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魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
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第三章
  二十七話 STAR T SABER《星と刃》

 
前書き
また秋が、冬が来る……二十七話 

 
大よそどこの世界に行っても、人が人として営みを続ける以上、絶対に出てしまうものがある。例えば、ゴミだ。
どこに行っても蒼空が広がっていることからもわかるように、ミッドチルダを中心とするこの次元管理世界のごみ処理技術は非常に高いレベルでまで発展している。エネルギー変換したごみはその多くが都市用魔力を中心とするエネルギーとして利用され、管理局の財政の節制に大きく貢献している。とはいえ、ならば処理に関する問題がそれだけで解決したかと言うと、それはそうでもない。そういった技術であっても少々処理しきるのに工夫がいるゴミもまた存在するからだ。
例えばそう……車とかである。

────

ミッドチルダ郊外にある廃車処理場、油と鉄さび臭さが鼻を突くその一角の中を、およそそんな場所には不似合な三人の女性が歩いていた。うち二人は、聖王教会で働く双子の元ナンバーズ、オットーと、ディードである。彼女達は今回、ヴィヴィオ達がスパーリングなどで世話になったとある女性に予選突破の報告をするために出かけていた。その女性に、「ちょっと今から面白い事をするから見ていかないか」と言われて、此処に来たのだ。
そしてその彼女達を案内したのが、今先頭を歩く女性、ミカヤ・シェベルである。

藍色がかった深い色の黒髪を伸ばして一つ結びにした彼女は、その立場も相まってか、実年齢以上にしっかりとした人格の持ち主だ。それゆえかまとう雰囲気は常に凜、と澄んだものだが、同時に、どことなくやわらかで人懐っこい表情を浮かべることも多くあり、つかみどころが無いようで親しみやすいという、不思議な女性だ。

「そう、チームナカジマのみんな、スーパーノービス入り出来たんだ!」
「はい、おかげさまで」
共に練習した子供たちに朗報を聞いてか、ミカヤが嬉しそうに声を上げる。同じく嬉しそうに返したオットーに続いて、ディードが丁寧な口調で続けた。

「ミカヤさんには本当に、姉やヴィヴィオさんたちがお世話になりまして……」
「あぁ、そんな、気にしないで」
練習相手として対武器戦闘における戦い方を結果的にとはいえヴィヴィオ達に叩き込んでくれた恩人への感謝だったが、ミカヤは何でもないことだというようにさらりと返す。実際のところ、彼女にとっても対徒手空拳に対する良い練習になったのだ。キャリアの差はともかく、得たもの(リワード)としては等価(イーブン)と言った所だった。

「ところでミカヤさん、こんなところで一体何を?」
連れてこられた後であれだとは思いつつも、オットーが当然の疑問を口にした。まだ自分達は、何故ここに連れてこられたのか、それを全く知らないのだ。

「あぁ、実は今朝がたやっと晴嵐の砥ぎが仕上がったんでね、実戦使用前の試し切りをしようと思って」
「はぁ」
「道場ではなく、ここで、ですか?」
「うん、ここで。というか、ここ以外では出来ないんだよ。危ないから」
「「……?」」
苦笑しながら謎かけのようにそんなことを言うミカヤに、双子が首を傾げる。そんな中、ミカヤはなぜかキョロキョロと周りの廃車の山の上を見ていた。

「あの、ミカヤさん?何か探していらっしゃるんですか……?」
「うん、実はちょっともう一人此処に呼んでいる、というか待ち合わせているんだけど……」
「人、ですか?」
そう言って相変わらず廃車の上を見ているミカヤに、人を探してどうしてそんなところを眺めているのだろう?という疑問が浮かぶ。普通、敗者の上などと言う危険なところにわざわざ上る人間はいない。が……

「あ、居た居た!エーデル!」
「……ん、来た」
「…………」
居た。普通に廃車の上に座って、日向ぼっこと言わんばかりにのんびりとしている少年がミカヤの視線の先に一人。少年はこちらに気が付くと、軽く手を振って3m知覚積み上がった廃車の山から飛び降りる。まるで重量を感じさせないふわりとした跳躍の後着地した彼の足元からは、土煙一つ上がらなかった。

「貴方は……!」
「エーデル・シュタイン選手!?」
「……?ちびっ子たちの……?なんで?」
どこか眠たそうに聞いたエーデルの問いに、ミカヤが意外そうな反応をした。

「おや?二人は、エーデルをもう知ってたのかい?」
「ん……」
「は、はい。先日、男子の部の選考会の際にお会いして……」
ディードがそこまで言った所で、ミカヤは得心したように少し頷くと、頤の下に手を人差し指の第二関節あたりを充てていった。

「あぁ、なるほど。エーデルの方は、ヴィヴィオちゃんのお兄さんを見に行ったわけ、か」
「ん」
「えっ?ミカヤさん、ヴィヴィオさんのお兄さんをご存知なんですか?」
まだクラナのことなど一度も話していないにも関わらず出た言葉に、ミカヤは肩をすくめて答える。

「ん?あぁ、何、友人の従兄弟が、ナカジマちゃんにセコンドを頼むというからどういう繋がりなのか少し気になってね。この前彼女に聞いてみたんだよ。そうしたらヴィヴィオちゃんのお兄さんがどういう人物なのか分かって……正直、驚いたよ。クラナ・ディリフス君、直接会ったことはないが、有名人だ」
「なるほど、それで……」
そう言うことだったのかとうなづきながら、双子は内心、クラナというよりライノの顔の広さに感心していた。男子の部の選考会ではほとんどの上位選手と知り合いのようだったし、女子の部の上位選手であるヴィクトーリアとは従弟、ミカヤともこの分では知り合いなのだろう。口ぶりから察するに他の女子の部の上位選手も知っているようだったし、本人からは全くそんな話は出なかったが、実は彼は物凄くIM内での顔が広いのだ。
知り合いといえば……

「そう言えば、お二人はどういったご関係で……?」
「ん?あぁ、言ってなかったかな、彼は私の彼氏なんだ」
「「!?」」
「違う、それはない」
さらりと言ったミカヤに二人が目を向いた直後、呆れたようにエーデルがきっぱりと否定し、ミカヤが「つれないなぁ」と苦笑した。一瞬何が何だか分からなくなる双子に、ミカヤは楽しそうに笑いながらいった。

