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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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番外編 鎮守府カレー祭り(前編)

ここにつづるのは、南西諸島攻略作戦の前におこったささやかな呉鎮守府内部のイベントである。


4月某日午前10時、呉鎮守府にて、榛名の日誌より――。

 今年もあのイベントの季節がやってきました。

今日は、榛名です。あ、やだ、私ったら、日誌なのに「こんにちは」っていうのは変ですよね。気を付けないと。
今日もいい天気。お日様がぽかぽかと優しい光をみんなに注いでくれています。時々吹き渡る春風が桜のにおいを乗せて部屋まで運んできてくれます。こんないい天気がずうっと続けばいいなぁって思いますし、戦いのことも考えないようにしたいなぁって。そうもいきませんよね。
南西諸島攻略作戦がいよいよ開始されることになりました。不安でいっぱいです。紀伊さんが加わりましたし、紀伊半島沖で敵を撃破できましたから、勢いにはのってますけれど、でも、大規模作戦は初めてですから・・・・。今回は大事を取ってまずは偵察から入ることになりました。

あ、でも、その前にとってもとっても大事なイベントがあるんです。

よく、海軍と言えば、カレー、カレーと言えば海軍なんて皆さんおっしゃってます。前世だと主計課・・・だったかな、そこの兵隊さんたちが皆さんの料理を作っていましたけれど、やっぱりカレーが人気だったみたいです。各海軍の鎮守府や軍艦によってカレーの作り方は違っていたみたい。このヤマトでも同じなの。
それで、毎年各鎮守府から皆さんが横須賀に集まって、どの鎮守府の艦娘がおいしいカレーを作れるか、競技みたいな形で競うんです。一人で出場してもいいし、チームで出場してもいいんです。それが、だいたい夏にあるんですけれど、その前に各鎮守府で予選会をやるんです。鎮守府カレー祭って言います。
榛名も頑張るんですけれど、いつも負けてしまいます。皆さんお上手ですから。金剛お姉様がここにいらっしゃれば、おいしいスープカレーの秘訣を教えていただきたかったのですが、残念です。
今年は、ビスマルクさん、プリンツ・オイゲンさん、そして紀伊さんがいらっしゃいましたから、きっと楽しくなると思います。その分ライバルがいっぱいいて大変だと思うけれど、でも、今年こそはやっぱり勝ちたいな。



■ 同日同時刻、自室にて、ビスマルクのモノローグ。
 まいったわね。鎮守府カレー祭か、私、カレーって聞いたとき、てっきりカリーヴルストの事だと思ってたわ。焼いたソーセージの上にケチャップやカレー粉、カレーソースをかけるやつよ。付け合わせにポテトを乗せてね。カリッとしたソーセージの触感と滴る肉汁にソースのピリッとした辛みとケチャップの酸味が加わって、とってもおいしいのよ。ビールも進むしね。
 どうしようかな。提督にお話ししてそれでもいいかどうか聞いてこようかしら。でも、ヤマトにきているんだから郷に入っては郷に従えっていう感じかしらね。私もここにきてしばらくたつけれど、以前は苦手だったヤマト食にも慣れてきたし、好き嫌いもなくなったわ。プリンツ・オイゲンは相変わらず「ナットウ」っていうのが苦手らしいけれど。でも、慣れてくればあの独特の香りとねばねばはご飯によく合うのよね。
 この間、シャルンとグラーフたちに(前世の戦艦シャルンホルストと空母グラーフ・ツェッペリンの二人のことよ。)にヤマトの「ミソ」と「ショウユ」それに「ツケモノ」を送ってあげたら「とても信じられない。あなたはどうしてこんなものを食べられるの?!ヤマトってこんな食べ物しかないくらいまずい戦況なの!?」っていう大真面目な手紙が来たわ。やっぱり食文化の縛りってかなり強烈なのよね。こっちに長くいないとなじめないものだということがよくわかるわ。
 いずれにしても、独国から派遣されている艦娘として、絶対にヤマト艦娘たちには負けられないわ。料理でも独国艦娘はできる女だっていうことを証明してあげなくちゃ!頑張るわよ!!


