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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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×××だと、彼女は―――


「砂煙……―――――ビックマウスか!」

そう叫ばれるのを待っていたかのように、黄土色をした巨大な芋虫は地中から笑うような鳴き声と共に飛び出した。背を硬い殻で覆ったビックマウスは、まず手近なミラへと襲いかかる。
がばっと開いたその名通りの大きな口からびっしりと並んだ牙が覗いて、反射的に接収(テイクオーバー)を発動するミラの前を、

「オラ…よっ、とおおおお――――!」

燃える炎の剣が飛び抜けた。
何事かと確かめるまでもなくそれはアルカの仕業で、丁度手元に用意した剣を勢いに任せてぶん投げたらしい。本来なら投げるのには向かないサイズな上にそもそも投げて使うものではないが、咄嗟だったのと距離の問題だろう。走ってミラの前に立って防ぐより、今の地点から投げた方が幾分か早い。序でに相手の武器はその口な訳で、剣で防ぐのは些か難しいように思えた。
距離云々とはいえ、それはせいぜい台車を挟んでいた程度である。ミラの斜め左後ろから飛んだ一撃は、相手が身を起こしていた為に殻のない腹に命中し、そのまま一気に全身を燃やしていく。

「間に合った、よな?…おいミラ、大丈夫か!?」
「見ての通り無傷だよ!」

声を返せば、ほっとしたような溜め息の音が聞こえた。
全身を焼かれながらも悲鳴すら笑い声のようなビックマウスを不気味に思いながら、「安心してる場合かよ」と呟く。

「私達を狙ってんのは、アイツ一匹じゃないんだぞ!?」
「解ってるって。まあ軽く両手じゃ足りない数ってトコか」

本当に解っているのか不安になってくるほどいつも通りなアルカの言う通りだ。
近づいてくる砂煙は十以上。聞こえる鳴き声は何重にもなっていて解りにくいが、結構な数だろう。それが二人と台車を囲むように全方位から向かってくる。

「しかも相手は地面に潜ってて、何かあれば隠れちまえば追えねえもんなあ」
「おまっ…本当に解ってんのか!?今結構なピンチなんだぞ!?」
「おー、そうだな」

そう言いながらもアルカの顔には笑みが浮かんでいて、敵に囲まれているという状況すら忘れて頭を抱えそうになる。ミラもアルカも、ギルドでは将来有望なS級候補とされているが、だからといってどんな相手でも確実に勝てるのかとなれば頷く事は出来ない。これが歴代最年少のS級魔導士たる青髪の彼女ならあっさり頷いて見せたかもしれないが。

「くそっ…」

悪態をつきながら、一つ覚悟を決めた。
今ここにいるのは二人だけ。唯一頼れるアイツは危機感の“き”の字もないような態度で、頼りになるとは正直思えない。けれど、それではつまり十数、下手すれば数十のビックマウス相手にミラが一人で挑む事になる。
逃げられるとは思っていない。だからこそ、ミラは唾を呑み込んで全身に魔力を巡らせた。

(倒せるだけ倒す。私がコイツ等の相手をしてる隙にアルカが逃げられれば―――)

紫の光がミラを包む。体が組み替えられていく。己を包む光の繭を翼を広げる事で吹き飛ばせば、銀髪を逆立てた悪魔がそこにいた。
そこから間をおかず、台車を挟んだ左に立つ彼に顔を向ける。

「アル――」
「なあミラ、一つ聞きたいんだけど」
「…は?」

呼びかけを、他でもない彼自身が遮った。
この状況には似合わないほどゆっくりとした動きでこちらを見たアルカは、笑みを崩さずに上を―――雲一つない青空を指す。まさか上からも何かが、と緊張で顔を強張らせつつ見上げる。が、あるのは青い空と、特に害はなさそうな鳥が緩やかに飛ぶ姿だけ。
何が言いたいのかと顔を戻すと、彼は変わらない調子でこう言った。

「お前ってさ、飛べる?」
「……は?」

何を言っているのか解らなくて、たっぷり三秒は使ってどうにか声が出た。その間にも距離を詰めていくビックマウスの笑うような声が響いているが、意識を持っていこうとしても問われた内容の意味が解らなくて、それで頭が埋まってしまう。
彼の言う飛ぶ、がその場でジャンプ出来るかという事ではないのは明らかで、空を飛べるかと聞きたいのだとようやく理解した。いや、理解ならとっくに出来ていたのだけれど、そんな事をこの状況で聞いてくるとは思っていなかったから、それが答えだとすぐに用意出来なかったのだろう。

