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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第182話 劉弁と正宗 後編

「皇帝陛下、後任の荊州牧を選任する必要があります」

 王允は拱手し劉弁に意見した。これに百官達の目が劉弁に集まる。賈詡も険しい表情になる。劉弘は既に空気になっていた。

「皇帝陛下、恐れながら申し上げます。後任の荊州牧には劉車騎将軍が適任かと存じます」

 賈詡は一歩前に進み出ると劉弁の方を向き頭を垂れ拱手した。劉弁と百官達の視線が一気に集まった。皆、賈詡が正宗を推したことを意外そうに見ていた。

「賈尚書令、劉車騎将軍を推す理由を聞かせよ」

 劉弁は厳かな雰囲気で賈詡に聞いた。

「劉車騎将軍は荊州を鎮撫した手腕を見込んでございます。逆賊討伐により当地はしばらく政情不安となりましょう。それを収めるには武勇誉れ高く冀州牧としての実績のある劉車騎将軍の右に出る
ものはないと思います。また、荊州は蛮族の多い辺境であることもあり、異民族統治になれた劉車騎将軍は適任と考えました」

 賈詡は朗々と劉弁に正宗を荊州牧に推す理由を述べた。百官達は初めは訝しんでいたが、その内容を聞くと意見に賛同したのか皆頷いていた。王允も賈詡の意見に同意している様子だった。
 しかし、正宗だけは冷めた目で賈詡のことを見ていた。彼は賈詡が苦肉の策で自分を地盤である冀州から引きはがし荊州に押し込めようと画策したと考えていた。

「皇帝陛下、恐れながら申し上げます。私より適任がいます」

 百官達が正宗の荊州牧就任に賛意する中で、正宗は劉弁に意見を述べた。

「劉車騎将軍、お前が推す人物とな? 聞かせてくれるか」

 劉弁は正宗が推す人物に興味を抱いていているようだった。それは百官達もだった。

「賈尚書令、私を見込んでいただき礼を言わせてもらう」

 正宗は本題に入る前に賈詡を向き頭を少し下げ、劉弁の方を向いた。

「皇帝陛下、私は荊州牧に相応しくございません。逆賊とはいえ、私は、当人、その係累、関係者と多くの荊州の民達をこの手にかけました。私は荊州の民達にとって私は畏怖すべき存在でございましょう」

 劉弁と百官達は正宗の言葉に静かに耳を傾けていた。

「私が推す人物は南陽郡太守・袁公路にございます。袁公路は私の従妹でございますが、南陽郡を長く治め善政を行っています。民達の信頼も厚く、私などより適任な人物と思います。この考えは私の思いつきではありません。逆賊討伐の戦後処理の間、荊州の民達の声を耳に傾け思い至った考えでございます」
「劉車騎将軍、このようなことを言うのは不躾でございますが言わせていただきます。お身内を推されるとは天下の人事を私しているように思います」

 賈詡が正宗の意見に難癖をつけてきた。正宗は涼しい顔で賈詡のことを見た。

「賈尚書令。身内であれ適任である人物いるにも関わらず、衆人の目を気にし憚ることの方が皇帝陛下への不敬であろう」
「劉車騎将軍が褒められた劉景升殿の息女・劉琦殿も十分に荊州牧の地位に相応しいかと存じます」
「残念ながら劉琦殿は荊州牧の地位に就くことを辞退されていた。私は上洛前に両名に内々に荊州牧につく意思が有るか探りを入れた。しかし、劉琦殿は政治より母と一緒に静かに暮らせて欲しいと言われていた。賈尚書令、劉琦殿の気持ちは当然のことであろう」

 正宗の告白に賈詡は沈黙した。賈詡は正宗を「直に確認しないと信用できない」と言いたい気持ちであったが、それを口にして周囲のひんしゅくを買うことは避けたい様子だった。それに賈詡は正宗に後ろめたいものがある。過日、劉表を脅迫した件をこの場で引き合いに出されることだった。それを出されれば、賈詡の意見は一蹴され彼女の立場が一気に悪くなるだろう。
 劉表は劉琦の話を聞き沈痛な表情を浮かべていた。実の娘がそこまで胸を痛めていたことを劉表は知り、士大夫としてより人の親の顔を現していた。

「劉琦の件は惜しい。しかし、政情不安の状況にある荊州を放置もできん。劉車騎将軍の上奏通り袁公路が人物・実績を鑑みて一番相応しいようだな。皆はどう思う」

 劉弁は劉琦を惜しい人物と本気で思っているようだった。

「私も劉車騎将軍に同意見です。袁南陽郡太守の名声は中央にも聞こえております。民に慈悲深く、貧民にも手を差し伸べ、南陽郡の治安は向上していると聞いています。力でなく、徳により南陽郡を治めている彼女の手腕は高く評価すべきと存じます」

