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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百十六話

 
前書き
更新が遅れたのは、全部ペルソナ5って奴の仕業なんだ……
 

 
 七色・アルシャービンの最初の記憶は、父と母が怒鳴りあっていた記憶。確かその時は、七色が父の持っていた専門書を読んでみせて、それがどれだけ異常なことなのかも分からない時のこと。最初は七色は天才だと、家族に褒められていただけだったが、まずは徐々に父が変わっていった。

 幼かった七色はただ、両親やお姉ちゃんに『偉いね!』って言われたかっただけだったが、それが両親の喧嘩の原因になるとは想像も出来ない年齢だった。この子は天才だから、海外できちんと学ばせて大成させる、と意気込む父。普通の女の子として育たせてあげたい、と反対する母。二人の意見は平行線で怒鳴りあいにまで発展し、別室にいる七色の耳にもその声は届いていた。

 そして自分のせいで両親がケンカしているんだ、と泣き喚く七色を、姉は一晩中慰めていてくれた。多分それが、七色・アルシャービンという人物の原点だった。科学者としての『七色』からすれば非科学的な噴飯ものだったが、こればかりは目をつぶれば、今でもその時の感触は思い浮かべることが出来る。

 大丈夫、大丈夫だから――って。


「スメラギさん、大丈夫かな……」

 近くにいたシャムロックの女性プレイヤーの声に、七色は昔の追憶から意識を取り戻す。このALOというゲームを使った一大実験において、さらに名前を上げてお姉ちゃんを見つけ出す――その目的のために、七色は迷宮区をひた走っているのだから。

「スメラギなら大丈夫! あいつってば妙に強いんだから!」

「……ありがと、セブン」

 このALOに来て七色に出来た友人たち――ユウキたちを足止めするため、スメラギたちを含めたシャムロックのメンバーは、迷宮区の入口で彼らと戦っている。一般プレイヤーにも、割と彼らの反則じみた強さは伝わっているらしく、彼女の心配もそこからなのだろう。

 そして自分と迷宮区をひた走っているのは、今回のボスに特化した構成のグループ。お姉ちゃんに会いたい、という自分だけの目的に利用している、という事実がセブンにとっては非常申し訳なかったが――アイドルとしての『セブン』のファンである彼ら彼女らは、こうして共に遊べてかつ役に立てるならそれでいい、と。

 そんなメンバーたちに報いるためにも、絶対に実験を成功させてお姉ちゃんに会わなくては――と、セブンは決意を新たにして槍を握る力を強くする。すると、先程スメラギを心配していた女性プレイヤーが、再びこちらに振り向いていた。

「そろそろですね。スメラギさんたちに勝利の報告、届けましょう!」

 フロアボスが待つボス部屋までもう近いらしく、彼女もやる気充分といったように、自慢の片手槍を構えていた。ふと気になって、もう一度後ろを向いてみたが、ユウキたちが追ってくる様子も気配もない。

 彼女たちは間に合わなかったらしい――と思いながら、近くに見えてきたボス部屋の扉を臨むと。

「……え?」

 彼女の槍を持った腕が、中ほどから切断されていた。

「ぁ――!?」

 驚く暇もなく、次いでセブンが見たものは、いくつもそちらに投げつけられた煙幕。洞窟内のダンジョンはあっという間に煙が充満し、視界を完全に白く染め上げていた。パニックになってしまい動けないセブンに、周囲から沢山の声が聞こえてきた。

「敵だ! PKだ!」

「誰か風魔法使える奴は!」

「魔法が、つかえな――ッ!」

「馬鹿! こっちは味方だ!」

 そして声とともに響き渡ったのは、斬撃の音とメンバーの悲鳴の音。辛うじてプレイヤーキラーの襲撃だというのは分かったが、煙幕に覆われて何も見ることは出来ない。プレイヤーキラーたちも同じ条件の筈だが、それを感じさせないほどシャムロックのメンバーたちの悲鳴のみが響き渡る。

「ぁ……わたし……」

「セブン! 向こうに! 逃げて!」

 パニックになったセブンは、その場でキョロキョロと辺りを見渡していると、ついさっきまで目前で話していた、槍使いの女性プレイヤーの姿が見えた。健在だった仲間の姿を確認し、反射的にそちらに向かって行ってしまうが――セブンは、その一瞬の後に気づく。