「何言って……飛べるに決まってんだろ、何の為の翼だよ」
「だよなあ」

気の抜けた声が、気の抜けた返事をした。
確認するように数度頷いて、「じゃあさ」と続ける。

「オレが合図したら飛んでほしいんだけど、いいかな」
「……、……はあ?」

先ほどから同じ反応ばかりしている気がするが、実際にそうとしか言えないのだから仕方がない。中身が空っぽのままでは、何故コイツがそんな事を言い出すのかも解らない。

「そんじゃあ行くぞー、さーん…」
「い、いや待て待て待て!作戦にせよ何にせよ少しは説明しろよド阿保!」

そのままカウントダウンを始めようとするアルカを焦りながら止める。
何言ってんの?とでも言いたげにきょとんとこちらを見た彼に頭を抱えたくなる衝動をどうにか抑え込んで、カウントが止まった事に安堵しつつ睨むように問いかけた。

「合図したら飛べって、それで何の解決策になるんだよ?台車の中身持って私だけ逃げるとかだったら即却下だからな」
「え?…ああ、そういう手もアリか」
「ナシだよ!つーかそうじゃないなら何しろって!?」
「いや、説明したいのはやまやまだけど、んな暇ねえぜ?」
「簡単に!一分程度で説明しろ!」
「そりゃキツいって!…まあ頑張るけどさ」

何だかんだ言いながら言いたい事を簡略化して伝える気になったようで、敵の動きに目をやりながらぶつぶつと何事かを呟く。

「よし、出来た」

案外早く出来上がった。

「オレがコイツ等地面から引っ張り出すから、ミラは飛んで上から攻撃してくれ」









―――――あの依頼を受け、無事に終わらせたあの日から一年。
ふとそんな出来事を思い出していたミラの視界に、見慣れた赤が入ったのはそんな時だった。

「よ、ミラ。おはようさん」
「…おう」

いつものようににこやかに、好かれやすそうな笑みを浮かべてひらりと手を振ったアルカに、自分でもちょっと驚くくらいぶっきらぼうな声で返す。思いがけず出てしまった無愛想な声に、僅かな不安を覚えてちらりと目をやれば、彼は特に気にするでもなく、さも当然のようにミラの向かいに腰かけた。

「……」
「…ん、何?寝癖ついてる?」
「別に」
「そうかー?ならいいんだけどさ」

じっと見ていたのに気づかれたらしい。今日も元気にぎゃあぎゃあと喧嘩するナツとグレイを面白そうに見物していた目がこちらを見て、頬杖を付いていた右手が赤髪を撫でる。
その目がまた別の方に向くのを確認して、また彼を見る。燃えるような真っ赤な髪に、白すぎず焼けすぎてもいない肌。雑誌にイケメン魔導士として取り上げられるレベルには整っている顔立ちに、細いが必要最低限には鍛えているであろう体躯。見た目だけみれば実年齢より大人びて見えるのに、口を開けば年相応の少年らしい無邪気さも持っていて。
毛嫌いしていたあの頃に比べれば幾分か素直に感情を出すようになったアルカの視線の先を何気なく目で追って、それから後悔した。

(また、というか……やっぱり、というか)

つり気味の黒い目が見つめる先。そこにいるのは自分であったり自分の弟妹であったり、彼と同居する緑髪の少年であったり、ギルドの仲間であったりして、けれど誰よりその視線を受けるのは、二つ下の青い髪の少女だった。

(確かにティアは可愛いし。性格は…いいとは言えないけど)

誰とでも距離を置く彼女は、距離を置きたいにも拘らず誰からも好かれる女の子で。
その見た目の印象をぶち壊す口の悪さと無愛想さはあるけれど、肝心な時は巡り巡って誰かの為に最低限の動きで最大限の結果を叩き出す。ギルドの事だって内心では大事に思っているのをミラを始め皆が知っているし、人付き合いに対して不器用なだけで、ちゃんと真正面から接しようとしているのだって解るのだ。
そんな彼女を時に年上らしく可愛がり、時に強者を見上げるように敬愛しているのを、ずっと前から知っている。

(強くて、優しさもあって、可愛くて)

そんな彼女に、勝ち目なんてない事も。

(好き、なんだろうな。アルカは、ティアの事)

それを解り切った上で、好きになってしまった自分も。







「ああ…あああああ……」
「辛気臭い声出さないでくれる?こっちまで気が滅入るわ」
「だって、だってよう…ちょっと前まで普通に話してたし、ようやく人並み程度に好かれたと思ったらこれだぜ!?もうオレどうしたらいいか解んない…」

うう、と今にも泣き出しそうに呻く赤髪の少年を思いきり蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られながら、持ち前の冷静さをフル稼働させる事で何とか落ち着いた。今にも蹴ろうと伸ばしかけた足が、机の下で音もなく戻される。
場所はいつもの資料部屋。相変わらず人の出入りが少ないこの部屋の一角で、読んでいた本を端に追いやりつつ眉を顰めた。

