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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百十五話

 新生アインクラッド第二十七層。そこのフィールドボスをどこかのグループが打倒し、遂にフロアボスへの挑戦権がALOをプレイする妖精たちに与えられた。懐かしい名である攻略組などとも呼ばれている、シャムロックやサラマンダー領などの攻略に熱心なグループは、こぞって迷宮区へと参戦し始めた。

 しかしそこに待っていたのは、一筋縄ではいかない迷宮の『入口』だった。プレイヤーたちを待ちかまえていたのは、エリア中に広がる無数の迷宮区への入口だったのである。そして人海戦術を用いて、それぞれのエリアの攻略を始めたプレイヤーたちだったが、それらは例外なく返り討ちにあった。

 その入口のどれもが、迷宮区のフロアボスではなく、邪神級のボスが待つ魔境へと繋がっていたからだ。偵察用の装備で適う相手ではなく、攻略組のプレイヤーたちは撤退を強いられた。

 そして、それら入口は全て罠だと感づいた攻略組は、NPCたちへの情報収集やクエスト攻略を始めた。そんな中であるクエストをクリアした瞬間、どうやら条件を満たしたらしく、NPCから有力な情報を手に入れることが出来た。

 あの幾多の迷宮区への入口は、どれもが正解でどれもが不正解であると。つまり、特定の時間にどこかの入口のみ、真のフロアボスにたどり着く道が開かれるのだと。門に設えられた宝石が光り輝く時、その入口はフロアボスにたどり着く道となる――

 ――そして、その特殊な形式である層にこそ、俺たちでもフロアボスに攻略する隙があった。

「光ったって! 風車近くの門!」

 門が光りフロアボスへの道が開かれる時間帯、リズのメールに情報提供のメールが届いた。リズベット武具店を利用するプレイヤーに協力を頼み、どこかの門が光ったら知らせてくれるように頼んだのだ。

「急ごう!」

 だが問題はここからだ。真の入口が分かった今、これからはどのグループが一番早く、フロアボスにたどり着くかの戦いが始まる。それが分かっているメンバーの間に緊張が走り、キリトの号令の下に、俺たちは風車近くの迷宮区の入口へ飛び立った。

「げ、知らせてくれたのフカじゃない……凄いお礼ふっかけてきそうなのに……」

「あいつならどうせリズと1日デートとかだろ……いや困るな、それは」

 とはいえアインクラッド上空を飛翔するいつものメンバーからは、緊張しているような姿勢は見られない。スリーピング・ナイツの正体――それを聞いた全員のモチベーションは高く。全速力で飛行していった結果、並んで立っている巨大な風車が見えてきて、その近くに本物の迷宮区の扉がある。近くにモンスターの姿は見えず、迷宮区の入口に着地すると――

「遅かったな」

「……スメラギ」

 ――そこには既に、シャムロックの部隊を率いたスメラギが立ちふさがっていた。しかしてその中にシャムロックの首長たるセブンの姿は見えず、どうやらセブンを始めとする本隊は、既に迷宮区に向かったらしい。小回りなら人数の少ない俺たちに分があると思っていたが、どうやらシャムロックを甘く見すぎていたようだ。

「マナー違反だが、お前たちをここから通すわけにはいかない。セブンがフロアボスを攻略するまでな」

 そう言い放つと、スメラギは野太刀を引き抜きこちらに向ける。セブンの為に、絶対に引く気はないと感じさせるその気迫に、俺は一歩前に出た。

「この浮遊城の情報は、俺たちの方が詳しいと思ってたけどな」

「ああ。SAO帰還者の情報には感謝しているよ」

 この厄介な迷宮区の入口の構造は、随分と様変わりしていたとはいえ、根本的にはかつての浮遊城と同じだった。故に俺たちは情報面ではリードしていると思っていたが、やはりスメラギたちシャムロックも、SAO帰還者からその情報を手に入れていたらしく。

「なら……その情報は、そんなトラップを力づくで突破した馬鹿のことはあったか?」

「……何? ……あのインプたちは、どこだ?」

 こちらからの意味深な問いに対して、スメラギはハッとしてこちらのメンバーに目をやった。こちらのメンバーは、確かにいつも通りのメンバーだったが――ユウキたち、スリーピング・ナイツとアスナは既にいなかった。俺たちがいくらシャムロックと戦おうが、ユウキたちがフロアボスに挑戦出来なければ、まるで意味はないというのに――

