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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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第二十四話 嵐の到来


ビ~~~~~~~~~~~ッ!!!ビ~~~~~~~~~~~ッ!!!ビ~~~~~~~~~~~ッ!!!


けたたましい警戒サイレンが横須賀鎮守府内に響き渡っていた。あちこちで各艦娘や妖精たちがあわただしく走り回っている。次々と放たれる命令、怒声、そしてそれを窘める声などがいっしょくたに官舎を出た紀伊の耳に入ってきていた。
「これは・・・どういうこと!?」
「姉様、あれ!!」
 一緒に出た讃岐が上空を指した。それを見た紀伊は信じられない光景に凍り付いた。

上空を次々と深海棲艦機が飛来してきていた。次々と爆弾が投下され、鎮守府内のいたるところに爆炎が立ち上り、火災が巻き起こっている。妖精たちがあちこち走り回り懸命に消火活動をしているが、それも後続してきた新たな敵に投下された爆弾で中断されてしまう。

 ババババッ!!という断続的な音が聞こえる。

それは高射砲だった。各陣地が応戦しているらしい。だが、敵の勢いは衰えないところを見ると、あまり効果はないようだ。
「姉様危ないッ!!!」
呆然と見まわす紀伊に讃岐が突然とびかかってきた。二人は一瞬宙を舞い、地面に身を投げ出されていた。バラバラと土の破片が二人に降りかかる。
「・・・・・・・!」
身を起した紀伊は先ほどまでたっていた場所に大穴があいているのを見て慄然となった。さらにその背後の官舎にも火が移り煙を盛大に吹きあげて炎上していた。
「あ、ありがとう・・・!大丈夫?けがはない?」
差し伸べた手を讃岐はつかんで起き上がった。
「平気です。姉様こそ大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。あなたのおかげで助かっ・・・讃岐危ないッ!!」
紀伊が讃岐の手をつかんで全速力で走った。間一髪のところで二人の背後に爆弾が落ちて破裂した。
「す、すみません。でも姉様、ここは危険です。」
讃岐は周りを見まわした。
「一旦司令部に行きませんか?あそこなら皆さんがいらっしゃいますし、防空仕様になっています。何が起こったのかもわかるはずです。」
敵が攻めよせてきたのはわかっていた。だが、それはあり得ないはずなのだ。沖ノ島海域を制圧して同島を攻略し、これによって横須賀から沖ノ島に至る海域はヤマトの制海権のもとに置かれたはずなのだから。イージス戦艦を中心とする艦隊が展開しているはずではなかったのか。
 と、そのとき炎と煙の渦の中から人影が湧きあがり、煙を突き抜けて走ってくるのが見えた。古鷹だった。彼女は紀伊たちに目もくれず司令部に向けて一心に走っていく。紀伊は大声で呼び止めた。古鷹は声の主を探してあたりに首を動かした後、やっと紀伊たちに気がづいて走り寄ってきた。息を切らしている。
「何が起こったんですか?」
「て、敵襲なんです。」
「敵襲!?うっそぉ!?マジで!?」
傍らにいた讃岐が驚きの声を上げる。
「マジです。」
ようやく息を取り戻した古鷹は大真面目にうなずいた。
「でも、沖ノ島海域の主力艦隊も残存艦隊も撃破したはずなのに!?それにイージス戦艦が航路を確保していたんじゃないの!?」
「まだいたんですよ。南方に展開する機動艦隊が。退路をたたれてのヤケクソなのか、何も考えていないのか、それとも積極攻勢なんだか、よくわかりません。とにかくあいつら横須賀鎮守府のすぐ目の前まで来ています。」
「皆さんは?」
「すぐに動ける人は発着所から緊急出撃してます。金剛さん、榛名さん、加賀さん、夕立ちゃん、野分ちゃん、磯風ちゃん、矢矧ちゃん酒匂ちゃんたちが。そのほかの皆さんも。」
司令部の防衛に当たるべきか一瞬紀伊は迷った。だが、陸上では何もできない。艤装を付けて海上に走り出てこその艦娘だ。それにこの爆撃の規模から察すると、押し寄せてきたのは大規模な機動部隊だろう。当然護衛艦も少なからずいるとみていい。今は一人でも多く出撃したほうがいいと紀伊は判断した。
「わかりました。私たちも行きます。讃岐!」
「はい!」
讃岐は大きくうなずいた。
「それじゃ一緒に行きましょう。何とかここで食い止めないと!!」
三人は発着所に向かって全速力で走り始めた。

