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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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第二十話 軋轢

横須賀鎮守府会議室――。



「貴様ぁぁぁぁッ!!!!!」
重いものが倒れる凄まじい音と共に怒声が会議室に響き渡った。倒れたパイプ椅子を尾張の足が蹴り飛ばし、甲高い金属音が響いた。周りの艦娘は総立ちになったが、その場から動かなかった。正確には武蔵の吹き出す怒気と殺気に当てられて身動きできなかったと言っていいかもしれない。
「もう一度言ってみろ!!今なんて言った?!もう一度言ってみろ!!」
胸倉をつかまれた尾張は宙に半分浮き上がりながらも冷たい目で武蔵をにらみつけた。
「何度だっていうわよ。無能なあんたたちのおかげで、もう少しで作戦はしくじるところだったって。私があの深海棲艦を背後から攻撃しなければ、犠牲はもっと増えたわ。それは誇張でもなんでもない事実よ。」
「事実だと?貴様一人で戦争に勝った気でいるつもりか?勝手に戦列を離れおって!!何様のつもりだ!?軍律違反だぞ!!」
「ハッ!軍律違反ですって?」
尾張が馬鹿にしたように笑った。
「じゃあ、あなたたちは何をしていたのよ?前線部隊に汚い敵の掃除を任せて、自分たちは後方で悠々としていたじゃない。あなたたちに比べたら、まだ水雷戦隊や重巡戦隊の方が使い勝手があるわ。彼女たちは自分たちの役割をよく承知しているもの。」
「・・・・・・・。」
「それに比べて、あなたたち超弩級戦艦は図体ばかりでかい能無しだわ。艦隊決戦にこだわっているんだかどうだか知らないけれど、自分の身は後生大事。前線から遠く離れた後方で指揮を飛ばすばかり。」
「そんなことは――。」
「ないとは言わせないわよ。事実そうなんだから。今回の戦いだって、金剛型がボロボロになるまで戦ったのと対照的じゃない。」
「我々も沖ノ島棲姫との戦いで負傷したぞ!!」
「ノコノコと考えなしに至近距離にまで近づけば、それはそうなるでしょう。バカじゃないの!?私の言っているのはね、そんなことじゃないの。金剛をみなさいよ。自分が盾になって味方を逃して、最後まで戦ったわ。金剛型の性能については老朽艦で使えない戦艦そのものだけれど、私は少なくともあの行動は評価するわ。どっかのバカと違ってね!」
「お、お前・・・・!!」
武蔵がわなわなと全身を震わせていた。大和や陸奥、そして長門は何とか二人を分けようとしていたが、武蔵の鋼鉄の万力のごとき力で締め上げている手は容易に緩まない。
「それが気に障った?だとしたらあなたは救いようのないバカだわ。自分が気に入らないことを突きつけられるとすぐにカッとなるところは、前世とやらの大日本帝国海軍の頑迷で無能な軍人そっくりじゃない。」
「何!?」
ギリギリと尾張のスカーフごと締め上げた武蔵の眼には殺気が宿っていた。尾張は苦しそうに顔をひきつらせたが、その眼は武蔵から離れなかった。
「やめなさい!!」
顔色を変えた陸奥が武蔵の手を尾張から無理やりに引き離し、大和が武蔵を羽交い絞めにし、長門が間に割って入った。
「殺す気か!?」
「放せ、放してくれ!!」
武蔵が羽交い絞めにされながらもがき叫んだ。
「お前たちもこんな暴言を放置しておいていいのか!?」
「それとこれとは違う。どんな問題ある発言であろうと暴力は駄目だ。」
その言葉とは対象に長門のこぶしも震えていた。
「お言葉ありがとう。秘書官殿。」
尾張はスカーフをなおしながら冷ややかに言った。顔色は失せていたが、その眼の鋭さと冷たさは一層増していた。