「あぁ、ごめんごめん、今のは冗談。まぁ、今みたいに、ちょっとしたおふざけに即座にツッコミを入れてもらえるような関係、とでも理解してもらえればいいよ。平たく言うなら、武道仲間かな」
「武道仲間……」
「ですか……?」
「そう、彼の持つ武道と、私の持つ天瞳流という武道、お互い武道の精神を持つもの同士、彼の技術を見て、私から声をかけたんだが、これが存外気が合ってね、たまにこうして、一緒に練習に来たりするわけだ」
言いながら肩をすくめるミカヤの横で、エーデルが小さくうなづく。双子のイメージからすると、エーデル・シュタインという人物にはもっと気難しいイメージがあったのだが、ミカヤのやや馴れ馴れし気な態度に対して彼は特に嫌がる様子も見せない。それだけ互いに相手との距離感を理解しているということなのだろう。

[マスターは基本的に他人とおしゃべりするのが得意ではありませんからねぇ、ミカヤさんのように積極的にコミュニケーションを取ってくれる方……特に女性は貴重なんですよ!あ、お二人も、出来れば嫌いにならないで上げてくださいね?不器用ですけど、とってもいい男の子なんです]
「……イーリス、黙ってて」
[イエスマイマスター!!]
唐突にしゃべりだしたイーリスを即座に黙らせるエーデルだったが、その頬が若干朱くなっているのに二人は気付く。その様子を見て、ミカヤはにこりと笑うと、一言だけ。

「ほら、可愛いだろう?」
「ミカヤ……!」
したり顔でこんなことを言った。反射的に顔を上げたエーデルは焦ったようにそれを止めようとしたが……

「あはは……」
「そうですね」
「…………!」
先ほどよりいくらかやわらかい笑顔でほほえましそうに二人がこんなことを言うので、結局何も言うことなく、ただ無言で先を歩き出したりするしかない。

「拗ねさせちゃったかな、さ、私達も行こうか」
「「はい」」
エーデルに続いて廃車場を歩き出した面々が連なる廃車たちの間を抜けるとそこには他よりだいぶ開けた空間が広がっていた。大型の車などを処理するために必要なスペースなのだろう。本来中央に車が置かれるのだろうそのスペースには、今は二台のクレーン車が止まっている。そしてそのクレーン車のクレーン先端には……

「え……?」
「これ、は……」
二階建ての大型バスが「吊るされて」いた。
異様な光景だ。大型のクレーン車のクレーン先端から伸びた鋼鉄製のワイヤーが、全高だけで4m、全長にして14、5mはあるであろう大型六輪バスを宙につるし上げているのである。

「あの、ミカヤさん、試し切りって……!」
「まさか、“これ”をですか!?」
「うん、ここでしか出来ないっていうのは、つまりこういうこと」
苦笑しながら肩をすくめてそんなことを言う。
そりゃこんな巨大なものを切ろうとすれば危ないのは当たり前だ。というか仮に切れたとして切った後の残骸の処理に困る。もっと言うならそもそも運べもしないだろう。

「元々、『廃車切り』は天瞳流の目録試しの一項目なんだよ、まぁ普通はもっと小さな自動車でやるんだけどね」
目録試し、というのは、刀や体の調子を試す際にそれを確かめるための行動としていくつか流派によって指定されている練習方法のようなものだ。共通に指定されたこれらの行動を試しにやってみることで、実戦に向けての試し行動をするというわけだが……それにしても、そんなものの中に小さいとはいえ「廃車を切れ」と書くとか色々と若干おかしくないだろうか天瞳流……

「でも、これだけ大きくて頑丈そうな車を切るのは私も初めてだよ。ちょっとドキドキしちゃうなぁ」
ドキドキとかその表現がすでにいろいろおかしいのだが……言いながら、ミカヤは袋の中から彼女の愛刀《晴嵐》を取り出した。
《晴嵐》は元々、通常の居合刀として作られた刀に、アームドデバイスとしての機能を付与した居合刀型のデバイスだ。元々刀であるため、待機状態でも武装形態でも、その切れ味には全く変化はない。
するとそこに、作業服を着た男性が歩み寄り声を駆けてきた。

「おぉ、ミカヤちゃん、来てたんか」
「あぁ、どうも!お世話になります」
廃車場の作業員なのだろう、親し気に声を駆けてきた男性にミカヤは深々と頭を下げる。その態度からは、ミカヤとこの廃車場の仲が、すでに一度二度のものではないことがうかがえた。つまり、今までもミカヤはこの場所で、何台もの廃車を切ってきたのだ。

「どうする?もうやっちゃうかい?」
「はい!お願いします!」
若干楽し気にバスを指していう中年の男性に、ミカヤもどこか嬉しそうに答える。クレーンに向かって歩いていく男性を見送りながら、どちらともなく双子が念話をつなげた。

『しかし凄い話だね……ディードはあの車、切れる?』
『光剣ならともかく、実剣ではちょっと……』
光剣なら切れんのかよ、と言いたいところだが、魔力で形成されたエネルギーブレードである光剣は、エネルギーによって物体を焼き切ることができるため、強度のある物体であっても比較的切り易い。ましてディードのもつISはツインブレイズと呼ばれる二本一対の魔力刃であり、それを使う彼女は当然光剣という武器の特性をしっかりと理解している。たとえ二階建てバスで有ろうと、切ることは可能だ。
しかし居合刀のような実剣を使用して物体を切る場合、光剣とは勝手が根本的に異なる。光剣とちがい、より魔力を使わない、一般物理学寄りの斬撃である実剣は、極論刀身に対処物をぶつけるだけで、バターのように物体を両断できる光剣とは違い、斬る物体の質量や加速度、体積の大きさの影響をモロに受けるからだ。それを如何にして為すのか……二人がミカヤの一挙手一投足に注意を払い始めた時だ。
ギギギギ……という、異音が周囲に響き渡り始めた。まるで金属が軋むようなその音に、二人が音源をみる。と、それが「ような」ではない事に気がついた。実際に金属は軋んでいた。と言うか、バスを釣る鋼鉄製のワイヤーから、その音は発されていたのだ。縦に宙吊りになったバスを、釣り上げているクレーンを起点にしてまるで振り子のように、60~70度程度の角度で横方向に釣り上げ、その負荷によってワイヤーが悲鳴じみた音を上げている。丁度振り子が真下に振れる辺りにいるミカヤを見て、双子があわを食ったように叫んだ。

「み、ミカヤさん!まさかアレって!?」
「”動かす”んですか!?」
二人の反応を予想していたように、ミカヤは何処か楽しげに、それでいて楽しげに笑った。

「動かすっていうか、私に向かってぶつけてもらうの」
とんでもないことをサラリという彼女に、もはや双子は絶句するしかない。そんな二人を他所に、ミカヤの方はワクワクしていると言わんばかりに爪先をトントンと地面に打ち付けて続けた。

「あ、一応下がっててね、破片が飛んだりしたら危ないから」
危ないのはアンタの思考回路の方である。
……失礼。二人が十分に離れるのを確認してから、ミカヤは再びクレーンに向かい合う。

