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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第五十四話 主人公たちが対面します。

帝国歴486年6月2日――。

帝都オーディンから遥か数千、いや、1万数千光年の旅程を経た和平交渉使節は、フェザーン回廊を抜けた時点で同盟軍艦船300隻の出迎えを受け、同盟軍宇宙艦隊司令長官のラザール・ロボス元帥の出迎えを受けた。
「え!?ロボスまだいたの!?」
などと世間は驚き騒いだが、もっと驚いたことは、彼がいつの間にか元帥になっていた事である。というのは「向こうが元帥や公爵閣下が来ているのに、こっちの出迎えが大将じゃまずくね?!」という評議会や軍部、外務省の意見が噴出し、結果ロボスは元帥になったのである。まったく皮肉なものである。本人がいかに努力しても敗戦を重ねるだけで元帥になれず、いよいよ退役だというときに、出迎えの箔をつけるためというしょうもない理由から元帥になったのだから。

 もちろん、当の本人が複雑そうな顔をしていたのは言うまでもない。また、今回の帝国和平交渉使節団の出迎えに当たって、軍の階級を一時的に彼らにあわせることにした。すなわち「上級大将」を設けることにしたのである。
 自由惑星同盟の軍制については帝国も承知していることではあるが、頭でわかっていても、例えば上級大将の出迎えに大将が赴けば、あるいは大将が当然のごとく上級大将と対等の交渉者として席に着けば、帝国側としてはあまりいい顔をしないだろうと、配慮したのである。

ロボス元帥の補佐として、ドワイト・グリーンヒル「上級」大将が同行した。なお、政財界からは、ピエール・サン・トゥルーデ議長の代理として、副議長のジャック・アルマン・ボネーが外務委員長ケリー・フォード、そして自派閥の評議員たちを引き連れて対面し、遠路はるばるやってきたこの使節団に歓迎の言葉を述べるとともに、その後の軽い歓迎パーティー席でも慇懃に振る舞った。ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムは、内心ほっとしながらも大貴族の長としての鷹揚な態度を、失礼にならない範囲でとり続けた。
 ラインハルト・フォン・ミューゼル大将も随行幕僚の一員としてパーティーに出席したが、どこかつまらない風であった。もっとも彼はそんなことは表立って顔には出さず、同じく随行できていたイルーナ・フォン・ヴァンクラフト大将やフィオーナ、ティアナなどと話したり、旺盛な食欲で料理を食べたりしていた。
(このタルトはいいな。姉上がおつくりになった物には及ばないが、中々美味だ。キルヒアイスや皆に持って帰ろうか・・・・。)
後半は冗談だったが、それほどラインハルトはブリュンヒルトに残してきた皆を忘れることはなかったのである。もう一個食べようかと手を伸ばした時、反対側から伸びてきた手とぶつかりそうになった。
「失礼。」
ラインハルトが謝りながら顔を上げると、東洋系の黒髪をちょっとぼさぼさに伸ばした自由惑星同盟の軍服を着た軍人が瞬きしながら手を引っ込めるところだった。ラインハルトら帝国軍人は自由惑星同盟の公用語は勉強しており、ある程度は話すことができる。それは向こうも同じことらしく、やや詰まりがちながらもわかりやすい帝国語で話しかけてきた。
「こちらこそ失礼いたしました。」
軍人とは思えない顔立ちだな、とラインハルトは思ったが、むろん口には出さなかった。また、人は見かけによらないことを小さい頃からイルーナやアレーナにみっちりとおしえこまれていたから、目の前の軍人らしからぬ人物に対しても特に軽蔑の念を抱かなかった。何しろ目の前の相手は30前で将官になっているようなのだから。
「貴官は、自由惑星同盟側の出席者なのですか?」