「っ――おい、セブンたちを追え!」

「――いや、こっから先は通行止めだぜ」

 こちらの考えに感づいたらしいスメラギが、急ぎシャムロックの他のメンバーに指示を出すものの、既に遅かった。目にも止まらぬ速さでキリトが迷宮区の入口の前に立ちはだかり、かの聖剣エクスキャリバーを片手に見栄を切ってみせた。このゲームのプレイヤーならば知らぬ者はいないその聖剣に、シャムロックのプレイヤーたちは揃って息を呑んだ。

「お前らがここを通さないんじゃない。俺たちがここを通さないんだ……スメラギ」

「貴様――」

 かつてこの浮遊城アインクラッドでは、数ある入口の中で一つだけが正解――という形式であり、ハズレの場合には強力なモンスターが中ボスとして現れる、というペナルティーがあった……のだが。その中ボスをペナルティーと知らずに倒してしまい、正解やハズレの入口といった情報は、この層が終わってから判明したということがあった。そのあまりかっこいいとは言えない情報は、ペナルティーの中ボスを倒してしまった、当の本人と当時の攻略組の一部しか知る由はない。

 つまり、常に最前線で攻略してきたキリトにアスナしか、知り得ない情報において。スリーピング・ナイツたちは、既に偽の入口から本物の出口へと向かっていた。偽の入口から入った相応のペナルティーはあるだろうが、スリーピング・ナイツの面々ならば、フロアボス前のいい肩慣らしになるだろう。

「よし! ユウキたちがフロアボス蹴散らすまで暴れてやるわ!」

「はい!」

 先程正規のルートを通ったセブンたちと、随分と前から遠回りのルートを通ったユウキたち。どちらが早いかは分からないが、もはや俺たちが出来ることは、シャムロックの増援をこれ以上通さないことだ。こちらの企みを伝えてセブンたちの進行スピードを速くしたり、スリーピング・ナイツを足止めする部隊などが組まれてしまえば、フロアボスへの挑戦は絶望的だ。

「っしゃあ! 挟み撃ちだキリ公!」

「無茶言うな!」

 向こう側にはキリトしかいないものの、とりあえずは挟み撃ちのような形となっていた。特攻隊長が如くクラインとリーファが集団に切りかかっていき、それを合図にシャムロックのメンバーの腕に矢が放たれていく――俺たちとは、まるで違う場所からだったが。

「よく当てるね……あの距離から」

「ですよねぇ……」

 特攻した二人に遅れて戦闘態勢に入った、ルクスにシリカの呆れ半分関心半分の声が耳に届く。こちらの位置が分かるユイの協力があるとはいえ、久々にもかかわらず、相変わらずのスナイパーっぷりに舌を巻く。……いや、苦笑いするとともにシャムロックのメンバーに同情する。

「シノン、間に合ってくれて助かったわねー」

「ああ」

 気がつけば自分の後ろに立っていたリズの言葉に、心の底から頷いて。帰省していたが、先日こちらに戻ってきたかのスナイパーがいる空を見ると、その姿はまるで見えない。一体どこから撃っているのか想像もつかないが、その支援は素直にありがたい。

 とはいえ、いつまでも空を眺めている訳にもいかず。後ろにいたリズの方を見ていると、準備体操が如く肩を回して、好戦的な笑みを浮かべていた。こちらのそんな視線に気づいたのか、リズは首を傾げてこちらを見つめてきた。

「どうしたの?」

「いや……リズももう突っ込んでるもんだと思ってたけど、意外だな」

「あたしを何だと思ってんの……あんたの背中、押しに来たのよ。……ほら、お呼びみたいじゃない」

 そうしてリズが俺の背中をポンと叩くと、正面にスメラギの姿があった。リズベット武具店でお求めになった巨大な野太刀を構え、刀の切れ味に等しい眼光をこちらに向けていた。

「……じゃ、頑張んなさいよ」

 そうリズは耳元で囁いて。メイスを構えてシャムロックの集団の方に向かっていき、スメラギの側面を通過していく。それをスメラギは何の意識もせずに通り過がせ、周りには俺たち二人だけとなった。

「これはお前の策か」

「まさか。俺はそんなこと考える役割じゃない」

 スメラギが語るこれ――要するにこの状況のことだろうが、これらについてはまるで俺は関わっていない。中層から攻略に関わった俺には、件の罠を正面からぶち壊したキリトとかいう馬鹿のことも知らなかったし、スリーピング・ナイツの強硬突破もアスナの発案だ。