司令部でも動きはあわただしかった。
「状況を報告しろッ!!」
長門が叫んだ。電探や通信装置にむかっていた大淀が振り向いた。
「敵は空母6隻を中心に護衛戦艦12隻、重巡19隻、軽巡27隻、駆逐艦以下多数の大艦隊です。戦鬼級の大物は含まれていませんが――。」
グオン!!という音とともに司令部が震動した。どこかで陶器を割ったような音が響いた。ガラス窓が砕け落ちたのだ。
「敵は艦載機を発進させて、空襲を仕掛けてきています。既に基地航空隊がスクランブル。敵の第一陣と鎮守府上空で交戦中です。」
「艦隊はどうか?」
「敵艦隊も依然として接近中。既に横須賀からの距離、100,000を切りました。」
「くそっ!!よりによってこんな時に!!」
長門がこぶしを打ち合わせた。なぜなら、大和、武蔵、尾張、近江、霧島、大鳳らをはじめとする主力艦隊は沖ノ島の航空基地及び司令部設営のために派遣されていたからである。
「手の空いている者は残らず緊急出撃だ。陸奥!!」
管制システムから陸奥が顔を上げた。
「了解よ。既に各艦娘が緊急出撃中。臨時に艦隊を組んで敵に向かっているわ。」
「この際だ。既存の艦隊編成は無視しよう。私も出る。大淀。」
長門は大淀に視線を戻した。
「ここは任せた。もし司令部に来る者がいたら、順次出撃し、深海棲艦を迎撃しろと伝えてくれ。」
「はい!」
「よし、行くぞ、陸奥。」
長門の言葉に、陸奥は静かに立ち上がった。

