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ソードアート・オンライン 神速の人狼

作者:ざびー
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ー第75層 迷宮区ー

 第75層迷宮区。 円形の部屋に私とユーリを含め数十人の攻略組プレイヤーがダンジョンに蔓延る魔物たちとしのぎを削り合っていた。 連携が取り辛くなるという事で親しい者同士やよっぽどの理由がない限り共闘することばないのだが今回はその特別な状況なのだ。
 部屋の奥には、私たちの行く手を阻むように門が固く閉ざされ、先に進むには門番となるモンスター達を討伐しなければならないというひと手間もふた手間も掛かるギミックだ。 そして、それもかれこれ3回目。 前回、前々回は大量湧出(モンスターハウス)だったが今回は二体の強力なエネミーが配置されている。 門を護るように佇んでいた馬頭の怪物はーーくじ引きで決まったーー聖龍連合の皆さんが相手をしてくれており、門番の片割れとなる牛頭の怪物は大戦斧を構え、憎悪(ヘイト)をユーリに向けており、そのHPバーは黄色く色づき、残り半分まで減らされていた。 対して、ユーリのHPは1割減ってるかどうかだ。 ユーリさんマジぱねぇっす。

 中ボスクラスを相手に一人でそのHPを半分以上を削る相棒を呆れ顔で眺めていると白い吐息を噴き出した〈牛頭鬼〉が大戦斧を大上段に構え、地を蹴った。 二倍ほどの身長を持つ巨体が迫って来ているにもかかわらず、冷静に愛刀を正面で構えており、その集中力や気迫は背中越しにもひしひしと伝わってくる。 一際高く啼いた牛頭鬼がライトグリーンの光を纏わせた斧をユーリ目掛け振り下ろす。

「ブモォ、ォォォォォォ!」
「ラァッ!!」

 牛頭鬼の振り下ろしはユーリの刀に導かれ、大戦斧はユーリ自身を避けるようにして硬い床へと食い込んだ。

「ブモッ?!」

 カウンター技〈虚月(きょげつ)〉が完璧な形で決まり、大きな隙を作る。 ガラ空きとなった胴体を痛烈な袈裟斬りが襲い、その巨躯が大きくノックバックする。 床を蹴り、牛頭鬼の顔ほどまで跳び上がると空中で前転しながら、斬りつける。 6連撃〈窮寄〉の最後の一撃が顎を強くかち上げ、牛頭鬼が怯む間に着地したユーリは立て続けに3連撃〈緋扇〉を放つ。 遂に牛頭鬼のHPが赤く染まる。 双眸を怒りで赤く染めた牛頭鬼が大戦斧を力任せに振り下ろすーー

「ガァァァァァ!!」
「遅いーー!」

 零距離抜刀術〈零閃〉

 ーーチンッと刀を鞘に納める音が響いた後、斧を振り下ろそうとした体勢で硬直していた牛頭鬼が爆発四散する。既に馬頭鬼の討伐を終えていた聖龍連合やユーリに出番を奪われたギルドの人たちが歓声を上げた。 ひとまず戦闘が終了し、弛緩した空気の中、単独で中ボスを撃破して見せたユーリを見て興奮した野郎共がワイワイと騒ぎ立てる。

「ユーリさん、マジ強すぎっすよー!」
「きゃー、ユーリさんイケメソー!」
「ユーリさん、結婚してくれぇー!」

 ……一人おかしいのがいたが気のせいだろう。
 抜け駆けして求婚した男が血の涙を流す男たちによって異端審問にかけられているのは見なかったことにして、一仕事終えて回復ポーションを呷る相棒へと駆け寄った。

「お疲れ、ユーリ」
「ほんとだよ……」

 お前も手伝えよ、と言いたげな視線を受け、思わず苦笑いを浮かべる。 まさか一人で中ボスを相手取った挙句、倒してしまう奴とか他に誰がいるだろうか。ヒースクリフやキリトたちならやりかねん。 ユニークスキルはやっぱりチートだと思います。
 がしゃんがしゃんとさっきから煩いなぁ、と音源の方向に視線を向けると聖龍連合の頼れる隊長ことシュミットがこちらに向かって歩いて来ており、片手を上げて挨拶してくる。