 ならば、俺の役割とは何か。

「ここでお前を抑えることは出来る」

「……望むところだ」

 挑発するように返したこちらの言葉に、スメラギは眼光をさらに鋭く尖らせた――心なしか、笑みを浮かべていたようにも見える。そもそも、何故いつもセブンの隣に連れ添っていたスメラギが、ここで俺たちを待ち構えていたのか。その答えとともに――

「貴様と決着をつけたいと思うのは、こちらも同じだ!」

 ――戦闘は開始された。スメラギの周囲にウォーターカッターが展開され、それはカマイタチのように俺に襲いかかった。それを風のアタッチメントを装着した日本刀《銀ノ月》による抜刀術の風圧で吹き飛ばしたが、スメラギは力任せにその風圧を切り裂き接近してみせた。

「光栄な……話だ!」

 こちらを両断にかかるスメラギの野太刀を銀ノ月で防ぎ、一時だけ鍔迫り合いが起きて二人は拮抗する。スメラギは過去に一度初撃決着ルールでデュエルしたことがあるが、今回はデュエルの申請をしていない――つまりルール上の終わりはなく、ただ戦い続けるのみだ。前回は紙一重でこちらに軍配が上がった故にか、スメラギの気迫も並々ならぬものだった。

「ッ!」

 やはり単純な筋力値の勝負には勝てず、わざと吹き飛ばされることで無理やり後退するが、スメラギの追撃も素早い。肩口から切り裂いてくる野太刀の一撃を、翼を展開して空中に飛翔すると見せかけながらしゃがんで避けると、そのまま足払いの蹴りに移行する。

「ぐっ!」

 スネを痛烈に叩きつけた足刀《半月》による一撃に、さしものスメラギも体勢を崩したようだったが、翼を展開することで空中に浮かび上がった。よって足払いは効果を無くしてしまうと、スメラギは動きが重い野太刀の代わりに、刀を持っていない手をこちらに向けてきた。

 そして完成する呪文。スメラギの片腕から水流がポンプのように放たれたが、呪文詠唱の隙は俺に日本刀《銀ノ月》に新たなアタッチメントを装着していた。風属性の次は雷属性――イカヅチを纏った日本刀《銀ノ月》の刃が水流を斬り裂くと、電流は水流を伝わってスメラギの動きを止める。

「ぬっ……!」

「ってぁ!」

 水流を伝わって雷を受けたスメラギの動きが硬直した瞬間、しゃがんだ体勢から起き上がるとともに、スメラギの腹に蹴りを打ち込んだ。腹蹴りはクリーンヒットしてスメラギの胃袋から空気が吐き出され、一瞬の思考の空白を作り出した。

 そのまま首を狩らんと日本刀《銀ノ月》を振り払うものの、周囲に先程斬り裂いた水流が滞空しているのに気づく。そのまま雨のようにパラパラと降り始めたかと思えば、それらは氷となって俺に襲いかかった。魔法によって生じた氷の落下速度は、こちらの日本刀《銀ノ月》を振る速度よりも速く。

「っ……!?」

 瞬時に後退を選択してバックステップで離れると、今まで俺がいた大地に氷がツララとなって突き刺さり、何事もなかったように消えていく。気づかなければ今頃は――とゾッとしていると、今度は俺が今立っている大地が爆散した。驚愕とともにスメラギを見張ると、野太刀にはソードスキルの光が灯っている。

 ソードスキル《浮舟》。相手を上空に浮かすカタナのソードスキルコンボの始動技であり、スメラギの強烈な一撃は、大地を爆散させたように俺に錯覚させたのだ。続いてスメラギは、素早い三連撃であるソードスキル《緋扇》に移行する。その三連撃を翼を使って体勢を整え、野太刀を足刀《半月》で蹴りつけることで衝撃を相殺し、グルリと回転して大地に着地する。

「っ……」

 とはいえ巨大な野太刀と足に仕込んだ刀では、その威力の差は一目瞭然。ダメージはこちらの方が多く、着地して日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいながら舌打ち一つ。悠然とこちらに歩いてくるスメラギは、正面に野太刀を構えて再びソードスキルの光を灯らせていた。