同日同時刻、間宮食堂にて、妙高姉さんに意気込みを語る足柄――。
 よっし!!来たわ!!今年もやってきたわ!!いいわ、みなぎってきたわ!!えっ?そんなにはしゃぐなって?何言ってるの、妙高姉さん、待ちに待った一大イベントじゃない。私、一年間この時のためにカレーを研究していたと言っても過言ではないのよ。
 だって悔しいじゃない。3年連続で2位に甘んじてるんだから。3年前は鳳翔さん、その次が鈴谷・熊野チームに、そして去年はよりによって赤城・加賀コンビに負けたのよ!!あの大飯ぐらいの二人に!!無駄に米と食材を消費している二人によ!!どう見ても味なんかよりも量で満足するような二人じゃない!!あぁ・・・!!思い出しただけで頭が痛くなるわ!!
 でも、今年は大丈夫!!徹底的に研究して皆に喜ばれるようなカレーに仕上げて見せるわ。前回の敗北の時に妙高姉さんに言われた通り、自分の好みを相手に押し付けるだけじゃ駄目だっていうのはよくわかったから。
 何をする予定かって?それは秘密。だってここじゃ聞き耳たてられちゃうじゃない。でも、一つだけ。今年は絶対にカツは使わないから。


■ 同日同時刻、間宮食堂にて、足柄を諭す妙高――
 足柄、少し落ち着きなさいな。皆さんがいらっしゃるのにそんなに大声を上げてはだめよ。あなたも大人なのですから、もう少し落ち着きを持った女性になってほしいわ。
確かにあなたにとっては3年連続で次席に甘んじたことは悔しかったでしょう。でも、本当にあなたはわかっているのかしら?心配になるわ。一位を取れなかったのは、確かにあなたの言うように皆が満足するようなものを作り切れなかったことにあります。頭に血が上っていては勝てる戦いも勝てないのは深海棲艦との戦いでも同じことです。
 でも、赤城さん、加賀さんが昨年勝てたのは私から見れば当然の事だと思うわ。どうしてかって?何故なら、おいしくご飯を食べる人は、いかにしておいしいものを作りたいかいつも考えているからよ。まずいご飯をお腹いっぱい食べるよりも、おいしいご飯をお腹いっぱい食べる方が誰だって嬉しいでしょう?
 でも、今年はあなたも皆が喜ぶカレーを作りたいって言っているから、私も楽しみにしてます。あなたの作るカレーは私は大好きです。カレーを作るときのあなたの真剣な表情が、姿勢が、手つきが、私は大好きです。そこに皆を喜ばせたい気持ちも入り込めば、あなたはきっと優勝できるわ。

頑張ってね、足柄。結果はともかく、あなたの絶対に屈しないチャレンジ精神を私は尊敬していますよ。


■ 同日同時刻、自室にて、翔鶴姉とレシピをめくる瑞鶴――。
う~~~ん、どれにすればいいかな、翔鶴姉。普通のカレーだと絶対に勝てないよね。おいしくて、足柄みたいにドインパクトな奴じゃなくて、それでいて皆が「おっ!」って目を見張らせて、一口食べて「おいしい!」って喜ばれるカレー、なんかある?

 ないわよね~・・・。

 ああもう!!このままじゃ私たちまた中途半端な立ち位置になるわ!!そしていつまでも一航戦の二人に追いつけないのよ!!勝てないのよ!!
え?落ち着けって・・・・そんなこと言われたって落ち着けないもの!!戦闘だけじゃなくて、カレー作りも五航戦は一航戦に及ばないなんて言われ続けるの、五航戦は一航戦にセンター取られ続けている脇役だなんて言われ続けるの、もう嫌なの!!
 絶対勝ってやるんだから!!去年の加賀の奴のあの冷めた、それでいて完全にこちらを馬鹿にした目つきが忘れられないわ!!どうしてカレーに羊肉を入れちゃ駄目なの?どうしてカレーにハーブを入れちゃ駄目だったのかな?カレーなんてレシピがあってないような物じゃない。皆がそれぞれいろんなものを試して、試行錯誤して出来上がるのが自分の家のカレーなんでしょ?よく市販で売っているカレールーにしても、みんな一種類だけ使うんじゃなくていろんなものを混ぜて使うでしょ?私、ここに来る前の実家だとそうしていたわよ。ああいうのが「母の味」っていうやつよね。
 あ、ごめん。思い出したらちょっと涙が出てきちゃって、ごめんね、翔鶴姉、大丈夫だから、ハンカチありがとう・・・・。