[それじゃ、ミカヤちゃん、準備が出来たら合図してくれな!」
「はい!……準備万端、お願いします!」
気迫のこもった声と共にミカヤは左手で腰に添えた晴嵐の柄に手をかけ、両の脚を大きく開いて構える。その瞬間彼女の中で周囲から音が消えたかのように、凛とした静寂を孕む気が流れた。
そして……

「あいよっと!」
がこん、とレバーの操作によって、バスを水平に持ち上げていた側のクレーンがワイヤーを離し、バスが一気に下降を開始した。
二階建てバスの車体重量は、それ自体だけでも優に20tに達する。そんな質量の物体が、振り子状態で重力による加速をもってしてミカヤに突進する。その圧倒的な迫力に、双子はおもわず互いに向き合って両手を握り合っていた。仲良しか。

しかして、ミカヤの目には一片の揺らぎもない。
重量と、加速度、更に遠心力まで孕んだそれは、生身で喰らえば確実に自らの身体を小石のように吹き飛ばす……だけでは済まないだろう。
しかしミカヤは変わらずバスを見つめると、まさしく暴力的としか言いようのないその運動エネルギーの塊を──

「天瞳流、抜刀居合──」
──両断した。

「「…………!」」
はじめに、二つに裂けた。
車体中央から正中線に真っ直ぐ、まるで斧で薪か何かのように真っ二つになったバスは、ミカヤを避けるように左右に分かれて与えられた運動エネルギーになされるがままに彼女の後方へと吹き飛ぶ。そして彼女の身体を通り過ぎるか過ぎないか辺りの位置で、今度は八の字のように左右斜め下に向けて裂け、計四つの鉄の塊と化してそのままミカヤの後方へと吹き飛んで行った。

ヒィン……
と、鋭い金属が大気を斬る、相手が生物であれはついたかもしれない血糊を払うように空中で二閃の後、ミカヤはゆっくりとした澱みない動作で、納刀した。

「──天月・霞」

────

「ミカヤさん!」
「うん」
試し切り直後、双子は急ぎ足でミカヤに駆け寄った。あれだけの芸当を見せつけたミカヤの身体を心配してのことだったが。

「その、大丈夫なんですか?腕とか刀とか……」
「ん?あぁ、平気平気、ちょっと痺れたかな、くらいで」
軽く手をプラプラと振るミカヤを、二人は唖然とした様子で見つめる。実際のところ、肉体的にもケガをしたりしているようにも見えない。表情にも余裕があり、つい先ほどあんな芸当を成し遂げていたのがウソのようだ。

「それにしても、すさまじい……魔力もほとんど使わずに、あんな事が可能なんですね……」
今ミカヤが行った斬撃で、魔力を使っていたのはほんの少し、物体に斬撃を奔らせて斬撃の範囲を拡大する魔法だけだ。これ自体はそこまで難しい魔法ではないが、これを用いて巨大な物体を切断する場合、あくまでも放たれた斬撃がその質量、密度の物体を両断できるだけの威力を持っていないと成立しない。つまり、ミカヤの斬撃にはそれだけの破壊力が存在していたということだ。

「それが技術……天瞳流抜刀居合なわけだ」
実際、オットーとディードの目にはミカヤの斬撃は一閃にしか見えなかった。しかし切り口を見るに、あの斬撃は計三回バスを切断しているのだ。圧倒的な速さと鋭さ、そして威力、それらすべてが、「居合刀」という武器を使うことに特化して積み上げられてきた、天瞳流抜刀居合という流派の研鑽の賜物なのだろう。

「まぁ、技術というなら彼のほうにも凄まじいものがあるけれどね」
「えっ?」
彼?と首を傾げた二人に、ミカヤはどこか楽しそうに笑う。

「ほら、あれを見て」
言いながらミカヤが示したのは、つい先ほど四分割されたトラックが吹っ飛んでいった方向だ。今そっちを見てもバスの残骸があるだけの筈だが……そう思っていたディードとオットーの予想は、見事に覆される。

「えっ?」
「これは、どうして……」
本来ばらけて無秩序に転がっているはずのバスの残骸は、奇妙なことに、綺麗に四段重ねで屹立していた。いかにも事後処理に手間がかからなそうだ。そしてその前には……

「…………」
「やぁ、ありがとう、エーデル」
「ん」
「シュタインさん……?」
いつものように、どこか眠たげな眼をしたまま、エーデル・シュタインが残骸の方から歩いてくる。ミカヤと話し始めてから、クレーンを動かしているような音はしなかった。
さりとて作業員がそちらに居るような様子はないし、というよりミカヤの後ろに位置する、今の試し切りで最も危険地帯だった場所にいた人間など……いや、それを言うなら、そもそもどうしてそこにいたエーデルに傷一つないのだろう?

「まさか、あれは……シュタインさんが?」
「ん?……そうだけど」
なんでもない事であるかのようにさらりと肯定したエーデルに、双子はもう一度彼の後ろの残骸を見る。ミカヤによって四つに分断された残骸が、重箱のようにきれいに積み上がっている様は、よくよく考えると奇妙を通り越して異常だ。残骸はその一つ一つが形と重量が異なる。それらが異なるということはつまり、重心も全く異なるということだ。その出鱈目に配置された重心を正確に見極めなければ、それらを一つに積み上げることなど出来はしない。いや、それ以前に、そもそもあの重量の物体をどうやってこの一瞬で積み上げたというのか。残骸一つでも優に4tは超えそうな鉄の塊である。魔力による身体強化を使ってもかなり持ち上げるには苦労するはずだ。だが、ミカヤが大切断を行って以降、大きな魔力が使われた気配は察知していない。
そして何より、残骸の周囲には土埃もほとんど上がっていないのが一番奇妙だった。あれだけの物体を持ち上げて下ろしたのだとすれば、相当な土埃が上がっているのが自然であるはず、だがその残骸の周囲からは、ほとんど土埃が上がっていない。つまり、かなり穏やかに地面に下ろされたことになる。

「一体、どうやって……」
「……ひみつ」
至極疑問であるといった風に尋ねた言葉は、一言の返しで返された、それはそうだろう。自分達はクラナの知り合いで、その付き添いだ。自分の手の内をやすやす明かすようなことは住まい。

