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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
  追う者誘われる者

猫妖精(ケットシー)執政部下位に位置する少年は顔を上げた。

ALOワールド南。

見渡す限りの広大な砂漠が広がる南エリアは、ただひたすら暑苦しいフィールドとして有名だ。特色としてラクダやトカゲのようなモンスター、採取できる素材アイテムとしてはサボテンなどのここでしか採れないものもたくさんあるのだが、いかんせんこの気候設定のおかげで砂漠地帯に首都を置く火妖精(サラマンダー)以外の種族からは敬遠されがちだ。

実際には砂だらけという訳でもなく、きちんと岩石砂漠や礫砂漠、土砂漠など砂砂漠以外の景色もあり、景観は富んでいるのだが、どうにも極北の極寒山脈に次ぐ不人気スポットの座から離れることはない。

天高く昇った陽光にこんがり焼かれているような気分に陥りつつ、ケットシーの少年は額からじんわりと滲みだしてくる汗を拭った。

「ふぅ、なかなかいないなぁ……昨日の目撃者」

手元の調査紙に書かれた字はまだ多くない。

どうしようもなく出てくる徒労感をひた隠しにしながら、少年は右手を首に当てた。

少年らが遠くフリーリアから派遣されているのは、昨日あったというサラマンダーの交易キャラバン襲撃の後詰め、というか事実確認だ。

本当に襲撃があったのか。それを実際に事態を目撃したキャラバン員か、その近くにいたプレイヤーなどを見つけ、当時の状況を克明に記録して領主に持って帰ることが仕事だ。

とはいえ。

「うだーあっつぃー。どーせアリシャちんだって十中八九モノホンだって結論出してるってー。テキトーに報告書書いてとっとと帰ろーよーフニちーん」

「その呼び方はやめてくださいよ、ヒフミさん……」

極めてナチュラルな体勢で隣を飛ぶグロッキー少女、ヒフミの言葉に少年は眉を下げる。

フニという変な呼び名は、別に彼の外見がふにふにしてそうという訳ではない。それは、ひとえに彼のキャラクターネームに由来する。もともと竜騎士(ドラグーン)隊に憧れてケットシーにアカウントを置いた彼のキャラネームは気合いに気合を入れて『ファフニール』。

だが不幸なことに、生来の気弱っぽさがアバター外見にも出る。結果、いつでもオドオドしてそうな垂れ目に小柄な体躯と、間違っても屈強という言葉とは縁遠そうなアバターが爆誕したのだ。

そして名前と外見のギャップを面白がった領主に(なかばノリで)執政部に入れられ、今回のように突発的にパシられたりしている。

……まぁ実際にはアリシャも彼の有能さにはちゃんと気付いていたりするのだが、フニはそこを含めて《いい人》の範疇だった。

「とはいっても、日を跨いでるんだろ?もうキャラバンのヤツらも折り返しで帰ってるんじゃないか?」

ヒフミの隣のボーイッシュなショートカット少女、ティフォが肩をすくめる。その他にも数名、計九名の人員で調査団は構成されていた。アリシャに任命された隊長は一応フニなのだが、書類上だけのものゆえか、そもそも彼にそんなにカリスマ性なんてブルジョアチックなものが欠片もないゆえか、隊員に先発されたメンバー達の誰もフニの言う事をマトモに聞いていない。

まぁ、フニ以外の隊員全員が女性プレイヤーというのも一因なのだろうか。年頃の女性にとって今の自分はオモチャ以外の何物でもないのだ。

ボードに張り付くペラ紙をめくりながら、溜め息を堪える少年は口を開く。

「でも、キャラバンの方にも護衛がいたから、結構な乱戦になったらしいですよ。そうなれば派手なエフェクトも出ただろうし、助けはしないけど観戦はしていた傍観者が必ずいたと思います。そういう人達をどうにか捕まえられたら任務終了です」

「……問題は、そのプレイヤーさん達が都合よくこの辺りを通ってくれるか、なのです」

ティフォに背負われるように体重を預けるミニマム幼女、ミサは眼前のティフォの三角形の耳をほにほにしながら言った。

「ここら辺にある大きな街と言えばサラマンダーの首都、ガタンしかないのです。けど、昨日彼らの小隊をボコりまくった私達ケットシーに入領許可が下りるはずがない。だとすればサラマンダーの機嫌を損ねないギリギリの位置で、ガタンから北進してくるプレイヤーを検問するしかない……というのがフニ君の判断でしたよね?」

「あ、ああ」

「けど、検問というのは普通、街中で道路などの細い道を封鎖して行うモノの事を指すのです。こんな広大な砂漠の中でやるのは検問とは言いません。山狩りというんです。ついでに言うと、この人員でやるには非効率を通り越して無謀の類というのも知っておいてほしいのです」

山じゃないから砂漠狩り?と可愛らしく小首を傾げる幼女に論破され、少年は思わず手で顔を覆う。ここで逆ギレしないのもひとえに彼の性格の朴訥さを表していたりするのだが、残念ながら肝心の本人はその自覚はない。

割と本気でドンヨリムードを纏い始める少年に幾分同情的な(というか哀れむような)目を向けながら、ボーイッシュ少女ティフォは言う。

「大将、やっぱここはアリシャから領主間のネットワーク通じてマンダー連中に許可取ってもらって、ガタンの街に直接行ったほうが効率良くないか?向こうにこれ以上借り作るのは癪だけど、こっちにゃ事件解決のお題目がある。いきなりブッ殺されるようなことはないと思うぜ?」

