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戦国御伽草子

作者:50まい
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肆ノ巻
御霊
  4

 ああ、ま、まぶし…。



 あたしはううーんと顔の前で何かを払うようにした。するとその手をパシリと掴まえられる。



「…?」



 仕方なく片目をうっすらと開ける。目の前には、胸。男の胸だ。ってか、えっ、あたし誰かに抱えられてる!?



「ううわっ!?」



「危ない!」



 思わず相手を突き飛ばすように離れようとしたんだけど、向こうの方が間一髪速くあたしを強く引き寄せた。おかげで、すってんころりんと無様に転がる事態だけは防げた。



「気をつけろ!この体は瑠螺蔚さんのものだと何度言えば…。…瑠螺蔚さん?」



「何で疑問形なのよ?…っと、あ、そっか、あたし…」



「瑠螺蔚さん!」



 どうやらあたしを抱えていた不届き者は高彬(たかあきら)だったらしく、あたしは最早無意識に高彬の顎をぐぐいと押して離そうとしたが効果が無いどころか、ヤツはなんと逆にきつく抱き閉めてきた。



 もう、本当に休むヒマ無く色んなことが続けざまに起きてるから、頭がこんがらがりそうだけど、そうよ、亦柾(やくまさ)に片思いしてる義妹(しかも霊)に体つかって良いわよ?って言ったんだったわあたし…。



「瑠螺蔚さん!霊に体を預けるなんてなんて無茶を!お人好しの瑠螺蔚さんが悠姫をほおっておけないのは分かるけど、それでももっと他に方法があっただろう!?」



 高彬の声が激しく頭上で弾ける。



 ご、ごめん…。でも起きた途端立て板に水みたいな高彬の説教はちょっとツラいわ…。



 まぁでも、高彬が過保護になるのも諸々考えれば仕方ないし、自分でもまぁ多少は賭けだったし、ホントは悠がどうなったかすぐにでも聞きたいんだけど、今は大人しく叱られておこう…。



「ええと、ごめん…でもさ…」



「でもも何も無い!あのまま、戻ってこれなかったらどうするつもりだったんだ!」



 高彬は余程怒っていると見えて、取り付く島もない。



 戻ってこれなかったらその時はその時よー…なんて言ったら、余計火に油注いじゃうかな、やっぱり。



「その時はその時、なんて言ったらどうなるかわかってるよね」



 高彬のヒヤリとした声が降りてくる。



 う、うわ、危なかった…。もうこれはヘタなこと言えないぞ…。



 あたしは全てを誤魔化そうとにへらっと笑った。



 あなたの愛する瑠螺蔚姫の笑顔ですよー。ほら、こうしてまた会えたから、万々歳、問題なし、ね!?



「…」



 お、おおーい、高彬くん、顔が怖いぞ、顔が。



 いや、これは長期戦も覚悟しないと…。



 でもはやく悠の話聞きたいんだよなぁ…。



 よし。



 あたしはするりと腕を伸ばし、それを高彬の首元にまわして、きゅっと抱きついた。あたしからの珍しい甘えるような仕草に、高彬が動揺したのか、その体が一瞬強張る。暫くそうしていた後で、あたしは極めつけとばかりに高彬の首元に頬をすり寄せる。高彬の腕に力が籠もる。およ、存外上手くいったかな?と思ったのだけれど。



「瑠螺蔚さん。…一体どこでそんなことを覚えてきたの。まさかとは思うけど…義兄上?」



 高彬のひっくい声が聞こえた。



 ピエッ!まずい逆効果!?しかも惟伎高(いきたか)にまでとばっちりが!



