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仮面ライダーAP

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第三章 エリュシオンの織姫
  第5話 促された覚醒

 ――2016年12月9日。
 某所。

「ここも、静かになったな」

 薄暗い、とある研究室。電気一つ付けられていない闇の中で――羽柴柳司郎は、眼前の寝台で眠る「何か」を見下ろしていた。
 暗さゆえに全貌は見えないが、彼は「何か」の実態がわかっているようだった。

 ――しかし、それも当然のことだろう。それは、羽柴自身の手で造り出されたモノなのだから。

「織田大道も。ドゥルジも、博志も汰郎も。……清山も。最期まで俺に付き合った兵達までもが斃れ、もはやシェードは俺独りになってしまった」

 寝台に横たわる自分の作品を撫で、羽柴は独りごちる。

「その俺も、老いさらばえた。もはや、我がシェードに未来はない。我々の手で、これ以上新たな改造人間が生み出されることもない」

 やがて彼は撫でる手を止めると、背を向けるように踵を返した。その瞳は天井を仰ぎ――その先に在る未来を見つめている。

「……だが。俺達が築き上げた『改造人間』という技術を……清山が遺してくれた福音を、潰させるわけには行かん。そのためにも、俺達『改造人間』は絶対に『人間』の手で斃されてはならんのだ」

 歩み始めた羽柴は、扉を開け研究室の外へと踏み出していく。――その直前。
 一度だけ振り返った彼は僅かな間、最後の作品を見つめていた。

「『改造人間』を斃せるのは『改造人間』だけ。その前提を覆さぬためにもお前には、人柱になって貰う。その暁には、報酬として……」

 そして、彼は視線を前に戻して研究室を去り、扉を閉める。次に会う時は敵であると、袂を分かつように。

「……この俺の首を、くれてやる」

 ◆

 ――2016年12月10日。
 某所。

「……ハッ!?」

 あの瞬間から、目覚めて。

 南雲サダトが次に目にしたのは、薄暗い無人の研究室。寝台に寝そべった自分の両腕には、千切れた鎖が巻き付いていた。

「……! 俺はあの時……それに、これって……!」

 重戦車の砲撃に巻き込まれた瞬間から、自分は確かに意識を失っていた。間違いなく、あの時に自分は死んだものとばかり思っていたが――どういうわけか、まだ生きている。
 あれから施設がどうなったのかはわからないが、自分が敗れた以上……前向きな結果は期待できないだろう。それだけに、最も直撃に近いダメージを受けたはずの自分が生き延びていたことが、不思議でならなかった。

 だが驚かされたのは、その点だけではない。

 サダトは今、自分が寝ている寝台に見覚えがある。ドゥルジに誘拐され、「APソルジャー」に改造された時にも寝させられていた、改造手術を行うための特殊な設備だ。
 脳改造が不完全だった場合、暴走によって手術が中断されないように、この寝台には改造人間の膂力でも容易に千切れない特別製の鎖が備え付けられている。

 その、改造人間のパワーでも破壊できない拘束具が――自分の腕で、無残に千切られてしまっているのだ。
 ほんの、飛び起きた際の弾みだけで。

(……意識的に力を入れたわけでもないのに、対改造人間用の鎖がこうも簡単に……!?)

 サダトは半信半疑のまま、寝台に両手を着いて力を込める。――水に濡れたダンボールのように、寝台がひしゃげたのはその直後だった。
 明らかに、APソルジャーの……否、今までの改造人間のパワーから逸脱している。

(な……んだ、この力は!? それにこの格好……!?)

 原因が見えない異常なパワーアップ。その謎が解明されないまま、サダトは自分の身体を見下ろす。
 服装はあの時のままであり、すぐにでも外に出れる姿になっていた。しかも、ガラス状になっている床下には、整備された「アメノカガミノフネ」までこれ見よがしに配置されている。

(不自然過ぎる。見たところシェードのアジトのようだけど……人が全然いないし、まるで脱出するよう促されてるみたいだ。罠、か……?)