 彼女は、向こうに逃げろと言っていた、と。

「ぁ――!」

 駆け寄った彼女の胸部に鋭利なナイフが突き刺さるとともに、その身は赤いエンドフレイムとなってこの世界から消えていく。セブンは自らの身体を急に止めることが出来ずに、そのまま彼女のエンドフレイムに駆け寄ると、すぐに何かにぶつかってしまう。

「…………」

 いや、何か、などではなく分かっていた。それは彼女を刺し殺したプレイヤーキラー――その悪魔のような笑みは、セブンをまるで虫のように見下ろしており、その手には赤銅色に輝くナイフが握られていた。白いフードにすっぽりと身を包んでおり、これで煙幕に身を潜めていた――などと分析する頭は残っているにもかかわらず、セブンのアバターはまるで金縛りでもあったかのように動けなかった。

 そしてプレイヤーキラーがセブンという一番の大物を逃すわけもなく、先にあの女性プレイヤーを刺し殺した、ナイフという暴力の塊が次の標的にセブンを選ぶ。セブンも自身の得物たる長槍でもって応戦しようとするも、キャリアに動き、スキルや射程、そのいずれにせよ足りなかった。

「このっ……あっ!」

 下級ソードスキルを伴った槍の一撃はあっけなく避けられ、フードを目深に被ったプレイヤーキラーがさらに肉迫すると、そのままセブンの腹を蹴り上げた。

「が、ぁ――」

 初めて経験する、迫る殺意の塊に――セブンは無意識に身をすくませていた。蹴りつけられて軽い身体が浮かび上がると、セブンの長髪をフードを被ったプレイヤーキラーは無造作に掴み、まだ目を白黒させているセブンの耳元に呟いた。

「お前はメインディッシュだ。……大人しく利用されてりゃよかったのによ」

 その呟かれた言葉に、セブンの思考はある結論にたどり着く。このプレイヤーキラーたちの正体――先日、ルクスを利用してシャムロックと各領の仲違いを狙い、かつてのデスゲームの悲劇の序曲を再現したという連中。ショウキやユウキに壊滅させられたと聞いたが、もちろんこの世界はあのデスゲームではなく、再びログインすればいいだけの話だ。

 その計画が頓挫された意趣返しとして、このダンジョンの中で待ち構えていたというなら――『メインディッシュ』という言葉から、これからセブンに何が起こるのか、セブン本人には予想に難くなく。

「っ…………」

 痛みにも似た不快な感覚と恐怖から発せられる吐息を呑みながら、ハラスメント警告でも出ていないかと探るものの、ダンジョン内ということもあってか画面は表示されない。もしも表示されたとしても、このプレイヤーキラーがボタンを操作する隙を与えてくれないだろう。そしてセブンには打開策もなく、放たれていた煙幕の煙が遂に晴れていくと、そこには――

「みん、な――」

 ――セブンはそれ以上の言葉を発することは出来なかった。シャムロックの仲間たちは、隙間なく捕縛されている者以外は、全てリメインライトとなっていた。代償のようにフードを目深に被った妖精の集団が現れており、今し方使っていたような武器を構え、それぞれセブンを見下すように笑っていた。少数ながら捕縛はされているものの、生き残っていたシャムロックのプレイヤーはいたものの、その男性プレイヤーと目が合うと、ばつの悪そうな顔をして目を逸らされた。

「何よ……わたしをどうする気よ……」

「だからメインディッシュだって……おおっと!」

 セブンの問いに楽しげに答えながら、セブンの髪の毛を掴んで拘束している、フード付きのリーダー格らしい男は笑う。そして捕縛されたシャムロックのメンバーが、何やら魔法を唱えようと隠れて詠唱しようとした瞬間、その指に装備されたリングをかざしていた。

「え……?」

 するとリングが光ったかと思えば、そのプレイヤーが唱えようとしていた魔法は、完成した瞬間にたちまち砕け散った。驚愕に目を見開くものの、魔法を無効化する指輪の話をルクスから聞いていたセブンは、彼らを件のPK集団だと確信する。

「おい、そいつもういいぞ」

 リーダー格らしい男の気軽な一言に、捕縛されていた男性プレイヤーは、踏み潰されてリメインライトと化した。足技のソードスキルらしく、拳法家のようなポーズを取ってみせるソレは、次はセブンの方に向かって来ていた。

