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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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折れ曲がりストレート


本当に、偶然だったのだ。



その日、たまたま少し寝過ごしてしまって。
普段より遅れてギルドに顔を出せば、既にナツがルーシィ、ハッピーと仕事に出ていて。グレイを仕事に誘おうとしているジュビアの背中を押して、エルザは幸せそうにケーキを食べているから特に声をかけず。ルーとアルカは前日から泊まりでの依頼でおらず、ヴィーテルシアはここ数日風邪気味だったのが悪化して熱を出していて。
なんとなく、本当になんとなく、依頼でも受けようかと思い至って、誘う相手もいなかったから久々の単独行動になり。


近場での大して難しい依頼でもなかったから手早く片付けて、報酬も受け取って帰ろうとした時。
たまたま、依頼先では祭りをやっていて、街中が人で溢れていて。

「…っと、すいませ……」

だから、歩いていて人にぶつかってしまうのはある種当然で。

「……ティア?」

そのぶつかった相手から、聞き覚えのある声で名前を呼ばれて。

「……ラクサス…?」

その相手が破門中の昔馴染みだったのは、本当に偶然なのである。







がやがやと人の声に溢れる街の、人混みの中から外れたベンチ。そこだけぽつんと誰もいない場所に、更に人が近づきにくくなる二人が並んでいた。
片や破門中とはいえマカロフの孫としても魔導士としても名を知られるラクサス、片やそのルックスやら棘だらけの言葉やら起こす問題やらでギルド最強の女問題児として名を轟かすティア。そんな二人が同じベンチに、間に二人ほどは入れそうなスペースを開けて、揃って笑みの一つもなく、笑みどころかどこか気難しそうな表情でいては、その近くのベンチが空いていても近づく事すら出来ない。

「…何でこんなトコにいる訳?」
「破門中なんでな、放浪の旅してんだよ。…そっちは」
「仕事終わりだけど」
「ナツ達は」
「何、会いたかったの?生憎今日は別よ、…いや、今日はっていうか普段から一緒な訳じゃないけど」

もごもごと何やら言い訳染みた言葉を並べるが、ギルドではハッピーに次いでナツといるであろうとあまりギルドにいなかったラクサスでさえ思う。

「…アイツ等、元気か」
「はあ?…ああ、雷神衆ね。元気よ、一回フリードが坊主になったけど」
「は?何で」
「ロン毛に飽きたんじゃないの」

本当は孫の一件の責任を負って引退しようとしたマカロフを止める為なのだが、それをわざわざ本人に言うほど今のティアは冷酷ではなかった。ラクサスの事は嫌いだが、だからといって無闇に責任を負わせたりはしない。第一過ぎた事だし、と心中で呟く。

「……それで、ジジイは」

どこか言いにくそうに、絞り出すように問う。問われた彼女は瞬きを一つして、小さく息を吐いた。

「そんな言いにくそうにする必要はないじゃない。孫が祖父の心配するのは当たり前なんでしょうから」
「……」
「安心なさいな、マスターは元気よ。あれ以降発作もないし」
「…そうか」

そう呟いた顔が少し安心したように見えて、少し驚く。かつてなら、ギルドにいた頃の彼であったらこんな顔はしなかった。ギルドで一番の天敵であるティアに気づかれてしまうような安堵なんて、絶対に顔には出さなかったのに。
だから、こっちもらしくない言葉を吐いてしまったのだろう。

「…心配なら、会わせてやってもいいけど。破門中だろうと身内が会うのを咎めやしないでしょう。マスターが渋るようなら殴ってでも連れて行くし」
「お前が殴ったらそれで死にそうだけどな」
「私は拳より蹴りの方が主体だから死にはしないわ、…それで?どうするの」
「……会わねえよ、会う気もねえ」

ふぅん、と、持ちかけて来たくせに興味なさそうな返事を返して、ベンチの上で膝を抱える。下手をすればスカートの中が見えてしまいそうだが、特に気にする様子はない。黒いタイツに包んだ脚を抱えて、「そういえば」と思い出したように呟いた。

「アンタ、私の事名前で呼ぶのね。女王様はどこ行ったのよ」
「どう呼ぼうがオレの自由だろ。…それに、それはお前もだろうが」
「…ふん、今のアンタを七光りって呼ぶ必要はないもの」

小さく鼻を鳴らして「余計な事聞いたわ」とぶっきらぼうに吐き捨てて視線を逸らす。仲が悪いとはいえ何年もの付き合いであるラクサスには、それが照れ隠しなのだとすぐに見抜けた。とはいえ、それをわざわざ指摘してやる理由もない。ティア=T=カトレーンというのは、彼女を怒らせずに済む選択肢があるなら、例えそれでこちらが負けるとしても迷わずにそっちを選ぶべき相手なのである。
だからラクサスは彼女の対応に関しては何も言わず、

「そういやお前、言ったよな」
「何が」

破門されてからずっとどこかに引っかかっていた、あの一言について、

「オレを“七光り”って呼ぶ理由があるって」

尋ねれば、群青の瞳が僅かに見開かれた、気がした。








「オレはラクサス、ラクサス・ドレアー!よろしくなっ」

そう言って、無邪気に笑って。握手を求め手を伸ばした姿を覚えている。結局その手を掴むどころか触れる気すら起きなくて、ちらりと目を向けただけでこちらの興味は尽きてしまったから、言葉すらまともに返さなかった。
妹に代わるように対応していく兄の陰に隠れるように位置をずらして、たった今耳に入った少年の名前を脳の余白に刻む。