 ソードスキルの光を放ちながら、放たれる上段からの一撃――いわゆる『面』の一撃に、俺は抜刀術を側面からズラそうとした瞬間、足を切り裂かれた感触が伝わってきた。

「――――ッ!」

 確かにスメラギの一撃は上段からの面だった。ただし刃とダメージは足にあり、追撃態勢に入ったスメラギからとにかく逃れようと、全力で空に飛翔していく。もちろんスメラギも追撃に翼を展開するものの、そこは風魔法を伴ったクナイで牽制しておく。

 スメラギが先に放ったのは、ソードスキル《幻月》。上段か下段か、ランダムに斬撃を生じさせる単発ソードスキルだ。あのわざとらしい上段からの一撃はフェイクだったらしく、まんまと引っかかり下段の斬撃に足がやられてしまう。蹴りはおろか地上戦も怪しいその怪我を圧しつつ、スメラギにさらにクナイを投げ放った。

「…………」

 しかし、クナイはスメラギの元に届くことはなく、スメラギの周囲の大地に落下してしまう。落下したクナイをよく見てみれば、その鉄に冷気がまとわりついている――と気づいた瞬間、スメラギの前方に魔法陣が生じていた。氷魔法最大の攻撃魔法と言われても納得の威圧感を誇るその魔法に、俺は日本刀《銀ノ月》を抜き放った。まさか斬り裂けるとは思っていないが――

「せやっ!」

 鞘にアタッチメントを装着しながら、魔法陣に向けて刀身を発射。先程のクナイと同様に、スメラギに近づいただけで氷結していってしまい、勢いが無くなってしまう。まさに攻防一体の魔法だったが、刀身が纏ったのは氷ではなく『炎』――炎属性を付与するアタッチメントを装着した刀身は、炎を纏うことで勢いを失わずに発射された。

「なっ――」

 そして刀身は魔法陣の中心に着弾するとともに、スペルブラストを発生させスメラギの魔法を破壊する。ガラスのようにバラバラと散る魔法陣に紛れて、新たに生成された刀身とともに、俺は高速で飛翔し日本刀《銀ノ月》を振り下ろした。

「――っぐ――」

 魔法を破壊する特性を持つ日本刀《銀ノ月》に驚愕はしたものの、スメラギの肉体には何のダメージはない。素早く驚愕による身体の硬直から抜け出し、こちらが振り下ろした日本刀《銀ノ月》を野太刀で受け止め、再び鍔迫り合いが発生する。とはいえ、鍔迫り合いでは筋力値の高いスメラギに適わないと先にも証明されたため、わざわざもう一度こちらから挑むわけはなく。

「――っあ!?」

 リズ制作のガンドレットに覆われた左手が、スメラギの頬に吸い込まれるように炸裂した。最初からこちらが狙いだったその殴打は、高速飛翔の勢いを任せてスメラギを吹き飛ばした。その衝撃で武器を取り落としてくれればラッキーだったが、野太刀はしっかりとスメラギの手に握られたままだった。それでも大地と平行に吹き飛んだスメラギに向け、日本刀《銀ノ月》を構えていた。

「そこだ!」

 再び日本刀《銀ノ月》の刀身を発射。アタッチメントの効果時間が切れてしまったため、もう刀身に炎はないが、それでも弾丸のようにスメラギを追従する。吹き飛ばされて受け身を取ったスメラギの眼前に、刀身の弾丸が迫り――

 ――こちらの胸部に、深い切り傷が与えられていた。

「なっ……?」

 切り裂かれた部分をまるで血が出ないように押さえ込み、そのまま翼をはためかせ少しだけ後退する。一瞬。一瞬の間に何かが――スメラギの眼前に迫っていた刀身の弾丸を吹き飛ばし、こちらにダメージを発生させる何かが起きた。あの時、発生したのは――

「これはいい刀だな」

 殴り抜けられた頬を庇いながら、スメラギが野太刀を構えて立ち上がる。リズベット武具店で購入したそれを褒められるのは、決して悪い気はしないが、今はそんな場合ではない。とはいえ何か今の不可解な一撃のヒントがあるかと、休憩がてらスメラギの言葉を聞いておく。

「この力強い刀のおかげで、インスピレーションが固まった。もう遅いかも知れないが……見せておこう、フェアにな」

 野太刀を右手にしっかりと握り、こちらに刃を見せるように構える。するとソードスキルの発光が発生したかと思えば、その発光がそのまま凝縮していき、巨大な腕のような形に光を形作っていく。いや、腕だけではなく――光の腕には、さらに巨大な光の野太刀が握られていた。