「うぅ、確かに……」

部下(ただし書類上)に言いくるめられる上司(やっぱり書類上)の図。

しょんぼり肩を落とすフニを尻目に、ネコミミ少女達は自由気ままに動き出す。

その――――寸前。

一歩手前。



音もなく飛来した矢が、ミサの背に突き立った。



「が……ァッ!?」

ずる、と。

おぶさっていたティフォの背から、矮躯が滑り落ちる。

「ミ、ミサ!?」

ティフォの姿が霞む。一瞬にして自由落下する彼女に追いついた少女は、抱きかかえた小さなアバターを見た。正確には、己の視界隅に浮かぶパーティーメンバーのHPバー。その横に付与された新たなアイコンを。

「麻痺……毒矢か!」

「だ、だいじょうぶ!?いったい誰――――」

慌てて駆け寄った少年が言葉を全て放たないうちに、空気が変質したように変わったのを感じる。

明確には言えないが、ガチリと歯車が噛みあったような、ギアを変えたような、そんな確実な変化。だが出処だけは、明らかだった。

少女達。

突発的な事態にオロオロしているだけの隊長(フニ)とは違い、居並ぶ少女達は尾を逆立て、燃え盛る烈火の如き憤激の形相を浮かべる。

能天気。

それは逆さまにしたら、感情に流されやすいと同義。

なまじ仲間意識が強い彼女達は、さながらミサイルの発射スイッチを覆う安全カバーが常時外されているような状況だ。

そんな少女達を代表し、幼女を横手に抱えるスポーティ少女、ティフォは全員を代表するかのように宣言した。

「ブチ殺す」

次の瞬間、弾丸のように彼女らは炸裂した。一直線に、矢の出処――――隊の背後へと突進していく。

いくらサラマンダーが根城としているフィールド南部が見渡す限りの大砂漠であろうとも、まったく身を隠すような起伏がないという訳ではない。

一定間隔で地面から飛び出すように屹立する巨大な岩塊や、ちょっとした水溜りの周りにできるオアシスに多数生えるヤシの木にも似た樹木のせいで、森林などとは比べるまでもないが、それでも思ったより地平線は限定されている。

ギョロリ、と獲物を狙う猫そのものの瞳を血走らせる少女達は、その中でいち早くクリッターやMob以外の動く影を見つけ出した。

「いたッ!!」

最初に言ったのは誰だったろうか。

声が指すその方向を、全員が刺すような視線で射止める。

直近のオアシスの先。巨大岩塊の隙間を縫うように歩く八、九人の集団があった。

遠目にもわかる淡いペールブルーの髪。サラマンダー領から見て北東、フィールド全体から見て南東を統べる水妖精(ウンディーネ)だ。サラマンダー領と隣り合っているため、彼らが砂漠にいるのはそこまで不思議なことではない。むしろレア度だけで言えば、自分達ケットシーがわざわざ敵地であるここにいるほうが首を傾げられるかもしれない。

そんな彼らは小隊で、地面を歩いていた。

「…………?」

―――何だろう。

フニは、いいようのない違和感を感じた。

脳裏で慎重にその感覚を手繰り寄せていくと、すぐにその正体が分かった。

なぜ、地面を歩くのか。

飛行限界時間が設けられていた旧運営体時代と比べ、今は飛行に対する地域(エリア)的な制限はあるものの、プレイヤー単体に限って言えば縛りはないに等しい。

言わずもがな、種族によって変動はあるものの、全種族の飛行速度は徒歩のそれを遥かに凌駕する。そのせいか、今では徒歩が必要になる場面といえばもっぱら飛行するのに必要な日光と月光、そのどちらにも当たることができない洞窟や地底世界(ヨツンヘイム)、そして空を飛べない荷馬車を牽引する交易キャラバンの時くらいとなっている。

その他でわざわざ地面に張り付く必要がある場面――――それは。

そこまで考えた少年が向ける視線の先。

周囲を見回す小隊の先頭にいた長髪のM型アバターがふと顔を巡らし。

眼が、交錯した。

「ッ」

肩を跳ね上げる少年に対し、ウンディーネ達はこちらまで届いて来そうな雄叫びを上げながら、二手に分かれる。

おそらくは前衛クラスと後衛クラスだろう。後衛組のほうには最低限の壁役(タンク)を張り付け、その後ろで魔法詠唱中を示す魔方陣が展開される。前衛組は翅を広げ、一直線にこちらへ向かってくる。

ひぅ、とノドが悲鳴を上げる暇さえなかった。

周りを囲むネコミミ少女達は猛々しく尾をしならせながら、大剣を、爪を、短剣を、長槍を、太刀を、それぞれの得物を音高く打ち鳴らせる。

「うぉー、向こーもやる気みたいだねー」

「それなら話が早いってもんよ。ウチにたてついた代償、一から十一までキッチリ返してもらおーじゃんか」

「うはは、もう利子ついてる。暴利だー」

「どうせならもう二、三割取らんと割に合わないんじゃない?」

という訳で。

せいぜい泣き喚け、水色ヤロー。

沸点に達した戦場は開かれた。

あたふたしている少年をほったらかし、少女達は疾駆していく。 
 

 
後書き
ケットシー版のレコン君、それがファフニール君です。
竜騎士隊を志して名前まで寄せたのに気の毒な縮め名で呼ばれている、それがフニ君。
えぇえぇ、完全にその場のノリで決まったようなキャラです。実際そんな感じだしねw
でも個人的に気弱な男性キャラみたいなのは好きなので、もうちょっとDEBAN増やしたいですね。ひとまず今編では、今話限りという訳ではないのでお楽しみに。


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