ラクサス・ドレアー、兄の二つ年上。
使用魔法、現段階では不明。
明るく無邪気、人懐っこい。苦手なタイプ。

それだけ。





「どうじゃ、ティア。ギルドには馴染めそうか?」
「私は仕事が欲しいだけよ、馴染む気なんて最初からないわ」

四歳の少女が吐き出すには不釣り合いな一言に、マカロフは「そうか」とだけ返した。
大まかな分け方をしてしまえば、ティアはこの老人が嫌いではない。好めるとさえ思えるくらいだ。こうやって時々妙な気を回しては来るものの、一人でいるのを咎めたりはしない。時折、ふと思い出したようにこちらに問うて、いつも通りの答えにいつも通りの返事をする、それだけだ。
メンバーに混じって馬鹿騒ぎしたり、雑誌を片手にやれ胸がどうだ尻がどうだと呆れた会話をしている事もあるが、こちらの行動に言葉を挟まず、それでいて目を向けてくれている。ティアが不快だと思わない程度の近さに立って、そっと輪の中に含めてくれる。それがティアには少し鬱陶しくもあり、少しくすぐったくもあった。

「同世代が少ないのはやり難いか?」
「むしろ楽ね、年食ってる奴の方があれこれ聞いてこないし。この年で兄弟そろってギルドにいても、まあ何かあっての事だろうって察するでしょう」
「まあ、そうじゃな。……聞かない方がよいか」
「別に。聞かれれば話すけど、聞いたところでそっちの気分が悪くなるだけよ。自ら進んで不快な思いをしたい新手の変人なら構わないんでしょうけど」
「ならばワシは聞かんよ、変人ではないつもりじゃからな」
「このギルド束ねてる時点で十分変だと思うけどね」

吐き出す毒も、マカロフは笑って受け止めた。それが決して嫌味から来る言動ではないと知っていたから、ティアも少し視線を投げてまた戻すだけに留めておく。

「ラクサスはどうじゃ、最近よく話しておるじゃろう」
「向こうが一方的に喋ってるだけよ。…ていうか何でアイツ懲りない訳?放っておいてって意味で無視してるのに全く通じてないんだけど」
「仲良くしたいんじゃろうな。既にクロス達は馴染んでいるから、お前もと思っているのじゃろうよ」
「余計なお世話ね、迷惑だわ」

がやがやと騒ぐギルドのカウンター。珍しく人のいないそこで、机の上で胡坐を掻くマカロフはちらりと少女に目をやった。
座るのにも一苦労であろう、床に足の届かない高い椅子。そこに腰かけて、話しているこちらではなくギルドの騒ぎの方を見つめる少女。それはあの中に加わりたいだとか、逆に馬鹿らしいと嘲る意味だとかはなく、この様子を録画するカメラのレンズのような瞳で、ただ無機質に見つめるだけだった。
まだ四歳。だというのに達観した少女。親に甘えたい盛りとは思えない冷静さと、四歳が発するにはあまりにもしっかりとした言葉。初めて会った時はあまりの衝撃に泣きそうにもなったものだ。
だって、普通の家庭で普通に愛情を受けて育っていれば、まだ魔法なんてものに触れるような年ではない。親に甘えて、どこか舌足らずに喋って、些細な事にもはしゃぐような、そんな子供であるはずなのだ。なのに彼女は年不相応で、時折暗い目をする。それは四歳の少女がしてはいけない目だ。この世の汚いものを知らないはずの、生まれてやっと四年目の子供がするはずのない目だった。

「……ティア」
「何かしら、マスター」

くるり、椅子を回転させてこちらを向く。真っ直ぐに、見つめるどころか凝視するように向けられた目は透き通るような群青で、何故だかほっとした。
マカロフは、彼女に何があったのかを知らない。彼女の弟がどこか姉に他人行儀な理由を知らない。その兄が時々周囲の大人を見定めるような目をする意味を知らない。何が彼等をこうしてしまったのか、欠片だって解らない。
知らない事だらけの中で、だからマカロフに言えるのはこれだけだった。

「お前はお前のしたいようにすればよい。一人でいるも良し、誰かといるも良し。…だが、これだけは忘れるな。お前の家族はここにおる。このギルドは、皆お前の味方で、家族じゃ」

向けられる群青を真っ直ぐ見返して、言い聞かせるように。

「何より元気である、ワシはそれ以外は望まん。お前が元気でいるのなら、ワシはそれでよい」

ぽん、とその頭に手を乗せる。振り払われるかと思ったそれを、ティアは大人しく受け入れていた。
そっと、伝わればいいと願いを込めて、優しく撫でる。

「ワシ等は仲間であり家族。ここはお前の家じゃ。……いつでも、帰っておいで」

きっと、伝えたい事の半分も届かなかっただろう。けれどそれでもいいと、いつか解ってくれる日が来ればいいとだけ思った。
瞳に困惑の色を薄く滲ませた彼女は、ぽつりと「変なマスターね」とだけ呟いた。