 王允は正宗の意見を補足するように美羽の実績を説明した。劉弁は王允の説明を聞き終わると心を固めた様子だった。

「袁南陽郡太守はそれほどの人物か。であれば荊州牧に適任であろうな」

 美羽を荊州牧に据える流れが整った。その後、正宗は論考として麗羽・桂花・炎蓮(孫堅)を揚州刺使、九江郡太守、豫州刺使それぞれに任官する推挙を行い劉弁から認可を受けた。その間、賈詡は闇を抱えた暗い目で正宗のことを見ていた。彼女の放つ空気を正宗は感じ取っていたが気付かない振りを通して朝議を終えた。



 朝議を終えると正宗は解放された劉表を伴い正宗の屋敷に帰宅した。屋敷は上洛に同行した泉・華琳・秋蘭、それと正宗軍兵士二千と華琳の兵士五十が既にいた。正宗は彼らの出迎えを受け、屋敷内の一室に入った。連日の詮議で疲労困憊の劉表は正宗に休ませて欲しいと頼み部屋を提供され身体を休めていた。
 現在、正宗は屋敷の一室に入り今後の方針を決めるべく、泉・華琳・秋蘭を集めていた。正宗は三人に朝議のあらましを包み隠さず話した。

「朝議は計画通りということですね」

 正宗が説明を終えると華琳が口を開いた。

「呆気ないほどに上手く進んだ。賈文和が茶々を入れてくることはあったが、袁公路を荊州牧に据えることには成功した」
「正宗様、この期に及んで正宗様と対立しようとする賈文和なる人物はいかな人物なのでしょうか?」

 秋蘭が正宗に聞いていた。

「董仲穎の狂信者というところだろうな。ここまでとは思わなかった」

 正宗は眉間に皺を寄せ嘆息していた。董卓の性格からして、賈詡の方針を善しとする訳がないと正宗は考えていた。これ以上、賈詡にかき乱されることを正宗は懸念しているようだった。

「賈文和は現実が理解出来ていない馬鹿ということね」

 華琳は腕組みして賈詡に対して辛辣な評価を下した。正宗は華琳の口も出せない正論に沈黙する。

「正宗様、これからどうするのです?」

 泉は正宗に質問した。正宗はしばし思案気な表情を浮かべていたが、考えがまとまったのか口を開いた。

「一度、董仲穎に会いに行く」
「正宗様、それが善いでしょうね。話を聞く限り董仲穎の存在があまりに希薄すぎて、董仲穎が本当に存在するのかすら疑いたくなります」

 華琳は正宗の意見に賛成の様子だった。

「二人はどうだ?」

 正宗は泉と秋蘭に意見を求めると二人とも頷いた。

「董仲穎の屋敷に出向くなら、先方に警戒されないように人数を絞って行った方がいいと思います。泉、あなたが護衛二十騎を引き連れ行きなさい」
「何故、私が貴殿の指図を受けなくてはならない」

 泉は不満気な顔で華琳に抗議をした。華琳は済ました表情で泉を眺めていた。

「じゃあ、私が正宗様に着いていくからいいわ」

 華琳は泉に対し挑戦的な笑みを向けた。

「私は行かないとは言っていない」
「そう。じゃあ行くのね?」

 華琳は平静な顔で泉に聞いた。泉はもやもやした気持ちを抑え「行く!」と答えた。華琳は満足そうに正宗を見ていた。

「秋蘭、劉景升を叩き起こして陳留郡に連れて行きなさい。都を出るまでは目立たないように荷物と一緒に積めて運び出しなさい」

 華琳は次に秋蘭に指示を出した。

「劉景升様をどうするつもりだ?」

 泉は華琳に疑心の目を向けた。

「華琳、賈文和が何かしでかすかと思うか?」
「当然です。正宗様の話では賈文和は危ない気配をしていたのでしょう」

 正宗の神妙な顔を華琳は自信に満ちた顔で見た 

「確かにな。劉景升にさほどの価値はもう無いが、劉琦を動かす駒にはなり得る。面倒事が起こる前に都から離れさせた方がいいかもしれないな。しかし、華琳も陳留郡に戻らなくてもいいのか?」
「私は賈文和に警戒されていないと思いますが万が一の可能性はあります。私まで戻ることで、賈文和に勘ぐられ劉景升を奪われることは避けたいです」