将官といっても、まだなりたてのようなのだから、敬語など使う必要はないのだが、ラインハルトは相手側に対してはどんな人であれ最初はまず丁寧に話しかけようと決めていた。今回の事はラインハルト個人にとどまらない問題である。余計なことをして波風を立てることは好ましくないと思っていたのだった。
「ええ、そうです。本当は家でおとなしく寝ていたかったのですがねぇ。」
相手はそういって頭を掻いた。目の前に招待されている客側がいるのだというのに、面白いことをいう奴だとラインハルトは思ったし、内心では「怠け者め。」とも思っていた。それが知らず知らずのうちに言葉となって口から出ていた。
「ご存知かどうかはわかりませんが、遥か昔人類が地球にのみ生きていた時代においては、こんなことわざがあったそうですが。『働かざるもの食うべからず。』と。」
「確かにそうです。ですが、それは人間の働き方までを束縛したものではないと思いますよ。終始機械のように一定の動きをすることを求められる仕事もあれば、ある一点で全力を投入する働き方もある。私に言わせれば、職業によっては働き方を画一的に統一することはむしろ弊害だと思うのです。一例を上げれば、戦場に立つ軍人は――後方勤務等の事務方を除けばという前提ですが――戦場において全力を投じることができれば、後は別段どうでもいいと思うのです。」
「ほう?」
ラインハルトの眉が上がった。自分は平素その戦場において常に100%以上の力を発揮すべく日夜心身を鍛錬しているし、あらゆる蔵書などを読んで見識を広めるべく努力している。そう言ったことは駄目なのかとさりげなく尋ねてみた。
「いや、駄目というわけではありません。私自身はずぼらな人間なのでできませんが、心身を鍛錬し、見識を広めることは軍人はおろか、一社会人としても必要不可欠な行為だと思います。私自身は趣味と実益を兼ねて、歴史研究をしていますがね。ですが、私が先ほど申し上げたのはそういうことではなく、画一的に『仕事とはこういうものだ。軍人とはこうあらねばならない。』というステレオタイプを持つことは硬直的な思考を招いてしまうということです。もっと言わせていただければ、そう言った自己の信念を他人に無理やり押し付けることほど有害なことはないと思います。」
「なるほど。」
ラインハルトは相手の言葉に途中から真剣な表情になって聞き入った。相手の言葉は「怠け者の自分を正当化する詭弁」というわけではなさそうだと思い始めたからである。
「良いことを聞かせていただいた。私自身『軍人とはこうあらねばならない。』という固定観念のような物を持っていたし、それをしない他人を内心苦々しく思いもしていた。だが、卿のような考え方もあるのだな。大変参考になった。」
「あ、いや、そんなに真剣に受け取らないでください。私もついつい言いすぎました。」
目の前の相手は当惑したように頭を掻いた。
「卿の言は相手の反応によっていちいち前言を撤回するがごとく軽いものなのか?」
ラインハルトの言葉はいつの間にか僚友に対するものになっていた。相手もそれを感じ取ったのだろう。遠慮はなし、という風な顔に変わって、
「いいえ、そうではありません。今のは私が本心から思っていることです。」
「では、謝罪することはなかろう。私も卿の言動を聞いて非常に参考になったと率直に言った。貴国への旅に参加することになったことを改めて陛下に感謝すべきだろうな。」
なお、自由惑星同盟を称する反徒共、というのは帝国の公文書にもしっかりと記載されている公の呼称であるのだが、そんなものを面と向かって言えば、交渉以前の問題になってしまうので、直接言わぬようにという通達が何度も何度も出ていたのであった。ラインハルトの顔にどことなく皮肉な色合いが混じっているのを目の前の相手は怪訝な顔をして見守っていた。それに気が付いたラインハルトは「すまなかった。不快な思いをさせてしまったか。」と謝った。先ほどの皮肉は自分に向けられたものではないらしいと、自由惑星同盟の将官は思った。
