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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
  迷子は迷子と気付かない

つまり迷子なのだった。

天真爛漫な核弾頭、マイは天高く昇った日に照らされるアルンの街並みを見回す。

レンのプレイヤーホームたる浮島の近くを偶然通りがかった一般プレイヤーに《お願い》をしてここまで連れられ、《不自然なまでに》同行を申し出る彼を半ば置き去りに近い形で放り出し、とっとこ歩き出した少女は、よくよく考えてみれば今自分がどこにいるか把握していないことに気付いた。

だが天高くそびえる世界樹を中心に広がる街の真ん中で仁王立ちになり、マイは宣言する。

「そんなことよりパフェはどこなんだよ!」

真の迷子とは、小さなことで頓着しないものなのである。

普段から家という名の城に引きこもっていたことも幸いしてか、土地勘などという救済余地もない。

そもそもにおいて、ここに来た移動手段からも分かる通り、マイが城から出る時は大抵レンやカグラの装備の端っこを手すり代わりに掴んで人ごみを誘導される形であったマイには、自力で帰るだけの情報がインプットされていない。よく酔っ払いにも帰巣本能が働くとされるが、マイの場合は帰巣本能を正常に機能させるための初期設定(プリセット)が整っていない状態なのだ。

さらに加えて言うならば、彼女の帰るべきホームはその立地上、常時フィールド上空をランダムな航路で移動し続けているので、そこら辺を歩く誰かにヘルプをしても簡単には帰れないという割とデンジャラスな状況でもあったのだが、やっぱり少女は問題視していなかった。

どころか、メインストリート沿いに一定間隔で立っている街の案内板を見る。しかしそれはもともとある程度土地勘があるか目的地が地図上でどのような所にあるか具体的に思い起こせるヤツ向けであり、そもそも現在地すらあやふやな少女には根本的な所で役立たずで無用の長物であったが、目を向けた彼女は何やら得意げに二回ほど頷いてみせる。

そして少女は高らかに宣言する。

「パフェの匂いはだいたいこっちからするかもッ!!」

地図を見ただけでは絶対に拾えない感覚をマイは得たらしい。

全力で間違った方向にドハマりしていく真っ白な少女は握り拳を添えてアルンを街の中をずんずん突き進んでいく。

一般プレイヤー達は、翅のない彼女を最初はNPCと思うのだが、次の瞬間その煩悩まみれ(おもに食欲)の表情を見て、ギョッとした後に道を譲る。

結果的にモーゼじみた光景になっていたが、腹がすいた肉食獣はそんな些事は気にしないのである。

全てを巻き込む核弾頭は、蠢動するALOの大地の上をただ往く。

天を衝く大樹はその白髪を緩やかに見送るのであった。










ALOフィールド中央、央都《アルン》はワールド内でも最大の巨大な都市だ。

今でこそ世界樹天辺に新たに追加された街――――《イグドラシル・シティ》に人が流れていっているが、それでも規模で言えばまだ負けていないし、宿屋にかかる(ユルド)のコスパ面から、いまだにこの街をホームタウンにしているプレイヤーは少なくない。

また景観の面からあまりプレイヤー主体のお祭り騒ぎめいたことがないイグシティに比べ、文字通り地に足付いたアルンはイグシティより古くから妖精九種族入り混じる混沌の都であったためか、ある程度その方面には寛容な傾向にあった。

そんな訳でアルンのメインストリートにはプレイヤーが出す屋台が、通常の店舗の隙間を縫うように立ち並んで賑わっていた。

こういう屋台は大抵、自分だけの店を持ちたいけど買えない、というプレイヤーが出店しているため、そのための資金集めのために原価に対しかなり高額だったりするのだが、それもお祭りムード特有の空気を助長しているのだろう。実際、こういう独特の雰囲気はイグシティにはないということで、釣られたように行きかう人数も多い。

そんな下剋上な中、たこ焼き一筋でアメリカンドリームを狙う一人の水妖精(ウンディーネ)の少年は、アイスピックみたいな先端の尖った道具で鉄板上で熱せられた生地をくるくると慣れた手つきで高速回転させていた。