「でも、無理することはないわよ。私の言葉がどんなにあなたたちを刺激したか、わからないわけじゃないから。」
「だったらなおさら許すことはできん!!」
「なら、どうする?1対1で勝負する?いいわよ。言っておくけれど、砲撃戦はともかく、私の艦載機隊に攻められたら、いくらあなただってひとたまりもなく轟沈するわ。」
「貴様!!」
「やめろ!!」
長門が叫んだ。
「もういい。尾張、お前はすぐに会議室から出ていけ。命令だ。今すぐにだ!!!」
「仰せのままに。秘書官殿。」
尾張は冷たい一瞥をくれると、会議室からさっと抜け出していった。
「あの、バカ艦娘!!」
武蔵が憤懣おさまらない様子だった。
「紀伊型空母戦艦だと?新鋭艦だと!?くだらん!!少しばかり性能が良いからと調子づきおって!!長門、なぜ止めた!?あいつのねじくれた心を覆っている貧弱な胸部装甲ごと、46センチ砲で吹き飛ばしてやったのに!!」
「できることなら私だってそうしたかったさ。無能呼ばわりされて気分のいい者などいないからな。だが、あいつの言っていることも正しいものがある。」
「正しいだと?」
「ああ。確かに最終決戦で沖ノ島棲姫にとどめを刺したのは我々戦艦部隊だ。だが、それは前線の水雷戦隊、重巡戦隊、そして前衛艦隊の働きがあってこそだ。それに比べて我々は後方で待機していたことは事実だったし、投入は最終局面だったからな。」
それがどうしたというのだ、と武蔵は憤然とした顔色になった。
「当たり前ではないか。艦隊決戦は万全の状態で臨むべきだ。それは長門、貴様とて同じ意見だろう?」
「それはそうだが・・・・。」
「戦艦には戦艦の働きがある。それを可能にするのが前衛艦隊の仕事であり、水雷戦隊の仕事であり、重巡戦隊の仕事ではないか。」
「私はあまりそうは思わないけど・・・。」
大和が遠慮がちに意見をさしはさんだ。その隣で陸奥も同じだというようにうなずいて見せた。
「それじゃ私たちが後方に待機して最終局面での投入が当たり前のように聞こえるわよ。」
「では大和、そして陸奥は前哨戦で消耗し、投入すべき時に満足な働きができないでもいいというのか?」
「それは・・・・。」
「悪いが敵の水雷戦隊を追い払うのは軽巡や駆逐艦娘でもできる仕事だ。だが、戦艦以上を相手取るとなると、それは戦艦にしかできない。あるいは正規空母がな。であるならばそれらの相手は相応の奴らに任せておけばいい。我々は我々にしかできないことをするべきだろう。違うか?」
「でも、それはある意味で差別のように聞こえるわ。だって――」
「悪いけれど、私も今の議論に関しては尾張の言葉に賛成かな。」
4人は一斉に振り返った。壁にもたれて4人の話を聞いていた、梨羽 葵だった。
「憎たらしいあの子の言葉はこの際おいておくとして・・・・。」
葵は壁から身を起すと、4人に近づいてきた。
「突然だけれど、前世の日本海会戦、その前の黄海海戦のこと、聞いたことある?」
突然の質問に4人は顔を見合わせあったが、しばらくして大和が答えた。
「あ、はい。確か黄海海戦は日露戦争における制海権争奪戦前半の最終決戦でした。ロシアの太平洋艦隊を戦艦の数で劣る日本艦隊が破って勝利した戦いです。あの時は敵の旗艦司令塔付近に砲弾が命中して、敵の司令長官を戦死させたのが勝因と聞いています。」
葵はうなずいた。そしてその次は?というように促した。大和に代わって陸奥が口を開いた。
「日本海海戦は日露戦争の最終決戦ともいうべき戦いでした。ロシアが第二太平洋艦隊、通称バルチック艦隊を回航させ、これを日本艦隊が迎撃するという図で、双方の海軍が死闘を繰り広げた戦いだったと聞いています。そして、その勝利はまさに完全に近いものだったとも。」
「二人ともまぁまぁ正解よ。でも、肝心なことが抜け落ちているわ。」
「それは?」
葵は笑みを引っ込み、突然怒ったような息の吐き出し方をすると、4人を真正面から睨んだ。