その時、パーティーの終焉を知らせるアナウンスが鳴り響いた。これから一同は共に自由惑星同盟の惑星イオン・ファゼガスに赴くのである。
「卿と話をして大変参考になった。願わくばまたこのような機会を持てれば幸いだ。」
「私もです。閣下のような方と知り合えたことを嬉しく思います。」
二人は期せずして同時に両手を差し出し、硬く手を握った。それは単なる社交辞令ではない。互いに率直な物言いをする相手を好ましく思っていたし、今までの自分の歩んできた人生にはいない相手と巡り合えたことをとても嬉しく思っていたのだ。そして、皮膚の下ではある本能のような物を感じ取っていた。これは自分の将来の好敵手になるのではないか、と――。
「ぜひ卿の名前を聞きたいが。」
最後にラインハルトが尋ねると、彼は頭を掻きながら「ヤン・ウェンリー准将です。」と名乗った。
「ヤン・ウェンリー・・・・。」
ラインハルトはその名前を舌の先で味わうようにしてゆっくりとつぶやいた後、不意に微笑した。
「良い名前だ。貴官に合っているな。私はミューゼル大将。ラインハルト・フォン・ミューゼル大将だ。」


■ ラインハルト・フォン・ミューゼル大将
 ヤン・ウェンリーか、自由惑星同盟にもあのような男がいるとは思わなかった。少々変わった奴だと思ったが、なかなかどうして鋭い卓見を持っている。果たしてそれは会話だけの物であろうか、それとも戦場においても、名だたる戦略・戦術家として名をはせているのだろうか。
 少し気になったので、端末を使用して奴の名前を検索した。すると驚いた。あのエル・ファシル星域で帝国軍を手玉に取り、300万人の民間人を脱出させたのはこの男だったのだ。
 なるほど、ヤン・ウェンリーか。これは戦場において出会った場合、いったいどのような策を弄してくれるのか・・・・・楽しみというものだ。
 もっとも、奴が友となって俺の側にいてくれるのもまた一興だがな。いずれにしても得難い奴だというのは間違いはない。
 今回の旅で奴と交流が図れればいいのだが。


■ ヤン・ウェンリー准将
シトレ大将閣下の幕僚として、歓迎パーティーに行かなくてはならなくなったのは苦痛だった。やれやれ、私もどこか一地方の警備艦隊か何かの幕僚だったら、こういう苦労をせずに済んだのだがなぁ。もっといいのは戦史研究科が復活してそこの教官になれれば一番幸せなんだが。
案の定パーティーは退屈極まりなかった。エル・ファシルの英雄というのは帝国軍に対して鬼門の言葉だったから、それを言われずに済んだのは良かったが、帝国軍と各界の著名人の間を橋渡しするのには疲れてしまった。そんなものは気の利いた副官や美人たちにやらせればいいと思うのだがなぁ。
パーティーが後半に差し掛かった時、デザートのコーナーで一人旺盛な食欲を発揮している金髪の青年将官がいた。青年というよりもまだ少年と言ってもいいかもしれない。だが、階級章を見ると将官、それも上級将官だったので驚いた。向こうが話しかけてきたのは敬語だったのにも驚いた。帝国軍にもこう言った人材がいるのか。
見掛け倒しではないことはすぐに気がついた。頭の回転が鋭く、思考に柔軟性がある。何よりも人の意見に耳を傾ける真摯さを持ち合わせている。私の言った見解についても、当初は軽侮の色を浮かべていたが、やがてその表情が真剣なものに変わっていった。
奇妙なことだったが、私は昔からの知己を得たような気分になった。ああいう人となら私の本心を包み隠さず話してもいいような気さえする。ある意味では同盟軍よりも話しやすい相手かも知れない。皮肉なものだな、敵国の人間と話す方が楽しいなんて。最後に名前を聞いたとき、どこかで聞き覚えのある名前だという気がしていた。ラインハルト・フォン・ミューゼル大将か。後で端末を検索して調べてみよう。もっとも帝国に関する情報は偏りがひどすぎるから、あまりあてには出来ないが。
いずれにしても彼が比類ない人物であるということは間違いないようだ。