「無意味と知って聞くのは嫌だけど……何か思い当たる節はないの?ミラに対して何か仕出かしたとか、“アンタなりに仲良くなったつもりの仕事”の時に癪に障る事したとか」
「解ってたらとっくに改善してるよ…それにあんな風に素っ気なくなったの、つい最近だし。あの仕事は去年の事で、それから最近までは世間話だの何だのって結構話せてたし!やっと嫌われなくなったと思ったのにいいいい……」
「…ま、第三者から見ても仲良さそうだったわよ。エルザとモメてる時も力で解決しなくなったし、ミラもアンタに噛み付かなくなったし、あとはアンタがいい加減覚悟決めれば終わると思うんだけど」
「覚悟…?嫌われる覚悟とかマジ無理だから!」
「んな訳ないでしょうが!とっとと告白して来いって言ってるの!」
「その覚悟も無理!」
「軟弱者!アンタがいつまでもそれじゃあ私だってどうにも出来ないわよ!」

一喝すると、アルカは「そうだよなあ…」と弱弱しく呟いて机に突っ伏す。それからだらりと下げていた両腕を放り出すように載せて、「うあー」と呻いた。
全くもう、との意味を込めて溜め息を一つ。

「で、そのつい最近ってのはいつから?」
「え、聞いてくれんの…?ここで見捨てるっていう、普段のティアならやりかねない選択肢じゃねえの……!?」

突っ伏したままこちらを見る目がキラキラと輝く。
確かに彼の言う通り、ここで彼女持ち前の冷たさを持ち出すなら容赦なく見捨てるだろう。というか正直今だって「この軟弱者め自力でどうにかしろや」とは思っていたりする。
けれど、ここまでいろいろ手伝ってきて、それで何の進展もなく終わるのは腹が立つ。出来るだけの手を尽くして何の結果も出ないのは、苛々する。

「……大分失礼な事言われたけど、今更放り出したりしないわよ。ほら、お姉さんが聞いてあげるから言ってみなさい、アルカ君?」
「オレの方が年上だし!……とか言いたいけど、聞いてくだせえ姉御―――!」
「はいはい」




がばっと勢いよく身を起こしたアルカは、そこから捲し立てるようにこう言った。

「そりゃあオレもずっとミラの事見てる訳じゃねえから正確じゃねえけど、少なくとも先月からそんな感じだったかな。話しかけても上の空、声かけても反応しないから肩叩けば凄え驚かれて距離取られるし、様子おかしいなって思って声かけると“大丈夫だからこっち来るな!”とか言われるし……!なあティア、自分で言ってて思うんだけどやっぱり嫌われてんのかな。だとしたらオレもうどうしたらいいか解んないんだけど!だってティアとかリサーナとかエルフマンとかにここまでしてもらって結果出ないとか申し訳ないし、けどだからってミラの気持ちなしに結果出したくないし、それでも好きだしマジでどうしたらいいかな!?」
「まずはアンタが落ち着くところから始めなさいな。…にしても……ふぅん」

余程混乱状態なのか、正面に座っているにも拘らず彼は気が付かない。
考え込むように口元に手をやったティアの口角が、話を端から端まで理解していくと同時に徐々に緩められ、最終的に笑い出したいのを堪えるようにぴくぴくと動いている事に。

「それとも仲良くなったと思ってたのオレだけで何も変わってない…?やっぱり去年の仕事の時には取り返しつかないレベルで嫌われてたとか……!?」
「いや、それはないと思うけど。だってアンタ、結構頑張って見せたんでしょ?」
「…まあ一応。けどアレかな…ルーと仕事行ってる感覚でつい、守ってやらなきゃなって思ったのが馬鹿だった……?」

確かにルーとミラを同じ感覚で考えてはいけないと思うけれど。
先ほどからうだうだぐだぐだと後ろ向きな言葉ばかり並べては底なしに落ち込んでいくアルカに溜め息をついて、ティアは思い出す。
去年の今頃、自分と彼女の妹が手を回してどうにか実現した、あの仕事の話を。








地面に埋まっている相手を、外に引きずり出す。
言うだけなら簡単で、けれどそれを実現させようと思うと難しい。だというのに、それはアルカにだって解っているはずなのに、解った上で出来ると信じていない声色といつも通りの表情で、彼は言った。

「は…おま、何言ってんの!?」
「だから、オレがコイツ等引っ張り出すから…」
「いや、それは解った。お前の言いたい事は解るけど、そんなのどうやってやるつもりだよ!いちいち穴掘って出してを繰り返すとかだったら殴るぞ!?」
「暴力反対。つかオレ殴ったら間違いなく気絶するから荷物増えるぜ?それにそんな面倒で時間使う事してらんねーしさ」