 華琳は正宗に彼女が懸念していることを説明した。正宗も同意したのか頷いていた。

「華琳、それでよろしく頼む。秋蘭も十分に気をつけて欲しい」

 正宗は秋蘭に気遣うように声をかけると、秋蘭は拱手した。



 正宗は董卓に会いに彼女の屋敷に向かった。泉と護衛の騎兵二十を引き連れていた。突然の訪問と言うことも有り、董卓の屋敷には使者を先に向かわせていた。

 正宗がゆっくりと馬に揺られ進んでいると、董卓の屋敷へ出向いていた使者が馬に乗り現れた。彼は正宗の元に来ると下馬して、正宗の足下で膝を折り拱手した。

「車騎将軍、董少府の屋敷へ行って参りました」
「董少府は何と言っていた?」
「賈尚書令が代理で現れ、董少府は病気にて会えないと申しておりました」

 使者の男は恭しく正宗に事情を説明し始めた。泉は話を聞きながら不機嫌そうだった。

「病気か。そう言えば、黄巾の乱の時の引き継ぎでも病を理由に賈尚書令を使いに寄越してきたな」

 正宗は淡々とした口調で言った。

「使者の役目ご苦労であった」

 正宗は視線をかしづく使者に向けると彼を労った。使者は正宗の言葉を聞き終わると、騎乗して正宗達に加わった。

「取りあえず董少府の屋敷に向かう。董少府が病というなら見舞いをしたい」
「正宗様、あからさまな仮病に思えるのですが」

 泉は正宗の考えに賛同していない様子だった。彼女の様子に正宗は笑みを浮かべた。

「そんなことは承知の上だ。私が直々に足を運んでも拒まれれば諦めもつく」

 泉は「正宗様がそう仰るなら」と答え、正宗達は董卓の屋敷に向かった。董卓の屋敷は九卿の地位にあることもあり立派な門構えと広さがあった。正宗は屋敷を見回した。

「中々立派な屋敷だな」

 正宗は同行している使者役の男に「私が着た」と屋敷の者に伝えてきてくれと命令した。

 一刻(十五分)もしない内に屋敷から賈詡が門を開かず出入り口から出てきた。彼女は屋敷の家人を三人引き連れていた。門を開かないということは正宗を招くつもりは無いことが窺えた。泉は賈詡に憮然とした表情を向けるが、正宗が泉を視線でなだめると態度を改めた。

「劉車騎将軍、当然のお越しときき驚きました。屋敷の主が病に伏せっているため、私が代理としてご挨拶に参りました」

 賈詡は馬上の正宗に対して拱手し挨拶をした。正宗はしばし賈詡を見ていた。

「黄巾の乱の折りもこのようなことがあったな。黄巾の乱の折り、軍務の引き継ぎを受けた時であったか」

 正宗は昔のことを思い出しながら呟いた。賈詡は正宗の話に一瞬肩を固くさせるも直ぐに平静を装った。

「その節は主の不始末でご迷惑をおかけいたしました」

 賈詡は申し訳なさそうに述べた。顔を伏せているため、正宗は表情まで読めなかった。

「別に気にしていない。董少府とまともに顔を合わせたことは無いが、全く知らない中では無い。董少府が病と聞き見舞いをしたいと思っただけだ。賈尚書令、董少府はご在宅なのだろう?」

 正宗は馬上より物腰穏やかに賈詡に聞いた。賈詡は言葉に窮したのかしばし沈黙した。

「劉車騎将軍のお気遣い有り難く存じます。しかし、主は自分の病が劉車騎将軍にうつっては大変と考え、会うことを遠慮したいと申してました」

 賈詡は感情を感じさせない声音で正宗に淡々と説明した。彼女からは明確な拒絶が感じられた。正宗もそう思ったのかそれ以上何も言わなかった。しかし、正宗の双眸は賈詡への警戒の色に染まっていた。

「そうか。それは残念だ。董少府には私がよろしくと言っていたと伝えて欲しい」

 正宗は何か言いそうな泉を手で静止させた。

「帰るぞ」

 正宗は泉と騎兵達を連れ董卓の屋敷から去った。賈詡は正宗達が立ち去る後ろ姿を暗い目で見ていた。



「正宗様、賈尚書令の不敬に何故黙って引き下がったのです」

 泉の怒りは最ものことだった。正宗は間違いなく朝廷の重臣である。その重臣が直々に見舞いに来たにも関わらず、賈詡は門前払いしたのだ。それに、この機会は董卓陣営にとって、正宗と和解できる絶好の機会だったはずだ。正宗から差し出した手を賈詡は明確な意思で払いのけたと言ってよかった。