いたるところに爆弾が落下し、炎と煙が迫りくる中を紀伊、讃岐、古鷹はなんとか発着所までたどり着いた。中に入ると耳を圧するばかりの警報音が鳴り響いている。
「古鷹さん!!」
数人の艦娘が不安そうに佇んでいたが、3人の姿を見ると救われたようにして駆け寄ってきた。
「紀伊さんも讃岐さんも!ご無事だったんですね!」
吹雪が安堵したように叫んだ。
「他のみんなは?」
「わ、わかりません・・・私たちも無我夢中で。何とか出撃して迎撃しなくちゃって思って・・・・でも・・・・・。」
陽炎が言いよどんだ。
「私たちだけじゃどう戦っていいかわからなくて・・・・。」
清霜が俯いた。
「大丈夫です。」
紀伊が吹雪たちの視線の高さまでかがみこんだ。
「こうして6人集まれたんです。もう一人ぼっちじゃないですよ。それに、6人でなら艦隊が組めます。」
「この6人で艦隊を組むんですか?一度だってそんなことしたことないのに!?」
清霜が目を見開いた。確かにそうだった。紀伊自身は吹雪、清霜とは艦隊を組んでいたから大丈夫という思いはある。
だが、陽炎、そして古鷹とは艦隊を組んで実戦に当たったことなどない。他の艦娘自身も大なり小なり同じだろう。また、艦種もバラバラで速力も違うこのメンバーで統一した艦隊行動ができる保証などどこにもない。だが、紀伊は日ごろ彼女たちの立ち居振る舞いをみて好もしく思っていたし、なによりも自分よりはるかに実戦を重ねてきていることを良く知っていた。
「大丈夫。きっと大丈夫。」
「でも・・・・。」
「古鷹さんがいます。それに及ばずながら私たちがいます。それに私たちも吹雪さん、陽炎さん、清霜さんたちの水雷戦闘に頼らなくてはならないんです。」
紀伊は3人を励ますように順繰りに見た。
「一人一人では戦えません。皆がそろってこその艦隊です。皆で力を合わせましょう。ね?」
「そうだよ。吹雪ちゃん、陽炎ちゃん、清霜ちゃん。」
古鷹が進み出た。
「私たちは艦隊だもの。一人で戦うんじゃないんだもの。どんな敵とだって大丈夫。」
「私もおっちょこちょいだけれど、姉様やみんなのフォローがあってなんとかやっていけてるんだもの。皆ならできる!というか、姉様や私よりもみんなの方が実戦経験は豊富なんだから!」
讃岐もうなずいて見せた。
3人は頼りなさそうな視線を交わしたが、気持ちはまとまったのだろう。すぐに紀伊たちに視線を戻して、うなずいた。
「はい!」
その時、轟音とともに強い震動がきた。
「ここも爆撃されてます!急いで出ないと!!パンケーキみたいにペッちゃんこになっちゃう!!」
讃岐が叫んだ。
「パンケーキにはなりたくないです。」
古鷹が真顔で言った。
「すぐに出撃しましょう!紀伊さん。」
古鷹は紀伊を見た。
「あなたが指揮を執ってください。」
突然の言葉に紀伊は仰天した。
「私が!?古鷹さんが最も経験豊かです。古鷹さんこそ――。」
「いいえ、紀伊さんです。」
「でも――。」
「このところの対立の話なら私は無関係ですよ。それに私は南西諸島の戦いの時からずっと紀伊さんのことを知ってます。だからこそ言うんです。早く!時間がないです!」
「わかりました!」
迷っている暇はなかった。紀伊はうなずいた。
「各員、発着台に乗ってください!」
6人は一斉に発着台に乗った。たちまち艤装が6人に取り付けられ、出撃準備は整った。
「皆さん。」
紀伊は5人を順繰りに見た。
「一歩ここを出れば外は激戦地かもしれません。気を引き締めて、頑張っていきましょう。なんとしても横須賀を守り抜きます!」
『はい!』
ブザーが鳴り響き、ゲートが重い音を立てて開き始めた。
「古鷹さんは吹雪さん、陽炎さん、清霜さんを伴っての近接戦闘の指揮を執ってください。」
「わかりました。」
「讃岐、あなたと私は外に出次第艦載機を発艦!次いで砲撃戦闘の準備をするわよ。」
「はい。」
讃岐はしっかりとうなずいた。案外落ち着いている様子に紀伊は一瞬おやっと思い、ついで頼もしく思った。妹も戦いの中で成長してきているのかもしれない。姉としてそれが嬉しかった。

 6人の足元に海水が満ちた。

「紀伊型空母戦艦紀伊、出撃します!」
紀伊が叫んだ。足元に水煙が立ち上ったかと思うと、紀伊は勢いよく水面をけって滑り出た。他の5人も次々と後に続く。
「うっ!」
一歩外に出た瞬間紀伊は腕で顔を庇った。ものすごい熱風と煙が吹き付けてきたからだ。

 炎と煙は海上にまで達していた。どうやら近くの燃料タンクが爆発して中身の燃料が海上に流れ出し、そこに引火しているらしい。一瞬ちらっと振り向いた陸地は既に炎と煙で充満していた。あたりは強い風が吹き荒れていた。風に流され煙が海上に向かってきている。その下には波が泡を吹き上げて沸き立っている。
 海上に目を転じれば、巨大な防波堤が横須賀鎮守府全体を半円に取り巻いて外海と遮断していた。この防波堤は横須賀鎮守府と約3キロ隔てた沖合に設置され、ぐるっと半円を描いて鎮守府をU字型に護るように建設されていた。この防波堤は特殊コンクリートで固められ、さらに鋼材をもって装甲されている。さらに要所には防空監視所や対空砲台、沿岸防御砲などが配備されている。だが、あちこちに穴が開いている。敵の砲撃かそれとも爆弾が命中したのか。

