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ダタッツ剣風 〜中年戦士と奴隷の女勇者〜

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第3話 女勇者の敗北

 そして――翌日の深夜。この世界が、月明かりに照らされる頃。
 城下町が間近に伺える草原には、陽動を任ぜられた反乱軍が布陣していた。その視線を一身に浴びるグーゼルは、剣と盾を構えながら全員に告げる。

「――これより我々は、城下町に侵入し傭兵団との交戦に入る。私は城内に潜入し、速やかに帝国勇者を討ち取るわ。それまで……なんとしても持ち堪えて」
「はっ!」
「お任せください、勇者様!」

 彼女の呼び掛けに、兵達は強く頷いて見せた。集まった人数は僅か二百。傭兵団の人員は五百。戦力差は倍以上だが――彼らの瞳に恐れはない。
 信じているからだ。グーゼルなら、必ずやり遂げてくれると。

「……」

 そして、陽動に赴く軍勢の中には――ボロ布を継ぎ接ぎして作られたマントを纏う、中年の戦士もいた。救出された子供達の力作を身に付ける彼は、グーゼルの決意に満ちた背中を静かに見つめている。

 やがて、グーゼルの合図と共に城下町の直前まで進み出た彼らの先遣隊は――

「ん〜……? なんだぁ? 誰かいるの――ひぎッ!?」
「今だぁッ! みんな進めぇえぇえ!」

 ――酔いつぶれていた傭兵団の見張りを一瞬で斬り捨てると、怒号を上げて城下町に攻め入っていく。

「おおぉおぉお!」
「祖国の誇りを取り戻せぇぇえッ!」

 その勢いに乗じて、残る反乱軍全員が一気に城下町へとなだれ込む。突然の夜襲に驚く傭兵団の歩哨達は、抵抗する間も無く――次から次へと斬り伏せられて行った。

「なんだぁ!? なにがどうなってんだぁ!?」
「反乱軍だ! 反乱軍が夜襲を仕掛けてきやがった!」
「なにぃ!? この十年、こそこそと暗殺みたいな真似しかして来なかったのに……!」
「とにかく全員叩き起こせ! 奴ら、もうそこまで来てるぜ!」

 自分達の勝利を盲信し、警戒を怠っていた傭兵団は、反乱軍の迅速な進撃に翻弄されつつあった。彼らが目を覚まし、武器を手に夜の城下町に集まる頃には――すでに百人以上の同胞が犠牲となっていたのである。

「舐めた真似しやがって!」
「皆殺しだァァァ!」

 その光景を前に、激昂する野獣達。彼らは斧や鉈を振り上げ、反乱軍の女性兵達に襲い掛かるが――

「公国式闘剣術ッ……征王剣ッ!」

 ――その中から飛び出してきたグーゼルの一閃により、瞬く間に上半身と下半身を両断されてしまうのだった。

「勇者様!」
「ここは任せたわ、なんとか皆を守り抜いて!」
「はい! ――どうか、ご武運を!」
「ええ!」

 グーゼルはその勢いのまま直進し、城を目指して城下町の路地を駆け抜けて行く。行く手を阻む傭兵達は好色な笑みを浮かべて彼女に踊り掛かるが、反乱軍の兵達が必死にそれを食い止めていた。

(ダタッツ……今頃、どうしてるかしら。今朝には、もう姿が見えなくなっていたけど……)

 一方。路地裏に入り込み、反乱軍と傭兵団の激戦区から逃れた彼女は、潜入ルートを目指しながら――あの戦士のことを考えていた。自分が彼にしたことを思い返し、グーゼルは人知れず眉を顰める。

(私は……なんてことをしたのだろう。なんてことを、言ってしまったのだろう。彼は会って間もない私のことを、本気で心配してくれていたのに……私は、自分のことばかりで。彼の言葉を聞こうともしなかった)

