| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SAO~円卓の騎士達~

作者:エニグマ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三十七話 七十五層ボス

~キリト side~

釣り大会から数日後、『血盟騎士団』の団長、ヒースクリフ、さらに『円卓の騎士団』の団長、アーサーの二人からメールが来た。
内容は二人とも同じで「最前線に復帰して欲しい。」というものだった。
とりあえず二人に返信すると『血盟騎士団』の本部に呼ばれた。

そして五十五層、『血盟騎士団』本部。

キリト「偵察隊が、全滅だと!?」

ギルド本部の塔の最上階、幹部会議で使われている硝子張りの会議室があり、半円形の大きな机の中央にはヒースクリフのローブ姿がある。
左右にはギルドの幹部連が着席している。
ヒースクリフは両手を組み合わせ、俺とアスナを見て言った。

ヒースクリフ「昨日のことだ。 七十五層迷宮区のマッピング自体は、時間が掛かったが何とか犠牲者を出さず終了した。 だがボス戦はかなりの苦戦が予想された。」

俺も考えていた。
クォーター・ポイントの七十五層ボス戦は、かなりの苦戦が強いられると。

ヒースクリフ「そこで、我々は五ギルド合同パーティー二十人を偵察隊として送り込んだ。 偵察は慎重を期して行われた。 十人が後衛としてボス部屋入口で待機し、最初の十人が部屋の中央に到着して、ボスが出現した瞬間、入り口の扉が閉じてしまったのだ。 ここから先は後衛の十人の報告になる。 扉は五分以上開かなかった。 鍵開けスキルや直接攻撃等、何をしても無駄だったらしい。 ようやく扉が開いたとき、」

ヒースクリフの口許が固く引き結び、一瞬目を閉じ、言葉を続ける。

ヒースクリフ「部屋の中には、何も無かったそうだ。 十人の姿も、ボスも消えていた。 転移脱出した形跡も無かった。 彼らは帰ってこなかった。 念の為、始まりの街の《黒鉄宮》まで、血盟騎士団メンバーの一人に彼らの名簿を確認しに行かせたが、」

その先は言葉に出さず、首を左右に振った。

アスナ「十、人も。」

アスナは絞り出すように呟いた。

キリト「結晶無効化空間、か?」

俺の問いにヒースクリフは小さく首肯した。

ヒースクリフ「そうとしか考えられない。 アスナ君の報告では74層もそうだったということだから、おそらく今後全てのボス部屋が結晶無効化空間と思っていいだろう。」

緊急脱出不可能となれば、思わぬアクシデントで死亡する者が出る可能性が飛躍的に高まる。
死者を出さない、それはこのゲームを攻略する上での大前提だ。
だが、ボスを倒さなければクリアも有り得ない。

キリト「いよいよ本格的なデスゲームになってきたってわけか。」
ヒースクリフ「だからと言って、攻略を諦めることはできない。」

ヒースクリフは目を閉じると、囁くような、だがきっぱりとした声で言った。

ヒースクリフ「結晶による脱出が不可能な上に、今回はボス出現と同時に背後の退路も断たれてしまう構造らしい。 ならば統制の取れる範囲で可能な限り大部隊をもって当たるしかない。 休暇中の君たちを召喚するのは本意ではなかったが、了解してくれたまえ。」

俺は肩をすくめて答えた。

キリト「協力はさせて貰いますよ。 だが、俺にとってはアスナの安全が最優先です。 もし危険な状況になったら、パーティー全体よりも彼女を守ります。」

ヒースクリフは微かな笑み浮かべた。

ヒースクリフ「何かを守ろうとする人間は強いものだ。 君の勇戦を期待するよ。 攻略開始は三時間後。 予定人数は君達を入れて四十五人。 七十五層コリニア転移門前に午後一時集合だ。 では解散。」

それだけ言うと、ヒースクリフとその配下の男たちは一斉に立ち上がり、部屋を出て行った。

アスナ「三時間ね。 何しよっか?」

鋼鉄の長机に腰掛けて、アスナが聞いてきた。
俺は無言でその姿をじっと見つめていた。

キリト「なぁ、アスナ。」
アスナ「どうしたの?」
キリト「怒らないで聞いてくれ。 今日の「待って」」

アスナは、俺の言葉を遮ってきた。
アスナは立ち上がると、ゆっくりと俺の前まで歩み寄って来た。

アスナ「キリト君は私に今日のボス戦に参加するなって、そう言いたいんでしょう?」
キリト「ああ、そうだ。 クリスタルが使えない場所では何が起こるか判らない。 だから、」
アスナ「ねぇ、キリト君。 私達は死なない。 たとえ死んだとしても、」
キリト「死ぬ時は一緒、か。」