―――――家族。
そう言われて思い浮かべられる顔は二つ。いや、実際にはもう少し浮かぶのだが、それを家族と呼ぶのはどうにも不愉快で、結局削除してしまうのだ。
異母兄弟の兄と、双子の弟。四歳の頃に初めて出会った、ティアが唯一家族と断言する二人。両親だの祖父母だのの顔なんて、思い出してやりたくない。

(評議院直々っていうから余程かと思ったけど、大した事なかったわね。もっと厄介な仕事かと思ったけど、そうでもなかったし)

ギルドに入って数年。最近では同世代も少しずつ増えている。理由もなく服を脱ぐ露出魔だとかやたらとタロットカードで何かを占っている少女だとか、どういう訳が自分の後ろをついて回る無邪気な奴だとか、一癖二癖はあるメンツだ。
そんな中でも既に古株として扱われるティアには、その信用度と一定の実力から、時々高難度の仕事が舞い込んでくる。今回もその一つで、評議院からのご指名付きだった。あれこれ心配してくる弟と、対照的に何とかなるだろと軽く言ってみせる兄に見送られて行ったものの、わざわざ指名してまでの仕事ではなかった気もする。

(ま、一応報告しろって言われたものね)

見た目に惹かれて衝動買いし、最近ようやく履き慣れてきたブーツがコツコツと低い音を鳴らす。なかなかに苦戦した高めのヒールも今では慣れたもので、むしろヒールのない靴に違和感すら覚える程だった。
年中騒がしいギルドの、珍しく誰もいない廊下。この廊下の先にあるのは倉庫とマスターの仕事部屋くらいだから、用でもない限り人がいないのも頷ける。本当に人通りがないので、最近ではそれに目を付けて一人になりたい時はここに居座っているのだがそれはさておき。

「えっと…?こっちが仕事関連、こっちが報酬について。で…はあ?アイツ等始末書の催促状まで私に届けさせる訳?……私をパシリに使うなんていい度胸してるじゃないの」

提出先はもちろんマスター。今回の一件に関する資料より催促状の方が明らかに量があって、また絶句しかねないなと肩を竦めた。場合によってはお説教も有り得るだろう。……その催促状に書かれた内容の大半に思い当たる節がある事には全力で目を逸らすとして。
特に問題を起こしたい訳ではなく、手っ取り早く仕事を終わらせようとした結果がこれなのだが、それでマカロフの心労となっては意味がない。少しだけ、本当に少しだけ、小指の先より更に小さく、今度からは気を付けるかと反省する。
ティアとて、別に誰かに迷惑をかけたい訳ではないのだ。その相手がマカロフであるのなら、尚更。

(それでマスターに何かあったら流石に申し訳ないし、ラクサスうるさいし)

あんまりじーじに心配かけんなよ!と、それこそ会う度に言われていたのは何年前だったか。そんなに昔でもないような、けれど彼が祖父をそう呼んでいたのは随分と前の事のような気がして、その度に「あーはいはい、うっさいわね」と悪態づいていたのを思い出した。
気づけば数年。いつの間にかギルドの同年代の男性陣には背を抜かされ、(一人声変わりしてるのか怪しい奴はいるものの)騒ぐ声から高さが薄れつつあって、女性陣も少女と呼ぶより女性と呼ぶべき人がちらほらいて。まだ年相応に幼いのと元々目が大きいのもあってか未だに少女扱いのティアから見て、凄く大人っぽくなった同世代もいた。
―――みんな変わっていくのだ、と思う。勿論変わらないものだってあって、それでも何かが変わってしまう。誰とも関わろうとしなかった少女が気付けば中心にいる事も、心から笑えなかったアイツが大好きな少女の横で笑っている事も。アイツが、大好きだったはずの祖父を、何かとこちらに自慢してきた家族を、昔のように呼ばなくなった事だって。

「……きっと今は、そんな事言わないんでしょうね」

何気なく呟いた声は、どこか寂しそうにそっと響いた。







ヒールの音に混じって声が聞こえてきたのは、それから数十秒後の事だった。

「…ス……タジア……のか?…」
「……の口…言って…ア?」

人より優れた耳が拾った、小さな声。片方は老人で片方は若い。
それが誰の声かを一瞬で理解したティアは、特に迷わず動きを止めた。ノックしようと上げていた手をおろして、些細な音すら立てまいとドアを睨むように見つめる。
普段なら、中で誰が話していようが知った事ではなかった。遠慮なくノックして要件を済ませて出る、それがいつも通りだったし、今だってそうするつもりだった。
けれど、中から聞こえてきたのは、たった今頭に浮かんでいた顔二つの声で。苛立ったような若い方の声を聞いた瞬間、ティアは悪趣味と解っていながら盗み聞く方を選んでいた。意識を集中させれば、途切れ途切れだった会話がすっと入ってくる。

「オレはガキの頃から“アンタの孫”ってだけで周りから色メガネで見られてんだぞ!何をやってもマカロフの孫だから、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターの孫だからと正当な評価は貰えねえ!」

