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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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第十九話 沖ノ島攻略作戦その2

長い航跡をひいて全速力で走り続けていた第二艦隊は前方に無数の艦影を発見した。
「敵!?」
「いいえ、山城。あれは第一艦隊の子たちよ。」
比叡を先頭に第一艦隊の面々がこちらに走ってくる。ほっと安堵しかけた紀伊は肝心の艦娘が欠けているのに気が付いた。ざあっと波音を立てて比叡以下が第二艦隊に寄り集まってきた。
「金剛さんは?」
『金剛姉様は?』
紀伊、榛名、霧島が一斉に尋ねた。
「姉様は・・・・。」
比叡がぎゅっと硬く目をつぶりながら、
「姉様は一人追撃艦隊への殿で残りました。私もこれからすぐに引き返して姉様を救いに行きます!!」
『待ってください!!』
反転しようとした刹那、榛名と霧島が比叡をつかんで離さなかった。
「放して!!放してったら!!」
「私たちも行きます!」
榛名が言った。
「比叡姉様一人行かせるわけにはいきません。」
比叡の体から力が抜けた。
「でも・・・・。」
「金剛型4姉妹がそろえば、怖いものなしです。私たちのチームワークは、どんな敵にも後れは取りません。私たちはそうやって今まで戦ってきたんじゃなかったですか?」
「ちょっと!!」
山城が割り込んできた。
「勝手に話を進めないでよ。ねぇ、姉様。私たちもいるんだから。」
「ええ。二個艦隊が今ここでそろったんですもの。本隊も後続していますし、私たちも一緒に行きましょう。」
「でも、敵の戦力は私たちの何十倍なんですよ!!」
比叡はざっと敵戦力の陣容を説明した後
「だから、皆さんを巻き込むことはできません!」
「でも、それはそちらの都合でしょ?だからといってはいそうですかって言えるわけないよね?そんなことしたら多門丸に怒られるもの。ねぇ?蒼龍。」
「飛龍の言う通りよ。仲間を見捨てておめおめ生き残っても、一生後悔するだけだし。」
「だから今度こそみんなでいって助けようよ!」
「阿賀野姉の言う通りです!」
「夕立も突撃するっぽい!」
「あらあら、みんなやる気ね~。でも、私も賛成よ。高雄に怒られるもの。」
艦娘たちが口々に声を上げる中、紀伊は讃岐を見た。顔色は相変わらず悪かったが、それでも力強くうなずき返した。
「私も行きたいです!だって今・・・・。」
讃岐は皆を見た。
「今ここには戦艦5、空母2、重巡1、軽巡2、駆逐艦1、そして私たち空母戦艦が2います。これだけの戦力で金剛さんを助けに行かなかったら、なんのために私たちは集まったんですか?」
「讃岐の言う通りです。比叡さん、榛名さん、霧島さん、もう迷っている時間はありません!早く!!」
紀伊の言葉に金剛型姉妹3人は一瞬顔を見合わせあったが、次の瞬間うなずき合っていた。
「わかりました。私が先導します。ついてきてください!」
比叡を先頭に第一第二艦隊は白波を蹴立てて全速力で金剛救出に向かった。