アスナは、俺に向かって微笑みかける。

アスナ「そうだよ。 この戦いキリト君は死なない、だから私も絶対に死なない。」

アスナは、言葉を続ける。

アスナ「それに、約束したでしょ。 現実世界で結婚をするって約束を。」
キリト「そうだな。」

アスナは、俺の体を優しく抱きしめてくれた。
アスナの温かさが俺を包む。

アスナ「それに、私達には時間が残されていないのかもしれないし。」
キリト「俺たちの体の衰弱、か。」
アスナ「うん」

現実世界での俺たちの体は、病院のベットの上で色々なコードに繋がれて、どうにか生かされている状況なのかもしれない。
そんなのは、何年も無事に続くとは思えない。

キリト「つまり、ゲームをクリア出来るにせよ出来ないにせよ、それとは関係なくタイムリミットは存在する、ってことだよな。」
アスナ「うん、そうだと思う。 それに私は《向こうで》キリト君に会いたいよ。」
キリト「ああ、俺もアスナに会いたいよ。 だから、今は戦わないといけないんだな。」
アスナ「きっと私達なら大丈夫だよ。」
キリト「ああ。」

大丈夫、きっと大丈夫だ。 二人ならきっと。
胸の中に忍び込んでくる悪寒を振り払うように、俺はアスナを抱く腕に力を込めた。

そして三時間後。
七十五層の主街区コリニアの転移門前には、一見してハイレベルと判るプレイヤーたちが集結していた。
そこで俺達は『円卓の騎士団』のメンバーと合流した。
俺達が歩み寄って行くと、皆ぴたりと口を閉ざし緊張した表情で目礼を送ってきた。
中にはギルド式の敬礼をしている連中までいる。
それもそのはずだ。
俺とアーサー、サクマ、シンタロー、コジロウはユニークスキル持ちなのだから。
ここに俺達とヒースクリフの六人のユニークスキル持ちが揃ったことになる。
さらにアーサーはヒースクリフと並ぶ攻略組のツートップの一人だ。
嫌でも注目が集まる。

クライン「よう!」

肩を叩かれて振り返ると、刀使いのクラインの姿があった。
その横には、両手斧で武装したエギルの姿もある。

キリト「なんだ、お前らも参加するのか」
エギル「なんだってことはないだろう! 今回はえらい苦戦しそうだって言うから、商売を投げ出して加勢に来たんじゃねぇか。 この無理無欲の精神を理解できないたぁ、」

野太い声を出して主張しているエギルの腕を、俺はポンと叩き、

キリト「無欲の精神はよーく解った。 じゃあお前は戦利品の分配から除外していいのな。」

そう言ってやると、途端に頭に手をやり眉を八の字に寄せた。

エギル「いや、そ、それはだなぁ……」

情けなく口籠るその語尾に、俺達とクラインの笑い声が重なった。
笑いは集まったプレイヤーたちにも伝染し、皆の緊張が徐々に解れていくようだった。
午後一時になり、転移門から新たな人影が出現した。
血盟騎士団の精鋭部隊だ。
真紅の長衣に十字盾を携えたヒースクリフの姿もある。
彼らを目にすると、プレイヤーたちの間に再び緊張が走った。
ヒースクリフは、プレイヤーの集団を二つに割りながら、真っ直ぐに俺達の元に歩いて来た。
立ち止まったヒースクリフは俺達に軽く頷きかけると、集団に向き直って言葉を発した。

ヒースクリフ「欠員はないようだな。 よく集まってくれた。 状況はすでに知っていると思う。 厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!」

ヒースクリフの力強い叫びに、プレイヤーたちは一斉に声を上げ答えた。

ヒースクリフ「それではアインクラッド最強の騎士のアーサー君にも一言頼もう。」

ヒースクリフはこちらに振り向くと、微かな笑みを浮かべ言った。
アーサーはヒースクリフの隣に立つ。

アーサー「あー、分かってると思うが今回のボス戦は逃げられない。 だったらボスをぶっ倒して前に進むしか生きる道は無い。 何があろうと怯むな! 最後まで戦い抜け! それが俺達の責任で義務で意思だ! 絶対勝つぞ!」

ウオォォォォーー!!!