……何を言っているのかと、怒鳴りそうになる衝動を抑える。
確かにラクサスはマカロフの孫だ。真っ先に来る印象はそれだろう。色メガネで見る奴だって少なくはない。そしてそうやって見られるのが不快だという事くらい、ティアは昔から知っている。
けれど、それでも周りはそれだけでラクサスを見ている訳じゃないのだ。正当な評価が貰えない?それは埋もれてしまっていて見つけられないだけだろう。

(だって、兄さんはアンタを見てたじゃない。だからアンタ達はライバルだったんでしょう)

誰よりもラクサスに近かった兄は、きっと真正面から見ていたのだ。
お前は本当に強いな、と喧嘩の度に笑って言った兄の言葉は、ただのラクサスに向けられていたはずなのだ。

「そりゃあお前の気の持ちようじゃろう。世の中に正当な評価を得てる者など果たしているものか…」

困ったようなマカロフの声。僅かに聞こえるのは頬を掻く音だろうか。
そんな些細な音すら逃さない耳が、苛立ちを隠さない声を捉える。

「ただでさえ居心地悪ィってのに、さらに“あんな恥”かかせやがって」
「それは…」

あんな恥。それを聞いて何も浮かばない、なんて事がある訳もなかった。むしろその逆。ぱっと思い浮かんでしまって、次の瞬間にはポーカーフェイスは崩れ切っていた。
解る。ラクサスが何を言いたいのか、手に取るように。けれどそれは言ってはいけない事だとティアは思った。それをぶつけるのはきっと正当な事で、それでもダメだと曖昧な根拠で確信とは言い難い何かを抱いていた。

「アンタには“情”ってものがねえのかよ」

聞こえる溜め息。きっとマカロフのものだ。
くしゃり、と握った書類に皺が寄る。けれど今はそんな事を気にしている余裕なんてない。止めなさいと、それ以上言わないでと、叫べない言葉が脳内で響く。

(アンタだって解ってるんじゃないの、アンタが誰より解ってるんじゃないの!?)

それを突き付けられて、一番辛いのは。

「何で親父を破門にしやがったァ!」

――――マスターで、破門になったアイツの父親の、アンタの祖父だって事くらい。





そこから先の会話は、正直右から左へ抜けるようだった。
ただ頭に残っているのは、仲間の命を脅かす者はギルドに置けないとマカロフが言った事、それにラクサスが噛み付いて、自分が破門になったら親父が立ち上げたギルドに入ると言った事。アイツがギルドの不利益になる情報を持ってギルドを出た事に焦るマカロフに、ラクサスがこう言った事。

「オレはいずれアンタを超える。親父の為じゃねえ。オレがオレである為に……」

決別するような声色で言った、それがティアの耳にこびりつくように残っていた。

「一人の男である為にだ」






廊下の向こうに消えていく背中を眺めて、曲がり角からそっと出る。部屋から出てくる気配がしたと同時に持ち前の速度で隠れたこちらに、どうやら彼は気づかなかったようだった。

「…何でよ」

中途半端に出ていた右足を引っ込める。コツンとヒールの音がした。
絞り出すような声が、細く小さく、吸い込まれるように消えていく。

「何で…何でアンタが……!」

解ってはいるのだ。反抗期なのか元々マカロフに噛み付く事が多くて、周囲は色メガネでしかこちらを見なくて、その中で実の父親を実の祖父に破門にされて。これで怒らない訳がない。
解っていて、十分に理解した上で、それでも納得が出来ないのは、心のどこかで思っていたからだろうか。血の繋がりのない、赤の他人である自分が受け入れられたマカロフの意思を、血の繋がった実の家族が受け入れられないはずがないと。家族だから誰よりもそれを解ってあげられる存在だと。漠然とした家族のイメージしかなかったから、そういうものなのだろうと勝手に思っていた。
きっと逆なのだ。ティアが受け入れられたのは結局のところ他人だからで、ラクサスがそれを認められないのはどう足掻いても逃れられない血の繋がりのある家族だから。

「解ってあげてよ…家族って、そういうものなんでしょう」

―――それでも解ってほしいと、ラクサスに理解を求めてしまうのは、我が儘だろうか。
その決断が簡単なものじゃなかったのだと、マスターだって苦しかったのだと知ってほしいと思うのは、エゴだろうか。




「…やはり聞いておったか、ティアよ」

我が儘だろうと、エゴだろうと、私は。

「……マスター」

お父さん(マスター)を。
家族だと言ってくれた人を。
――――いつだっておかえりと言ってくれるマスターを、苦しめたくなんてない。







「ふむ…御苦労じゃったな、ティア」
「別に…大した依頼でもないわ。私を指名するくらいだからS級相当かと思ったけど、そうでもないし」

手渡した書類に目を通し終えたマカロフの労いを、少し照れくさそうに目を逸らしてティアは受け取った。時に冷酷とさえ言われる彼女が年相応の少女らしく表情を変えるのが少し微笑ましい。

「その…悪かったわね、趣味が悪い自覚はあったわよ。けど…アイツにはアイツなりの考えがあったとはいえ、それでマスターを責めるのには納得がいかないの」
「…いや、ラクサスの気持ちも解る。父親を破門にされて、怒らない訳がなかろう。じゃが、ワシは…奴を破門にする以外の道を取らなかった。息子であるのに、じゃ」

