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幽雅に舞え!

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サファイアの失意、ルビーの成長。

「あーあ、勝っちゃった。しかもその様子だと……やっぱりショックだったかな?」
「はっ、そりゃそうだろうよ。知らなきゃあのまま幻想を追いかけ続けていられただろうに」

 倒れたジュペッタをボールに戻すことも忘れ、がっくりと項垂れるサファイアを、ジャックは退屈そうにシリアは蔑むように見た。

「……」
「やれやれ、期待外れだったかな?」
「当たり前だ、俺以上にあんたの興味を引けた奴なんて……この世にはいねえんだよ」

 何の話かわからないが、もうサファイアにはどうでもよく感じられた。バトル前とは別人のように、サファイアの心は折れてしまっていた。だが、ルビーは違う。二人を睨みつけ、こう言った。

「兄上、そしてジャックだったかな。貴方達は一体なんなんだい?」
「ああ?誰に向かって偉そうに……」
「まあまあ、別に減るもんじゃないし話してあげるよ」
「ちっ……」

 どうやらシリアはジャックには基本的に逆らえないらしい。舌打ちが耳に響く。

「でも前に言ったよね?僕とシリアは師匠と弟子の関係だって。そこに嘘はないよ」
「……見た目とは逆の関係。そういうことかな」
「その通り!ジャジャジャジャーン、今明かされる衝撃の真実!実は僕こそがシリアをチャンピオンにまで育て上げたのでした!」
「だろうね」

 胸に手を当て、おどけたように言うジャック。ルビーはそこまで驚かなかったのを見て、頬を膨らませるその姿はどこまでも子供っぽい。

「もー、兄妹そろってノリが悪いなー。でもこれと決めたらやり通す意思の強さは常人のそれとは遥かに違う。ポケモンバトルのセンスもね――僕はそこに興味を持ったんだ」
「俺はどうしてもチャンピオンにならなきゃならなかった。でも『君を鍛えてあげる』なんて言われたときはガキが何言ってやがるとしか思わなかった。だが……」
「結果は僕の圧勝。それでシリアは僕に弟子入りして、今の彼があるってことさ。いやあ懐かしいなあ」
「……君、年いくつ?」

 ルビーが疑問を挟む。持っている実力といい、見た目と時折見せる仙人のような表情といい、普通の子供ではないのはもはや明白だった。ん、そうだねーとジャックが呟き、指を3本折る。30歳とか言いだすのだろうかとルビーは思った。


「大体――3000歳くらいかな?」


 当然のように言われた言葉は、あまりにも衝撃的だった。何かの冗談かとも思ったが、本人に訂正する気はないらしい。

「こんなに長生きするとお爺ちゃんを通り越してむしろ子供っぽくなっちゃってね。むしろそうじゃないと退屈で死にそうっていうか。まあ死ねないんだけど」
「死ねない?」
「そうだよ。理由は長くなるから割愛するね。それに、どうせもうじきそれも終わる」

 今度は淡々と言うジャックに、シリアが険しい顔をして呟く。

「……させねえよ。あんたは俺が死なせない」
「やれやれ、困った弟子をとったなあ。ま、やれるものならやってみてよ。それじゃあ僕の話はおーしまい」

 そう言うとジャックは軽い足取りで町の外へと歩き始めてしまった。シリアも、オオスバメをボールから出してその背に乗る。前回の温かみのある別れとは違って、サファイアとルビーを見下して一瞥し、飛翔する。

「サファイア君……僕たちも行こう。ポケモンを回復させてあげなくちゃ」
「……」
「サファイア、君」

 サファイアは、今まで自分を支えてきた物が折れたように項垂れている。今まで見たことのないその様子に、ルビーはどうすればいいのかすぐにはわからない。

「……ほら、手を出して」

 考えた後、自分の小さな手を差し出すルビー。サファイアは何も言わず、ゆっくりと握り返した。いつもは自分より大きく温かい手が今ではとても小さく、死者のように冷たく感じられた。

「行こう、ポケモンセンターに」

 彼を立ち上がらせ、ボールにジュペッタを戻してやり歩いていく。自分は何が出来るか、何か出来るのだろうかと考えながら。普段自分を引っ張って歩いていたサファイアの足取りは、迷子になった幼子のようにふらついていた。



 ポケモンセンターに戻り、一旦自分たちも休もうというルビーの提案で部屋を取った後、サファイアは真っ暗な部屋の中に塞ぎこんでしまった。回復したジュペッタがサファイアの負の感情を吸い取るが、そんなもので気持ちは晴れなかった。

