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SAO~円卓の騎士達~

作者:エニグマ
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第五十二話 VRMMOの本当の姿

~和人 side~

「それでは今日はここまで、課題ファイル25と26を転送するので来週までにアップロードしておくこと。」

午前中の最後の授業(古典文法)が終わり、教師が大型パネルの電源を落としてから立ち去ると、広い教室には弛緩した空気が漂った。
俺はマウスを操り、ダウンロードされた課題ファイルを確認してから、大きな溜息を吐いた。
端末をバックに放り込み、肩に掛けて立ち上がろうとすると、隣席の仲のいい男子生徒が見上げて言ってきた。

「あ、カズ、食堂行くなら席取っといて。」
「無理無理、今日は《姫》と、だろ。」
「あ、そうか。 ちきしょう、いいなぁ。 じゃあ、リュウ、席取っといてくれるか?」
龍也「残念だったな。 俺も用事があるんだ。」
「・・・おのれ、リア充共、爆発しろ!」

俺達二人は苦笑いをしながら教室から出る。

龍也「じゃ、また後で。」
和人「おう。」

階段の所で、俺は下に、龍也は上に向かう。

和人「よ、明日奈、今朝ぶり。」
明日奈「うん、今朝ぶりだね。」
和人「ああ、疲れた、腹減った。」
明日奈「じゃ、早速ご飯にしようか。」

そう言ってから明日奈は、バックの中からバスケットを取り出した。
今日のメシはなんだろうか、楽しみだな。

明日奈「あ、そうだ。 キリト、じゃなかった和人君。 ここって食堂から丸見えなんだよ。 知ってた?」
和人「なぬ!?」
明日奈「使ってるのは騎士団の皆とリズだけどね。」
和人「なら、まぁ、良いか。」
明日奈「じゃ、今度こそご飯にしようか。」

木綿季は隣に置いたバスケットを膝の上に乗せ、蓋を開けた。
キッチンペーパーの包みを一つ取り出し、俺に差し出す。
受け取って紙を開くと、それはレタスのはみ出た大ぶりのハンバーガーだった。
香ばしい香りに刺激され、かぶり付く。

和人「こっ、この味は、」
明日奈「ふふっ、やっぱり覚えてたね。」
和人「忘れるもんか。 第74層の安地で食べたハンバーガーだ。」
明日奈「味の再現に苦労したよ。 こんなに苦労するとは思わなかった。」
明日奈「で、和人君。 午後の授業は?」
和人「今日はあと二コマかな。 まったく、黒板じゃなくてELパネルだし、ノートじゃなくてタブレットPCだし、宿題は無線LANで送られてきやがるし、これなら自宅授業でも一緒だよなぁ。」

ぼやく俺を見て、明日奈が笑った。

明日奈「パネルとかPC使うのは今の内だけらしいよ。 そのうち、全部ホログラフィになるって。 此処は次世代の学校のモデルケースになるらしいよ。」

この特殊な《学校》に通う生徒は全て、中学、高校時代にSAO事件に巻き込まれた者が通う場所だ。
この学校で卒業すれば、大学の受験資格が与えられる。
表向きはそのようになっているが。
実際は、SAO帰還者を一つの場所に集めておきたいのだろう。
俺を含めて、自衛の為に他のプレイヤーに手を掛けた者は少なくないし、盗みや恐喝といった犯罪行為は記録に残らない為チェックのしようもない。
基本的に、アインクラッドでの名前は出すのは忌避されているのだが、顔がSAOと同じなのだ。
俺達《円卓の騎士団》の主力メンバーは、キャラネームを出さなくても、入学直後に即バレしたのだが。
尤も、すべて無かったことにしようと言うのは無理な話なのだ。
あの世界での体験は、夢でもなく現実なのだし、その記憶は、それぞれのやり方で折り合いを付けていくしかないのだ。
明日奈の小さな手を優しく握った。
この小さな手に何度も助けられた。
《はじまりの街》を出てから、クリアされるまでの二年間。