ヒースクリフの時よりも大きい雄叫びが上がる。
それが止むと、

ヒースクリフ「では、出発しよう。 目標のボスモンスタールーム直前の場所までコリドーを開く。」

ヒースクリフの回廊結晶を迷わず使う姿にわずかにざわめきが起こる。

ヒースクリフ「コリドー、オープン。」

クリスタルは砕け散り、ヒースクリフの前に青く揺らめく光の渦が出現した。

七十五層迷宮区は、僅かに透明感のある黒曜石のような素材で組み上げられていた。
鏡のように磨き上げられた黒い石が直線的に敷き詰められている。
空気は冷たく湿り、薄い靄もやがゆっくりと床の上を棚引いている。
俺の隣に立ったアスナが、寒気を感じたように両腕を体に回し、言った。

アスナ「なんか、嫌な感じだね。」
キリト「ああ。」

俺も肯定する。
周囲では、四十人のプレイヤー達が固まってメニューウインドウを開き、装備やアイテムを確認している。
俺はアスナを伴って一本の柱の陰に寄ると、アスナの手を握る。
戦闘を前に、押さえつけていた不安が噴き出してくる。
体が震える。

アスナ「大丈夫だよ」

アスナが耳元で囁いた。

キリト「ああ」
アスナ「約束しよう。 絶対生き残るって。」
キリト「ああ、約束だ。」

俺は握っている手に少し力を込め、握っている手を離した。
ヒースクリフが鎧を鳴らし、言った。

ヒースクリフ「皆、準備はいいかな。 今回、ボスの攻撃パターンに関しては情報が無い。 基本的にはKoBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃をして欲しい。」

攻略組の全員は無言で頷く。

ヒースクリフ「では、行こうか。」

ヒースクリフは黒曜石の大扉に歩み寄り、中央に手を掛けた。
全員に緊張が走る。
俺とアスナは、並んで立っているエギルとクラインに声を掛けた。

キリト「死ぬなよ。」
クライン「へっ、お前らこそ。」
エギル「今日の戦利品で一儲けするまではくたばる気はないぜ。」

エギルとクラインが言い返した直後、大扉がゆっくり動き出した。
プレイヤーたちは一斉に抜剣する。
俺も背から《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》を引き抜いた。
隣に立っているアスナも腰に装備している鞘から放剣した。
俺の前ではアーサーが《龍爪剣》を、サクマが二つの刀を、コジロウが《物干竿》を引き抜く。
シンタローは糸を出す準備をしている。
十字盾の裏側から長剣を音高く引き抜いたヒースクリフが、右手を高く掲げ叫んだ。

ヒースクリフ「戦闘、開始!」

完全に開ききった扉の中へ走り出す。
全員が続く。
内部は、かなり広いドーム状の部屋だった。
全員が部屋に走り込み、自然な陣形を作って立ち止まった直後、背後で轟音を立てて大扉が閉まった。
最早開けることは不可能だ。
ボスが死ぬか、俺たちが全滅するまで。
広い周囲に注意を払うが、ボスは出現しない。

「おい、」

誰かが、長い沈黙に耐え切れず声を上げた、その時。

キリト「上だ!!」

索敵でボスを見つけた俺が叫んだ。
全員頭上を見上げる。
ドームの天頂部に、それは貼りついていた。
灰白色の円筒形をした体節一つ一つからは、骨剝き出しの鋭い脚が伸びている。
その体を追って視線を動かしていくと、徐々に太くなる先端に、凶悪な形をした頭蓋骨があった。
流線型に歪んだその骨には二対四つの鋭く吊りあがった眼窩がんかがある。
大きく前方に突き出した顎の骨には鋭い牙が並び、頭骨の両脇からは鎌状に尖った巨大な骨の腕が突き出している。
《The Skullreaper》、骸骨の狩り手。
こいつは、不意に全ての足を大きく広げ――俺たちの真上に落下してきた。