彼の前に話をしたイルーナ・フォン・ヴァンクラフト大将もなかなか話しやすい相手だったな。歴史に対する造詣の深さはびっくりするほどだったし、民主主義の考え方をよく理解していた。ああいう人も帝国にはいるのか。まだまだ帝国に対しては我々は無知だという事を痛感させられたな。シトレ閣下がおっしゃったことはまんざら嘘ではなかったという事か。

■ イルーナ・フォン・ヴァンクラフト大将
パーティー会場でラインハルトとヤン・ウェンリーが話をしているのを見たわ。稀代の英雄同士が、主人公たちが、面と向かって対話しているのを見るのはなんだか感慨深いものがあるわね。とてもうれしいことだわ。原作ではラインハルトとヤンの対話は一回だけしか行われていなかったのだけれど、願わくば知己になって互いを理解しあえるようになってくれないかしら。ヤン・ウェンリーが敵であろうと味方であろうと、私のこの気持ちは変わりはしないのよ。
私もヤン・ウェンリーと少しだけ話をする機会に恵まれたの。彼と話をする機会が持てただけでも、ここにやってきた甲斐があるわ。とても純粋な人。私の印象はそう言ったものよ。宝石のような混じりけ一つない輝きは私が欲したもので、ついに手に入れることができなかった光。そう言ったものを持ちながら生き続けることができるというのはとても幸せなことなのかもしれないわね。
気になるのはシャロンはこの席上にいなかったこと。てっきり来ているものだと思って警戒していたのだけれど・・・・。

 




旗艦ベルリン――
旗艦に戻ってきたブラウンシュヴァイクとリッテンハイムたちはアルコールを侍従たちに出させながら、先ほどの歓迎パーティーの模様を話し合った。
「まずまずというべきだろうな、あちらの反応も悪いものではなかった。出だしの一歩としてはいい方だろう。」
ブラウンシュヴァイクの言葉に皆がうなずく。といってもラインハルトやイルーナは内心はそう思ってはいなかったが。
「どうだろう?歓迎パーティーは終わったが、今から彼奴等の交渉の場となる星につくまではまだ時間はある。例の副議長とかいう奴・・・名前は忘れたな・・・・とにかく奴らと予備交渉を行ってはどうか?互いの意見を交換するのも悪くはない話だと思うのだが。」
リッテンハイムの提案にうなずく者は多かった。ラインハルトもイルーナもこれには反対しなかった。いきなりの本交渉よりも予備交渉で相手方のスタンスや議題、材料をできる限り収集することも外交術の一つである。
「ミュッケンベルガー元帥、卿はどう思ったか?」
ブラウンシュヴァイク公が水を向けると、ミュッケンベルガーは眉をひそめた。彼はもっぱら自由惑星同盟の軍人たちと交流をしていたのである。
「あちらの司令長官はあまり傑出した人物ではありませんでしたな、痴呆が進んでいるのではないかと思ったほどです。それに比べると補佐役のグリーンヒルとかいう軍人の方がずっと力量は上のように思いましたな。」
ミュッケンベルガーは、ビリデルリング元帥に対しての降伏勧告を行ったのがロボスだということを知ってか知らずか、そうあけすけに批評した。
「ふむ。ではいずれ司令長官の人事交代があった時には厄介なことになるようだな。」
「左様ですな。」
今回の和平交渉の中には、相手方の軍人の力量を見極め、将来注意すべき人物を見出すことも任務として含まれている。
「では、早速に予備交渉の打ち合わせを行うとしよう。」
ブラウンシュヴァイクがアンスバッハやシュトライト、フェルナーを呼び寄せた。
「彼奴等に弱みを見せず、此方はあくまでほどほどに威圧し、対外交渉に臨むべきだ。」
リッテンハイム侯爵が言い放つ。その言葉にはねじ曲がった苦みが含まれているようで、心ある者の眉を顰めさせた。ことラインハルトとイルーナがそうである。
「一つ、よろしいでしょうか?」
ラインハルトの言葉に皆が彼を見た。
「なんだ?」
リッテンハイム侯の苦々しい視線をものともせずに、