「ふふ、これは、初見は試合までお預けかな?」
「ミカヤさん……しかし、良かったのですか?私たちがここに立ち会って……」
「いやいや、まぁ、エーデルの技は、見ただけでどうこうできるようなものじゃないからね、そもそも初見は、何が起きたのかすら分からないはずだよ」
「……ん」
ミカヤの発言に怒るどころか、自信満々といった様子でうなづいたエーデルに、双子は一種の空恐ろしさすら覚えた。
刀一本でバスを両断するミカヤと、いかなる手段によってか、その残骸を見事に積み上げて見せたエーデル。このどちらもが、予選でヴィヴィオ、クラナとぶつかる彼らのライバルなのだ。
勿論、クラナはともかく二人はヴィヴィオの努力を知っているし、そうやすやす手玉に取られるなどありえないとは思っている。
しかし果たして、これだけの力の持ち主たちとぶつかって彼らがどう戦うのか、一抹の不安が、双子の胸中には渦を巻いていた。

────

同じころ、高町家のリビングでは、選考会突破を祝うちょっとしたお茶会が開かれていた。メンバーはチビーズと、ライノ、そして珍しいことに、素直に席につくことを承諾したクラナである。

「みんな、予選開始はもう来週からなんだっけ?」
「あ、ども……そっすね、まぁ、俺はもうしばらくは待ちますけど」
そう聞いたのは、これまた珍しく休暇が取れて家に居たフェイトである。ティーポットから注がれる紅茶は彼女が手ずから入れたものだ。なのはがお祝い用に奮発して仕入れた茶葉を使っているので、立ち上る香りは豊かで、知り合いの関係もあって良いものの紅茶を飲むことが多い隠れ坊ちゃんのライノも満足する出来だった。

テーブルの上に乗るのは、赤青鮮やかなベリーの乗ったタルトと、クッキー、そして、なぜかビスケットで出来たお菓子の家である。
ちなみに、全てなのはとフェイトの手作りだ。どうして全力を尽くしたのか。

「ライノ先輩って、第一シードだからえーッと」
「エリートクラス、四回戦から……ですね」
「そういうこと~。それまでは応援に徹するからな~頑張れよチビども」
[これから試合である方々の前でシードに胡坐を掻いて上から目線ですか、全く救いがたい愚鈍さです。後で赤面することにならなければよいですねマスター]
「いやこれ単なる激励な!?上から目線とか誤解でごぜーますよウォーロックさん!?」
いつものやり取りをするウォーロックとライノに苦笑しながら、今度はフェイトと、隣にいたなのはがふんすと気合を入れた

「わたしたちも、うんと応援しちゃう!!」
「うん!みんなが試合の日には、なるべく会場に行けるようにするからね!!」
「「「ありがとうございます!!」」」
「うんっ!」
嬉しそうに返す女子たちを見て、ライノが唐突に色めき立った

「お、これ、俺らも期待して良いっすか!?」
「もちろん!」
「応援するよ!ライノ君も、クラナも!」
「よっしゃアガってきたぁ!!」
[何を鼻の下を伸ばしているんですか、そこまでして軽蔑されたいのですか、でしたらお望みどおりにしましょうかマスター]
「すいませんでしたぁ!!」
「…………」
自分の事を言われて、クラナのタルトを食べる手が止まる。
顔を上げるとライノの様子に楽しそうに笑う少女たちと、母たちの顔があった。

「私達も!」
「先輩たちのことも応援しに行きますね!!」
「うんっ!!」
リオとコロナに続いてくヴィヴィオとアインハルトがうなづく。

「……あぁ」
[ありがとうございますー!]
情けないことに、返せた言葉は無表情なそんなごく短い一言だったが、それでも少女たちはクラナが返答してくれたことその物にとても嬉しそうに互いに微笑んだ。
そんな様子にどこか嬉しそうに微笑んだなのはが、思い出したように言った。

「そう言えば、はやてちゃんも来るっていってたよね?」
「うん、ミウラが出るからって」
フェイトの返しに、ヴィヴィオが唇に手を当てる。

「ミウラさん……私、そう言えば予選で当たるかもしれないんだった」
「組み合わせってどうなってたっけ?」
「(ピッ)」
「ん、ありがとクリス」
リオの言葉に、何を言われるでもなくクリスがトーナメント表の表示されたホロを出す。優秀な自分のデバイスに微笑みかけながら、メンバーはそれを覗き込んだ。

「これって……!」
「あーらま、結構良いとこキテるなこりゃ」
「…………」

────

その日の夕方、八神家近くのビーチにて、ミウラはヴィヴィオ達と同じように、自らが参加する予選四組のトーナメント表を覗き込んでいた。

「ミウラのスーパーノービス一回戦はゼッケン399の子、これはまぁ問題ないとして……」
幼ない見た目に反しない特有の高い声でそう言うのは、八神はやての融合機、リィンフォース・ツヴァイである。

「いえいえ!その方だってきっと強いですから!!」
ガチガチに緊張した様子で「問題ない」の部分をなぜか全力で否定するオレンジ髪の少女……ミウラをスル―して、リィンフォース……リィンは続ける。というのも、その試合で「問題ある」ようでは困るからだ。何故なら……

「次の試合──エリートクラス一回戦で、いきなり上位選手が相手!!」
そう、彼女のエリートクラス一回戦の対戦相手は……

「ミカヤ選手の最高戦績は二年前の、都市本戦三位!!超強敵です」
彼女の戦績からすればまさしく遥か高みと言っても過言ではないほどの相手、ミカヤ・シェベルその人なのだから。

「あー、うー……」
ミウラ自身、これにはすっかり参っていた。考えるだにどうしたらいいのかわからず、目をグルグルにして意味の無い言葉が口から洩れる。

「ま、先の事ばっかり考えても仕方ねぇ」
そんな空気をぶった切ったのは、ミウラの直属の師匠でもある、ヴィータだ。

「せっかくのスーパーノービスタートも、初戦で負けてちゃ世話無しだからな。こっからもガッツリ鍛えていくぞ」
「っ、はいっ!!」
「それで、だ……」
気合を入れなおすミウラに、腕組みしたヴィータはニヤリと笑いかけた。なぜかその笑顔に嫌―な予感を感じて、入れなおした気合が霧散しそうになる。

「試合に向けて、お前のメンタル面の方も鍛えなおしが必要だと思ってな……あたしらでちょいと、特別な相手を用意した」
「へっ?メンタル……?特別な、相手……?」
「あぁ、そいつとしっかり打ち合えるようになったら、お前も少しは緊張癖やらおどおどしてるのが治るかもしれねーと思ったのと、ちょうど指導にもいい相手だったからな、実はもうこの場に呼んである。まぁ、今日のところはとりあえずの顔合わせってとこだが……」
そろそろ来る頃だろ、とヴィータが言った、その時だった。

「おー!ヴィータ―!」
「お、来たな」
「(びくーん!!!!)」
それは高い少年の声だった。どこか片言で舌足らずの声にヴィータは笑って反応したが、その声を聞いたとたん、まるで驚いた猫のようにミウラの背筋がピーン!と伸びる。