 怒号を上げながら、慌ただしく城から駆け出して行く傭兵の群れに見つからないよう、息を殺し、気配を消して。彼女は城の地下水路を渡り、城内へと潜入していく。
 だが、そんな時でさえ。彼女の頭からは、ダタッツへの謝罪の思いが離れずにいた。

(もし、無事にこの戦いを終えて、生きてもう一度彼に会えたら……その時は、誠心誠意を込めて謝ろう。そして、ちゃんと言わなきゃ。心配してくれて、ありがとう――って)

 そんな思いを胸に抱きながら、女勇者は少しずつ――そして着実に。帝国勇者が待ち受けているであろう、玉座の間へと近づきつつあった。

 一方。
 城下町で交戦を続ける反乱軍の兵士達は、徐々に傭兵団の反撃に押され、路地裏に包囲され始めていた。

「くっ……!」
「へへ、さっきまでの威勢はどうした子猫ちゃん達ぃ。まさか、これだけナメた真似しといて、もう降参ってわけじゃねぇだろうな?」
「女だてらにここまで暴れてくれたんだ。相応の礼はさせてもらうぜ? そのカラダでな」
「ひ……!」

 女性中心の兵士達を囲う荒くれ者達は、厭らしい笑みを浮かべて得物の刃を舐める。その獣欲に滾る眼差しに晒された女性兵は、怯むように身を竦ませた。
 いかに気勢に溢れていようと、若い男に代わる「予備」でしかない彼女達は、戦闘経験でも数でも勝る傭兵団に苦戦を強いられている。……だが、そんな女性兵の中にも、気丈さを失わずに立ち向かおうとする者がいた。

「……馬鹿にしないで。あんた達になんか、死んでも好きにさせないんだから!」

 そう言ってのけた、明るい茶髪をポニーテールで纏めた十八歳前後の少女は、手にした槍の切っ先を傭兵団に向ける。強い意志を宿した彼女の瞳は、この窮地の中でひと際煌めいていた。

「ほっほぉ。まだ活きのいい嬢ちゃんがいるとはな。お前さんからひん剥いてやろうか」
「やってみなさいよ、ブタ野郎!」

 挑発的な態度を取るならず者に対し、罵声を浴びせて槍を振りかざす少女。そんな彼女を見遣る男達は、動揺することも逆上することもなく、ただニヤニヤと口元を吊り上げている。
 こういうタイプほど、屈服させた時の征服感がたまらない。それが、彼らの価値観なのだ。

「オ、オリア、無茶よ……!」
「奴らの注意はあたしに向いてるわ。あたしが時間を稼ぐから、皆はその隙に包囲網を抜けて体勢を立て直して。広場に出れば後方の部隊と合流できるわ」
「でも! オリアはどうなるの!」
「大丈夫! これでもグーゼル様から直々に小隊長を任されてる身よ? そう簡単にやられたりしないわ!」

 不安げな表情の仲間達に向け、オリアと呼ばれる少女は太陽のような笑顔で応えて見せた。……だが。彼女と付き合いが長い仲間達は、その真意にはとうに気付いている。
 この少女は今、自分達を逃がすために捨て石になろうとしているのだと。それを悟らせないために、この状況下でありながら……何でもないことのように笑っているのだと。

「勇ましいねぇ。その顔がどう歪むか……楽しみでたまんねぇッ!」
「……さあ行って! 何としても生き延びて、小隊長としての命令だからねっ!」
「オ、オリアーッ!」

 そんな彼女目掛けて、ならず者達が一斉に飛び掛かる。その悪意の波に、少女は槍を手に真っ向から向かっていった。その後ろ姿に手を伸ばし、女性兵達は悲鳴を上げる。

「……でぇいッ!」
「ごはッ!?」

 オリアの一閃は、男達の読みを超える速さで獲物を捉え……一瞬にして、向かってきた傭兵の一人を貫いてしまった。だが、仕留められたのはたった一人。
 彼女の背後には、何人もの新手が迫っている。

