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提督はBarにいる。

作者:ごません
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嗚呼、懐かしの烏賊尽くし・その1

 それはちょうど、日本では梅雨が明けて初夏に差し掛かった……その位の時期の事だった。その日は早めに書類仕事も終わり、その日の秘書艦である愛宕に膝枕をされながら、久々にゆっくりと身体を休めていた。

「いい天気だな~……」

「そうですね~、ちょっと暑いくらい……」

 そう言いながら愛宕は制服のブラウスの前ボタンを2つ程外し、その豊満なバストの辺りに溜まっているのであろう熱気を逃がしつつ、左手でパタパタと顔を扇いでいる。うっすらと汗ばんだ肌に衣服が貼り付いて、そのボディラインが強調されてとてつもなくエロい。こんな真っ昼間でなければうっかり襲いかかってしまいそうだ。何とか気を逸らそうと、窓の外に視線を向ける。晴れ渡る空には入道雲が浮かんではいるものの、快晴と言って差し支えない位の空の青さだ。

「いや~、こんな天気だと真イカでも食いたくなるな」

「真イカ?真イカってなんですか提督」

 昔を懐かしんで、ボソリとそんな事を言ったのを愛宕に聞かれてしまっていたらしい。

「なんだよ、聞かれたのか。真イカってのはスルメイカのウチの地元での呼び名でな、ガキの時分にゃあよく食ったもんさ」

 俺の生まれ故郷は岩手と青森の県境の岩手側で、その隣街は全国有数のイカの街・八戸だった。更に近所には八戸を拠点に遠洋でイカ釣りをする漁船団の船頭の親父の一家が住んでおり、数ヵ月に一回のペースで帰って来た親父さんから、何十kgという単位でイカの加工品やら冷凍のイカを貰ったものだった。

「真イカってのは『夏イカ』とも言ってな。年中獲れるが特に夏場の真イカは美味いんだ。」

分厚くシコシコという歯応えの身に、芳醇な甘味。たっぷりと詰まった腑(ワタの事)はクセがあるが、これまた旨味がぎっしりと詰まっている。……あぁ、思い出しただけでビールか日本酒を喉が求めてきやがる。

「へぇ~…食べてみたいですねぇ♪」

「でもなぁ。漁船で急速冷凍したイカを運ぶにゃそれなりの銭がかかるからなぁ。それこそ漁船がそのままウチの鎮守府に持ってくる……位の事をしなけりゃ難しいだろうよ」

「残念ですねぇ……」

「全くだ」

 そんな話をしていたら、滅多にならない俺の携帯からゴッドファーザーのテーマが流れる。仕事上の電話は執務室の固定電話の為、俺の携帯は完全にプライベート用だ。こんな仕事をしているからな、プライベートの電話なんざほとんど来ないんだが……。




「はいはい、どちらさん?」

『久しぶりです、零二さん。元気してました?』

 膝枕したまま電話に出ると、電話口からは懐かしい声が聞こえた。

「お、お前勝じゃねぇ……ぐえっ!」

 ビックリして起き上がったら、顔面と愛宕のバストが正面衝突した。あれだけ大きいからクッション性抜群かと思ったが……予想以上に弾力があって、案外痛い。

『だ、大丈夫スか?』

「あぁ、大丈夫だ。しかしまぁ久し振りだなぁ勝(カツ)……何年ぶりだ?」

『零二さんがコッチに帰って来ませんからね。それこそ十数年ぶりですよ』

 ぶつけてジンジンと痛む鼻を摩りながら、電話口の知人、勝に応じる。勝ってのは本名が勝志(かつし)と言い、さっき言っていたウチの近所に住んでいたイカ釣りの船頭の息子だ。親父さんと同じ船で漁師になり、数年前に隠居した親父さんから引き継ぐ形で船頭になったと、お袋からの電話で聞いていたのだが、何かトラブルでもあったのか?

