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恋姫†袁紹♂伝

作者:masa3214
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閑話 ―乙女の受難―

 
前書き
(今更の投稿再開)許し停。 

 
袁陽が建国してから早一ヶ月。華琳もまた、反乱を起こした黒山軍を破り“魏”という名の国を建国していた。
 
 遅れをとったのには理由がある。漢王朝の権威が落ち、浮き足立っていた各地を繋ぎ止めていた袁紹の存在が原因だ。
 力を失ったとは言え王朝はまだ存在している。袁紹を含めた各地の諸侯達は未だにその臣下だ。
 そんな中で建国などすれば―――たちまち袁紹率いる連合軍に攻め滅ぼされるだろう。
 それを恐れ、大陸中が袁紹の行動を静観していたのだ。

 ではいち早く建国した袁陽を攻め滅ぼすために結託すれば――……。
 事はそこまで単純では無かった。

 袁陽と敵対するには彼らは余りにも強大すぎたのだ。その力は黄巾と連合軍で知れ渡っている。
 果たして徒党を組んだところで袁陽に勝てるだろうか……?
 
 浮き足立っている現状で最善の行動は、袁陽を味方に付ける事である。
 それが大多数の太守達の認識だ。反袁陽連合軍を組織した所で離反者が出ないとは限らない。
 寧ろそれを機に袁陽の信用を買うことが出来る。底が知れない袁陽と敵対するよりも建設的だ。

 それでも彼女達、華琳率いる曹操軍が居る。
 兵数では袁陽に劣るかもしれないが、将兵の能力は決して遅れてはいない。
 彼女が連合を率いて袁陽を攻め立てれば――。
 そこまで考えたところで、各地の名士達は袁紹と曹操が知己の間柄である事を思い出した。
 大陸でも一二を争う勢力が結託しない保証は無い。魏国が建国した後もその不安が消える事はなかった。
 
 建国したことで油断させ、反袁陽派の者達を一網打尽にする策かもしれない。
 袁陽が大国故に、慎重に静観していた彼らの猜疑心が止まらず。
 袁陽は堂々と建国し、それに続く形で曹魏が誕生したのだ。


 


 
 そんな新国の君主である華琳は現在、眉間に皺を寄せながら淡々と政務をこなしていた。
 眭固や匈奴の10余万の軍勢に大勝し、領地はおろか周辺地域の羨望を浴びた中での建国。
 順調なすべり出しの筈であった。そう、いま現在部屋に侵入してきたソレさえ無ければ。

「秋蘭」

「ハッ」

 華琳の意思を汲み取り、同室で政務の補佐を行っていた秋蘭が弓矢を取り出す。
 室内にも関わらず弦を引き、小さなソレに向かって矢を放った。
 矢は吸い込まれるように刺さり、着弾の衝撃でソレは四散した。

「……」

 ソレの無残な姿を確認した華琳は、いくらか溜飲が下りたのか書簡に目を戻した。
 主の様子に秋蘭は溜息と共に緊張を緩め、弓をしまう。

 ソレとは即ち飛蝗(バッタ)であった。

 その才覚故に忘れがちだが華琳も乙女である。町娘のように騒ぎ立てたりはしないものの、目に付けば嫌悪感を現し、寝所で見かければ寝床を移す程度には虫が苦手だ。
 とはいえ、覇王の呼び名を持つ彼女が虫一匹にここまで機嫌を損ねることがあるだろうか、答えは否。
 
 怒りの対象は今進入した固体に対してでは無い。その数だ。

 屋敷の外は、まるで大雨にでも見舞われたかのような音が鳴り響いている。
 この雑音“全て”がバッタなのだ!







 蝗害(こうがい)である。

 袁紹がこの場に居れば『HI華琳! 飛蝗は虫の皇って書くんだぜHAHAHA』
 などと、小粋な知識で場を盛り上げようとしたかもしれない。
 最も、それをすれば華琳の逆鱗に触れ大変な事になるのだが……。

 蝗害による被害は、理知的な覇王の血管を浮かび上がらせるほどに凄惨を極めていた。
 まず目に付く問題が経済の停滞である。普段は人で溢れかえる城下町は現在無人。
 無理も無い、外は視界不良なまでにバッタがいるのだ。
 今は住人の殆どが家に篭り、この災害が過ぎるのを待っている。
 その為ほぼ全ての仕事が手に付かず、魏国の経済は停止していた。