ヒースクリフ「固まるな! 距離を取れ!」

ヒースクリフが鋭い叫び声を上げた。
全員が動き出す。
俺達も落下予測地点から慌てて跳び退く。

だが、落ちてくるスカルリーパーのちょうど真下にいた三人の動きが、僅かに遅れた。

キリト「こっちだ!!」

俺は慌てて叫んだ。
呪縛の解けた三人が走り出す。
だが、その背後に、スカルリーパーが地響きを立てて落下してきた、床全体が大きく震えた。
足を取られた三人がたたらを踏む。
三人に向かって巨大な大鎌が横薙ぎに振り下ろされた。
三人が背後から同時に切り飛ばされた。
宙を吹き飛ぶ間にも、HPバーが猛烈な勢いで減少していく――黄色の注意域から、赤の危険域と、そして、あっけなくゼロになった。
まだ空中にあった三人の体が、立て続けに無数の結晶を撒き散らしながら破砕はさいした。
消滅音が重なって響く。

キリト「一撃で、全損、だと」

俺は絞り出すように呟いた。
SAOでは数値的なレベルさえ高ければそれだけで死ににくくなる。
特に今日のパーティーは高レベルプレイヤーだけが集まっている。
攻撃は数発の連撃技なら持ちこたえられる、はずだったのだ。
それが、たった一撃で。

アスナ「こんなの無茶苦茶だわ。」

俺の隣にいるアスナが掠れた声で呟く。
一瞬にして三人の命を奪った骸骨の狩り手は、上体を高く持ち上げて雄叫びを上げると、猛烈な勢いで新たなプレイヤーの一団目掛けて突進した。

「わぁぁぁ――!!」

その方向にいたプレイヤーたちが恐怖で悲鳴を上げる。
再び大鎌が高く振り上げられる。
その真下に飛び込んだ人影があった。
ヒースクリフだ。
巨大な盾を掲げ、大鎌を迎撃する。
すさまじい衝撃音、火花が飛び散る。
だが、鎌は二本あった。
左側の腕でヒースクリフを攻撃しつつも、右の鎌を振り上げ、凍りついたプレイヤーの一団に突き立てようとする。
そこに一人の影が入る。
アーサーだ。
アーサーはボスの攻撃を《龍爪剣》で防ぐ。

ヒースクリフ「君に背中を預ける。 その代わり君の背中は私が守ろう。」
アーサー「絶対にそらすなよ。」
ヒースクリフ「もちろんそのつもりだ。」
アーサー「あっそ。 前は俺達で防ぐ! 他の奴は側面から攻撃してくれ!」

アーサーが攻撃を防ぎながら叫ぶ。
これで安心かと思われたその時、複数の悲鳴が上がった。
ボスが槍状の尻尾でも攻撃しているのだ。

シンタロー「ユージオ! アリス! 二人で尻尾を防いでくれ! その間に尻尾の部位破壊を試してみる!」
コジロウ「部位破壊は俺がやります!」
ユージオ、アリス「「了解!」」

尻尾の方にも三人が行き、ボスの主な攻撃は封じた。

そして、ボスのHPの最初の一本を削りきったとき。

ヒースクリフ「攻撃パターンが変わる! 一旦離れろ!」

俺達がボスから離れるとボスは壁に近付き壁を登り始めた。
恐らく天井まで行ってまた最初のような攻撃をするつもりなのだろう。

アーサー「全員ボスの下から退け!」

だが、ボスが天井に達する前にアーサーが壁から叩き落とす。
するとボスは転倒状態になる。
こういうムカデのようなモンスターは引っくり返されると復帰まで時間が掛かるのだが、壁際なのですぐに元に戻ってしまう。

だが、それでも少しだけ隙が出来るので二本目は比較的楽に削れた。
そして三本目、今度は大きなパターンの変更は無いと思ったが、HPがレッドゾーンに入ったとき、両手の鎌と尻尾を地面に立て胴体を浮かした。
その何本もある足を使っての範囲攻撃だ。

シンタロー「アーサー! 転ばせろ!」
アーサー「OK! ヒースクリフ! 右から左に!」
ヒースクリフ「了解した!」

両手の鎌をアーサーとヒースクリフの二人で薙ぎ払い、ボスが完全に仰向けになる。
千載一遇のチャンスだ。

ヒースクリフ「全員! 攻撃!」
アーサー「溜め技使える奴は限界まで溜めろ!」

全員中のおよそ六割がソードスキルを使い、ボスのHPの三本目を削りきり、四本目を削っていく。
その中、アーサーやコジロウを含む残りの四割が《溜め技》のモーションを取っている。
《溜め技》はソードスキルの中で発動まで時間が掛かり、その溜めた時間によって攻撃力が上がる。
いわば諸刃の剣だ。
と、《溜め技》を溜めきる前にボスが体制を立て直した。

