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提督はBarにいる。

作者:ごません
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嗚呼、懐かしの烏賊尽くし・その2

 勝の奴が持ってきた数百kgという大量のイカは、ウチと間宮、鳳翔の店と希望した艦娘に分けたが、それでも一年は困らない位の量がウチの店にもやって来た。殆どは業務用の冷凍庫に突っ込んでどうにか納まってくれたが、それでもまだ大量のイカが溢れかえっている。やはり今夜はこいつを消費する為にイカ尽くしの夜になりそうだ。

 そしてその夜。ウチの店の扉には『今夜はイカ尽くし。食べたくない奴は回れ右』との張り紙を貼り出した。それでもなお、カウンターもテーブル席も一杯だ。俺と早霜だけでは対応しきれない為、早霜に『援軍』を頼んで貰った。

「いやぁ、すまんな朝霜。今日は非番だったんだろ?」

 エンペラを外して皮を剥がしつつ、援軍の朝霜に労いの言葉をかける。

「気にすんなって司令!アタイもこの店の仕事に興味があったしさ!」

 ニシシと笑いながら空いた皿を片付けていく朝霜。なんでも、こういう酒場の仕事に興味があり、唯一手伝いを任せられている妹の早霜が羨ましいやら妬ましいやらで、歯軋りの毎日だったらしい。だったら相談しろよ、と言ったのだが、

「は、恥ずかしいだろそんなのっ!『艦娘としての仕事に集中しろー』って怒られるのも嫌だったし……」

 と、妙に幼い一面を見せられた。いつもの勝ち気な朝霜はどこにいったのか。と、俺の手元を熱心に見つめる視線に気付く。

「何だよ?そんなに見られると流石に照れ臭いんだが」

「アトミラール、君はそんなにも気持ちの悪い生き物を触って何とも思わないのか?」

 視線だけは熱心だが、普段から色白なその顔は些か青冷めた様子で此方をーーというよりまな板の上のイカ見つめてくる艦娘。

「気持ち悪いってなぁ……。そんなに言うなら来なきゃよかったろ?グラーフ」

「そ、そんな薄情な事を言うな!私はアトミラールの料理の大ファンなのだ、それがどんなおぞましい姿をしている物だとしても美味しいなら食べたいじゃないか!」

 俺の真ん前に陣取ってイカを観察していたグラーフが顔を真っ赤にして怒鳴った。




「なんだ、グラーフさんはまだイカを食べる踏ん切りが着かないのかい?」

 皿を下げてきて皿洗いに入った朝霜が会話に加わる。大量のイカを捌いて調理する為、今夜の『Bar Admiral』は役割を完全な分担制にしていた。

俺が調理、

早霜が酒の提供、

そして朝霜が皿の片付けや注文を取ったりの雑用。

 この分担でどうにか混雑する店を回していた。朝霜は自分用に取り置きしておいたイカ素麺を無遠慮に手掴みでチュルリ、と口に放り込む。俺も味見したが、獲れ立てで直ぐに瞬間冷凍しただけあって鮮度は落ちておらず、コリコリとした歯応えと共に独特の甘味と旨味が、噛めば噛むほど溢れ出してくる。余程美味いのか、朝霜の引き締まった頬は紅に染まり、ユルユルに弛んでいる。

「ん~♪勿体ねぇなぁ、こんなに美味いのに」

「し、仕方なかろうっ!私は生まれてこの方そのような形の生き物は食べた事が無いのだ!」

 ゴクリと生唾を飲み込みながら、グラーフが反論してくる。そんな彼女の今宵のお供は、ビールでもワインでもなく日本酒だ。

 ビスマルク達の勧めでウチの店を訪れて以来、グラーフは一人でもちょくちょく来店するようになった。時々はドイツ料理を頼むこともあったが、その注文の殆どは和食や洋食……日本独自に育まれた料理の数々。それに日本酒や焼酎等を嗜んで積極的に日本に馴染もうとしていた。最近のマイブームは〆のおにぎりと味噌汁、それに明太子だったか。

 飲んだ〆に必ずと言っていいほどおにぎりと味噌汁を頼み、明太子はその日の気分で焼くかそのままを食べやすくカットして注文される。美しく箸を使いこなして味噌汁を啜り、おにぎりをかじった所に明太子を一切れパクリ。そして美味そうに身悶えする姿は、普段の冷静沈着なグラーフを知る人からすればとてつもなく可愛らしい。そんな『畳化』が滞りなく進んでいたハズのグラーフに突如立ちはだかったのがイカだった。

「サシミやスシはいいんだ、だが……イカやタコだけはっ……!」

「イカやタコ…?はて、何か思い当たる節があるような無いような……」

「店長、恐らくグラーフさんは宗教的な事でイカやタコ、貝類を忌避しているのでは?」

「……あぁ、成る程な。ナイスだ早霜」

 漸く納得がいった。グラーフがイカを拒絶している理由。それは正に、宗教的な理由で『食べた事がない』……正確には『食べられない』のだ。




 ドイツの国民の多くが信仰している宗教はユダヤ教とキリスト教の中でもとりわけ戒律の厳しい宗派だ。食事にも大きな制限があり、「魚介類は鱗とヒレを持つ者のみを食すべし」という教えがあるらしい。ビス子やレーベ達はそんな事も気にせずバクバク食べていたので気にしていなかったが、グラーフは中々敬虔なタイプらしい。

「それがまた、何でいきなり食べる気に?」

「じ、実はその……ホーショーの店でアカギやビスマルク達が飲み会をしていてな」

 聞けば、グラーフはウチに来る前に鳳翔の店で夕食を済ませており、その席で赤城達空母組といつもの呑兵衛軍団がイカを肴にどんちゃん騒ぎをしていたらしい。

「そこで見ていた時は我慢できたんだ!けれど……店を後にしたら段々と後悔が…」

「あ~成る程、それでイカ尽くしやってるウチに来た、と」

「そういうことだ。しかし、改めて見たらその決心が揺らいできて……」

 まぁ、今まで食べてはいかんと言われてきた物を目の前にしたら、流石にそうなるのも仕方無い。

「そっか。大変なんだなぁ宗教は」

 他人事のように聞いていた朝霜。イカ素麺を載せていた皿はいつの間にやら空になっている。

「だったらさ、司令が食べられそうな料理を作ってやればいいんじゃないか?ほら、見た目変われば食欲涌くかもしれないし」

「あのなぁ、余ったらどうすんだよ。有り余ってるとはいえ、食材は無駄にはしないってのが俺のポリシーなんだぞ?」

「そんなの簡単さ。店にいるアタイ達が食べりゃいいのさ!」

 要するに、グラーフにイカ料理を作ってやり、食べられなかったのは店の客に料理として出せ、という事か。まぁそれでグラーフの苦手が克服出来るならそれでいいが……。

「グラーフ、お前さんはそれでいいのか?」

「私は……宗教的な理由が原因で、折角のアトミラールの料理が食べられない、等という悲しい事態は避けたい。だから、私もイカを食べてみたい」

「そうか。ならそうしよう」

「やりぃ!」

 何で朝霜が喜ぶ。

「あ、まさかお前余った料理が食べたかっただけか?」

「あ、ヤベ」

 まぁいいさ、イカが消費されるに越した事はない。 
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