「ハッ!」

 それはスメラギの腕と刀とは別に、具現化された巨大な光の腕と刀。スメラギの裂帛の気合いとともに、巨大な刀が力任せに振り払われると、先程後退していた為に射程外の俺の鼻の先をかすめた。

「OSSシステムを利用したソードスキル、《テュールの隻腕》前回、お前のOSSは見せてもらったのでな。……紹介は遅れたが」

 奇しくも先のレインと同じく、OSSに魔法やスキルも使っているようだが、とにかくアレがスメラギのOSS。自らとは別に巨大な腕と刀を具現化し、力任せに振り払うOSS《テュールの隻腕》――その威力と射程は、離れた距離にいたこちらの胸部を切り裂くほどだ。どのような動きか設定しなくてはならないOSSの制約上、攻撃方法は力任せに振り払うしかないようだが――それでも驚異的な射程と威力を誇る。足にダメージを負ったこの状態では、恐らくは回避もままならない。

「今度は、こちらから行かせてもらおうか」

 スメラギのOSS《テュールの隻腕》の対応策を思索しきれないまま、スメラギが翼を展開しながらそううそぶいてみせる。スメラギの狙いは、OSSを見せびらかすことで、こちらの動きを制限することだろうが――分かっていても引っかかってしまい、こちらが後手に回ってしまう。

「せっ!」

 こちらが日本刀《銀ノ月》を鞘に収めると、まずは牽制のウォーターカッター。それを高高度に飛翔することで避けたが、既に上空にはスメラギの姿があった。上空という死角からスメラギの野太刀が放たれるが、それを今度は翼を閉じることで落下し避けると、風魔法を纏ったクナイを数発投げ放った。いつもなら蹴りに持ち込むところだが、あいにくスメラギのソードスキル《幻月》によって負傷したままだ。

「……ほう」

 高速で飛来するクナイだったが、低級魔法のウォーターカッターと相殺され、スメラギの元には届かない。しかしクナイのうち一本に仕込まれていた煙玉が、ウォーターカッターと相殺することで作動し、俺とスメラギの周囲を白い煙が充満した。お互いにお互いの居場所が分からなくなり、スメラギの感心したような声が空気を鳴らす。

「ハッ!」

 というのも一瞬だけだった。再び放たれたスメラギのOSS《テュールの隻腕》により、煙ごと大地まで横一線に薙ぎ倒された。煙を風で吹き払いながらも、俺がどんな風に逃げていようが殺す必殺の一撃。

「範囲内にいれば、な」

 既に俺は煙に紛れてスメラギより上空にいた。眼下の全てを薙ぎ倒すOSS《テュールの隻腕》は、上空にいる俺に届くことはなかった。そしてスメラギの飛翔を司る翼を斬り落とさんと、日本刀《銀ノ月》を引き抜くと。

「……分かっているとも」

 ――スメラギの眼光が俺を射抜く。そのまま身体も反転すると、OSS《テュールの隻腕》は維持されたまま、上空をも薙ぎ倒す一撃となって空に放たれた。力任せに振り払う一撃は、回転斬りのように全方位をカバーしているらしく――上空に誘われていたことに気づく。そのサイズの違いから、届くのはこちらの刀より向こうより速く。

「終わりだ!」

「それは……」

 軍神の腕を模した一撃が、俺の側面から叩き込まれた。大木すらも易々と薙ぎ倒すだろう一撃に、俺の妖精としてのアバターが耐えられる筈もなく、直撃した部分がすぐさまポリゴン片と化していく。

「……どうかな!」

 ただし俺はその場から動かなかった。滞空することに翼の全力を懸け、日本刀《銀ノ月》をスメラギに向けて突きの体勢をとる。彼の最大の威力を誇るであろうOSS《テュールの隻腕》を前に、ポリゴン片と化すことなく活動する俺に、スメラギは驚愕の面もちでこちらを眺めていた。

「何故……!」

 そしてスメラギは何が起きているかを悟る。俺の側面から今もなお、圧倒的な威力を伴って襲いかかるOSS《テュールの隻腕》が、どうして俺をポリゴン片とすることが出来ないのか。それは俺の側面に装備されている、最も堅い装備品によるものだった。