「お、おい、不味いんじゃ無いか!?」
アーサー「シンタロー!」
シンタロー「分かってるっての!」

ボスの動きが止まる。
シンタローの《マリオネットロック》だ。
それで稼いだ数秒で《溜め技》の準備が出来る。

ソードスキルより数倍上の威力を持つ《溜め技》が決まっていく。
そして四本目を削りきって最後の一本に入った。

そして十数分後、ボス攻略開始から約一時間半、ボスのHPを削りきり、七十五層を攻略した。
だが、一人も歓声を上げる余裕のある者はいなかった。

クライン「何人、死んだ?」
キリト「十人だ。」
エギル「嘘だろ。」

今までのボス戦、被害は多くても二桁に行ったのは二十五層で軍が壊滅的なダメージを受けたときだけだ。
それが七十五層で再び二桁。
この上にはまだ二十五層もある。
一層ごとにこれだけの犠牲者を出してしまえば、最後のラスボスに対面出来るのはたった一人になってしまう可能性がある。

おそらくその場合は、間違いなくあの男だ。

俺は視線を部屋の奥に向けた。
そこには、他の者が全員床に座り込んでいる中、背筋を伸ばして立っている人物。
ヒースクリフだ。
彼も無傷では無かった。
HPバーがかなり減少している、がイエローゾーンまでは行ってない。
同じ攻撃を受けていたアーサーでさえイエローに入っているのにだ。
ヒースクリフのあの視線、あの穏やかさ。
あれは傷ついた仲間を労わる表情では無い。
あれは、神の表情だ。

俺はアーサーとヒースクリフとのデュエルを思い出していた。
あれは、SAOシステムに許されたプレイヤーの限界速度を超えていた。
プレイヤーでは、出来ない事を可能にする存在。
デスゲームのルールに縛られない存在。
NPCでも無く、一般プレイヤーでも無い。
となれば、残された可能性はただ一つ、この世界の創造者だけだ。
だが、確認する方法が無い。

いや、ある。
今この瞬間一つだけある。
ヒースクリフのHPバーは、ギリギリの所でグリーン表示に留まっている。
未だかつて、ただ一度もHPバーをイエローゾーンに落としたことが無い男。
圧倒的な防御力。
この世界を創り上げた人間ならそういう設定にすることが可能だろう。

ゆっくりと剣を構え握り直した。
徐々に右足を引いていく。
ふとヒースクリフの反対側を見るとアーサーも立ち上がって剣を構えている。
恐らく俺と同じ考えなのだろう。
俺はアーサーに目配せし、アーサーも頷いてそれに答えた。
腰を僅かに下げ、ヒースクリフに突進する準備姿勢を取る。
ヒースクリフは俺とアーサーの動きに気付いていない。
仮に俺達の予想がまったくの的外れなら、俺達は犯罪者プレイヤーになってしまうだろう。
そして容赦ない制裁を受ける事になる。

その時は、御免な。

俺は隣で床に座っているアスナを見やった、アスナの視線が交錯した。

アスナ「どうしたの?」
キリト「(ゴメンな)」

俺は声を出さず口だけ動かした。
地面を蹴った。
ヒースクリフはアーサーの方に気が付いたみたいで、アーサーの攻撃を盾で防ぐ。

ヒースクリフ「どういうつもりかね。」
アーサー「お前の正体を見破ってやろうと思っただけだ。」

後ろから俺の剣がぶつかる寸前で、目に見えぬ障壁に激突し、同時に俺の腕に激しい衝撃が伝わった。
同時にヒースクリフからシステムカラーのメッセージが表示された。
【Immortal Object】。
不死存在。
俺たちプレイヤーにはありえない属性だ。
静寂の中、ゆっくりとシステムメッセージが消滅した。
俺は剣を引き、後ろに跳んでアスナの隣に着地した。
俺の隣にアーサーが着地する。
俺は周囲を見回し言った。

キリト「これが伝説の正体だ。 この男のHPバーは、どうあろうとイエローまで落ちないようにシステムに保護されているのさ。 不死属性を持つ可能性があるのは、システム管理者以外有り得ない。 だが、このゲームには管理者は居ないはずだ。 ただ一人を除いて。 この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった。 あいつは今、何処から俺たちを観察し、世界を調整しているんだろう、ってな。 でも俺は単純な真理を忘れていたよ。 どんな子供でも知っていることさ。」
アーサー「《他人のやっているRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない》。 そうだろう、ヒースクリフ、いや茅場明彦。」

~side out~ 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