「ま、まさか」
「おー!みうらー!!元気カ!?」
「せ、せせせ、セルジオくん……!?」
ミウラの後ろから走ってやってきたのは、男子の部でヴィヴィオ達がみた少し黒い肌を持つ少年、セルジオ・マルティネスである。その顔を見た途端、ミウラの顔が引き攣り、表情が恐怖で染まる。

「おー、元気そーだ、ナ!!」
「う、うんありがと……えっと、えっと……」
かれと顔を突き合わせる時間が長くなればなるほど、ミウラの目がぐるぐると回転する、混乱している証拠だ。
セルジオが一歩前に出るたびに、ミウラが一歩あとずさる。

「ン?どーしタ?」
「えっと……」
「元気ないカ?ミウラ」
「えっと……!」
ついにぐるぐるが最高潮に達し、ミウラは……逃げた。

「ご、ごめんなさいぃ!!」
「ン!?鬼ごっこカ!?まてぇみうらー!」
「わぁーーーー!こ、こないでぇ!!?」
何故かいきなり自分から悲鳴を上げて逃げ始めたミウラに、何をどう捉えたのかそれを鬼ごっこと認識して追いかけ始めるセルジオ。完全に子供同士の追いかけっこと化した空間が、そこにはあった。

「あー、やっぱしまだ無理か」
「ふっはは、いや、中々どうして、ウチのやんちゃ坊主も嫌われたものだ」
言いながら近づいてきたしわの目立つ顔の老人を見て、ザフィーラが
頭を下げた。

「サラス翁」
「お久しぶりです~」
「うん」
やってきたのは、ミゲル・サラス。セルジオのコーチであり、同時にミッドチルダ最大のスポーツジム、イスマイル・スポーツジムの会長でもある、スポーツ指導の世界の大御所である。

「ったく、アタシらも参ってんだよ。あれ以来ミウラの上がり症とビビり癖が前にましてひどくなっちまって」
「それで、一度セルジオをもう一度ぶつけ、その恐怖を払拭しよう、というわけか。ヴィータ」
「その、つもりだったんだがなぁ」
困ったように後ろ手に頭を後ろ手に掻いたヴィータの視線の先には、未だに鬼ごっこを続ける二人の姿がある。

「まテまテーー!!」
「きゃーーーーー!!」
きゃーである。よりにもよってきゃーである。個人的には非常にわくわくする悲鳴だが、その悲鳴の中にはどこにも競技選手としてのりりしさが感じられない。個人的には非常にわくわくする悲鳴だが……

「あれじゃ望み薄かなぁ」
「ふむ、セルジオ、ストップだ!」
「ん?」
「やぁ~~~~~!ぅえ?」
老人のたった一言が、鬼ごっこを止めた。人の声など耳に入らなそうな勢いでミウラを追いかけまわしていたセルジオがぴたりと動きを止めて、次の指示を待つようにミゲルの方を向く。後ろから追いかけてくるセルジオの気配が途切れたのを察したのか、ミウラもまた、動きを止めた。

「おぉ」
「さすがにコーチの言葉は届く、というわけですな」
「何、一番最初に教え込んだのだよ。でなければ、どこに行くか分からんやんちゃ坊主でな」
困った奴だ、そういったミゲルの顔はしかし、どこか楽し気に見える。

「セルジオ、来なさい」
「ん!せんせー!」
駆け寄ってくるセルジオの頭を、ミゲルはポンッと一つ撫でる。

「女の子を無暗に追いかけまわしちゃいかんぞ。そういうやつは嫌われるもんだ」
「?そーなのか?ミウラ―」
「ふぇっ!?」
ミゲルの注意に首を傾げてセルジオはミウラを見るが、当の彼女とは言えばしどろもどろといった様子で左右をきょろきょろと見ては指を絡めるを繰り返している。

「?」
「え、えっと、その。う、うん。やだ……」
「……ん!わかっタ!ごめんなさイ!」
言われた瞬間ぺこりと頭を下げるセルジオに、ミウラは一瞬戸惑ったようだったが、すぐにほっとしたように息を付く。

「とはいえお前も、いきなり逃げるというのは感心せんぞ、ミウラ」
「う、す、すみません」
しかし続いて苦言を呈したザフィーラにミウラはシュンと肩を落とした。

「そもそも試合中じゃねーんだ。なんで逃げる必要があんだよ?」
「うぅ……」
聞いておいてなんだが、ヴィータはその理由をしっかりと分かっている。
ミウラは単に、セルジオ・マルティネスが怖いのだ。

セルジオとミウラの初対面は、控えめに言って最悪だったといえる。二人が最初に出会ったのは、ミッドチルダにおけるスポーツジム、道場の合同試合の場だ。多くの道場やスポーツジムで希望選手が魔法戦技を競い合った練習試合大会のその場でミウラが三戦目に相対したのがセルジオ・マルティネスだった。
結果はミウラの惨敗。初手のセルジオの高速接近に対応しきれずに顔面に左フックを受けたミウラは、その一撃で即失神してしまったのである。

覚悟はしていたとはいえ、十代も前半の少女にとって、訳も分からず意識を奪われるというその敗北の経験は傷跡として残った。それからしばらくは練習試合も控えなければならないほどミウラは試合に対して恐怖するようになり、セルジオに対する一種の恐怖感は、未だに残っている。

「(それをなくすために、今回来てもらったわけだが……)」
「うぅ……」
「?」
「(こりゃ望み薄かねぇ……?)」
ため息がちに、ヴィータは自分の後ろに隠れながら涙目でセルジオを見るミウラを見て、頭を掻いた。
彼女は本来、試合の相手などとは初めこそおどおどすれ、すぐに毅然と向き合うタイプなのだが、彼にだけはその流れが適用されないらしい。

「ふむ、そう言えば、挨拶がまだだったか」
「え、えっと……」
「儂はセルジオのコーチングを担当している、ミゲル・サラスという。直接挨拶するのは初めてだったか?ミウラ・リナルディくん」
「は、はい。あ、す、すみません!ご挨拶が遅れてしまって……」
「いや、それは良い」
小さく微笑んで首を横に振るミゲルを、ミウラはどうしていいか分からないという風な顔で見上げる。そんな彼女にミゲルは、頭を下げた。

「先ずは、すまなかった」
「えっ」
「以前の試合の事、お前さんにとってそこまでダメージになっていると気が付けなかった事、心より詫びる。あの時の試合は、儂もやりすぎたと思っていた。セルジオにはその旨、しっかり伝えてある故、安心してほしい」
「え、えっと……いえ、ボクがちゃんと受けられなかったのが原因ですし、そんな、頭を上げてください……!」
「そういうわけにもいかんこともあるのだよ。セルジオ、お前もだ」
言いながら呼び寄せたセルジオは、状況がよくわからないという風な顔でミゲルを見た。ミゲルはセルジオに目線を合わせると、しっかりとした口調でせつめいする。