 拘束具を容易く破れるパワー。元通りの服装に、目に見える位置に置かれたアメノカガミノフネ。
 脱出のチャンスには違いないが、些か出来過ぎている。

 罠の可能性は非常に高い。考えられそうなのは、アメノカガミノフネにエンジンをかけた瞬間爆発――といったところか。

「……」

 サダトは訝しむような表情のまま、その力を活かしてガラス床を蹴破り、アメノカガミノフネの隣に着地する。
 そのまま車体のあらゆる箇所を点検したのだが――爆薬に当たるようなものは、最後まで見つからなかった。

(なんだ……? 本当に何もないぞ。一体、俺を捕まえたあの男は何が狙いで……)

 あの男――重戦車に乗っていた老境の軍人は、「改造人間の商品価値を証明する」という旨を主張していた。
 自分を強化改造した上で逃亡させることが、それに関係しているとでも云うのか――。

 答えは見出せず、サダトは暫し思案する。だが、やがて彼は結論を出せぬまま、アメノカガミノフネに乗り込みエンジンを掛けた。
 企みは読めないが、こうして立ち止まっているうちにも被害は拡大しているかも知れないのだ。とにかく今は、すぐにでも外に出て情報を集めるしかない。

(……渡改造被験者保護施設がやられた、としたら……次は風田改造被験者保護施設か。あいつは、政府に保護されている被験者を皆殺しにすると言っていた。……なんとしても、止めないと)

 仮面ライダーは、人間の自由と平和を守る正義の味方。例え正義が自身の味方でなかろうと、その歩みを止めるわけには行かないのだ。
 例え改造被験者であるとしても、罪のない人であるならば――その人もまた、ライダーが守るべき「人間」の一人なのだから。

 ◆

 ――2016年12月10日。
 東京都稲城市山中。

 アジトの壁を突き破り、アメノカガミノフネが飛び出した先には――夜景が広がる山道が待っていた。
 道無き道と林を超えた果てに辿り着いた、無数の輝き。大都会が創り出すその光の群れに、サダトは思わず目を細める。

(ここは……東京の稲城市! 施設のすぐそこか!)

 その景色から拾い上げた情報を頼りに、サダトは現在位置を素早く特定し――焦燥を露わに車を走らせる。
 アジトと施設がここまで近いなら、とうに風田改造被験者保護施設も破壊されているかも知れない。あの男がアジトを出払ったタイミングはわからないが、すでにあの重戦車が動き始めている可能性は十分に考えられた。

 サダトは頭の中にある地理情報をフル活用し、風田改造被験者保護施設に続く最短距離を走る。道路交通法にはそぐわない走りだが、人命には代えられない。

「……ッ!?」

 そして、木々の隙間を縫って道無き道を駆け抜け、施設に繋がる山中の一本道に出た瞬間――サダトの眼前を、眩い輝きが襲った。
 舗装された一本の広い道路。並木に囲まれたその道の向こうには――道路そのものを封鎖するかのように、数台のパトカーが横並びになっていた。

 警察が、風田改造被験者保護施設への道を完全に封じていたのだ。

(警察!? 警察まで施設に集まってたのか! くそっ、こんな時に……!)

 彼らは林を突き抜け、あり得ない方向から道路上に飛び込んできたアメノカガミノフネに猛烈なフラッシュを当てている。
 その光を腕で隠しながら、サダトは自分の浅はかさを悔いた。

 ――渡改造被験者保護施設が壊滅したなら、警察も次の狙いに予測を立てて網を張っているはず。
 そんな当たり前のことすら見落とすほど、サダトは焦っていたのだ。重戦車の行方を辿ることと、風田改造被験者保護施設の安否だけに思考を奪われていた。

(とにかく、一旦逃げて体勢を立て直すしかない! 警察と……「人間」とことを構えるのだけは御免だ!)