「連合艦隊旗艦が全艦隊の先頭に立って敵の砲火を浴びたことよ。」


すばりとさしこまれた言葉に、4人は声にならない動揺をあらわにした。
「あなたたちも前世で連合艦隊旗艦を務めたんでしょう?それがどうよ。あなたたち、前世も含めてだけれど、一度だって全艦隊の先頭きって砲火を浴びに進んで出たことがあった?進んで。」
「それは・・・・。」
「あの時の連合艦隊旗艦は三笠だったけれど、戦いが終わって帰投した時には数十か所の命中弾を受けていたわよ。連合艦隊司令部幕僚だって多数負傷したんだから。」
「あの・・・・。」
「私はね、別に戦艦には戦艦の役割があることを否定してるんじゃないの。けれど、戦艦が他の艦種に比べて偉いとか、戦艦が主力だから後生大事だって考えてるんだったら、とんでもない勘違いだわ。」
葵は今度はやるせなさの詰まったため息を吐いた。
「東郷閣下は今のあなたたちの考えを知ったら、きっと怒るわよ。ものすごく。あの人はね、旗艦艦上で敵の砲弾の飛び交う真っ只中を動かずに終始戦闘指揮をしたの。たとえ砲弾が至近距離で炸裂しても、破片がすぐ近くに飛び込んでも、あの人は身じろぎ一つしなかった。それはロシアのステヴァン・オーシポヴィチ・マカロフ中将もそうだったわ。司令長官たるもの常に陣頭に立ってもっとも最前線で敵に胸をさらすのよ。どうしてかわかる?」
「・・・・・・・。」
「それについて無口な閣下は教えてくれなかったけれど、あの人の姿勢から私は学び取ることができた。いいえ、少なくとも私はこう思うわ。麾下の兵隊の命を戦場に散らす資格があるのは、自分も同じ、いいえ、他人より危険な位置に立ちつづける人だけだからって!」
「あ、あの!!」
突然大和が叫んだ。
「あの、ごめんなさい・・・・。葵さんにそう言われると、私はとても恥ずかしいですし、穴があったら入りたいです。でも、それとは別に・・・あの・・・・どうしてそんなことをご存じなんですか?」
「え?なにが?」
葵がきょとんとした目を大和に向ける。
「まるで、ご自身が見てきたような口ぶりでしたけれど・・・・。」
葵がしまったというように口に手を当てたが、すぐにそれを放して笑った。
「やれやれ、私ったらドジね。つい熱くなっちゃった。昔っからそういうところはかわんないのよね。」
「???」
4人は顔を見合わせた。
「どうして知っているかって?簡単よ。だって私も前世からの転生者なんだもの。」
突然投げ込まれた爆弾発言に4人は凍り付いた。
「もっとも私は前世の指揮官の生まれ変わりじゃないわよ。」
突然大和が冷気にあたったように身を震わせた。大和だけではなく、他の皆も同様だった。
「もしかして・・・うそ・・・・まさか・・・・そんな・・・・。」
一度、二度、ごくりとつばを飲み込んだ大和が恐る恐るその言葉を口に出した。
「三笠、さん・・・・?」
葵は黙ったままだったが、不意に微笑を浮かべると大きくうなずいた。
「三笠、さん?あの、伝説の連合艦隊総旗艦の三笠、さん、ですか?」
長門がつっかえながら尋ねた。その隣で武蔵が目を見開き、陸奥が口を手で覆っている。
「ええ。」
「あの大海戦で先頭に立って戦ったっていう?」
「そうよ。」
「おい、本当か!?金剛が一番古いんだと思っていたが。じゃあ、金剛のさらに先輩に当たるんだろう?」
「まぁね。でも、BBA呼ばわりしたら許さないわよ。」
「東郷司令長官をおのせして?」
「別に重くはなかったけれどね。あの人少し小柄なところがあるからさ。」
元連合艦隊総旗艦はさらりと言葉を流した。だが、それはまさしく本人にしか知りえない情報だった。
「それも昔の話よ。私のことは引き続き葵でいいから。ま、それはとにかくとして・・・・。」
葵は真顔に戻って4人一人一人に目を向けた。
「私の言った意味わかってくれた?あの時はね、確かにまだ航空機はなかったし、艦隊決戦の主力は戦艦だって、戦艦の数で勝敗の帰趨が決まるって、そう考えられていた時代だったわ。でもね、私たちの作戦参謀や東郷閣下はそうは思っていらっしゃらなかった。それが証拠に戦場では装甲巡洋艦も戦艦に負けないくらい活躍したし、残敵相当や水雷戦には駆逐艦の存在が欠かせなかった。黄海海戦での敵艦隊への接触やバルチック艦隊を誘導するのには巡洋艦の存在が不可欠だった。誰が欠けても乗り切れなかったのよ。日露戦争のあの大海戦はね。」
葵は深い吐息を吐いた。
「私は今でもそう思っているわ。そしてその考えは時を超えた今この時であっても生き続けていると思う。それは、私の目の前に立つあなたたちが栄光ある大日本帝国海軍の戦闘艦の生まれ変わりだからよ。東郷司令長官たちの血が脈々とあなたたち一人一人の中にしっかりと流れていると感じるからよ。」
「・・・・・・・。」
「誰一人かけても海戦を戦うことはできないわ。いろいろ言って悪かったけれど、もう一度尾張や私の言った言葉をよく考えてみてほしいの。尾張には私からよく言って聞かせるから。あの子のことは悪く思わないで。あの子もあの子なりに必死なのよ。どうにか理解してもらおうとしてね。ただ、自分の性能を誇示して他の艦をさげすむところは許せないけれどね。」
もう言うべきことは言ってしまったというように最後にほっと息を吐くと、葵は会議室を出ていった。呆然とする長門たちを残して。