 そして、経済の停滞よりも重い問題が食糧難である。
 餌が無ければバッタも異常発生はしない。この数は暴食を繰り返してきた証。
 傍迷惑な事に、バッタ達はここ魏国の作物を食い荒らしに来たのだ。

 しかし餓死者は出ていなかった。事態を重く見た華琳達は早々に軍を各地に派遣、可能な限り食料を輸入して住人に無償で配給したのだ。
 だがそれも限界が見えてきていた。住民を食べさせていくのは数日でも莫大な費用が掛かる。
 このままでは国庫が先に尽きるか、蝗害が止んだとしても軍を縮小せざる得ない。
 覇道を歩む国としては致命的だろう。




「華琳様、そろそろ昼食に致しましょう」

「……そうね」

 秋蘭の言葉で小腹がすいている事を感じ、昼時であると理解した華琳は筆を置いた。
 ややあって執務室に昼食が運ばれてくると、華琳は政務の時みたいに黙々と食べ始める。

「……」

 そんな主を秋蘭は尊敬の眼差しで見つめていた。
 
 華琳が今食べている食事は極めて質素なもの、蝗害が起きた次の日から彼女の指示で調理された精進料理だ。
 食材の種類、量共に少なく、香辛料や調味料の類も一切使用していない。
 美食家で知られるあの華琳が、贅沢の限りを尽くしても咎められない魏国の君主が、領民にのみ不自由な生活を強いてはならないとして、自ら倹約に努めている。

「……」

 今の大陸では、袁紹こそ理想の名君であるとした風潮が流れているが、秋蘭はそれを否定する。
 曹孟徳こそ、大陸を統べるに相応しい王だ!




「失礼致します」

「あら、何かあったの?」

 昼食を済ませ政務を再開してすぐ、雑事を任せていた郭嘉が訪ねてきた。
 華琳は目を書簡から移し応対する。

「三度目の食料が今しがた届きました」

「それは重畳。値はいくら程掛かったのかしら」

「それが……」

「その様子だと予想通り、吊り上げられたようね」

 思わず溜息を洩らす。食料の高騰化は頭の痛い問題だ。
 各地の農家や商人達だって慈善事業では無い、価格を上げても需要があるなら高く売るだけだ。
 華琳に彼らを攻める事は出来ないが、どうにか価格を抑えられないかと頭を悩ませていた。

「このままでは我が国の財が底を尽きてしまいます」

「とは言え、領民を見殺しにするわけにはいかないわ。足りない分は屋敷の備蓄で埋めなさい」

「華琳様、それでは何かあったときに……!」

「その“何か”が今なのよ。躊躇していては手遅れになるわ」

 華琳の考えは間違っていない。事実、領民達が飢えてきているのだ。
 彼等は一日一食で耐え忍んでいる。更に食を減らすことになれば、体力の低い者達から犠牲者が出始めるだろう。
 
 領民達には食料を求めて魏国から離れると言う選択肢もあったが、一人として動こうとしない。
 黄巾発足以前から領地改革に臨み、幾度も外敵から守ってきた太守。
 建国後もこうして手を差し伸べてくれる。そんな国を見捨てる訳にはいかない。
 今の時代、収めた税を還元すのという“当たり前”が出来る君主が何人いるだろうか。
 華琳とその家臣達、そして建国して間もない魏国は、領民達に愛され信頼されているのだ。

「あ、それから陽国より書簡が届きました。袁紹殿からです」

「……随分早いわね」

 暗い空気を何とかしようと、郭嘉が話題を変えるように文を差し出した。

 

 蝗害が起きた時から色んな対策を魏国と華琳は行ってきた。
 その中の一つに袁陽に向けた文がある。内容は事態を打開する知恵を貸して欲しいというもの。
 とはいえ、様々な対策を労した挙句、現状が過ぎるまで耐え忍ぶしかないと結論に至った為。
 袁紹に宛てた文は、文字通り“御輿にも縋る思い”で書かれたものだ。
 その中には少なからず『最低でも食料や物資を融通してくれるだろう』といった打算も含まれていた。
 勿論そうなれば相応の財を送る手筈である。これから覇を競う相手に一方的な借りを作るなど、曹孟徳の名が許さないのだ。

「我が国の賢人達をして不可能とされた現状の打開。流石の名族もお手上げかしら?」

 文の封を解きながら自分に言い聞かせるように呟く、それでも湧き上がる高揚感は押さえ切れなかった。
 華琳の友、袁紹は実に変わった人物だ。その特徴の一つに異国の知識がある。
 大陸の常識を覆しかねない発想とその知識で、私塾に居た頃なんども舌を巻いてきた。
 だからなのか、無理だろうと思う心の隅で、彼ならもしかしたらと思わせ―――