「で?どうしたんだよ突然。電話してくるなんて珍しいじゃねぇか」

『いやぁ、実はイカ釣りついでに零二さんに会いたくなりましてね?今船でそっち向かってるんですわ』

「は?いやいや、お前なぁ民間の船舶が何の手続きも無しに軍の施設に入港出来る訳がねぇだろが」

『あ、その辺は大丈夫っス。零二さんの知り合いだって言ったら停泊してた他の港で荷物を預かったんで、届けるついでにって事で許可貰いました』

 ……それでいいのか、警備ユルすぎない?まぁ、賊が侵入してもフルボッコにして捕まえる位はやるが。詳しく話を聞くと、荷物を預かったついでに艦娘の護衛まで付けてくれたらしい。ずいぶんとまぁ、気前のいい話だ。

「あ~解った。んじゃ今からウチの手の空いてる奴を迎えにやるから。大体の緯度と経度教えろ」

 俺は携帯の受信をスピーカーモードにして、愛宕にメモを取らせる。軽巡と駆逐艦の6隻編成で迎えにやる事にして、電話を切った。

「編成はどうします?」

「任せた。勝の野郎の事だ、手ぶらでは来ねぇだろうから俺は支度しておくよ」

 まず間違いなくイカは来るだろうから、今夜のウチの店はイカ尽くしでもいいかも知れんな……なんて事を考えながら、俺は準備を始めた。




 そして数時間後、一隻の大型漁船がウチの護衛部隊に守られながら入港してきた。船首ではよく日に焼けた男が激しく手を振っている。

「しばらくでしたね零二さん!」

「お前も随分焼けたなぁ勝。昔は漁師のクセに真っ白だったのによぉ」

 昔の馴染みとの久々の再会。嬉しくない訳がない。

「しかしまぁ、生で艦娘なんて初めて見ましたよ。……で、どれが嫁さんでどれが愛人スか?」

「やかましいドアホ!」

 そう、勝はこういう奴だった。見た目はゴツくて純朴そうな面構えだが、中身は女好きのスケベ。美人と見ればすぐに口説きにかかる。その上顔立ちもそこまで悪くないから中々にモテる。昔からしょっちゅう女絡みの話をしては俺と軽いド突き合いをしていた。

「つか、頼まれた荷物は?」

「あぁ、そうそう。これお袋さんからの手紙っス。それとショートランド?でしたっけ、そこの提督さんからの書類」

 そう言いながら勝は茶封筒と、『極秘』の判が捺された大きい封筒を手渡して来た。

「……中、見てねぇだろうな?」

「まさか!んなに馬鹿じゃねぇっスよ俺は」

 そりゃそうだ。軽薄に見えるが変な所は真面目なのがこいつのいい所だ。

「あぁ、それと土産があったんだ」

 そう言いながら勝は船の中の船員に何か指示をしている。しばらくして船員が抱えてきたのは、急速冷凍してブロック状の塊になった真イカだった。

「1ブロック20kgあります。それを15と、一夜干しが20kg。どうぞもらって下さい」

「いや待て、こんだけの量配ったら売り上げがマズい事になるだろうに」

「いやいや、むしろその逆っスよ!」

 勝によれば、今年は真イカが獲れに獲れ過ぎて、既に船団の冷凍庫はパンパンらしい。これだけ積んでいると航行に使う燃料が嵩み、逆に儲けが減ってしまうらしい。そのため、適度な重さまで減らすついでに土産にして会いに来よう、ってのが勝の考えだったらしい。

「うん、やっぱアホだわお前」

「なんでっスか!零二さんは美味いイカが食えるんだから万々歳じゃないスか!」

「あのなぁ、ウチへの入港の許可取る前に出港したんだろ?不審船扱いで撃沈されても文句言えねぇぞ?」

「あ~…そこまで考えてなかった」

 だからお前はアホなんだ、と言いかけて止めておいた。こいつなりに俺を思っての行動だった訳だしな。少しは大目に見てやろう。

「んじゃ、届けるモンも届けたんで、俺ら行きますわ」

「もう行くのか?騒々しい奴だな、一晩くらい泊まってけよ」

「いや~、明日の昼までに仲間の船と合流しないといけないんで。そういう訳で!」

 勝はそういうと船に乗り込み、漁船はエンジンの唸りをあげて外海に向かって出ていった。ショートランドの護衛が待ってくれているらしく、帰りの護衛は断られてしまった。

「さて、と!皆で手分けしてイカを運ぶぞ。鳳翔と間宮の所にも運んでくれ!」

 俺の号令と共に、ワイワイとイカを運び始める艦娘達。今夜はこいつでイカ尽くしだな。 
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