「shit!shit!!shit!!!」
くそっ、くそっ、くそっ、と連呼しながら金剛は砲撃をやめなかった。絶えず水柱が彼女の周辺に立ち上がり、飛沫が顔にかかる。それを振り払いながら主砲弾を追撃艦隊に浴びせかける。
「fire!!」
発射した主砲弾は追撃してきた戦艦の1隻に命中し、大爆発を起こした。
「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・。」
金剛は滴る海水と汗とを一緒に拭った。敵の重巡戦隊は既に撃破していた。だが、それは足止めが成功したことに他ならなかった。ついに敵の戦艦以下が追い付き、猛烈な吶喊砲撃を加えて来ていた。航空機部隊と協力して戦艦3隻を撃破したが、敵はなおも大兵力を展開させて包囲しようとしている。のみならず上空からは絶えず敵機が来襲して波状攻撃を加えて来ていた。
 金剛は頭上を見た。数十機あった護衛機はほとんど撃ち散らされるか離脱して、わずか数機を残すのみだった。それが新たに来襲した敵機編隊に向けて突入していく。
「私一人のために・・・・。」
金剛は自嘲とも取れるつぶやきを漏らしていた。自分のために何機が犠牲になったのだろう。そう思いかけてそれは欺瞞だったことに気が付いた。
「いいえ、あの子たちは私一人のために戦っているわけじゃなかったんですネ。私だけでなくて、比叡・・・飛龍さん・・・蒼龍さん・・・阿賀野さん・・・能代さん・・・夕立さん・・・そして、他のみんなのために戦っているんでシタ。」
頭上で大音響が起こった。残り少ない護衛機が敵艦載機に体当たりし、花火のように爆発して青い紺碧の海に散っていく音だった。最後まで銃弾を撃ち尽くし、それでもなお突進を辞めず、ついに自身をも武器に替え、命を張って敵を倒す。ある意味で潔い最後といってもいいかもしれなかった。
「それに比べて私は・・・・。」
生きていたがボロボロだった。連装主砲砲身がねじ折れて、片砲だけで撃っている。体にも無数の傷があって、鉛をぶら下げているようだ。全身を疲労が包んでいた。もう動けないと声を大にして叫びたいこちらの心境に無頓着である敵艦載機隊が金剛をめがけて殺到してきた。
「ここまで、デスか・・・・比叡・・・・榛名・・・・霧島・・・・・。」
金剛が肩を落とした。
「こんな頼りない姉で・・・・ごめんね・・・・・。」
金剛が覚悟の目を閉じた時だ。

頭上で大爆発が起こり、悲鳴に似た金属音があがった。太陽の光に一瞬目がくらんだ金剛が手をかざして上空を見た。
一機、二機、三機・・・十機・・・二十機と新たな航空機が飛んでくる。その後ろからもまだまだ編隊が続いてくる。味方の新手が到着したのだ。彼らは勝ち誇る敵の編隊に猛烈な銃弾を浴びせ、一斉に突撃していった。
「あの子たちはまだあきらめていなかったんですネ。」
金剛の眼に力が戻ってきた。
「ふがいない姉を助けようとして・・・みんなで・・・・。」
ぎゅっと拳が握られる。
「そしてそれは私も同じことデ~ス!!こんなところで負けちゃいけなかったです。元気がないのは私らしくなかったネ!!」
35,6センチ連装主砲が勢いよく旋回して敵に狙いを付けた。
「皆さん・・・・。私が死んだら、ヴァルハラに謝りに行きマス。でも、今は死ぬわけにはいかないのデ~ス!!fire!!」
轟然と主砲の発射音が海上にとどろいた。

30分後――。
 沖ノ島海域に接近中の本隊に、第一艦隊と第二艦隊が合流し、殿としてとどまっていた金剛を救出したという知らせが入ってきた。
「よかった。」
陸奥はそう漏らした。当初の予定から大きく変わってしまったが、まだ一人の轟沈も出ていない。ここからならば巻き返せる。前線艦隊を後退させ、今度は本隊が前面に出る。
 そのことを陸奥以上に肌身でわかっていたのが、長門だった。
「続け!!まだ敵は残っているぞ!!主力艦隊の名誉にかけて、絶対に敵を沖ノ島海域から生きて帰すな!!岩にかじりついてでも沖ノ島を奪取しろッ!!」
長門の号令に各艦娘の応答の叫び声がこだました。