「いやっ、違う違う!何でそんなこと思うの!?あいつ僧だし!一応!」



 しかしその時、救いの手は意外なところからもたらされた。



「そのくらいにしておいてあげてください、高彬どの。姫はわたしの妹の為にしてくれたのです。お気持ちは重々分かりますが、どうか、わたしと、我が義妹姫(おとひめ)に免じて」



「…亦柾(やくまさ)どの、そうは仰いますが、あなたは何もご存じでは無い。そもそもの元凶は全てその妹姫であって…」



「亦柾っ!」



 あたしはブツブツ言う高彬をデーンと押しのけて立ちあがった。



 そこには、まるで桜の葉のような青朽葉(あおくちば)地宝相華(ほうそうげ)顕紋紗(けんもんしゃ)の衣を纏った亦柾が立っていた。宝相華なんて、大輪の牡丹みたいな空想の花文様なんだけど、唐渡(からわた)りだから大分古い紋だ。それなのにそれを全くヤボったく見せないどころか逆に爽やかにさらっと着こなしちゃうあたりがまぁ、確かに亦柾よ。



 亦柾はにこりと笑って言う。


「螺蔚姫。お変わりないようで…いえ、お美しくなられましたかな。お亡くなられたと聞き及びこの亦柾、それではお供仕(つかまつ)らんと胸は張り裂けんばかりでおりましたが誤報だったようで何よりです」