その中をかいくぐって敵が侵入してくるのが見えた。

同時刻、防波堤の外、外洋――。
金剛を筆頭とする臨時艦隊は敵の第一陣と交戦し、多大な被害を与えつつ、これをを外洋に追い落としつつあった。
「Shi~~~~t!!」
何気なく横須賀鎮守府の方角を振り返った金剛が両手を頬に当てて叫んだ。
「マズいデ~ス!!外洋に追い落としたすきに敵艦隊に入り込まれマ~ス!!」
「ええっ!?」
榛名が鎮守府を振り向いた。
「早く救援に・・・・くッ!?」
主砲弾が続けざまに艦娘たちの頭上で炸裂した。
「駄目っぽい!!敵艦隊がピッタリくっついて離さないっぽいもの!!」
罠だという言葉が艦娘全員の頭に張り付いた。敵は第一陣を接触させつつ外洋に誘引し、そのすきに突入部隊が横須賀に突進し、内部を制圧するという作戦だったのだ。
「ここは私たちが抑えます。矢矧さん、野分さん、磯風さん、狭い湾内では軽快な水雷戦隊が有利です。すぐに救援に向かってください。」
矢矧は答えなかった。そっぽを向いている。
「・・・・・戦艦に命令されるのは、好きではないわ。」
金剛も榛名も驚いたように目を見張った。
「ちょっと矢矧~。そんないいかたは――。」
「黙りなさい!!」
「ぴゃあっ!!」
矢矧の剣幕に酒匂は飛びのいた。
「お願いです!!」
榛名が縋り付かんばかりだ。
「・・・・・・・。」
「狭い湾内では私たちは不利なんです。あなたたちが頼りなんです!!」
「私はあなたたち戦艦が私たち軽巡以下を艦隊決戦の梅雨払い程度にしか考えていないことに心底腹立たしいわ。いざともなれば私たちに守ってもらわなくては満足に戦えないくせに・・・・危機が去れば何事もなかったかのように振る舞うんだから!」
「それは・・・・。」
「Hey!!矢矧!!お説教は後で聞きマ~ス。でも今はそれどころじゃないです。私たちだけでなくあなたたちの仲間を見殺しにするんですカ?」
金剛の言葉に矢矧が血相を変えて詰め寄った。
「見殺し!?・・・そんな言い方――。」
ふと、榛名の視線が外洋に向けられた。
「矢矧さん危ないッ!!」
榛名が飛び出した次の瞬間戦艦の主砲弾が炸裂し、大爆発を起こした。
「・・・・・・・っ!!」
弾き飛ばされた矢矧は体勢を立て直し、顔を上げてあっと叫んだ。