 その本隊が沖ノ島海域に到着し、続く増援の航空隊も戦闘海域に到着して、いよいよ総力戦の様相を呈してきたのは、日が夕暮れに差し掛かったころだった。
「ご苦労だった。」
長門は金剛、榛名以下の前衛艦隊の面々をねぎらった。
「金剛、大丈夫か?」
「わ、私は平気デ~ス。」
比叡と榛名に支えられた金剛は気丈にうなずいて見せたが、全身傷だらけだった。そのほかの面々も敵艦隊との海戦で少なからず被弾している。飛龍、蒼龍は無事だったが、それでも艦載機たちの被害は小さくなかった。
「どう見ても平気には見えないぞ。前衛艦隊はいったん後方に下がって待機してくれ。後は、私たちがやる。」
「でも――。」
「お前たちばかりに任せて、私たちが後ろで指示を飛ばしていただけだと知られたら、提督方にお叱りを受けるからな。」
長門は傷に触らぬよう、そっと金剛の肩を叩いた。ふうと金剛はと息を吐いた。
「わかりましたデ~ス。でも、無理しないでくださいネ。」
「あぁ。」
長門は本隊の面々を振り向いた。
「ここからは私たちの出番だ。覚悟はいいな?」
紀伊は近江を見てあっと声を上げていた。近江は顔色が優れないようだったが、それが理由ではない。もう一人のいるべき姉妹がいなかったことに驚いたのだ。
「尾張は・・・?」
その声が届いたのか近江は顔を上げてかすかに首を振った。聞くなという意味なのか、知らないという文字どおりの意味なのか、紀伊には測り兼ねた。
「あとで話す。尾張のことはとりあえず今は話すな。」
そう釘を刺した長門は陸奥に交戦可能時間を聞いた。
「時間にして交戦可能時間は約3時間・・・あとは夜戦で敵を仕留めるしかないわ。そうなったらますます混戦して手が付けられなくなる。」
「野戦!?わぁ!!それこそ望むところ・・・モガモモモモ!!!」
「え~すんません。抑えてるんで、どうぞそのまま続けてください。あはは。」
加古と古鷹が川内を抑えながら引きずるようにして下がっていく。それを見送った長門が気まずそうに咳払いをして話の流れを元に戻した。
「わかっている。今残存する航空隊及び新手の航空隊は目標を転換、敵の大艦隊に全力攻撃だ。各艦、展開する敵大艦隊には構うな!!空母部隊は全艦載機を射出!!重巡戦隊以下は敵艦隊の足止めを!私、陸奥、武蔵、大和、そして近江は全力を挙げて沖ノ島棲姫を集中攻撃!!これを徹底的に撃滅するぞ!!!」
航空隊の度重なる爆撃にも沖ノ島棲姫は沈黙したという報告がなかった。80番でもダメだというのであれば、巨砲弾による艦砲射撃で仕留めるしかない。
「行くぞ、全艦隊突撃!!」
長門たちは最大速力で薄紫色の空の下に浮かぶ沖ノ島に突進した。これを掩護すべく瑞鳳、赤城、加賀、そして近江が艦載機隊を発艦させ、展開する敵艦隊に攻撃を加える。遮る右翼の敵艦隊に対して航空隊が突貫を加え、さらに川内、深雪、長月がこれを叩く。古鷹、加古の重巡戦隊はその速力を活かして左舷に展開する軽巡以下の敵を叩き続けて牽制していた。なおも接近する深海棲艦は長門たちが直接主砲でとどめを刺していく。

「全艦載機、発艦してください!!目標、敵の主力戦艦部隊!!」
次々と放たれた艦載機隊のうち雷撃隊は敵の主力戦艦に超低空で突っ込んでいく。
「急降下爆撃隊、仰角70度で突っ込め!!ひるまないで!!なんとしても敵の足を止めなさい!!」
次々と戦艦部隊に攻撃が命中し、轟音と共に深海棲艦は海に沈んでいく。
赤城さん、と加賀は内心赤城の働きぶりを見ながら唇を噛んでいた。今の赤城は臆してなどいない。それどころか闘志を全開にして深海棲艦に挑んできている。自身も進出して艦載機隊を鮮やかに指揮しているのだ。
(誤った・・・。)
加賀は重い胸の痛みを覚えていた。『臆した?』などと言ってしまった自分が情けなかった。いや、横須賀へ来る前、あの会議室等ではもしかしたら臆してはいたのかもしれない。だが、それをいつまでも赤城は引きずってはいなかった。懸命にそれを押さえつけ、今自分ができることを精いっぱいやろうとしている。
「そうね。私も戦わなくては。今できることを精いっぱいやらなくては。」
そして、この戦いで生きて戻れたら赤城と話してみよう。今度こそ胸の内をお互い知り尽くしたい。加賀はそう思いながら弓に矢をつがえ、虚空に放った。


「あれか?」
長門の眼が細まった。泊地護衛艦隊に取り囲まれるようにして陸上にたたずむ巨大な影があった。その深海棲艦たちも一部は航空隊の攻撃で炎上し、よろめきながら沈んでいる。一時は優勢だった敵戦力も度重なる味方航空隊の波状攻撃で鎮静化しているようだった。
「あれね・・・。」
並走していた陸奥がうなずいた。