宥めるように言われる。確かに彼の言う通りなのだが、アルカなら「お、大正解!という訳で、ほら」とか何とか言いながらスコップを取り出しかねないというか、頼りになりそうで全く頼りにならない手を大発明のように語りだしそうというか、とにかく頼って本当に大丈夫なのかが不安なのだ。
そんな不安が顔に出ていたのだろうか。こんな状況にも拘らず、もしかしたらこんな状況だからこそなのかもしれないが、理由は何であれ―――ふっと、笑って見せた。

「大丈夫だよ」

その笑みが本心から来るものだと、何かが察する。一見すると普段通りの表情が作ったそれではないと、根拠もないのにミラには断言出来た。
やたらと穏やかで、嬉しそうで、楽しそうで、面白いものを見つけた子供のような無邪気さを込めた笑みで、アルカは言い切る。

「嫌いでもいいから、今だけ信じてほしいんだ。そしたら、絶対成功する」



――――変わらず、どこからそんな自信が湧いてくるのは全く解らない言葉だった。
何が大丈夫なのかも解らないし、結局思いついた作戦とやらがどんなものなのかもほんの一部しか説明されてなくて。

「……言ったな?」

それでも、そんな中で、信じてほしいと告げられて。
その目がこの状況を面白おかしく見ているように見えて、実はちゃんと打破を考えているのに、今更ながらに気が付いた。

「言ったよ。……ミラが信じてさえくれれば、何とかなる。何とか出来る手がある」
「一応聞くけど、勝率は?」
「言ったじゃん、絶対だって。……まあそれでどうにもならなくても、それはお互い様って事で」
「おいおい…」

かっこよく言い切った直後にこれだ。やっぱり肝心なところで頼りにならない。けれど、ついさっきまで呆れるしかなかった頼りなさも、まあこういう奴だし仕方ないと思えるくらいには信じられそうで。
気づけば浮かんでいた笑みを向ける。どういう訳か少し驚いたようなアルカに、そういえば言っていなかった言葉を投げた。

「…解った、アルカの事信じる。何があっても文句は言わないから、全力出せよ!」








「……む?」
「何、どうかしたの?マスター」

依頼版(リクエストボード)の前。数人の魔導士が自分に合った仕事を探す中で、何気なく通りかかったマカロフが足を止めていた。
珍しい事もあるものだと思う。マカロフは仕事に行く必要がなく、どの依頼が受注されたかはきちんと管理されているからそれを確認すればいい。カウンターから離れているのも珍しく、つい十数分前にようやくアルカから解放されたティアは、資料部屋から持ってきた本を抱えながら問いかけた。

「ここに貼ってあった依頼書を知らぬか?」
「依頼書?…いちいち覚えてないけど、どういう依頼のヤツ?」
「マジックゼリーとその亜種が大量発生してしまったから討伐してほしい、といった依頼だと思うんじゃが……」

マジックゼリー、と聞いて、ティアもその姿を思い浮かべる。
その名の通りゼリー族の魔物であり、見た目はぷよぷよした体につぶらな目、にっこり笑う口となかなかに可愛らしい。が、だからといって油断していると、雷属性の魔力を蓄えている為にこちらの体を痺れさせてくるという厄介な相手で、更に群れで襲いかかって来る。しかも中には大型のマジックゼリーもいて、加えてフレイムゼリーやウォーターゼリーといった違った属性の魔力を持つ亜種も混ざってやってくる事が多々ある、どんな相手でも力で押し切るティアであっても少々面倒だと思う相手だった。

「大量発生、ね……けど、別に気にする事でもないんじゃないの?確かにアイツ等は面倒だけど、何人かで行けばまず敵じゃないし、一人だろうと力で押せば片付くでしょ」

面倒ではある。けれどそれだけだ。
彼女の思う通り、マジックゼリーもその亜種も、出やすい地域にはそこそこ出る。大して珍しい魔物でもなく、故に大体の魔導士が一度は倒した事があるであろう相手だ。
複数の属性で来ようが何人かの魔導士で行って有利に戦える相手を狙えばいいだけの話で、ティアのように単独であっても押し切れなくはない。
大量だろうが、チームで依頼を受けていれば大した問題じゃない。

