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提督はBarにいる。

作者:ごません
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五月雨の過去、提督の過去


 鎮守府を去り行く五月雨に振る舞った料理。それは、煮込みハンバーグを主軸に据えたセットメニューだった。ご飯にもパンにも、そして酒にも合う……そんな味を目指そうと決意させてくれた俺にとっても思い出深いメニュー。まずは前菜のマリネサラダと人参のポタージュを仕上げてしまおう。

《マリネサラダ》
・赤パプリカ:1個

・ヤングコーン(缶詰):100g

・オリーブオイル:適量

(マリネ液)
・酢:50cc

・オリーブオイル:50cc

・マスタード:大さじ1

・レモン汁:大さじ1

・塩:小さじ1/2

 櫛形にカットしたパプリカとヤングコーンをオリーブオイルで炒めてやる。

「……ねぇ提督、覚えていますか?提督がこの鎮守府に着任した日の事。」

「あぁ、俺を見た瞬間に君は泣きそうな顔になったっけな。」

 俺が鎮守府に着任した日。朝一の初対面でナメられちゃ敵わんと気を引き締めていったら、出迎えてくれたのは中学生と見紛う程の少女。しかも厳つい俺の顔を見て、泣きそうになっている。どうにかそれを宥めすかして、前途多難な俺の鎮守府運営はスタートしたんだ。初めての建造で夕張が来て、任務の報酬として白雪や龍田も来て、少し進んだら那智が来て……。まだこの頃はまともな艦隊じゃ無かったな。マリネ液を合わせたら、炒めた野菜が熱い内に液をかける。こうすると、酢の余分な酸味が抜けてマイルドな味になる。コイツをタッパーとかに入れて冷蔵庫で30分程寝かせる。



 お次は人参のポタージュ。

《人参ポタージュ》※材料4人前

・人参:2本

・玉ねぎ:1/2個

・コンソメ:10g

・バター:10g

・水:300cc

・牛乳または豆乳:300cc

・塩:小さじ1/4

・乾燥パセリ:適量

 まずは玉ねぎと人参を刻む。人参は薄めの銀杏切り、玉ねぎは薄切り。鍋にバターを入れて玉ねぎを炒め、しんなりしてきたら人参を加えて更に炒め、水とコンソメを加えて人参が柔らかくなるまで煮込む。

「隼鷹さんも伊勢さんも、建造で加入したメンバーでしたね。」

「そうだったな、南西諸島海域攻略の為に戦艦と空母を手に入れたいって建造したんだ。」

 その後、任務の報酬として赤城が着任することを知ってちょっとガックリ来たが、駆逐艦・軽巡・重巡・戦艦・空母が2人と、中々バランスの良い艦隊が組めるようになった。この編成は暫くの間不動になり、黎明期の第一艦隊といえばこの形だった。

「あの頃から隼鷹は飲兵衛だったな、そういや。」

「まぁ、隼鷹さんはホロ酔い位の方が調子良かったですから。」

 互いに苦笑いしながら会話を交わす。野菜が炒まったので、ミキサーに鍋の中身を移してペースト状に。再び鍋に戻して牛乳か豆乳を加えて火にかけ、塩で味を整える。後は盛り付けの時にパセリを散らせばいいだろう。クリーミーに仕上げたいなら生クリームを加えてもいい。




 最後はメインの煮込みハンバーグだ。

《煮込みハンバーグ》
(肉だね)

・合い挽き肉:350g

・玉ねぎ:1/2個

・卵:1個

・パン粉:大さじ3

・牛乳:大さじ1

・粉チーズ:大さじ2

・塩、胡椒:適量

(ハンバーグソース)

・玉ねぎ:1/4個

・しめじ:100g

・ハインツのデミグラスソース缶詰:1缶(290g)

・赤ワイン:100cc

・水:75cc

・ケチャップ:大さじ2

・醤油:小さじ1

・塩:少々

・生クリーム:お好みで


 合い挽き肉に生の玉ねぎのみじん切り、パン粉、卵、牛乳、塩、胡椒、コク出しに粉チーズを加えてよく練る。

「南西諸島は大変でしたねぇ。」

「まぁな。諸先輩方から聞いてた『強敵は羅針盤』ってのを味わったからな。」

 カムラン半島、バシー島沖、オリョール海。皆それぞれに海流と磁場に翻弄されて一筋縄では行かなかった。しかし、そのお陰で戦力の拡充はかなり進んだ。金剛、比叡、扶桑、蒼龍を筆頭に、川内三姉妹が揃ったのも、妙高型の四姉妹が揃ったのもこの辺りだ。そして何より、初代の加賀を仲間にしたのもカムラン半島攻略戦の折だった。

 肉だねは小さく食べやすくするために8等分位にする。空気を抜き、小判型に成形して焼く。後々煮込むので表面が焼ければそれでいい。

「沖ノ島海戦の後の提督は、正直見ていられませんでした……。」

 沖ノ島海戦で起きた顛末は、読者の方々なら覚えている方も多いだろう。加賀を沈めてしまい、俺は発狂寸前まで追い込まれた。そんな時、邪険に扱われても俺の側に寄り添っていたのは五月雨だった。

「いや、あの頃は本当に済まなかったな……。」

「いえ、私が自主的にやっていた事ですから…」

 ハンバーグに焼き色が付いたら、別の鍋にハンバーグソースを作る。薄切りにした玉ねぎと小房に分けたしめじに塩少々を振って炒め、赤ワインを加えて1分半ほど煮立たせてアルコールを飛ばす。