「く……!」
「はい残念、快進撃もここまでぇ!」

 咄嗟に背後に振り返り、迎撃に移ろうとするが……切っ先を向ける前に、彼女の眼前に剣の刃が迫っていた。反射的に柄で受け止め、致命傷は回避した彼女だったが、その衝撃により壁まで吹っ飛ばされてしまう。

「あぐっ!」
「へへ、ゲームセット。惜しかったなぁ嬢ちゃん」

 そして。
 勢いよく壁に打ち付けられ、身動きが取れなくなった彼女に……野獣の影が忍び寄る。

「あっ……! い、いやぁ!」
「いい反応だが、ちっとばかり遅かったなぁ。さぁて、お楽しみと行くか!」
「オ、オリア!」

 プロテクターを外され、服を脱がされ。あられもない姿にされていく槍使いの少女。恐怖心から助けに入ることもできず、女性兵達は目を伏せることしかできなかった。
 そんな彼女達を覆い尽くす傭兵団の笑い声が、反乱軍の心を追い詰めていく。そして、露にされた自分の胸に手を伸ばすケダモノの手を前に、オリアの気丈さが崩れかけ――

「あ、え?」

 ――た、その時。
 オリアを辱めていた男の影が、真っ二つに裂け。

「……そこまでだ」

 彼が立っていた場所が、真紅に染め上げられた。次いで、その背後から男の呟きが響いてくる。

「え……ッ!?」
「て、てめぇ新手か!」

 そして、その場に現れたボロ布を纏う男に注目が集まる瞬間。オリア達反乱軍が目を丸くする一方で……傭兵団は状況を素早く判断し、一気に襲い掛かる。
 だが――男の力は、彼らの予測を遥かに凌いでいた。

「……シッ!」

 目にも留まらぬ速さで剣を振り上げた彼は、一斉に迫る荒くれ者達を次々と斬り捨てていく。斬られたことにさえ気づかせないほどの速さで命を絶たれ、男達は何が起きたのかわからない、という表情のまま息絶えていく。

「野郎ォォォ!」
「だっ、駄目ぇぇぇえっ!」

 だが、傭兵達は背後にも大勢いる。ボロ布の男が正面の敵を全員切り裂いた瞬間、背後の伏兵が全体重を掛けた斧の一閃を振り下ろした。オリアの悲鳴も虚しく、その一撃は確実に男の背中に命中し、激しい衝撃音を上げる。

「……なにっ!?」

 そう。「衝撃音」が響いたのだ。肉が刻まれる音ではなく。
 それが意味するものと、己の肌に伝わる手応えから、伏兵は真実にたどり着いた。

「こ、こいつマントの下に盾を仕込んでッ――!」

 だが、その頃にはすでに彼自身の命も絶たれていた。振り向きざまに振るわれた剣の一閃に首を刎ねられ、残された胴体から鮮血が噴き上がる。

「な、なんだこいつの強さ! ふ、普通じゃねぇ! 反則だぜあんなの!」
「逃げろ! まともやりあえる相手じゃねぇ!」

 その光景に恐怖を覚えた荒くれ者達は、それ以上闘うことを望まず――蜘蛛の子を散らすように路地裏から逃げ出していく。そんな彼らの後姿を見遣りながら、ボロ布を纏う男は自分が斬り捨てた傭兵から毛皮のマントを剥ぎ取り、オリアの体にそっと被せた。

「せ、戦士様……あたし、あたしっ……!」
「――間に合ってよかった。君の小隊が路地に追いやられていると、別動隊から報告があってな。もう、大丈夫だ」
「オリア……よかった、よかった……!」
「う、あ……ああああぁ……」

 自分に寄り添い、すすり泣く仲間達の肩を抱きながら――槍使いの少女は、緊張の糸を切られた反動から……恥も外聞もなく泣き出してしまう。そんな彼女の背中を優しくなでながら、ボロ布の戦士――ダタッツは、城の方向に視線を移す。