伏せた目。ぱさりと机の上に置いた書類上の文字に目を落として、マカロフはどこか力なく呟いた。その目は書類に向けられているが、読んでいる訳ではないのだろう。たまたま伏せた先にそれがあっただけのようだった。
―――その目を、ティアは知っている。過去に二回、見た事がある。一度目は息子を破門にすると決めて、その息子がギルドを出て行った時。そして二度目、その視線の先にいたのは兄だった。恋人が行方不明になって、生死すら曖昧で、ただ誰かに連れて行かれたらしいという事だけが明らかになっていて。

『ゴメン、マスター。オレ、ギルド辞める。どうしても、やらなきゃいけない事があるんだ』

――――妹と弟を頼みます。
そう言って頭を下げて、その日のうちに荷物をまとめてマグノリアを去った兄。恋人を探す為、最悪の事態も想定した上で、それでも最前線で知る為にと評議院を目指して行った後ろ姿。
それを何も言わずに見送った、あの時と同じような目をしていた。

「息子だから、じゃないの」

その目は嫌いだ。その視線の先にいた、あの頃の兄の目を連想してしまう。兄とマカロフの対照的な目が、あの頃の記憶にしっかりと焼き付いている。
だから、それを払拭したくて、ほぼ無意識にティアは口を開いていた。

「私は、家族だの何だのって考えに疎いし、自分で言っておきながらよく解ってないけど……けど、マスターは、アイツが実の子供だからこそ破門にしたんじゃないかって思うわ。子の間違いは親が正す、ってヤツなんじゃないの?あの場でマスターが破門を決めてなかったら、きっとギルドに何かしらの悪影響があった。そのせいで、マスターが大事にしてるガキ共が傷ついたかもしれない。……私は、マスターの決定を支持するわ。息子であれ何であれ、悪い芽を摘む事の何が悪なのよ」

親を追い出された子供の気持ちは解らない。ティアにとって、親とは自分を殺しかけた奴のうちの二人に過ぎないから、親を慕う気持ちだって全く理解出来ない。親をマスターに置き換えて考えても、頭にもやがかかるだけだった。
子供を追い出す事になってしまった親の気持ちも解らない。ティアは誰の親でもないからだ。だからマカロフの気持ちもラクサスの気持ちも、そういうものかと壁越しに眺めるだけ。

(多分、アイツも間違ってない。けどマスターも正しかった)

今のティアに解るのは、それだけだった。








「よお」
「……何かしら」

報告を終え、相変わらず人通りのない廊下を歩いていた時だった。
コツコツと鳴らしていたヒールの音が止まる。無意識のうちに冷たくなった声を返すと、相手は真正面を向いたまま「愛想ねえな」と肩を竦めた。つい先ほどまでマカロフとの会話に挙がっていたその人は、壁に背を預けたままようやく顔を向ける。

「人の会話を盗み聞く趣味があったとはな」
「趣味が悪いと解っていながらやり返してくるアンタに言われたくないわ」

彼―――ラクサスは、ティアが会話を聞いている事に気づいていた。気付いた上で何も言わず、気づかれていると悟った上でマカロフとティアの会話を聞いていた。
ティアとて気付いていなかった訳ではない。気配がある、とは思った。気になって仕方がなくて、扉を開けてやろうかとも思った。けれど敢えて放っておいた。聞かれて困る話はしていないし――――話を聞く事でマカロフの決断を解ってくれるんじゃないか、と、どこかで淡く期待していたのかもしれない。

「それで、何の用?言っておくけど仕事ならお断りよ。こっちは帰って来たばっかりなんだから」

腰に手を当て問いかける。目つきが鋭くなってしまった自覚はあるが、こちらも疲れているのだからさっさと用件は済ませてほしいのだ。仕事内容が大した事なかったとしても、それは疲れない訳ではない。やたらと感謝の意を示してくる依頼人だとか、何かと食事に誘ってくる赤の他人だとか、接するだけで疲れる相手なんて山ほどいる。体力はまだまだあれど、気力は既に限界だった。

「怖え顔すんなよ。……用件は仕事の事じゃねえ」

くつりと笑ったラクサスが、壁から背を離して言う。



「お前―――オレと組まねえか」



目を見開いた。何を言っているのか、一瞬理解が追い付かない。
組む、というのはチームの事だろう。仕事を円滑に進める為にチームを組むというのは珍しい事ではない。ギルドにもいくつかチームがあるし、身近なところでいえば何かとティアを頼ってくる二人はチームを組んでいたはずだった。
だから、チームに関しては特に驚きはない。それを言い出したのがラクサスであるという事が、ティアの思考を僅かに鈍らせた。

「…正気?」
「当たり前だろ」

心外だとでもいうように眉を上げたラクサスが返す。
だが、ティアが驚くのも無理はない。ラクサスといえば基本的に一匹狼で、誰かと組むなんて考えられない男だ。最近は何やら仕事先でひと悶着あったらしい三人組と行動を共にしている事も多いが、それは組んでいるというよりは、一人で歩いていくラクサスを三人が追いかけているようにティアには見えていた。
そのラクサスが、正直あまり仲は良くないティアに、自ら話を持ち掛けている。意味が解らない。