「前のこの子との試合を、覚えているか?」
「ン!覚えてル!せんせーとりりーなに、やりすぎだ!って怒られたやツ!」
「そうだ。その時の怖さが、ミウラくんにはまだ残っているのだそうだ」
「?ミウラ、オレのこと怖いのカ?」
「えっ」
唐突でストレートな問いに、ミウラは戸惑ったようにミゲルを見た。彼は少しだけ微笑むと、小さくうなづく。それを見て、ミウラは少しだけ決心したように真っすぐにセルジオを見ると、小さくうなづく。

「……うん、ちょっと……セルジオ君が怖い、です……」
「…………」
セルジオがその言葉にショックを受けているようには、ミウラには見えなかった。ただ、彼は少しの間目を丸くして固まると、困ったように、そしてミウラと同じようにミゲルを見て、それからミウラを見る。そして……

「ごめんなさイ!」
「あ……」
「オレ、まだこの世界に来たばっかり、かげんとか、やりすぎとか、よくわからなイ……でも、女には優しくしろって、せんせーにもりりーなにも、バァバとマァマにも言われた。だからミウラが怖くなったら、ごめんなさイ!!」
「…………」
とても素直な言葉に硬直するミウラに、セルジオの言葉を補助するように、ミゲルが続けた。

「セルジオは、文明発達がそこまでではない管理世界で、儂がたまたま見つけた子でな。こいつの両親たちに儂が頼み込んで、親元を離れてこのミッドチルダまで来てもらったのだよ。だから、まだこの世界の常識には疎い。格闘技の才能はあるが、自然の中で生きてきた分、加減という言葉の意味もよく分かっとらなんだ。あの時のことは、儂もまだその辺りの事をしっかり理解しきれていないまま、此奴をリングに上げたために起こってしまったこと。本当に、すまなかったな、ミウラくん」
「い、いえ……」
あぁ、そうか。とミウラは思った。
この少年は、純粋すぎるのだ。どこまでも純粋でまっさらで素直だから、少しミウラとは価値観や他人への接し方が違う。考え方も……

「えっと、こっちこそ、ごめんなさい……ボク、あの時何が起きたのかも分からないまま負けちゃって、セルジオ君の事もよく分からないのに、勝手に苦手意識を持ったりして……あの、出来るなら今日は、よろしくお願いします!!」
「……うむ、ありがとう。こちらこそ、喜んで協力させてもらおう」
頭を下げて願い出たミウラに、ミゲルはどこか嬉しそうに笑う。一つ大きくうなづいて、彼はセルジオの背を軽く押した。

「セルジオ」
「ん?ミウラを手伝うのカ?」
「そうだ。彼女もそれを許してくれるそうだ」
「ん!わかっタ、手伝うゾ!何すれば良い!?」
勢いよくうなづいて尋ねてくるセルジオに気おされながら、ミウラはヴィータを見た。彼女は満足げに一つ相槌を打つと、ミウラとセルジオ双方を視界に入れながら答えた。

「お前らには今から、軽いスパーリングをしてもらう。でだ、ミウラ」
「は、はい!」
「お前は今回、なるべく後ろに下がらないでやってみろ」
「……へっ!?」
ニコリと笑って容赦の無い一言をぶつけてくるヴィータに、ミウラは目をまんまるにして固まる。

「相手の攻撃をよく見ろ、お前は小心だけどな、べつにそれは良い。ただ、小心が腰が引けることにつながるのだけは避けろ。トップファイター相手でもそれが出来るように、腹に力込めてセルジオと向き合え」
「え、えぇぇ!?」
そんなことを言っている間に、あれよあれよという間に二人は浜辺で向き合わされる。すでにセルジオは砂地の感触を確かめるようにピョンピョンと飛び跳ね、準備万端といった様子だ。

「(ぅう……)」
こうやって彼と向き合うと、どうしてもあの日の事を思い出してしまう。開始のコール直後に目の前に彼か現れ、衝撃と共に訳もわからす視界が真っ暗になったあの時……あれは、正直なところ、怖い……

「……ッ!」
いや、今度の機会は、この記憶を払拭するために設けられた機会なのだ。今から恐れていては話にならない。そう思って、左右に被りを振り、彼女はファイティングポーズをとる。この砂地だ、そもそもセルジオとて、普段通りの機動力は出せないはずだ。

「セルジオ、足元に注意しろ、普段とは違うからな!」
「ン!わかっタ!!」
あ、注意されてしまった。

「二人とも、準備良いな!」
「はいっ!」
「いいゾ!!」
「それじゃ、スパーリング──」
恐れるな、前に出ることが……!

「──始めっ!」
「(……えっ?)」
目の前に、セルジオが居た。拳を大きく引いて、笑顔で自分を見ている。固まりかけた腕を上げられのは、ミウラ自身の認識では半分以上奇跡だったと思う。ただそれはあくまで彼女自身の認識で、実際には運だけの話でことが進むなら、彼女は以前の彼女と同じ末路をたどったことだろう。それに彼女が反応することが出来たのは一重に、初めてのセルジオとの試合以降も完全に折れることなく自分を鍛え続けた彼女自身の鍛錬の成果あってのことである。
真正面から胸を狙って打ち込まれる拳を、ほとんど思考の介在する余地のない反射の世界でミウラは腕でガードし、右にそらす。途端に……

「ぷワっ!?」
「へ!?」
ズデーン!!と盛大な音を立てて、セルジオがミウラの後ろに向けて思いっきりこけた。

「?、?」
「ほれ、言わんこっちゃない……わかっておらんじゃないか」
「っはは!盛大にいったなー」
指導陣が笑ったり呆れたりしているのを見て、ようやくミウラは勢い余ったセルジオがバランスを崩して自爆したのだと理解した。

「えっと、セルジオ君、大丈夫?」
「お、おー……」
「……クスッ」
ひっくり返ったまま何が起こったのか分からない、といった顔をしているセルジオに、ミウラは少しだけ可愛いなどと思ってしまったりするのだった。

────

それから二週間、はあわただしい日々となった。男子の部の面々も、女子の部の面々も、双方ともに週末の試合に向けてトレーニングを重ね、一度会った週末は、ライノ以外のメンバーはSN(スーパーノービス)の試合。これは、全員が勝ち抜くことが出来た。そして……