 爆炎と煙のなか榛名がぐらりと重心を失ったように倒れ掛かった。
「榛名!!」
金剛が慌てて抱き留めた。皆が走り寄ってきた。
「大丈夫ですか!?」
「榛名先輩!!」
「しっかり!!」
口々に叫ぶ艦娘の声に榛名はようやく目を開けた。
「矢矧・・・さん・・・良かった・・・・。」
矢矧が声にならない悲鳴を押し殺した。金剛がその矢矧をきっと真正面から見つめ据えた。
「矢矧。どうして榛名があなたを庇ったのか、わかりマスカ?」
「・・・・・・。」
「あなたがおもっているような戦艦なら、こんなことはしないはずデ~ス。」
「戦艦が・・・軽巡なんかを助ける・・・・・そんな・・・・・。」
矢矧は顔色を失っていた。
「戦艦戦艦と気にしているのは、むしろあなたのほうではなくて?」
加賀が矢矧を見つめた。
「私たちはそんなことを考えている余裕も暇もないわ。特に今は。あなたはあなたにしかできないことを今はやりなさい。」
一瞬下を向いた矢矧はこぶしをブルブルッとふるわせた後、きっと顔を上げた。
「・・・・・・野分、磯風。」
呼ばれた二人は矢矧に向き直った。
「全速力で湾内に突入。内部の敵艦隊を徹底的に排除、榛名先輩の仇を取るわよ。」
『はい!!』
3人はすぐに水面をけり、湾内に全速力で戻っていった。
「榛名・・・・。」
金剛は先ほどとは一転、不安顔をして妹をしっかりと抱きかかえた。
「金剛お姉様・・・・榛名は・・・・大丈夫ですから。」
気丈にも微笑んで見せた榛名だが誰の眼にもその傷は小さくないとわかっていた。
「金剛さん。」
加賀の声に金剛は顔を上げた。
「榛名さんをエリア3の緊急退避ドックに曳航しましょう。」
「でも、ここの守りが!!」
「私たちが行きます!」
酒匂が進み出た。
「夕立も行くっぽい!」
「で、デスけど、それじゃ外の守りが――。」
「大丈夫。ほら、援軍がきたわ。」
加賀の言葉に金剛が顔を上げると、一隊の艦娘たちが全速力でこちらに走ってくる。
「酒匂さんと夕立さんは榛名さんを護衛してエリア3に。その間私と金剛さんは敵艦隊をけん制してこれを支えます。」
その時、いったん金剛たちの奮戦で遠ざかっていた敵艦隊がまた接近して砲撃を打ち込んできた。
「急いで。」
金剛の手から榛名を抱き取った酒匂と夕立は二人してうなずき合うと、全速力でその場を離れた。
「姉様ぁっ!!!」
別の妹の声が金剛たちの耳に届いた。比叡を中心とする第二陣だった。
「比叡っ!!」
金剛のもとに到着した比叡は息を切らしていた。
「ね、姉様、榛名が、今――。」
誰よりも金剛を慕っている比叡だが流石に今は自分の妹が怪我をしたことに動揺している。
「今は状況を説明している時間はないデ~ス。」
金剛自身も心の中は嵐の海のように沸き立っていたが、それを懸命に押し殺した。
「比叡、敵艦隊が来ます。私と協力して押し返しますヨ。」
「はい!皆さん!」
白露、村雨、浦風、阿賀野、山城、扶桑、飛龍、瑞鳳らが一斉にうなずいた。金剛、比叡、白露、阿賀野が白波を蹴立てて敵艦隊に向かっていく。
「待てよ!どうして戦艦が勝手に戦い方を決めちまうんだ!!」
不意に一人の艦娘が怒声をあげた。麻耶だった。
「ここまであたしも成り行きで来ちまったけれど、アンタはあたしの旗艦でもなんでもないんだ。命令に従う義理はないね。」
「だったらあなた一人で戦うつもり?」
加賀がジロと麻耶を見た。
「んなこと言ってねえよ!いいよ、あたしは阿賀野や村雨たちを連れて――。」
「麻耶先輩!」
阿賀野が怒ったような声で遮った。
「あんだよ?」
「どうして私が麻耶先輩の指示に従わなくちゃならないんですか!?」
「なっ!?」
「同じことを言いますけれど、麻耶先輩は私の旗艦じゃないですもの。」
「だって、お前軽巡で――。」
「軽巡だからってだけで私に命令できるんですか?ひどい!!」
「それは・・・・。」
麻耶は言葉に窮した。自分が先ほど放った矢が巡り巡って自分の後ろから突き立ったような感触を覚えていた。そのことがとても腹立たしく、頭に血が上りそうだった。

だが――。心のどこかでは自分もまた艦種艦種という言葉にとらわれていたのだという声が響いていた。人にされて嫌なことを、人に強制できるのか。答えは当然否だった。

「わかった・・・・。指示には従う。けど、これは成り行きだからだ。あたしはまだあんたたちを信じたわけじゃないからな。」
今はそれで十分です、と扶桑はうなずいて見せた。


