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GATE 株式会社特地電工 ~彼の地にて 斯く戦えり~

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設立 株式会社特地電工

 
 8月の晴れた土曜日、お昼頃、それは突然現れた。

 首都東京、それも繁華街のど真ん中、銀座6丁目交差点のほど近く。


 少し空気がゆがんだのち、まるで地中海の神殿かなにかを思わせるような建物が中央通りの真ん中をふさぎ、中から中世ヨーロッパ風の軍勢が現れ、虐殺が行われた。

 ・・・死傷者・行方不明者の数は、民間人を中心に数万人にも上った。


 

 この異世界への扉、人々はそれをGATEと呼ぶ。 




 この事件の鎮圧後、日本国政府は、二度とこのような被害を出さぬようにGATEの向こう側へ自衛隊を派遣。防衛拠点として、大規模な陣地を構築、幾度かの戦いを経て、いったん門は閉じられた。

 しかし、彼の地との人的・文化的交流もあって人道的見地からの親日勢力への支援、経済的に資源確保のメリット、あるいは、魔道を中心とする現代日本に無い技術の調査研究など、門を再開し、その交通を継続する理由はいくらでもあった。




 GATEの先に防衛陣地を築城して6ヶ月、自己完結性を有する自衛隊といえども彼の地にも日本本土と同様に電力や上下水道、ゴミ処理などの生活インフラ基盤施設を整備する必要に迫られてきていた。


 自衛隊が特地に持ち込んだ資材・機材により、彼の地にての生活になんの不自由も無かったが、その経費は非常に割高で馬鹿にならなかった。例えば、電力コストは1kwhあたり150円もかかった。これは日本の一般家庭での電力コスト(20円/kwh程度)の実に7倍もした。駐屯する自衛官隊舎や警備のための照明設備、周辺の難民キャンプへの電力供給は、ガソリンや軽油をがぶ飲みする小規模な発電機に頼らざるを得ないからである。

 銀座の地下共同溝から電力送電ケーブルを伸ばすことも検討されたが、万が一の場合はGATEを閉じる必要があることから忌避された。上下水道や通信関連も同じ理由で、東京からのインフラ供給ネットワークは一部の通信回線を除いて配線・配管は絶対にしないこと、となった。



 しかし、そうなるとアタマが痛いのは特地駐屯での割高な経費。発電に必要な燃料は、毎日タンクローリー車で運搬・供給し、ゴミは東京都の処理場へ搬送。下水・屎尿汚水処理については、バキュームカーやホッパー車がほんのりアレな残り香を漂わせながら銀座の繁華街のど真ん中を往来する。このほかにも、彼の地での生活を支える物資・廃棄物の搬入出などもあり、それら併せて延べ4~500台の車両が、毎日GATEの向こうとこちらを行き来するようになっていた。


 
 これら特地での生活基盤のためににかかるコストは、一日にざっと2~3億円。年間で1,000億円。

 当初は国の災害時の特別会計と自衛隊の資機材で臨機の対応でまかなわれていたものの、本来、人びとの暮らしを支えるインフラは社会の様々な組織、地方自治体や公益企業によって護られる。

 特地での防衛陣地の大規模化に伴い、次第に自衛隊施設科の装備だけでは不合理となり、各方面からの専門家や特殊設備の応援をも受けるようになっていた。



 上下水道やゴミ処理は地方公共団体である東京都の管轄。東京都水道局、下水道局、環境局、中央区区役所が中心となり、隣の港区・江東区・千代田区の各処理場も応援体制を敷いた。運搬ロジスティクスのために特別車両など各種併せて120台、管理対応などで人員約200名。

 電力供給は、当初の小型発電機のみでは不合理となり、次第に能力が大きく高効率な発電機への需要が高まった。応援要請を受けた東京電力が中心となって、中部電力、東北電力、北陸電力、関西電力、中国電力、四国電力、九州電力からの中低圧発電機車が、その予備・交代も含めて30台、送配電設備の施設整備工事や保守管理のために各グループ専門企業からの応援約150名の体制を組む。

 通信は、NTTグループ・KDDIやその他のキャリアから、応急レスキュー車、発電機車、移動基地局車などの特別車両が予備交代も含めて15台、約70名の体制。

 このほかにも、仮設住宅や施設・道路やの建設資材運搬、特殊な重機の搬出入、設備機器のメンテナンス、生活物資の調達などで多くの人々が行き来していた。






 最初に怒声が飛び交ったのは自衛隊施設科と東京都環境局の定例会議だった。


 「だから、危険でしょうが!人命がかかっているって言っているんだ!」

 都のゴミ運搬の担当課長は、怒気をはらんだ声で自衛隊施設科の尉官に詰め寄る。

 「搬出するゴミには、危険なものを混ぜないでください!分別ができねぇってんならこっちに廻さないで貰おうか!これで6台目だ、ゴミ収集の塵芥車が爆発したのは!!」


 えらい剣幕だ。抗議を受ける任官3年目の尉官もここで引くわけにはいかない。

 「被害が出たのは大変申し訳ない。だが死にも怪我もしなかったんでしょう?我々の武器弾薬が混ざるってワケじゃぁ無い!自衛隊だけじゃ無いんですよ、向こうにいるのは!敵もいる、その中で我々は自らの体を防波堤にして、国民の命を護ってるんです!そしてさらに敵を減らすため、地域住民や難民の自立支援をしている。そのために我々は必死に汗を流しているんです!国民のために働く公務員同士じゃないですか、もう少し前向きに考えてくれても良いでしょう!ゴミ処理は地方自治体の管轄でしょうに!」