会議室から出てきた尾張は苦しそうにせき込んだ。まだ武蔵の手が自分の喉首を締め上げてきている気がしてならない。
「あの、バカ戦艦・・・・!!」
尾張はこぶしに爪を食い込ませながら足早にその場を離れた。
「絶対に許さない・・・・!!全然わかっていないんだから・・・・!!」
頭に血が上りながら廊下を曲がりかけた時誰かに呼び止められた。
「尾張さん。」
尾張が振り向くと、赤城が立っていた。鋭い視線を向けていた。練習場からの帰りと見えて、手には弓を携えている。どうやら通りがかりに今の騒ぎを聞いてしまい、そのまま会議室脇の廊下で待っていたようだった。
「あら、何か用かしら?第一航空戦隊の双璧の赤城さん。」
その言葉に赤城は顔をしかめたが、かすかに首を振って口を開いた。
「今の話、聞いていました。あなたの意見は正しいと思いますが、問題はその口ぶりです。艦隊指揮官をバカ呼ばわりするのは、慎まれた方がよろしいと思います。」
「あなたもあいつらと同じ貉なわけね。沖ノ島攻略作戦の時に、私の意見をフォローしてくれたことは感謝するけれど、その考え方はいただけないわ。生半可な言葉じゃ相手は納得しないし、こっちの言葉を本気で取らないんだから!!」
「そんなことはありません!どうしてあなたはそうやってねじくれたものの見方しかできないんですか!?」
「ねじくれた・・・・。」
今の言葉がカンに障ったらしく、尾張が赤城をにらみつけた。
「そう!そんなに聞きたいのなら、教えて上げるわよ!!」
一息すっと息を吸った尾張は大声を上げ始めていた。今の今までたまっていた鬱憤を赤城に叩き付けようと言わんばかりに。
「あなたはいいわよね!!何か意見を言えば皆がそれを素直に聞くんだから。どうしてだと思う?それはね、あんたが前世で精鋭中の精鋭って謳われた第一航空戦隊の双璧の一人だからよ!!」
赤城の顔が引きつった。
「でも、私たち紀伊型には何もない・・・・。だからこそ何を言っても軽んじられるし、今までだってそうだった!!私が最初からこんな言動をしていたとでも思っているの!?私のことを何も知らないくせに、偉そうに言うんじゃないわよ・・・・!!」
声がかすれていた。
「おかしいでしょう!!前世が何よ?!前の功績がなんだっていうの!?今は今でしょう!?関係ないじゃない!!いいわよ、やっかみだって言われても!!そうだもの!!!私は悔しいし、ひがんでいるし、嫉妬しているわよ!!でも・・・あんたたちだって同じよ・・・・。そんなものにしがみついて、食い下がって!ぶらさがって!!それで何になるというの!?技量も知恵も指揮能力も伴わない名ばかりの艦娘なんて、一番最低な存在よ!!役立たずだわ!!」
尾張は一気にほとばしるように叫んでから、不意に顔をそむけた。
「尾張さん・・・・・。」
奔流のようにほとばしってくる尾張の言葉を受け止めながら、赤城は徐々にある気持ちがあふれ出してくるのを感じていた。