ALOでは景観や世界観を損ねるからという理由で、あまり現実サイドの広告などは表示されていないのだが、この手の現実にある食べ物というのは新鮮だという理由でむしろ喜ばれる。まぁ、見た目と味が必ずしもイコールでないところはゲームらしいといえばらしいのだが。

ウンディーネ領が首都を構える南東の《三日月湾》で取れたシャークトパスの、現在進行形でうねうねしている脚のぶつ切りを含む生地を返しながら、少年はぼんやりと思う。

―――そういえばたこ焼きってバリエーション少ないよなぁ。チョコレートとかカスタードとかブチ込むタイ焼きとか肉まんみたいな革命はいらねぇってことなのか。

たこ焼きというのは身近なようでいて、よくよく調べてみると意外に先入観や思い込みでイメージを補正していることが多い謎の食べ物だ。少年自身、このアイスピックみたいな道具(彼にはその名前も分からなかった)を一つだけ使って生地を回しているものだとしばらく勘違いしていたが、同じくたこ焼きを作る師匠の下で修業して、実際には二本使うものだと初めて知った。

同様に、中までガッツリ火が通っているものだと思っていたのも失敗だった。危うくたこ焼きという名のサーターアンダーギーを量産するところだった。

と、そこで。

「……あん?」

屋台の端。熱された鉄板がぎゅうぎゅうに詰められたテーブルの中で、辛うじて鉄板の魔の手が及ばなかった小スペースにちっこい手が二つ並んでいた。

加えて言うなら、やたら真っ白な少女が屋台のテーブルを挟んで肉食獣じみた視線を浴びせかけていた。

今にもじゅるりという音が聞こえてきそうな眼に少年はいささか引いたが、鉄板上のたこ焼きは現在進行形で完成に近づいているので手を休めることはできない。

咄嗟に彼は商売用のスマイルを顔面に張り付け、話しかける。

「らっしゃい、一ついるかい?」

「……むー、お腹が空いたけどパフェの前にたこ焼きを食べるというのはいかがなものかとさすがのマイでも分かるんだよ。でも肝心のパフェのお店はどこにあるのか全然分かんないし、何よりたこ焼きのいい感じの匂いがすきっ腹を刺激してじゅるもう限界何をじゅる言いたいかとじゅる言えばお腹空いたお腹空いたお腹空いた…………」

猛然と何かブツブツ言っていた。

剥き出しの食欲にウンディーネの少年はうわぁ、と思う。

―――とりあえず腹減ってるのはすげぇ伝わってくるんだが、どうしたもんかな。無闇にあげる訳にもいかないんだよなぁ……。

一個二個ぐらいなら無償であげても商売上そんなに問題ない。本当の問題は、それを目撃した他の誰かが「俺も俺も」とよってたかるのが問題なのだ。

そんなことを考えていたたこ焼き少年を見上げ、真っ白な少女はことりと首を傾けた。

「欲しい、ちょーだい」

「ずいぶんと直球だなオイ」

アイスピックのような道具で生地を裏返し切った彼は、その焼き目に満足そうな表情を浮かべ、青のりやら特製ソースとマヨネーズをその上に振りかける。まだカツオ節の代わりを見つけていないが、これが一応彼が出す商品だ。

鼻を鳴らす少年は、新たに焼くために生地が入ったボウルに手を伸ばしながら口を開く。もはや眼前の少女については客としては扱わない方向性で行くようだ。

種族的な特性として青色の髪を、客の食欲を削ぐからという理由でわざわざ赤に染めたウンディーネの少年は、後ろ髪を掻きながらぼやくように口を開く。

「連れにでも金貰ってから来いよ」

「そんなこと言ったって、レン今いないんだよ。カグラも置いて来ちゃったし」

こんなヤツに財布扱いされている保護者もよっぽどだな、と思いながら少年は生地を再び鉄板のくぼみに流し込み始める。

別に会話を続けたかった訳でもないのに返答を返した彼に気を良くしたのか、真っ白な少女の口はヘリウムより軽くなる。

「もーアレは何なんだろうね。別に今立ってる場所が嫌いってワケでも。これから向かう場所が特別好きってワケでもないのにさ。ふらふらふらふら~ってどっかに行っちゃうの。たぶん鎖で繋いでも、全部ブッた切って飛び出していくんだよ」