 もしサファイアが、自分たちを騙していたシリアへの怒りに駆られていたならあるいは元に戻ったかもしれない。だが、サファイアは優しかった。故に感情はシリアへの負の感情ではなく。今まで彼を目指していたことへの虚しさ、自分の中の軸がなくなった空虚さが胸を占めているのだ。

「ジュペッタ……ごめんな」

 だからサファイアは謝る。もう何度も何度もだ。ジュペッタがなんと返事をしても、彼の心は動かない。

「今まで馬鹿な俺に付き合わせて、ありもしない夢を見続けて無茶させて、ほんとにごめんな」

 ボールの中の手持ちのポケモン達にも同じように言葉をかけていく。

「ヤミラミも、守りが優れてるからってずっと痛い思いさせて、ごめんな」
「フワライドも、大爆発なんて覚えさせて、挙句の果てに何度も練習させたりして、ごめんな」
「オーロットも、せっかくついてきてくれたのにこんな馬鹿な奴でごめんな」
「シャンデラも、暴れたくて俺についてきたのに、ごめんな」
「みんなみんな……ほんとに、ごめん」

 サファイアの蒼い瞳から涙が零れる。


「俺……ポケモントレーナーになんて、ならなきゃよかったのかな」


「ずっとミシロタウンで……テレビの中のシリアに憧れてれば、皆痛い思いなんてしなくてよかったのに……!」


 夢が砕けた少年の嗚咽と、仲間への懺悔は、とても痛々しかった。致命的ともいえる一言を放ったとき、部屋の外で彼の様子を伺っていたルビーが思わず入ってくる。

「それは違うよ」
「ルビー……」

 暗い部屋の中にドアを開けて入ってきた彼女は外から差し込んだ一筋の光のようで、サファイアには眩しく感じられた。

「兄上に君が憧れてくれたおかげで、ボクは君に出会えた。そのことだけは……兄上に感謝してる。勿論君にもさ」
「え……」
「……この前、ボクが君の部屋で一緒に寝ていた時のことを覚えているかい?」
「そりゃあ、忘れるわけないだろ」

 元気のないサファイアに、ルビーは子守唄を歌う母親のように優しく語り掛ける。

「ボクはね。あの時夢を見たんだ……君に出会う前の夢をね。君に会うまで、ボクは……自分なんて本来何の価値もない、不必要な存在だって思ってた」
「そんなこと、あるわけない」
「自分が落ち込んでるときでも、君はそういってくれるんだね……好きだよ、そういう所」
「……それで?」

 サファイアは話を促す。いかに自分の夢が壊れても、他人が――いや、大切な人が自分に価値を見いだせないなんて話を放っておけるサファイアではなかった。

「ボクは兄上が出ていくまでは家の不要物として、そして出ていった後は巫女としてあるべく育てられていてね。才能のないボクは、誰にも認められていなかった。兄上は、不要物である僕を蔑んでいた」
「……!」
「もう死んでしまった方がいいんじゃないかと思うこともあったよ。でもそんな時……君が、君だけが僕を認めてくれた。そんなことが出来るなんてすごいってね」

 自分の辛い過去を語る。それは、自分も辛いんだから君も頑張れという内容ではない。


「だからね、君がポケモントレーナーを、兄上を目指したことは無価値なんかじゃない。それはボクにとっては絶対に変わらない」


 珍しく、強く断じてサファイアの目を見つめるルビー。紅い瞳と蒼い瞳が、お互いを見つめ合う。

「わかった。話してくれてありがとうルビー……だけどさ。俺、これからどうしたらいいんだろう」

 自分が彼を目指してきたこと自体には意味がある。それでももう今は彼を目指すという夢は砕け散ってしまった。弱音が漏れる。

「それは……ボクには、わからない。チャンピオンを目指すのをやめたいっていうのなら、ボクに止める権利はない」

 ともすれば突き放すような言葉。だけど、ルビーの言葉はまだ終わらない。

「だけどね、君がどんな選択をしても……ボクは君に、ついていくよ?」
「……え?」
「なんで驚くんだい?兄上を目指す夢が壊れた今でも、君は優しいサファイア君のままじゃないか。……君はどこまでも君なんだよ。兄上の真似事をするのは、君の本質じゃない」
「俺は、どこまでも俺……」
「そうだよ。だからゆっくり考えてみてほしいんだ。君のしたいことは何なのかをね」