尾張が可哀想だ。そして艦娘たちみんなが可哀想だ、と。――。


前世から転生した自分たちは前世に縛られ苦しんでいる。そして、前世を持たない紀伊、そして尾張たちは寄る辺ない自分たちの境遇に怯え、あるいはいらだっている。

前世があったら――。
前世なんかなかったら――。

お互いないものねだりをしているのかもしれない。しかし、どちらの側に立っても、今の自分たちを形作っている境遇が自分たちを苦しめている。このことは確かだった。
だからといって、と赤城は思う。紀伊にも言われたように、そして自分も自覚し始めたように、今の境遇を疎ましい、苦しいと思い続けるようでは何も変わらないのだ。その境遇を受け入れ、それをバネにして未来に向かって道を切り開こうともがき続けなくては、自分たちは何も変われないのだ・・・・。
「そう、変わらなくては。変わるように努力しなくては駄目なのです。尾張さん。」
ようやく考えをまとめ上げた赤城がそう言った時には、尾張は廊下に銀髪をなびかせながら足早に歩き去っていくところだった。その背中はしゃんとしていたけれど、赤城の眼には悲しみが一杯に漂っているように見えた。



間宮に向かっていた紀伊の足が止まった。耳がすれ違いざまに出てきた駆逐艦娘たちの会話を捕えたのだ。
「聞いた?会議室での話。」
「また尾張さんが武蔵先輩たちに絡んだって話でしょ。」
「そんなレベルじゃないよ。あんまり失礼だってんで、武蔵先輩が尾張さんの首をひっつかんで締め上げたって・・・・。」
「ええっ!?」
「別に死にはしなかったけれど。でも、私だったら怒るなぁ。だいたい尾張さんって何様なわけ?確かに空母だし戦艦だし、私たちなんかよりもよっぽど優秀かもしれないけれど、誰彼かまわずさげすむ態度はどうかと思うよ。」
「確かにね、神経疑うわ―――。」
紀伊は深い吐息を吐いた。
「あの・・・。私たちからも尾張さんに話してみましょうか?」
一緒にいた榛名がためらいがちに声をかけたが、紀伊は首を振った。
「いいえ、いいんです。これは私たちの問題ですから・・・・。」
「ですが・・・・このままでは尾張さんは本当に孤立してしまいます。今のうちに何とかしなくては・・・・。」
霧島も気が気ではないようだ。
「私にだって蔑みの言葉をぶつける妹です。榛名さんたちに諭されても素直に聞くとは思えません。たぶん言葉だけではだめなんだと思います。何か妹の考えを改めるきっかけがあればいいのですけれど・・・・。」
そこまで独り言のようにつぶやいてから、紀伊は顔を上げた。
「ごめんなさい。せっかくのお茶会なのに、変なことを言ってしまって。」
「いいんです。紀伊さんがお一人で悩まれるのを黙ってみていることはできませんから。」
榛名はにっこりした。
「間宮に入ったら相談しましょう。私たちも力になれればと思います。紀伊さん、一人で悩むよりも三人で悩んだ方がいい知恵が出ると思いますよ。」
榛名が優しく言う。紀伊はありがたいと思うとともに申し訳ない思いだった。榛名には第七艦隊で一緒になってから、姉妹の事、戦いの事、そして自分の存在の事などで何かとアドヴァイスをもらってきていた。