■ 同日同時刻、自室にて、妹を慰める翔鶴――
 瑞鶴大丈夫?あまり無理をしないでね。艦娘だっていってもそれ以前は、あなたも私も普通の女子大生だったのだから。前世の記憶が戻ってきてあなたは瑞鶴として今ここにいるけれど、普通の女の子らしい一面は残しておいてもいいのよ。私もそれは嬉しいわ。
 それと、一航戦の先輩方をそんな風に呼んでは駄目よ。あなたの気持ちもよくわかるけれど、実力が伴ってこそのあのお二人ですもの。私たちはそこから学ぶべきところを学んで活かすようにしていかなくては。大丈夫、いつかは私たちも一航戦の先輩方と肩を並べて戦える時がやってきます。
 あ、ごめんなさい。カレーの話よね。そうね、私も料理は得意ですと胸を張って言えないけれど、あまり奇をてらうのはよくないのではないかと思うわ。だから、一からいろんな香辛料を混ぜ合わせたり、変わった具材を使うようなことはしない方がいいと思う。ルーの素をいただきに間宮に行くのはどうかしら?まずは皆がおいしいと思うカレーを目指しましょう。そこから改良して行けるところは少しずつ改良していけばいいと思うわ。私たちは私たちにできることを精いっぱい頑張りましょう、ね?瑞鶴。


■ 同日同時刻、自室にて苦悩する紀伊――
どうしよう。カレーを作るなんて今までやったこともないのに。それどころか料理なんてまともにしたことなんてないのに。どうしよう!!榛名さんや鳳翔さんにそれとなく話を聞いてみたら「ぜひ一度参加してください。」なんて言われて、断り切れなかったけれど・・・。鎮守府さくら祭りのコンサートだって自信なくて返事をためらっているのに、まして料理だなんて!!
とりあえず図書室で料理本を借りて来て読んでみたけれど、料理ってこんなに難しかったんだ。ご飯の炊き方だってコツがいるみたいだし、野菜の切り方だって色々あるみたいだし、何より手を切らないかものすごく不安だわ。私、あまり器用じゃないから・・・。
でも、こんなところであきらめたら駄目よね。あの鳳翔さんとの試合もそうだったけれど、あきらめたらそこで何もかも終わるのだから。
とりあえずやれるところまでやってみよう。高望みはしないわ。まずは、普通のカレーを作れるようになること。食べられるものを。そこから余裕ができてきたら皆がおいしいと思うカレーを作ってみたいな。


■ それからしばらくして、厨房にてカレー祭の食材を準備する暁――。
えっと、電。お肉はこっち、冷蔵庫に入れておいてね。うん、豚肉、牛肉、羊肉、鶏肉ね。これでお肉はOKと。後はお魚と貝ね、魚介類ってやつ。うん、シーフードカレーなんて言うのもなかなかおいしいわよね。そして野菜は私が野菜庫に、っと。ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモの基本はOKでしょ。後は、うぇ・・・トマト、パプリカ、ピーマン、セロリ、ニンニク、シイタケ、しめじ、えのきだけなんかのキノコ類。これ、本当に使うの?え、何?皆私を見て・・・。だ、大丈夫よ!レディーは好き嫌いなんかしないもの。
雷、牛乳やワイン、ビール、日本酒などはOK?うん、いれたわね。響は香辛料をそこの隅っこに置いておいて・・・って、大丈夫?あ、そんなに顔を近づけちゃ駄目!!あ、あああっ!!・・・・ほら、もう!!鼻に入っちゃったじゃない。大丈夫?はい、ハンカチよ。って・・・・くしゃみ、くしゃみ駄目!!そこでしちゃ駄目!!香辛料が飛ぶから!!そっち向いてして!!・・・・ふう、大丈夫?鼻をかみ終わったら、しばらく、ハンカチで抑えておいた方がいいわよ。