「私へ敵対の意思を表明したということだ。泉、いつでも兵を動かせるようにしておけ」
「真逆、この都で正宗様を襲撃するということですか?」

 泉は「有り得ない」という表情だった。

「分からない。だが、賈尚書令は危険だ。何をするか分からない。泉、もしもの時は并州に逃げ込むぞ。揚羽が万事整えているはずだ」

 正宗は囁くような声で泉に言うと、彼女は深刻さを理解したのか深く頷いた。



 正宗が董卓との面会に失敗した後、賈詡は董卓の屋敷内にある自室に籠もっていた。正宗が上洛する一週間前から彼女は自室に籠もることが多くなり、その部屋に出入りしている人物が増えていた。彼らに共通することは全て賈詡子飼いの者達だった。
 正宗の董卓屋敷への訪問から八刻(二時間)後、張遼が肩を怒らせて賈詡の部屋の戸を乱暴に開け入ってきた。張遼は入ってくるなり賈詡を凄い形相で睨み付けていた。その表情は腹立たしいが必死で怒りを抑えている様子だった。

「霞、どうしたの?」

 賈詡は、張遼の様子など気にする様子もなく、椅子に腰掛け竹巻に目を通していた。張遼は賈詡の態度が気に入らないのか更に表情を険しくさせた。

「どないなことあるか!」
「何なのよ。五月蠅いわね」

 賈詡は張遼を疎ましそうに見た。

「劉車騎将軍がこの屋敷に来たそうやないか。どうして。どうして! 月に会わせなかったんや!」

 張遼は矢継ぎ早に話し賈詡を責め立てた。賈詡は済ました顔で張遼のことを見ていた。

「必要無いからよ」

 賈詡は張遼の問いに興味なさそうに答えた。

「ほんまに言っているんかい?」

 張遼は賈詡の言葉が理解できない様子だった。

「向こうから態々訪ねてきたんやろ。劉車騎将軍は和解のために来たことは分かりきっているやろ」
「月に会わせたら、月はきっと劉正礼に従うことを選ぶわ」

 賈詡は暗い目で誰もいない虚空を凝視した。同僚の不穏な空気に張遼は気づくも、それには触れず同僚の説得に専念しようとした。

「それでいいやろ。何が不満なんや。向こうから態々足を運んだということは悪い話な訳やないやろ」
「月は劉正礼の家臣で終わるじゃないの。そんなことは許せない」

 賈詡は暗い目に殺気が籠もりだした。

「賈詡っち。お前はアホちゃうか! 月を殺す気か!」

 張遼は賈詡に罵声を浴びせた。彼女はこのまま賈詡に暴走させては董卓の身が危険になると考えているようだった。

「月は殺させないわ」

 賈詡は口角を上げ張遼に言った。

「賈詡っち。何をするつもりや」
「皇帝陛下を退位させ、陳留王に皇帝即位してもらうわ。王允は殺すわ。あと逆らう百官は皆殺しにするわ」

 賈詡の決定ありきの発言に張遼は表情を強張らせた。

「そないなことは無理や。賈詡っち。正気か!?」
「私は正気よ。これ以上、劉正礼に都に居られていては私達に目はないわ。折角掌握しつつあった禁軍の中に不穏が動きを始めた奴らもいるみたいだし。全部劉正礼のせいだわ。あいつを殺さないと私達の未来はない」

 賈詡の狂気に満ちた告白を聞かされた張遼は身体中に汗をかいていた。

「今からでも遅くない。劉車騎将軍と月を会わせるんや。なあ。賈詡っち。アホなこと考えんときや」
「心配しなくても劉正礼を始末する算段は整えているわ。霞、あんたは誰の味方なの?」

 賈詡は座った目で張遼を見た。

「ウチは月の味方や。賈詡っち。もうお前のやり方には従えん」
「そう。どうする気?」

 賈詡は声音は変わらないが張遼を見る双眸は鋭くなっていた。一騎当千の武将である張遼は賈詡の睨みに動ずる様子もなく、逆に賈詡を睨み返した。

「ここでのことは聞かなかったしたる。だから考え直せ。ウチは劉車騎将軍に会いに行って、月と会う日を決めてくる」
「分かったわ。失敗したら逆賊になるものね。私が浅はかだったわ。ちょっと焦り過ぎていたみたい。霞、ありがと」

 賈詡は考える素振りを見せた後、暗い目を潜め張遼を見ると張遼の提案を受け入れた。

「そうか。賈詡っち。分かってくれたんやな。脅かさんといてや」

 張遼は安堵の溜息をつきながら賈詡に言った。賈詡は張遼に笑顔で返した。

「霞、劉車騎将軍に日取りを決めてきて」
「分かった。分かった。ウチに任せとき!」

 霞はサラシを巻いた胸を力一杯叩くと部屋から出て行った。

「霞は使えそうにないわね。恋を使うことするわ。奇襲するなら今夜かしら」

 賈詡は口角を上げ椅子に座したまま暗い目で霞の出て行った戸を眺めていた。 
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