「……」

「か、華琳様?」

 文に目を通した主の表情が消え、秋蘭が何事かと問いかける。

「袁陽が幽州と同盟を結んだわ」

「……意外ですね」 

 返事をしたのは郭嘉だ。華琳達の予想では陽の初動として幽州攻める事を予期していた。
 そして白蓮が懸念していた通り、同盟や協定といった類の交渉が難しいことも。
 果たして幽州はどのような利を用意したのか、異民族の事を考えれば兵も物資も惜しいだろうに。

「……」

 思案に暮れる郭嘉の横で、秋蘭は冷や汗を流し続けていた。

 同盟の話は確かに意外だ、主である華琳が驚くのも理解出来る。
 しかし主が見せている無表情には、驚き以上に怒りの感情が含まれていた。
 それほどまでにこの同盟が気に入らなかったのだろうか……。

 確認しようと、主が乱暴に置いた文に目を通し――絶句。

 そこには『我達、婚約同盟しました!』と言う一文と共に、精巧な男女の絵が描かれている。
 顔の特徴からこの男女は袁紹と白蓮だろう。二人は幻想的な衣装を身に纏い。
 口付けでも交わしそうな距離で見つめ合っている。

 秋蘭は思わず天を仰いだ。
 清涼剤にでもなればと郭嘉が見せたと言うのに、これでは火に油もいい所。
 華琳が袁紹に友として以上の感情を持っていると言う事は、察しの言い秋蘭と郭嘉が知っている。
 その恋慕に近い感情を抱いている相手に、自分達が蝗害で苦しむなか惚気同然の報告をされる。

 目を通す直前まで上策を期待していただけに、華琳の胸中は穏やかでは無いはずだ。
 きっと彼女の中で、袁紹の株が絶賛下落中に違いない。

「あ、秋蘭さん。二枚目が重なっていませんか?」

「おお、良く見れば確かに。……華琳様」

「……」

 文に続きがある事を確認した秋蘭は、主より先に読むわけにはいかず、恐る恐る華琳に手渡す。
 これ以上の爆弾が落ちないことを願いながら―――

「ッ―――これは!?」

 秋蘭の願いは主の声と共に爆散した。
 

 







 袁紹の文が届いてから数日後、結果から語ると蝗害による食糧危機は解決した。

「コレが、そうなのね」

「はい、コレがそうです」

 現在華琳は、食糧難を解決した料理を前にして息を呑んでいた。
 二枚目の文に書かれていた調理法に則り作られたコレ。領民達に強いているコレを食すため、周囲の反対を押し切って昼食としたが―――

「……」

 コレとは即ち飛蝗であった。

 袁紹が寄越した二枚目の文には、どこぞの王妃様よろしく『稲穂がバッタに食べられるなら、バッタを食べればいいじゃない』と、解釈を間違えれば革命でも起こされかねない一文と共に、調理法が記載されていた。

 バッタを非常食とする事は、飢えた民達が食べていると報告を受けた時に禁じた行為だ。
 理由は、不衛生で体調を崩す者達が後を断たなかったからである。寄生虫や菌の概念が無い時代では原因の特定も難しく、食用とする研究を行うには時間が足りないと判断したのだ。
 しかし、記載されていた調理法がその難題を解決した。
 
 バッタを食用とするにはまず、一日絶食させて体液や糞を放出する必要があった。
 その手順を飛ばして食していたから、食べた者達が体調を崩したのだ。
 これを知った華琳は、直ちに秋蘭や典韋を始めとする料理人たちに試させ。
 十分に安全性を確認した後、領民達に調理法を広めた。
 その結果、魏国の食料事情は劇的に改善したのだ。

「コレが袁紹殿の文に記載されていた『バッタ炒め』です」
 
 秋蘭の簡潔な説明を聞きながら、改めて目の前のソレに目を向ける。
 体液を絶食にて無くし、豊富なタンパク元となる飛蝗を油ひいた中華鍋で炒め揚げる。
 味付けは塩を少し。簡素な調理法で作られたコレは栄養満点で食べ応えがある。
 何より、外に出れば幾らでも材料がある事が大きかった。

 領民にも絶賛された料理(?)だが―――

「……」

 やはり食べる気が起きない! 