「自由惑星同盟が反徒共と言っても、対外的には一国家と同等の規模を誇ります。一方的な降伏勧告などはかえって彼らの反発を招くだけになるかと、愚考いたしますが。」
「なんだと?!帝国の威信をきずつけるような発言をしおって!小僧!」
「リッテンハイム侯、やめい!」
ブラウンシュヴァイク公が止めた。
「ミューゼル大将・・だったな。では聞こうか。まさかとは思うが、奴らに対してへりくだれと卿はそう言うか?」
「そのようなことは帝国の威信を落とすようなものです。小官とてそのようなことは望んではおりません。」
「では、なんだというのか?」
フレーゲル男爵が不快さを隠しきらない様子で問う。
「今回の交渉はあくまで対外的話し合いの除幕式に過ぎないということを理解させるのです。今まで文化的に著しく異なる両者がいきなり短時間で対談しただけで、満足のいく結果をお互いが出せるとお考えですか?」
「それは、やってみなくてはわからないことだ。」
「可能性の限界を試すようなそのご姿勢は敬意と尊敬に値しますが、結果を導き出すために最良の策と言えるでしょうか?そういうスタンスを取り続けるのであれば、小官には結果は既に見える様な気がいたしますが。」
「貴様侮辱するか!」
フレーゲル男爵が思わず立ち上がった。その隣で、
「生意気な金髪の孺子め!!立場をわきまえず、ブラウンシュヴァイク公爵に向かって、なんたる発言をするか!!」
装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将が巨体を怒らせて立ち上がった。フレーゲル男爵よりもよほど迫力があったが、ラインハルトは顔色一つ変えなかった。
「やめろ!・・・・ミューゼル大将。貴官は幕僚だ。意見は問われた時のみに発言するように。」
「幕僚以前に、小官は帝国軍大将の重責を担う身です。帝国軍人たるもの常に帝国のことを考えるべきもの。今私にとっては自由惑星同盟との間に帝国にとって最も最良な結果を残すことを考えることこそが重要な使命だと考えます。」
本来であれば、大貴族の長たるブラウンシュヴァイクやリッテンハイムに意見することはおろか、同席することすらままならぬ貧乏貴族のこせがれが遠慮一つせず意見を吐いている。そのことが貴族連中、そしてイルーナを除く上級将官にとってははなはだ不愉快であった。
もっとも、シュトライト、アンスバッハ、フェルナーら一部の家臣たちはじっとその動向を見守っていたのだが。
「ですが、使節団長閣下の御命令とあらば、承知いたしました。」
ラインハルトは心持顔を背けると、目を閉じた。話すべきことは話したとそんな態度だったが、貴族連中はその態度を見て「生意気な金髪の孺子め!!」と憤りを隠さない顔でにらんでいた。
「失礼ですが。」
イルーナ・フォン・ヴァンクラフトが代わって、
「私もミューゼル大将の意見に賛同します。和平交渉を本格的にこの場で取り決めることは性急ではないでしょうか。帝国と自由惑星同盟を称する反徒共との間に、交渉のパイプを設けること、これが達成できれば今回は充分かと思います。その功績だけで、ブラウンシュヴァイク公爵閣下とリッテンハイム侯爵閣下の御名は銀河史上に永久に刻まれることでしょう。」
「ヴァンクラフト大将と言ったか、我々が求めているのはそのようなことではない。結果だ、結果こそが我が帝国にとって重要なのだ!!」
今度はブラウンシュヴァイク公が声を上げる番だった。
「ここに一つの果実があるとします。少し時間を置けばよりよく熟し芳醇な香りと味をもたらす果実です。それを、ご自身の食欲と判断をもってもぎ取ることは、味を損なうことにならないか、小官としてはそれのみが心配だと申し上げておきます。」
「貴様ら・・・!!!」
フレーゲル男爵がこぶしを握りしめ、歯をかみ合わせた。
「よせ、フレーゲル。」
ブラウンシュヴァイク公爵がフレーゲル男爵を制した。
「卿らの意見は分った。十分すぎるほどにな。それをどうすべきかは使節団長である私、副団長であるリッテンハイム侯が最終的に決めることだ。それを忘れるな。」