ちなみに須郷はと言うと。
あの日病院の駐車場で逮捕された須郷は、その後も醜く足掻きに足掻きまくった。
黙秘に次ぐ黙秘、否定に次ぐ否定、最終的には茅場晶彦に背負わせようとした。
須郷は『僕は人体実験には関わっていない。 僕は無実』と主張し、黙秘を続けた。
だが、それも茅場によって見つけられた実験データ。
その中にアーサーの洗脳に関してのデータが有ったのだが、
それが決め手となり、須郷は無期懲役、部下も懲役四十年となった。
因みに裁判に被害者として出廷した龍也曰く、『嫌な事、思い出させんなよ。 けどまぁ、ざまぁ』らしい。
奴の手掛けていた、フルダイブ技術による洗脳という邪悪な研究も、初代ナーヴギア以外では実現不可能であるということが判明したのだ。
ナーヴギアは全て廃棄され、そして万が一の対策も可能にしたらしい。

幸いであった事は、300人の未帰還者プレイヤーに人体実験中の記憶が無かったことだ。
精神に異常を来してしまったプレイヤーは居らず、全員が十分な加療ののちに社会復帰が可能だとされている。
残念になってしまったことは、VRMMOというジャンルゲームそのものが、回復不可能な打撃を被ったことだ。
今度こそ安全、と展開したALOを含むVRMMOゲームが、須郷の起こした事件によって全てのVRワールドが犯罪に利用される可能性がある、と注目されてしまったのだ。
ALOも運営停止に追い込まれ、中止を免れないだろう。
だが、それを茅場に相談したところ、あの大先生、とんでもないものを出してきた。
それが《ザ・シード》だ。
それを俺に渡し、『これをどうするかは君達に任せる。』と言ってきた。

明日奈「ところで、き、和人君。 今日のオフ会だけど、」
和人「ん?」
明日奈「直葉ちゃんって来るの?」
和人「あぁ。 来るよ。 後、キバオウにディアベル、シンカーさんとユリエールさん、ヒースクリフも誘ったけど用事が有って行けないってさ。 ま、二次会には間に合うらしいけど。 あ、でもシンタローは来るぜ。 ただ、リンとゴウは学校の寮暮らしだからな~。 二次会からしか来れないってさ。」

因みに現在二十歳のシンタローは茅場にその能力を買われ、研究員として、働いているらしい。
本人は渋々了承したらしいが、今は生活が充実してるとのこと。

そして、その日の夜。
オフ会を開催する場所は、エギルが経営している≪Dicey Cafe≫。
店のドアには、無愛想な文字で《本日貸切》木札が掛けられている。
俺は隣の直葉に顔を向け、言った。

和人「スグは、エギルと会ったことあったっけ?」
直葉「うん、向こうで二回くらい一緒に狩りをしたよ。 おっきい人だよね~。」
和人「言っとくけど、本物もあのマンマだからな。 心の準備しておけよ」

直葉の向こうで、明日奈がクスクス笑った。

明日奈「最初見た時は驚いたよ。」
和人「俺も最初はびびったな~。」
龍也「おう、お前らも丁度か。」
直葉「あ、龍也先輩。」
龍也「だから先輩は止めろって。」

後ろからの声に振り向くと、龍也と桜がいた。
それを見た俺は一気にドアを押し開けた。
店の奥では《SAO攻略記念パーティー》と書かれた横断幕が掲げられ、皆の手には飲み物のグラスが握られており、かなり盛り上がっていた。