IM地区予選大会 エリートクラス女子の部 第一、第二回戦

トライセンタースタジアムには今日、今をときめく十代の女子たちが集まっていた。みな運動をしっかりしているだけに健康的な美しさを持って不安や期待、熱意や緊張と言った色とりどりの表情を浮かべている。ちなみに、これだけ健康美あふれる若い少女たちが集合していると男性陣も若い健康を持て余しそうになるだろうが、下手な行動はおすすめしない。もしも誰か一人にでも不逞(いろめ)を使おう物なら即座に周囲全域からの拘束魔法(ラブコール)を受けることになることは自明だからだ。そんなモテ方は、誰であれ願い下げであろう。

話を戻そう。

さて、フレッシュ女子たちの中でもひときわフレッシュなわれらがチビーズ事チームナカジマの少女達は、今日も今日とて元気いっぱいであった。

「と、いうわけでー……!」
「やってきました、地区予選大会、エリートクラス!!」
「「「わぁーーーー!!」」」
「わ、わぁー……」
「こら、はしゃぐな~、ったく……」
リオとヴィヴィオを中心にはしゃぎ始める子供たちに、ノーヴェが呆れたように苦言を漏らした。もっとも、アインハルトは明らかにはしゃぎ切れていなかったが、まぁ、そこはご愛敬である。

「ヴィヴィオ―」
「あ、ママ!」
と、不意に観客席から声がかかり、ヴィヴィオは声の下へと走り寄っていく。そこには娘たちの初戦を見逃すわけにはいくまいとわざわざ休みを取ってやってきたなのはとフェイトが座っていた。

「いよいよ一回戦だねぇ」
「みんな、試合は午後からだっけ?」
「あ、リオは午前のオーラス!残り三人は午後からだよ!」
ちなみに、オーラスというのはAll last、最後の試合という意味である、作者個人としては麻雀用語というイメージが強いのだが……失礼。と、ヴィヴィオの言葉にフェイトが苦笑しながら体をゆすった。

「うぅー、なんだか私の方がドキドキして来ちゃったよ……」
「大丈夫!フェイトママは落ち着いてみててよ、私達みんな、思いっきり頑張ってくるから!」
「……うん!」
グッとガッツポーズをして見せる愛娘に、二人の母どこか嬉しそうに微笑みを返す。自信とやる気に満ちた彼女を誇らしく思いながら、二人は笑顔で娘を見送った。
その直後、なのははふと、周囲を見渡してフェイトに尋ねる。

「……そう言えば、クラナは今日も練習なのかな?」
「うーん、何時もより早く家を出てったし、多分……」
「……そっか」
欲を言えば、今日の妹の初戦を見にきてやってほしかった、という願望はないでもない。しかし彼とて明日の試合に向けて己を高めている最中なのだ。兄妹お互いに全力で努力を重ねているのは、決して悲しむべきことではない。練習に打ち込む息子と、試合に臨む娘の双方を心の中で応援しながら、なのははスタジアムに視線を戻した。

────

さて、その頃スタジアムの選手控室では……

「はぁぁ……ふぅぅ……」
「ちょっとはマシになった……のかぁ?」
「まぁ、少なくともガチガチではないかもしれんな」
やたらと過剰な深呼吸をするミウラに呆れたように、ザフィーラが腕組み、ヴィータが後ろ手に頭を掻く。先日の初戦となるスーパーノービス戦でもこんな様子で、少なくともこれまでのガチガチとした様子はなかったのだが……

「逆にこれはこれで緊張してるかしてねーか分かんなくて問題なとこあるんだよなぁ」
「まぁ、今までより分かりづらくなったという一理あるな」
「えぇっ!?」
「あー、いや、まぁ緊張してねーならいいぞ!してねーなら!」
ガーン、といったような擬音が似合いそうな表情と共に半泣きになるミウラを、慌てたようにヴィータはなだめた。緊張克服のために練習して、何とかガチガチを脱したと思ったらこれである。なかなかどうして難しいものだ。

[You`ve Got mail]
「ふぁっ!?」
「ん?」
唐突に、ミウラのデバイスであるスターセイバーがメールの着信を知らせた。不意を打たれておかしな声を出したミウラが、ワタワタと手をばたつかせながらメールを開く。動画付きのそれを少しパニくりながら開くと……

「プフォッ!!?」
「!?」
いきなり乙女にあるまじき吹き出し方をした彼女に、コーチ二人がびくりと一瞬引く。

「ふふっ……あはははは!!」
「な、なんだどうした?」
いきなり笑い始めたミウラに、何事かと二人が動画を覗き込むと……

「ぶふっ!!」
「くっ……!」
ヴィータが吹き出し、驚くべきことにザフィーラも顔を逸らした。内容は簡単に言えば、ヴィヴィオ達チームナカジマによる、応援メールだった。

[ミウラさん、ファイトです!緊張しないで頑張ってくださいね!!]
[私達チームナカジマも]
[[[頑張ります!!]]]
[が、頑張ります!]
そんな暖かいメッセージが流れる……何故か、戦隊もののヒーローのように差風にV字に手を広げているヴィヴィオ達と共に。
それだけでも十分おかしいというのに、何よりおかしいのが

[・・・・・・!]
[・・・・・・・・!]
[・・・・・・・・・・・・・・!!!!!]

中央後方で完全な無言のままY字に手を広げて立っている男だ。ライノである。超良い笑顔だ。「 超 絶 」良い笑顔なのだ。なのに何も言わずにただ笑顔で主張しながら突っ立っているだけ。なんというか、子供達だけならただの可愛い動画であったはずが、彼の存在が全てを台無しにしている。

「ら、ライノさんもヴィヴィオさんも……面白い、方ですね……!」
「内容が、頭に入りにくいな……!」
「な、何つーか、なんなんだよこのライノは……!!」
周囲の奇異の目線にさらされながら、爆笑する彼らが落ち着きを取り戻すまでに、たっぷり3分を要した。

────

[ミカヤさんに教わった事を全部出しきって、私達も頑張ります!!ミカヤさんも、思いっきり楽しんできてください!!]
「…………」
応援のメッセージを聞きながら、ミカヤは腕を組んで微笑んだ。

「全く、ナカジマちゃんは可愛い弟子を持ったものだな……これは、私も頑張らなくては。それにしても……」
ミカヤは映像をもう一度見ると、少しだけ苦笑して言った。

「・・・・・・・・・・・・!!!!!!」
「あー、彼も、なかなか楽しそうじゃないか。子供たちと一緒になって」
映像に写るのは、ノーヴェを中心にガッツポーズをするちびっ子たちと、アインハルト、そして彼らの後ろで、なぜかばたばたと何も書かれていない旗を振るライノである。かなりのスピードだ。はたが二つに増えて見える。
こちらもこちらで、ライノの存在がいろいろなものを台無しにした動画になっていた。