「そうなんじゃが……先ほど、依頼主から連絡が来てな。同じ場所でブラッドピアッサーが目撃された、と…」
「はあ?…それ、本当なの?」

珍しく目を見開いたティアの問いに、マカロフは「おそらく」と頷く。

「……だとしたら、厄介じゃない。S級とまでは行かなくても、人を選ぶ上に単独じゃ結構厳しいわよ」
「だから誰かが行く前に、と……じゃが、もう受理されていたか」

ブラッドピアッサー。獣族の魔物で、ターゲットを定めたと同時に突進しては鼻先の長く鋭い角で一気に貫きにかかる。似た魔物の中でも戦闘力が全体的に高く、単独で相手しようものなら相手を速度で勝るのは必須条件だろう。チームであっても、無傷で乗り切るのはまず難しい。
マジックゼリーは雷属性の攻撃で痺れさせてくるし、亜種であるアースゼリーは石で固めて動きを止める攻撃をしてくるので、どちらにせよ動きを止められれば間違いなく狙われて終わりだ。
厄介にも程がある組み合わせだと、ティアですら思う。

「面倒ね…誰が受けたのかしら」
「見ておらんか?」
「生憎、さっきまでアルカと話す事があったから地下にいたわ。記録が残ってたりしないの?」
「ふむ……そういえば、そのアルカはどこに行った?今日は姿を見てないのう」
「定例会から帰って来たばかりだものね。アイツならさっき、適当に仕事選んで行ってくるって言ってた…けど……」

言いながら、嫌な予感がした。
途切れた言葉に違和感を覚えたマカロフがぴくりと眉を上げ、それから気づいたように目を見開く。

「まさか…」
「あれ、おじーちゃん。定例会おつかれさまー」

言いかけたマカロフを遮ったのは、とたとたと駆け寄って来たルーだった。女の子だと勘違いされやすい可愛らしい童顔に華奢な体躯の少年は、いつもと変わらないにこにこ笑顔で「あ、ティア!おはようっ」と無邪気に手を振る。

「ねえ、ルー」
「なあに?どうしたのティア」
「アンタ、アルカがどこ行ったか知らない?」

そう問うと、ルーは「えっとねー」としばらく考え込んでから、思い出したように。

「仕事だよ!何かね、ほら、名前思い出せないんだけど、あのぷよぷよしたやつを沢山倒す仕事なんだって!」
「やっぱりアイツが受理してたの!?」
「うわっ、びっくりしたあ。あ、もしかしてティアもあの仕事行きたかったの?報酬よかったもんね!」
「そうじゃなくて!……マスター!その依頼先どこ!?」

抱えていた本を近くのテーブルに投げるように置いて叫んだティアに、ギルド中の視線が集まる。が、本人は特に気にするでもなく仕事先を確認すると、勢い任せに鞄を引っ掴む。

「え、ちょっとティアちゃん!?そんな焦ってどこ行くの!?」
「説明してる暇ないんで黙ってくださいイオリさん!で、アンタ達はもしもの時の為に医務室空けて、ベット一つ空けておいて!ルーは魔力温存、包帯傷薬念の為に用意!いいわね!」

問いかける師匠を始めギルドにいた全員に早口で伝えると、彼女はその二つ名に恥じない速度で一気に駆け出し、全員の視界から消えた。

「……おじーちゃん。もしかして、アルカに何かあったの?」

訳も解らず沈黙したギルドの空気を破ったのは、不安そうな空気クラッシャーの声だった。







「さーん」

カウントダウンが始まる。

「にー」

気の抜けたようで張り詰めたような、どちらとも取れる声が告げる。

「いーち」

ミラが背中の翼を大きく広げた。周囲から響く笑うような鳴き声を吹き飛ばすように。
カウントに潜ませるように詠唱を紡ぐアルカの右手に、金色の光が収束していく。静かに浮いた砂が細く線を描いて、光に絡み付くように回る。
そして、どこか楽しそうに笑みを浮かべたアルカが、その右手を天に突き出した。

「ゼロォォォオオオオっ!行けぇぇええミラ――――!」
「任せとけ!」

足が地面を蹴った、と思った時には既に飛んでいた。木々を超え、この状況を端から端まで見られる位置で止まる。

「うわ…」

改めて見ると、とんでもない状況だった。
アルカと台車を囲むように全方位から砂煙が上がり、徐々に距離を詰めていく。相手の動きが鈍いのが唯一の救いといえるだろう。

「何とか、なるんだろうな……?」

信じると言った以上、何とかなるとは思っている。
彼が何をするつもりなのかの半分も解っていないが、それでも策はあるのだろう。けれど、こうして隅々まで現状を確認すると、幾分か不安にもなってきてしまって。
ごくりと唾を飲み込んで、目をアルカに集中させる。敢えてそれ以外を見ずに、ただ彼の行動だけを見つめ続ける。