和人「おいおい、俺たちは遅刻してないぞ。」
龍也「あぁ。 俺達は、時間通りに来たハズ。」

俺と龍也がそう言うと、リズベット、もとい里香が進み出て来て言った。

里香「主役は最後に登場するものですからね。 あんた達には、ちょっと遅い時間を伝えてたのよん。 さ、入った入った。」

俺たち二人は店内に引っ張り込まれた後、飲み物を受け取った。
リズがステージの上に立つと、店内に流れるBGMが途切れた。

里香「えー、それでは皆さん、ご唱和ください。 せーのぉ!」
「「「「「「キリト、アーサー、SAOクリア、おめでとー!!!!!!」」」」」」

全員の唱和。 盛大なクラッカーの音。 拍手。
今日のオフ会――《アインクラッド攻略記念パーティー》。
店内には、俺の予想を遥かに上回る人数が参加していた。
ステージに立っているリズが言ってきた。

里香「さ、キリトとアーサーで、乾杯の音頭をとって。」

これは、予定に無かったはずだ。
参加しているメンバーが歓声や、口笛を吹きながら、俺と龍椰を壇上に押し上げた。
俺と龍也が『せーの』と息を合わせ、

和人、龍也「「それでは皆さん、乾杯―!!」」
「「「「「「「カンパーイー!!!!!」」」」」」

乾杯の後、エギル特製の巨大ピザの皿が何枚も登場する辺りで、パーティーは完全なカオス状態に突入した。
明日奈は、リズに連行されていたが。
余計な事は言うなよ。
俺はカウンターに辿り着き、スツールに腰を下ろした。

和人「マスター、バーボン。 ロックで。」

いい加減なオーダーと告げると、白シャツに黒の蝶ネクタイ姿の巨漢が俺を見下ろしてから、本当にロックアイスに琥珀色の液体を注いだ、ダンブラーが滑り出てくる。
恐る恐る舐めてみれば、ただの烏龍茶だった。
ニンマリ笑う店主を見上げて、唇を曲げていると、スーツ姿にネクタイを締め、額に趣味の悪いバンダナを巻いている男が、俺の隣に座った。
風林火山ギルドリーダー、クラインだ。

クライン「エギル、オレには本物をくれ。」
エギル「おいおい、いいのかよ。 この後会社に戻るんだろう。」
クライン「へっ、残業なんて飲まずにやってられるかっての。」
龍也「じゃ、俺はジンジャーエール。」
拓真「俺は、そうだな。 コーラあるか?」
佑真「あ、コーラもう一つ。」
シンタロー「いや、コーラ三つだ。」

それから反対側のスツールに、もう一人の男が腰を降ろした。
元《軍》の最高責任者、シンカーだ。
俺はグラスを掲げると、言った。

和人「そういえば、ユリエールさんと入籍したそうですね。 遅くなりましたが、おめでとう。」

俺はグラスを合わせた。
シンカーは照れくさそうに笑った。

シンカー「いやまぁ、まだまだ現実に慣れるのに精一杯って感じなんですけどね。 ようやく仕事も軌道に乗ってきましたし、」

クラインもダンブラーを掲げ、身を乗り出した。

クライン「いや、実にめでたい! そういえば、見てるっすよ、新生《MMOトゥデイ》。」

シンカーは再び照れた笑顔を浮かべた。

シンカー「いや、お恥ずかしい。 まだまだコンテンツも少なくて、それに、今のMMOの事情じゃ、攻略データとかニュースとかは、無意味になりつつありますしねぇ。」
キバオウ「ま、それもあの城での事に比べれば、軽いモンや! なぁ、ディアベルはん。」
ディアベル「まったくその通り。 皆で力を合わせればどんな事も出来る。 それをあの城で教えて貰ったから。」
龍也「ま、でもそんな心配はいらないさ。 今日の二次会以降から新しいVRMMOの世界が始まるんだからな。」
拓真「あぁ。 ところでエギル、アレは?」
エギル「《ザ・シード》か? すげえもんさ。 今、ミラーサーバーがおよそ五十、ダウンロード総数は十万、実際に稼働している大規模サーバーが三百ってとこかな。」

