰囲気でだ。朝食の場に出て来たのだった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