 売り言葉に買い言葉、どこかでリングの鐘の音がなった気がする。

 「申し分けないで済むんだったら警察は要らん!これまで怪我しないで無事だったのは奇跡、たまたま、だ!あんた方のいう国民には、地方自治体職員の身体生命は入ってねぇってのか!俺らも護れよ!あと分別ルールを護れ!分別出来ねぇんなら出すな!!それとあと、ゲートの向こうは都内じゃねぇ!従ってうちのシマでもなんでもねぇ!なんでこっちに押しつけるんだ!もううんざりだ!気味の悪い光がパッときたと思ったら、すぐ後ろでドカーンだ!」

 まるで自分が体験して見てきたように言っているが、この担当課長、爆発に遭遇した職員から聞いただけのシッタカーの知識である。

 これに対して尉官も黙ってはいられない、

 「あちらに野積みで雨ざらしのゴミの山になってるのをそのままにしておけないんですよ!少しづつ整理・分別してますが、我々にも普通のゴミと見分けがつかないものがなぜか入ってたんでしょうよ。何が爆発しているのか、我々にもよく分からないんですから!あっちのゴミの山の時点では、なぜか一度も爆発したことが無いんです!この分別と確認のために何個分隊も、ものすごい手間をかけて、人手を割いているんです!それでも爆発物が見つからない、分からない、分けられない!だから専門家としての知恵を貸してほしいって、そう言ってるんです!」

 ・・・尉官に「専門家」と持ち上げられた担当課長だが、じつは半年前まで教育委員会で中学校の体育施設整備に関わっていた。その前は住民課でマイナンバー実務の取り扱い、その前は・・・実はゴミの取り扱いに関して、専門家でも何でも無かった。こうして、些細な行き違いを雪だるま式に膨らませながら、議論はヒートアップしていった。


 ~


 先の戦いで発生した敵の屍6万は、自衛隊が可能な限り丁重に埋葬した。敵の武器や装備も可能であれば一緒に埋めた。しかし、埋葬の範疇を明らかに超えるもの、敵の野営の跡や運搬道具、さらには、最近住民が増える一方の難民キャンプでのゴミなどは、日本の法律に従えば、不法投棄や野焼きなどは看過出来ない。駐屯陣地で出るゴミと同様に、分別・回収して、地方自治体に処理してもらわなければならない。そうしなければ廃棄物処理法などの法律に違反、ともなりかねない。


 しかし、そのゴミはGATEを超えて処理場に持ち込む道中、あるいは処理場に持ち込んだ直後、謎の爆発事故を6回も引き起こしていた。事故現場を検証し、怪しいものを片っ端から化学分析して、原因を探ってはいるのだが、今のところ何が爆発したのか皆目分からない。再発防止策を講じて、分別や確認作業をどんなに厳しくしても、なぜか爆発事故は繰り返された。


 爆発はすべて、自衛隊から運搬業者に引き渡された後に起きている。GATE閉鎖を主張する活動家のテロの可能性も排除できていない。しかし爆発時には、いつも決まって、まず一瞬、まぶしく鮮やかな緑色の光が目撃されている。それがなんなのか、不幸にして調査を依頼された名だたる有名大学の教授たちにさえ未だ分からない。現代科学を持ってしても分からないことがある、それが事態をややこしくした。



 ~


 都の担当課長と自衛隊施設科の尉官はそのあとも長いこと、時には机をたたき、時には手元資料をばらまいて、ついに拳と拳で語り合わなかったのが不思議なほどのハイテンションでやり合っていた。

 が、定例会議の終了予定時刻を過ぎた頃には、すっかり議論の到達ゴールを見失って、黙り込んでしまっていた。





 しばらくの沈黙の後、連絡会議を仕切る総務省事務次官が厳かに発言する。


 「あー、もうほかに意見とかは良いですかね?まとめましょう。

 GATEの向こう側の廃棄物の処理には、もうこれ以上、都に負担を求められないものと判断いたします。特に爆発の危険性が無いことを担保できるようになるまでは、都への廃棄物持ち込みを禁ずることといたしましょう。

 やはりインフラはすべて、いつでも切り離せるようにGATEの向こうとこっちできっちり隔てる方向で考える必要がございます。GATEの向こうのゴミ処理問題以外にも、上下水道、屎尿処理、電力、通信などでも、問題が山積です。その手の会議はどれも、いつも火種がくすぶってございます。

 そもそも、経済合理性を度外視した今のままでは、運用経費がかかりすぎて継続は困難でございます。これからは現地のみで完結できるように、国が先頭に立って、GATEの向こう側にインフラ専門の組織を整備することでこの問題の解決を図りたいと思うところでございます。

 あー、あと、付け加えて、爆発の件はくれぐれも内密に願います。国民に不安を与えるのはよくないですからね。

 そういうワケで、今回の廃棄物搬送禁止の理由は、

「都はGATEの向こうの行政権を放棄することになりました。GATEの向こう側を東京都内とはみなさず、別地方自治体管轄として考えることとします。このため、廃棄物の都内への搬送は法律上の越境違反に当たります」

 ということにしますけれど、いいですね?さっきあんなに啖呵切ってやり合ってたんだから。・・・あっちにはいっぱい土地があって、これから先の未来は税収がずいぶん得られたかもしれないってのに、つまんないことでもったいないことをしましたね?」




 こうして、その後、上下水道事業や電力事業、ガスや石油燃料ほかのエネルギー供給事業など、いくつかの組織が国の主導で立ち上げられることになった。そして、それら事業を建設工事方面でサポートすべく、これらインフラ関係全般の建設・施設整備を担う特定目的会社も設立されることとなり、それが「株式会社特地電工」ということになった。

 
 ・・・そう、なっちゃったのである。


 
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