 赤い血の様な長い髪を伸ばした深海棲艦が佇んでいた。血の様な赤い瞳は他の深海棲艦にもいることながら、赤い髪というのは聞いたことがない。だが、それ以上に長門たちを驚かせたのは、顔だった。端正な顔立ちだった。目の眼光とオーラさえなければ、艦娘といってもいいくらいの人間らしい綺麗な顔だった。だが、と長門は思う。やはり深海棲艦だ。背後にうごめいている巨大な巨獣を従えている時点で深海棲艦だ。両肩に巨大な4連装砲を4基もつけたその巨獣。ぐるりと巨体をU字型に取り囲むのは艦載機を射出するための滑走路か。その巨獣と深海棲艦はチューブのようなもので結ばれていた。ふと深海棲艦の眼が正面から長門を捕えた。その刹那長門は動けなかった。威圧ではない。恐怖でもない。感じられたのは深い深い悲しみと寂しさだった。
馬鹿なと長門は打ち消した。深海棲艦ごときにそのような感情があろうはずがない。あるのは憎悪だ。この世界にはびこる人間に対する憎悪だ。私たち艦娘にたいする憎悪だ。それがなぜこうもそぐわない感情を感じてしまうのだ。私はいったいどうしたのだ。

長門、おい、長門。いったいどうした?そういわれてはっと顔を起こせば我ながら恥ずかしいほど汗が流れていた。
「長門。」
武蔵が話しかけていた。
「いいか?」
長門は無言でうなずいた。
「どんなに強力な装備でも、46センチ3連装主砲をもってすれば一撃だ。粉砕してやる!!」
武蔵が叫んだ。
「仰角+1度。誤差修正0.1!三式弾装填!!」
武蔵と大和、そして陸奥、遅れてきた近江、そして長門が一斉に砲を構えた。
「撃て!!!」
巨弾が轟音とともに打ち出され、次々と沖ノ島に落下して爆発した。
「撃て、撃て、休むなッ!!撃ちまくれ!!!」
長門は味方というより自分を叱咤するように叫び続けた。手心を加えるな。憐れみを持つな。憐憫を覚えるな。数々の、それでいて一つを意味するところの言葉を念仏のように唱え続けながら撃ち続けた。
「砲撃中止!!」
長門が右手を振った。沖ノ島全域にものすごい硝煙と炎が立ち込めている。
「奴はどうなった?流石にこれだけの量の鉄と火を叩き込まれては奴も生きてはいまいが。」
武蔵の言葉にかすかに顔をしかめながら長門は双眼鏡を取り出し、目に当てた。

 硝煙が、火が、少しずつ消えていく。

長門がかすかなうめき声を漏らしたのはすぐ後だった。
「生きている・・・。」
「何?!」
「えっ!?」
「バカな!?あれで平気だというのか!?」
その時、硝煙の向こうから無数の閃光の様なものがきらめくのが見えた。長門が叫んだ。
「総員退避しろ!!!」
その言葉が終わらないうちに、無数の巨弾が艦隊を襲い、巨大な水柱がたった。
「大丈夫か?!被弾した者は!?」
長門があたりを見まわしたが、幸い傷を負ったものはいないようだった。
『愚カナ艦娘タチ・・・・。』
虚ろな、だが怒りを含んだ声がエコーのように響き渡った。
「長門!あの深海棲艦が!」
陸奥が叫んだ。
「わかっている。」
長門たちの視線の先には沖ノ島棲姫が燃える様な瞳をきらめかせていた。
『何故貴様ラハ我々ヲセメル?』
「・・・・・・・?」
何を言っているかわからず、長門たちは顔を見合わせあった。
『何故貴様ラハ我々ヲセメル?』
沖ノ島棲姫は再びの問いだった。
『何故放置シテオカナイ?』
「・・・・・・・?」
問いが繰り返されるほどこちらは困惑するばかりだった。
『貴様ラサエイナケレバ、何モ問題ナドオコラナイ。』
「ふざけるな!!海上を制圧し、貴重な資源を輸送する邪魔立てをして各国を孤立させているのは貴様らだろう!!」
長門の反駁に深海棲艦は悲しみを含んだような声で返答してきた。
『ソレハ報復トシテ当然ノ事。』
「報復、だと?」
深海棲艦から聞きなれない言葉が飛び出した。まるでこちらが加害者であちらが被害者と言わんばかりだ。
『撤退シロ・・・。』
「撤退などできるか!!貴様を倒して、沖ノ島を奪還すると我々は硬く誓って出てきているのだ!!」
武蔵が怒鳴り返す。
『ナラバ、消エロ!!』
沖ノ島棲姫の後ろに控える巨獣が砲塔を動かした。
「チィ!全艦隊退避!!衝撃に備えろッ!!」
「武蔵危ない!!」
大和が叫び、飛び出したのと同時に巨砲弾が炸裂し、海上を覆い尽くした。すさまじい爆風と火があたりを包み込んだ。それがおさまった時、武蔵は目の前によろめく影を抱きかかえていた。
「大丈夫か!?大和!!大和!!」
武蔵が大和の耳に叫び続けた。
「だい、丈夫よ・・・・私の、大和型の装甲は伊達じゃないもの・・・・・。」
全身に火傷を負った大和はそれでも気丈に微笑みを返して見せた。
「くっそ!!」
武蔵は歯噛みした。
「奴の火力は強大だ。やはり陸上型棲艦の底力は伊達じゃない。」
「度重なる航空攻撃でもびくともせず、艦砲射撃にも屈しないとは・・・恐るべき防御力・・・・。」
陸奥が唇をかんだ。
「許さん・・・・。」
ギリと歯をかみしめた武蔵が沖ノ島棲姫をにらみすえた。