ラインハルトとイルーナはそろって頭を下げた。
「会議は散開だ!!この後慰労会を兼ねて別室で酒食を用意しておる。各員は随意それに参加されたい。もっとも、休息が必要な者もあろうから、勝手に戻ってもらって構わないが。」
ブラウンシュヴァイク公は最後にじろとラインハルトとイルーナを見たので、居並ぶ者は腹の中で冷笑を浴びせながら立ち上がった。要するに二人はホサれたわけだ。ブラウンシュヴァイク公爵もリッテンハイム侯爵も共に席を立って別室に去っていく。ミュッケンベルガー以下他の将官や貴族、官僚なども従っていった。
「やれやれ。私の意見を支持することはなかったのですよ、イルーナ姉上。そうなれば姉上も馳走が食べられましたのに。」
ラインハルトが肩をすくめた。
「構わないわ。ラインハルト、あなたがいないパーティーに参加したところで面白くもないから。それよりも・・・・。」
イルーナがすばやく周りを見まわした。幸い盗聴器の類はない。そのようなものはブラウンシュヴァイクが最も嫌いとするところなのだ。イルーナの言わんとするところを読み取ったラインハルトが、
「一度ブリュンヒルトにいらっしゃいませんか?そこで改めて対策を練りましょう。それと・・・・。」
ラインハルトは立ち上がりながら、
「ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムらの動向は注視しておきたい。何とかいい方法はありませんか?」
「・・・・アレーナから極小のミクロンロボットを預かってきているわ。既に放ってあるから、大丈夫よ。行きましょう。」
二人はラウンジを出た。廊下に立つ当番兵の敬礼を受け、答礼を返し、背筋を颯爽と歩いていく。慰労会が行われていると思しき部屋の前に差し掛かると、華やかな談笑のざわめきが聞こえてきた。イルーナがそっと握っていた右手を開く。彼女はさりげなくそれを会場に向けて離した。
(これでよし・・・・。)
独りひそかにうなずいたイルーナはラインハルトと肩を並べて、シャトルの発着場までやってきた。
「しばらく。」
二人のシャトルの前に、帝国軍の士官らしい人物が数人立っている。
「貴官らは確か、ブラウンシュヴァイク公にお仕えしている――。」
アンスバッハと申します、とその壮年の男はラインハルトの言葉を引き取ってこたえた。引き結んだ口元、角ばった顔立ち、そして意志の強そうな黒い瞳は彼の剛直さと、主君への忠誠心を持つ得難い男であることを示している。
厄介な人物に出会ったものだわ、とイルーナは内心思った。なにしろアンスバッハは原作でラインハルトの「半身」であるキルヒアイスを殺した男なのだ。仮にこの世界でもブラウンシュヴァイク公が「ラインハルトを暗殺せよ。」などと指令すれば躊躇いもなく実行するであろう人物である。もっともその前に口を尽くして主君に意見をするだろうが。
その隣に立つ理知的な風貌をした灰色の髪をした男はシュトライトだろうと、イルーナは見当をつけた。その隣に立つ銀髪のやや癖のある髪をし、端正ながらもどこか不敵な色をうかがわせている顔つきの若い士官はフェルナーだろうとも。
「何か御用ですか?」
イルーナの丁重な問いかけは3人には意外だったらしい。
「上級将官たる閣下方にお声をおかけすることは非礼の上ですが――。」
「構わない。それを不承知の卿等ではあるまい。敢えて私たちの足を止めるからには、何か言うべきことがあるのだろう。話してみよ。」
「では。」
ラインハルトの言葉に応じて、3人の中から一人進み出たのはアンスバッハ准将だった。
「ミューゼル大将閣下、ヴァンクラフト閣下、あなたがたの才幹と器量は我々ブラウンシュヴァイク公爵家の家臣の間でもよく話されております。」
「光栄だな。」
ラインハルトは目を心持細めながら言った。その口元にはちらとも笑みはない。