「何で私?…私、誰かと仕事とか基本的に論外なんだけど」

更にいえば、持ち掛け先であるティアも一匹狼だ。止むを得ない場合以外は一人で仕事は受けるし、誰かと組む必要性を感じた事は特にない。一人では出来ない依頼を受けるからチームが必要なのであって、なら一人で片付く依頼を受ければチームは必要ないのである。幸か不幸か、ティアには一人で出来ない依頼の方が少なく、それが一匹狼に拍車をかけていた。

「確かに私とアンタが組んだら大体の仕事は片付くわ、物によってはS級の上だって何とかなるかもしれない。けど、私達じゃ性格的に合わないし、そもそもアンタと組む理由がないもの。私は別に高難度の依頼を受けたい訳じゃない、生きていく分稼げればそれでいい」

仲は良くない。むしろ悪い。そのティアにわざわざ声をかけるというなら、狙いは魔導士としての実力だろう。これでも歴代最年少でS級魔導士になった身である。ギルドでトップクラスと言われているラクサスと組めば、間違いなく最強のコンビ誕生だ。
だが、組む気などない。最強だとか高難度だとか、そんなものに興味はない。

「エルザなりミラなり、他を当たって。アルカは止めた方がいいわよ、アイツとルーはセットだから」

ひらひらと手を振りつつ、ラクサスの前を通り過ぎる。
まあミラを誘うのもアルカがいて難しいか、なんてぼんやりと考えながら――――

「まあ待てよ」

ぱし、と。
振っていた手が、掴まれた。

「……」
「勘違いしてるようだから言うが、オレは別に仕事の為にお前を誘ってる訳じゃねえ」
「…離して頂戴、不快だわ」
「そりゃ失礼」

嫌悪を隠さずに睨みつければ、おどけたように口角を上がる。あっさり解放された手首を僅かに見つめてから引っ込め、ヒールの音を殺しながら静かに距離を広げた。
眉間に皺が寄り険しい顔をしているだろうが、知った事か。ティアが人に触れられる事を良しとしないのは周知の事実で、長い付き合いであるラクサスだって当たり前のように知っているはず。呼び止めるなら声だけでも十分だっただろう。話を聞くかはともかく、足くらいは止めてやる。
だというのに、と眉を吊り上げる。兄弟なら問題ない、何かとくっついてくるルーも半ば無理矢理ではあるが慣れた。アルカも多分大丈夫で、弟の従者達も平気だと思う。何を血迷ったのかティアに仕えると言い出した黒髪の彼には、こちらから触れる事も出来る。だが、ラクサスは別だ。触れられたくない大勢のうちの一人でしかない。

「……一応聞いてあげる。私に声をかけた理由は何」

苛立ちを隠さないまま問う。
問われたラクサスは、上がった口角をそのままに言った。



「オレがマスターになって、この腑抜けたギルドを変える」

……目を、見開いた。

「弱え奴を排除し、歯向かう奴を追い出して、最強のギルドを作る」

入ってくる言葉に、理解が追い付かない。

「お前だって、今のギルドのままでいいなんざ思ってねえだろ?このままじゃ今以上になめられたギルドになる!…だから、その前にギルドを一から作り直す。誰にもなめられねえ、最強のギルドをだ!」

ぐるぐると脳内を、ラクサスの言葉が渦巻いて。
真っ白になった思考を、少しずつ色付けて。

「歴代最年少のS級昇格、鉄壁破る矛の淑女(ゲイボルグ・レディ)、ギルド最強の女問題児。――――ティア=T=カトレーン、お前は、オレの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいるべき魔導士だ」

ティアの頭に、真っ先に浮かんだのは。





――――くだらない。


――――くだらないくだらないくだらない!






――――今の妖精の尻尾(フェアリーテイル)を変える必要なんて、どこにもない!







「!」

思考と行動が同時に動いていた。それにティアが気付いたのは、右手がラクサスの頬を強く打った直後だった。
ラクサスが目を見開く。ティアも自分が取った行動の突然さに僅かに息を詰め、けれどすぐに唇を噛みしめた。上げた手を降ろしながら、自分でもぞっとするほど冷めた声で言う。

「…私は、今のギルドに満足してるわ。いちいち距離は近いし喧しいけど、アンタが作るギルドに比べれば何倍だってマシでしょうよ」

彼が作るギルドがどんなものか、詳細なんて解らない。もしかしたら、今より過ごしやすい環境になるのかもしれない。
けれど、弱者を排除するという考えがまず気に入らなかった。彼にとっての強者の部類に自分がいるのも腹立たしいし、こんな奴と考えが同じだろうと思われているのも気に食わない。最強という一点しか目指せないその姿勢も、最強とは力でねじ伏せるものを指すと思っているその思考も、何もかもに腹が立って仕方がない。

「私達を馬鹿にする奴がいるなら笑わせておけばいい、舐めてかかる奴がいるなら知った事かと無視してやればいい。そんなのにいちいち突っかかって苛つくなんて、アンタが排除したがってる弱い奴と同義じゃない」