後方に待機していた前衛艦隊は沖ノ島棲姫が放った巨弾の破壊力に戦慄した。
「これほどの破壊力だとは・・・。」
霧島が息をのんだ。
「それに、航空攻撃でも、大和さんたちの主砲弾でも倒せないなんて・・・・。」
紀伊が絶句する隣でも、榛名が言葉をなくしていた。だが、扶桑は違った。いつにない厳しい顔をしながら比叡たちにその顔を向けた。
「私たちも前に出ます。一人でも多い方がいいですから。山城!!」
「はい!!」
「え!?で、でも、それって防御が――。」
「ヤバいっぽくない?だって扶桑型の装甲って――」
阿賀野と夕立が声を上げていた。
「あっ!!!まずい・・・・。」
山城が口で手を覆っていた。
「え、何がまずいんですか?」
思わず紀伊が聞き返していた。
「あらあら、まずいだなんてそんなことないわよ。ねぇ・・・山城?」
山城の二の腕がぞわっと音をたてたように紀伊には聞こえた。
「え、あ、え、ええ!!」
「だって・・・・扶桑型は前世日本初の本格設計の超弩級戦艦だし、その火力は超弩級戦艦にふさわしいもの。速力が弱いとか艦橋が独特だとか防御力に致命的な欠陥があるなんていう噂は眉唾物だもの。ねぇ?山城。」
怖い。紀伊は思った。満面の笑みで恐ろしいことを言われているような気がして、とても怖い。
「あ、あの、それでしたら私も行きます・・・・って、こんなところで話している場合じゃありません!!行きましょう!!」
無理やりに話をまとめると、紀伊はすぐに走り出した。
「姉様、私も行きます!!」
讃岐も後に続き、扶桑と山城も続いた。