「だからこそあえて申し上げることをお許しください。今回の和平交渉においては、いや、将来にわたって我が主、ブラウンシュヴァイク公爵にお力をお貸しいただければ、と。」
「ブラウンシュヴァイク公爵だけにか?リッテンハイム侯爵には力添えをしなくともよいと卿等は言うのか?」
「いや、ブラウンシュヴァイク公爵、そしてリッテンハイム侯爵にお力添えをいただければこれ以上ない慶事だと思います。ですが、あいにくとブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の間にも究極的には意見の相違というものも水面下ではあるのです。」
「つまりは、この和平交渉が終わった後、先々に発生するかもしれないブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵との対決に備え、私たちをスカウトしたい、ということかしら?」
イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの問いかけに、3人は顔を見合わせ、そして二人にうなずいて見せた。
「ブラウンシュヴァイク公爵も、あなたの才幹と器量を高く評価されております。だからこそ先ほどの場では自らフレーゲル男爵やリッテンハイム侯爵をなだめたのです。また、お二方がブラウンシュヴァイク公爵陣営にはせ参じていただければ、望むがままの爵位と地位、身分を提供なさると申しております。そしてあなた方の才幹と器量にあうだけの権限を提示したい、と。」
ラインハルトの右こぶしがぐっと握られたのをイルーナは視界の隅で見た。
「あいにくだが、私は帝国軍人として皇帝陛下にのみ、お仕えする立場だ。卿らの言葉は傾聴には値するが、だからと言ってそれを受け入れようとは思わない。」
「私も同様です。ブラウンシュヴァイク公爵には、そのようにお伝えください。」
アンスバッハは心持残念そうな顔をしたが、それ以上強弁はしてこなかった。
「そうですか、残念であります。あなた方がブラウンシュヴァイク公爵陣営に入っていただければ、これほど心強いことはないのですが・・・・。」
彼は一瞬瞑目したが、敬礼をラインハルトとイルーナに捧げると、背を向けて去っていった。シュトライトもそれに倣って去っていく中、フェルナーだけは残っていた。
「果断な決断は賞賛すべきものではありますが、時にはそれが逆効果を及ぼすこともあります。ブラウンシュヴァイク公は迎合なさる方を好まれ、ご自身の意見に反駁される方を遠ざける方ですぞ。」
どこか面白がっている調子だった。
「貴族は皆そうだ。平民や家臣が黙って言われるがまま従うことを当然と思っている。生まれながらの特権という奴だな。私自身貴族であるが、そのような生活とは縁遠い身であったし、そのような生活をしてみたいとも思わない。」
ラインハルトの口ぶりはだんだんと強いものになっていった。
「私も平民です。そしてあなたがおっしゃった『貴族』の権化のようなブラウンシュヴァイク公の側にお仕えしております。そのような光景など、もう見飽きるほどに見てきました。あなたに言われるまでもなく。」
「フェルナーと言ったな、どうだ。卿の心胆はなかなかのようだ。いっそ我々のもとに来ないか?」
「逆にこちらを誘いますか。非常にありがたい申し出ですが、和平交渉の途上でそのようなことをしては、ブラウンシュヴァイク公とミューゼル閣下、あなた方の間に不要な亀裂を生むことになりましょう。お言葉はありがたく頂戴しますが、時期が時期ですと申し上げておきます。」
ラインハルトがフフン、と鼻を鳴らした。
「よかろう、卿の好きにするがいい。」
フェルナーは一礼し、敬礼を二人に捧げたのち、アンスバッハとシュトライトを追っていった。
「貴族、か。」
ラインハルトの脳裏には一瞬小役人たちに連れられて車に乗せられるアンネローゼの後姿が映し出されていた。奴らが振りかざす権力とは弱者を思い通りに従わせるだけのものでしかない!!