それにしても、楽しみよね。カレー祭り。
 毎年いろんなカレーが食べられるから、飽きないし。同じ人が作るのでも、去年と全然違うレシピで来るから。ねぇ、電、雷、響、来年あたり私たちも出場するのはどう?今年まではこうやって準備しているだけだったけれど、そろそろ私たちも出てみてもいいんじゃない?なんか先輩たちの作っている姿を見ると、作りたくなってきちゃった。今からじゃ無理だけれど、ずっと前から準備しておいしいレシピを考えて来年を目指しましょ?いい?ホント?!やったぁ!!じゃ、来年出場するわよ!!頑張ろう!!


■ 同日午後、執務室に、提督と協議する鳳翔――。
ええ、そうです。これが今回の予選会の出場者名簿になります。ビスマルクさんとプリンツ・オイゲンさん、そして紀伊さんが新しく出場されます。
 私ですか?私はそうですね、今回はもういいかと思っています。皆さんが年々レベルの高いカレーを作りますので、もう私にはついていけなくて。
 えっ!?今なんとおっしゃいました提督?あの、一瞬耳を疑いましたけれど、年齢のことをおっしゃって・・・違いますよね?えっ?なんですか、急にあたりを見まわされて・・・なんでしょうか・・・。耳を貸してくれ?

て、提督・・・今回の事、そんな風にお考えだったのですか・・・・。
 
 私は別にそのようなことを気にしていただかなくとも・・・・ですが・・・・。いいえ、わかりました。それほどおっしゃるならば、私は反対は致しません。ですが一つだけ条件を。

 私も出場します。提督がそういうお考えであれば、私も秘書官として・・・・いいえ、私個人として参加させていただきます。よろしいですね?




■ 同日夜、夕食後、間宮食堂にて試行錯誤する赤城――。
 加賀さん、方針はこれでいいかしら?ルーの辛さは中辛、辛いものが苦手な人には甘口を2種類用意する方向で。今回はルーにこだわって具材をシンプルなカレーにするというあなたのアイディアはさすがだと思います。私たちの姿勢とも合いますしね。材料は豚肉、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモの定番で行きましょう。

 さっそく作ってみましょうか。

私はルーを作るから、加賀さんは具材の方をお願いします。まずは、フライパンをコンロに乗せて、火をつけるわ・・・・。よし、温まってきたら、最初はバターを溶かして・・・・うん、なじんてきたわね。そこにメリケン粉を入れてじっくりじっくり炒めるわね。ええ、いい感じです。
 全体が茶色くなってきたら、そこに私たち秘伝の配合香辛料を加え、さらに炒めます。焦げ付かさないように気を付けながら、じっくりじっくり・・・・。

 うん、上々ね。


■ 同日夜、夕食後、間宮食堂にて試行錯誤する加賀――。
 赤城さん、私たちに派手さは要らないわ。カレーも日頃の鍛錬と同じ。いくら姿が美しくても中身が伴わなくては意味がない。それを今回は実践してみようと思っただけ。
 さて、私は具材の準備にかかります。寸胴鍋に水を入れて・・・沸騰する間に具材を切らなくては。食べやすいように肉は薄切りの物を使うから、今回は日本酒などで下ごしらえをする必要はないわね。ジャガイモは芽を取って・・・水につけて、灰汁を取り、その間にジンジンの皮をむいてさいの目に、玉ねぎは煮る直前でいいわね。