「そんな見え見えの世辞はいいから!あと螺蔚じゃ無くて瑠螺蔚ね、ル、ラ、イ。てゆーか、あんたがいるってことはここ、徳川家…!」



「いいえ?」



 にこにこと微笑む亦柾が即座に否定する。



「丁度、北条に出向いていたところでして。ここは確かに徳川は徳川ですが、国分(くにわけ)徳川。螺蔚姫のおっしゃる天地城にある本家では無く分家の方です」



「えっ、国分?石山寺の目と鼻の先じゃ無い」



「石山寺?そうですね」



 ざり、とあたしに歩み寄ろうとした亦柾の間に剣呑な雰囲気の高彬が割り入る。



「亦柾どの。それ以上はご遠慮仕る。先程の狼藉、わたしが許した訳では決してない」



「おや、狼藉とは心外な。あれは愛しい妹姫への愛情表現です。それでも貴殿に遠慮して差し上げたのだからむしろ感謝をして頂きたいものだが?」



「何が感謝か…!本当にあなた方兄弟にはうんざりだ!瑠螺蔚さん、もうここに用事は無いね?行こう!」



「え?待ってよ高彬!それにどうしたの?そんな怒らなくても…」



「怒らなくても、だって?これが怒らずにいられるか!」



 いやまぁ、諸々考えれば当然怒っても良い内容なんですけど…。でも、亦柾にあたるのは違うような…。



「待って、本当に待って、高彬。あたし、亦柾に言いたいことがある」



 あたしの声に真剣さが混じったのがわかったのか、高彬の足が止まる。それから、はぁあ~と溜息が聞こえた。



「…僕が百数えるまで。それ以上は有無を言わさず引きずってくからね」



「ありがと。だいすき」



 ギョッと高彬の目が見開かれる。あたしはくるりと亦柾に振り返った。あたし達のやりとりを面白そうに見ていた亦柾は、あたしと目が合うとひらりと手を振った。



「亦柾」



「はい。螺蔚姫」



「ひとつ!どうしてもはっきりさせておきたいことがある!悠も誤解していたみたいだけど、あんたは、あたしのこと、好きじゃ無い!」



 あたしはびしりと亦柾を指さす。



 …あたしのこと好きじゃ無いってこんな堂々と言うのもなんか空しい気もするけど。



 しかし亦柾は、一度目を丸くしたかと思うと、さも楽しそうにころころと笑い声を上げた。



「何をおっしゃるかと思えば…。いいえ?螺蔚(らい)姫のこと、お慕いしておりますよ」



「そうね、(らい)姫のことをね」



 亦柾のへらへらとした雰囲気がすっ…と抜け落ちた。残ったのは、笑顔の下でこちらの出方を窺う、一郎と名付けられた重みを背負う武士(もののふ)の瞳。



「あんたが好きなのは、あたしじゃない」



 あたしは強く言った。今度は亦柾も否定をしなかった。ただじっとあたしを見ている。だからあたしは重ねて問う。



「あんたが好きなのは、あたしじゃなくて、前田蕾-…あたしの母上ね?」



 あたしが十を一つ越した時に亡くなられてしまった蕾母上。傾国の美女と呼ばれ、父上と夫婦になって尚、恋文が絶えなかったという…。



 ふいに亦柾がにこりと笑った。



「だから、わたしは螺蔚姫が好きなのです」



 ライ姫…あれ、この場合どっちのこと言ってるんだ?あたし?母上?音だけじゃ分かりづらいな、もう!いやでも「だから」って言ってるって事はあたしのことか。この男、この後に及んでもまだそんな世迷い言を…!



「あんたねぇ、誤魔化そうなんて…」



「ええ、お慕いしておりました。心より」



 するりとヤツが近づいてきて、はっと気がついた時には手を取られていた。振り払おうとしたけれど、亦柾の目は落ち着いていた。彼は何かに決着をつけようとしている。だからあたしは、撥ねのけることは諦めて、好きにさせたままきっと睨む。



「わたしは幼い若児(わくご)でしたが、それでも、誠の心で、この方の傍にありたいと願ったのですよ…」



 彼はあたしの手を握り、そこに視線を落としたまま、ぽつりと言った。



 零れた言葉に、偽りは、きっとない。



「あたしは、母上じゃ無い」



「存じております」



「本当に?ならなぜあたしをライと呼ぶの」



「…それは、わたしのせいではありません。思わず重ねずにはおられないほど、あなた達ふたりが、似ているからですよ…」



 あたしははっと顔を上げた。亦柾は、思い出を反芻(はんすう)するように笑ったまま、そっとあたしの手を指で辿る。



 似ている?あたしと母上が?



「あなたを、お慕いしておりました。蕾殿」



 それはあまりにも諦めに満ちた声だった。



 それはそうだ。だって亦柾の目の前にいるのは娘のあたしであるし、母上はもうこの世にはいないのだから…。いくら想っても、届くことは無い。



 あたしは感情にまかせて大きく開いた口を一度ぐっと引き結んだ。吸い込んだ、息を吐き出して。



「…亦柾。母上なら、こう言う。亦柾さま、あなたがわたしを思ってくれる気持ちは本当に嬉しい。ありがとう。ですが、わたしは忠宗さまをただひとりと誓った身。なればー…っ?」



 亦柾の指があたしの唇を覆う。



「ー…皆まで仰いますな、蕾姫。もとより、徳川の嫡男として、自由など望むべくも無い身。ただ、あなたにこの想い、知って頂きたかった。それだけ。ただそれだけなのです」



 拒絶する暇も無くあっという間に腕をとられて引かれた。香の匂いがふわりと立ち上る。亦柾はまるで縋り付くように、あたしを抱き留める。



 あたしは抵抗を諦めて、ぽんぽん、と亦柾の頭を慰めるように撫でた。



「…姫なら?」



「…ん?何?」



「先程姫は『母上なら』と前置きされた。姫なら、何と返される」



「あたしなら、こう。…おとといきやがれ!」



「おと…っ」



 あはは、はは、ははっ…!