「ラインハルト、確かに貴族たちは平民たちを虐げてきたわ。でも、今この状況では彼らは彼らなりに努力している、ということもわきまえておくべきだと思うのよ。」
ラインハルトの考えていることを読み取ったかのようにイルーナが話しかけた。
「イルーナ姉上の言う通りだ。だが、姉上、どうにも我慢できない時があります。確かに国政を運営しそれなりに安定を保ってきたのは彼らだ。姉上が幼少の頃の私に言った通りです。だが、その裏でどれほど虐げられてきた者がいるか、いや・・・・・。」
ラインハルトは拳を打ち合わせた。
「俺自身がどれだけ耐えてきたか・・・!!」
「ラインハルト?」
「ここまで何年かかった・・・?9年だ・・・・9年、俺と姉上たちとの時間を9年間も奪い続けたあの下種野郎・・・・。」
ラインハルトはイルーナの静止も聞こえないようだった。抑えに抑えてきただけに、いったんそれが解放されると、原作以上の嵐を呼ぶ・・・・。このことにイルーナは初めて気が付き、そして戦慄を覚えていた。もし止められなかったら―――!
「俺に力があれば!まだ、駄目なのか!?大将に昇進してもまだ届かないというのか!?俺はどれだけ高みを目指せば姉上を取り戻せるんだ?!」
「ラインハルト!!」
女性の声がラインハルトの鼓膜を貫いた。はっとラインハルトが顔を向けると、イルーナがラインハルトをにらんでいた。その瞳に怒り以外の物――悲しみ――も浮かんでいるのを見たラインハルトは目を見張り、急にうろたえた顔になった。それは幼少の頃、悪戯や悪さを自分の弟がやったことを知った時のアンネローゼの表情とそっくりだったからだ。
「どうしてそういうことを言うの・・・・!?あなたのお姉さんに対する思いを私が、私たちが知らないとでも思っているの!?痛いほどよくわかるわ。でもね、帝国においては、あなたよりもずっとずっと・・・・苦しい思いをし、その日その日を死と隣り合わせに生きている人だっているの!あなたがあの日私たちに誓った思いは、嘘だったの!?」
「―――――!!」
ラインハルトが心臓を貫かれたように目を見開く。
「お願い・・・お願いだから・・・お願いだからそういう人たちのことも、考えるのを忘れないで・・・・。」
涙は流さなかったが、その眼は悲しみで一杯だった。ラインハルトはうろたえたまま、
「あ、姉上・・・・。す、すみませんでした、イルーナ姉上・・・・そんなつもりでは・・・・。」
二度三度胸を上下させたイルーナは急に動きを止めた。そして大きなと息を吐き出した。
「ええ、わかっているわ。私こそごめんなさい、大きな声出したりして・・・。でも、あなたが時折そういうことを忘れてしまっているのではないかと不安になるの。ごめんなさいね、そんなことはないのに。」
「いや、姉上、私とて弱い人間です。こうやって叱ってくださる方がそばにいてくださるからこそ、私は私でいられるのです。」
「その言葉・・・どうか忘れないでね。」
イルーナがいきなりラインハルトの手を取った。ラインハルトもイルーナの手を取る。だがすぐに二人は狼狽し、手を離してしまったのだった。
 
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