「前菜も終わったところで……メインディッシュの時間だ。天才少女様の実験だか何だか知らないが、ウザいんだよ、この世界でそんなことよ」

「ッ――く、来るなら来なさいよ! 何かしようとした瞬間、牢獄送りにしてやるし、あんたらにやられた仲間がすぐに助けに来てくれるわよ!」

 もったいぶりながら拳法家風の男が近づく最中、再びセブンの耳元にそう呟かれた。それに負けじと怒鳴り返してはみたものの、誰がどう聞いてもやせ我慢にしか聞こえないのは、セブン本人にも分かっていた。このリーダー格らしい男の目をすり抜けて、牢獄送りにするボタンを押せるとは思えないし、仲間たちのリメインライトは消えていない為に彼らの意識はまだそこにある。仮に死に戻りしたしても、シャムロックの本部からここまでに時間がかかりすぎる。

「それに本隊は《黒の剣士》どもと戦ってる。アイツらにはまた別の機会だな、おい」

「……お姉ちゃん……」

 《黒の剣士》――というのは、セブンには分からなかったが、シャムロックの本隊たるスメラギたちも、この状況で助けに来るのは望めない。気丈に振る舞って敵を睨みつけていたセブンだったが、プレイヤーキラーたちは誰もそれに構うことはなく。無意識にセブンの口から零れ落ちた一言に――拳法家のようなプレイヤーキラーは、一瞬でその身を切り刻まれていた。

「え?」

「……あ?」

 奇しくもセブンとリーダー格の男の声が重なり、まるでプレイヤーキラーの墓標であるかのように、リメインライトには幾つもの剣が突き刺さっていた。そのいずれもがよくメンテナンスされた名刀であり、その突如として発生した剣へのどよめきは――『彼女』の叫びに全てかき消された。

「その子に手を出すなぁぁあ゛ぁぁぁぁぁぁ!」


 レイン――枳殻虹架の最初の記憶は、妹を守れなかった記憶だった。天才児だった妹はロシアの研究所へ、凡庸だった虹架は日本の学校へ別れることになり、離れたくないとせがむ妹を守ることは出来なかった。

 母の願い通りに平凡な少女として成長していった虹架は、いつしか歌手になることを夢見ていた。平凡なりに真剣に考えた夢を叶えようと、日夜、自分なりに特訓を重ねていた。

 ただし別れた妹は――もはや、自分の手の届かないところにいた。世界的なアイドルとなったかと思えば、研究者としても妹は成功していて、正直に嫉妬もした。特に、自らも志した歌の分野で、既に成功している妹の姿に。

 そして妹に対する何の対抗心か、まだ妹が手を出していなかった、VR世界ことSAOに足を踏み入れ――何とかこの現実世界に帰還した虹架を待っていたのは、VR空間の研究者として有名になっていた、妹の姿だった。

 それでもSAOの体験からVR空間に魅せられていた虹架は、そのまま新生ALOにもログインすると、ショウキやリズ達との出会いとともに――『姉』と『妹』としてではなく、アバター越しに『レイン』と『セブン』として、あちらは分からぬまま妹と再会することとなった。それならセブンをレインとして手助けをしつつ、妹に嫉妬しないような、立派な姉になったら名乗り出よう――そう決心し、シャムロックに入団した。

 そして現在に至り、このフロアボス攻略隊に参加していたレインは――このプレイヤーキラーの手口を、あの浮遊城で聞いたことがあったため、鍛えていた隠蔽スキルで不意打ちを回避することに成功していた。とはいえ煙幕で何も見えなかった為に反撃は出来ず、セブンの元に向かうことも適わなかった。

 ただし《隠蔽》に成功したレインの存在はプレイヤーキラーたちにバレてはおらず、このままダンジョンから逃げてシャムロックの本隊や、それらと戦っているショウキたちに協力を求めることが出来れば。質も量もともに逆転し、プレイヤーキラーたちを倒すことが出来るだろう。

 ――しかしレインは、捕まったセブンを見過ごすことが出来なかった。


「その子に手を出すなぁぁあ゛ぁぁぁぁぁぁ!」

 レインは耳をつんざくような裂帛の叫びをあげると、彼女の刀剣類を高速で発射するOSS《サウザンド・レイン》を展開し、セブンに近づこうとしていた敵プレイヤーを不意に圧殺する。その衝撃に《隠蔽》は効果を失い、プレイヤーキラーたちはレインの姿を発見する。

 ――いや、レインの姿だけではなく。その周囲に滞空する無数の剣を。

「七色!」

 頭に血が昇りながらも、レインは何とか状況を見定めてはいた。プレイヤーキラーたちはざっと数えただけでも二十人はおり、PvPの経験の多くないレイン一人に適う相手ではない。唯一、レインがプレイヤーキラーたちに勝るところがあるとすれば、彼女の切り札たるOSS《サウザンド・レイン》をおいて他ならない。