 笑い声が響いた。亦柾だ。亦柾が、おかしくて仕方が無いと行った顔で笑っている。こいつのこんな顔、はじめて見たかも。そうして笑っていると、少年のようにも見える。いつもの澄ましきった顔からは想像できないほどの純粋さでただひたすらに亦柾は笑い声を上げる。



 かなり長い間、亦柾はそうして笑っていた。いいかげんにしなさいよ、と思わずあたしが言ってしまいそうになったほどだ。しかしその直前に亦柾は自分で笑いを収め、そっと言葉を落とした。



「…やはり、似ていますよ、あなた方は。分かちがたい。しかしやはり分かたなければいけない日は来てしまうのですね。姫も覚えておくと良い。人はいつまでも、思い出の中では生きられないのだと。それがいいことなのか、わるいことなのか、なにがしあわせなのか、わたしにはわかりません。ですが姫、あなたに先に逢っていたのなら…わたしにも、違う道があったのかも知れませんね」



 亦柾は抱き閉めていたことなど嘘のようにするりとあたしから離れた。そして彼はにこりといつものように笑った。



「百もとうに過ぎた…行って下さい、姫。高彬殿が鬼の形相でこちらを見ておられる」



 あっ、やば…。



 あたしは慌てて振り返る。しかし、百を超えたら有無を言わさず連れ去ると断言していた高彬は、静かに一歩さがったところで立っていてくれた。



 ああ、もう、あんたのそういう優しいとこ、好きよ。



 あたしは高彬に駆け寄った。おまけで腕まで組んじゃう。



「有り難う高彬!」



「な…っ、瑠螺蔚さ…っ」



「姫!」



 後ろから亦柾の声が飛ぶ。あたしはあわあわ動揺している高彬の腕を離さないようがっしり掴みながら声の方を見る。



「言い忘れました。かように余裕の無い夫であれば姫も気詰まりでしょう。わたしはいつでも待っておりますからね」



 しかし言葉の内容とは裏腹に亦柾の声も目も優しかった。



 だからあたしは、盛大にイーッとあっかんべーをした。



「お断りよ!おとといきやがれ!」



 ふっ、と亦柾が笑う。あたしは背を向ける。今度は振り返らない。がんばりなさいよという激励を込めて、後ろ手にひらりと手を振った。



 ありがとうございます、姫…と聞こえた気がした。 
 

 
後書き
お持たせ致しました!
感想、お気に入りどうも有り難う御座います!本当に、とっても嬉しかったです!
おかげさまで、いつもよりは…はやく…更新できたかな?と思います(それでも遅い)。

今回のエピソード。実は追加エピソードです。
いえ、ずっと設定上は実は亦柾が蕾を好きだった、と言うことはわたしの頭の中にはあったのですが、披露する場も無くそもそも亦柾に興味があるひともいなく…。なのでもしかしたら「!?」と驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。亦柾人気の無いわりには結構出てる気がしますけど。
ちなみに悠の話は本編では終了ですが、また後でこの失われた空白の間の話がどっかで出ます。ヤンデレようじょお好きな方は少々お待ちを…。
そして前回、次で石山寺編は終わりと書きましたが、二つに分割してしまいましたので、一話伸びます。今度こそ!次で石山寺編は終了です。惟伎高と抹ともしばしのお別れ…。惟伎高と言えば、姫へのセクハラが凄いことで有名ですが、登場人物の年齢の話をしておりまして、もの凄いことに気がつきました。姫は…17歳なんですよ…。これのどこがもの凄い事かと申しますと…この17歳っていう年齢…「数え年」と言うものなんですよね…。つまり、いまの年齢に直すと、15歳!衝撃の中学生!惟伎高は以前由良が「瑠螺蔚さまより二つ三つ上」と言っていたので…18歳?高校生!俊成お兄ちゃんなんて確か姫と五歳差ぐらいだったと思ったので、大学生が中学生の妹に…!?近親相姦の上淫行防止条例にまで引っかかる…!おまわりさーんここです!

わたしは造語をシレッと使ってしまうのですが、今回も使っています。あらゆるところにちりばめすぎて、どれが造語でどれが本当に使われているのかわからなくなることもしばしば…。
なので、当然のように説明されていることでも、あまり鵜呑みにされませんよう…。
最初はいちいちあとがきに「造語です」と付け加えようとしておりましたが、膨大な量に手が回っておりません。すみません。しかしもう本人にも判別がついておりません…。 
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