それなのに――。自分は榛名に何一つお返しできていない。

そのことが紀伊にとっての重荷だった。アドヴァイスをもらい続けっぱなしなど、親友の関係ではない。それは一方が他方に甘えることに他ならないのではないか。だが、そうかといって榛名の申し出を拒否はできなかった。榛名、霧島は自分のことを心配して、そう言ってくれているのだから。今回のことはありがたく受け、いつか自分が二人にお返しができるように頑張ろう。紀伊はそう思うことにした。
「行きましょうか。」
3人はがらっと間宮の扉を開けて入った。
「ふっざけるな!!」
大音量の怒声が飛び込んできた。
「んだと!?重巡が不要だってテメェはそういうのか!?」
麻耶、そして高雄とが間宮の店内で尾張とにらみ合っている。尾張は傲然と両手を体にまくようにして、麻耶は腰に手を当ててにらみ合っている。高雄は麻耶のやや後ろに立っているがその眼は凍てつくようだった。尾張の後ろには近江と讃岐が立って、なんとか間に割り込もうとしているが、そのすきを見いだせないでいる。他の艦娘たちはあっけにとられ、あるいは不快そうにその様子を見守っている。
「中途半端だっていってるのよ。あなたが私を空母と戦艦の中途半端の出来損ないというなら、私もあなたに同じことを言うまでよ。みじめね。他人の欠点を言い立てる人に限って、自分の欠点を全然見れてないんだから。」
「尾張姉様!!なんて失礼な!!!」
讃岐が尾張の腕に手をかけたが、振り払われた。
「アンタは黙っていなさい。」
「そういうわけにはいかないんだって!!謝りなさいよ!!麻耶さんたちに!!」
「どうして謝らなくちゃいけないのよ。私は事実を言ったまででしょう?」
「事実ですか。」
麻耶の隣に高雄が進み出た。普段は温厚な彼女の声のトーンが低い。
「事実だというのなら、あなただってそうではありませんか?」
「私は両方の利点を合わせられて作られたの。中途半端と言われる筋合いはないわ。中途半端な重巡と違ってね。」
「何?!」
「尾張姉様、いい加減にしてください!!」
近江が割って入った。
「どうして姉様はそう人の悪口を言うんですか?!言って何かいい結果が出ましたか?!見てみてください。あなたのしていることは人に対する軋轢を生んでいるだけですわ!!」
「だから?」
尾張は表情を崩さなかった。
「だから、って・・・・。」
近江は絶句した。それ以上かける言葉を失ったようだった。
「私は別に軋轢をうもうがどうしようが知ったことではないわ。うわべだけの協調性なんて中途半端な重巡よりも始末が悪いもの。あきれたものね。あのプロトタイプと違ってあなたや讃岐にはもう少し期待するところはあったけれど、私の思い違いだったようね。」
「思い違いで結構です!!バカ姉様!!」
讃岐が心底あきれたようにして叫んだ。
「出てってください!!信じらんない!!」
フン、と尾張は鼻を鳴らして出ていこうとした。
「待ちなさい。」
紀伊が尾張の前に立ちはだかった。
「何よ?邪魔なのよ。どいて。」
「どきません。あなたにはやるべきことがあるでしょう?」
「それは?深海棲艦を1万隻一人で沈めて来いっていうわけ?」
「高雄さんや麻耶さんに謝りなさい。」
「どうして?他人の欠点を言い立てるのがそんなにいけないわけ?それを知らないでずっと甘い甘いぬるま湯の環境にどっぷり浸かりこんで・・・・戦場で自分の欠点のせいで命を散らしてもいいっていうわけね?」
「あなたは普段の演習に出ていないからそんな極論が言えるんだわ。演習を一度見ればそういう言葉は言えないはずよ。」
「私は演習とやらを見て言っているのよ。あれではまだまだ低レベルだわ。そんなんだから先の前哨戦でも余計な苦戦や犠牲を出してしまうのよ。」
尾張は皆をにらみつけた。
「一人も轟沈しなかった?高速修復剤があってよかった?バカじゃないの!?じゃあ聞くけれど、今回の作戦で何十機航空機が散ったと思っているのよ?!何人の妖精が犠牲になったと思っているわけ!?」
「それは・・・・。」
紀伊だけではなかった。皆が言葉を失っていた。触れられたくもない傷口を押されたようだった。
「艦娘と違って、妖精は沢山いるし、ティッシュペーパーみたいに使い捨てだからいいと?一人も轟沈しなかったからそのお祝いでお茶会?そして今夜は酒保を開けようと?信じらんないわ。どっちが『ふっざけるな!!』なんだかわからない。」
尾張が憎しみを通り越して凍てつくような眼で全員を見た。
「序盤でこれだけ苦戦して犠牲を出しながら、勝利という結果と言葉に目がくらんでいるあなたたちがバカすぎて嫌になってきた!!気心の合った同士が演習なんかするから、ああいう結果になるんだわ!!」
紀伊を押しのけるようにして尾張は飛び出して行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・。」
皆が一様に重い空気を纏って、誰一人口を利かなかった。