艦載機を発艦し終わった二人は転進をやめ、敵艦隊に向かって全速で進んだ。先頭の深海棲艦(おそらく重巡リ級)が砲を続けざまに発射するのが見えた。数秒ののち、二人の左に音を立てて砲弾が飛翔し、水柱が立ち上がった。既に右方向から古鷹たちが猛進して砲撃を浴びせかけているが、敵もまた次々と新手を繰り出してくる。
「最初から狭差!?」
「大丈夫!まだ距離はあるわ。」
紀伊は妹を励ました。新型空母戦艦とはいえ、狭い湾内では存分に動くことはできない。かといって湾の入り口を敵に封鎖されている今、外洋には出られない。ここは思い切った戦い方が必要だと紀伊は思った。戦艦として備えている主砲を最大限効果的に活かす戦術は何か――。
「讃岐、転進、右90度。」
「えっ!?敵前回頭ですか?!」
敵の目の前で回頭することはその行足も速度も瞬時に計算されてしまい、砲撃の的になりやすく危険だった。
「そう。敵艦隊の先頭を横切るようにして左舷砲戦、先制砲撃よ!!」
「でも、それじゃ――。」
「この煙と炎だもの。私たちはそれを背にしている。敵にとっては私たちはシルエットになるわ。狙いが付けにくいはず。そこを狙うの。大丈夫。きっと大丈夫!」
讃岐は白い歯をみせてうなずいた。
「姉様、信じてます!」
「行くわよ!」
「はい!」
二人は急速に反転した。たちまち白い波しぶきが砲に、艤装に、そして体に降りかかる。強風が吹きすさび、波しぶきの飛沫のが飛び交う中左舷砲塔が旋回して狙いを付けた。
「主砲!!砲撃用意!」
「砲弾装填、零式弾!!」
「諸元入力よし。」
空を引き裂くような何とも言えない音とともにものすごい高さの水柱がすぐ目の前で噴き上がった。
「仰角修正マイナス0,2度、距離18,000、完全に有効射程距離です!姉様!」
降り散る水しぶきの中、紀伊の左手が後ろに向けられ、前に振りぬかれた。
「テ~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
41センチ3連装主砲と36,5センチ3連装主砲が同時に火を噴きあげた。海面を衝撃波が走り、波を斬り割った砲弾は先頭を進んできた軽巡ヘ級と重巡リ級を吹き飛ばし、防護壁に叩き付けて爆炎を立ち上らせた。
「第二射準備よし、テ~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
左腕が振りぬかれ、今度は防護壁を抜けようと苦戦していたル級に続けざまに命中して粉みじんに粉砕した。
「バッカね~。戦艦があんな狭い突破口をぬけられるわけないじゃん。」
讃岐が両手を腰に当ててあきれ顔をした。
「讃岐!油断しないで!!」
「あ、はい!姉様!」
讃岐は慌てて3連装主砲を敵に向けなおした。
「次弾装填!狙いよし、う~~~~~~~~~~~て!!」
36,5センチ砲が火を噴き上げ、進んできた戦艦リ級を吹き飛ばした。讃岐はガッツポーズをしかけたが、とたんに悲鳴に似た叫び声を上げた。炎上し沈んでいくリ級の背後から艦載機が突入してきたからだ。
「か、か、艦載機がっ!!やだ!!やだぁ!!!どうしようっ!!」
紀伊はびっくりした。紀伊型の中でこの妹が一番空母としての性格が強い。艦載機の扱いには慣れているはずなのに、それがどうしてこんなに動揺するのか。妹はあせったのか主砲をめったやたらに撃ちまくった。だが、巨砲は敵戦艦のような大きな的には有効だがそれとくらべて虫の様な大きさの艦載機には全く歯が立たない。
「讃岐落ち着いて!艦載機に対しては主砲は無力よ。高角速射砲で対処しつつ、私たちの艦載機に迎撃させましょう。」
「あ。」
讃岐は初めて我に返ったような顔をして、頬を赤くしたが、すぐにうなずいた。
「は、はいっ!!」
紀伊と讃岐は艦載機に至急戻るように指令を発した。
「全高角速射砲!仰角38度、左11時の方向、撃ち方はじめ!!」
紀伊が叫んだ。二人の艦娘の作り出す弾幕によって次々と敵機は撃ち落とされていく。だが、それらをかいくぐって何機かが急速に接近してきた。それをみた讃岐の顔色がまた変わった。パニックになりながら大小の砲をめったやたらに撃ちまくる。冷静が失われた対空砲撃ほど敵にとって好都合なものはない。
「嫌ぁ!!近づかないで!!このド変態!!!痴漢!!!バカぁ!!!」
「讃岐落ちつきなさい・・・・危ないッ!!」
紀伊の砲撃で爆発した深海棲艦機の残骸の背後からまた一機が突入してきた。まっすぐに讃岐の胸元に向かって。
「讃岐!!」
「イヤ・・・姉様ぁっ!!!」
絶叫と共に大爆発が起こった。
「讃岐!!!!!!!」
紀伊は全速力でかけつけた。全身よごれているが妹の無事な体が見えた。両腕で顔を庇っていた讃岐は呆然と腕を下ろした。
「良かった!!」
「私・・・・・ええっ!?どうして!?」
その時、一機の艦上戦闘機がわきをすり抜けた。零戦21型だ。
「艦載機の皆さん、用意はいい?」
凛とした声が響いた。
「目標、敵艦載機隊です。全機突撃!!!」
次々と二人のわきを零戦がすり抜けて敵に向かっていく。紀伊は飛んできた方角に視線を移した。