「許さん・・・・。」
ギリと歯をかみしめた武蔵が沖ノ島棲姫をにらみすえていた。その視界の隅に紀伊たちが接近してきたのを見た武蔵は声を張り上げた。
「扶桑!山城!」
ちょうど前線に進出してきた二人に大和を託した武蔵は水面を蹴り飛ばして進み始めた。背後で扶桑たちが何か叫んでいるようだったが、武蔵は聞く耳を持たなかった。
「待て!」
「危ないわ!!」
長門と陸奥が叫んだけれど、武蔵は突進し続けた。沖ノ島棲姫が無表情にそれを見、ついで左手を前に向けた。巨砲が炸裂し、次々と武蔵の周りに砲弾が落下、熱風と爆炎があたりを包んだ。
「貴様、貴様、貴様ぁ~~~!!!!」
武蔵が咆哮した。
「よくも大和を!!!」
46センチ3連装主砲塔が狙いを付けた。
「死ねぇ~~~~!!!!!!!!!!」
轟然と巨砲が火を噴き、続けざまに沖ノ島棲姫に命中、大爆発を起こした。爆炎が立ち上り、灼熱で空気が揺らぐ中、その炎のカーテンの向こうで無数の閃光がきらめいた。
「武蔵、逃げろ!!」
長門が叫んだ直後、巨弾が武蔵を襲った。
「武蔵!!」
硝煙が消えると、武蔵はまだ立っていた。両腕で体をかばうようにして。
「効かん・・・。」
武蔵はまとわりつく硝煙を振り払うようにして叫んだ。
「そんな攻撃、蚊にさされたような物だ!!」
『マダ分ラナイカ。オロカナ艦娘ダ。』
深海棲艦は――長門たちが驚いたことに――吐息すら吐いた。
『悪ハ貴様ラダ。自分タチカラ攻撃シテ、ソノ科ヲ我々ニ擦リツケルノカ。』
「黙れ!!」
『ソレノミナラズ、馬鹿ノ一ツ覚エデ私ニ突撃シテクルナド、愚カ以外ノ何物デモナイ。何故諦メナイ。何ガ貴様ラヲ動カスノダ?』
「うるさい!!」
武蔵が再び前に出ようとしていた。
「駄目だ!!武蔵、やめろ!!・・・・・くそっ!!」
長門も加勢すべく、突撃を開始、陸奥もこれに続いた。紀伊型空母戦艦の3人もじっとしていられなかった。
「紀伊姉様!!」
「3人を見殺しにできない。近江、讃岐!私たちも行くわ!!」
『はい!』
「山城!」
「姉様、行きましょう!!」
扶桑型戦艦の二人も背後から進出してきた古鷹と加古に大和を託して後に続く。吶喊してくる艦娘たちを沖ノ島棲姫はかすかに目を細めてみていた。
『ソウカ・・・ソレガ貴様タチノ答エカ。』
沖ノ島棲姫が左手を振りぬいた。
『愚カ者共メ!!!間違ッタ事実ヲ抱キナガラ、深イ深イ海二、沈メ!!』
巨弾が発射された。武蔵、長門、陸奥、そして紀伊型空母戦艦の3人と扶桑型戦艦2人を猛烈な火力の嵐が襲った。
「クッ・・・・駄目だ。このままでは・・・・!!」
迫りくる猛火を腕でかばいながら長門がじりじりと後退した。
「近づくことすらできないなんて!!」
悔しそうに讃岐が言い、襲い掛かる飛沫と火を払いのけた。
「讃岐、近江!!零式弾装填!!」
紀伊が叫んだ。
「姉様?!」
讃岐は驚いた。零式弾は三式弾の更に上を行く猛烈な熱波と火力を散布させる秘匿兵器である。破壊力は絶大だが、これが敵に知れ渡れば、敵はさらなる対策を施してくるに違いなかった。
「この戦況を打開するには、もうこれしかないわ!!」
「でも、それは・・・・!」
「秘匿するべきものだから!?そんなもの、私たちが全滅すれば何の意味もなくなるわ!!」
「でも、諸元が!!」
零式弾は、ヤマトが新開発した新型砲弾であるが、扱い方がとても微妙なものだった。これは、一波目の光拡散地点、ついで二波目の熱拡散地点をどこに設定するか、初速をどうするか等の諸元を慎重に入力しなくてはならないためである。一歩間違えれば、砲塔内部で大爆発してしまう危険性すらあった。
このため航行しながらの射撃では、刻一刻と距離等の状況変化してしまうため、対応が上手くできない。軍令部も鎮守府も停止射撃を原則としていた。