 無数の刀剣がプレイヤーキラーたちにそれぞれ殺到していき、レインもまた二刀を構えてセブンの元に向かっていく。OSS《サウザンド・レイン》によって発生する刀剣類を囮に、セブンを救出しダンジョンの横道に隠れる。それだけを考えてレインは駆け出した。

 自在に刀剣類を展開・射出出来るOSS《サウザンド・レイン》は確かに強力だが、目標に向かって真っ直ぐ飛んでいくだけのため、対人戦ではおおよそ当たる望みのない、モンスター用のソードスキルだった。さらに展開する刀剣はレインのストレージから解放されるため、有限であり長期戦には向かず――プレイヤーキラーたちが驚愕しているうちに、セブンを速攻で救出するしかレインにはなかった。

「七色を――離せェッ!」

 刀剣類をあるだけ周囲のプレイヤーキラーたちに放ち、レインは二刀を持ってプレイヤーキラーのリーダー格と対峙する。セブンの髪を掴んで拘束していたリーダー格は、セブンの身体を宙に投げ放ち、余裕の体勢でレインを迎え撃った。

「二刀か……忌々しいなぁ!」

「七色!」

 リーダー格が低く身を落とすと、レインの膝を切り裂かんと、高速で踏み込み斬撃を放つ。それをレインは跳躍することで避けると、そのままリーダー格の男を踏み台に、空中に投げ出されたセブンを救出する。最初から跳躍することしか考えていないような動き――それは当然だ、最初からレインには、セブンしか目に入っていなかったのだから。

「大丈夫!?」

「え……ええ……」

「じゃあ逃げ――」

 鮮やかに救出劇にセブンは目をパチクリさせていたものの、レインにそんな暇はない。セブンの手を引くと、すぐさまどこか横道に逃げようと――

「――え」

 ――自分たちを取り囲む、プレイヤーキラーたちの姿を見た。先に発射したOSS《サウザンド・レイン》では、まるで敵の隙を作ることは出来ていなかったらしく――結果的に、レインも敵陣に飛び込んだだけに過ぎなかった。

「残念賞……ってやつか?」

 レインに踏みつけられた場所を手でウザったそうに払いながら、リーダー格の男はナイフをレインたちに構えた。レインは反射的にルクスを庇うように立ち、ストレージに残る武器の数を横目に見つつ、セブンに言い聞かせるように呟いた。

「大丈夫……大丈夫だから……!」

「あなた……」

 とはいえ、逆転する策などレインにあるはずもなく。ジリジリと包囲を狭めるプレイヤーキラーたちに、レインには何の打つ手段はなく――彼女に出来ることと言えば。

「……助けて」

「わかった!」

 誰かに助けを求めることだけだった。そしてその助けを求める声は、このダンジョンにいるもう一つのパーティーに届いていた。

「ユウキ……?」

「うん! 助けに来た!」

 スリーピング・ナイツ。レインが逃げようと伺っていた横道から飛び出してきた彼女たちは、わざとプレイヤーキラーたちの包囲に侵入し、レインたちを守るように立ちはだかった。

「ボスの前の肩慣らしには、ちょうど良さそうな相手じゃない?」

「おう!」

「……わざわざ包囲の中に飛び込んでくれといて、馬鹿なんじゃねぇの?」

 メンバーの中でも取り分け好戦的な二人が気合い充分なものの、リーダー格の言葉にプレイヤーキラーたちは揃って嘲るように笑い出す。それでもスリーピング・ナイツのメンバーは、不敵に笑い返していた。

「こっちの方がまとめて倒しやすいし!」

「……ううん。囲まれたのは、あなたたちの方よ」

「あ?」

 アスナの一言とともに、ダンジョン内にまるで地震のような地響きが鳴りだした。もちろんこの浮遊城に地震などはなく、モンスターの反応はないが、それを疑って《索敵》スキルを使ったプレイヤーキラーの一人が見たものは。

「お、おい逃げ――」

 その警告が、それ以上発せられることはなかった。何故なら、その前に警告の対象が形となって、プレイヤーキラーたちの目の前に現れていたからだ。

「――みんな……」

 セブンは信じられないようなものを見たように、プレイヤーキラーたちを更に囲む集団の姿を見た。このダンジョンの入口でお互いに戦っていた筈の、シャムロック本隊とキリトやショウキたち――その総勢はプレイヤーキラーたちの数を優に越えていて、それぞれ武器を構えていた。