「何とかなるって言っただろ?だからさ、信じてくれよ!」

その声は、この距離があるにも拘らず、やけにはっきりと聞こえた。




最初は見間違いかと思った。
真っ直ぐ見つめていた先、アルカが少しブレて……いや、震えている。

「ん……?」

目を凝らす。凝らしても凝らしても見えるものは同じで、それでようやく起きている事態を呑み込めた。アルカだけでなく、木々も台車も砂煙から僅かに覗くビックマウスも震え、その震えが徐々に大きな揺れになっていく。
地震と呼ぶには浅く、けれど確かに揺れている。

「いや、でもこのタイミングで…」

この瞬間、二人が危機的状況。それに合わせるようにしてこんな事が怒るなんて、あまりにもタイミングが良すぎやしないか。
例えばこれが誰かが引き起こした事ならまだしも、地震というのは自然的現象であって――――……。

「……あ」

そこで、ふと。
思い当たる節というか、コイツしかいないだろうというか。

「アルカ…まさかアイツ……!?」

そういえばあまり使っているところを見た事がなかったけれど。
確か四つある元素魔法(エレメントマジック)のうち二つを、アイツは使えて。
一つは炎を操り、もう一つは砂や土を操れるのではなかったか。



「行っくぜえええええ!大地(スコーピオン)――――震撼(シェイク)ッ!」



突き出していた右手が地面を叩いた、瞬間。
ドンッ!!!!と、重い振動音と共に、数十のビックマウスが飛び出て、殻のない腹を剥き出しにした。

「は…嘘だろおい!こんな手使うとかっ……」
「ミラ、攻撃!早くしないとまたひっくり返って地面に戻っちまう!数撃ってくれ!」
「お、おう!」

驚いている暇もなく、下からアルカの指示が飛んだ。確かに衝撃でひっくり返ったビックマウスはじたばたともがき、体勢を整えようとしている。手足が短い故になかなか上手く行ってなさそうだが、放っておけばまた一からのスタートになってしまうだろう。
それを理解した瞬間、ミラは両手に紫の光を纏っていた。合わせた両手を左右に開き、叫ぶ。

「ソウルイクス――――ティンクター!」

紫の、砲撃のような一撃。本来単発の攻撃を、魔力の限り撃ち出していく。
アルカに近い敵はアルカがどんどん燃やしていっているから、ミラが狙うのは遠い敵。届かなければ飛んで距離を詰めて光を投げつける。縦横無尽に飛ぶミラの下では矢継ぎ早に炎を生んでは放つアルカが休む事なく攻撃を繰り返す。
将来有望な魔導士二人が息を合わせてしまえば、もがくだけのビックマウスなど敵ではなかった。







救急箱でも水の入った桶でも、何でもいい。何か持ってくればよかったと、部屋の前まで来てから後悔した。ミラが思い浮かべたあれやこれやが必要ないのは解っていて、けれどそういう口実がないと入りにくいと思ってしまう。
ただ心配だった、というだけでも十分な理由なのに、それだけでは入る勇気が湧かないのはどうしてだろうか。

「……随分無茶をしたものだね。折れてはないけど……」
「傷とか、残ったり……」
「大丈夫だよアルカ、僕の魔法で何とかなったから」

扉の向こう側から、途切れ途切れに聞こえる声。急遽呼んできたポーリュシカと治癒能力のあるルー、そしてティアに連れられどうにか帰って来たアルカの三人が、医務室にいる。



――――あの後。
ティアが駆け出してから一時間ほどしてから、彼女はアルカを連れて帰って来た。
彼女の「どうにか戦ってたけど、正直限界だったと思うわ」との言葉通り、彼は歩くどころか意識を保つ事すら精一杯で、服はボロボロ、体中傷だらけで、ティアに背負われていた。

「ははっ…かっこわりーな、オレ……年下の女の子に、背負われるとか…」

どうにかそれだけ呟いたアルカが意識を失って、医務室に運び込み、今に至る。




「それじゃあアルカ、ちゃんと休まなきゃダメだよ?必要なものがあったら僕を呼んでね、すぐ行くからねっ」
「全く…二度とこんな無茶するんじゃないよ」
「以後気を付けます。あとルーも、ありがとな」
「どーいたしまして、だよっ」

声がどんどん近づいてくるのに気づく。咄嗟に置いてあった木箱の陰にしゃがんで隠れるのと同時に、医務室の扉が開いて二人が出て来た。
「アルカ、大丈夫かなあ」「出来る事はしただろう」と言葉を交わしながら離れて行く後ろ姿を見送って、そっと顔を出す。誰もいない事を確認して、また扉と向き合っては一歩が出ないのを繰り返し始める、と。