沖ノ島を突破した我が鎮守府は、戦力の拡充と錬度を上げる事に重点を置き始めた。Barの営業を始めたのもこの辺りからだ。次の目標は魔の海域・キス島撤退作戦。駆逐艦の数と錬度を高めつつ、一般企業等からの護衛任務等もどんどん受け入れてその報酬で予算を確保。設備投資や生活環境の改善に努めた。その間に島風や雪風といった能力の高い駆逐艦を仲間に加え、夕立や時雨といった改二の計画が持ち上がった駆逐艦も重点的に育てた。その間、五月雨も育て上げて当時の駆逐艦の中では最高錬度だった。

 アルコールを飛ばした所に水とデミグラスソース缶を加えて煮込む。デミグラスソース缶は固まっているのでそれが溶けたら、味の調整にケチャップと醤油を。

「そして、キス島撤退作戦……。」

「えぇ、私の運命を変えた作戦です。」

 旗艦は夕立改二。そのサポートとして二番艦に五月雨を据えて、雪風、時雨、響、叢雲。何度か撤退を繰り返していたが、作戦が成功した時の戦闘で事件は起こった。道中で会敵した戦艦ル級flagshipの砲撃が夕立に飛んだが、それを庇って五月雨が中破。どうにか艦隊を突破してキス島沿岸まで接近。そこで水雷戦隊と交戦した際に中破していた五月雨に魚雷が直撃。作戦自体は成功したが、五月雨は意識不明の重体の状態で帰投した。一命は取り留めたものの、脚に損傷が残り戦闘は不可能と判断され、退役が決定した。その際に振る舞ったのが今作っているメニューだ。

 ソースが出来たらハンバーグを入れて、弱火で12分程煮込んで火を通す。




「……五月雨。」

「何でしょうか?」

「聞きたいことがあるんだ。」

 ハンバーグを煮込んでいる間、喉につかえていた疑問をぶつける。

「俺を、怨んでいるか?艦娘としての生命を奪った俺を。」

 作戦経過を見れば仕方のない事故だと大概の提督は言うだろう。だが俺は納得出来なかった。あそこでああすれば、装備を別の物に変えていれば……。見直す点は幾らでもあった。だが、そこに気付けずに五月雨を傷付けたのは事実だ。確かにキス島以後、怪我による戦線離脱・退役はウチの鎮守府では起きていない。しかしその唯一の例ですら、完璧に準備をしていたと自負していた俺には許せなかった。

「提督は、完璧主義者過ぎるんですよ。」

 そう口を開いた五月雨。

「私は怨んでなんていませんよ、あの作戦の指揮は間違っていませんでした。ホラ、『勝負は時の運』って言うじゃないですか?」

 そう言って明るく励ます五月雨。

「いや、しかし……。」

 言い澱む俺に、真っ直ぐな視線をぶつけてくる五月雨。

「あの怪我は私の油断と未熟が原因だったんです。現に、私以降は怪我で退役した娘は居ないらしいじゃないですか。」

 だが、それは結果論だ。五月雨の一件から俺が学んだという見方をする事も出来る。

「それに、元々私はあまり戦いたいとは思っていませんでした。少し古傷のせいで不便な事もありますけど、今私は幸せなんです。だからこそここに来ました。……提督も、私の事を吹っ切って良いんですよ。」

 その言葉に思わず目頭が熱くなり、思わず押さえて誤魔化す。ボヤけた視界で確認すると、煮込みハンバーグもそろそろ良い感じだ。仕上げに生クリームを加えたら出来上がりだ。




「お待たせ。『煮込みハンバーグセット』だ。」

 付け合わせにバゲットとクロワッサンを出してやる。五月雨は美味そうにハンバーグをフォークに突き刺してかぶり付く。口の端に付いたソースを舐めとり、マリネサラダを一口。バゲットをちぎり、ハンバーグソースを付けてパクリ。
口休めにポタージュを飲み、ぷはぁと一息吐き出した。

「懐かしい……とっても美味しいです!」

「そうか……良かったよ。」

 それからも存分に堪能する五月雨。こういう姿を見るとやはり大きくなっても五月雨は五月雨なんだな、と改めて思ったよ。

「あぁ、美味しかった。御馳走様でした。」

「はいはい、お粗末さん。」

 食器を受け取り、洗い始める俺に、

「では、私はお風呂借りて寝ますね。」

「おぅ、ゆっくり休んでくれ。」

 目線を合わせずに挨拶を交わす。扉が開く音を聞きながら皿を洗っていると、

「提督!」

 不意に五月雨に呼ばれて顔を上げた。

「私……貴方が好きでした!けど、今は別の人ともっと幸せになります!提督も…お元気で。」

 深々と頭を下げて、五月雨は去っていった。顔を上げたその目尻が光っていたのは錯覚だっただろうか?暫くの間、水が出しっ放しなのすら忘れて、硬直してしまっていた。

 翌日、彼女は笑顔で鎮守府を後にした。その数日後、夫婦揃ってのツーショット写真が送られてきた。そこにはタキシードを着た男性と、満面の笑みで純白のウェディングドレスに包まれた雨野五月……いや、名字が変わって高谷五月が納まっていた。その写真は今も、俺の机の引き出しに仕舞われている。 
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