 赤城さん、一ついいかしら?いいえ、手を止めないで。構いませんから、そのままで聞いていてほしいの。

今回のカレー祭りは、私たちの連覇がかかっています。ここ最近はずっと勝者が変わってきていますが、それはそれだけ皆のカレーに対する好みが多種多様であるということ。その中で私たちが連覇することは、私たちが皆の欲するものを作り続けることができるということになります。第一航空戦隊が実戦だけではなく、カレーなどの料理でも一流であると証明できれば、五航戦のあの子もずいぶんと私たちに対する態度が変わるのではないかしら。
 不純な動機?そうかもしれない。でも、私は漠然と作るよりも不純であろうとなにかしらの明白な目的をもって望みたいと思っているの。

 お湯がそろそろ沸騰してきたわね。玉ねぎを切ってジャガイモの水を切り、肉を別のフライパンで軽く炒めます。同じ鍋で炒めてもいいのだけれど、そうすると焦げ付いたものも一緒に入ってしまい味を損ねるから。次に野菜を軽く炒め、少し油になじんだ程度で引き上げる。沸騰した鍋に具材を入れて、慎重に煮ましょう。

 赤城さん。そんな顔をしないで。大丈夫。どんな思いを抱えていても、私は全力で目の前のカレー作りに取り組むから。

鎧袖一触よ、心配いらないわ。


■ その時、加賀の横顔を見ながら考え込む赤城――。
 加賀さん、大丈夫かしら。何もそこまで皆を意識しなくてもいいのだと思うけれど。それはそれ、これはこれ、そういうことと割り切ることはできないかもしれないのだけれど。せめて料理は皆と楽しく食べるように私は作りたいわ。駄目かしら?私たちの作ったものをおいしいって皆が声を上げながら食べてくれるもの、そういうものを私は加賀さんと一緒に作りたい。

 加賀さん、あなたの気持ちはわかるけれど、力みすぎた作品はかえって皆を遠ざけてしまうわ。


■ その時、間宮食堂の厨房入り口で佇む紀伊――。
あっ!赤城さんと・・・加賀さんがいらっしゃるわ。まいったなぁ・・・・。せっかく練習しようとこっそり来たのに、これじゃ見られちゃうわ。仕方ないわね。ちょっと遠いけれど、メディカル施設の厨房を借りることにするわ。あそこなら誰も来ないだろうし。


■ 翌日、大会前日の朝、準備委員の艦娘・妖精を前にしての由良の訓示――。
みなさん、おはようございます。呉鎮守府カレー祭りの今大会準備委員長を仰せつかりました、由良です。いよいよ明日が本番です。各員はもう一度選手からのオーダーのあった具材の現物確認をお願いします。それが終わり次第、野外炊事会場の設営に移ります。なお、当日は鎮守府を開放して、多くのお客様が来られる予定ですので、入場・整理委員、本部中央委員、会場委員の妖精方は入場・退場経路、会場レイアウト、迷子センターの設置、緊急医療場の設置、そして重要な投票の準備のチェックをお願いします。当日の司会進行は鈴谷さん、アシスタントに熊野さんをお願いしてあります。
今大会の開会に先立ち、提督からの挨拶が予定されておりましたが、急きょ中止となりました。誰ですか?今、いつものことだと言ったのは。
 とにかくです。当日が終わるまで気は抜けません。各員最後まで円滑な運営の進行をよろしくお願いします。


■ 同時刻、メディカル施設調理場で紀伊を介抱する伊勢――。
 ちょっと紀伊大丈夫?昨日全然戻ってこないから、心配して探し回ってみたらこんなところにいるんだもの。あぁ、駄目!そのままでじっとしていて!また無理に立ち上がって目を回して倒れられても困るから!今、日向が妖精を呼びに行ったからそのままでいてね。まったく・・・ドジなのは私だけだと思ってたけれど、もう一人いたわ。駄目じゃない。包丁で手を切ったくらいで気絶するなんて。どんだけ繊細なの?え?血が怖い?そりゃ初めて包丁を握ってそうなれば、そうだろうけれど、実際はそんなに出てないから心配しないで。
 まぁ、とにかく今日午前中は安静にしていてよね。カレー?いいわよ、そんなの、放っときなさい。私が片付けるから。


