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提督はBarにいる。

作者:ごません
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6月第3日曜日・10


 さて、いよいよ父の日の当日だ。今朝方まで愛を深めていたらしい提督夫妻は、寝ぼけ眼のまま浴場に向かい、汗をながして着替えるとそのまま街へと向かった。

「……なぁ、お前ら俺に何か隠してるだろ」

 唐突に提督がそう口を開いたのは、モーニングを提供している喫茶店に入り、注文を済ませた時だった。

「なんでそう思うんデス?」

 これはいつもの提督の手だ。何気無い会話の中に不意討ちで、物事の核心を突くような質問をしてくる。

「いや、別に?何と無くそんな気がしてな」

 これは7割ほど嘘だ。何かを隠しているのはほぼ確実だと踏んで、カマをかけに来ているのだ。この人の『知る』というのは100%理解した時に初めて『知った』事になる。今はまだ情報が完全ではない。だからこその探りを入れるような口振りだ。

「何と無くで疑われるのはいい気がしないですヨ?」

 実際頭がまだはっきりとしない段階でこんな話はしたくない。本人が寝技が得意だと語るように、交渉事の手練手管は抜群に上手いのがこの人だ。揺さぶり、煽り、外堀を埋めて核心に潜む情報を手にする。余程弁護士や検事、はたまた詐欺師でもやっていた方が向いているんじゃないかと薄ら寒さを感じた事さえある位だ。隠し事を抱えてこの人と会話をする時には、それこそ綱渡りのような絶妙のバランス感覚が要求される。あぁ、なんで朝から胃が痛くなりそうな思いをしなければならないのか……そんな事をぼうっと考えていると、

「……やっぱりな。顔に出てるぞ」

 そう言ってニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら、朝刊を眺める提督が目に入った。表情を読まれていたのか。

「そんなにはっきり出てましたか?」

「お前も大分巧くはなったがな。まだまだポーカーフェイスにゃ程遠いよ」

 クックッと笑いながら応える提督。全く、底意地の悪い……などと考えている所に注文したメニューが運ばれてきた。

「ま、いいさ。詳しくは朝飯の後でお聴きしましょう?」

 そう言って金剛の夫である提督は、注文したカツサンドにかぶりついた。




「ふぅん。今日という日をお祝いする為にねぇ……」

 食後のコーヒーを啜りながら、提督はそう呟いた。あっさりと敗けを認めた金剛は、最低限それだけを伝えて黙った。これだけでほぼ答えになっていそうな物だが、提督は気付いているのだろうか?

「これ以上は言えませんからネ?これ以上は私の裏切りになりマスから」

 そう言って金剛はミルクティーを啜る。端から見れば仲睦まじい夫婦の一時なのだろうが、金剛の心中はそれどころではない。もしバレでもしたら駆逐艦の娘達はどんな反応をするだろうか。金剛の心配はそれだ。自分が考えているよりも仲間思いだったのか、それともこれが母性という奴なのかは判然としないが、どちらにしろ提督に計画がバレた時点で詰みである。

「今日の日付なぁ……誰かの誕生日じゃねぇし、盛大にやるなら何かのイベント事か?とは言ってもなぁ…」

 さっきからブツブツと言っているが、まさか気付いていないのだろうか?

「俺の誕生日……は9月だし、暑気払いには気が早い。結婚記念日もまだ先だしなぁ……」

 本当に気付いていないらしい。艦娘の事ならほぼ正確に覚えているクセに、自分の事には無頓着な所が少なからずあるこの人は、本当に気付いていないようだ。まぁ自分への興味が無い分艦娘達や仕事に愛情や情熱を向けているのだとしたら、何と無く納得してしまう気もするのだが。

「まぁいいや。思い出せないって事ぁ大した事じゃねぇんだろ。大事な事ならその内思い出すからな」

 大雑把なんだか繊細なんだか解らない。十数年の付き合いがある金剛ですらコレだ。

「さぁ、そろそろ行くぞ。今日は久々のノープランの外出だからな……色々と廻ろう」

 そう言ってカップのコーヒーを飲み干すと、金剛の手を取って歩き始めた。その後はゲーセンやカラオケ、映画等まるで若者の好みそうなデートスポットを回って遊び回っていた2人。やがて日が暮れた頃に比叡達から連絡が入り、パーティの支度が整ったとの事だった。

「darling、そろそろ帰りまショウ!」

「俺もいよいよ年貢の納め時か……」

「またそんな冗談言って……。darlingに危害を加えるような事は無いですから、安心して下サーイ!」

 そう言って腕を組んで歩く。やがて鎮守府の玄関に着くと、金剛の妹達3人が待ち構えていた。

「お帰りなさい、司令」

「久し振りのデートは楽しまれましたか?」

「すみませんが、提督にはこれを着けていただきます!」

榛名が差し出して来たのはアイマスク。会場である食堂までは、見せたく無いという配慮だろう。

「随分と秘密主義だな。まさかのクーデターとかか?」

「まさか。クーデターならここで気絶させられたと思いますが」

「それもそうか。なら、大人しく従うとしよう」

 提督は素直にアイマスクを着け、四姉妹に手を引かれて鎮守府内の廊下を進む。やがて食堂の前に辿り着いた所で、金剛がアイマスクを外す。食堂の扉は固く閉ざされているが、照明の光が漏れており、中からは沢山の人の気配を感じる。

「……俺に開けろってか?」

 無言の笑顔で頷く金剛姉妹。提督がドアノブに手を掛け、扉を開け放った瞬間、爆竹の連続の様にクラッカーの音が鳴り響いた。

『お父さん、いつもありがとう~!』

という掛け声と共に。




 いつもの長テーブルは消え去り、円卓がいくつも並ぶ食堂内には、ぎゅうぎゅう詰めでこの鎮守府所属の艦娘達が終結している。上座のつもりなのか、一番奥には金屏風が設置されている。壁や天井からも手作り感満載の折り紙などの細工が下がっており、綺麗に飾り付けられている。

「いったいこりゃあ……」

「今日は『父の日』ですよ、司令。」

「もしかして、本当に忘れてたんですか?」

「さぁさぁ、主役が中に入らないとパーティが始まりませんから」

霧島に背中を押され、戸惑いながらも奥へと進む。その間も割れんばかりの拍手に迎えられ、もみくちゃにされて進み難そうだ。漸く金屏風の前に辿り着くと、そこにはギャルソンのつもりか、男装の那智と矢矧が控えていた。

「さぁ司令、こちらに」

 那智に促されるまま座らされる提督を見届け、その場を離れようとすると、

「金剛さんの席も、こちらです」

 矢矧に引き留められて提督の隣に座らされた。金屏風の前に夫婦揃って着席。これではまるでーー…

「結婚披露宴じゃねぇか、これじゃあ」

 呆れたような提督の呟きが聞こえ、金剛は己の顔が赤くなったのを感じた。

「え~それでは!主役がご到着されましたので、提督に日頃の感謝を伝える会を始めたいと思います!」

 司会進行役なのか、青葉の宣言でパーティが始まった。 
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