《世界の種子》。
それは茅場の開発した、フルダイブ・システムによる全感覚VR環境を動かす為の物。
《ザ・シード》と名付けられた、一連のプログラム・パッケージだった。
《カーディナル》システムを整理し、小規模サーバーでも稼働出来る、その上で走るゲームコンポ―ネントの開発支援環境もパッケージリングした。
VRワールドを作りたいと望む者は、パッケージをダウンロードして、回線のそこそこ太いサーバーに接続すれば、それだけでVRワールドが誕生する。
《真なる異世界》を求め続ける、果てしない夢想だ。
俺は事前にエギルに依頼し、《ザ・シード》を全世界にばら撒きサーバにアップロードし、個人でも落とせるように完全開放させた。
死に絶えるアルヴヘイム・オンラインを救ったのが、この《ザ・シード》だ。
それから、次々にVRサーバーが稼働したのだ。
《ザ・シード》の利用法は、ゲームだけに留まらなかった。
教育、コミュニケーション、観光。
これにより、カテゴリーのサーバーが誕生し日々新たな世界が生まれるのだ。
シンカーは苦笑しながらも、何処か夢見る眼差しで言った。

シンカー「私たちは、多分いま、新しい世界の創生に立ち会っているのです。 その世界を括るには、もうMMORPGという言葉では狭すぎる。 私のホームページの名前も新しくしたいんですがね、なかなか、これ、という単語が出てこないんですよ。」
クライン「う~む、」

腕組みしながら考え込むクラインに、俺は笑いながら言った。

和人「おい、ギルドに《風林火山》なんて名前付けるやつのセンスには誰も期待してないよ。」
クライン「うるせぇな! あれでも必死に考えて作った名前だ!」
佑真「ところで、二次会の予定は変更無いんですよね?」
エギル「ああ、今夜十一時、イグドラシル・シティ集合だ。」

俺は声を潜めた。

和人「アレは、動くのか?」
エギル「おうよ。 新しいサーバー群を丸々一つ使ったらしいが、何せ《伝説の城》だ。 ユーザーもがっつんがっつん増えて、資金もがっぽがっぽだ。」
和人「そう上手く行きゃいいけどな。」
シンタロー「上手く行くさ。 それに関わった俺が保証する。」

俺はそれを聞き、店の天井を見詰めた。
今日《伝説の城》が彼方から現れる。

リズ「おーい、キリト、アーサー、サクマ、コジロウ、シンタロー。 また詳しく話を聞かせて貰うから、こっちこーい!!」

リズベットが手を振って、俺達を呼んだ。
俺はエギルに聞いた。

和人「あいつ、酔ってるよな?」

彼女はピンク色の飲み物が入った、グラスを片手に掲げている。
あれ、酒だよな?
エギルが澄まし顔で言った。

エギル「一パーセント以下だから大丈夫だ。 明日は休日だしな。」
拓真「犯罪ギリギリじゃねぇか。」
和人「はぁ~、行くか。」

今日の夜は長くなりそうだ。

~side out~

~リーファ side~

漆黒の夜空を貫いて、私は飛翔していた。
四枚の翅で大気を蹴り、空気を切り裂き、何処までも加速する。
以前なら、限られた飛翔力で最大限の距離を稼ぐため、最も効率のいい飛行手段など、色々なことを考慮しながら飛ばなくてはならなかった。
しかしそれは過去の話。
今はシステムの枷は存在しない。
世界樹の上に空中都市は無かった。
光の妖精アルフは存在せず、それはすべて偽りの妖精王の嘘であった。
この世界が一度崩壊し、新たに生まれ変わったことにより、この世界を調整する者たちが、あらゆる妖精に永遠に飛べる翅を与えたのだ。
私はこれで十分だった。
私は集合時間より一時間早くログインし、もう二十分近くも漆黒の夜空を飛翔し続けた。

