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提督はBarにいる。

作者:ごません
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五月雨の現在・その2

「お父さんもお母さんもいい人でした。艦娘なんて得体の知れない者を、自分の娘のように育ててくれました。」

 そう言いながら彼女は鏡月ライチを今度はソーダ割りで煽っている。

「それでそれで?学校生活はどうだったの?」

 大分酔いが回って顔が赤くなり始めた明石が、ジョッキを振り回しながら聞いている。

「楽しかったです、田舎の人数が少ない中学でしたから、転校生でもすぐに打ち解けて。高校は少し離れた都市の高校に通学して、部活は吹奏楽をしてました。」

 へぇ、と声が上がる。催し物が多くなったウチの鎮守府だと、意外とブラスバンドは馴染み深い。

「てっきり運動部系の部活をやってるのかと思ったがな。」

「艦娘の頃は鍛えてましたけど、やっぱりリハビリ中に大分衰えましたから。」

 那智の問いに苦笑いで返す五月雨。




「で、なんでまた先生に?」

 大淀が核心部分に突っ込んだ。確かに、あのおっちょこちょいな時代しか知らない俺たちからすると凄く違和感がある職業選択だった。

「……私も凄く悩みました。高校を卒業したら鎮守府に関わりのある仕事をしようと考えた時期もあったんです。」

 だが、結果的にその選択はされなかった。今現役の艦娘としてはその選択の理由を聞きたいと思っているのだろう。

「けど、ある時ふと思ったんです。『私はもう艦娘じゃない、一人の普通の女の子なんだ』って。それで、地元に少しでも貢献できる仕事をって思った時に、先生になろうって思いました。」

 成る程、艦娘だったという過去の記憶に立ち返る事無く、一人の女性としてその選択をしたワケか。その辺の機微はその立場にならんと解らんだろうな。

そのまま一人の独立した女として生きるも良し、

艦娘だったという過去を顧みて、後進の一助をするも良し。

愛する人を見つけて家族という『繋がり』を築く、なんてのも良いだろう。

人生の選択肢なんてのは選り取り見取りだ。何か一つに囚われる必要性は無いのだ。

「それよりさぁ、誰も聞かないけど左手の薬指。それって指輪だよね?」

 夕張が唐突に放った一言で、全員の視線がその一点に釘付けになる。言われてみれば何故今まで気付かなかったのだろう。五月雨の左手の薬指には、シルバーのシンプルなリングが嵌められていた。

「五月雨、まさかお前……。」

「は、はい……。つい先日、中学の同級生にプロポーズされまして。OKしました。」

 その日一番ではないかと言う歓声が上がる。口々に良かったね、おめでとうと賛辞の言葉を贈っている。対する五月雨も嬉しそうに何度も、ありがとうございますと返事をしていた。

「しっかし驚いたぜ。あのおっちょこちょいの五月雨が、大学を出て教師になって、結婚までするたぁな。」

「あぁ、そういえば提督って高卒なんでしたっけ?部下に最終学歴抜かれちゃいましたね?」

「うるせぇよ赤城ぃ!俺だって気にして口に出してなかったのによぉ。」

 勿論、そんじょそこらの大卒の提督よりかは指揮能力は高いと自負している。……だが何だろう、この敗北感は。

「えぇ!?提督って高卒だったんですか?な、なんかすみません……。」

「いやいや、謝るこたぁねぇさ。それに元々、座学はそこまで好きじゃなかったしな。高校までで充分だったのよ、俺ぁ。」

 そう言って頭を下げる五月雨を嗜めた。そんな会話の流れに持っていった張本人の赤城は、魔王の一升瓶を一人で空にしてしまっていた。飲みすぎだチクショウめ。




「でも良かったですよ、十二年越しの約束が果たせて。」

 しみじみと五月雨がそう言ってグラスの中身を干した。

「そうそう、その約束の中身がアタシらも聞きたかったんだよねぇ。」

 隼鷹が顔を真っ赤にして五月雨に尋ねる。今日はいつにも増してピッチが早い。余程嬉しかったのか、このままでは潰れかねない位の状態だ。

「そんな大層な約束じゃないですよ。怪我で私が退役して、明日手術を受ける為に入院するっていう前の晩に、このお店で提督からご飯をご馳走になったんです。」

 そうそう、その晩はよく覚えている。無理に明るく振る舞っていた五月雨の優しさが愛おしくもあり、辛くもあり。

「その時に提督が言ったんです。『何年かかってもいい、お前が今よりも幸せになったと思ったら報告を聞かせに訪ねて来てくれ。そしたら今度は酒でも酌み交わそう』って。」

「くぁ~っ!キザですねぇ、四十過ぎのオッサンのクセに!」

 そう言って来たのは大淀。酒は強い筈なのだが、顔を真っ赤にして目が据わっている。あぁ、これアカン奴だ。

「いよっ!スケコマシ!」

「天然ジゴロ!」

「おっぱい星人!」

 口々に言いたい放題の艦娘達。

「やかましいわっ!」

 流石に限界という物がある。俺が一喝すると、蜘蛛の子を散らすように酔っ払い共は逃げていってしまった。残されたのは俺と五月雨の二人きり。

「……すまんな五月雨。いや、五月って読んだ方が良いか。」

「いえ、提督の呼びやすい方で……良いです。」

 何とも微妙な空気が流れる。互いに言いたい事があるのに、そのきっかけが掴めないといった空気。

「あぁ、そういえば今晩の宿はどうすんだ?ホテルとか取ってあるのか?」

「あ!そういえばここに来る事に夢中で忘れてました。どうしよう……。」

「そんなこったろうと思ったよ。ウチのゲストルーム空いてっから、好きな部屋使うといいや。」

 そういうそそっかしい所はやはり変わっていないんだな、と思わず苦笑いが零れた。

 変わらない物。…そう、俺の胸にも変わらず突き刺さった物がある。その真偽を確かめる絶好の機会は、今しかない。

「なぁ、五月雨。聞きたいことがあるんだが……。」

「あ、じゃあお話しながらで良いので『あの日』と同じメニュー、作って頂けませんか?」

 『あの日』とは、五月雨がこの鎮守府で艦娘として味わった最後の晩餐と同じメニューの事だろう。

「よしきた、少し手間が掛かるからな。手は止めんから話ながらと行こう。」 
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