ふーん、と適当な相槌を返す少年は、あらかじめ山のように用意していたパックに完成したたこ焼きを詰める。

「なんか理由でもあるのか?」

「……弱いんだよ」

少女は少年から受け取ったたこ焼きを嬉しそうに見ながら続けた。

「あの人はいっぱいいっぱい傷ついて、手の中のものを守れなかったばかりか、それをすくっていた両手もボロボロになっちゃってるの。もう目も耳も塞いでうずくまって、何も知らない《フリ》をしないとやってられないぐらいに」

「……………………」

「だからマイは、あの人の《居場所》になってあげるの。いつでも帰ってこれる安全地帯。力を振るえる理由にね。でも勘違いしないでほしいけど、それはレンが望んだこと以上に、マイが望んでそうしてるんだよ。マイはいつだって、あの人の所有物(もの)なんだから」

満足そうにたこ焼きを頬張り、その熱さに目を白黒させている少女は、おそらく全てを説明する気はないのだろう。

「あの《願い》はそういう意味では指針になったのかもしれないけど、でもそれをいつまでも守り続けてるのレンはやっぱり異常だし、アレはもう《呪い》といってもいいと思うんだ。まぁ、その結果として救われたマイがそのことについてとやかく言うのはお門違いだとは思うんだけどね」

ぷす、と新たなたこ焼きを爪楊枝の先に刺す少女は言葉を紡ぐ。

誰に届けるまでもない、独白のような言葉を吐く。

「『人を助けるのに理由はいらない』……レンはいつもそう言って誰もかれも助けるんだけど、理由なく人を助けるのは怖いことじゃないのかな……ある意味それって、理由なしにお店の商品を差し出してくるような不気味さがあると思うんだよ」

そこでなぜか少女はこちらを見たが、少年が首を傾げると溜め息だけついてたこ焼きを口に放り込む。

「……他の見方で言えば、レンは好意で人を助けてるんじゃない。あくまであの女の人の《願い》を聞いた結果――――使命感で助けてる」

だから彼は、助けた対象に好意は向けない。

だから彼は、人を助け続ける。

あの《呪い》が絡まる前、まだ彼が恐れられていた頃。荒れ狂い、暴れまわる暴君には善悪問わず敵が多い。だが、人助けする暴君の前に立ちはだかる者は総じて、自動的に悪となるだろう。

あの少年が呪われたのは、本当に偶然だったのだろうか。

あの少年自身が何か、善悪を判断する絶対の基準――――決して揺るがない天秤を己の中に見出したかっただけではなかったのか。

「レンは――――レンホウは……本当に小日向蓮なのかな……」

最後の最後。

雑踏の中に消え入るような呟きは聞こえなかったが、それを言った少女は済むことは済ませたとばかりに空の容器を突っ返してきた。

「何だ?もう行くのか?」

「うん。これ以上一緒にいたら《汚染》しちゃうから」

「??」

謎の言葉とともに少女は駆けだす。

「あ、おい!()()()()()()()!?()()()()()()()()()()()()!?」

「ううん!だいじょーぶー!」

ばいばーい、と元気よく手を振る少女の真っ白な後ろ髪に手を振り返し、一つ背伸びをしようとした少年は、手の中にある空の容器に視線を落として言った。



「あれ?……なんでタダであげちまったんだ?」 
 

 
後書き
そんなわけで迷子の回でございます(笑)
この話は割とお気に入りで、日常の中に隠された異常性というか、よくよく考えれば最初あんなに気のない感じだったたこ焼き屋の少年が、最後はついていくと言うくらいマイに執着心が沸いているのはどうしてだろう、という感じの考えに至っていただければ幸いです。幼女がハイエースする時代とか怖いね、末期だね。
さてそれはともかく、貴重なマイ視点からのレンに関する感想は結構物語的にも重要だったりします。何せこの幼女、他の視点(カグラやヒスイさん等)のレン像とは180度違った感想をお持ちなのです。
しかしどちらの見方が合っているのかはわかりません。だってどっちも主観的で一方的なんだからね。
それがこれからどう作用するのか、あるいはしでかすのか。それはまた別のお話で。 
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