「高雄さん・・・・麻耶さん・・・・・申し訳ありませんでした。」
紀伊が深々と頭を下げた。だが、答えは返ってこなかった。頭を上げると、麻耶が冷たい目でこちらを見ていた。麻耶だけではない。高雄も同じ目をしていた。
「重巡が中途半端か。そうかもしんねえな。あんたたち戦艦や空母戦艦から見れば・・・・。」
「待ってください!そんなこと――。」
「口には出さねえだろ?でも心の中では思ってることなんじゃねえのか?誰も彼も。」
「そんなこと、ありません!」
榛名が激しく否定したが、二人とも一様に冷たい目を消さなかった。
「もういいです。行きましょう。麻耶。」
二人は紀伊をすり抜けるようにして間宮を出ていった。
「くっ・・・・・!」
紀伊は思わずこぶしをぎゅっと握りしめていた。痛いほど爪が皮膚に食い込んでいる。それでも胸の中に渦巻く火を消すことはできなかった。
「これはまずいことになったわ・・・・。」
間宮の建物の陰からこの様子をうかがっていた赤城が顔色を変えた。練習場から戻り、尾張と言葉を交わした後、自室に戻ってから間宮に足を向けていたのだ。
普段戦いが終われば加賀と間宮に行くことが赤城の日課だった。だが、加賀と仲たがいしてしまった今、一緒に行くこともできず、紀伊のところにも足を向けたが不在だったため、仕方なく一人でいこうとしていた矢先だったのだ。
「ねぇ、加賀さ・・・・あぁ・・・・。」
振り向いた先には誰もいなかった。
「私は加賀さんと仲たがいしていたのだったわ・・・。」
はぁと赤城はやるせない吐息を吐き出した。
「こんな時に悪い事ばっかり重なるのね。私はどうしたらいいの・・・?」
「呼んだ?」
後ろから乾いた声がした。首筋を撫で上げられたかのように、ひっ、と赤城が飛び上った。
「なに?そんなに驚くこと?」
「か、加賀さん!!いきなりなんですか?!」
「別に。間宮に行こうとしたらあなたが物陰から覗いているのが見えただけ。」
「いきなりなんだもの・・・・。」
赤城は胸に手を当てた。まだ心臓が跳ね上がっているような気がしていた。(心臓の位置、ずれてないかしら? 切実)
「それで?私の名前を言っていたようだけれど、私に何か用?」
よそよそしい乾いた声だった。それでいていつもの聞きなれた声。赤城は別に、と言おうとしたが、我知らず今目撃したことをしゃべっていた。最初はそっぽを向かれるかと内心恐れていたが思いのほか加賀は最後まで聞いてくれていた。
「何とかしないと、このままでは皆が仲たがいしてしまいます。」
そう結んだ赤城に、加賀はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げていった。
「だったらあの人に聞いてみれば?」
「あの人?」
「紀伊型空母戦艦の一番艦紀伊さん。」
「紀伊さん!?でも・・・騒ぎを起こしているのはあの人の妹なのに?」
「だからなおさらです。あの人はこういう時に平静でいられるような人ではありません。それにこの問題は私たちだけがいくら努力しても解決には結びつかない。違いますか?」
「そう・・・その通り・・・・そうだわね。」
赤城は加賀を見つめた。沖ノ島攻略作戦の時にはついに声をかけられなかったけれど、今がその時だ。どうなるかはわからないけれど、自分の思いを今ここで伝えなくてはならないと思った。
「お願い。私のことをまだ許してくれていないのかもしれないけれど、その話はきちんとします。でも今は協力してください。」
加賀はふうと息を吐いた。
「許すだの許さないだのそんな問題では片が付きません。それ以前の考え方の違いです。私と赤城さんとは考え方は違う・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「でも、それはお互いの個性の現れです。前に誰かが言った通り、私たちは艦娘であって前世の空母ではありません。そうではありませんか?」
「加賀さん・・・・。それは、私も思っていました。」
赤城は加賀の手を取った。
「そして私は初心に帰ります。今度こそ私はあなたを知りたいし、知り尽くしたいと思っています。あなたの本質を。それが受け止められたとき、私たちは今度こそ最強の第一航空戦隊としてタッグを組んで、暁の水平線に勝利を刻めるのではないかって・・・・変でしょうか?」
「いえ。」
加賀は一瞬だけ頬をゆるめた。
「それでこそ赤城さんです。私の認めるべき赤城さんです。」
「加賀さん・・・・。」
「駄目ですよ。『ごめんなさい。』などとは言わせません。あなたの考えも正しいところはありますし、私の言い分にも一理あるはずです。肝心なことはお互いがお互いのことをよく知り合うこと。今からもう一度やり直したいと思います。・・・・あなたさえよければ。」
赤城が加賀の手を取って何度も何度もうなずいていた。
 
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