「こいつを壊したいなら……世界ごと壊す威力を持って来い!」

 日本刀《銀ノ月》の鞘。側面から襲いかかったOSS《テュールの隻腕》は、日本刀《銀ノ月》の鞘に防がれていた。得意とする抜刀術の連打に耐えられるように、特別に強固に作られているその鞘は、大木を易々と薙ぎ倒す程度の並大抵の一撃ではビクともしない。衝撃で吹き飛ばされることはあるかも知れないが、それは翼が全力で滞空しているため、俺は遂に改心の距離でスメラギを捉える。

 そしてスメラギはOSS《テュールの隻腕》を展開しているため、ソードスキルの不文律によってその場を動くことは出来ずに。OSS《テュールの隻腕》が散らす閃光とともに、突きの体勢から今度はこちらのOSS《無明剣》を発動する。

「せぇぇぇぇっ!」

 一の太刀、二の太刀、三の太刀。それら全てを同じタイミングで別の位置に発生させる三段突きであり、スメラギのHPを削り取ることの出来る防御不可の一撃。OSSの特性を活かして作り出された、俺に出来る唯一のソードスキルが、スメラギの急所をめがけて放たれた。

「――がっ!」

 こちらのOSS《無明剣》を喰らったスメラギの苦悶の声――ではなかった。とはいえ俺の声でもなく、ならば今の苦痛を伴った声は何だったのか。

「っ!?」

 確かにその声の主はスメラギだった。だがこちらのOSS《無明剣》は空を裂いた――スメラギは質量を持った氷を発生させる魔法を唱え、それを自身にぶつけて衝撃により吹き飛ばし、無理やりOSS《無明剣》を回避したのだ。いくら高速と言えども突き――幾分か側面にズレてしまえば、確実に回避されてしまう。

「せぇぇぇい!」

 そしてスメラギのOSS《テュールの隻腕》も強制終了し、今度はこちらがソードスキルの隙を突かれる番だった。空を裂いたOSS《無明剣》の隙を晒す俺に、不思議と俺と似通った気合いの叫びを伴って、スメラギの野太刀が煌めき――

「な――?」

 ――スメラギの腕と翼は斬り裂かれていた。もちろん斬り裂いたのは俺と日本刀《銀ノ月》であり、血を払うように刀身を振り払うとともに、翼を失ったスメラギは地上に落下していった。

「動くなよ」

 地上に翼を失って落下したスメラギは、何とかそのHPを保ってはいたが、日本刀《銀ノ月》が首に向けられていた。リメインライトにはなっていないものの、勝敗は明らかな決着にスメラギは両手を上げた。

「……降参、だ」

 溜め息混じりに放たれたスメラギの一言に、俺は日本刀《銀ノ月》を鞘にしまってポーションを飲み込んだ。最後まで倒す気はなく、スメラギも今更反撃する気はないらしく、苦笑とともに無抵抗の意志を示していた。

「最後。どうやって俺の腕と翼を斬り裂いた?」

「OSSは三段突きじゃないってことだ」

 最後の決着に関わる攻防への問いについて、その返答だけでスメラギは察したらしい。こちらのOSSは、同じタイミングで別の箇所を突く三段突きだけではない、ということ――三つの突きが避けられた時の為に、素早く移行される側面への横斬りがあるということを。突きというのは元来、横斬りへの派生が出来やすい攻撃方法であり、例え突きが三段突きだろうと例に漏れない。

 それが俺の連続『四連撃』OSS《無明剣》。三段突きとその直後に放たれる横斬りである。

「手の内を先に見たと思っていたが……まだ隠していたか」

 悔しげなスメラギの声が耳に残る。以前にスメラギと初撃決着モードでデュエルした時には、三段突きのみで決着がついたため、スメラギはこの最後の四連撃目のことは知らなかった。この情報の間違いを利用した一撃だったために、もう成功することはないだろうが……何とか勝利は納めた。

「あとは……ダンジョン内でのことだけだな」

 ――だが、俺はここで失念していたことがあった。この層の特異な迷宮区の入口について、攻略組にも知り得ない情報のことを。アインクラッド攻略当時に、何の変哲もない中層になったこの層だったが、一般プレイヤーはわざわざ好き好んで、偽の入口には入ろうとしなかったため――

 ――オレンジプレイヤーの、格好の居所になっていたのだ。

 
 

 
後書き
唐突ですが決戦です。ロストソング的にはもう終盤で、マザロザも見せ場ですねぇ

ガルオプ? はて?
 
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