投げた言葉にラクサスがさっと顔色を変えるが、止める気なんてない。

「現状が許せないってアンタは言うけど、そうじゃないでしょう。ギルドの為、みたいな建前で私を引き込もうなんて冗談じゃないわ」

真っ直ぐに、逸らさずにラクサスを睨む。

「アンタが許せないのは、アンタの思い通りにならない現状なんじゃないの?」

―――――どこかで、何かが割れる音がした気がした。







「……そうかよ」

真っ直ぐに突きつけた言葉に、苦々しい顔でラクサスが吐き捨てる。
交渉は決裂した。ラクサスの言葉が本心であったとしてももうティアには届かないし、既に言いたい事を言い切ったティアにそれを引き下げる気なんてない。

「お前は、そう思うのか」
「ええ、アンタのやり方は間違ってる。アンタに本当に力があるなら、弱い者虐めなんて心底意味のないものだととっくに気づいているでしょうから」

青い瞳が、射貫くようにこちらを見ている。あの頃に向けられていたのと同じ色の、別人の目を思い出した。
……エルザでは駄目だった。彼女はマカロフを本当の親のように慕っている。ミラは候補にあったが、隣に彼がいる今こちらには付かないだろう。他の二人はそもそもギルドに滅多にいないから論外として、最終的には消去法で選んだ節はあったのだけれど。

「…そうか」

それでも、少しだけ。
彼女なら。何もかもを諦観したように眺める彼女なら、もしかしたら、なんて。

「お前なら解ってくれるって、思ったんだがな」




『いいんじゃねえの?それでギルドがいい方に向かってくなら、オレは大賛成』

そう言って笑った、アイツと同じように。






失敗したと、即座に悟った。何を、かは解らない。けれど、確実に何かを間違えた。
投げる言葉を間違えた。向ける目を誤った。接する態度にミスがあった。どれが原因なのかに理解が追い付かなくて、それが知りたくてラクサスの目を見つめる。
何を間違えた?どこでしくじった?何が原因だった?―――ほんの僅かでもその顔が悲しそうに見えた、その原因はどこにある?

「ねえ」
「無駄な時間取らせて悪かったな。この後仕事だから、もう行くわ」
「っ、こっちの話も聞きなさいよ!」

背を向けて軽く手を振る姿に、噛み付くように呼び掛ける。
別に、ラクサスが悲しそうだろうがどうだっていい。生きているしそういう時だってあるだろう、程度だ。いつもならそんな事をわざわざ気にしたりしないし、それで声をかけたりもしない。
だが、今は。今の彼の顔は、このまま放っておいていいものではなかった。

「何で私なの、私なら解るって何を根拠に思ったの!そう思ったくせに、何であっさり引いていくの!?」

迷子のような、ではない。
迷子になって、なのに誰にも探してもらえないと知ったような、そんな顔。

「……答えなさいよ、ラクサス!」

何故、こんな風に焦っているのだろう。逃げそうな手をこちらから掴もうとするなんて、どうして。
訳の解らないままのティアに、足を止めたラクサスは、うっすらと笑って言った。

「お前が、アイツの妹だからだよ」









嫌な事を思い出した。別に彼が自分越しに誰を見ようが知った事ではないけれど不快だと感じ、マスターの孫だと見られるのを彼が嫌うのと同じそれ。

「ティア?」
「……ああ、理由ね。私がアンタをああ呼んだ理由」

ぼんやりと遠くを見つめる姿に違和感でも覚えたのだろう。どこか不思議そうな声色で問われたティアは、膝を抱えたまま目を伏せる。
理由がある、と言ったのは自分だ。けれどそれは、わざわざ語る程のものでもない。ただ少し気に入らなくて、歯向かってやりたくなった程度のものなのだから。
だから、ここで並べて彼を納得させられるようなものなんてない。いくつか言葉を選んで、ぽつりと呟く。

「私が、兄さんの妹じゃないから」

膝を抱えていた腕を解き、立ち上がる。
顔は向けないまま、もう一度。

「アンタがマスターの孫じゃないとの同じよ」

念を押すようにそう言って、答えは聞かずに、ティアはベンチを後にした。










「おかえり、ティア。仕事はどうだった?」

家に着いたのは、丁度夕食の準備を始めるような時間だった。愛用のエプロンを付けたヴィーテルシアが玄関までぱたぱたと駆けて来るのに「ただいま」と返して、ブーツからスリッパに履き替える。

「アンタ、熱は?もう起きて大丈夫なの?」
「ウェンディがわざわざ来てくれてな、治癒魔法をかけてもらったからもう問題ない」

今日の夕飯はシチューだぞ、と言い残して、足早にキッチンへと戻って行く。火を点けたまま迎えに出てしまったのだろうか。多少失敗してもヴィーテルシアの作るご飯は美味しいので、あまり気にはならないのだが。
玄関からリビングを抜けて、するするとジャガイモの皮を慣れた手つきで剥いていくヴィーテルシアをちらりと見てから、二階に上がる階段を一つ分上がる。もう一段上がる前に、一言かけておく事にした。

「少し部屋で休むわ。…あと、病み上がりなんだから無理はしないでよ」
「……解った。夕飯の支度が出来たら呼ぶ」

付け加えられた言葉に、歓喜のあまり野菜を切る手元が狂いそうにもなっていたが、それをティアは知らない。






ぼすん、とベッドに腰かける。そのまま体を横に倒すと、手探りで掴んだ枕をぎゅっと抱きしめた。枕に顔を埋めるようにして、目を閉じる。
あの理由に、彼は納得しただろうか。考えて、そんな訳ないと一蹴する。だって、告げた理由には中身がないのだ。空っぽで、解らない人には本当に解らないもの。それがラクサスに通じたとは、欠片だって思っていない。