ちなみに、この時ライノがなぜこんなことをしていたのか、その全ては、今も謎に包まれている。

───

彼方にて、少女は未だ相対せぬ友であり、好敵手を想う。

「ボクが、ヴィヴィオさんと戦うのは三回戦……この戦いと、もう一つ勝った先……でも、ヴィヴィオさんと戦えたら、きっと楽しいですよね……そのためにも、ボク、頑張ります!!」

────

彼方にて、女は自らが雪辱を果たさんと誓った、好敵手を想う。

「先ずは初戦突破……それから都市本戦まで、一直線だ!!」

────

「スターセイバー──」

────

「武装形態──」

────

「──セット・アップ!!」

────

「──天瞳流《嵐鎧》!!」

────

思うは一つ、ただ……前へ。

────

「[皆さま、お待たせいたしました、予選四組、エリートクラス第一回戦、選手入場です!!]」
まばらだった会場のざわめきが、歓声へと変わる。リングから少し離れた入場口から入ってくる二人は、そのどちらもがヴィヴィオ達にとっては顔見知りのものだ。

「[レッドコーナーからはIM七回出場!!内5回が都市本戦出場という猛者!!天瞳流抜刀居合師範代、ミカヤ・シェベル選手っ!!]」
歓声がひときわ大きく上がるのは、この会場に今いる殆どの人々が彼女の試合を見に来ているからだ。これまで出場した七回中、此処五回すべてに置いて都市本戦に出場しているという実績、多くに知られ、その戦術を分析され、しかし尚も強者の座に位置し続ける確かな実力、その双方に裏付けられた絶対的な信頼から、彼女の都市本戦出場は当然の未来と予想されている。であれば当然、その動向に注目が集まるのは、出場選手であれそうで無かれ、自明であった。
対するは……

「ブルーコーナー!こちらは初参加、フレッシュルーキー!!ストライクアーツ八神流、ミウラ・リナルディ選手っ!!」
歓声は先ほどまで程大きくないものの、それでも多くの注目の目線が向いた。ミウラが注目を集める最大の理由の一つは、なんといっても彼女が“初出場”であるという点であろう。エリートクラスは元来、予選大会の中でも最上位の大会、それこそ、都市本戦参加の有力候補となる上位選手たちも、普通に出場するランクの大会である。逆に言えば、それほどにの強者が集まる大会に、初出場の選手が出場するのは、それだけでも十分に難しい。過去にはそう言った経歴の選手がどんでん返しで上位選手を打倒し、都市本戦への出場を果たす……などと言う出来事も、多く起こっているのだ。彼女がそうである可能性もあるし、そう言ったどんでん返しに人は感動と興奮を覚えるものだ。

「[さぁ、くしくも、熟練(ベテラン)VS新人(ルーキー)、居合剣士VS格闘戦技!!全くの対局と言っていいこの二人が今、激突しようとしています!!]」

立ち会う。
リング上に立った二人が文字通り向かい合い、互いを見つめ、主審から改めてのルール説明を受けたのち、ゆっくりと両者は互いにリング端へと離れて行く。

「…………」
「シッ……シッ……!」
静が二瞑目するミカヤに対して、ミウラは体を温めるように軽くシャドーボクシングをしていた。
エリートクラス一回戦の試合ルールは、4分1ラウンドを4ラウンド、LIFEは12000ポイントだ。大会全体からいえば消して多くはないが、それでもノービスクラスやスーパーノービスクラスよりは多い、といえた。

会場の空気が張り詰め始める中、ヴィータが一言、ミウラに声を駆ける。

「作戦は任せろっつってたけど、大丈夫か?」
それは試合前に、ミウラがヴィータに言った言葉だった。試合前に唐突に、ミウラがコーチ二人に、戦術プランを任せてほしいといってきたのだ。とはいえ、今まで彼女にその辺りを完全に一任したことはあまり無い。大会ゆえのやる気が感じられるのは結構なことだったが、その辺りはまだ、一抹の不安が残っていた。
しかしそれを知ってか知らずか、ミウラははっきりとうなづいて答える。

「大丈夫です!ボクにも、ボクなりの考えがあるんです……」
「…………」
微妙な表情のヴィータを残して、ミウラはリングへと進み出た。


そして、予備ベルが鳴る。




「[Ready set──]」
無機質な女性の機械音声。その声が、周囲の空気の緊張を、最高潮に高め……





「…………」
「…………ッ」






「[────Fight!!]」
星と刃の戦いが、幕を開けた
 
 

 
後書き
はい、いかがでしたでしょうか?

まずはまたしても遅くなってしまい、申し訳ありません。

さて、今回はどちらかと言うと主人公サイドではなく、本編インターミドル編でも最初に戦闘を行う、ミウラ、ミカヤペアに主眼を置きつつ、そこに男子の部大会メンバーを軽く搦めてのお話となりました。

原作でも沢山活躍する、ミウラとミカヤ、ミウラは、つい先日放映されたVivid strike!!にもしっかり登場していたり、ミカヤもみんなのお姉さん、兼、ちょっとお姉さんキャラな所があり、存在感のあるキャラクターですよね。
自分もこんな二人が大好きで、この二人の初戦を我慢できずに書くことにしてしまいました。

しかし全くの原作通りでは面白くない。そこで、完全なこちらのオリジナル要素である、男子の部メンバーの出番でございますwミカヤには、今はネタバレなので明かせませんが、ちょっとしたつながりで、エーデルを。ミウラには、同じインファイターの、セルジオ君を充てさせてもらいました。
ちなみに、セルジオ君が同年代の女の子の意識を飛ばしたことがある、という野は、投稿者さんからのアイデアですが、その相手をミウラにしたのは、自分の独断ですww

しかしおかげさまで、この二人には、もう少し、面白い役割を担ってもらえそうですw

では、予告です。

アル「さぁ、始まりましたインターミドル初戦!まずはフレッシュガールのミウラさんと居合剣士ミカヤさんですね!」

ウォーロック「どちらもとても才能ある選手です。同時に全くの対局ですから、試合展開はまだ読めませんね」

???「はい!!でもきっと勝ってみせます!!」

アル「おや、貴女は……」

SS「はい!スターセイバーです!!ミウラのデバイスをしています!!」

ウォーロック「とても良い返事をしますね」

SS「はい!!私の一番の自慢です!!」

アル「そう言えば、作者さんが言ってましたね、素直そうでこのYes!!って返事が好きだと」

SS「はい!!頑張ります!!」

アル「頑張ってください!では次回《Sword breaker》」

SS「はい!!是非ご覧ください!!」
 
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