ALOの飛行は根性の一つ。
恐怖に打ち勝ち、精神力を保ち続けること。
だけど大抵のプレイヤーは、恐怖と精神的疲労に負けて減速していくことになる。

先週開かれた《アルヴヘイム横断レース》では、私とキリト君とサクラさんが凄まじいデットヒートを演じた挙句、僅差でゴールに飛び込んだ。
負けてしまったけどね。 一位はキリト君だった。

あの時は、楽しかったな。

私はそれを思い出し、飛びながら苦笑した。
ああいうイベントで飛ぶのもいいけど、頭の中を空っぽにして、ただ限界の先を目指して、加速していくのが一番気持ちいい。

数十分の飛翔で、すでに速度は限界ぎりぎりの所まで到達している。
暗闇に包まれた地上は最早流れていく縞模様でしかなく、前方の小さな灯りが現れては後方に消え去っていく。

頭上では、巨大な満月が輝いている。
輝く満月目指して、舞い上がっていく。
雲海を切り裂き、聳そびえる世界樹の尖端に到着した。

もう少し、もう少し近づければ。

しかしこの世界の限界まで到達してしまった。
加速が急激に鈍り、体が重くなる。
これ以上の上昇は出来ない。
私は満月を掴むように片手を差し伸べる。

行きたい。 もっと高く。 どこまでも遠く、あの世界まで。

上昇速度がゼロになり、次いでマイナスになる。
私は手を大きく広げたまま夜空を自由落下していく、月が徐々に遠ざかっていく。
私は瞼を閉じ、微笑を浮かべる。

今はまだ、届かないけど、何時かきっと。

このアルヴヘイム・オンラインも、より大きなVRMMOの≪連結体≫に参加する計画があるそうだ。
月面を舞台にしたゲームと相互接続するらしい。
そうすれば、あの月まで飛んで行くことが出来る。
やがて他のゲーム世界でも、それぞれ一つの惑星として設定され、星の海を渡る連絡船が行き来する日が来る。

何処までも飛べる。 何処までも行ける。 けれど、絶対に行けない場所もある。

私は雲海を落下しながら、両手で体を抱きしめる。
その寂しい理由は解っている。 今日、私の兄・和人に連れて行ってもらったパーティーのせい。

とても楽しかった。 この世界でしか会う事の出来なかった、新しい友人たちと初めてリアルで顔を合わせ、色々な話をした。 あっという間の時間だった。
でも、私は感じていた。 彼らを繋ぐ、目には見えないけれどとても強い、絆の存在。
今は無い《あの世界》、浮遊城アインクラッドで共に戦い、泣き、笑い、恋した記憶。

それは、現実世界に帰ってきてもなお、彼らの中で強い輝きを放っている。

あのパーティーで、お兄ちゃん達が遠くに行ってしまうような気がした。
あの人たちの絆の中には、私が入ってしまったらいけない。 そんな気がしたのだ。
私には、《あの城》の記憶がないのだから。

このような事を考えながら、流星のように落下を続けた。
集合場所は世界樹の上部に新設された街、《イグドラシル・シティ》なので、そろそろ翅を広げ、滑空を始めないといけない。
でも、心を塞ぐ寂しさのせいで、翅が動かせない。

突然体が何かに受け止められ、落下が止まった。

リーファ「ッ!?」

驚いて目を開くとそこにコジロウ君の顔があった。

コジロウ「時間なので迎えに来ました。 何処まで昇っていくかと思ったら今度は落ち始めたんで心配しましたよ。」

私は笑みを浮かべると、翅を羽ばたかせ、コジロウ君の腕の中から抜け出した。
この新しいアルヴヘイム・オンラインを動かしている運営体が、レクトプログレス社から移管された全ゲームデータ、その中にはソードアート・オンラインのキャラクターデータも含まれていた。
運営体は元SAOプレイヤーが新ALOアカウントを作成する場合、外見を含めてキャラクターを引き継ぐか選択出来るようにした。
日頃一緒に遊んでいるシリカちゃんやアスナさん、リズベットさん達は、妖精種族的特徴は付加されたものの、基本的に現実の姿に限りなく近い外見を持っている。
でも、キリト君やサクマさん達は選択枠を与えられた時、サブアカウントを作った。
凄まじいまでのスターテスを捨てたアカウントとそれを残したアカウントの二つを作ったのだ。
私はその理由が知りたくなり、同じくホバリングしながらコジロウ君に聞いた。

