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立ち上がる猛牛

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プロローグその二

「次の監督は上田さんだからな」
「ウエさんか。あの人は凄いな」
「ああ、あの人は切れ者だよ」
「人格温和でな」
 西本の次の阪急の監督は上田利治になることが決まっていた。関西大学において村山実とバッテリーを組んでいた男であり球界にはその指導者としての資質を買われて入っている。その彼が阪急の監督になる。
 そして阪急を鍛え上げ五度の優勝を実現した西本は勇退することが決まっていた。そのこと自体はもう決まっていることだった。
 だがその中でだ。こんな話が出ていたのだ。
「西本さんは他のチームの監督になるんじゃないのか?」
 この話がだ。何処からか出て来ていた。こうなるとだ。
 問題はどのチームの監督になるかだ。そのことになると少しわからなかった。
「一体何処なのか」
「それがわからないぞ」
「西本さんが次にどのチームの監督になるか」
「まさか同じ関西の球団とは思えないしな」
「南海とか近鉄はな」
 その二チームはないだろうとだ。多くの者が思っていた。そしてそれが何故かはだ。その噂話をしている彼等自身が話すことだった。
「何しろどっちも親会社が関西の鉄道会社だからな」
「阪急にとってはライバル会社だからな」
「そこに西本さんが行くのはな」
「ないだろうな」
 当時のパリーグでは阪急、南海、そして近鉄とだ。関西の私鉄を親会社としているチームが三つもあった。それぞれのオーナー達の道楽として球団経営がされていたとも言われているが親会社のいい宣伝にもなっていたのは事実であった。
 オーナー、即ちそれぞれの親会社の総帥達はそれぞれ個々に交流があり関係は険悪ではなかった。しかしチームとしてはだ。
 まさにライバルといってもいい関係にあった。それは他ならぬ西本が阪急の監督であった頃に確立されてしまったものであったのだ。
 西本は阪急の監督になる前は大毎の監督であった。就任一年目にしてチームを優勝に導いた。安定した采配でミサイル打線と呼ばれた強力打線を看板に勝ち進みそのうえで優勝を果たしたのだ。このことは前述の通りだ。
 そのうえで日本シリーズに挑んだ。シリーズの相手は大洋ホエールズだった。まさかの優勝を果たした弱小チームであり戦力的には当時の大毎とは比較にならないものだった。
 誰もが戦力的な面から考えて大毎有利だと見ていた。しかしなのだった。
 大洋を指揮するのは三原だった。これまでに巨人、西鉄を率いて優勝を果たしてきた男だ。とりわけ西鉄の監督を務めていた時期には何度も水原茂いる巨人と戦い勝ってきている。野武士と言われた荒くれ者達が集る個性派集団西鉄を率いて勝ってきた彼のその手腕は恐ろしいまでであり魔術師とまで言う者がいた。彼の采配はそこまで奇抜かつ的確だったのだ。
 その魔術師と西本は戦ったのだ。結果として西本はまさかの敗北を喫した。
 第一試合の牽制球やまさかのソロアーチで相手に先勝を許しそれからだった。運命の第二試合を迎えたのである。
 第二試合で大毎ミサイル打線は大洋のエース秋山登をいよいよ打ち崩す状況にまで迫った。一死満塁、まさに一打出ればそこで決着がつく状況だった。そこでだ。
 西本はスクイズを指示した。だがそのスクイズが失敗し攻勢の機会を逸しだ。シリーズはそのまま大洋の四連勝で終わってしまった。大毎は圧倒的な戦力を有しながら大洋に敗れてしまった。そう評されるシリーズであった。 
 この結果、とりわけ第二試合のスクイズ失敗が問題になりだ。西本はオーナーである永田雅一と衝突して解任されてしまった。その相手であった大洋の監督三原がだ。近鉄の監督として西本の前に再び姿を現したのだ。人の出会いや運命といったものは実にわからないものである。だがこの時の運命はだ。西本にとっては因縁と呼ぶしかないものであった。それは近鉄と阪急、二つのチームにとっても同じことであった。
 三原は持ち前の機略で近鉄を勝利に導いていき西本は己が鍛えた選手達をオーソドックスだが堅実な采配で阪急を勝たせていく。そのうえで遂に昭和四十四年に両者は優勝を賭けて争うことになった。
 この決戦は西本が勝った。三原の機略に対して西本の采配が勝ったのだ。西本が育て上げた選手達は確かな強さを持っていた。その選手達を育てた手腕でだ。西本は三原に対して日本シリーズでの借りを返したことになったのだ。 
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