「あんたが牛の方を受け持ってくれたおかげでだいぶ助かった」
「どういたしまして」
「お、シュミットはん、お疲れ〜」
「シィさんも、いつもお世話になっている」

 いえいえ、いつもがっぽり儲けさせていただきありがとう、とは内心で留めてにっこりと笑顔を返答とする。 その間にも彼らの話は進んでいたらしく言葉が交わされていた。

「じゃあ、この先のマッピングは頼んでいいか?」
「あんたらにはいつも世話になってるからな。 それくらいは安いもんだ。 それに今回はユーリさんのおかげで消耗も少なく済んだからな」

 お礼の気持ちか、マッピングを快諾してくれたシュミットは再びガシャンガシャンと音を立てて仲間たちのもとへと戻って行く。 シュミット隊がこの先のマップを埋めるのに出発するのを見送っているといつもまして疲れた様子のユーリが大きくため息を吐いた。 心なしか尻尾の毛並に艶がない気がする。

「さて、帰りますかね」
「ん……」

 こくりと頷き、もと来た道を引き返して行く。

「そういえばさ、ユーリも意外と戦闘狂(バトル・ジャンキー)さんだよね〜」
「そんなこと……ない、はず」
「片割れとはいえ、中ボスクラスを一人で倒す人が何を言ってんだか」
「うぐっ……否定できん」

 よほど気にしてたのか、がくりと肩を落として落ち込んだ相棒を見て思わず苦笑する。 こんなにナーバスで、可愛げのあるユーリが巷で最優の剣士様とか言われてるとか信じられようか、いや信じられない。 なんでも彼氏にしたいプレイヤーランキング、彼女にしたいプレイヤーランキングでどちらもトップ5には入っているらしく、中でも彼女にしたいプレイヤーランキングでは私よりも上だとか。 思い出しただけでムカムカするので仕返し代わりに頭を掴まえるとヘッドロックしつつ、わしわしと乱暴に髪の毛を撫でる。

「わっ、ちょ! やめろ、バカっ」
「〜〜〜〜♪ 嫌よ嫌よも好きのうちってね〜」

 ジタバタと暴れるがその抵抗はいつもよりも弱々しい。 およそ全ての女子達が羨ましいがるような艶があり、柔らかな質感の髪の毛を撫でるたびに荒んだ心が癒される気がする。 ユーリセラピーの効果は抜群である。

「むふ〜♪」
「くそ……」

 満足して解放するとボサボサになった髪の毛のまま抗議の意を込めた視線を投げかけてくるが、すぐに無意味と悟ると足早に歩いて行ってしまう。 その背中を追いかけつつ、私は小さく微笑んだ。
 (ゲート)の解放後、暫くの間モンスターとのエンカウントが少なくなるという制約のおかげで特に戦闘することなく出口に辿り着くと、既に陽が傾き、夕陽が外の景色を茜色に染めていた。

「綺麗だな」
「そだね〜」

 石段に腰掛けるユーリの隣に座ると空をと目の前に広がる森を視界に収める。
 次第に茜色から濃紺色へと塗り替えられていく様を見て、二人揃って感嘆の声を洩らした。 現実の世界では特に気にすることのなかった夕焼けがここでは特別に見えてくる。 もしかしたら、私たちが気がつかないだけで現実はもっと素敵なことが溢れているのかもしれない。 茅場彰彦がなぜこんな世界(デスゲーム)を創ったのかは知らないし、許す気もないが今この瞬間だけは感謝した。

 と、そんな時チカチカと視界の右端で光が点滅し、メールの受信を告げていた。

「……誰だろ」

 フォルダを開き、確認すると差出人は今は休養中のアスナからだった。

『相談したいことがあるから明日、家に来て欲しい』

 簡潔に書かれた内容が私の不安を煽った。

 
 

 
後書き
『ユーリセラピー』
ワン娘ことユーリを愛でることによって得られる癒し効果。 なおユーリの憎悪値が一定の値を超えると斬られる。
御利用は計画的に!!


 
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