■ その時、紀伊――。
 恥ずかしくて死にそう・・・・・。


■ それからしばらくして、榛名による日誌『間宮食堂奥の厨房での出来事』――。
 ようやく私のカレーのレシピが決まりました。本番まであまり時間はありませんが、少しでも練習を重ねていい味にしたいです。
なので、本番前に練習しようと厨房に行くと、既に赤城さん、加賀さんと翔鶴さん、瑞鶴さん、それに足柄さんがいらっしゃっていました。皆さんそれぞれ思い思いの場所に陣取って一生懸命具材をいためたり、煮たり、鍋を掻きまわしたりしています。榛名も持ってきた具材を広げて準備していると、突然声が聞こえました。
「それ、私たちの調味料じゃない!」
顔を上げると、瑞鶴さんが加賀さんの手を押さえています。加賀さんの手は「ウスターソース」と書かれた小さなプラスチックの容器をつかんでいます。
「気やすく触らないでいただけますか?ここに置いてある食材や調味料は皆共同の物です。」
「それはそうだけれど、これは私がとってきたものよ!欲しかったら自分が取りに行けばいいじゃない。」
「何をおっしゃっているのですか?ここに『共用』と書いてあるのが見えませんか?先ほど私が戸棚を調べに行ったら在庫がありませんでした。」
「あったわよ!」
「いいえ、ありませんでした。あなたの注意力不足です。」
「あなたこそ、どこに目ん玉つけてるの?私が見た時は少なくとも4つあったわよ。あきれたわね、第一航空戦隊の双璧と言われたその一人は、実は視力に難点があったとか?」
榛名の空耳でしょうか。一瞬加賀さんのこめかみが盛り上がり、ピキッという嫌な音が立ったような気がしました。急に寒くなってきました。空気が一気に凍りついたのがわかります。
「二人ともごめん!」
と、そこに足柄さんが割って入るようにして、
「これ、私が持っていたの。4つのうち2つが空で、3つまとめて自分のところに持ってきたのだけれど、ついついそれを自分のところに置きっぱなしにしていたの。」
それを聞いた瑞鶴さんは仏頂面のまま手を離しましたが、一言も謝りませんでした。やっと翔鶴さんにせっつかれて渋々といった体で謝ります。
「本当に申し訳ありませんでした。」
翔鶴さんが、深々と頭を下げますが、加賀さんは脇を向いたまま、
「別に。五航戦の子が突っかかってきたからと言って、自分の非違を他人に擦り付けたからと言って、いちいち気にしていたらきりがありませんから。」
瑞鶴さんがぎりっと歯を食いしばったのが聞こえました。
「どうせウスターソースなんか持っていったって、満足に使いこなせないくせに。」
小声で吐き捨てるようにして調理場に戻る瑞鶴さん。それを見ていた私は悲しくなりました。普段はとてもいい方なのに、第一航空戦隊のお二人のこととなると、過剰に反応してしまうようです。加賀さんは眉を跳ね上げましたが、それでも何も言わず、黙々と自分の作業に戻っていきました。

 それからしばらくは誰もが無言でそれぞれのレシピをもとに作っていきます。私も具材をこまかく切り、フライパンで炒め、そこに前日アレンジしたカレーのルーとスープストックを加え、さらに炒めます。今回は水を使わないドライカレー風にする予定です。大きめのナスとピーマン、そしてパプリカを半分にカットしたものをご飯に添えて、そこに細かく切った具材をひき肉と合わせた少し辛めのソースをかけるんです。ピリッとした辛さがこれからの夏の季節にぴったりかなぁって。うまくいくといいのですけれど。
 