 一人の艦娘が燃え上がる鎮守府を背にして海上に佇んでいる。長い黒髪が噴き上がる風に揺れる中、静かに佇んでいる。火の粉が海上を待っている中、凛として立っている。
「赤城さん!!」
「紀伊さん、讃岐さん。大丈夫ですか?」
赤城が叫び返した。
「もう少しで応援が来ます。何とか頑張って、敵を防ぎとめてください!」
赤城はそう言いながら、海面を走り始め、次の矢を弓につがえた。第一航空戦隊の双璧の一人は次々と艦載機を打ち上げ、的確な指示で向かわせ次々と撃破していく。
「すごい・・・やっぱり赤城さんはすごいわ・・・・。」
紀伊は感嘆の眼でそれを見つめていた。


同時刻、長門たちは別の緊急発進用ドックから出撃し、金剛たちと敵艦隊本隊を挟撃して、これに激烈な砲撃を加えていた。ほぼ、その勝負がついたとみると、長門は能代を呼んだ。
「外洋に展開した艦隊は我々が撃破する。」
砲撃が飛び交う中、長門は能代にそう告げた。
「だが、湾内の戦闘は我々には狭すぎて出来ない。既に矢矧たちが先発したが、数の上でまだ不足かもしれん。能代、近接戦闘に優れたお前たちが頼りだ。頼む。」
「わかりました!」
能代は、初雪、浜風、深雪、長月を呼び寄せ、全速力で横須賀に取って返していった。

その背後を巨弾が襲い、水柱が噴き上がった。幸い距離は離れていたため、命中することなく、また彼女たちも振り向くことなく無事に去っていった。
「敵の戦艦はまだ健在だな。」
長門がつぶやいた。
「ええ。空母は私たちは砲撃で仕留めたけれど、敵の戦艦4隻がスクラムを組んで味方を寄せ付けていないわ。艦載機攻撃でも撃破できないことはないけれど、少し手間取りそうね・・・・。」
陸奥は長門に顔を向けた。
「長門。敵に決定的なとどめを刺すには、さらなる強力な戦力の投入が必要だと思うわ。」
「わかっている。だが・・・。」
長門はしばし考え込んだ。今のこの状況ではほかの戦艦はすべて交戦中で手が回せない。近接戦闘に持ち込むにしても強力な装甲を破る一撃を持つ艦娘が必要になる。そのとき、ふと長門の脳裏にある艦娘たちの名前がうかんだ。
「では、彼女たちを投入するとするか。」
長門の視線の先には、その「ある艦娘たち」がうつっていた。
「北上、大井!」
長門は艦娘たちの名前を呼んだ。長門の左舷方向で砲撃戦を展開していた二人が振り向いて向かってきた。一見軽巡のようだが軽巡と決定的に違うところがあった。魚雷発射管が腿だけでなく腕にまでついているところだ。
「もう!!何回言ったらわかるんですか?きやすく北上さんの名前を呼ばないで下さいと。」
「お、おう・・・・。」
長門は思わずたじたじとなった。
「けれど今は非常事態なのよ。敵に決定的な打撃を与えるには、あなたたちの力が必要なの。沖ノ島海域であなたたちを投入しなかったのは悪かったけれど、その分あなたの北上さんの力をみんなに知らしめるチャンスだと思うわ。」
陸奥が優しく言った。
「そう、そうですよね!!!」
大井の顔がとたんにはじけた。
「聞いた!?北上さん!私たち・・・いいえ、北上さんの実力を皆に知らしめるチャンス到来よ!!」
「え~~~いいよ、そんなの。」
北上が少し嫌そうなそぶりをしたが、大井は聞かない。
「駄・目!!!日頃ただの軽巡と私たちの区別もつかないアホどもに北上さんの華麗な姿を知ってもらうチャンスだもの。陸奥先輩、長門先輩、それで私たちはどうすればいいんですか?」
「敵の戦艦が4隻スクラムを組んで抵抗をやめないのだ。お前たちは砲撃をかいくぐって接近し、砲雷撃戦でうまく敵艦の戦列を乱してくれ。方法は任せる。」
「わかりました!」
「もう。大井っちはすぐ勝手に決めちゃうんだから。しょうがないなぁ・・・・。」
北上はふうっと息を吐き出したが、顔を上げた時には表情は一変していた。
「行くよ、大井っち!」
「北上さん!」
二人は手をつながんばかりにして猛速度で敵艦隊に突っ込んだ。次々と放たれる砲撃を見事にかいくぐった二人は手足の魚雷発射管を敵戦艦に向けた。
「散布角は5度くらいでいいかな。」
「鈍足なクソ戦艦なんかそれで十分です。間抜けにもドデッパラをよこにさらしてるんですもの。」
「もう、大井っちは言葉が悪いよ~。んじゃ、いこっか。」
二人は発射管を向けた。
「大井っち!」
「北上さん!」
『発射!!』
二人が放った酸素魚雷は正確に敵戦艦に向けて海面下を進み、逃げ出そうとした敵戦艦を次々と襲った。