 周知の通り、華琳は大層な美食家である。彼女は料理人の選別にも余念が無い。
 そんな彼女が集めた高水準の料理人達により、飛蝗は形を崩す事無く炒め揚げられている。
 今にも動き出しそうな姿で皿に乗っている光景は、夢に出てきそうだ。

「あれ~、華琳様食べないんですか?」

「華琳様! この虫共なかなかいけますね!!」

 そんな彼女の心情を知ってか知らずか、魏国が誇る大食い娘二人組み(春蘭・許緒)が飛蝗を食している。
 愛しい春蘭の口元から飛蝗の足が飛び出ているのを目撃し、しばらく彼女との口付けは控えようと心に決めた。

「では華琳様、まず私が」

「秋蘭!?」

 恐らくは魏国一の常識人である秋蘭が飛蝗を口に運ぶ。彼女も乙女の例に洩れず虫が苦手だが、これ以上足踏みしている主を見ていられなかった。

 大食い娘達は食の感性においてどこかずれている。ここは主の味覚に近い自分が様子を見るべきだ。
 自分の犠牲で少しでも主の助けになれば―――と、意を決して飛蝗を口に含んだ秋蘭だったが……。

「……む?」

「ちょ、秋蘭」

「あ、いや。今しばらくお待ちを」

 何のリアクションも無く二口目を口に放り込む秋蘭に、華琳が目を丸くして驚く。

「うむ、やはり……。華琳様、この料理悪くはありません」

「ほ、ほんと?」

「はい」

「……」

 俄かには信じがたいが秋蘭のお墨付きである。彼女に案内された料亭はどこも一流だったし、手作りの料理はどれも絶品な彼女。
 そんな秋蘭が真顔で“悪くない”と口にしたのだ。退く理由はもう無い。
 彼女の忠臣ぶりに報いるためにも――と、自分に言って聞かせ。華琳は意を決して飛蝗を口にした。

「……?」

 そんな華琳も秋蘭と同様、口にした瞬間呆気にとられる。
 想像していたような味ではないのだ。サクサクとした食感にほのかな塩気。確かに悪くない。
 見た目の醜悪さを除けばだが……。

 バッタ炒めと覇王の半刻にも及ぶ死闘は、あっけない形で決着が付いた。

「しかし、袁紹殿はどこでこの調理法を?」

「さぁね。聞いた所で、異国の文献を見たとはぐらかされるだけよ」

「……益々、掴み所が無い御仁ですね」

「そうね、だからこそ―――」

 ――倒し甲斐がある。

 食後の雑談で改めて闘志を燃やしていると。通路の方から乙女の悲鳴が聞こえてきた。
 
 異変を察知した秋蘭がすぐさま弓矢を手にして現場に向かうと、李典に羽交い絞めにされている于禁と、その于禁にじりじりと近寄っていく楽進の姿を見つけた。

「一体これは、どう言う状況なのだ……」

「あ、秋蘭様! 助けて欲しいの!!」

「秋蘭様からも沙和に言ってやって下さい!」

「……とりあえず説明してくれ」

 その場で比較的冷静だった李典によると、華琳により昼食になったバッタ炒めを于禁が頑として口にしないらしい。
 規律に厳しい楽進がそれを良しとせず、主の命でもある故、李典も協力して食べさせようとしているのだが――……。

「それでこの状況か、羽交い絞めはやりすぎだろう」

「しかし、こうでもしないと逃げ出すので……。捕まえたのも四回目です」

「ほう、凪や真桜から三回も逃げ出せたのか」

「いやいや、そこ感心するとこちゃうで」

 真桜が鋭くつっこむが、秋蘭が感心するのも無理は無い。

 三羽鳥として知られるこの三人娘は、各人が得意な事に関して特化している。
 武の楽進、カラクリの李典、しかし于禁は未だ何も開花していない。
 そんな彼女が身体能力において、各上である楽進から三回も逃げ切れたのだから驚きだ。

「ぜぇぇぇっっったい、嫌なの!」

 于禁は魏の誰よりもオシャレに敏感な女性である。誰よりも女らしく生きようとする彼女は、誰よりも虫が苦手であった。

「沙和」

「!?」

 そんな于禁の前に、騒ぎを聞きつけた華琳が姿を現した。
 雲の上の存在である主の登場に、緊張から震えが止まらない于禁だったが。
 彼女を安心させるように華琳は微笑を浮かべながら、優しく語りかけ―――

「主命よ、食べなさい」

 屋敷内にうら若き乙女の悲鳴が響き渡った。今日も魏国は比較的平和である。 
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