 ルビーは踵を返す。部屋から出ていってしまうのかとサファイアは寂しげな顔をした。

「大丈夫だよ、後で戻ってくる。……塞ぎこんでばかりじゃ元気も出ないだろう?何か元気の出る物でも持ってくるよ」

 そう言って、部屋を出ていくルビー。サファイアは一人残される。


「俺のしたいこと……か」


 サファイアは考え始める。壊れた夢を、新たに作るために。



「サファイア君?入ってもいいかな」
「ああ、いいよ」

 約一時間後、ルビーはサファイアの部屋に戻ってきた。彼女がドアを開けた瞬間、ピリッとした爽やかな香りが鼻を抜ける。

「ご飯を持ってきてくれたのか?」
「ん。……そうだよ」

 ちょっとだけ言葉に詰まるルビー。ワゴンを押して入ってくる。上に乗っているのは――サファイアの大好物、麻婆豆腐だ。ただし、いつも店で食べるようなものとは違う。豆腐はぼろぼろに煮崩れしているし、煮込み過ぎたのか見ただけでも相当粘度が高くどろっとしているのがわかった。一瞬怪訝な目をするサファイア。

「……これ、ボクが作ったんだ」
「やっぱり、そうなのか」

 自分の隣に座るルビー。その手は野菜を切って怪我をしたのだろう。指に絆創膏が張ってある。彼女が作ったと考えるのが自然だった。

「でも、なんでルビーが料理を?」
「……言わせないで欲しいな。君に元気になってほしいからだよ」

 少し恥ずかしそうなルビー。そう言われては食べないわけにはいかないし、拒否する理由もなかった。

「そっか。じゃあ……いただきます」
「うん、召し上がれ」

 スプーンを手に取り、口に入れる。少し煮過ぎたせいで豆腐や野菜の食感はお世辞にも良いとは言えなかったが、別にサファイアは味覚審査員でもなんでもない。レシピを守って作られたそれは、塞ぎこんで何も食べていなかったサファイアにとってはとてもおいしく感じられた。

「おいしい、おいしいよ。ルビー」
「それは良かった」

 平然を装って言うルビーも、どこかほっとした表情だ。サファイアは食べ進めながら、ルビーに聞く。

「指の怪我。大丈夫か?」
「これくらい、君の痛みに比べれば何でもないよ」
「……でも、良く作れたな。ルビーって料理作ったことなさそうだけど」
「レシピさえあれば、料理なんてそれなりに真似が出来るって相場が決まってるからね」
「そっか……」

 なんて他愛のない話をしていると、あっという間に皿は空になった。

「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」

 隣に座るお互いを見つめて、微笑みあう。

「本当においしかったよ。ありがとう、ルビー」
「こういうときはね。毎日でも食べたいなって言ってくれるのが一番嬉しいんだよ?」
「……勿論ルビーさえよければ、それが一番いいよ。でも多分毎日は面倒がってやらないだろ」
「ふふ、それもそうだね」

 さて、とルビーが前置きして。本題に入る。

「結論は出たかい?サファイア君」
「ああ、ルビーのおかげでな」

 ぐっと拳を握りしめるサファイア。彼の出した答えは――

「俺……やっぱりチャンピオンを目指すよ。そして見ている人を楽しませるようなバトルがしたい」
「……そうかい」
「うん。シリアのバトルは、確かに作り物だったかもしれない。だけど俺はそんなシリアに憧れてきたんだ、それは今でも変わらない。だからさ」

 ここで一度言葉を切り、ルビーの顔を見る。


「俺が人を楽しませる、『本物』のバトルを……出来るようになって、シリアを倒す。それが今の俺の目標だ」


 ルビーはにこりと笑って、サファイアを肯定した。

「うん……君ならそうするんじゃないかって思ったよ」
「ああ。俺は何度でもこの道を選ぶ。もう迷わない」
「それじゃあこれから急いで残りのジムバッジを集めて、兄上に挑むのかな?」
「そのつもりだ。だけど……その前に一つ、やらなきゃいけないことがある」
「なんだい?」

 首を傾げるルビーに、サファイアは彼女の肩に手を置いてこう言った。


「おくりび山に行く。さっきルビーは家族に認められてないって言ったよな。そんなのは良くない。俺とルビー、二人で話をしに行って……ルビーのこと、認めさせるんだ」


 サファイアの目はとてつもなく真剣で……ルビーは、ついにこの時が来たのかと思い。二人は期待不安の未来へ歩き出すのだった。  
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