リーファ「ねぇ、コジロウ君。 何で、サブアカを作ったの?」
コジロウ「あの世界のコジロウの役目は、もう終わりました。 けど、全部じゃない。 あの世界で起きた事を忘れないため、もしくはまた何かがあった時のために残しておいたんです。 まぁ、半分はあのアバターを無くすのは惜しいって言う気持ちからですけど。」
リーファ「ね、踊ろうよ。」
コジロウ「え?」

私はコジロウ君の右手を取り、雲海を滑るようにスライドする。
ホバリングしながらゆっくり移動する。

コジロウ「こ、こうですか?」
リーファ「うん、そう。 上手い上手い。」

私は腰のポケットから小さな瓶を取り出した。
栓を抜き空中に浮かせると、瓶の中から銀色の粒子が流れ出し、澄んだ音楽を奏でた。
プーカの吟遊詩人が、自分の演奏を詰めて売っているアイテムだ。

音楽に合わせ、私たちはステップを踏み始めた。
大きく、小さく、また大きくと、空を舞う。
蒼く月光に照らされた無限の雲海を、私たちは音楽に合わせて滑る。
最初は緩やかだった動きを徐々に速く、一度のステップでより遠くまで。

私たちの翅が撒き散らす、緑色の燐光と青い燐光が重なり、空にぶつかって消えていく。

これが最後になるかもしれない、そう思った。
お兄ちゃん、佑真君、龍也先輩、彼らの世界がある。
学校、仲間、そして大切な人。
手を伸ばしても届かない世界がある。

その背中に近づきたくて、妖精の翅を手に入れてみたけど、お兄ちゃん達、今日パーティー会場に居たみんなの心の半分は、今でも幻の城にある。
私には決して訪れることが出来ない、夢幻の世界。
閉じた瞼から、一筋の涙が流れた。

コジロウ「リーファ?」

耳元でコジロウ君の声がした。
私は微笑みながら、コジロウ君の顔を見た。
同時に小瓶から溢れだしていた音楽が薄れ、フェードアウトし、瓶が微かな音と共に砕け、消滅した。
私はコジロウ君の手を離し、言った。

リーファ「私、今日は、これで帰るね。」
コジロウ「なんでですか?」

涙が溢れた。

リーファ「だって、遠すぎるよ。 お兄ちゃん達が、みんなが居る所。 私じゃそこまで、行けないよ。」
コジロウ「スグさん、それは違います。 行こうと思えば、何処だって行けるんですよ。」

コジロウ君が、私の手を握ってから翅を鳴らし、加速を始めた。
繋いだ手を緩めず加速した。
世界樹は近づくに連れ、天を覆うほどの大きさになった。
幹が幾つもの枝に分かれている中心に、無数の光の群れがあった。
イグドラシル・シティの灯だ。

その中央を、私たちは一際大きく翔けて行く。
その時、幾重にも連なった鐘の音が響いた。
アルヴヘイムの零時を知らせる鐘だ。
私の手を握っていてくれていたコジロウ君が制動をかける。
私は驚きの声を上げた。

リーファ「わあっ!?」
コジロウ「あちゃー、少し間に合いませんでしたか。」

私はコジロウ君の話している意味が解らなかった。
コジロウ君が私の隣まで移動し、空を指差した。

コジロウ「来ますよ。」

指差した先は、巨大な満月が蒼く光っている。

リーファ「月が、どうしたの?」
コジロウ「ほら、よく見て下さい。」

私は目を凝らした。
輝く銀の真円、その右上の縁が僅かに欠けた。

リーファ「え?」

私は眼を見開いた。
月を侵食する黒い影は、どんどん大きくなっていくからだ。
その形は円形ではない。
不意に、ゴーン、ゴーンと重々しく響く音。
遥か遠くから聞こえてくる。
近づいて来たそれは、円錐形の物体で、幾つもの薄い層を積み重ねて作られているようであった。
底面からは三本の巨大な柱が垂れ下がり、その先端も眩く発光している。
一つの層が幾重にも重なるように出来ている。
あれは。