「よくもセブンちゃんの邪魔してくれたなゴルァ! やっちまえ!」

「手加減なんかいらないわよ!」

 クラインとリズの号令によって、プレイヤーキラーたちを袋叩きにせんと集まった妖精たちが一斉に攻撃を開始する。もはや魔法を消滅させる指輪など何のアドバンテージにもならず、人質のように捕縛されていたシャムロックのメンバーも、隙をついて続々と解放されていく。質と量、どちらの優位も失った上に、得意の不意打ちですらないプレイヤーキラーたちは、もはや敵にすらなっていなかった。中には破れかぶれになって、セブンに攻撃を仕掛けようとしていた者もいたが、そんな程度の敵にスリーピング・ナイツが苦戦する訳もなく。

 勝敗は明らかではあったものの、一時的に乱戦に持ち込まれていく光景を見て、セブンにレインはポカンと口を開けていた。

「セブン、レイン。大丈夫かい?」

「……酷いな、これは」

 そして乱戦を抜けて、レインたちの下にルクスとショウキが駆け寄ってきた。ショウキは眼下に広がる殲滅戦の光景に冷や汗を流しながらも、素早くレインたちの負傷具合を確認する。

「わたしは……守ってもらったから大丈夫だったけど。ショウキくん、これは……?」

 ショウキたちとシャムロックの本隊は、このダンジョンの入口で戦っているのではなかったか――というセブンの質問。それには共に来ていたルクスが、答えにくそうだったものの、苦笑しながら答えていた。

「私の友達が……その、あのPK集団の元リーダーで。さっき、この襲撃計画をメールで知らせてくれたんだ」

 どうせならもっと早く――とボヤくショウキをたしなめながらも、困ったように、しかし嬉しそうにルクスは笑って。あのPK集団のリーダーだった、ルクスの浮遊城時代の友人こと《グウェン》の姿はその集団の中にはいなかった。

「だから、友達のおかげで助けに来れたんだ。友達を」

「友、達……」

 一時は自身を捕まえて囮に使おうとした人物にもかかわらず、彼女を友人と言い切れるルクスの言葉に、セブンは自分たちを助けに来てくれたみんなのことを見つめ直した。この場に集まったみんなは、誰も同じ目的でこの場に集まったのだ。

「そういうこと! このフロアボス攻略勝負は、あとでやり直しだかんね!」

「……ううん。今回のフロアボス攻略は、まずそっちに譲るわ」

 直衛に回っていたユウキからも、そんな言葉が投げかけられたセブンは、自分の目を覚ますように頬を叩く。そしてレインから守られる体勢から自ら立ち上がり、ユウキ――スリーピング・ナイツに向かってそう宣言する。

「え、でも……」

「助けてくれたお礼。それに……わたしの目的は、もうみんなのおかげで叶ったの」

 プレイヤーキラーたちの行動はほぼ沈静化し、スリーピング・ナイツの面々は武器をしまってセブンの言葉に耳を傾ける。そしてセブンは最後の言葉は小さく呟くと、ストレージを操作してある武器を取り出していた。いや、それは武器というより――

「旗?」

「あ、それ……」

 ――セブンが取り出したのは、アスナもSAO時代に一悶着起こしたことのある、《ギルドフラッグ》と呼ばれる特殊武器。それを装備して戦闘すれば、旗に名前が刻まれたギルドのメンバーに、強力な追加効果がかかる――というものだった。しかし旗には何のギルドの名前も刻まれておらず、ユウキにそれは手渡された。

「本当はその旗にシャムロックの名前を刻んで、実験は終わりだったんだけど……もういいの。好きに使って」

「……うん。ありがと!」

 セブンの目的はある実験を成功させ、更に高名になることで姉を見つけようというもの。セブン自らが『もうその実験はいい』とまで言うのならば、それはすなわち――ユウキはそのことを察して、セブンからしっかりとギルドフラッグを受け取った。

「助けられてばっかじゃなくて、わたしだって友達に何かしたいもの。ほら、リーダーが名前を刻まないと!」

「え、えっと……こう?」

 セブンの指示を受けながら、ユウキは慣れない手つきで画面を操作していくと、みるみるうちに旗に字が浮かんでいく。スリーピング・ナイツ――その名がしっかりと旗に刻まれ、ユウキはそれを感慨深げに見つめていた。