大音響と共に噴き上がる水柱が敵を覆い包む。

それがおさまった時、敵戦艦4隻の姿は消えていた。戦列を乱すどころか、敵そのものを撃破し去った鮮やかな戦いぶりには長門も陸奥もしばし目を見張っていた。
「流石は重雷装艦だ。予想以上だったな。」
長門がハイタッチする二人を眺めながらつぶやいた。
「前世では威力を発揮できなかったが、ここでは思う存分戦果を発揮することができる。」
重雷装艦の放つ雷撃の威力は軽巡や駆逐艦の比ではなく、その攻撃力は戦艦の主砲以上とも言われているが、艦娘の中にはあまりおらず、それだけに北上と大井の二人は温存されてこれまであまり戦局に投入されてこなかった。だが、長門はそれを間違いであると感じ始めていた。
「二人には悪いことをしてしまったな。これからは二人にも積極的に出撃してもらうことにしよう。どうだ、陸奥?」
「あなたの思うままに。私も賛成だけれどね。」
陸奥が微笑んで見せた。
「でも、それにしても・・・・・。」
陸奥は顔色を一変させた。苦悩の表情が現われていた。
「これで私たちは苦境に立たされるわ。太平洋横断作戦に備えて備蓄していた燃料、弾薬、高速修復剤などが焼失してしまった。」
はっと長門は港湾を振り返った。まだ紅蓮の大火炎は立ち上り、消えることを知らないかのような勢いだった。かなり離れているのにその熱風の熱さははっきりと感じ取れる。
大音響と共に炎が天高く立ち上った。燃料タンクに引火したのだ。
「敵の狙いは・・・これだったのか。くそ!!!」
パァン!!と長門の打ち付けた両拳の音が空しく海上に響き渡った。


 湾内にあって、敵艦隊の掃討に従事していた紀伊は、勢いの衰えつつある敵の排除を矢矧たち新手に任せ、後ろを向いた。


濛々たる黒煙が鎮守府を覆い包んでいる。時折炎の中から腹に響く重い爆発音がとどろき、爆炎が立ち上るのは、また燃料タンクに引火したからなのだろう。それとも弾薬庫だろうか。火の勢いはまだ収まらない。

チラチラと舞う火の粉と熱風が吹き付けてくる。それを腕でかばいながら、紀伊は今頃になって戦慄を禁じ得なかった。

沖ノ島侵攻作戦で激戦の末、同島攻略をなしたことに皆が高揚していた。各艦娘の対立がここ最近頻発していても、その高揚感自体はまだ持続していた。これで絶対安全圏が確立され、もう深海棲艦の侵攻に怯える必要はない。少なくとも当面は。皆がそう思っていたし、そう信じていた。

それが今回の急襲であっけなく崩れた。根拠地を失っても、あれだけの大艦隊が攻め寄せてくるほど深海棲艦はまだまだ余力を残している。自分たちが得た勝利とはなんともろかったのだろう。紀伊は自分の足元が崩れ落ちていくような感覚にとらわれていた。
「姉様・・・。」
讃岐がそっとよってきて後ろから紀伊の右手を握った。
 
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