リーファ「あ、まさか、まさかあれは。」

コジロウ君が私の顔を見た。

コジロウ「そうです。 かつて一万人が閉じ込められ、三千人余りが命を落とし、そして、俺達が二年間を過ごした場所。 一層につき百メートル、全長十キロに及ぶ鋼鉄の浮遊城、アインクラッドです。」
リーファ「え、でも、何で?」
コジロウ「今度こそ、あの城との決着を付けるためです。 前は七十五層で終わってしまいましたから。 俺達、弱くなっていまいましたから。 俺達と一緒に、攻略手伝ってくれませんか?」
リーファ「うん。 行くよ。 何処までも、一緒に、」

私たちが浮遊城を眺めていると、眼の前に長い青い髪を揺らしたウンディーネと黒髪のスプリガン、さらに桜色の髪のプーカと全身白いケットシーが姿を現した。
アスナさんにキリト君、アーサー君とサクラさんだ。

すると、足元から声がした。
赤い髪に黄色と黒のバンダナを巻いたサラマンダー、クラインさん、その隣には同じサラマンダーのサクマさん。

クライン「おーい、遅ぇぞ、おめぇら。」

その隣に、ノームの証である茶色い肌を光らせ、巨大なバトルアックスを背負ったエギルさんと同じくノームのストレアちゃん。

エギル「お前らも早く来い。 俺達で第一層のボスを倒しちまうぞ。」
ストレア「そーだよー。 早くしないと出る幕無いかもね♪」

レプラコーン専用の銀のハンマーを下げ、白とピンクのエプロンドレスを靡なびかせたリズベットさん。

リズ「ほら、あんたらも早く来なさい。 置いてくわよ。」

艶やかに茶色い耳と尻尾を伸ばし、肩に水色のドラゴンを乗せたシリカちゃん。

シリカ「リズさん~、待って下さいよ~。」

弓、片手剣、さらに糸を使うためのグローブを装備したシンタローさんと赤いマフラーを装備したインプのアヤノさん。
黒いショートヘアーのスプリガン、フィリアさんに、インプにしてはがっちりした体型のリュウさん。
大きな盾を持ったサラマンダーのヒースクリフと大槍と大盾のノーム、ゴウさん、盾あり片手剣のシルフ、リンさん。
フードを被ったケットシーのアルゴさん。
手を繋いで飛ぶ、シンカーさんとユリエールさん。
その後ろにウンディーネのディアベルさんと赤髪と髪型がこれでもかと言うほどマッチしていないサラマンダーのキバオウさん。
スティックを握ってふらふら飛ぶサーシャさん。
プーカのサチさんにサラマンダーのケイタさん、シルフのササマルさん、ノームのテツオさん、スプリガンのダッカーさん。
手を振って上昇するレコン。
その後ろにシルフの領主サクヤ、ケットシーのアリシャ・ルーも続く。
ユージーン将軍とその部下たち。
ユイちゃんが、キリト君の肩に乗った。

ユイ「ほら、パパ、はやく!」
キリト「おう!!」

キリト君はアインクラッドを見詰め、不敵な笑みを浮かべながら、アスナさんと手を握ってから、翅を大きく広げ、真っ直ぐに天を目指す。

キリト「今度こそ、全制覇してやる。」
アーサー「あぁ。 そのためにちゃっちゃと一層のコボルト王を片付けるか。」

キリト君とアーサーさんは拳を軽くぶつけると、争う様に城へと向かっていった。

~side out~ 
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