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おぢばにおかえり

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第三十二話 あちこち回ってその十四

「あれって何なの?」
「弁天小僧ですよ」
「弁天小僧って?」
「白波五人男ってあるじゃないですか」
 阿波野君はお団子を食べながら私に説明してきました。串に刺さっているそのお団子を一つずつ横から口で取って食べていきます。
「歌舞伎で」
「あれね」
 これを言われると私もわかりました。
「五人の派手な服の盗賊が勢揃いするのよね」
「それは勢揃いの場で」
「それであの絵は?」
「呉服屋で啖呵を切る場面ですよ」
 こう私に説明してきました。
「その場面なんですよ」
「ふうん、そうだったの」
「勢揃いの場面と一緒に人気がある場面なんですよ」
 このことも私に説明しました。
「もう待ってました、って声がかかる程で」
「そこまで有名な場面なのね」
「そうなんですよ。他にもあの忍者」
 今度はその五右衛門みたいな絵を指差して言います。
「あれは地雷夜なんですよ」
「あれがそうなの」
 地雷夜も名前は知っていました。
「忍者よね」
「はい、蝦蟇を操る」
「それで蛇とナメクジよね」
「三すくみですね」
「そうね」
 これも知っていました。私も何も知らないってわけじゃないです。歌舞伎のことはうちの教会に来る八条グループの総帥さんから少し聞いていますから。
「あとは忠臣蔵ね」
「あの人可哀想ですね」
「吉良さんね」
「僕あの人嫌いじゃないんですよ」
 阿波野君はそのあまりにも有名な敵役の話を出すと少しだけ悲しそうな顔になりました。ちなみに神戸は赤穂にかなり近い場所です。
「何か憎めないところありません?」
「本当は凄くいい人だったそうね」
 私はこの話も聞いていました。
「名君で」
「そうなんですよね。愛妻家でもあったそうですし」
「そんな人があそこまで酷く描かれるのね」
「映画やドラマですけれどね」
 けれどそれでも思ってしまいます。
「酷いわよね」
「けれどこうしたことって世の中結構ありますよね」
 阿波野君は今度はお茶を飲みながら私に言ってきました。
「これが。何だかんだで」
「そうなのよね。世間が悪く言っていても実際は違うってことがね」
「はい」
 これはおみちにもあります。とにかく悪く言われている人が実際に御会いしてみるととてもいい人だったなんてことは。噂はあてにはなりません。
「あるんですよね、これが」
「逆もありますし」
「そうそう」
「噂通りってこともあるし」
「実際に会って見てみないとわからないですよね」
「人ってそうなのよね」
 高校三年になってやっとわかってきたことです。
「これがね。会わないとね」
「自分の目で見ろってことですよね」
 阿波野君も今は真面目な顔で私に言うのでした。 
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