(そろそろ……彼女が潜入している頃だろうか)

 ――そして、その城の中にいるグーゼルは。

「ようこそ、公国勇者。歓迎するぜ」
「帝国勇者……ッ!」

 玉座の間に続く螺旋階段まで行き着いたところで――武装した赤毛の武人と対峙していた。荘厳な斧や盾で身を固める、人の姿を持つ鬼と。
 マクシミリアンという名を持つその鬼は、勇ましく剣を構えるグーゼルの姿を前に、厭らしい笑みを浮かべる。

「ここにいれば会えると思ってたぜ。極上のカラダによ」
「……全て、お見通しだったというわけね。でも、同じことよ。この狭い場所では、仲間と一緒に戦うことはできない。一対一で私に勝てるとは思わない方がいいわ」
「試してみるか? 一対一ならどうなるか」

 上の段からこちらを見下ろし、下卑た笑みで得物を構えるマクシミリアン。その挑発に乗るように、グーゼルは素早い踏み込みで切りかかって行く。
 目にも留まらぬ斬撃の嵐が、マクシミリアンを襲う――が、彼は巨大な盾でその全てを受け切っていた。並の剣士なら、盾で防いでも力押しでガードを崩され、その隙に斬られていただろう。
 それほどまでにグーゼルの斬撃は一つ一つが重く――それら全てを受け切るマクシミリアンの筋力も、常軌を逸しているのだ。
 二人は激しいぶつかり合いを繰り広げながら、螺旋階段を駆け上がって行く。玉座の間を目指すかの如く。

 そのさなかで、巨漢の盾と女勇者の剣は幾度となくぶつかり合い、お互いを削りあって行く。剣の刃が砂のようにこぼれていき、盾の傷が益々深くなっていく。

「公国式闘剣術――征王剣ッ!」

 そして、全てを切り裂く横一閃の居合切りが――宙を斬る。

 マクシミリアンはその技を前に、初めて回避という行動に出たのだ。その体躯に似合わない軽快なジャンプで征王剣をかわした彼は、階段を登りきると玉座の間へ逃げ込んで行く。
 すぐさま彼を追いかけたグーゼルは、玉座の間で迎え撃ってきた彼の縦一閃をかわすと、再び剣を振るった。

 二度目となる斬撃の嵐を浴び、マクシミリアンの盾が徐々に耐えきれなくなって行く。その攻勢の激しさに、彼は僅かに頬に汗を伝わせた。

「公国式闘剣術ッ!」

 その様子を目撃したグーゼルは、もうすぐ勝てると確信し――決め手となる一閃を放つべく、上体を捻る。
 あとは反動に任せるまま剣を振るえば、勝敗が決する。彼女はそう確信し、剣を握る手に力を込めた。

「がっ――!?」

 だが。その直前、柄を握るグーゼルの手がマクシミリアンの蹴りで弾かれてしまった。手から離れた彼女の剣は、高く舞い上がり――床へと深く突き刺さる。

「振り抜く瞬間の、一瞬の硬直。見切ったぜ、あんたの剣」
(まさか! 今までの防戦は、征王剣を見切るための布石だったというの!?)
「バルタザールを殺った技なだけはある。なかなか手強かったぜ。ま、オレの敵ではなかったがな」

 剣を失い、手を蹴られた痛みで片膝を着く彼女の首筋に、斧の刃が当てられる。微かに肌に触れただけで、そこからは一滴の鮮血が滴っていた。

「さて……いよいよお楽しみの時間だ。喜びな勇者様、公女殿下にもうすぐ会えるぜ?」
「……!?」

 下卑た笑みを浮かべ、グーゼルににじり寄るマクシミリアン。その手には、クセニアに着せていたものと同じ――恥辱の衣装が握られていた。
 
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