「……アンタ、何してるの?」
「ひゃっ!?」

突然背後から声をかけられた。思いがけず聞こえた声にびくっと体を震わせて振り返ると、呆れたような目が低い位置からこちらを見ている。

「ティアか…驚かせんなよ……」
「別に驚かせたつもりはないけど」

特に表情を変えずに小首を傾げたティアに、言う通り他意はないのだろう。ただミラが部屋の前で立っていたから声をかけた、それだけだ。
ふぅ、と大きく息を吐いたミラに、今度は不思議そうに問いかける。

「それで、入らないの?」
「へ…?」
「だから、アルカに会いに来たんでしょ?とっとと入ればいいじゃない」

くいっと顎で扉を指す。
多分、彼女は本当に疑問に思って尋ねただけだろう。が、今それを聞かれると返答に困る。まさかここで「アイツの事が好きだけど会いに行ってもいいか解らなくて入れない」とは言えない。そんな事エルフマンにだってリサーナにだって言えない。
「いや」とか「その」と答えに詰まりながら必死にそれらしい理由を繕っていると、正面の少女はどういう訳か額に手を当てていた。更に溜め息まで吐いていた。

「え、ティア…?」
「…ああ、悪いわね。ただ少し、どうしてアンタといいアイツといいこんな感じなのかと思って」
「アイツ?」
「何でもないわ」

気にしないで、と首を横に振る。ゆったりとしたその動作もやけに優雅で、時折暴力的ではあるもののやっぱり女の子らしい。自分とは大違いだ、と思う。

(やっぱり、私じゃ…)




「アルカ、いる?」
「お、ティア?え、マジで来てんの?絶対お前は来ないと思ったのに!?」
「アンタ結構失礼よね。ま、用があるのは私じゃなくてミラの方なんだけど」
「!?え、ちょっと待って聞いてない。ミラがいるとか聞いてないんですけどティアさんや!?」
「そりゃそうでしょうね、言ってないもの。ほら、入って」

ぐいぐい、ガチャ、ばたん、カチャッ。
今起きた事を簡潔に表すならこの三つだろう。解りやすくするなら、“ティアがミラを医務室に押し込んで部屋を出て、更に鍵をかけて行きやがった”である。

「……」
「……」

暫し沈黙。
ベットから身を起こしたアルカがぽかんとしながらこちらを見て、ミラはミラであまりにも一瞬の出来事過ぎて理解が追い付かず立ち尽くす。

「……えっと、ミラ?大丈夫か?」
「はっ!?お、おう大丈夫だ!……それより、アルカこそ…その」
「ん?…ああ、平気平気。ルーもポーリュシカさんもいたからさ、見た目ほど酷くねえよ」

包帯を巻いた腕を上げ、振って見せる。本当に痛くないのかそういうフリなのかは解らなかったけれど、本人が平気だというなら平気なのだろうと納得する事にした。

「そこに椅子あるし、座れば?」
「あ…ありがとう」

勧められた、ベットのすぐ脇に置かれた椅子にちょこんと腰掛ける。

「……」
「……」

そして、また無言。
怪我は平気か、とは真っ先に聞いてしまって本人から答えも来ている以上、二度は聞けない。けれどそれ以外で話す事も思いつかない。好意を自覚してからというものアルカを前にすると頭が真っ白になってしまうのがこんなところでも発動されてしまって、視線を落として握った拳を見つめるしか出来なかった。
彼女は知る由もないが、アルカも何を言えばこれ以上嫌われないかを考えて必死に頭をフル回転させていたりする。

「…その、アルカ。本当に、平気なのか?」
「ん、大丈夫だって。安静にしてろとは言われたけど、すぐ復帰出来ると思うし。そしたらさ…また仕事、一緒に」
「は!?何言ってんだよ、仕事は来月までお預けだろ!」
「え!?いやいやそんな酷くないんだって。そりゃ確かに腕はヒビが入ったって言われたけど」
「だったら尚更だよ!」
「せめて三日後とか…」
「百歩譲って再来週!」

コイツは本当に自分が重傷だと解っているのか。頭を抱えたくなる。
現場に駆け付けたティアが言うには「よくマジックゼリーとブラッドピアッサーを同時に相手してたものね。あと少し私が遅かったら出遅れだったかもしれないわ」なのだから、本当に危なかったのだろう。どういう訳か人より危機的状況を危険だと思いにくいティアがそう言うのだから余程のはずだ。

「いや、本当に大丈夫だからさ」
「んな訳ないだろ!あんなボロボロで帰って来て、大丈夫な訳……!」

音を立てて立ち上がる。視界が揺れるのは何故だろう。
……心配だったのだ。自分より背が低くて華奢な少女に背負われて帰って来た姿を見た時、その姿がボロボロで傷だらけなのを見た瞬間、死んでしまうのではないかと不安で不安で仕方なくて。

