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硯の精

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第四章

「十段にも匹敵する腕よ」
「そうですか」
「六段の試験を受ければ六段になれて」
「七段八段にもですか」
「なれるわ」
 そこまでの腕だというのだ。
「確かなね」
「そうですか」
「ええ、実はね」
 先生は姫に最初に渡した筆と硯を出してこうも話した。
「この硯、筆もだけれどね」
「何かあるのでしょうか」
「百年使われているものなの」
「百年ですか」
「百年使われた硯は不思議な力が宿ってね」
 そしてというのだ。
「使う人に素晴らしい字を書かせてくれるの」
「そうなんですか」
 姫もはじめて知ったことだった、このことは。
「そんなことがあるんですね」
「だから貴女は最初素晴らしい字を書けたわ、そしてね」
 さらに話す先生だった、姫に。
「次に使ってもらったのは普通の硯と筆だったけれど」
「ごく普通の」
「そう、けれど同じだけ素晴らしい出来の字を書いたわね」
「違うって感じはなかったです」
「貴女本来の腕よ」 
  二度目に書いたそれはというのだ。
「それも素晴らしいから、同じだけ」
「じゃあ」
「貴女の書道の腕は素晴らしいわ、ただ」
「ただ?」
「自信は全くないみたいね」
 二度目に書いた彼女本来の字を見ての言葉だ。
「自分への」
「私何もないですから」
「何もなくはないわ」 
 先生は姫の自分を否定する言葉を否定した。
「これだけの字、まだ十代よね」
「十九です」
「書ける娘はいないから」
「だからですか」
「自信を持っていいわ、本当に六段の試験を受ければ」
 それでというのだ。
「確実に通って十段にもなれるから」
「そこまでだから」
「子供の頃からずっと書いてきたのね」
「書道教室に通って部活もしてました」
「ずっと真面目に書いてきたのがわかるわ」
「それで、ですか」
「練習してきたものが出てるから」
 即ち努力がというのだ。
「才能が育まれていてセンスもあって」
「私そういうものは」
「育ってるわ」
 しっかりと、というのだ。
「実力もね、個性もあるわ」
「そんな筈は」
「私が言うわ、あるわ」
「そうですか」
「自信を持っていいわ、これなら大丈夫よ」
「ほら、私の言った通りでしょ」
 ここで奈々も言う。
「姫はいけてるのよ」
「そうね、呉島さんの言う通りね」
 先生はまた言った。
「貴女は大丈夫よ、今は書いてるかしら」
「実は大学に入ってから」
 書いていないとだ、姫は答えた。 
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