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立ち上がる猛牛

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プロローグその一

                           立ち上がる猛牛
                           プロローグ
 昭和四十八年十一月。シーズンも終わり選手の年俸のことで話がもちきりになっている時期にだ。関西のプロ野球界においてだ。ある噂が流れていた。
 阪急ブレーブスの監督を十一年に渡って務めてきた西本幸雄がユニフォームを脱ぎだ。フロントに入るという話が出ていた。
 西本は戦前から野球をしてきた者であり立教大学においては主将を務めていた。そこで立教大学を六大学大会で優勝させたのだ。
 戦争中は陸軍において高射砲部隊の将校を務めていた。同時代には法政大学を出て南海で活躍した山本一人、後に南海の監督を長きに渡って務め名将と謳われた鶴岡一人と名を変える人物や早稲田大学からプロ野球契約第一号となり西鉄等五つのチームで監督を務め知将、魔術師と称された三原脩、慶応大学の花形選手であり巨人において黄金時代を築いた美将水原茂等がいた。この彼等も戦場に赴いている。
 そうした時代、我が国のプロ野球創成期の頃から野球をしていた人物だ。終戦後熊谷組に入りそこで監督兼選手として采配を振るいやはり優勝に導いている。
 プロ野球がセリーグとパリーグの二つのリーグに分裂した時にだ。誘われて毎日オリオンズに入った。そこでは最初一塁手だった。
 入団した時はもう既に三十歳だった西本は選手としては盛りを過ぎようとしていた。実際に彼は選手としては数年活躍しただけで引退してその打撃理論を買われて毎日の打撃コーチに就任した。
 ここまではさしあたって監督に縁があるとは思えない野球人生だった。しかし運命の神というものは非常に気まぐれなものでありだ。彼に思いも寄らぬ事態が起こった。
 彼の所属していた毎日と大映クリッパーズが合併してだ。大毎オリオンズとなったのだ。オーナーは大映のオーナーだった永田雅一が就任した。当時映画界において領袖の一人であった彼は野球界にも力を持っていたのだ。
 当初永田は監督には大物を就任させる予定だった。派手好きでとにかく大きなことが好きな彼はだ。とにかく名のある人物を自分のチームの監督にしたがった。
 だが偶然が重なり西本が監督になった。永田はこのことには落胆したがだ。仕方ないと諦めた。
 しかし西本は只者ではなかった。大毎の打線を鍛え上げ所謂ミサイル打線を作り上げてだ。その力でパリーグを制覇してしまった。そうしてだった。
 その力で日本シリーズに挑んだ。だがこのシリーズでは三原率いる大洋ホエールズの前に一敗地に塗れてしまった。とりわけ第二戦のスクイズ失敗が大きかった。それが大毎のシリーズ全体の敗北を決定付けてしまった。
 この采配を巡って西本は永田と対立して解任された。それから一年間解説者を務め阪急ブレーブスの打撃コーチに就任しここでも偶然が重なりだ。監督になったのだ。
 阪急においての西本は猛練習と厳しくかつ合理的な指導、サーキットトレーニングまで取り入れそのうえでだ。チームを鍛え上げ有望な若手を育てていってだ。阪急を強豪に育てた。
 そうして五度もシリーズに出場したが当時は読売ジャイアンツの極盛時だった。それではとてもだった。
 シリーズ制覇、即ち日本一は適わなかった。五度もシリーズに出てもそれでも一度も日本一になれなかったのだ。だがその中でもだ。 
 西本は選手達を育てていた。足立光宏、長池徳士、高井保弘、福本豊、加藤秀治、今井雄太郎、そして山田久志。こうした名選手達を育てあげたのだ。その育成手腕も見事だった。
 しかもその選手達から心から慕われる人物でもあった。西本は確かに厳しい。鉄拳制裁も辞さない。炎の様に恐ろしい人物であった。しかし同時にだ。
 彼は選手を、努力している人間を決して見捨てない男でもあった。死力を尽くしてプレイしそれでも武運拙く敗れた選手達をベンチで出迎えても怒ることはなかった。
 日本シリーズでも同じだ。昭和四十六年日本シリーズ第三戦、王貞治に逆転サヨナラスリーランを浴びマウンドに蹲る山田を一人迎えに言った。そのうえで泣いて謝る山田に一言言ったのだ。
「ご苦労さん」
 こう言って山田を連れて戻ったのだ。こうしたこともあった。西本は人の心も知る真の意味での名将だったのだ。だがその西本もだ。フロント側の意向によりユニフォームを脱ぐことが決まったという噂が流れていたのだ。
 その噂を聞いてだ。記者達もファン達もあれこれと話をした。 
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