 突然パリンという音が響きました。顔を上げると、翔鶴さんが指を口にくわえています。足元には散らばった陶器のかけら。どうやら盛り付けに使用するお皿を落としてしまい、それを拾おうとしてうっかり手を切ってしまったようです。
「大丈夫!?翔鶴姉大丈夫!?」
瑞鶴さんがおろおろと翔鶴さんに声をかけます。私は火をいったん止めて棚に向かい、ホウキと塵取り、それに救急箱をもって戻ってきました。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさい。ご迷惑をおかけして。」
翔鶴さんは口から指を離しました。血はまだ出ていますが、それでも深くはないようです。指をまず綺麗に冷水で洗い、次に綺麗な柔らかいタオルで止血するように包んで、心臓の高さより上にあげるようにお願いしました。こうすればたいていの傷の出血は止まります。瑞鶴さんも途中から手伝いに加わって、お二人はその間にも何度も私にお礼を言いました。
「情けない。」
後ろで吐息交じりの声がしました。振り向くと、加賀さんが瑞鶴さんを見つめています。
「たかが包丁で指を切ったくらいで、動揺して手当てもできないのですか?」
「そ、そんなことないわよ。」
顔を赤くする瑞鶴さん。
「ちょっと、突然の事だったから動揺しただけよ!」
「加賀さん。」
赤城さんがそっと加賀さんの袖口を引っ張りますが、加賀さんはなおも言葉をつづけます。
「翔鶴姉翔鶴姉翔鶴姉・・・・あなたもいい加減お姉さんから自立したほうがいいと思います。人前にもかかわらずべったりとする姿はとても清々しいものだとは言えません。」
「ぐっ!!」
瑞鶴さんの拳がぎゅっと握られましたが、何も言いませんでした。たぶんですけれど、加賀さんのおっしゃることはあながち間違っていなかったわけで、当の瑞鶴さんもそれを自覚しているところはあったのかもしれません。加賀さんはそんな瑞鶴さんに対して、それ以上何も言わず、自分の調理場に戻っていきました。
「瑞鶴さん・・・・。」
私がそっと声をかけようとしたその時です。また、パリン!という音が調理場に響き渡りました。私たちが一斉に振り向くと、立ち尽くす赤城さんの指に吸い付いている加賀さんの姿がはっきりと目に飛び込んできました。足元には散らばった陶器のかけら。どうやら盛り付けに使う皿を誤って落とし、それを拾おうとしてうっかり手を切ってしまったようです・・・・って、あれ?これ、って――。
 私たちとばったり目があった加賀さんの顔がみるみる赤くなり、不意にくわえていた指を離しました。出血は続いていますが、それほど深くはないようです。私は急いで今度は赤城さんのもとに駆け寄って、冷水で指を洗い、柔らかいタオルに包んで、心臓より高く上げるようにお願いしました。これじゃ私はなんだか看護師さんみたいですね。赤城さんは何度も私にお礼を言いました。
 と、その時後ろでわざとらしい咳払いが聞こえました。
「へぇ~~・・・・。」
瑞鶴さんがにやりと口の端をゆがめてこっちを見ています。
「なるほどねぇ~・・・・。『人前にもかかわらずべったりして』いるのはどっちの方なんだか、これじゃわからないわよね。」
「何を言っているのかわからないけれど。」
加賀さんはそっぽを向いたまま、ですけれど、顔の赤さは尋常ではないくらいです。
「これは傷の手当でやったことです。」
「さっき榛名がやったのを見ていたじゃない。まずは冷水で洗って、タオルで包んで、上にあげること、だよね?」
と、私に顔を向ける瑞鶴さん。不意に私に話を振られても・・・・。
「でも、指をなめることも一応は正しい処置の一つですから。」
 と、加賀さんをフォローしておきます。
「そう。そういうことです。」
と、加賀さんも言います。
「そう。そうなのね。まぁ、そういうことにしておくわ。」
そういって勝ち誇ったように調理場に戻った瑞鶴さん。加賀さんの方を見ると、硬い表情のままです。私はそれ以上いるのが怖くなったので、早々に道具を片付けて調理場を出ました。なので、その後のことは見ていません。ですが、そっと足柄さんが私のところにきて話した内容では、あれからお互い・・・というよりも加賀さんと瑞鶴さんは最後まで一切口を利かなかったそうです。う~ん、これ、大丈夫なのかなぁ・・・・。

 
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