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立ち上がる猛牛

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第三話 二つの過ちその六

「わしにはわしのやり方があります」
「そやからか」
「言わんで下さい」 
 こう返すばかりだった。
「これでやってきましたから」
「そうか」
 西本はいつもこれ以上は言わない、だが。
 また何か言う、これの繰り返しだった。そうしてキャンプでも若手の選手達を厳しく指導しつつ鈴木にも言っていた。
 だが鈴木の反発は強まるばかりでだ、それは次第に表面化していった。
 キャンプの取材に来た記者達もだ、異変に気付いて話をした。
「まずいな」
「ああ、西本監督と鈴木がな」
「対立しているぞ」
「監督が言ってな」
「そして鈴木が反発して」
「対立になっているぞ」
 まさにというのだ。
「監督とエースの対立か」
「これはまずいな」
「チームがバラバラになるぞ」
「西本さん鈴木にいつも言ってるからな」
「ああしろこうしろとかな」
「細かいところまでな」
「鈴木はずっとチームのエースだったんだ」 
 それこそ入団してからだ、入団して一年目から二桁勝利を挙げ常に練習し己を律して投げてきた。それが鈴木なのだ。
「そのプライドがある」
「しかも鈴木は気が強い」
「ピッチャーの中でもな」
「その鈴木にあれこれ言ってもな」
「聞くものか」
「反発しない筈がない」
「鈴木に言ってもな」
 聞く筈がなく対立につながるだけだというのだ、記者達は西本と鈴木の対立を感じ取りそこにチームの危機を見た。
 しかし西本は常にだった、鈴木に言い続けそうしてキャンプは終わった。そのままオープン戦に入ったが。
 鈴木に対する態度は変わらない、それで。
 阪神とのオープン戦で投げた鈴木は打たれた、これは鈴木の調整の常で彼はシーズン開幕に合わせて調整をしている。その為オープン戦では本調子ではなかった。
 しかしだ、その鈴木がベンチに下がってそこからロッカーに入ろうとする時にだった。
 西本は鈴木を呼び止めた、そのうえで彼にこう言った。
「スズ、マウンド見てみい」
「マウンドって何ですか」
「阪神が投げる時のマウンドを見るんや」
 こう言って鈴木を呼び止めた、すると阪神のマウンドに後に阪神のストッパーとなる左腕山本和行が投げていた。西本はその山本を指差して鈴木に言った。
「あのピッチャーは御前と同じ左腕やな」
「そうですが」
 いぶかしむ顔でだ、鈴木は答えた。
「それが何か」
「同じ左腕でも御前よりずっと球は遅い」
 急速、それがというのだ。
「けれど御前よりすいすい投げてる、緩急と技でな。そやから御前はあのピッチャーを見習うんや」
「!!」
 鈴木は西本のその言葉に表情を一変させた、それでだった。 
 ベンチからすぐに消えた、その鈴木を見てナインは誰もがこれで決裂となったと思った、西本以外は。
 鈴木はすぐに相手チームの阪神、実は幼い頃から応援していてプロ野球の世界に入る時も第一志望だったそのチームのフロントに電話をした。
「もうあのおっさんとは一緒にやれませんさかい」
「うちにですか」
「トレードで来させて下さい」
 自ら直訴したのだった、相手チームに。
「そうさせて下さい」
「それやったらそっちのフロントとも話をして」
「それで、ですか」
「こちらも受け入れの用意はありますので」
 暗に交換トレードの話を出した、実は阪神側は当時監督だった吉田義男と不仲であったエース江夏豊の放出を考えていたのだ。
「それでしたら」
「ほなこっちのフロントにも話します」
「それからお願いします」
 こうした話をしてだった、鈴木は近鉄を出る決意をした。しかし。
 近鉄のフロント、特にオーナーである佐伯は強い声で言った。 
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