「誰が持ちましょうか?」

「そりゃまあ……テッチじゃない?」

「ですよねぇ」

「あ……じゃあテッチ、お願い!」

「その……ユウキ」

 メンバーたちの素早い会話の後、ギルドフラッグはテッチの背中に装備される。似合うだの似合わないだの、勝手な感想を言い合うメンバーたちに、アスナが言いにくそうに声をかけていく。

「そのギルドフラッグなんだけど……本当に、同じギルドメンバーにしか効果がないの。だから、その……」

 浮遊城であのギルドフラッグの効果を知っているアスナは、その効力を読み上げながら、それ以上のことが言いにくそうに声を出す。それを早く、などと促すことはなくユウキたちは聞いていると、アスナは遂に核心を口にした。

「もう少しで解散するってことは分かってる。だけど……私を、スリーピング・ナイツに入れてくれないかな?」

「――もちろん! アスナなら大歓迎だよ!」

 待ってました、と言わんばかりにユウキはメニューを操作すると、アスナの前にメニューが表示される。それはもちろん、ギルド《スリーピング・ナイツ》の入団申請であり、いきなりな展開にアスナは驚きを隠せなかった。

「頼んでおいてなんだけど……いいの?」

「うん。ボクたちみんなで名前、刻みたいもんね」

「こっちから言い出そうか、って悩んでたんですよ」

 ユウキにシウネーの後押しを受けて、アスナは苦笑しながらもその申請を了承する。簡素なシステムメッセージが表示されるだけだが、アスナは嬉しそうに笑みを深めた。そして回復を終えたスリーピング・ナイツのメンバーたちは、すぐそこに見えるボス部屋の扉を臨んでいた。

「行こう、ユウキ!」

「うん! じゃあ……頑張ってねセブン! ――レインも!」

 それだけ言い残して、ユウキは――スリーピング・ナイツはフロアボスが待つ部屋にひた走っていく。それを最後まで見送ると、セブンはレインがいる方向に振り向いた。そちらにはショウキにルクスもおり、戦いはもうほとんど終わりを告げていた。

「守ってくれて、ありがと」

 最終的には包囲されてしまったとはいえ、ユウキたちが来るまで守ってくれたことにお礼を言うと、何故かレインは脅えたように後退りする。あまりセブンに目を合わせたくないのか、キョロキョロと違う場所を見てうろたえていて、まだどこか逃げる場所を探しているようだった。

「あんなに守ってくれて……もしかして、さ」

 もしかして――とは言ったものの、セブンはもう確信していた。なりふり構わずに助けに入る際に、レインが叫んでいた名前は『セブン』ではなく『七色』で。このVR空間であそこまで取り乱せるのは、良くも悪くも二年間ほどVR空間を現実として過ごしていた、SAO生還者しかいない。

「SAOに行ったって聞いて……凄い心配して……帰って来たとは聞いたけど、そこから連絡が途切れて……」

 何より、セブンに告げられたある言葉が、レインが自身の姉であることを証明していた。今よりも幼い時に、ずっと聞いていたその言葉は、セブンの――七色の脳に刻まれているのだから。

「大丈夫、大丈夫……って。お姉ちゃんなんでしょ……?」

 遂にセブンの口から溢れ出していた、これ以上なく核心をついた問いに、レインはピクリと身体を震わせた。そのまま足をゆっくりと後ろに動かし――がっしりと、ショウキに肩を掴まれていた。

「会いたいっていくら思っても、もう会えない人がいるくらい……分かるだろ……あの世界にいたなら」

 ショウキが告げた一言に、レインの動きはピクリと止まる。傍らに控えていたルクスの表情にも陰が差し、『あの世界』――かつてデスゲームだったこの浮遊城の経験が、それぞれ今も心に残っていることを思わせる。

「でもお前は、まだ会えるんだろ? ……会ってやれよ。頼むから」

「…………」

 それだけを言うと、ショウキはレインから肩を離した。しばしレインは前髪で目を隠すように、顔をうつむかせていたが――ゆっくりと、セブンに向き直っていく。

「……七色」

「――お姉ちゃん!」

 言葉はそれだけしか必要なく、セブンはレインに向かって思いきり抱きついた。


 
 

 
後書き
マザロザ、ロストソングともに山場が終わった感があります。あとマザロザで書くことと言えば……あっ(察し 

鬱だ、ペルソナ5しよう
 
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