(だって、不愉快だったんだもの)

あれ以上を語る気はなかった。それは自分の心の奥の奥を曝け出すようなものだと思ったし、ラクサスはそうしてもいいと思える相手でもない。そもそも、ティアはそういった事が得意じゃない。

(私は一度だって、アイツを色眼鏡で見た事なんてないのに)

誰にも吐き出さず、吐き出せず、吐き出す気のない胸の内。

(アイツは、周りはみんな自分を色眼鏡で見てるとでも思い込んでるみたいで)

これまでも、きっとこれからだって、奥の奥に仕舞い込んでおくであろうそれ。

(だから、私は)

きっとこれは、誰にも理解されない。きっと、正しい事ではなかった。相手が傷つくのを解った上で、相手が嫌がるのを知った上で打った手は、間違い以外の何物でもなかっただろう。
ただその頃は、その時は、ティアに出来る精一杯だったのだ。

(そんな思い込みを、打ち破ってやりたかった)








祭囃子が遠ざかる。
まとめた荷物を肩から下げて、次の行き先を目指して足を進めていく。

「……」

懐かしい顔だった。ああして二人で話すのは、何年ぶりだっただろう。あの時何かを間違えてしまってから、彼女の声でああ呼ばれるのがどうにも嫌で、次第に会う事すら不快になっていた。
今なら解る。間違えたのはこちらだった。肩書きで見るな、血の繋がりで見るなと言っていたのは自分なのに、それを彼女に押し付けた。無意識とは恐ろしいものだと、思わず笑う。

「…ああ、言い忘れちまったな」

七光り、と彼女は呼んだ。その呼ばれ方をこちらが嫌っていると知った上でそう呼んだ理由を、彼女は多く語らないまま。一言二言呟いて、用は済んだと言わんばかりに立ち去っていった。言葉が足りない、なんてものではないだろう。あれでは、伝わるものも伝わらない。

(相変わらず簡潔すぎんだよ、お前は)

けれど、けれど、だ。
付き合いは浅けれど十数年、それだけ知り合いでいれば解ってしまう。長い付き合いのせいというか、おかげというか、ラクサスにはあれだけでも十分すぎる。

「ティア」

あの真っ直ぐな目を思い出す。彼女の、青い目だ。

「お前はお前なりに、やれる事をやってくれたんだな。……とんでもなく、回りくどい手だったが」





――――ありがとな、と唇の動きだけで呟いて。

思い出したあの目には、誰の姿も重ならない。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。

……お待たせしました本当に申し訳ありません!
どういう事でしょう、今年入って初めての更新が四月ってどういう事でしょう。しかもこの話、去年の十一月から書き始めてるんですよ……?

という訳で、久々に更新です。タイトルセンスほしい。
長く空いた期間から察してもらえるかもしれませんが、難産でした。ええ本当に。書きたい事はあって、書きたいとも思っていて、なのに文が思いつかなくて「ああああああああ」と何度頭を抱えた事か。最終的にまとまったのかまとまってないのかすら解りません(おい)。

今回はBОF編でちょこっと触れた、「ティアがラクサスを七光りと呼ぶ理由について」です。
正直この設定ってそんなに深く考えてなくて、これをテーマに書こうと決めたはいいけどとんでもなく曖昧という、お前それでいいのか状態でした。何にもよくない。
試行錯誤の結果「お互いがお互いを見ているのに見ていない二人」に落ち着いたつもりです。ラクサスはティアを「クロノの妹」として見ていたし、ティアは何だかんだ言って「ラクサスはマスターの孫だ」と思っている節があったりと、とことん目線がすれ違いまくりです。で、二人とも似た者同士の不器用な上に自我強い系なので何かと上手くいかない、みたいな。

ここからが本当に不安なんですが、果たしてこれで今回のテーマ「七光り云々の理由」の答えが皆様に届いているのか否か。
一応、はっきりとした答えはあるにはあります。けれど、何かこう…言葉にしづらいんですよね。感覚的には「好きな子の気を引きたくて、つい意地悪してしまう」みたいなものかな……?…一応、念の為に言っておきますと、この二人の間にラブはないですからね。絶対ないですからね、フリじゃないですよ。

多分、二人はここからが始まりだと思います。お互いにお互いを、他でもない一個人として見る事が、ようやく出来るようになりましたので。
……七年後くらいには共闘してるかもしれない。問題はそのシーンを作れるかどうかだ。

因みに。
今回登場した鉄壁破る矛の淑女(ゲイボルグ・レディ)は、当時のティアの二つ名です。…正直ね、主要三人の二つ名は今からでも変えたい。本当に変えたい。だってあれダサくないです…?

次回はルーがメインのお話、の予定。更新日は五月二十八日。
この話に関しては、早く出来上がろうがこの日に更新します。間に合わなかったらごめんね!

ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。



久々にくだらない感じのギャグっぽいの書きたい。童話パロディとかやりたい。で、姫役ティアさんにして王子役ライアーにする、恋路の応援(という名の嫌がらせ)したい← 
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