「ミ、ラ?」
「あのまま死んじゃうんじゃないかって…死んじゃったらどうしようって……!」

声が震える。頬を涙が伝う。
思うままに、感情のままに、ミラはありったけを吐き出した。

「大好きだから、死んでなんてほしくないんだよ!だから……っ!」





「……え?」

アルカが呟いた。
目を丸く見開いて、ぽかんと口を開けて、その頬がじわじわと赤くなっていって。

「い、今ミラ、何て言った?え、オレの聞き間違いとかそういう系?幻聴?え、だ、大好きってどういう意味の……?」
「……は…?……ああああああああっ!?」

指摘されて初めて気が付く。一瞬何を言っているんだと言わんばかりにぽかんとしたミラが、気づいた瞬間絶叫した。咄嗟に後ろに下がり、ぽすっと椅子に座る。
お互い目は離さず、けれど放心状態で数十秒。

「あの、ミラさんや」
「…何だよ、その口調。変」
「ごめ…ちょっと混乱中。いや、だってまさか…えっと、さっきの好きっていうのについて確認させて頂いても?」
「う…」

言葉に詰まる。
けれど、ここまで来てしまったらもう出来る事は一つ。やる事も一つ。

「…そうだよ、好きなんだよ!アルカの事が、私は、大好きです!悪いか!?」








「……という訳で、二人は無事交際始めて今に至る、と」

そう締めくくって、ティアはすっかり温くなったコーラを飲み干した。
気づけば外は夕焼けで、ダッシュでギルドを出て行ったアルカはいつの間にか戻って来ている。話が聞こえないようにかカウンターから離れた席で、何やら談笑していた。

「へー…ありがとティア、参考になったわ!にしても、やけに詳しいけど……」
「そりゃあアルカがその頃よく話してたもの。私には話せて他の奴には話せないとか何なのかしらね?ルーにすら話してないのよ」

やっぱりその辺り、ティアは特別なのだろう。交際に至るまでをサポートし続けて来てくれたティアだから、というのもあるのだろうし、とルーシィは思う。
と、そこでティアが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。すっと距離を詰め、そっと耳打ちする。

「……だから、アンタも色恋沙汰で悩むようなら手伝ってやるわよ?ルーに関してなら何通りだって手段があるから…ね?」
「!?」

ばっと飛び退けば、意地悪そうにくすくすと笑う。「冗談よ、アイツに妙な手段は必要ないでしょ」とは言うが、どうにも冗談に聞こえないのは何故だろうか。
何だかやられっぱなしは悔しくて、思いついた疑問をそのままぶつける。

「そ、そういうティアこそ。好きな人とか…あ、初恋とか?何かないの?」
「初恋……?」

生まれて初めてそんな単語を聞きました、とでも言うように首を傾げ、「ああ」と頷く。
―――――そして、言った。

「あれを初恋って呼ぶならそうね、初恋ならあったわ」





その瞬間。
喧嘩が止まって、全員の視線が集中して。

「ね…姉、さん……!?」

クロスが震える声で呟き。

「ほう、初耳だ。まあティアも女の子だしな、当たり前か」

ヴィーテルシアが顔色一つ変えず納得し。

「……、……」
「ライアーさああああああああん!?」

言葉一つ発する事なく、ライアーが崩れ落ちた。


そして、更に付け加える。




「けどあれ以降恋とかしてないし…まだ諦めてないのかもね」 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。


今回頑張ったと思うんですがどうでしょう!?内容薄いとか雑とか話飛んでるとか時系列飛び過ぎ解りにくいとかは自覚あるので…!恋愛系書く特訓も兼ねて書いたけどやっぱり苦手、という結論に至っただけでした←

という訳で三話分に渡ってお送りしたアルミラ編、いかがでしたでしょうか。
……というか、エドラス編入るまでに必須のエピソードがよく確認したら三つだったという事実をこの辺りで明らかにしつつ。
これでも頑張った方ですので…!もうちょっといい感じに恋愛系書きたい……!シリアスも戦闘も上手くないんでせめてこれくらいは!

そして一つ。
本日8月28日は、ライアー・ヘルハウンドさんの誕生日です!わーぱちぱち。
なのにラストの気絶するシーンしかなくてごめんねライアーさん!あとぶっちゃけ忘れてた8月15日生まれなクロノさんもごめんなさい!

そして、今回は早く書けましたが、多分次回は遅れます。
…いや、頑張りますけどね?一応次回はそんなに長くない予定…ティアさんの初恋話だけなので。あと正直エターナルユースの妖精王を頑張りたいなあ、とか思ったり。
…せめて10月12日までにララバイ編を……。

ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。

……実は私も6日が誕生日だったり。 
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