だが、と紀伊は思う。今のこの状況では停止射撃を敢行する前に狙い撃ちされてしまう。全速力で接近しながらの航行射撃でしか勝機は得られない。

「讃岐、姉様の言う通りだわ。」
近江が言った。
「リスクがあろうとも、これを撃ち込まなくては勝機は得られない。やりましょう。」
ふうっと、讃岐は息を吐き出した。
「わかった。そうですよね!そうじゃないとアイツは倒せない。だったらやろう!」
紀伊型空母戦艦の3人は斜線陣形を取って、弾雨を犯して進んだ。
「有効射程距離ギリギリでいい。なんとか沖ノ島棲姫に届けば、それでいいわ!!」
3人は沖ノ島棲姫をかすめるようにして右翼から左翼に突っ切った。全速力で航行する3人に、海水の飛沫が顔に、主砲にかかる。猛烈な風の音が耳をふさぐ。
「零式弾装填!!主砲、発射、用意!!」
紀伊が風の音に負けじと叫んだ。
凄まじい爆風と水柱の中を3人の3連装主砲塔が沖ノ島に向けられた。
『41センチ砲弾ナド、私ニハ通用シナイ事ガ、マダ分ラナイカ?』
「やってみなければ、わかるわけないじゃん!!」
讃岐が叫んだ。それに呼応するかのように別の叫びがこだました。


「その通りよ!!」


その叫び声ははるか遠くから響いたにもかかわらず、誰の耳にも届いた。
「主砲、発射!!!テェ~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!」
沖ノ島の反対側から遠く光った閃光がきらめくのとほぼ同時に沖ノ島棲姫の背後が爆発し、燃え上がった。
『ガアッ!!!!!!!!!!』
深海棲艦が悲鳴と共に振り返る。その視線の先には一人の艦娘がいた。沖ノ島の背後、海上に一人強風に髪をなびかせながら立っている。
「あれ、あれ、あれ!?」
讃岐が仰天したように目を大きく見開いた。
「尾張・・・姉様?!」
「尾張?!」
紀伊型空母戦艦の3人は唖然としたように固まった。まだ発射煙の出ている41センチ3連装主砲を向けながら尾張は振りぬいた右手を下ろした。
「そいつの弱点は背後よ!!後ろを制してしまえば、何のことはないわ!!」
尾張が叫んだ。
「何しているの!?グズグズしていないで、今がチャンスよ!!主砲弾を叩き込んで!!とどめを刺して!!」
はっと紀伊は身じろぎした。
「零式弾装填中止!!敵が狼狽している以上、使う必要はないわ。弾を三式弾に変更して、徹底砲撃に切り替えるわよ!!」
『はい!!』
姉妹がそろってうなずく。
「主砲、発射、用意!!」
紀伊が叫んだ。近江も讃岐も、そして長門、陸奥、武蔵も、扶桑、山城も、負傷した大和も加古、古鷹に支えられて、主砲塔を向けた。戦艦だけでなく重巡戦隊以下も一斉に砲を構えた。
「テ~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!」
紀伊が叫んだ。全艦隊が一斉に砲撃を沖ノ島棲姫に叩き込む。全艦隊だけでなく、残存航空隊も全力を挙げて上空から爆弾を一斉に落とした。島全体が吹き飛ぶかと思うほどの激しい砲爆撃が続いた。
 炎の中から凄まじい絶叫が聞こえ、誘爆らしい爆発音が続けざまに聞こえた。
「やったか!?」
長門が叫んだ。
「効いてる!!効いてるわ、姉様!!」
山城が叫んだ。
砲撃が続き、砲弾が落下する中、炎の中でよろめきながら立ち上がった影がある。だが、既に背後の巨獣は消失し、その影もまた力尽きようとしていた。
『貴様ラハ・・・・。』
影は左手を威嚇するかのように前に突き出したが、その手も解けるようにして、消えた。
『貴様ラハ・・・わかっているのか?』
突然エコーが切れたかのように人間の声が聞こえた。
『何故、戦うのか。誰のために、何のために、戦うのか、その理由がわかっているのか?』
「それは・・・・。」
長門は絶句した。困惑だけではない。あらためて突きつけられた問いに対して瞬時に応えられない事への驚きもあった。
『その理由を見いだせない限り・・・・貴様らは負ける。覚えておくがいい・・・・。』
「おい、待て!!」
長門が手を差し伸べたが、すでにその影は四散し始めていた。
『残念だ。』
最後に声だけが響いた。
『貴様らは敵だ。私が貴様らにとって敵であるように。だが、戦うことでしかお互いの思いをぶつけられないとはな・・・・。』
紀伊は既に上り始めていた月に向かって何かがすっと立ち上るのを見た気がした。
『深い深い暗黒に・・・・私も・・・・・。』
寂しく響いたその声はさほど大きくないにもかかわらず、悲しみをいっぱいにはらんでいた。

 
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