 この封鎖された道路の向こうにある、施設が無事がどうかはわからない。だが、このまま無理に押し入れば大なり小なり、生身の人間を傷付けることになる。
 今はただ、退くしかない。

 サダトはハンドルを切り、反対方向に急速旋回する。そして全力でこの場を離れるべく、アクセルを踏み込――

「サダト様ぁあっ!」

「……!?」

 ――む、瞬間。

 決して忘れられない少女の呼び声が、その足を止めた。

 幻聴か。罠か。

 そんな可能性がある、と危惧しつつも。サダトは思わず、振り返ってしまう。

「……ア、ウラ……!?」

 そして、彼が目を向けた先――フラッシュの中から。

 仮面ライダーとして戦うと決めたあの日に別れで約半年、会うことなど叶わないままだった、あの異星人の姫君が――溢れる涙を堪えることすら忘れて、こちらへ駆け寄ってきた。

 涙を流しながら、歓喜の笑みを浮かべる、その笑顔。それは間違いなく、サダトは人間に戻る道を絶ってでも護ろうとした少女。

 アウラ・アムール・エリュシオンだった。

 ◆

 ――2016年12月10日。
 東京都千代田区国会議事堂。

 真紅のカーペットを敷く、整然とした廊下を歩く二人の男。
 初老に差し掛かった彼らの一人は、歳を感じさせない筋肉質な体格の持ち主であり、傍らを歩く小太りの男とは比にならない背丈だ。

「議員。警視庁の番場総監が、例の保護施設の件で行動を起こしています。――噂では、あなたが手引きしているとの情報も」
「そうか。ま、言いたい奴には言わせておけ」

 脂汗を滴らせる小太りの男に対し、長身の男は涼しい表情で堂々とカーペットの上を歩んでいる。
 心配するようなことは何もない、と言いたげな彼だが、小太りの男の顔色は優れない。

「ここで本件との関係を明確に否定しなくては、内閣から報復人事を受ける可能性があります。ただでさえ、あなたは現内閣の政敵なのですから」
「政敵……政敵、か。ま、確かに俺は敵だろうよ。国民を私欲で切り捨てる手合いと仲良しごっこをやれるほど、俺は器用じゃねぇからな」
「そんな悠長なことを仰っている場合ではありませんぞ」

 まくし立てる小太りの男に対し、長身の男は飄々と薄ら笑いを浮かべる。そんな部下の反応も含めて、楽しんでいるかのような笑いだ。

「何をそんなに焦ってる。番場の奴は、パトロールの延長で捜査一課をうろちょろさせてるだけだろうが。直接、施設に警護のための人員を配置させたわけじゃない。あいつは閣僚に逆らっちゃいないさ」
「確かに形式上、施設周辺に警護の任務に就いた警官隊がいるわけではありません。ですが、内閣はいくらでもこじつけるでしょう。必ず番場総監は責任を問われます。その時に、背後にあなたまでいると知られては……」

 小太りの男は余裕を崩さない上司に、なおも言い募る。だが彼はその表情のまま、視線を外して穏やかな眼差しで、ここではない遠いどこかを見つめていた。

「ICPOもその件の裏を嗅ぎつけてる。今に報復の心配なんてなくなるだろうよ、当の内閣が悪事をバラされ空中分解するんだからな」
「その前にあなたが政界から追放されては、元も子もありません。現内閣の崩壊が先かあなたの失脚が先か……賭けにしてもリスクが高過ぎます」

 長身の男はあくまで自分の身を案じて、諫言を繰り返す部下を見つめる。その表情は――自分の政治家生命が消えかかっているにも拘らず。

「そんなこと、俺が知るか」

 豪快な若者のように、屈託のない笑みに満ちていた。

 
 

 
後書き
 議員が発した最後のセリフ。昭和ライダーに詳しい方なら、多分通じる……はず。 
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